亦紅から投げかけられたその問いは、何気ないようで今後を大きく左右する問いであった。
彼らには対主催という目的と、その主催張本人から齎された明確な指針がある。
現状ピーターの容疑はグレーだ。素性や経歴が黒だが、本人の口から語られたスタンスは白だ。
果たしてその目的を押しのけててでも追うに値するのか。
その疑問に、まず応じたのは珠美だった。
「あのピーターってのは、強いのか?」
「いえ、弱いです」
ハッキリと明言する。
直接的な戦闘能力=殺し屋としての優秀さではないが、それを前提にしてもピーターは弱い。
成人男性として平均的な運動能力は持っているのだろうが、殺し屋としてやっていくには余りにも弱すぎる。
「だったらと言って放っておいていいという訳にはいきません。戦闘力はなくともれっきとした殺し屋です。
むしろ戦闘能力を持たないのに殺し屋として第一線でやっていけている異常性こそ警戒すべき点だと思います」
警戒すべきは強さではなく強かさ。
それは単純に強いだけで生き残っている輩に比べて、ある種不気味さが感じられる。
現に参加者が半数を切ろうかというこの状況で未だ生存しているその生存力は警戒すべき所だろう。
「それに、あの
アザレア、佐藤さんでしったっけ? まあともかく女の子の方ですけど。
同行者がいるってのも気になります。人質って訳じゃないですけど何か騙されて利用されているのかも」
「騙すって何のためにだよ、正直、あのガキに大した利用価値があるようには見えなかったぜ?」
「いや、まあその感想には同意しますけど……」
ピーターは女だけを狙う食人鬼だ。
あのアザレアが見た目通りの女の子だった、と言うのなら話はわかりやすいのだが。
中身が男だというのだか分からないくなる。
何らかの別の利用価値を見出しているのかもしれないが、珠美と同じでアザレアの殻を被る中身からは何のオーラも感じなかった。
協力者であるにしても利用されているにしても、どちらにも役不足であるように感じられる。
「まあ待て。直接ピーターという男を知る亦紅がここまで言っているのだ、それほどの何かあの男にはあるという事なのだな?」
後押しするような遠山からの問いだったが、亦紅はうーんと考え込むように腕を組んだ。
「いや、それが…………正直、よくわからないんですよね」
「何だそりゃ」
危険性を説いておきながら、分らないでは聴衆が呆れるのも尤もである。
だが、直接面識があると言っても亦紅とてピーターについて詳しく知っているという訳ではないのだ。
ピーターが組織に所属した時期と亦紅が組織を離脱するまでの時期は数ヵ月程度しか重なっていない。
その数か月だって密な接触があった訳ではなく、むしろその期間は離脱に向けて組織の連中との接触は極力控え水面下で準備を進めていた時期である。
正直な話、亦紅個人としてはピーターに対してそこまで高い評価をしているわけではない。
にも拘らずここまで警戒を露わにしているのは殺し屋と言う職業自体に対する先入観もあるが。
なによりサイパスがピーターを甚く評価していた事が印象に残ったからである。
イヴァンや他の連中ならともかく、あの
サイパス・キルラが、だ。どうしてもそこが亦紅には無視できない。
だが、この感覚は個人的な思いが多分に強く含まれているし、曖昧過ぎて説明しづらいところではある。
「そんな不確かな根拠よりかは、あたしは奴の言った『邪神』って方がよっぽど気にかかる。
ワールドオーダーの言葉を知らねぇはずの野郎がワールドオーダーの言った『邪神』って単語を出したんだ、こっちを調べる方が重要だと思うぜ」
他でもない
