「まず確認したいんだけど、新田くんってどこまで知ってるの?」
いろいろ話をする前に彼が裏の事情についてどの程度まで把握しているのかを確認しなくてはならない。
この緊急事態に気にすることではないのかもしれないけれど。
その理解度如何によっては話す内容や説明すべきことも変わってくる。
「どこまでって何がだよ」
「何って……その、私の事とか」
「はぁ~?」
うわ。思いっきり何言ってんだこいつって顔された。
確かに今のは自意識過剰な女子みたいな聞き方になってしまったけどさ。そこは少し反省。
「うん。ごめんなさい、今のは私の聞き方が悪かった。
そうね、例えばこの辺の事情とか」
そう言って手の平に小さな氷像を作り出す。ちなみにデザインは犬だ。
彼は私の異能によって生み出された小さな氷犬を見つめると、困ったように頭を掻いた。
「……この辺とか言われてもな。つかどうやってんだそれ、冷え性か?」
「そんな訳ないでしょ……ってそこからか」
パチンと指を鳴らして氷像を霧散させる。
ある程度予想していたことではあるのだが、彼は裏の世界どころか異能についても知らない完全なる素人のようだ。
その状態で正体不明の物に真正面から挑みに来るんだから本当にどうかしていると思う。
しかしそうなると、かなり基本的なところから説明しなくてはならないという事だけど、どう説明したものか……。
勉強教えたりとか説明って苦手なんだよなぁ、私。
「そうね、これはいわゆる超能力ってやつよ。超能力はわかるでしょ? …………わかるわよね?」
「ス、スプーン曲げとかなら何とか」
難しい顔をしながら新田くんは答える。
まあスプーン曲げもテレの一種だし、広く知られる超能力と言う意味では間違いではない。インチキが多いのが難点だけど。
「うん。まあ理解としてはそれでもいいわ。
世の中にはそう言う事が出来る人間がたまにいるのよ。そして私もそういう人間って訳」
なるほどなーと、新田くんはわかったんだかわかってないんだかよくわからない相槌を打った。
「けどスプーン曲げくらいなら俺もできるぜ? 親指でちょいと曲げればいいんだよな」
「いや、それただの腕力だから。そう言うんじゃなくて、普通の人に出来ない事が出来る人間がいるって事よ。
私みたいに氷を自由に出せる人間なんてその辺にいないでしょ?」
「それ言ったらうちの学校そんな奴の集まりだろ、他人に出来ない事の出来る奴なんていくらでもいるぜ?」
まあ確かに、うちの学園――特に我がSクラス――は一芸特化の集まりだ。
普通の人間は一二三さんのように日本刀を鍛え上げることはできないし、夏目くんのようにボールを生きているように扱うことはできない。
だがそれらと異能を同列に語られても困る。
「それはその通りだけど、結局それは才能でしょ?
異能はそう言うのとは違うわよ、使い方によっては人を傷つける凶器になってしまう危険なモノよ」
「その辺もそう変わらねえだろ。どんなもんでも使い方次第だ、それこそ誰でも持ってる拳だって鍛え上げれば凶器になるぜ」
そう言ってぐっと握りしめた拳をこちらに向けた。
ふむ。実際にそれを実現している人の言葉だ、それなりの説得力がある。
どれだけ言っても、彼にとっては異能は特技に毛の生えた物という認識にしかならないようだ。
まあ新田くんはそれでいいか(メンドクサイし)
「ま、世間は新田くんの頭ほど単純な作りしてないのよ。よくわからないモノをそう簡単に受け入れるほど広量じゃない」
「そんなもんかねぇ」
「実際、能力者が迫害されることなんて珍しくもないのよ。だから表に出ることも少ないし独自のコミュニティを築いてるのが現状ね」
世界に受け入れられないが故に、その能力を悪用するヴィランが生まれ。
人のみで対応できない悪に対抗すべく、能力を正義に使うヒーローが生まれた。
そうして表とは違うもう一つの裏の世界が生まれた。
「といっても原因は分らないのだけど、近年そう言う力を持った人間が爆発的に増えてその図式も崩れつつあるらしいんだけど……」
能力者の爆発的増大により、裏の世界は確実に広がりつつある。それこそ表の世界を侵すほどに。
この辺の人口爆発が起きた正確な時期や原因、変異や歴史などは、私は正直あまり詳しくは知らない。
恐らくお父さんや幹部の人達なら詳しく説明できるのだろうけど。
「ふーん。よくわかんねえけど。輝幸もその超能力者ってやつだったのかな」
