ピーター・セヴェールは生まれ育ったのは、カンザス州の中では比較的栄えた地域だった。

カンザス州は州全体がグレートプレーンズの中にある影響で地形の変化に乏しく、地平線が見えるほどの平坦が広がる地域である。
そこに暮らす人々の多くが耕作や酪農に勤しみ、単調な田園が延々と広がっている風景がこの州の特徴だった。
アメリカにおける田舎の代名詞とされているのも頷ける、そんな場所である。

父は医者だった。
父が働いていたのは大病院という訳ではなかったが、小さな町の中では一番大きな病院だった。
生真面目な人柄で同僚や患者からの信頼も厚く、父としても尊敬に値する厳格な人間だったと思う。
兄も父を尊敬し、その後を継ぐべく多くの学業で優秀な成績を収めていた。
人格的にも能力的にも非の打ちどころのない優秀な兄だった。

少し年の離れたピーターもそんな兄に負けぬよう勉学に励んではいたが、落ちこぼれという訳ではいないが優秀でもない。
優秀な兄と比較されるかわいそうな弟、世間からのピーターの評価はそんなものだった。

だが、その評価は誤りだった。
世間体はよいがその実、自尊心の高い兄の性質を正しく理解し、兄を抜かないように手を抜いていた。
高い木は多くの風を受けるというが、それが末っ子としての立ち回りだと彼は理解していた。
打算的で計算高く小賢しい、そんな少年だった

そんな彼の幼年期の終わりは、性の目覚めに似ていた。

早熟な少年だったのだろう。
彼の初恋は8歳になろうかと言う頃に訪れた。
相手はエレメンタリースクール(小学校)の音楽教諭だった。
誰にも分け隔てなく接する、優しく聡明で、そして長く綺麗な指をした女性だった。
ピーターも彼女の奏でるピアノの調べが好きで、音楽の授業がたまらなく楽しみだったのを覚えている。

彼女を思うと腹が鳴った。
胸の奥に湧く必然にも似た感情、それは食べたいだった。

そのとき彼は己の中の異常性癖を自覚した。
彼にとって性欲と食欲はイコールだった。

それが世間一般で許されざる異常な価値観であると彼は正しく理解していた
己が異常者であると、それを理解した上で衝動を押さえつけるのではなく、如何にして満たすかを考えた。
薄氷の上を歩くように慎重に、決して誰にもばれてはいけない秘め事を行うように。

ソプラノの綺麗な悲鳴の旋律を覚えている。
その授業の前日、ピーターは音楽室に忍び込み、ピアノの鍵盤蓋に細工をした。
見事に演奏中に落ちた鍵盤蓋は、音楽教諭の指を喰らうように切断し、白い鍵盤を赤に染めた。

10にも満たぬ少年少女がこのような事態に対応できるはずがなく音楽室が悲鳴のようなざわめきに包まれ、この世終りのような混乱が広がった。
そんな中で、ピーターは興奮で脳が沸騰するほど過熱しているのに、心は凍えるほど冷静なままだった。
混乱に乗じて誰にも気付かれぬようピーターは動き、こっそりと千切れ落ちた指を一本回収する事に成功した。

その日は異常なまでの興奮に、勃起が治まらず眠れなかった事を覚えている。
持ち帰った指の爪先を持って、赤い斑点が浮かぶ断面に鼻に近づけると、芳しい香りが鼻孔を擽る。
震える舌を伸ばしその端を口に含み、咀嚼すると舌に血と肉の味が広がった。

味覚ではなく脳に直接快楽を叩き込まれるような強烈な恍惚。
このまま果ててしまうのではないかと言うほどの、異常な熱が体の中心を貫いた。

それから毎日、少しずつその肉をしゃぶるのが彼の夜の日課となった。
大切に少しずつ、宝物を愛でるように。
大事にし過ぎて、最後は肉が腐り落ちてウジが湧いてしまったけれど、残った骨は未だに机の奥底に大切に保管してある。
今でもピーターの大事な宝物である。