主催者であるワールドオーダーの示した符合と一致するという点で『邪神』の居るという市街地は重要度が高い。
あのヒントを得てから約6時間。
ようやく得た手がかりらしい手がかりだ、これを放置しておく手はないだろう。
「確かにそうですけど、後顧の憂いを断つためにも、せめてピーターがどういう狙いで動いているかくらいは把握しておくべきだと思います。
殺し屋を放置しておくのは危険だ、無用な犠牲を出しかねない」
「それを言うならこの殺し合い自体をとっとと何とかするべきだろ。そのために奴(ワールドオーダー)の言葉について調べる方が先決だ。
それに、野郎が何か仕出かすと限った訳でもねえだろう、そんな瑣事にいちいち構ってたらいつ終わるかわかんねえぜ? その方がよっぽど多く人が死ぬぞ」
珠美はヒーローの端くれとして根本的解決を目指すべきだと主張する。
だが、ワールドオーダー戦での完敗に最も腹に据えかねていた珠美である。
再戦を果たすべくワールドオーダー自ら提示した己と戦うための道筋を辿りたいという感情があるのも否定できない。
「問題解決と言うのなら首輪の解除ために博士の協力は必要不可欠です。
ピーターは博士を探していると言った、なら博士の安全を確保するために動くが必要があると思いますよ。
それに博士を探しているはずのピーターが市街地から来たということは博士がいる可能性は低いという事だ。
『邪神』も重要でしょうがこっちも重要ですよ」
「そりゃ結局、お前が身内を守りたいでだけじゃねえのか。それ自体は否定しねえが優先順位を考えろってこった。
主催者をぶっ倒す、これ以上に優先すべきことなんてねえだろうが。そのために野郎の言葉にあった『邪神』とやらを探すべきだろ」
亦紅はピーターを追うべきだと主張し、珠美は市街地に向かうべきだと主張している。
主張をぶつけ合う二人がヒートアップする中、遠山は冷静に一歩引いた位置から二人を落ち着かせるようにふむと一つ呼吸を置いて口を開いた。
「ピーターという殺し屋を放っておくのが危険だという亦紅の意見も理解できる。
だがしかし、市街地にいるという『邪神』とやらを無視するのも同じく危険に思える。
それに、双方確実な話という訳でもあるまい」
全てを救いあげるべく目の前の危険人物に対処するか、根本的な解決を図るべく小は切り捨て突き進むか。問題解決のジレンマだ。
その上、市街地に向かった所で対主催が進行するとは限らないし、ピーターを追ったところで確実に何か仕出かすとも限らない。
どちらが確実とは言えない状況である。
「いっそ二手に分かれるという手もあるが……」
「「それはなし「だな」「です」」
意見は分かれても、そこは一致してるらしい。
この三人は森茂と痛み分けている。
逆に言えば、一人でも欠けたら強力な敵に勝ち目はないという事だ。
離れるわけにはいかない。
となると、全員がどちらに向かうかを決断せねばならない。
「ようは、どっちが危険かって話ですね」
亦紅の言葉にうむと遠山が頷きを返す。
どちらも危険なのは全員が理解しているし、どちらにもそれなりに放っておけない理由はある。
そうなると、放置した時の危険度で判断するしかない。
「仮にその殺し屋が危険だとして、『邪神』ってのがどの程度なのかって話だ」
「『邪神』と言うのは如何にもな響きですけど、具体的にどの程度の脅威なのかってのは想像しづらいですね」
「死神って呼ばれてる殺し屋だとか、神とか言われたヒーローはいるがその類かねぇ、まさか本当に神様って事もねえだろうし」
詳しくないとはいえ人となりが知れているピーターと違って『邪神』に関しては殆ど情報がない。
