馴木沙奈は覚束ない足取りで、自らが辿った道筋を遡っていた。
おぼろげな記憶を頼りに入り組んだ住宅街を、奥へ奥へと進んでゆく。

道案内を任された沙奈が先導するのは大日本帝国を治める魔人皇である。
先を往き、足を動かしているのはどうしようもなく自分であるはずなのに、どこかふわふわとして現実感がない。
まるで十三階段を昇る死刑囚のようだ。

「随分と細かい道筋だな。本当にこちらあっているのか?」
「は、はひぃ! あっ……あってると思われます……ッ!」

船坂はそうかとだけ応えると、まだ無言のまま沙奈の後へと続いた。
その問いは、細かく入り組んだ道では迷う事もあるだろうという船坂なりの気遣いだったのだが。
クリスから逃れるべく無我夢中で走っていたため正確な道筋など覚えていない沙奈からすれば、正直責められているようにしか感じられなかった。

逃げ出したいと思うが、一か八か隙を見て反旗を翻す勇気もない。
もし失敗したらと考えただけで足がすくむ。
死にたくない。
ただそれだけを心の底から願えど、漠然とした願いを叶える具体的な方法など思いつきもしない。
彼女はどうしようなく普通で、どうしようもなく無力だった。

ただ祈るように錬次郎、と。
沙奈は心の中で想い人である幼馴染の名を絶叫した。

そんな祈りに意味はない。
助けを望んでその相手が都合よく現れるはずもなく。
そもそも人間不信を拗らせている彼が、積極的に誰かを助けるために動くはずもない。
それは幼馴染である彼女と言えど例外ではないという事を、幼馴染であるからこそ彼女はよく知っていた。

進むうち道は住宅街を抜けて大通りに出た。
それは奇跡か、はたまた彼女の脳が生み出した都合のいい幻影か。
遠く道の先に人影が見えた。
その人影が身に纏う制服は彼女が通う学園指定の物だった。
彼女が想い、祈りを捧げた少年が毎日着ている物と同じ。

心に僅かに火が燈る。
何の行動も起こす気になれなかった絶望的な心が晴れてゆくようだ。
あり得るはずのない都合のいい奇跡に、打ちひしがれていた彼女の心に光がさす。
だから、彼女は迷わず助けを求めた。


「――――助けてぇぇぇええ、錬次郎ぉぉぉお!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

水芭ユキはどこか遠方から響く、悲鳴のような叫びを聞いた。
どこからの声なのかとユキが周囲を探る。
市街地の建物群に反響したためか、声の発生源はつかみづらい。

「ねぇ、新田くん。今の声……」

そして今の助けを求めるような声には、はっきりとは思いだせないがどこか聞き覚えがある気がした。
その心当たりは自分だけの物なのか。それを確認すべく、ユキは連れ合いへと視線を向ける。
だが、隣にいるはずの拳正の姿は既にそこにはなかった。
見れば、視界に入ったのは遠ざかっていく少年の背である。

「え、ちょ…………ああ、もう!」

彼は早くも駆けだしていた。
既に位置も特定しているんかその足取りに迷いもない。
この性急さにもいい加減慣れてきた頃合いだが、声くらいはかけて行け、と内心で毒づきながら、ユキがその後ろを追従する。

拳正は大通りを一直線に駆け抜けるのではなく、狙撃などの飛び道具を警戒し組んだ住宅街へと入っていった。
そこから細い路地を一気に駆け抜けると、遠目に目測を付けた辺りで民家の壁を蹴りあげる。
そのまま三角跳びの要領で屋根へと駆け上り、屋根の上から周囲を見下ろす。

そこにあった光景は、今の叫びをとがめられているのか、悪漢とそれに詰め寄られ怯える少女、としか見えない状況であった。
拳正は迷わず、屋根の上を駆けると、男と少女の間に割り込むように飛び込み、落下する勢いを乗せ跳び蹴りを放つ。
だが、その不意を突いたはずの一撃を男は事もなさげな動きであっさりと避けた。

攻撃を避けられた拳正は止まらず、着地の足を踏み込む足に変えて、アスファルトの地面を強かに蹴った。
だが、その動きよりも早く、魔人皇が動く。

魔人皇の右腕が揺らめく様に掻き消えた。
拳正は前に出ようとしていた動きを、咄嗟に横に飛び退く動きに変える。
音速を超える鞭の様な魔人皇の拳が風切音を上げて空を切った。
拳正はそのまま数歩引き、構えを解かず警戒する様にその場に腰を落とす。

「あっ……え、拳正、くん…………?」

文字通り振って降りてきた助けを前に、沙奈が戸惑いの声を上げる。
その心中に訪れたのは、助けに来てくれた相手が錬次郎ではなかったことの落胆。
そして、助けに来てくれた相手が新田拳正であることの僅かな希望である。

新田拳正ならば、この魔人にも打ち勝ち、この状況から救い出してくれるのではないか?
噂に聞く彼の伝説を知るからこそ、そんな希望が湧いて来る。
だが、そんな沙奈の淡い期待とは裏腹に拳正は苦々しい表情で額に冷や汗をにじませていた。

「やめておけ。実力の差が分からぬ腕もあるまい」
「だな。あんたの方が今の俺より三周りは強い」

学園最強の驚くほど弱気な言葉に沙奈の心に絶望が落ちる。
だが沙奈には解からない。
先ほどの攻防も少なくとも互角の攻防にしか見えず、絶望する要素など感じとれなかった。

