南の市街地は多くの強者同士のぶつかり合いにより、中央部は見る影もない悲惨な有様となっていたが郊外は比較的健在であった。
発展した中央部に集約した清閑なビジネス街は、外周に近づくにつれ複雑に入り組んだ住宅街へと顔を変えてゆく。
郊外に向かうにつれ車線の通った大通りは先細った迷路のような小道へと変わり、その複雑な道筋を森茂は音もたてず足早に進んでいた。

森は南の市街地を抜け、北の市街地を目指していた。
目的は一つ。唯一残った自らの弱さを殺すため。
それは不倶戴天の敵から仕事を請け負ってまで為そうとする絶対の目的だった。

だが、南の市街地を抜ける道中は既に禁止エリアとなっており、何かしらの方法で迂回する必要があった。
そのための選択肢は三つある。
ロープウェイを利用して山頂に向かいそこから山路を下るか。
市街地を東へ突っ切り島を大きく回り込むか。
森が取った選択はそのどちらでもない、第三の選択肢だった。

市街地を北に抜け、陸地を隔てる川を超える。
右腕を失ったこの状態で泳ぐのは少々困難だが、森の身体能力であれば問題ないだろう。
それが最短の選択肢であり、最も早く目的地に到達する最速の選択肢である。

だが、市街地を抜けようとしたところで先を急ぐ森の足が唐突に止まった。
幾多の戦場で培われた気配察知能力が、その行く手、市街地に侵入する何者かの気配を感じたのだ。

森は音もたてずそっと物陰に隠れて様子を伺う。
市街地に足を踏み入れたのはスーツ姿の伊達男だった。
高級そうなスーツは所々が薄汚れており、整った顔にも傷が幾つも見てとれる。
とても紳士とは形容しがたい有様だが、この戦場で半日も過して無傷でいる人間の方が稀だろう。

スーツの男はその動きからして玄人のようである、がはっきり言って練度は低い。少なくとも一流とは呼べない。
周囲を警戒しているようだが、幾つもの戦地を超えてきた森から言わせればザルだ。
実際、気配を殺した森の存在にも気づいていないようである。

森はそのまま気づかれぬよう注意を払いつつ、相手の顔を確認する。
情報部を預かる恵理子ほどではないが、悪党商会がかき集めた膨大な善悪全ての人間の記録をある程度は記憶している。
その知識を思い返し脳内で一致する人間がいないか照合する。

そして思い出した。
『組織』に属する殺し屋、で名前はたしかピーター・セヴェールだったか。
女専門の殺し屋で、死体をバラして喰らうことを趣味にしている食人鬼だったはずである。
その経歴からして、ピーターが殺し合いに対して消極的であるとは考えづらい。

周囲を探る。他の人間の気配はない。
どうするべきか、森は僅かに思考する。
無視して先を急ぐか、それともここで仕留めておくか。

ユキの殺害が最優先ではあるが、他の参加者を皆殺しにするという方針が変わったわけではない。
そのために殺し合いに積極的に参加者は見逃していく方針だったが、もう殺し合いも煮詰まってきた頃合いだ。
そろそろ次の段階に移行してもいいかもしれない。

ならば、優先順位の違いはあれど、やれるならやるべきだろう。
なにより時間はかからない。悪砲があるのだから決着がつくのなら一瞬だ。
もし初撃で仕留められず戦闘が長期化しそうになったのならば、その時は退けばいい。

初撃必殺。一撃離脱。
成功しても失敗しても一撃で引く。
そう決めて静かに荷物の中の悪砲に手をかける。

だがそこで、ふと地雷原に足を踏み入れたような違和感が森の脳裏を貫いた。
ピーターの動きが、ここまで生き残った参加者にしては無防備すぎる。
まるで何かに守られている事を前提とした動きにも見えた。
その予感に従い背後を振り返る。

その影は、すでにそこにいた。

それは漆黒。
天に太陽が輝く光の世界にて、ただ眼光だけを不気味に輝かせた夜のような黒だった。
何の感情もないような不気味な影が禍刃を振るう。

森は動き出しの遅れを取り戻すような超反応で、振るわれたナイフの握られた腕を掴んだ。
初撃を防がれた暗殺者は咄嗟に掴まれた腕を振り払おうとするが、拘束は固く、容易く脱することはできなかった。