『邪神』という呼び名は殺し屋と違って地に足がついていないため脅威も想像しづらいところがある。
「そもそも他の連中はどうなのだ?」
「他のって?」
「『邪神』と共に語られた連中の事だ、それらと比較すればある程度驚異の程は分かるのではないか?」
遠山の提案にああと感心の声を漏らす。
確かに同列で語られた以上、推察の足しにはなるだろう。
「『宇宙人』『機人』『悪党』『怪人』『魔王』『邪神』これらが参加者の誰を意味しているのかという事ですね」
ワールドオーダーの指定した6名の参加者。
その正体は誰なのか。
まず解き明かすべきはそこだろう。
「そうだな、とりあえず一等分かりやすいのは『悪党』だろうな」
――――悪党。
この単語から連想されるのは悪党商会だろう。
代表である森茂と対峙した3人の共通認識なのか、これに関しては異論は出なかった。
「確かあの森茂が所属する組織の名前だったか。それで悪党商会とはなんなのだ?」
遠山の問い。
裏の世界を知っている二人には馴染みがあるようだが。
表の世界で生きる遠山には聞き覚えのない名前である。
「まあ普通に生きてる限りでは関わり合いにならない組織ですからね、一応日本に拠点を置いている組織ではあるんですが遠山さんが知らなくても無理はないですけど。
悪党商会っていうのは兵器会社、いわゆる死の商人って奴ですね」
「……死の商人」
最近物騒になってきたとはいえ、確かに日本では馴染みが薄い響きだ。
そんなものが日本国内に存在しているなどと俄かに信じがたい話である。
「つーのが表の顔で、裏では世界のバランサーを気取って粛清行為を行ってるイカれた組織だよ。
んでその会社の社長が森の野郎で、更に幹部連中が何人か参加者にいんだよ」
武器商人の時点で裏だろうにというツッコミは呑み込んでおくとして、組織ぐるみでの粛清行為とは穏やかではない。
いや、代表であるあの森茂を見れば、納得できない話ではないだろう。
「成程。では、その連中がワールドオーダーの言う『悪党』だと?」
「うーん、どうなんでしょうね。あの言い回しからして組織というより個人。
悪党商会の社員全員というより、おそらくは代表である森茂を指しているように思えますけど」
つまり森茂を倒せ、という事になる。
それに関しては言われずとも元よりそのつもりだ。
わざわざ明言するほどの事には思えないが、素直に考えればそう言う事になる。
「次いで分かりやすいのは『怪人』か、怪人と言やぁブレイカーズの十八番だからな」
「まあこれも指しているのはブレイカーズというより、大首領である
剣神龍次郎でしょうね」
二人の共通認識はとれたが、亦紅は恐らくブレイカーズを知らないであろう遠山に対して、問われる前に先んじて説明を始める。
「ブレイカーズって言うのはこれまた日本に拠点を置く秘密結社です」
「秘密結社? それは一体…………?」
死の商人も想像しづらかったが、秘密結社はさらに難解だ。
言葉からでは何をする組織なのか想像すら出ない。
「妙な理屈こねくり回してる悪党商会に比べりゃ、こっちは幾分か分りやすいぜ。
裏も表もねぇ、分りやすい――――世界征服を企む悪の組織だ」
悪の組織。
それは何とも分かりやすすぎるくらいに分かりやすい。
「世界征服、か。何とも現実感のない話だな」
「だが、マジだ。そいつらと日々バチバチやり合ってんのがあたしらだからな」
頭の固い遠山ではあるが、ワールドオーダーというとびっきりの異能を見た後だ。
亦紅と珠美の実力も既に十分に理解している。
荒唐無稽な話だがこの二人が言うのだから信じざる負えないだろう。