だが実際は違う。
一瞬の交錯で互いの格付けは終了した。

飛び込もうとしていた拳正は撃退に動いた船坂の動きを見切っていた。
故に、すれ違いざまにカウンターを打ち込むべく紙一重で躱せるよう身を動かそうとしたが。
その僅かな機微を感じた船坂がその動きに対応したため、打ち込めば取られる察して撃たずに大きく身を引いたのだ。
完全に打ち出した後の隙を突こうとしたのに、それでも先に打ち込まれる、それが現在の覆りようのない実力差である。

「それが理解できているのならここは引け。それとも犬死が好みか?」
「ま、そういう訳でもないんだが。知り合いに助けを求められちゃ見捨てるわけにもいかねぇだろ」

言って、目の前の魔人から視線をそらさず背後の少女を後ろ指で指す。
直接的な友人という訳でもないが顔見知りだ、恐らく先ほどの助けを求めたのも彼女と見て間違いないだろう。

その発言に魔人皇が少年と少女それぞれに見定めるような視線を送る。
沙奈は隠れるように拳正の背に隠れ、拳正はその視線を睨み返した。

僅かな睨み合い。
そこに拳正に僅かに遅れて水芭ユキが駆け付ける。

「貴方は…………ッ!」

男が何者であるか確認したユキの全身に、怖気の様な泡が立った。
傷が完治しており、血塗れのゾンビのような姿からは変わっているけれど、見紛うはずもない。
目の前にいるのは彼女の親友である朝霧舞歌を殺害した魔人である。

「氷雪使いの娘か」

船坂の方からしても、現れた二人の顔には覚えがあった。
少女の方は直接会ったというのもあるが、垣間見た朝霧舞歌の記憶の中でも特に色濃く焼き付いた三人の内の一人である。
少年の方もまたその記憶の中に含まれていた。
少女ほど深く根付いていたという訳ではない、どころか接点など殆どなかったが、ただ一点、痛烈に焼き付いた記憶がある。

「いきり立っているようだが、落ち着け。こちらに貴様らと交戦する意思はない」
「ふざけないで! 舞歌を殺しただけじゃ飽き足らず、馴木さんも手にかけようとしておいて何を!」

舞歌の仇とこの状況を前にして、ユキの目の前が怒りに真っ赤になる。
彼女を殺しただけでは飽きたらず、何の力もないいたいけな少女まで手にかけようと言うのか。

「前者はともかく後者は誤解なのだがな、と言って信じぬか」
「当たり前よ……ッ!」

やれやれと船坂は困ったように肩を竦め。
ユキは既に警戒態勢を超え臨戦態勢だ。
いつ襲い掛かってもおかしくない状態である。

「少なくとも、私はこの娘を害しようとしていたわけではない」
「だったら! どうして馴木さんがそんなに怯えて助けを求めたっていうのよ?」
「それはこちらが聞きたい。いきなりの事だったのでこちらも戸惑っている」

どう見ても戸惑っているようには見えない落ち着き払った様子で船坂は息を漏らす。
沙奈はガタガタと震え、事情を語る様子もなく要領を得ない。
ただ船坂の視界に入らぬよう拳正とユキを盾に隠れている。

「そんな理屈が…………ッ!」
「まあ落ち着けつぅの」

友の仇を前に激昂し、冷静さを失いかけているユキを拳正が片手で制する。
少女二人と違い、少年の方は当事者でない分、幾らか冷静だ。
もっとも腰を据えたまま少女以上に臨戦態勢であるのも彼なのだが。

「あんたが朝霧を殺したってのは?」
「事実だ」

言い訳するでも開き直るでもなく船坂は正面からその事実を認める。

「あんたは殺し合いをする気なのか?」
「殺し合い? ああ。あの痴れ者の戯言か、そんなものに従うつもりなど毛頭ない」
「ならなんで殺した?」
「襲われたから対応したまでだ。先に手を出したのはそちらの娘とその仲間だろう」

そう言って船坂が向けた視線の先を拳正は追った。
二人からの視線を受け、ユキはグッと唇を噛み締める。

それは事実だ。
彼女と魔人皇の戦闘は、血濡れの魔人の姿に驚いたミロが攻撃を仕掛けてしまったのが始まりである。
ユキもその姿に相手が殺し合いに乗っていると決めつけたし、実際何の言い分もなく応戦してきたから、あの時はそれが間違いであるとは思わなかった。
その戦闘に吸血鬼の少女が巻き込まれ、その結果命を落とした。
今になって思えばもっと別の対応があったようにも思える。

「錯乱もあったようだが。私は国を治める皇として我が国を侵す外敵を許しはしない」
「外敵って…………ミロさんの事?」
「確かにあの龍もそうだが、お前と朝霧舞歌もそうだ。
 諸外国全てを敵とするつもりはないが、少なくとも国の守護者たる我が身への攻撃は我が国への攻撃に等しい」

襲われれば対応するし、敵対した以上一切の慈悲なく殲滅する。
船坂のスタンスは実にシンプルだ。

「だったら今回もそうすりゃいいねじぇか。復讐はよくないなんて言い出す玉でもねぇだろ?」
「朝霧舞歌と交戦の折、最期の願いとして約束を交わした。朝霧舞歌の学友には手を出さぬとな」
「舞歌が…………」