この事件は結局事故という事で片づけられたが、音楽教師はそれから復帰することなくハイスクールを去った。
その後彼女がどうなったのかはピーターも知らない。

誠に残念な事でありその別れを心の底から寂しく思ったのは偽りのない本心だった。
そこまで気が回らず、フォローの行き届かなかったピーターの不徳の致すところである。

次があるのならば、決して最後まで逃さないよう気を配ろうと誓った。
それだけではない、この件の反省は多く、ピーターは色々な事をここから学んだ。

ピーターが持ち去ったと発覚することはなかったが、駆けつけた救急隊員が指が一本無くなっていることぬ気づき騒がれた。
失われたモノに対する影響を予測し、補填し工作が必要だと学んだ。


鍵盤蓋に細工をするため音楽室に忍び込むのを目撃されていたのも痛かった。
普段の猫かぶりが功を奏してか、その件は何とか取り繕うことが出来たが、完全に証拠を残さず行動するに何が足りないのかを課題とした。
そして今の己には証拠隠滅などを完璧に行える能力に欠けている事を自覚した。

目的に至るまでのさまざまな自称を、反省し、想定し、反復し、学習した。
そうしてそから10年間、グツグツと鍋を煮詰めるように沸騰する頭の中をかき混ぜ続けた。

恐れるべきことに、その衝動が発散される2005年までの長きに渡り、その反復は続いた。
彼はその異常性を決して誰にも悟られることなく何食わぬ顔で生活をづけてきた。
よくある猟奇殺人鬼のように犬猫を慰みに殺す事もない。
彼にとっての衝動は性衝動のようなモノだ、畜生に欲情する趣味はない。そんな変態と一緒にしてもらっては困る。

実際に事を起こしたその時だって、衝動を抑えきれなくなったというより、己が成熟し完全に犯行を隠匿できる能力がついたと、ただ客観的な事実として受け入れられたからに過ぎない。
事実、彼は完璧だった。
完璧に人を殺し、人を喰らった。
一片の誤差もミスもなく、一片の躊躇も慈悲もない。
誰にも、家族にすら知られることなく、多くの女をその手にかけてきた。

そう、2012年のヒューストンであの、サイパス・キルラに出会うまでは。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

時刻は既に午後を回り、高く上った日の光が水面が照らし返された光がキラキラと輝く。
邪神の死亡。そしてバラッドの生存。
放送によりもたらされたこの二つの事実を確認すべく、ピーターは市街地に向かって移動していた。

市街地へと続くI-6の区画は既に禁止エリアとなっている。
地図を見る限り下にほんの僅かな隙間があるが、目に見えるような明確な区切りがある訳ではない。
気付かぬ間に足を踏み入れて、あのアザレアの姿をした男の様に首が吹き飛ぶのはごめんである。
それを理解した上で市街地に向かうと言う方針を立てたからには、ピーターは安全かつ確実に市街地に向かう方法があるという事だ。

その答えは水路だった。
禁止エリアを迂回し、島中央の山頂から市街地沿いを流れる川を横断すればいい。

ピーターは支給品であるエンジンボートの上にのって、水上の旅路を楽しんでいた。
ゆっくりと漕ぎ出した慣性に従いボートは進む。
響くのは僅かな水音。音が響かぬようエンジンは切ってある。

遮蔽物のない視界の開けた水上であれば、近づく者がいればまず確実に気が付く。
わざわざ水路を選んで近づく者も少なく、襲われる危険性も低いだろう。

唯一懸念があるとすれば、開けた場所で警戒すべき狙撃だが。
目ぼしい狙撃ポイントはピックアップ済みであり、イザとなれば川の中に飛び込めばいい。
流石に数Km先までピンポイントで撃ち抜く凄腕のスナイパ―がいればお手上げだが、警戒は最低限でいいだろう。