「ここまで聞くかぎりで共通点を見出すなら、日本に拠点を置く組織のボスであると言う点と『悪』であるという点か?」
「あとは二人ともバカ強ぇえって事だな」
悪の組織のボス。
むろん二人だけの共通点を抜き出したに過ぎないし正解ではないのだろうが。
その条件にワールドオーダーの発言を統合すると、この時点で導き出される結論は。
「悪のボスキャラを倒せって事になるんですかね……何というかそれは」
正義のロールプレイじみている。
殺し合えと言ったくせに勧善懲悪を求めるのか。
「公開されてない別枠の
ルールがあるんだろ。だからこそのヒントだ。
中ボスを倒していって最後にラスボスと戦えるってのは、なるほど確かにそりゃ理に叶ってる」
「叶ってるのか?」
普段ゲームなどをしない遠山が首を傾げるが、珠美的には納得がいったらしい。
珠美はやる気を見せるように手の平に生み出した炎をパチンと叩き潰す。火の粉が鱗粉の様に舞い散った。
「ともかく、市街地にいるという『邪神』を除けば、あとは『機人』と『魔王』と、それに『宇宙人』か。
生憎俺は役に立てそうになさそうだが、二人はこれらの指し示していそうな参加者に心当たりはあるか?」
遠山からの問いかけに今度は即答するようなことはなく、二人は僅かに考え込んだ。
「うーん。私の方はちょっと思いつかないですね」
「ウチんとこのリクも『機人』といやぁ『機人』だな。まあどっちかつぅと改造人間だが。
あいつも一応ウチのリーダーだし強いっちゃ強いが、『悪』って条件には当てはまらねえな」
「まあ、その共通項が正しいとも限らないですからね」
そうだなと珠美は特に反論するでもなく同意する。
どうやら思いついたから言った程度のものなのか、前候補二人に比べて確実性はなさそうだ。
「ふむ。となると『魔王』と『宇宙人』に関しては候補なしか」
「ああ、そう言えば、候補ではないですけど『宇宙人』に関してはちょっと気になりますね」
「気になるとは?」
「宇宙人だけ別枠で語られたという事に関してです。
それに、他は乗り越えろで、『宇宙人』だけは探せだったじゃないですか」
確かに他は一括で述べられたにもかかわらず『宇宙人』だけは言い回しが違った。
ただの言い回しの問題かもしれないが、気にかかると言えば気にかかる要素である。
「もしかしたら探せってことは敵じゃなくてお助けキャラだとかあるかもしれませんよ?」
「まさかだろ。それを言い出したらあたしは呼ばれた順番の方が気になるね、何か意味があるんじゃねえのか?」
「それはさすがに深読みが過ぎるだろう」
「そうですかねぇ? まずは宇宙人とも言ってましたし、段階を踏めとも言ってましたから順番に何か意味があるって言うのは私も悪い線ではないと思いますよ?」
珠美に同意する亦紅の言葉に理を感じたのか、遠山も一定の納得を示した。
「だとして、どういう意味があると言うのだ?」
「シンプルに倒す順とかじゃねえの。もしくは倒しやすい順番とか」
「倒す順って言うのは条件が厳しすぎじゃないですかね?
バラバラに配されて誰が倒すとも知れないんですから、その順番を示し合わせるなんて無理ゲーすぎますよ」
どれだけ強かろうと事故の様に死ぬことはままある事だ。
それにこの候補たちが偶発的に潰し合うことだって考えられる。
何より一人でも想定外に死んでしまえばそれでご破算、なんて地獄の糸よりも線が細すぎる。
「では、倒しやすい順、つまり強さ順という事なにるのか?」
必須ではなく推奨。
ゲームマスターとしての優しさと捉えるべきか。
「うーん、けど、仮に『機人』がリクさんだったとして、リクさん、森茂、剣神龍次郎の順番ってのは正しいんですかね?