「輝幸って?」
「ここであった中学の後輩」
詳しく聞いてみれば、新田くんがこの場で出会い、先ほど別れたという斉藤輝幸くんがその身を獣のように変貌させた、との事らしい。
「変身か……だとしたらそれは超能力者じゃなくてブレイカーズの改造人間かもね」
変身能力(メタモルフォーゼ)という可能性も考えられなくもないが。
人間体から豹のような大男に変貌したと言うのならモチーフのある怪人である可能性は高い。
一瞬、いくらなんでも中学生を素体にするだろうか、という疑問が頭をよぎったが、私の両親を殺したあいつらならその程度の事はやりかねない。
「そのブレイカーズってのは?」
「さらってきた人間を改造して、無理矢理利用する極悪非道の悪の組織よ。
破壊を愉しみ殺戮を謳歌する最っ低な奴ら、私の両親もあいつらに殺されたわ」
「…………殺された?」
「ええ、そうよ、知らなかったっけ? 私両親いないの、孤児ってやつ」
別段自分が孤児であることは隠しているわけではない。
この経歴を私は恥ずかしいものだとは思っていないから。
わざわざ言いふらすようなことでもないが、聞かれれば普通に答える。
舞歌や夏美に
ルピナスといった親しい友人たちは知っているし、クラスの何人かは知っている事実だ。
もちろん両親がブレイカーズに殺されたという点は、裏の事情を知らない彼女たちには秘密にしているが。
「あいつらはここにも何人かいるみたいだから新田くんも気を付けた方がいいわ」
そこまで言って、思わず声に憎悪が宿ってしまったことに気づいた。
いけないと自省する。
お父さんとお母さんを殺したあいつらを決して許すつもりはないけれど、その感情は無関係の相手にぶつけるようなモノではない。
「で、その改造人間ってのになるとどうなんの?」
彼はそこには触れず、ごく普通に質問を続けた。
いや、単に気づいてないだけなのかもしれないが、そういう機微を敏感に感じるタイプでもないだろう。
彼に気づかれない様に少しだけ息を吐き、乱れた心を落ち着け心を切り替える。
「まず改造人間にはモチーフとなる対象があって、このモチーフに対応した変身形態を持つ怪人になるのが基本ね。
そしてモチーフに応じた特殊能力を得るようになるの。多分その子のモチーフは豹ね。
実在の生物をモチーフとしているという事は多分第一世代怪人だから、そこまで厄介な能力は持ってないと思うんだけど」
「なるほど。わからん」
うん。二行目くらいから理解を諦めた顔をしていたのは知ってたよ。
私も説明得意な方じゃないけれど不優秀な生徒だなぁ、どうしよう。
「それに倒すべき敵、みたいな風に語んなよ。そのブレイカーズってはともかく、輝幸は悪い奴じゃなかったぜ?」
注意していたつもりだが、無意識に倒すべき相手として語ってしまっていたようだ。
と言うか、やはりその辺の悪意は見抜かれてたか。
「……まあ私も怪人の全部が全部悪人だとは言わないわ。無理矢理さらわれて改造された人間だって少なくないし。
けど、ここにいる
剣神龍次郎と
大神官ミュートスの二人だけは別よ、アイツらは正真正銘の悪人なんだから。新田くんもお願いだから気を付けて」
無理矢理に改造手術を行われた被害者とも言える人たちもいるのは確かだ。
けれど自ら望んで怪人となった者たちや、完全に洗脳され破壊を巻き散らかすだけの存在になってしまった者は排除しなくてはならないし。
ブレイカーズを司る大首領と大幹部。諸悪の根源たるこの二人だけは絶対に排除しなくてはならない。
私のような存在をこれ以上増やさないために。
「そりゃ気にとめとくけどよ、結局輝幸はなんなんだよ、その辺をバカに分かる様に分かりやすく説明しろよ」
「なんで偉そうなのよ……そうね。どういったらいいかしら…………。
物凄くかいつまんで言うなら、手術によって生み出された後天的な能力者って感じかなぁ……?」
「へーそう言うのもあるんだな。お前はどうなの?」
「私? もちろん私は先天的(うまれつき)よ」
その答えを受けて、新田くんは腕を組み納得したように頷いた。
そのくらいは話の流れでわかって欲しいところなのだが。
「確かに後付けとかじゃなく使いこなしてるって感じだったな。それに氷ってのは水芭のイメージに合ってる」
氷のイメージに合ってると言うのは褒め言葉なのかどうかは微妙なところだ。
ひょっとして私、冷たい女と思われているのだろうか?