これにより武器を握った手を封じられた暗殺者だったが、その表情に焦りの色は見られなかった。
揺れず変わらず、淡々と仕事をこなすように冷たい目のまま、手首を掴まれた状態で指を動かしナイフの柄を挟みこんだ。
そしてそのまま先だけの力を使って弾くような動作で指妖刀無銘をパスする。

受け取ったのは左腕。逆手に握られた妖刀が奔る。
森の左腕は敵を捕まえるために塞がっており、右腕は消滅砲により失われている。
文字通り、森にはこの一撃を防ぐ手がない。

森は咄嗟に相手を掴んでいだ腕を振るって相手を放り投げようとするが、僅かに遅い。
振り抜かれた刃の先端が森の胸元を掠めた。

「――――退きます」

即断即決。
仕事を果たせば迷うことなく引き下がる。
着地した漆黒の影が素早い動きでそれだけを言うと、地面を蹴って後方に跳んだ。

「おやおや」

ピーターが気付く前に事は終わていた
その声を聞いて初めて自分が襲われかかっていたということに気付いたくらいである。
それ程に森の気配遮断は巧みだったし、それを上回ったアサシンは常軌を逸していた。

アサシンに切られた相手は麻痺して動けなくなる。
これはピーターも実際に体験したことであるため間違いはない。
ピーターもその間に悠遊とこの場を離れることができるはずだったのだが。

びちゃ、と水音と主にぶよぶよとした肉片がピーターの足元の地面に叩き付けられた。

飛来物が飛んできた方向にピーターが視線を向ける。
そこには片腕の大男、森茂がしっかりと両の足で立っていた。

禍々しいナイフの放つ空気、そしてアサシンが僅かに斬りつけただけですぐ退くと判断したことから、毒刃であると判断した。
痛覚がないからこそ、そういった事態には過敏になるように心がけている。
故に森は迷うことなく傷口を周囲の肉ごと引きちぎったのだ。

ナノマシンの活動率が低下しているため、すぐに止血は為されず傷口からボタボタと紅い血が流れ落ちる。
だが、血液中に巡る前に対処はできた。
そのため麻痺することなく、森は動ける。

猟犬のような動きで森が駆け出す。
すでにアサシンは存在そのものが消えたのではないかと錯覚するほどに完全に気配を消しさっていた。
ならば狙うべくは。

「Oh No! 私ですか!?」

森が突撃する、その先にいるのはピーターだ。
実際に麻痺の効果を体験したからこそ、ピーターは動き出すのが遅れた。

「ちょっとちょっと……! 私こういうの苦手なんですって!」

ピーターは逃げ出しつつも、アサルトライフルをフルオートで打ち鳴らし弾幕を張る。
だが、走りながらではろくに狙いも定まらず、ピーターの細腕では反動を片腕で支えきることもできない。
弾丸の雨は森を捉えることなく、あっと言う間に懐まで忍び込まれた。

実力差は明白。こうなると勝負は一瞬だ。
森の実力ならばピーター程度なら片腕でも制せる。
足払いで地面に押し倒したピーターの体を、踏み耽るような形で押さえつけ、残った片腕を喉元に宛がった。
森が力を籠めれば人間の首の骨など簡単に折ってしまえるだろう。

「出てきたらどうだい。アサシンくん」

森が周囲に向かって呼びかける。
一瞬の交錯だったが、組織の末端に過ぎないピーターと違ってアサシンの方はわざわざ思い返すまでもない大物だ。
確証があるわけではないが、言う必要のない退くという合図と狙いすましたような襲撃のタイミングからして二人が組んでいる可能性は高いと森は踏んだ。

「出てこなければ、このまま彼の首をへし折らせてもらう」

反応を伺うように手元に力を籠める。
喉を押さえられたピーターは声も出せず、何やら命乞いらしき女々しい視線を向けてくるがそれらは黙殺する。

アサシンからの反応はない。
気配もないため、もしかして、すでに立ち去ってしまったのではないか?
という不安が残された一瞬二人の頭によぎったが、その心配は杞憂だったらしく、しばらくしてどこからともなく声が響いてきた。

『……そうですか。それじゃあここまでにしましょう。さようならピーターさん』

無機質な声。
その声も直接ではなくどこかに反響させて潜んでいる場所を特定させないよう細かい工夫がなされている。
あっさりとピーターを切り捨てながらも、別れの言葉を告げるのは歪な律儀さからか。