都会の喧騒では味わえない静寂にピーターは故郷を懐かしみつつ。
ゆらりゆらりと緩やかな川の流れに揺られながら、少し遅めのランチを楽しむ。

ピーターが口にしている食材は、支給された食料などではなく、この時の為にとっておいた麻生時音の死体である。
人体の解体は彼にとってはお手の物だ。
父が医師だったという事もあり、解剖学などの資料には子供のころから触れてきたし、近所の農家が行う屠殺作業を何度も真近で見学してきた。
喰人鬼を育てるには理想的といっていい環境だった。もっともそう言った背景がなくとも、ピーターはこうなっただろうが。

ナイフの一本でもあればうまく解体せしめるところなのだが、生憎手元には刃物がなかった。
そのため、肉はモーニングスターで叩き潰して『たたき』にすることにした。
どういう原理かは知らないし興味もないが、このディパックは保存がきいて、腐りもせずなかなか良い肉の具合である。
人の肉は日持ちがしないので非常にありがたい仕様だ。

磨り潰した肉をつまみ、味わうようによく咀嚼する。
二次性徴途中の未熟な肉は仔牛のような淡白な味わいがあった。

火を通さず生肉を食すには病原菌などに対して細心の注意が必要となるが、不思議とこれまで一度も食中毒などになったことがない。
きっと、心だけではなく体も女を食すために生まれてきたのだろう。

豚や牛のように人間の肉だって部位によって食べごたえは違う。
そして人間の場合、食肉用に育成された家畜と違い味わいに個体差が非常に大きい。

人肉の味は、当然ながら一般的には知られていない。
一説によると、これ以上ない程旨いとも、肉の中では最低へんなほど不味いとも言われている。


本物の喰人鬼に言わせれば、喰人を味だけで語るのがナンセンスだ。
ピーターにとって喰人は愛の営みだ。
愛するように食す。
そうすれば舌で感じる味わいではなく、脳が直接旨みを感じるようになる。

それ故か、女性の魅力的な部分と部位の旨さは比例する。
最初にピーターが殺して食した女はすらりとした健脚が眩しい女だった。
他の部位も旨かったが、何よりあの美しい脚の味は最高だった。
脳が痺れるほど、素晴らしい味だった。

愛が深いほど味に深みが増す。
通りすがりに拾ったこの少女はオヤツのようなモノだ。
どうせ喰らうのらば、愛の深い方がいい。

明らかに胃の要領を超える人一人分の肉を食し終え、骨などの食べ残しを川へ流す。
ピーターは確かな胃に満足感を感じながら、ボートから手をだし川の水で口元についた血糊を濯いだ。
休憩がてらのゆっくりとした船の旅だったが、時期に対岸に着く頃間である。
だが、ピーターは着岸する直前、まだ市街地にはすこし距離のある場所でボートの動きを停止させた。

「そこの方、出てきてくださって構いませんよ」

ピーターは対岸に向かって呼びかける。
その声に対し、返るのは水の流れる音だけだった。
ゆらりゆらりとボートの上で波の揺りかごに揺られながら、そのままピーターはしばらく動きを止め反応を待つ。
しばし、ゆるやかな静寂が流れる。

「…………参りましたね。完全に気配は消せてたと思ったんですけど」

言葉と共に、世の闇の隙間から滲み出てきたような黒い影が観念したように姿を現した。
それはアサシンの名を冠す至高の暗殺者。

市街地を離れんとするアサシンも、水路を辿ろうと目論んでいたようである。
その途中、川を渡るピーターの姿を発見し襲撃を仕掛けんと待ち伏せていたのだ。

気配は完全に消していたはずである。
アサシンが本気で待ちに徹すれば、超人であろうとも同業者であろうとも発見するのは殆ど不可能に近い。

だが、あっさりと見つかってしまった。
はやり足の負傷が影響しているのか。そうアサシンは自省するが、実のところそうではない。
アサシンの気配遮断は事実として完璧だった。