「まあ使いこなしてるのは訓練の成果ってやつね」
「訓練つってもどうやんだ? 武術とかと違って体系化されてるわけでもねぇだろ、我流か?」
ふむ。武術を学んでいる人間らしい疑問である。
「一応指導者はいたわよ? 育った施設にそういう事を教えてくれる人がいたから」
「じゃあ、お前が育ったところに、たまたまそういう人がいたって事か?」
「たまたまじゃないわよ。私が育ったのはちょっと特殊な孤児院でね。私みたいな能力を持った子供が集められた施設だったの」
「集められた……? なんだそりゃ」
どういう訳か、新田くんが怪訝な顔している。
ちょっと言い方が悪かっただろうか?
「言ったでしょ、能力者への迫害なんて珍しくもないって。
そういう子が普通の施設に引き取られても可哀そうだけど、異物として扱われるだけなのよ。
だったら事情が分かってる人がいる所でまとめて保護した方がいいでしょう?」
あの孤児院にいたのは、能力を悪用する人間に両親を奪われた子供や、能力故に親に見捨てられた子供たちだ。
あそこは異能による被害者を保護するための施設だった。
それは裏の事情を知る、悪党商会ににしかできない尊い行為なのである。
「そりゃいいとして。なんでわざわざ能力を鍛える指導者がいんだよ? 必要かそれ?」
「勿論必要よ。社会で生きて行けるようにちゃんと能力を抑えて制御できるようにならないとダメなんだから」
おかしなことを聞く。
社会に溶け込んで生きていくためには自分の能力を制御する必要があるなんてことは当たり前の事なのに。
いや、能力を持ってない普通の人からすればそう言う感覚なのだろうか。
「抑えるね……どちらかつうと戦う術って印象だったけどな」
「戦う…………?」
新田くんの呟きを聞いて彼の懸念に納得ができた。
ああそうか。彼にとって能力者の基準は“私”なんだ。
だから私の能力の使い方を見て、危ない指導をしている感じてしまったのだろう。
「孤児院であんな物騒な力の使い方を教えてるって訳じゃないわよ。
私は少し特殊というか、施設を出てからが物騒だったと言うか……とにかくああいう技の使い方を覚えたのは最近の事よ?」
「いつ覚えたかなんて関係ねえよ。技なんてのは積み重ねた基礎の上に成り立つただの応用だろ。根っこの部分が違ったって言ってんだよ」
よくわからない理屈だった。
けれど彼が何か誤解しているのは分かる。
自分が好きな場所が誤解されるのが悲しくって、私は言葉を重ねる。
「誤解しないでほしいんだけど。私が育った孤児院は新田くんが思ってるような怪しい施設なんかじゃないわよ。
設備もちゃんとしていたし、職員の人たちもみんな子供たちの事を第一に考える優しい人達ばかりだったわ。
施設自体もかなり豪華で、一般的な孤児院のイメージとはだいぶ違うだろうから、うちの孤児院を見たら新田くんも多分驚くわよ?」
本当に私の育った孤児院は本当に優しい世界で、心も体も貧しいと感じた事は一度もすらない。
それを知ってほしくて、私は弁明のような言葉を次々と並べていった。
それを受けて、新田くんはバツの悪そうに溜息を付いた。
「ま、別にお前の育ったところを悪く言ったつもりはねえよ。お前がいいと思ってるんならそれでいいんじゃねえの?」
「……投げやりね」
「そうでもねえさ。そもそも俺にはモノの善し悪しなんて分からねえしな。又聞きなら尚更だ
お前がそこを大事だって思ってんのはわかった。そしてお前がそれを良しとしているんならそれでいいだろ」
他者に価値を求めるな、彼はそう言っていた。
その価値観は私とは対極である。
私は自分が好きなモノが誰かに嫌われていたらいやだし、自分の好きなモノを好きな人に知ってほしいと思う。
「それで、今はどうしてんだ? 育ったつうことは今は出てんだろ? どっかに引き取られたのか?」
「引き取られたと言うか、孤児院に出資してくれてる会社のお手伝いをしてるって感じかな。
お給金も出るし、社員寮もあるから、今はそこで暮らしてる」
孤児院を出て悪党商会に入ったのは、ここまで自分を育てくれた人たちに、何か恩返しが出来たらと思ったからだ。
そしてそこが今の私の居場所。