「待った待った。冗談。冗談だよ、だから待ってよ。お話がしたいんだ君と」

森は慌てて拘束を解きピーターから距離をとった。
森が用があるのはアサシンの方だ。アサシンにここで去られるのはまずい。
だからこそ、悪砲での砲撃をせず、わざわざ引き留めるために人質を取ったのだから。

だがこの二人の関係性は薄いことが分かった。
協力関係というより利用関係でしかない。
これでは人質にはならない。
ならば無駄な人質などさっさと解放して、そこまでして話したい要件がある意思を示した方が有用だ。

『はぁ、なんです?』

警戒しているのか、アサシンは姿を現さず声だけを響かせる。
それでも、どうやら話に応じるくらいの興味は引けたようだ。

「いやね。ちょっと君の着てるその服についてなんだけど」

そう。森が用があるのはアサシン。もっと言うなら彼が来ているその服である。
森がアサシンにしてやられたのは、アサシンの手際が見事だったというのもあるが。
アサシンの身にまとった漆黒の服に一瞬気を取られたというのも大きい。

『服、ですか…………?』
「ああ、それ実は俺の服なんだ、大事なモノなんだよね」

一見しただけでは何の変哲もないただの黒い全身タイツに見えるが、それは違う。
悪党商会の粋を結集して生み出した三種の神器に於ける『鏡』。
対規格外生物殲滅用兵装三号『悪威』である。

防弾チョッキというモノは弾丸は防げるが、刃は防げない。
同じく、防刃チョッキは刃は防げるが、弾丸は防げない。
あらゆる防具は構造上防げるものと防げないものがある。

だがこの悪威は違う。
あらゆる衝撃に対して自動的に耐性を作り無効化する『万華鏡』の如く変わる万能耐性。
それは物理的なダメージに限らず、魔法や超能力といった異能にまで及ぶ最強の防具だ。

だがそれも『万華鏡』を起動させればの話だ。
体内にナノマシンを保有する資格者にしか『万華鏡』は発動できない。
そうでない人間にとっては、何の変哲もないちょっと丈夫なただの服に過ぎないのだ。
アサシンが持っていたところで宝の持ち腐れにしかならない。

『つまり、もともとはこの服は貴方の物だったというのですか?』
「ああ。きっとワールドオーダーに奪われたんだろうね。できれば返してもらいたいんだが…………」

長期的な視点で考えるのならここでの悪威の入手は必須だ。
なぜなら優勝を目指すのならば、最終的にはあの剣神龍次郎との対戦が控えている。
あの暴威と戦うのならば悪威は必要不可欠である。

手っ取り早く殺してでも奪い取るという選択肢もあるだろうが、生憎、対象を丸ごと消滅させてしまう悪砲は鹵獲には向いていない。
かといって逃げに徹するアサシンを悪砲なしで仕留められるとも思えない。
故に、悪威を手に入れるにはアサシンと交渉するしか手はないのだ。

『この服が貴方の物であったという証拠は? どこかに名前でも書いてます?』

アサシンからの問いは当然の物である。
今のところ森の物言いは支給品を奪うための言いがかりでしかない。
だが森にはこれに答える用意がある。

「その服の襟元に『最高の善意には最高の悪意が必要だ』という刺繍があるはずだよ。確認してもらっていい」

実際アサシンの纏った服の襟元には達筆な文字で刺繍が施されていた。
技術部部長である半田が手ずから縫ったお手製である。

『なるほど。確かに、ありますねぇ』

あの一瞬の交錯で内襟まで確認できるはずもなく、それはつまり元より知っていたことを意味している。
動きやすくそれなりに気に入ってはいたが、アサシンからすればただの服だ。
別段、執着するほどのものではない、持ち主が返せと言うのなら返却するのも吝かではないのだが。

「――――待ってください」

横合いから待ったがかかった。
割り込んできたのはピーターだ。
服についた砂を払い、襟元を正して不敵な笑みを浮かべている。

「仮に元は貴方の物だったとしてもですよ、今現在服を所有しているのはアサシン氏です。
 少なくともこの場での所有権は彼にあるはずだ。それを無条件で寄越せと言うのは些か横暴なのでは?」

先ほどまで無様に転がされていたとは思えない強気な態度だった。
殺せる相手を解放してまで、わざわざアサシンを引き留めたということは、それほどにこの服に執着しているという事。
それを見抜いた故の強気である。
要するに、ピーターは森の足元を見ているのだ。