ピーターはアサシンの存在に気付いていた訳ではなく、ただ言ってみただけなのだ。

欠片も態度には出さないが、むしろ本当にアサシンが出てきて驚いたのはピーターの方だ。
一人暮らしの学生が帰宅後の暗闇に声をかけるようなものである。
ただ、待ち伏せがあるとしたら着岸時が一番危険だという観点の元、念のため言葉に出してみたに過ぎなかった。

とは言え、まったくの偶然という訳ではない。
こう言った念のための布石をピーターは嫌となる程打ってきた。そうやって生き延びてきた。
この事態も投げた多くの布石の一つがあっただけの話である。

「さすが、サイパスさんの所にいるだけはあるという所ですか、ピーター・セヴェールさん」
「おや、私をご存じで? よろしければそちらの名を伺ってもよろしいでしょうか?」

答えを期待しての問いではない。
暗殺者が名を問われも普通は名乗らない。
だが、幸運かあるいは残念なことに、この暗殺者は普通ではなかった。

「本名は秘密で。一応アサシンで通ってます」
「ほぅ、確か名簿にありましたねその名前。噂はかねがね伺っていますよ」

暗殺者は基本的に秘匿主義だ、同業者と言えどその詳細を知ることはまずない。
アサシンの顔を知っているのは裏でつながっていたイヴァンと、直接勧誘したことのあるサイパスくらいの物である。
だが、それでもヴァイザーやアサシンといった特出した存在は嫌が上でも噂に昇る。

ヴァイザーの怪物性をよく知るピーターからすれば、それに勝るともされているアサシンの噂は眉唾物だったが。
こうして実際対峙して見ると、よくわかった。
これはヴァイザーともサイパスとも違う、まったく別種の怪物だ。

「お互い入れ違う所だったようですが、こうして出会えたのも何かの縁だ、どうです情報交換でもいかがでしょう?」

ピーターからの提案にアサシンは目を細め一考する。
アサシンからしてみれば目の前の相手は隙だらけだ。
アサシンならここからでも踏み込めば一瞬で8度は殺せる。


それ故にこの不敵な態度は実に不気味だ。
いっそ無視して、このまま離脱すると言うのも選択肢としてはありなのだが。

「そうですね。そうしましょうか」

アサシンはこの申し出を受けることにした。
これまでアサシンは単独行動を貫いており、他の参加者とほとんど接点を持たないスタンスだったため、こういう機会は貴重だ。
アサシンとて情報は欲しい。

「では、今の市街地の様子などを教えていただけますか?」
「市街地にはそれなりに人が集まってるみたいですよ。
 大きな戦いがった跡もあったし、今もいろいろとバチバチ争ってるみたいなので、危険を避けたいのなら近寄らない事をお勧めしますがね」

大きな戦いの跡というのは怪物女や邪神の戦った跡だろう。
その辺も気になるが、ピーターの一番知りたいのは別の所だ。

「それなりに人がいたとおっしゃいましたが、その中にバラッドさんの姿をお見掛けしませんでしたか?」
「バラッドさんですか? 見かけませんでしたね」

自分を知っているという事は大方の組織の人員は知られているのだろう、という中りを付け揺さぶりを込めてピーターは問うたが。
アサシンは顔色を変えず平然と応じた。
柳に風というが、ここまで素直に応じられると裏を読み辛いためピーターとしては少々やりづらい。

アサシンはイヴァンから得た情報でピーターに限らず組織の準員はある程度は把握している。
イヴァンの立場を考えるくらいの気遣いはできるので、さすがに情報元まで明かすことはないが、知っていること自体は隠する必要がなかった。

アサシンはバラッドを見かけなかったと言ったが、実際は出会っている。どころか、攻撃を受け足を斬られたのだが。
これは嘘をついたと言うよりアサシンは純潔体であるバラッドを見てもバラッドだと認識できなかったようである。

「ピーターさんが来られた、そちら側の方はどうだったんです? どれくらい人がいましたか?」
「そうでうねぇ。数名とすれ違いましたが、あまり人はいらっしゃいませんでしたね。
 すれ違った方も別の所に向かわれたようですし、人げないので避難するのなら向かう事をお勧めしますが」