悪党商会のみんなが今の私にとっての家族だ。
「ってことは物騒な事をしてるってのもその会社ってことか」
普段は鈍いくせに、こういう所だけは妙に鋭い。
しかし彼には私がしてきた事や、暗い部分もさらけ出してるだけに今更隠す意味もない。
と言うより、思えばずいぶん恥ずかしいことも沢山言ってしまった気もするが、そこはあえて目を逸らす方向で行きたい。
「……そうね。その通りよ。
客観的に言って悪党商会は犯罪組織だし、私だって、とても人様に言えないようなことも沢山したわ」
犯罪行為に手を染めて、怪人とは言え、たくさんの相手を殺してきた。
それでも、無関係な相手に被害が出ないよう努めてきたし、殺す相手は選んできたつもりだ。
ブレイカーズの中でも特に凶悪な怪人や洗脳されてもう戻れないような人たち。
そんな多くの人を不幸にするような奴等を、お父さんの力を借りて調べてもらっては、秘密裏に処理してきた。
それは復讐心が半分、これ以上自分のような不幸な存在を生み出さないようにという気持ちが半分。
決してそれは正義感ではないけれど、私は私なりに努めてきたつもりだった。
『殺される側としては、殺す側の事情なんて一切知ったこっちゃねえだろ。例外なく悪なんだよ』
茜ヶ久保の言葉が蘇る。
今ならば、その言葉を素直に受け入れられた。
あの時はその言葉から目を逸らして来たけれど、それはきっと真実だったのだ。
私のしてきたことも、ただの自己満足でしかないのだろう。
「それでもやっぱり後悔はしていないわ」
私は悪党商会が好きだ。
悪党商会と言う居場所が出来た事を決して後悔はしない。
私は決してやさしい人間じゃない。
自分の周りの小さな世界を守るためなら他者を踏みにじることを厭わない、そういう自分を認める。
多くのモノを奪って、取り返しのつかない事をしてきたけれど、それでも大事なモノが失われるよりずっといい。
「悪党商会は私の大事な場所だし。私は私の大事なモノを護るためなら、どんなことだってする人間なのよ。軽蔑する?」
「いや別に。身内が優先なんてのは普通だろ」
彼の言葉に皮肉や責めるような意味合いはない。
それは誰だって持つ当たり前の醜さだと、彼はごく普通に認めていた。
ここまで話して分かった事だが、彼の価値観は妙に完成している。
いや完結していると言った方が正しいか。
全ての判断が自己で完結しており他者を必要としていない。
その価値観は、果たして何処で生まれた物なのだろう。
そこまで考えて、そう言えばと気付く。
私は彼の事をあまり知らない。
同じクラスではあるものの、いつも学校では夏実たちと行動していたし、彼の所属するグループ(というか男子グループ全般)とあまり付き合いはなかった。
彼がクラスでも目立つ存在であったためそんな印象はなかったが、実際の所、個人的な交流はほとんどない。
と言うか、さっきから私の話ばかりしている気がするので、そろそろ彼の順番だろう。
「ところで新田君はさ、なんで武術を始めたの?」
「あんだよいきなり。ま、強くなる必要があったんでな」
視線を切って、ぶっきらぼうにそう答えた。
彼にしては歯切れの悪い、何かを誤魔化すような言葉だった。
何だろうと考え、とある噂に思い至った。
「あ、そう言えば、一二三さんの為に始めたって噂を聞いたことがあるけど?」
新田拳正は恋人である
一二三九十九の為に武術を始めた、なんてロマンチックな話を風の噂を耳にしたことがある。
年頃の乙女としてはこの手の噂は気になる所ではあるのだが、どういう訳か新田くんは苦虫でも噛み潰したような顔をしていた。
「んだよその話は。デマだよデマ。九十九のためなんかじゃねえよ、むしろ九十九のせいで始めたんだよ」
「? どう違うのそれ?」
言葉尻だけとらえれば、そう大差はないように感じられるが。
こちらの追及に失言だったかと新田くんは舌を打つ。
「仕方ねぇ。話してやる。けど他言すんなよ、マジで」
新田くんは心底嫌そうな顔したまま、武術を始めたきっかけについて話し始めた。
◆
ありゃ忘れもしねぇ、俺と九十九が小学校に上がる前の話だ。
自慢じゃねえが記憶力の悪いこの俺がこんな昔の事を明確に覚えてんだから相当だぜ?