呟いたユキが舞歌の形見のリボンを握りしめる。
今際の際にそんな約束を遺したのは、言うまでもなくユキたちのためだろう。

「その約束を律儀に守ってるってか?」
「然り。あれは敵ながらに見事な傑物だった。その最期の願いとあらば無碍にする訳にもいくまい」

心の底から敬服する様に船坂は言う。
そこに侮蔑や嘲りと言った感情は一切含まれていなかった。

「とはいえ、この身はこんなところで死ぬわけにはいかぬ立場でな。そちらが来ると言うのなら、相手をせぬわけにはいかぬが。
 気は乗らぬが、加減などは期待するな。生憎とそのようなことができる程器用ではないのでな」
「だとよ、どうする水芭?」

拳正はユキに判断を委ねてきた。
戦うか戦わないか。
復讐を行うか、行わないか。
その判断は当事者であるユキにしかできない。

目の前にいるのは親友の仇だ。
それは紛れもない事実である。

絶対に許せないと思うし、仇を取ってやりたいとも想う。
けれど、話を聞いてみて、戦わなくてもよかった戦いではなかったのかという疑念と、こちらから仕掛けたという負い目もある。
それに、相手は手負いの所をミロと舞歌の三人がかりで戦っても倒しきれなかった怪物だ。
どういう訳か万全となっている状態で、そんな相手との戦いに拳正を巻き込んでしまう事のも忍びない。
何より、ここで船坂と戦うという事は、舞歌が遺してくれた遺志を無視するという事である。
戦わない理由はいくつもあった。

「うだうだ悩んでんなよ水芭」

そう思い悩むユキに声がかかる。
声をあげたのは、魔人に最も近い位置で構えを取り続けている少年だった。
魔人から視線を逸らさず、彼女に背を向けたまま少年が言う。

「勝てるとか勝てないとか、そういう細かいことは気にすんな。
 やりてぇか。やりたくねぇか。それだけだろ。
 好きに選べよ、どっちだろうと全力でケツ持ってやっからよ」

その小さな背を見つめ少女は息をのむ。
少女の目にはその背が大きく感じられる。
決意を固める様にリボンを強く右腕に巻き付けた。

「私は、私はアイツをぶっとばしたい!」

少女はそう自らの素直な想いを叫び、少年はそれに応える。
魔人皇はその少女の決断から逃げようとも思わないし、決断した以上今更止めようとも思わない。
来ると言うのなら真正面から受けとめる、それが命を奪った者の責任である。

だが若い。
魔人皇は少女の決断をそう断じた。

人間とままならぬモノだ。
合理が見えぬ訳でもなかろうに、感情を抜きに判断を下すことができない。
愚かだと思うが、その少女の愚かさには些かの眩しさすら感じる。

だが、焚き付けた少年の方は別だ。
若さではなく、もっと奥底に張り付いた別の動機で動いてる。

「わざわざ焚き付けるとは。殺し合いがお望みか童?」
「いや、俺ぁ喧嘩は好きだが殺し合いは嫌いだね。何せ次がない。嫌いだが、これぁケジメの問題だ」
「なるほど。他人のケジメに命を懸けるか」
「そうだよ。あんたは懸けねぇのか?」

ふむと、その言葉に船坂は思案する。
船坂も時と場合によっては懸けるだろう。
だが目の前の相手は、その境地に達するには些か若すぎるように見える。
懸けなくていい命を懸けようとしている。

「生き急いでるな」
「そうでもねぇさ。こちとら寄り道だらけだよ」

そう言って重心を前にして、静かに拳を構えなおす拳正。
対する船坂は自然体。構えず起立する姿には無駄の力など一部も入っていない。
刹那の沈黙。
視線が交錯した瞬間、二人はほぼ同時に駆けだした。

拳正の踏み込みは速く、僅か数歩で最速に達した。
だが、速いと言ってもそれはあくまで人の領域の話、魔人の域には届かない。

圧倒的な加速。
アスファルトから白く煙が沸き立つ。
人の域を超えた船坂の踏み込みが生み出す速度は、人知を超え正しく神速だった。

神速の踏み込みと共に放たれるは、空間を穿つような左の直突き。
船坂の本分は剣術ではあるのだが、一芸は百芸に通じるの言葉の通りその体術もまた一流だ。
どころか、放たれた一撃の威力たるや体術の域を超え、直撃すれば人間など粉微塵に砕く大砲の如しである。

絶対の死を持った一撃が、前方に加速していた拳正の頭部へと迫る。
必然。衝突は避けられず、破裂するような破砕音が響く。
船坂の拳が目の前の障害を確かに砕いた。

だが、砕かれたのは拳正の頭蓋ではない。
二人の間に生み出された、衝撃を吸収するよう薄い氷層を幾重にも重ねた氷の盾である。

細かく砕かれ粒子となった氷を浴びながら、その一瞬の間に拳正が船坂の懐に半歩踏み込む。
地を揺るがす震脚と共に流水の如き動きで身を捻り、烈火の如き苛烈さで鳩尾を狙った肘を放つ。
外門頂肘。自然と一体化する中国武術の合理。
未だ至らぬ身為れど、その合理の一端を体現した一撃は火砲の如く敵を貫くはずであった。