安全に生存を目指す方針ならばそこに向かうのもいいのだろうが。
あと14人斬らなくてはならないアサシンからすれば、人がいないと言うのは困る。

「おや、何かお困りの様だ。よろしければ事情を伺いしても?」

目ざとくも、そんなアサシンの困惑を察し、ピーターは問いかける。
表情には出していないはずなのだが。

暗殺者には基本的に守秘義務がある、通常であれば問われた所で話すはずがない。
だが最初に出会ったイヴァンにあっさりと依頼者を明かした事からわかる様に、その辺のルールがこの暗殺者からはすっぽりと抜け落ちている。

サイパスのような教育者の下で流儀を叩き込まれた訳ではなく、我流でここまで上り詰めた故だろう。
何より、そのスタンスのまま、一度たりとも失敗することなく彼は暗黒世界の頂点を極めたというのも歪みの原因だろう。
あるいは極めたのは底辺なのかもしれないが。

「細かい事情は省きますが、依頼を受けましてね、このナイフで後14人斬らないといけないのですよ」
「殺す、ではなく斬る、ですか。斬ると何かお得な事でもあるのですか?」
「切られた人間は一時的にマヒして、人が殺したくなるとかなんとか。オカルトですがね」

その辺の真偽はアサシンにとってはどうでもいい。
依頼された内容をこなすだけである。
その後誰がどうなろうとアサシンの知ったことではない。

人殺しが増えて得するような人物は非常に限られる。
依頼者が誰か、など考えるまでもないことなのだが。
その辺の事情はピーターにとってはどうでもいい。

食べられるか食べられないか。
食べられないのならば、利用できるかできないか。
それだけだ。

「成程。それは大変そうだ。
 見た所、かなり苦戦なさってるご様子ですが」

そう言って、ピーターはアサシンの負傷した右腕と両足を見つめる。
それについてはアサシンも否定しない。
この依頼はアサシンが受けてきた中でも、かなり難易度の高い部類だ。

「しかしどうでしょうか、私なら貴方のお役にたてると思うのですが……?」
「どういう意味でしょう」

表情を変えぬまま問い返す。


「手を組みましょう、という事ですよ」

直接的な言葉を受けても、アサシンの瞳の色は買わない。
全てを吸い込む暗黒のような暗い瞳が、ピーターを測る様にとらえていた。
応じるピーターも笑みのような表情を浮かべているが、その奥底にある感情は乾いている。
互いに感情のない昆虫同士のやり取りみたいだった。

「失礼ながら。あなたと手を組んでも、こちらに得があるとは思えないのですが」

ピーターからすればアサシンの助力を得られれば百人力だろうが。
アサシンからすればピーターは足手まといにしかならない。
殺し屋としての実力差があり過ぎる。

「そうとも限りませんよ。私が見たところ貴方は少々強すぎるようだ。強いばかりが目的達成の役に立つとは限らない」
「へぇ、どういう意味です?」

その物言いに少しだけ興味を引かれたのか、アサシンが問う。

「貴方ほどの方であればとっくに看破しておられるでしょうが。見ての通り私は、弱いです。
 だからこそ貴方には出来ない事ができる、と言う事です」

アサシンはふむと一つ頷き。その言葉の意味を理解する。

「つまり、ピーターさんが餌になる、と?」

人々を惹きつける誘蛾灯の役割。
それは完全なる隠密行動を果たせるアサシンでは不可能な。
弱者であるピーターだからこそ果たすことが出来る役割だ。

「ええ、貴方は気配を消して私の周囲に潜んでいただき、囮として私を利用してくださればいい。
 そうするだけで私は最強の護衛を、貴方は多くの獲物を得られる。
 手を組むと言ってもそれ以外の拘束はしない、どうですお互い損はない話だと思いますが?」