あいつは昔っからガキ大将みてぇな性格しててな。
俺もアイツに引っ張りまわされてはアブねえ橋渡らされては、尻拭かされたもんだ。
その日もいつも見てえに千万の爺さま――九十九の爺さんな――の仕事場に忍び込んで遊んでたんだが。
仕事場つっても鉄火場の方じゃなく、古い倉庫の立ち並ぶ資材置き場でな。
程度にいろんなモンが置かれてて、まあガキにとっちゃあいい遊び場だったわけだ。
んで俺らはそこで隠れんぼをしてたんだが、二人で遊ぶ場合だいたい俺が最初に鬼をさせられるのが定番でな。
その日も俺がカウントしてさあ探すぞと意気込んだところで、どういう訳か隠れてるはずの九十九がニコニコ顔で俺の所にかけてきやがった。
その時点で俺は悪い予感がしたね。
あいつが満面の笑みを浮かべてる時はロクなことがねえ。
その予感は的中したわけだ。
『見て見て、拳正くん。すごいでしょ?』
『あ、危ないよ九十九ちゃん!』
なんと九十九のアホは爺さまの蔵から日本刀持ち出してきやがった。あん時ぁ本気で頭がおかしいと思った。
刃物とかそういう危険物が収まってる倉は普段は南京錠かけられてるはずなんだが、その日はたまたま壊れてたらしくてな。
隠れる場所を探しててたまたまそれに気づいたらしいんだが、にしても持ってくるか普通?、
そのうえ、むき出しになった刃を見てグヘグヘ笑ってるんだから、ぶっちぎりでイカレてやがったぜあの女。
『ねえ、拳正くん、これでチャンバラごっこしようよ?』
『もうそれごっこじゃないよ九十九ちゃん!』
えい☆とかいう掛け声とともに、あいつは自分の身長よりも大きい真剣をこちらに向けて容赦なく振り下してきやがった。
あの時は本気で死を覚悟したね。俺の人生のおいて四番、いや五番目くらいにマジで死ぬと思った瞬間だ。
その様子に気づいた百一さん――九十九の親父さんな――が止めてくれなきゃ俺はぜってえアイツに殺されてたぜ?