だが、その一撃は残した右手の腹で苦も無く受けられた。
そのまま受けた肘を掴まれそうになり、拳正が慌てた様に腕を払う。

僅かに体が開く。
そこに、薙ぎ払うように魔人の腕が振るわれた。
当たれば容易く首が吹き飛ぶ、正しく死神の鎌。

「くぅ…………ッ!?」

咄嗟に何とか身を仰け反り、そのままバク転に移行して、間合いから逃れる。
だがそれを逃す程、魔人皇は甘くない。
すぐさま追撃すべく、地面を蹴った。

しかし、動こうとした船坂の足が止まる。
氷だ。氷が船坂の足元に張り付き、その動きを凍らせていた。
氷は船坂の脚力に耐え切れずすぐさま砕かれるが、拳正が距離を取る時間を稼ぐには十分である。

「突っ込み過ぎよ、新田くん!」
「悪ぃ、フォロー助かった」

その一瞬で拳正は体勢を立て直し、構え直して息を吐いた。
能力値が違いすぎる、船坂の攻撃は一般人からすれば触れれば死する即死の嵐だ。
そこに無策で突撃するのは無謀が過ぎるというものだ。

「その氷、やはり厄介だな」

言って、船坂は霜が降りたアスファルトを踏みしめる。
強さはともかく厄介という意味ならば、先の戦闘でもこの氷雪は雷鳴を操る龍や吸血鬼よりも上だった。
そうなると女の方を先に仕留めたい所なのだが。

「行かせねぇよ」

船坂が前に出ようと踏み出したその後ろ脚が、嫌がらせのような小技で引っかけられる。
後衛の少女を仕留めに向かおうとした船坂の前に、前衛の少年が当然のように立ち塞がった。

ならばと船坂がいったん間合いを開こうと後方に引けば、逃すまいと間合いを詰めてきた。
先ほどの様に無理に突撃するようなことはせず、踏み込み過ぎず、離れ過ぎずの間合いを保つ事に徹している。
巧いと言うより厭らしい立ち回りだ。この若さにして随分と格上相手に戦いなれている。

「貫かれなさい!」

ただの足止めならば大した問題ではないのだが、これは一対一ではなく二対一の勝負である。
船坂が拳正相手に攻めあぐねている間に、生み出された氷山が両側から魔人皇へと喰らいつかんと襲いかかった。
これの直撃を受けるのは流石にマズイと判断したのか、船坂は紙一重ではなく仕切りなおすように、拳正もついてこれぬほど大きく後方に身を引く。

「なるほど、いい連携だ」

実力差があろうとも、攻撃を捨てて完全に防御に徹した相手を打倒するのは中々に難しい。
前衛が足止めに徹するのは、優秀な後方支援があるのならば有効な戦術である。

「だが――――」

だが、船坂の力をもってすればこの程度を打ち崩す方法などいくらでもある。
例えば一つ。

船坂が後方に跳んだ。
離れていた間合いがさらに広がる。
もちろん逃走の為ではない。
いち早くその意図に気付いた拳正が目を見開き、叫んだ。

「……ッ! 撃て水芭!」

それは助走距離だった。
船坂が行おうとしているのは、何の奇を衒う事もないただの突撃である。
だが、拳正が船坂の動きを牽制で来たのは、初動を先読みして力の乗る前に差し止めてきたからだ。
最高速に乗った船坂の質量は拳正では止められない。

魔人皇が地を蹴った。
それに僅かに遅れて、拳正の声に反応したユキが氷の矢を機関銃のように乱射する。

身を引き裂く刃の渦に、船坂は何の躊躇う事もなく頭部だけを守りながら突撃する。
氷の刃が船坂の身をズタズタに切り裂くがその足は止まらない。
敵が攻撃を捨てているのなら、こちらも防御を捨てて攻撃に徹する。
異常なまでの耐久度と回復力を持つ船坂にしかできない策だった。

瞬き程の一瞬で距離が詰まり、前線で待ち構える拳正は選択を迫られる。
これほどの突撃、真正面から受ければ死は避けられない。
かと言って躱せば背後のユキが危険に晒される。

ならばと拳正は前に出た。
こうなれば受けではなく打って出るしかない。
だが、真正面からカウンターなど打ち込もうものなら、その反動に耐え切れずこちらが壊れる。
故に狙うは四肢の先端。
相手のバランスを崩し、突撃の勢いをいなして返す。
この相手にそれを狙うのは、かなりの無茶だが状況はそれしかない。

交差の一瞬。
拳法家は震脚で地面を踏み込み。

魔人はこの速度で、あり得ない切り替えしをした。

イナズマのような軌跡。
アスファルトが果物の皮の様に剥がれる。
およそ人のできる挙動ではない。
魔人皇は拳正を避け、一瞬でその後ろへと回り込んだ。

「ちぃ…………ッ!」

何とかその動きに喰らいつかんと、拳正は振り返りながら足の先だけでも掴まんと懸命に手を伸ばす。
そしてその腕が、背後にいた魔人皇に捕まれた。

拳正の背に寒気が奔る。
狙いは最初からユキではなく拳正だった。
船坂が拳正の腕を引き込み、逆腕で襟元を掴みあげる。

「っ、な、…………げッ!?」

一本背負い。
地面に叩きつけるのではなく、明後日の方向へと放り投げる。
空中では受け身も取れず、成す術もなく拳正の体が大きく宙を飛んで行った。

50mは投げ飛ばしただろう。
落ちたところで拳正の技量ならば受け身は取れるだろうが、戦線復帰には30秒はかかる。
これで前衛は無力化された。その間に後衛も制圧してそれで終わりだ。
一対一となり勝機なしと見て降参するならそれもよし、そう考えていた魔人皇の前に、