個人的にはヒーローに強くあって欲しいんですが、それに森茂と剣神龍次郎のどっちが強いとか分からなくないですか?」
強さなんて意外と曖昧なモノである。
直接戦いでもしない限り格付けは難しい。
ヒーローであるリクはともかく、森茂と剣神龍次郎が直接雌雄を決したなんて噂は聞かない。
「分るぜ、強いのは龍次郎だ」
だが、珠美はそう断言する。
妙に確信めいた言葉だった。
「何か根拠でもあるのか?」
「ああ、実際に両方と戦った感想だ」
この場で交戦した森茂だけでなく、ヒーローたるボンバーガールはブレイカーズの大首領とも戦闘経験があった。
G県を発端とした東京ヘルファイア作戦はその最終局面にて東京地下大空洞にその舞台を移し、そこで直接対決が行われていた。
大空洞を崩壊させる大戦闘の結果、勝利したのはジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンだった。
しかし、その後剣神龍次郎は復活を遂げ、何故かさらなる進化を遂げていたという。
「森茂はあたしら三人で互角だったが、龍次郎の時は勝ったもののJGOEの11人がかりで何とか押し切れたって感じだったからな」
むろん準備万端で待ち構えていた龍次郎と、身ぐるみはがされこの島に拉致られてからの遭遇戦だった森茂とでは単純な比較はできないだろう。
森茂があれで全力だったとも思わない。
だが、その点を差し引いても龍次郎の方が上だったと珠美は肌で感じている。
「ではそうなると、後半に呼ばれた『魔王』や『邪神』は森茂は元より、その龍次郎より強いという事になるが?」
呼ばれた順が倒しやすい順番だとするならば、最後に呼ばれた市街地にいると言う『邪神』は全参加者中最強の存在という事になる。
つまり市街地にいるのは一番危険度の高い参加者である可能性が高い。
その事実に三人の間に無言が落ちる。
その空気を打ち払うように、珠美がハッと吐き捨てた。
「会ったことない奴のことなんざわっかんねぇよ。そもそも出てきた順番が強さ順ってのもあたしらの勝手な推測だしな。
少なくとも、あの龍次郎よりも強えぇやつがそうそういるとは思いたかねぇがな」
と言うより、三対一で痛み分けた森茂よりも三回りも強い相手、そこまで行くと彼らではどうしようもなくなる。
それこそワールドオーダーに敗北を期した時の様に。
「と言ってもあのワールドオーダーよりも強いってことはないですよね? 参加者として連れてこられてるわけですし」
「ワールドオーダーね、あれはちょっと違うな。強いとか弱いとか、そういう次元の手合いじゃない」
具体性に欠く表現だが、同じくワールドオーダー戦を経験した二人には何となく言わんとする事が分かった。
どれだけ強かろうと奴には勝てないと確信できる。
だが同時に、強さなんてなくとも勝ててしまう、そんな気もする。
あれは強いとか弱いとかの次元ではない。
だから、奴に参加者として連れてこられたからと言って奴以下の脅威とは限らないのだ。
「まあ、『邪神』が最強であるかどうかは置いておくとしても、同列で語られているのは間違いないだろう。
そうなると、亦紅。やはり俺も市街地に向かうべきだと思う」
森茂級、もしくはそれ以上の脅威がいるならば放っては置けない。
参加者全員が力を持つわけではない。纏まった戦力を持つこの三人が受け持つべき案件だろう。
自分たちにしかできないなら自分たちがやるしかない。
それが遠山の結論である。
市街地派に遠山が加わりこれで二対一。
反対派である亦紅は小さく溜息をもらす。
「分りました。というより、もうピーターを追うのは難しそうですしね…………」
話し合ってる間に少し時間が経ち過ぎた。
ピーターも尾行の対策くらいはしてるだろう、ここまで離れては追跡は無理だ。
若干なし崩し的に選択肢は決まったものの、納得していない訳ではない。
ピーターと森茂や龍次郎以上に危険な参加者。
どちらを放っておけないかと問われれば亦紅だって幾らなんでもサイパスの評価を考慮しても後者を選ぶ。