「所有権の話がしたいのかい? それとも」
「誠意のお話ですよ。まさか元の持ち主だったからただで寄越せ、なんて言いませんよねぇ?」

誠意なんて言葉からもっともかけ離れた男がそう口にする。
言っている内容も遠まわしに対価を寄越せと要求していた。

「そうだねぇ。じゃあ情報を提供するっていうじゃあダメかい?」

ワールドオーダーから提供された首輪の情報がある。
再配布も自由と言っていたしこれを餌にしても問題はないだろう。
だが、ピーターのNonと首を振る。

「ダメですね。この状況じゃ裏が取れませんから」
「こちらが嘘をつくとでも?」
「ええ、何せそちらからの申し出ですからねぇ。でまかせを言ってでも手に入れようとする可能性は否定できない。
 どうしてもと言うのなら、ここは実物のある物々交換でしょう。何だったら死体でも構いませんよ?」

ピーターはここぞとばかりに趣味丸出しの提案をし始めた。

「……死体、ねぇ」

確かに森の荷物の中には鵜院千斗の死体がある。
しかし、引き渡すつもりなんて端からないので、適当に否定しておくことにした。

「――――あるんですか、死体?」

だが、ピーターは思案に耽るその一瞬の間を見逃さなかった。
絡みつく蛇のような瞳に、誤魔化しきれないと悟ったのか、森はため息交じにこれを認める。

「ああ、あるよ。けど君のお眼鏡に叶う品ではないと思うけれど……」

そういって森が荷物の中から引きずり出したのは首なし死体だった。
いまさら死体の一つや二つ持ち運んでる程度で咎めるような良識のある人間など、この場には一人もいない。
あくまで取引材料になりうるか、道具として吟味するのみである。

首はなくとも体格からこの死体が男性であることは見て取れる。
女性専用の食人鬼の琴線には引っかからないため、すぐに引き下がるだろう。
そう思ったから見せたのだが、ピーターの反応は森の予想とは少し違った。

「いいですね。その死体、頂けませんか?」

顔はなくとも死体に造詣の深いピーターであれば身体的な特徴で本人と判別できる。
森の計算外は、二人が顔見知りであったという点だ。
千斗がバラッドのみならず、ピーターともつながっていただなんて予測できるはずもないのだが。

「男だよ? 君の趣味には合わないと思うけど?」
「私なんかの趣味をよくご存じで。ですが食用とは別に入用というだけですよ」

知り合いのよしみで弔ってやろう、などという殊勝な考えでは当然ない。
彼の死体はバラッドに対して切り札になるかもしれない。
次の放送で彼の死は知られるだろうが、現物を見れば多少の隙もできるだろう。
そうなれば彼女を喰らうチャンスが巡ってくるかもしれない。

そういう私利私欲でしかない目論見の元、死体の提供を求めるピーター。
森もこの展開には困った。
鵜院千斗の死体は大事な研究材料である、引き渡すわけにはいかない。
どうしたモノかと考え込む森だったが、そこに意外な助けが入った。

『いや、そもそも死体なんていらないですけど』

アサシンからの至極まっとうな突っ込みであった。
そもそも悪威の所有権を有するのはアサシンなのだから、その取引内容に口を出すのは当然と言えた。

「……そうですか。まあ仕方ありませんね」

残念そうにそう言ってピーターは引き下がる。
ピーターの立場は勝手に交渉を進めるおせっかいな人に過ぎず、強行できる立場でもない。
もとより使えるかもしれない程度の物なので、ここで喰らいつくほどのことでもなかった。
ピーターが引き下がったことに、森は静かに胸をなでおろした。

しかしこれで話が終わったわけでもない。
悪威を手に入れるためには別の何かを提示しなくてはならないという状況は変わってはいない。
死体は引き渡せない、かと言って、悪砲を引き渡す訳にいかない。
三種の神器を手に入れるために三種の神器を手放していては本末転倒だ。
取引材料となりそうな物と言えば、弾切れした拳銃と、あとは。

「携帯電話ですか」

森が交換材料として取り出したのは主催者より渡された携帯電話だった。
ユキの居場所の詳細を追って聞くという役割があるため、森にとってもまだ必要な道具ではあるのだが。
大よその位置は知れているため、自力で探せないということはないだろう。
そうなるとユキが北の市街地を離れるまでに到達せねばならないという制約は増えるが、悪威が手に入れば釣りがくる計算だ。