その後、何故か俺まで千万の爺さまに拳骨としこたま説教喰らって夜になるまで倉庫の中に九十九と共に閉じ込められた。
隣の九十九は世界の終りみたいにわんわん泣いてたくせに、泣きつかれるとすぐに眠りこけて、翌日けろっとした顔で今度は裏山の猪退治に行こうとか言い出しやがる始末だ。
そこで俺は思ったね、この調子だと俺はいつかこいつに殺されるって。
◆
「…………それで?」
「俺は八極拳を始めた」
「何その結論」
「自衛だ自衛。近くにちょうど八極拳の道場があったってのも大きいんだが、基本は九十九から身を守るために武術を始めたんだ。
だからあいつは俺の倒すべき相手つー訳だ。
当面の目標はあいつの作った日本刀を叩き折るってとこだしな。その辺のなまくらなら今でも折れるんだが、あいつのは無駄に頑丈だからな」
普段の二人を見てる限り、らしい話ではあるのだが……。
何と言うかロマンチックの欠片もないなこの話。
「きっかけはあれだが、どうにも八極拳は俺の性に合ってたみたいでな、結局道場には破門されるまで6年間通い続けた」
きっとその日々は彼にとって輝かしい日々だったのだろう。
どこか遠く黄金の日々懐かしむように、彼は日々を振り返る。
しかし6年間とうい少年時代のほとんどと言っていい長きを過ごしたその道場を破門されたという。
その話は、踏み込んでもいい所なんだろうか。
「別に大した話じゃねえよ、俺が道場の方針を破ったってだけの話だ。
義なき拳は武に非ざるや。己が理の為、武を奮う事なかれってな」
こちらの表情を読み取ってか、質問を投げかける前に答えを返してくれた。
だが、その答えは、彼が鍛え上げ凶器と化したその拳を無暗に奮っていた過去を意味している。
『桜中の悪魔』と呼ばれた悪童の噂なら私も知っている。
敵味方の区別なく出会うもの全て破壊する、悪魔のような残虐性を持った暴虐の嵐。
けれど、完全に片鱗がないとは言わないが、音に聞く数々の悪評と普段の彼の姿はあまり一致しない。
どちらかと言うと先ほど語られた理念に近しい武術家と言った印象なのだが。
「ねえ、桜中の悪魔の噂って本当なの?」
私の問いに彼は少しだけ驚いたような、呆れたような何とも言えない表情を返してきた。
「それ、直接聞いてきたのは若菜以来だよ」
うっ。流石に踏み込み過ぎた質問だったか。
踏み込めなかったり踏み込み過ぎたり、どうにも私は人との距離の詰め方が下手だ。
って言うか普通に聞いたのか、凄いな夏目くん。
「ま、変に遠まわしに聞かれるよか全然いいけどな。
おおよそはマジだよ、どんな尾ひれがついてるかは知らねえがな」
噂の内容を確認するでも否定するでもなく、すんなりと自らの悪名を受け入れた。
それは武勇を語るというよりも、ただの事実確認に過ぎなかったのだろう。
「それでよくここまで更生したものね」
「更正ね。俺としては根っこは何も変わってねえつもりなんだがな。
俺は今も昔もただ気に喰わねえもんをぶっ飛ばしてきただけだ」
なるほど。そういう言い方をされると納得できる。
その考え方は現在の彼のイメージにも合うものだ。
「……ただ、なんもかんもが気に喰わねえ時期があったってだけだよ」
ようは荒れていた時期があったという事なのだろうが、なんだろう。反抗期だろうか?
それにしては過激すぎる反抗期だが。
「何があったのか……っていうのは聞いていい?」
恐る恐る問いかけると、彼は少しだけ迷う様に視線を外し、自分の胸の真ん中を掴むように押さえた。
その表情は、どこか痛みをこらえているようにも見える。
「……ま、こっちだけ聞いといて言わないのもフェアじゃねえか」
そう観念するように呟くと、聞いてもつまんねえ話だぞと前置きした。
その言葉に私は無言のまま頷く。
「俺が11歳になった時に、両親が死んじまってな」
語り始めはそんな言葉から始まった。
両親の死。
その言葉に、赤い光景がフラッシュバックして、心臓が早鐘を打った。
「死んだって……それはひょっとして――――殺されたの?」
思わずの境遇と自分と重ねて、ついそんな事を聞いてしまった。
その声は少しだけ震えていたと思う。
「いや、んな物騒な話じゃねえよ。
お袋はよくある事故だ。過労だか何だかで運転手が眠っちまってそのまま突っ込んできたトラックから俺を庇ってな」