博士の安否は気がかりだが、そう思えばこそ排除しておきたい要素でもある。
「では向かいましょうか、『邪神』がいると言う市街地に」
そうして、意見がまとまった所で、空から声が響き始めた。
二回目の放送が流れ始めたのだ。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
「……改めて話し合ってて思ったんですが」
放送を聞き終え、得た情報を整理した後、『邪神』がいると言う市街地に入った。
今のところ『邪神』どころか参加者の一人すら出会っていない。
その状況でしばらく進んだ辺りで、亦紅が唐突に切り出した。
「私たちって考えるのが得意じゃない集まりですよねぇ……」
ぼやくようにそう呟く。
亦紅は自分が頭が良いとは思っていない。
何せ生まれてこの方まともな学校教育など受けた事がないのだ。
殺し屋の子として生まれ、教えてこられたのは人の殺し方だけである。
そのやり方なら誰よりも詳しいくせに、仕事に必要ない知識はほとんど持っていなかった。
学んだのは組織を抜けてからの数年というごく最近の事である。
方針こそ決まったものの、あれだけ話し合っておいて、できたのは現状整理といったところで新しい事実が何か出たわけではない。
三人寄れば文殊の知恵ともいうが、脳筋三人では探偵の様に快刀乱麻の推理とはならないようである。
「つーか。あたしらがバカの集まりだってのは、んなもん今さらだろ」
「失敬だな。これでも勉学は得意な方だったのだぞ?」
「遠山さんは……頭が悪いっていうか、頭が固いです」
「むぅ……」
遠山が言葉を詰まらせる。
これに関しては自覚があるようで、痛いところを付かれたようだ。
裏社会に対しての知識の無さという仕方のない所があったとしても、実際あまり大した意見を言えなかったのも事実である。
対して珠美はあまり気にしていない、と言うよりその手の能力は己に求めていないと言った風だ。
割り切っていると言えば割り切っているサバサバとした態度である。
珠美も決して頭が悪いという訳ではない。
常識の範囲での考察、例えばワールドオーダーが自分たちを生かした根拠くらいは推察できるが、そこまでだ。
その一歩先の領域に踏み込んだ結論を導き出すには、やはり専門家に任せるしかないというプロとしての合理的判断である。
「やっぱりこの情報を活かせる人に何とかしてこの情報を伝えたい所ですね」
彼らではいまいち活かしきれていないが、この情報の価値を最大限生かせる誰かがいるはずである。
頭脳を武器とする正しき参加者に伝われば、状況を切り崩す活路となるはずだ。
そんな参加者がまだ残っていればの話ではあるが。
「ではやはり、ミル博士を最優先に探すべきということか?」
「いやぁ……博士はこういう謎解きとかは苦手でして、別の方を候補にした方がよいかと……」
頭のよさにもいろんな種類があるようで、世間どころか世界的に天才と持て囃された博士でったが、亦紅でも解けるようななぞなぞすら解けないのであった。
それが可笑しくて、
ルピナスと一緒に考え込んで涙目になっているのをよくからかって遊んだものである。
「誰に伝えるかもそうだが、どう伝えるかも問題だろう。通信機でもあればよかったのだがな」
「と言っても通信機だと相手の方も持ってないとですからねぇ。
まあとりあえず会う人に言伝で拡散してゆくのがベターでしょうね」
直接そう言う人に出会えればベストだが、そうでなくともこの情報は出来る限り参加者に拡散してゆきたいところである。
だが不運な事に情報を得てから、今のところピーターたちとしか出会っていない。
「正一のオッサンが生きてりゃな……」
少しだけ目を細め、誰に言うでもなく珠美は空に向かってそう漏らした。
どうした? と遠山が問い返すと、珠美はなんでもねぇよとそっぽを向いた。
遠山も深く追求はせず亦紅へと向き直ったところで、亦紅が何かに驚愕する様に目を見開いている事に気づいた。
瞬間。