「――――幻惑の氷迷宮(クリスタル・キュービック)」

水芭ユキの世界が展開されていた。
何人たりとも近づかせない、視覚と触覚を封じ領域内の全てを惑わす幻影の檻。

拳正を巻き込まないよう使用は控えていたが、イザと言うときのため戦闘が始まった時点で冷気を周囲にまき散らし準備だけはしていた。
それを拳正が投げ飛ばされて一対一になった時点で発動させた。
引くつもりはないようだ。

船坂の視界がユキを見失う。
だが船坂は一分も戸惑うことなく前進した。

不可能だ。
拳正戦の反省から適度に雹を落として音にも偽装を施した。
この世界でユキの位置を特定することなど出来るはずがない。

だが出来る。出来るのだ。
学習したのは船坂も同じ。
氷の囮に騙された同じ轍は踏まない。

視覚でも感覚でも聴覚でもない。
それは心眼と呼ばれる達人の境地。
船坂には敵の姿が観えている。

「うそ…………ッ!?」

一直線に迷宮を突破した船坂の剛腕が振るわれる。
呻る剛腕。
咄嗟にユキは身を躱すが、その指先が僅かに掠める。
そこで指先が服に引っかかったのか、服が破れると共に、吊り上げられるようにユキの小さな体があっさりと宙に吹き飛んだ。

あり得ない。
後方支援ばかりで直接戦闘をしていなかったから、ここで初めて実感する。
こんな化物と拳正は正面から戦っていたのか。
こんなモノの相手をさせられては、ミロが怒るのも当然だ。
そして舞歌も。
こんな相手に一人で挑んで、恐ろしくはなかったのだろうか。

飛ばされるユキは空中で体制を立て直し、地面へと着地する。
だが傷付いた足では踏ん張りがきかず倒れこんでしまった。
倒れこんだだけだ、すぐに立ち上がれる。

だが、それは。
魔人皇相手には致命的すぎる隙だった。

吹き飛んだユキよりも早く先回りしていたのか、そこには魔人皇が拳を構えて待ち構えていた。
ユキの体は区切られた世界の外にまで吹き飛んでおり、完全に結界の庇護は失われている。
盾を張っても打ち抜かれるのがオチだろう。
その拳を打ち出すだけでこの戦いは終わる。
拳正が復帰したところで、ユキの支援がなければ勝ち目など無い。
詰みである。

「…………?」

だが、トドメとなる攻撃は来なかった。
どういう訳か、船坂の動きが拳を構えた状態のままピタリと止まっている。
それは時間すれば僅か数秒。
だが確かに魔人皇の動きは時が止まったように固まっていた。

その魔人皇に向けて、後方から蒼い閃光が走った。

固まっていた魔人皇が動く。
閃光を避け、身を躱すと、その閃光の正体を見極める。

閃光の正体は刺突だった。
放ったのは投げ飛ばされ、戻ってきた拳正だ。
その復帰は予測よりも5秒は速い。
そして戻ってきたその立ち姿は、僅かに変わっていた。
拳正の手には、船坂にとっても見覚えがある抜けるような蒼が握られている。

「…………それは」

それは緑の亜人が振い、船坂自身が投槍として長松に投げつけた槍。蒼天槍だ。
遠投され行き場を失った槍が、拳正が吹き飛ばされた場所に偶然突き刺さっていたのだろう。
それを引き抜き拳正がここまで持ってきたようである。

少年が槍を構えた姿は堂に入っている。
ただとりあえずの武器として持っている、という訳ではないようだ。

拳正の師たる李書文は、中国拳法四千年の歴史において最強と謳われる稀代の八極拳士である。
しかし、後世に刻まれた字名は『神槍李』。拳法家ではなく槍兵としての名であった。

曰く、八極拳は六合大槍の技法を学ぶための前段階に過ぎないという。
李書文の真価は槍術にあり、その弟子もまたその特性を受け継いでいるとしたら。

ブンと風切音をあげ、少年は自らの身長よりも大きい長槍を手足のように自在に操り手の中で回す。
演武のようなその動きは、敵を使づかせないための牽制と共に槍の具合を確かめるためのものである。

全体的に空色ではあるが特別な装飾はなく、あるのは柄と穂先のみ。
日本の直槍というより、その作りは西洋のパイクに近いだろう。
その機能を果たす為だけの無骨な在り様は一種の美しさすら感じさせる。

柄まで鋼でできているのか、扱いなれた六合大槍と比べしなりがない。
だが、その分頑丈である上に、柄まで鋼でできているとは思えぬほどに軽い。
いい槍だ。拳正は心の中でそう思う。
ピタリと槍の回転を止め、穂先を敵へと向け腰を落とす。

「李氏八極拳李書文が弟子。新田拳正。至らぬ身なれどお相手仕る」

改めて名乗りを上げる。
槍を手にした以上遊びはない。
一息に距離を詰め、豪雨のような打突を繰り出す。

眉間。喉。水月。股間。
正中線を射抜く四連突。
長物を手にしているにもかかわらず、その動きは先ほどまでより早い。

刀があるのならともかく、流石の魔人皇とて素手でこれを捌くのは難しい。
受ける事はせず素直に一歩引き紙一重で槍の範囲外まで逃れた。
そして、瞬時に意識を変え、槍の戻りの隙を付いて前へ出る。