「しかし。この場で電話がつながるとは思えませんが」

ピーターの疑問は尤もだ。
隔離された孤島に電波など届くはずもないだろう。
電波がなければ携帯電話などただの光る時計にかならない。

「いやいや、よく見てよバリサンだよ」
「はぁ。バリサン、ですか」

死語ですねぇ、と思いつつピーターは携帯画面の電波状況を確認する。
確かに圏外ではなくアンテナが三本立っていた。

「ほら地図に電波塔があっただろう? あれが電波を中継しているみたいでね」

その話が本当なら、外部と連絡が取れるということだ。
ならば、これは服一つとは釣り合わない程の凄まじい価値がある。

「けれど、なにか制限はあるのでしょう?」

だが、ピーターはこれに簡単には喰いつかなかった。
契約書を隅々まで読むような抜け目のなさで問題点を指摘する。

「どうしてそう思うんだい?」
「外部に助けを求められるようなものをわざわざ用意しないという単純な予想ですよ。
 かと言って支給された以上、無意味な品物であるとも考えづらい。
 わざわざ電波塔までよういしてるんですからね。どこかには繋がるはずだ」

正確には支給品ではなく主催者が直接持ち込んだ道具だが、いい線はついている。

「そうだね、その通りだ」
「なら、どこにならつながるんです?」

核心を突く問い。
それに対して、何の隠し立てもなく正直に答える。

「――――ワールドオーダー」

その名に僅かにピーターが目を見開く。
予測していなかったわけではない。
選択肢としては、他に支給された電話か、会場内の施設か、主催者の所か、と考えてはいた。
だが一番低い可能性を告げられ僅かばかりに驚いてしまった。

「それは、どちらのワールドオーダーですか?」
「この場にいない方のワールドオーダーだよ。恐らくね」

主催者と繋がる電話。
それに対して、こちらが差し出すのは服一つ。
相手にとってどれだけ価値がある代物かは知らないが、失ったところで損失は殆どないと言っていい。
悪い話ではないだろう。

「それが真実であればの話ですがね。その電話が本当に主催者に繋がるという証拠はありますか?」
「それに関しては実際に使ってみてもらうしかないねぇ。かと言って確認のためにお試しで使わせたんじゃあ商品価値がガタ落ちだ。
 まさか試すためだけにワンコールしてガチャ切りするわけにもいかないしねぇ」

それはその通りだ。おいそれといたずら電話の出来る相手ではない。
そうなると森茂の言い分を信じるしかないという事だ。

ピーターは考える。
どのような形であれ携帯電話が携帯電話なりの機能を有しているのは間違いはない。
だが、仮に携帯電話が限定的とはいえ通話できるとしたならば交換条件としては十分だ。
わざわざ主催者との通話という破格の価値を付ける意味がない。
嘘をつく意味がないのなら、事実であると考えるべきだろう。

だがしかし、こちらがその価値を見誤っているだけで、正しくその価値を知る相手が釣り合うよう商品価値を吊り上げようとしているとも考えられる。
もしそうならば、もう少し足元を見るべきか。

『いいじゃないですか、受けましょう。その取引』

思案するピーターの思考を終わらせる鶴の一声がアサシンから発せられた。

「いいんですか?」
『ええ。もともと僕としては返却するのも吝かではなかったですし、それにワールドオーダーさんとはちょっとお話したいこともあるので』

そりゃあ全参加者、ワールドオーダーに対して一言いいたいことはあるだろうが。
アサシンの物言いはそう言った者とは少々違っているように感じる。

『まあ、契約内容について少し』
「はぁ。しかし本当につながるかは確証を持てませんが」
『いいんじゃないですか別に。少なくとも携帯電話の電波が生きているのは事実なんでしょう?
 だったらそれで十分ですよ。使い道はそれからでも考えられます』

アサシンはアサシンでピーターと同じ思考には達していたようである。
その上で、良しと決断を下したのだ。
この男やはり、抜けているようで抜け目がない。

「話は纏まったようだね」
『ああ、その前に、僕からも条件が一つ。よろしいですかミスター?』
「なんだい?」

これまで交渉の内容自体には口を挟まなかったアサシンが条件を口にした。
どのような内容が提示されるのか、森が僅かに身構える。

『この服を脱いだら裸になっちゃうんで、代わりの服を用意してください』

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「やれやれ身ぐるみ剥がされるとはこのことだね。ぼったくられたものだ」