「防げ――――――!」
亦紅が叫んだ。
言葉一字すら惜しいのか、それほど切羽詰った叫びだった。
そこから一拍の間も開ける事なく、冷酷なる一陣の風が吹き抜ける。
響くのは甲高い金属音と弾けるような爆音。
瞬きにも満たぬ刹那の攻防と共に、不吉を運ぶ漆黒が三人の間を通り抜けていった。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
昼の市街を音もなくく滑るように影が跳ねる。
人の身でありながら人の極限にまで迫る極限者。
世界最高の暗殺者
アサシンである。
遠山たちを襲った不吉な影、言う間でもなくこの男の仕業だ。
彼らへの襲撃を直前に察知されたのは不運だった。
亦紅の気配察知能力が優れていたというのもあるだろうが、それ以上に
バラッドに負わされた片足の負傷が要因として大きい。
そのせいで行動を開始すべく地面を蹴りだすときに余計な力の偏りが出来てしまった。
そうでなければご同業とは言え、気配を感じさせることはなかっただろう。
この地獄で半日過ごしたのだ。
余裕そうに見えるアサシンと言えど、相応の消耗はしているという事なのだろう。
むしろ働き通しである。
適当そうに見えて誰よりも真面目に仕事をしていたのがこの男なのかもしれない。
その依頼自体が勘違いだったとしても。
三人とも相当な手練れだった。
直前の警告があったとはいえ、驚くべき事にアサシンの不意打ちに対して三人全員が対応したのだ。
対応したどころか、最期の一人に至ってはあの一瞬で反撃まで繰り出してきた。
おかげで後ろ脚に炎を受けて、衣服が焼け焦げてしまった。これは困る。
アサシンが全身黒の衣装に身を包んでいるのは、黒がカッコいいなどという中学生みたいな理由では当然ない。
夜は闇に紛れることができるし、昼だって距離感を捉えづらくさせる効果がある。実戦的な意味合いが非常に強い。
仕方ないので支給品にあった黒衣に着替える事にした。
サイズは少々あっていないが、悪くない着心地である。
生地が丈夫そうなのもいい。
「しかし困ったなぁ」
放送によれば生存者は残り33名。
依頼達成にはその約半数を切らねばならない。
ここに至ってもまだ不可能だとは思わないが、先ほどの襲撃失敗はやはり痛い。
3人分カウントを稼げていれば、だいぶ楽になっただろうに。
それでも再襲撃に向かおうとは微塵も思わず一撃離脱を心掛ける辺り徹底しているが。
しかし残念だ。
まさかアサシンほどの者があれほどの好条件で、
「まさか、"一人しか"切れないだなんて」
【I-7 市街地/日中】
【アサシン】
[状態]:疲労(小)、右腕負傷、右足裂傷、左足に火傷
[装備]:妖刀無銘、悪威
[道具]:基本支給品一式、爆発札×2
[思考]
基本行動方針:依頼を完遂する
1:この場から離れて次の標的を探す。
2:二十人斬ったら何をするかな…
3:魔王を警戒
※依頼を受けたものだと勘違いしています。
※あと14人斬ったらスペシャルな報酬が与えられます。
※5人斬りを達成した為、刃の伸縮機能が強化されました。
※6時間の潜伏期間が4時間に短縮されました。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
アサシンの襲撃を察知した亦紅は、叫んだ直後に転がる様に大きくその場を飛び退いた。
吸血鬼性が失った今の亦紅ではこれが精一杯の行動だ。
亦紅を助けたのは、産まれた直後から叩きこまれ蓄積された殺し屋としての知識と経験である。
本人がどれだけ否定しようとも、アサシンの不意打ちを察知できたのはその恩恵に他ならない。
一撃を空ぶったアサシンはその失敗を気にせず、続いて流れるように遠山へと斬りかかった。
亦紅の叫びに突き動かされ、遠山の体が跳ねるように動く。
鍛鉄が打ち鳴らされ、火花が散る。
刀剣の斬り合いは遠山の領分だ。
体にしみ込むまで何千、何万と繰り返した。
その動きで、迫りくる刃を打ち払った。