そこを狙っていたように氷粒の散弾が船坂の顔面を打った。
倒すというより当てることに重点を置いた攻撃、恐らく槍の戻りの隙を打ち消すのが目的だろう。

その間に拳正は槍を引き戻し、今度は柄の中ごろを持った。
槍術は持ち手の位置で間合いの変わる変幻自在の武器である。

全身を使って槍を竜巻の様にくるりと回す。
回転運動によって生み出された遠心力で両足を断たんという勢いで足を払う。
船坂はこれを僅かに跳躍することで躱すが、回した槍の尻が撥ね、石突きによる追撃が奔る。

「――――――墳ッ!」

空中では避けれぬと見るや、船坂は向かい来る蒼槍に蹴りを放ち、足裏でその一撃を受けた。
槍は弾かれ防がれた。だが今度こそ空中で船坂の動きが止まる。
そこに生み出された氷塊が落ち、船坂を押しつぶすように地面に叩きつける。
地面に落ちた船坂は腹に乗った氷塊を砕き、すぐさま立ち上がると口元についた血を拭う。

「なるほど。中々やる」

いい連携だと船坂は心中で評価する。
前衛に意識を割けば後衛が、後衛に意識を割けば前衛が攻める。
事前に打ち合わせをしたわけでもないし、二人の共闘はこれが初めての事だ。
おそらく一度全力でぶつかったのが功を奏したのだろう、おかげで互いの特性は把握できていた。

「だが、まだ足りんな。後一周りをどう埋める?」

今だに船坂の余裕は崩れない。
神槍仕込みの槍術。
氷による後方支援。
これだけ足しても、まだ船坂弘という魔人皇の領域には届かない。
その問いに、拳正は答える。

「それは、あんたが勝手に埋めてくれる」
「どういう意味だ?」
「さぁな。ただ、あんたの動きに初撃程の鋭さが感じられねぇ」

その言葉に心当たりがあったのか、船坂は考える様に押し黙る。
それは船坂の脳裏に焼き付いた朝霧舞花の記憶だった。
彼女の感情が入り込み、彼女の知り合いを攻撃しようとすると無意識にセーブがかかるようである。
特に顕著だったのは、ユキに攻撃を仕掛けようとした瞬間だ。
故に、全力を出せたのは敵の正体を見極める前の一撃のみ。
あの時感じた三周りの差は、すでに全てが埋まっていた。

「全力出せよオッサン。手抜いて負けましたじゃ言い訳にもなんねぇだろ?」
「こちらが手を抜いていると?」
「加減はしてねぇが、全力でもねぇだろ?」

その言葉の通りだ。
これまでも加減をしていた訳ではが、呪術や飛行能力を用いず肉体のみで戦うと戦い方に制限を設けていたのは確かである。
それに朝霧舞花の影響による拒絶反応も、その程度なら船坂の精神力をもってすればねじ伏せることなど容易い。
だが、この戦にそこまでする必要性を感じていないのも事実である。
船坂としては約束を違えるこの戦いは最初から乗り気ではない。

その侮りを見抜かれていたかと、船坂はくっ喉を鳴らす。
船坂が地面を踏みしめる。

「なるほど。侮った非礼は詫びよう。認めよう。貴様らは――――」

瞬間。
地の底から噴き出るマグマの様に、視覚的に見える程の呪いが船坂の足元から噴出した。

「――――強敵だ」

魔人皇が自らに課した縛りを解き、呪術の使用を解禁した。
その威圧感はこれまでの比ではない。
一歩踏みしめるだけで世界が歪むような、圧倒的な存在感。

「ッ!?」

危険を察し拳正が後方に飛びのいた。
だが、追撃する魔人皇の方が圧倒的に早い。

魔人皇が動く。
それだけで空間がぶれたような漆黒の軌跡が世界に奔る。
これが魔王軍随一の精鋭ガルバインを相手取った、万全にして全力の真の魔人皇。

もはや目にもとまらぬ速度の相手に、咄嗟に勘だけで槍を突き出し盾とする。
ほぼ同時に槍に拳がぶち当たった。
槍が折れずに防げたのはかなりの幸運だろう。

受け流そうとするがどうしようもない次元の衝撃が全身を襲った。
出来る限り受ける衝撃に逆らわず自ら飛ぶ。
体を後方に飛ばしながら、少年は懸命に意識を奮い立たせながら叫ぶ。

「――――――今だ、出ろ!」

水芭ユキが前に出る。
船坂はこの動きに対応できない。
何故なら、拳正を追って前がかりになった攻撃直後。
余力を残した状態ならまだしも、全力を出すと決めた直後の攻撃である。

故に、狙ったのはその一瞬。
引き付けて攻撃を受けてからの前衛と後衛のスイッチ。

躱せないと船坂は悟る。
一撃は確実に貰うだろう。
ならば、如何なる攻撃が来ようとも耐えきるのみ。
雪だろうと氷だろうと、それこそ炎であろうとも来るがよい。
そう奥歯を噛み締め覚悟を決めた船坂に向けて、放たれたのは余りに予想外な攻撃だった。