確かに、互いの損得のかみ合った悪い話ではない。
残り時間と残り人数を考えれば、何か策を打つべき頃合いではある。

だが、アサシンは考える。
迷うこと自体アサシンにしては珍しい。

アサシンから見たピーターは、まるで底の見えない深いクレバスのような男だ。
冷たく不気味な不安が掻き立てられる。
その奥底が深いのか浅いのかそれすらも不明瞭だ。

「信用できないのでしたら、まずは手付として、私の事を切っていただいて構いませんよ」

迷うアサシンに蠱惑的な嗤いを浮かべ、ピーターは腕を伸ばした。
自らマーダー病の餌食になって、アサシンのポイント稼ぎに貢献すると言っているのだ。

「本気ですか?」
「もちろん。ただし麻痺している間は動けませんのでその間は護っていただくため足が止まってしまいますが」

ピーターは斬られれば殺人鬼になると言うナイフの効果を理解していない訳でも、信じていない訳でもない。
不可思議な現象はもう、嫌と言うほど見ている。
邪神と言うとびっきりも見た。
その上で、斬られてもいいと言っている。

だってピーターはずっと我慢してる。
この気が狂いそうなほどの、喰われているのは自分ではないのかと錯覚する程の空腹を。
サイパス・キルラと出会い、その衝動を我慢しなくてもいいと言われ、自由に振る舞う環境を与えられても。
その環境で生きるための必要な我慢はし続けてきた。

ピーターは愛多き男だ。
バラッドだって、アザレアだって、他の女たちだって、ピーターはずっと食べたかった。
ずっとずっと抑え難い喰人衝動を、ずっとずっとずっと抑え続けてきた。
悍ましい自らの内に潜む怪物を平気な顔をして飼いならす、理性の怪物。
それがピーター・セヴェールという喰人鬼である。


それがいまさら、“たかが”殺人衝動が増えた所で、何が変わるとも思えない。
ピーター・セヴェールはきっとピーター・セヴェールのままだろう。
飼いならすペットが1匹増えるだけの話だ。
存分に愛でて差し上げよう。

「いいでしょう。手を組みましょう、ピーターさん」

差し出された手を取って、ボートから対岸へと引き上げる。
全ての動きを捉えるアサシンの目を以てしても、ピーター・セヴェールという男の深淵は見えない。
だが、それでもアサシンはその手を取った。

例え落ちた穴の底が針山や溶岩だったとしても、自分ならば乗り越えられる。
飄々としたこの男の奥底にある、殺し屋としての自信がその手を取らさせた。
かくして、最強の暗殺者は最弱の囮を、最弱の暗殺者は最強の守護者を得たのである。

「あ、痛いのは嫌なんで、斬るのは指先でお願いしますね」

【H-7 市街地川岸/午後】
【アサシン】
[状態]:疲労(小)、右腕負傷、右足裂傷、左足に火傷
[装備]:妖刀無銘、悪威
[道具]:基本支給品一式、爆発札×2
[思考]
基本行動方針:依頼を完遂する
1:ピーターを囮に数を稼ぐ
2:二十人斬ったら何をするかな…
3:魔王を警戒
※依頼を受けたものだと勘違いしています。
※あと13人斬ったらスペシャルな報酬が与えられます。
※5人斬りを達成した為、刃の伸縮機能が強化されました。
※6時間の潜伏期間が4時間に短縮されました

【ピーター・セヴェール】
[状態]:頬に切り傷、全身に殴られた痕、麻痺、マーダー病感染
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、MK16の予備弾薬複数、焼け焦げたモーニングスター、SAAの予備弾薬30発、皮製造機の残骸とマニュアル本、『組織』構成員リスト、エンジンボート
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)。手段は未定だが、とにかく生き残る。
1:市街地に戻って状況の確認
2:生き残る為には『組織』の仲間を利用することも厭わない。
3:ミル博士との接触等で首輪解除の方法を探る。とはいえ余り期待はしていない。
4:亦紅達に警戒。尾行等には十分注意する。


128.デッドライン 投下順で読む 130.Role
時系列順で読む
三人寄れば文殊の知恵 アサシン Negotiation
King of naked ピーター・セヴェール

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2016年08月14日 00:18