その後、ピーターがごねた交渉は最終的に携帯電話と千斗の死体から脱がせた服、ついでに弾切れした拳銃を交換するという形で落ち着いた。

結局、アサシンは森の前に一度も姿を見せず、悪威を民家の中に置いてきたとだけ残して去っていった。
それは目的の物を手に入れた瞬間、手の平返しする可能性を警戒してのことだろう。
あくまで相手を信用しない二人の殺し屋らしい判断だろう。

その実、この判断は正しい。
悪威を手に入れた時点で森にとって二人は用済みだ。
悪砲で消し去る事に躊躇いはなくなっていただろう。

引き渡し二人が去った後、森は指定された民家の一室で、ようやく念願の悪威を手に入れた。
漆黒の悪威を、身に纏う。
体内ナノマシンを制御し、悪威を目覚めさせる。

果たして、ぼったくたのはどちらだったのか。
その真実を知るのはここにいる一人しかいない。

「――――『悪威』を開始する」

その言葉とともに、森の隆々とした肉体が急速にしぼみ始めた。
そして、そのシルエットがスラリとした細身の物へと変貌する。
だがそれはやせ細ったのではない。
筋肉がダイヤモンドの如く凝縮されたのだ。

肉体の『最適化』。
これもまた悪威の持つ機能の一つだ。

「ふぅ」

大きく息を吐く。
全身に力がみなぎる。
久しく忘れていた、満たされるような感覚。
第一線から退き、裏の仕事も恵理子やハンターに任せっきりだったからこの感覚も久しぶりである。

表に出る。
軽く地面を蹴ってタッと駆ける。
全てを置き去りにするような、本当に風になってしまったような高揚感。

現在の身体能力ならば、水の上くらいなら走り抜けることができるだろう。
交渉でのタイムロスなどすぐさま取り返せる。

悪威と悪砲。
三種の神器を二つ携えた今、どんな相手であれ間違っても敗れることはなく仕損じる事はない。
例外があるとするならば、剣神龍次郎とオデットくらいのものだが、少なくともユキを殺すには十分すぎる戦力だ。

悪意を持って悪法を敷く悪党は行く。
自らの良性を否定する様に。

【H-6 川岸/夕方】
【森茂】
[状態]:右腕消失、ダメージ(大)、疲労(極大)
[装備]:悪威、悪砲(2/5)
[道具]:基本支給品一式、鵜院千斗の死体(裸体)
[思考・行動]
基本方針:参加者を全滅させて優勝を狙う
1:ユキの下に向かい殺害する
2:『悪刀』を探す
3:そろそろスタンスにかかわらず皆殺しに移る
4:悪党商会の駒は利用する
※無痛無汗症です。痛みも感じず、汗もかきません

【H-7 市街地/夕方】
【アサシン】
[状態]:疲労(小)、右腕負傷、右足裂傷、左足に火傷
[装備]:妖刀無銘、悪党商会一般戦闘服
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、爆発札×2、S&WM29(0/6)
[思考]
基本行動方針:依頼を完遂する
1:ピーターを囮に数を稼ぐ
2:二十人斬ったら何をするかな…
3:魔王を警戒
4:ワールドオーダーに連絡?
※依頼を受けたものだと勘違いしています。
※あと12人斬ったらスペシャルな報酬が与えられます。
※5人斬りを達成した為、刃の伸縮機能が強化されました。
※6時間の潜伏期間が4時間に短縮されました

【ピーター・セヴェール】
[状態]:頬に切り傷、全身に殴られた痕、マーダー病感染(発病まで3時間)
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、MK16の予備弾薬複数、焼け焦げたモーニングスター、SAAの予備弾薬30発、皮製造機の残骸とマニュアル本、『組織』構成員リスト、エンジンボート
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)。手段は未定だが、とにかく生き残る。
1:市街地に戻って状況の確認
2:生き残る為には『組織』の仲間を利用することも厭わない。
3:ミル博士との接触等で首輪解除の方法を探る。とはいえ余り期待はしていない。
4:亦紅達に警戒。尾行等には十分注意する。


134.炎のさだめ 投下順で読む 136.導かれし者たち
時系列順で読む
Forest 森茂 悪党商会の社訓
それは愛するように アサシン とある殺し屋の死について
ピーター・セヴェール

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最終更新:2017年06月09日 14:14