それは赤いリボンが巻き付けられた拳だった。
何の能力も纏っていないただの拳が、船坂の右頬を全力で叩いた。

船坂は僅かに後退するが、それだけである。
恐らく打たれた船坂よりも、打ったユキの拳の方が痛かろう。
だがそれでいい。

水芭ユキが船坂弘をぶっ飛ばす。
この戦いの目的は最初から一つだった。
それが成し遂げられた以上、勝敗は明確である。

拳の痛みを感じながらユキは殴り抜けた体制のまま悔しげに唇を噛み締める。
わだかまりが全て消えたわけではない。
だがそれでも、この一撃に全ての思いをぶつけたつもりだ。

自分の為してきたこと。
これから為すべきこと。
自分を守るために殺された友のこと。
自分を守るために約束を残した友のこと。
改めて、友を想う。
その全てを飲み込んで、万感の想いをこめて告げる。


「これで……勘弁してあげるわ――――」


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『水芭ユキ。これは貴様に託そう』

戦いの後、船坂がそう言ってユキに差し出したのは、朝霧舞歌の亡骸であった。
それを受け取ったユキは、神妙な面持ちのまま二人きりにして欲しいと告げると、魔人皇は静かにその場を後にした。
吹き飛んだ拳正はまだ戻ってこない。船坂によれば攻撃は防いだはずだから恐らく生きているだろうとの事だ。

「――――――」

そうして、地面に寝かせた物言わぬ友と二人きりになる。
その左胸にはポッカリと穴が空いていた。
変わり果てたその姿を見るだけでこちらの心臓も止まってしまいそうだ。

「嘘つき。絶対に死なないって言ったくせに」

口をついたのは拗ねた子供のような恨み事だった。
困らせるようなことを言ってしまったとは思うが。
けれど約束を破ったのだからこのくらいの文句は許して欲しい。

「けど、こうして戻ってきてくれたから、針千本は勘弁してあげる」

そういって、そっと物言わぬ友の頬を撫でる。
いつもの温かさを知ってるからだろうか、冷たく体温の失われた頬は氷なんかより冷たく感じられた。

舞歌は彼女たちのグループの中では、みんなを積極的に引っ張っていくタイプではなかった。
どちらかと言うと、一歩引いたところで、みんなの後ろを優しく見守っているようなタイプだった。

一番大人で、無茶しがちな夏美をたしなめたり、ドジばかりのルピナスのフォローばかりしていた気がする。
同い年とは思えないほどシッカリしているというより、どこか達観している、そんな少女だった。
それが何だか悔しくって、その引いた一歩がなんなのかを知りたかった。
彼女の事をもっとよく知りたかった。
彼女に自分の事をもっと知って欲しかった。
私たちを頼って欲しかった。

けれど、彼女は何も告げずに去ってしまった。
だからその時は裏切られたように感じられたんだ。
絶対に探し出して文句の一つでも言ってやらないと気が済まない、そう思って彼女を探して無茶の事をした。

「バカね」

そんな訳が無いはずなのに。
彼女が自分たちを裏切るような真似をする筈なんてないはずなのに。
命を懸けて最期まで、守ろうとしてくれたのに。
命なんて、懸けなくてもよかったのに。

「本当に…………バカ」

それは誰に向けられた言葉だったのか。
約束を守れなかった少女に向けてか。
それとも約束を信じられなかった少女に向けてか。

呟かれた言葉に返る言葉ない。
少女の目に一筋の涙が零れた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「いつっ…………くそ、落ちてた」

意識を取り戻した拳正の前に、ちょうどユキの元から立ち去った船坂が通りかかった。
拳正が槍を杖代わりに立ち上がり、魔人皇が足を止める。

「よう。首尾よく終わったみてぇだな」
「ああ、私の負けだ。この結果は最初から貴様の狙い通りだった、という訳か」
「まさか、あんた相手にそこまで状況をコントロールできるほどの余裕はねぇよ。こいつ拾ったのもマジで偶然だしな」

そう言って拳正は肩に背負った槍をクルリと回す。

「ただ、最後の一発をあいつに譲れるなら譲ろうって、俺の考えなんてそれくらいのもんだよ」
「ふむ。それがケジメになると?」
「ま、踏ん切りにはなるだろ。何を殴ればいいのかってのが分かってるってのはいくらかやりやすい。
 少なくとも、ただ無抵抗なあんたを殴ったり、無理に大人ぶって我慢するよか全然いい」

世の理不尽とは形のないものだ。
殴れるならそれに越したことはないという考えなのだろう。

「危ういな」
「そうでもないだろ、あいつはそう折れる程軟じゃないぜ」
「私が言いたいのはそちらではないのだが……まあいい。詮無き事だ」

発言の意図を掴み兼ねるのか、拳正が首を傾げた。

「しかし、あの音に聞く魔拳士の弟子どはな。だが私が貴様程度の歳だった頃に亡くなられたと風の噂に聞いたが」
「生きてるよ普通に。日本の俺ん家で、殺しても死なない程度には元気してるさ」

拳正の言葉の何かに引っかかったのか。
魔人皇が怪訝そうに眉をひそめる。

「日本?」
「ああ、外人に見えるか俺? まあアジア系は区別つかないってのはよく聞くけど、あんたも日本人だろ?」
「然り。この身は大日本帝国の皇である。がしかし貴様には覚えがないな」
「覚えって、そりゃ会った事なければそうだろうよ、若菜みたいな有名人じゃあるまいし」