「…………よくは、ないと思うけど」
気の利いた事など言えず、そんなコメントしかできなかった。
「そうか? まあ俺は奇跡的にほとんど無傷で助かったんだが、お袋はそのまま死んじまった。それで親父が、」
そこで新田くんの言葉が止まる。
無意識なのか、胸元を押さえた腕には爪が食い込む程に力が込められていた。
「新田くん……? つらそうだけど、大丈夫? 無理しなくていいよ?」
両親の死を思い返すのはつらい作業だろう。
別に無理をしてまで話して欲しいとは思わない。
私が両親の事を話したのは、ただブレイカーズの憎しみからの事だ。
それを聞いたからと言って、義理堅く答える必要なんてどこにもないのに。
「ああ、気にすんな。別につらいとかそう言う訳じゃねえから。ただ古傷が痛むってだけだ」
「古傷……?」
そう言えば、去年の水泳の時間に、男子たちが彼の胸元から腹にかけて幾つもの大きな刺し傷があったと騒いでいたのを思い出す。
他の人ならともかく、相手が新田くんだったため色んな意味で表だってそんなに騒がれることはなかったけれど。
うちの水泳の授業は男女別なので直接見たわけではないが、古傷とはその傷の事だろうか。
「親父はお袋が死んでからすっかり参っちまってな、まあそれに気づけなかった俺も悪いんだが」
それは自らの至らなさを自省するような、少しだけ悲しげな声だった。
「結局、親父は謝りながら寝てる俺を包丁で何度かぶっ刺して、最期は自分の首を掻っ切って死んじまった」
「――――――」
その衝撃的なカミングアウトに言葉が出なかった。
つまり、彼は。
実の母親に命を救われて。
実の父親に命を奪われかけたのか。
私は両親を殺したブレイカーズへの憎しみはあれど、両親に対しては幸せな記憶しかない。
だから、彼が両親に倒してどういう心情を抱いているのか、その想いは私には想像もつかない。
「もともとお袋の方は天涯孤独の身でな、親父の親戚筋に引き取られたわけなんだが。
そいつらが親父の事を悪く言いやがったんで、テーブル叩き割って、ドアノブ破壊して、そのまま家を追ん出てやった」
正直、言い方は悪いが、息子と共に無理心中を図った親族を鼻摘み者として扱う心情は理解できないこともない。
それでも許せなかったのだろう。
自分を殺そうとした父親を悪く言われた事が。
「んで、往く当てもないまま、似たような境遇の奴らとつるむようになって、そこでケンカを売ったり買ったりしまくってたら、いつの間にやら用心棒紛いの事をする羽目になってよ。
悪魔呼ばわりされてたのはその頃だな、学校は殆どサボってたんだが、桜中の冠がついたのは制服のまま飛び出して着替える服もなかったんでほぼ制服だったからだろうな。
お蔭て悪名まき散らすなって通ってもねえのに学校に目つけられる始末でよ。よく卒業できたもんだぜ」
そう言ってカカカと豪快に笑った。
だが、聞いたこちらとしては笑えない話だった。
何と反応していいのかすら分からない。
「ま、過ぎた話だ、俺もある程度は割り切ってる。だからそう深刻に捕えんな」
情けない。
話しの重さに戸惑っている間に、逆に気遣われてしまった。
けれど、そう簡単に割り切れるものなのだろうか。
私は両親の死を、ずっと引きづっている。割り切ることなんてできない。
「それで、今はどうしてるの? まさか今も家出中って訳でもないんでしょ?」
「ちょっとしたきっかけがあってな、中三の頭くらいには親戚の家に戻ってたよ」
「よく戻れたわね……」
色んな意味で。
なにより話の限りだと親戚側が受け入れそうにないものだが。
「まあ土下座して謝り倒したってのもあるんだが、百一さんが手まわしてたみたいでな。
俺が出てったって知って、向こうの家に謝り入れて壊しちまった家具やらを修理してくれてたらしい」
百一さんと言うのは確かさっきの話にも出てきた一二三さんのお父さんだったか。
語り口から随分と尊敬しているように感じられる。
「けど正直あそこは居心地はよくなかったな、まあ自業自得ではあるんだが。
だから高校進学を契機に家を出ることにしたんだよ、今度はちゃんと穏便にな」
「なに? ってことは新田くん。今一人暮らしな訳?」
「いや。一人って訳じゃねぇよ」
「だよね」
流石にそれはないか。
けど、うちの学校って寮があるわけでもないしどうしているんだろう?