立ち位置の関係上、最後の標的となったのは珠美だった。
純粋な実力という意味ではこの三人の中で
火輪珠美が最強である。
亦紅の警告。そして遠山の打ち払いにより僅かにアサシンの体勢が崩れた事により、反撃の体制を整えるには十分すぎる数瞬がボンバーガールに与えられてた。
漆黒を伴い迫る白刃。
珠美はその刃の動きを完全に見切ると、それを紙一重で躱す。
そして同時に、手の中に花火を生み出し相手目がけて叩き付けんと解き放った。
だが、その攻撃を紙一重で躱したのは間違いだった。
五人切りの報酬。
アサシンの持つ妖刀無銘には刃の伸縮機能が付与されていた。
刃が伸び珠美の胸元を切り裂く。
新たに与えられたギミックを即刻使いこなすアサシンの非凡さ。
痛みはない、珠美は切り裂かれながら、離れてゆく敵目がけて花火を放つ。
炎はアサシンの足元を焼くにとどまり、敵の逃走を止める事は出来なかった。
「ちっ。逃したか……」
力なくそう言って、その場に珠美が倒れた。
「ボンガルさん!」
「心配、ねえよ…………ちょっと痺れる、だけ、だ」
駆け寄った亦紅がその様態を確認する。
麻痺毒でも流し込まれたのか、手足が痙攣していた。
この状態で意識を失わないのは流石と言えるが、まともな行動は出来そうにない。
「珠美かこれでは中心部にこれ以上進むのはやめておいた方がいいだろう。珠美の回復を待つべきだ」
遠山の言葉は尤もである。
この状態で『邪神』のいると言う危険地帯に踏み込む訳にはいかない。
珠美は悔しげだが自分の失態だ、異議を言える立場ではない。
亦紅は珠美の体を抱え上げると、ひとまず安全地帯を探すべく移動を開始した。
妖刀無銘に切り裂かれ珠美の内にはマーダー病のウイルスが潜伏した。
五人切りにより強化されたのは刃だけではない、感染するウイルスも活性化されている。
つまり6時間かかる発症までの潜伏期間が4時間に短縮されたのだ。
彼がその事実を知ろうが知るまいと関係なく、時計の針は進む。
【I-7 市街地/日中】
【亦紅】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ、マインゴーシュ、風切、適当な量の丸太
[道具]:基本支給品一式、銀の食器セット
[思考・行動]
基本方針:ワールドオーダーを倒し、幸福な物語(ハッピーエンド)を目指す
1:珠美が回復するのを待つ
2:博士を探す
3:サイパスら殺し屋組織を打破して過去の因縁と決着をつける
4:首輪を解除するための道具を探す。ただし本格的な解析は博士に頼みたい
5:ピーターへの警戒心
※少しだけ花火を生み出すことが出来るようになりました
【
遠山春奈】
[状態]:手首にダメージ(中)
[装備]:霞切
[道具]:基本支給品一式、ニンニク(10/10)、壱与の式神(残り1回)
[思考・行動]
基本方針:現代最強の剣術家として、未来を切り拓く
1:安全地帯を探す
2:現代最強の剣術家であり続けたい
3:亦紅を保護する
4:サイパス、主催者とはいつか決着をつけ、借りを返す
5:亦紅の人探しに協力する
※亦紅が元男だということを未だに信じていません
【火輪珠美】
状態:ダメージ(中)全身火傷(小)能力消耗(中) マーダー病感染(発症まで残り4時間)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ヒーロー雑誌、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動]
基本方針:祭りを愉しみつつ、亦紅の成長を見届ける
1:『邪神』を捜索する
2:亦紅、遠山春奈としばらく一緒に行動
3:祭りに乗っている強い参加者と戦いを愉しむ
4:祭りに乗っていない参加者なら協力してもいい
5:会場にいるほうの主催者をいつかぶっ倒す
※
りんご飴をヒーローに勧誘していました
※亦紅に与えた能力が完全に開花する条件は珠美が死ぬことです
最終更新:2016年03月31日 00:53