拳正の言葉は尤もだ。
だが、この魔人皇に限っては違う。
彼は新生児を除いた約8000万もの自らが収める国民の顔と名前をすべて記憶している。
その中に水芭ユキや朝霧舞歌の情報は含まれていない。
故に敵性の判断は容易かった。
だがしかし、そうでないとしたならば。

「すまぬが、もう行く。確かめねばならぬことができた」
「ああ。そりゃいいけど、そういや馴木は?」
「そういえば見当たらぬな。戦いに巻き込まれぬよう避難でもしたか。仕方あるまいそれも探しておくとする」
「あんたに悪意がないのは分かったが、あんま怖がらせんなよ。単純にあんたは怖い」
「む……そうだったのか。そのようなつもりはないのだがな、善処する」

【C-5 大通り/昼】
【船坂弘】
[状態]:全身に切り傷などのダメージ(修復中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~1、輸血パック(2/3)
[思考]
基本行動方針:自国民(大日本帝国)とクロウの仲間以外皆殺しにして勝利を
1:拳正の言う日本について確かめる
2:馴木沙奈を探す
3:長松洋平に屈辱を返す?


「新田くん無事だったんだ。よかった」

戻ってきた拳正を出迎えたユキの目は泣き腫らしたように赤く腫れていた。
拳正はそれに、ああとそっけなく答えて目をそらす。

「あいつなら行ったぜ。馴木を探しに行った」
「……そう」

少しだけ複雑な面持ちでユキは相槌を打った。
あの男に対して、もう復讐心のような感情はないしケジメはつけたけれど、完全に思う所がない訳ではない。

「舞歌を………舞歌をね、このままじゃかわいそうだから弔ってあげたいんだけど、ここじゃちょっと難しいかな」
「ああ」

そう言ってユキは周囲を見る。
この辺りはアスファルトに囲まれた住宅街だ、埋葬するのも難しいだろう。

「本当は連れて帰ってあげたいけれど、そういう訳にもいかないものね」
「そうだな」
「それでロバートさんと同じところに埋葬してあげたいんだけど……って聞いてる新田くん?」

先ほどから拳正の相槌はどういう訳かそっけない。
確かにおかしな男だが、級友の死に無感心な冷たい人間だとは思わないが。

「……水芭、話しづらいからとりあえずこれ着とけ」

そう言って拳正は自らの学ランを脱ぎ捨て、ユキへと投げた。

「? なん、で…………って」

言いながら自らの状態を確認して、ユキの顔がみるみる羞恥に染まる。
戦ってる最中は必死で気づかなかったが、制服の胸元が破れ、小ぶりな乙女の膨らみが露わになっていた。

「うぅ……あっ………ぅ、あ、ありがとぅ……」

白い肌を火が出る程に赤くしながら。
消え入りそうな声で、それでも何とかお礼の言葉を絞り出した。

【C-5 大通り/昼】
【新田拳正】
状態:ダメージ(大)、疲労(中)
装備:蒼天槍
道具:基本支給品一式、ビッグ・ショット、ランダムアイテム0~2(確認済み)
[思考]
基本行動方針:帰る
1:クラスの面子を探す
2:脱出する方法を考える

【水芭ユキ】
[状態]:疲労(中)、頭部にダメージ(治療済み)、右足負傷(治療済み)、精神的疲労(小)
[装備]:クロウのリボン、拳正の学ラン
[道具]:ランダムアイテム1~3(確認済)、基本支給品一式、風の剣、朝霧舞歌の死体
    ロバート・キャンベルのデイパック、サバイバルナイフ・裂(使用回数:残り2回)、ロバート・キャンベルのノート
[思考]
基本行動方針:この痛みを抱えて生きていく
0:舞歌を埋葬する
1:ミロを探して許してもらう
2:夏美を探して守る
3:悪党商会の皆も探す
4:お父さん(森茂)に会って真実を確かめたい




「はっ…………はっ………はっ、はっはっ」

少女は駆ける。
切れ切れの息の隙間から笑いが漏れた。

逃げれた。
逃げれた! 逃げれた!!
あの悪鬼から逃げられた!

戦いが始まって程なくして、沙奈はその場から脇目も振らずに逃げ出していた。
誰も沙奈に注意を集めていなかった。
誰も沙奈なんかを見ていなかった。
だから透明になるのは簡単だった。

そして本当に誰にも気づかれることなく逃げ出せた。
世界全てから見放されたような孤独。
一番追い詰められている沙奈を気遣うべきだろうに。
何て冷たい連中。
もっともか弱い沙奈を思いもしない。

別にいい。
構わない。
どうでもいい人間に見つけられなくとも。
たった一人に見つけてもらえれば沙奈はそれでいい。

その為に死ぬ訳にはいかなかった。
死んだらそれも叶わない。

錬次郎。錬次郎。錬次郎。
心の中で叫ぶ。

きっと会っても冷たくあしらわれるだけなのだろうけど。
それでも、ただ錬次郎に会いたかった。

もう彼女には彼を想う心しか、残されていないのだから。

【D-4 草原/昼】
【馴木沙奈】
[状態]:歓喜
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本行動方針:ゲームから脱出する
1:逃げる
2:錬次郎に会いたい


105.夢物語 投下順で読む 107.生と死と
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悪童死すべし 船坂弘 悪魔を憐れむ歌
馴木沙奈 生と死と
roots 新田拳正 悲しみよこんにちは
水芭ユキ

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最終更新:2015年11月23日 08:55