「公園で出会った爺さんと同居してる」
「え、なにそれ」
ドン引きである。
アグレッシブすぎるだろ彼の人生。
「いや、ただの爺さんじゃねえぞ? その爺さんは八極拳の達人でな。
行く宛がないっていうんで衣食住を提供する代わりに師事させてもらってるって訳だよ」
「いや……どっちにしてもドン引きだよ」
よくそんな素性の知れない相手と一つ屋根の下で暮らせるものである。
「家の方は千万の爺様の口利きで長屋を格安で借りれたんで随分と助かってはいるな。
一応両親の保険金が残ってるんで、その辺を切り詰めながら暮らしてるって感じだよ」
「へー、ってことは自炊してるの? 新田くん家事とかできるんだ?」
そんなイメージはまるでないが、それともそのお爺さんがやってくれているのだろうか。
だが、新田くんは言いたくなさ気にあーと唸ると、頭を掻いて視線を逸らした。
「……飯はたまに九十九が作りに来んだよ、掃除とかもそのついでにな」
何その通い妻。恐ろしい。
「一二三さん料理とかできるんだ」
「まあ一応な。あいつ刃物と火の扱いだけは病的に上手いからな……」
いやー料理ってそんな簡単なもんじゃないですけどね。
と女子の端くれとして言っておく。
そう言えば一二三さん学食じゃなくお弁当だったな、自分で作ってたのだろうか。
「とにかくだ。そういう時期があったつう話だよ。
この辺は九十九くらいしか知らねえ話だから、あまり広げてくれるなよ」
これ以上この話を続けるのは照れくさいのか、強引に話を打ち切ってきた。
心配しなくともこんな話、おいそれと他人に話せる訳が無い。
「んで、結局ここまで歩いてミラってガキには会わなかったな。入れ違ったか?」
「ミラじゃなくてミロさんね。
うーん。他の方向に行った可能性もあるし、私がぼうとしてる間に先に行っちゃった可能性もあるから何とも言えないわね」
私たちは幾つかの行動方針を定めたが、まずは別れた場所のハッキリしているミロさんから探す事にしたのだった。
そして今、私が来た道を戻りミロさんと別れた探偵事務所の近くにまでたどり着いた所だ。
「あれ…………?」
「どうした?」
どういう訳だろう。
そこにあるはずの私の罪の証、
ロバート・キャンベルの死体がなかった。
よく見ればすぐ傍らには埋葬された跡がある。
「ミロってガキが戻ってきてやったとか?」
「それはない、と思うわ」
そんな精神状態ではなかったし、何より彼はこんな小奇麗に埋葬できるような子だとは思えない。
ならば善意の第三者が行ったのだろうか。
「ま、いいんじゃねえの。どう見ても悪意によるもんでないだろうし、そういうやつもいるだろう」
「そうね……」
本来私がすべき行為をしてもらった事に、感謝はすれど訝しむ理由はない。
そういう人間らしらを失っていない人間がこの場にいる事を喜ぶべきだ。
「少しだけ祈らせて。私が殺してしまった彼のために」
後ろの新田くんに断りを入れてから私は、彼が埋葬されている土山の前まで移動して、両手を合わせて目をつむる。
祈るなんて行為はただの自己満足なのかもしれない。
それでもこの言葉だけは言っておかなくてはならかなった。
「ごめんなさい。そして助けようとしてくれてありがとうございました」
罪悪感は和らぐことなく、今もこの胸を苛んでいる。
この痛みを抱え、前に進むことこそが彼に対する贖罪に他ならない。
「私は前に進みます」
正しいかは分からないけれど。
彼の望む正義とは違うかもしれないけれど。
それでも前へ。
【C-4
剣正一探偵事務所前/昼】
【新田拳正】
状態:ダメージ(中)、疲労(小)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ビッグ・ショット、ランダムアイテム0~2(確認済み)
[思考・状況]
[基本]帰る
1:クラスの面子を探す
2:脱出する方法を考える
【
水芭ユキ】
[状態]:疲労(中)、頭部にダメージ(治療済み)、右足負傷(治療済み)、精神的疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム1~3(確認済)、基本支給品一式、
クロウのリボン、風の剣
ロバート・キャンベルのデイパック、サバイバルナイフ・裂(使用回数:残り2回)、ロバート・キャンベルのノート
[思考]
基本行動方針:この痛みを抱えて生きていく
1:ミロを探して許してもらう
2:夏美を探して守る
3:悪党商会の皆も探す
4:お父さん(森茂)に会って真実を確かめたい
最終更新:2016年03月02日 17:54