「なぜ氷山リクなのカ、だって? オカシナことを聞くネ。

「何故も何も決まっているだろウ。それは彼が特別だからだヨ。

「ふゥむ。それは理論の順序が逆だネ。
 特別性の惑星型怪人に選ばれたから彼が特別なんじゃない、特別だから特別な惑星型怪人の素体として選ばれたのサ。
 そうじゃなきゃわざわざ拉致なんてさせないヨ。

「まぁ基本的にはそうだネ、むしろ志願者で基準を満たしたキミの方がようなのがよっぽど特殊ダヨ。
 普通は志願された所でこちらの望む基準値を満たせないからサ。
 プロトタイプには志願を募ったガ、元から使い潰すつもりだったからネ。

「なに? 本人にいう事ではなイ? 隠し事はしない性質なのサ。正直モノだろウ?

「心配せずとも被験体の中でも能力(パラメータ)だけならばキミがトップだろうサ。
 あぁもちろん大首領は除くヨ? あの人はちょっとワタシから見てもイロイロとオカシイからネ。

「ふゥむ。キミ、ホントにカレの事嫌いだネ。まあいいけど。仲良くされるよりマシだしネ。

「彼が【基礎】に選ばれたのは優秀さではなく、適性の問題だヨ。

「第三世代型の特性は理解しているネ? 魔術的特性というヤツだ。

「いやいや、彼に魔術の才能なんてないよ、皆無ダといっていい。
 彼が魔術を使うのではなくて、彼はいわば触媒、使われる方だヨ。

「例えば、一般的に美を司る惑星と言えば金星とされているよネ?
 けれド、生命の樹(セフィロト)では金星の属するネツァクが意味するのは勝利ダ。
 美を司るのは第6セフィラのティファレトであり、ティファレトが指し示す惑星は太陽となっていル。
 つまりは解釈により指し示す結果が変わるんだヨ。これは観測学とも量子学とも違う、科学にはないファジーさダ。だから採用した。

「話はズレてはいないさ、そういう曖昧さを呑み込むのが資質というヤツなんだヨ。曖昧なのキライだろキミ?

「彼は曖昧さも呑み込む、それこそ恐ろしいくらいにネ。
 後にも先にもワタシが被験体に恐怖を抱いたのは大首領と彼くらいのものサ。

「なに? そうだよ彼は恐ろしい。
 あの二人はある意味で似た者同士だからネ。掲げる方向性が違うだけで根本は一緒なのサ。
 そこを理解しておかないとそのうち痛い目にあうかもしれないヨ?」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

この街の全ては燃え尽きた。
度重なる大規模戦闘により街影は崩れ落ち、積み重なった屍の山は塵すら残らない。
最後には業火のような一人の女によって終焉を迎えた。
凄絶な生存競争の果てに残った勝者は、勝利の美酒に酔うでもなくギリと奥歯を鳴らし不愉快そうに顔を歪める。

彼女は苛立っていた。
どうしようもなく暴れたくなる衝動が消化不良で燃えカスのように燻っている。
だが彼女が不愉快そうにしているのは、その実珍しい事ではない。
いつの間にかカラッとしたお祭り女として通っていたが、昔から常にイライラしている火薬庫のような女だった。

ありのまま炎のような激情を燃やす女だった。
そんな彼女にとって世界はいつだって不満だらけだ。
嫉妬、僻み、嫉み、妬み、やっかみ。
有能であれば爪弾きにされる世界。
出る杭は打たれると言うが、しかし彼女は打たれないほど苛烈であり熾烈だった。
売られた喧嘩はその尽くを返り討ちにして来た。

だが、陰湿なジメジメとした湿気った奴らはそれすらもしない。
真正面から来ればいいのに、それが更に彼女を苛立たせる。
渡る世間はバカばかり、何もかもが気に食わなかった。
底に溜まった鬱屈とした感情を晴らすのは夏の祭りと喧嘩だけ。
そんな生き方をしていた。

なのに、それが変わってしまったのはいつからだったか。
いつの間にか師匠のようなものができ、相棒のようなものができ、仲間のようなものができ、ここに来て弟子のようなものまで出来た。
炎のような激情はいつの間にか安定を得たように静まり、心は平穏を悪くないモノとするようになっていた。

だが、その全ては燃え墜ちた。
全てを薪のようにくべて、今の火輪珠美という劫火がある。
その劫火は自身まで巻き込んで、全てが灰のように燃え尽きるまで消えることはないだろう。

片腕で器用にパワーバーの包みを解き、豪快に噛みしめる。
知らず噛みしめた口元が歪む。
全てが消えた。
原点回帰というヤツだ。

戦い。
そう、戦いだ。
全てが燃え尽きた跡に残った物などそれしかない。
いや、最初から彼女にはそれしかなかったはずだ。
それを何を勘違いしたのか。

味わいたいのは、燃え上がるような夜。
全てを忘れさせてくれるような絶対強者だ。
理由があって戦うのではなく、戦うために戦う相手を模索する。

だが、生き残りの中でボンバーガールを満足させてくれるほどの強敵が果たしてどれだけ残っているのか。
前回までの放送を思い出し、生き残りを頭の中で一人一人確認していく。

候補として真っ先に浮かぶ筆頭は龍次郎だ。
力と暴虐の化身。理不尽と破壊の権化。
あの龍とならば、きっと消し炭になるような灼熱の戦いができるだろう。
次いで連想されるのはモリシゲ、恵理子と有名どころの悪党どもと続いて、そして。

「…………そういや、あいつも生き残ってるんだったか」

バリボリと咀嚼する口元から蒼い火花が散って、放り投げたパワーバーの包み紙が燃える。
ここに来てとんと話を聞かないからすっかり忘れていた。

ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンの同僚にして実質上のリーダー。
白銀の断刃。シルバースレイヤー。氷山リク。
仲間と言う立場上、本気で戦りあったことはないが、きっと戦えばそれなりに面白い。

「さて、と」

奴らはどこにいるのか。
どこに行けば出会えるか考える。
少なくともこの市街地にはいないだろう。
街ごと死んでいるかのように、どこにも生命の息吹が感じられない。
もう生きた人間はいないだろう。
仮に何者かが息を潜めているとしても、隠れ潜んでいるような小物には興味はない。

そうなると生き残った参加者はどこに集まる?
もはや人の集まる市街地を目指すなんて段階ではない。
この閉鎖された空間で最終的な目的地があるとするならば、それはこの会場の外に他ならない。
彼女自身にとってもはや脱出などもはやどうでもいいが、出口を目指す輩を待ち伏せると言うのは悪くない。

だが、肝心なその出口が分からない。
そもそも存在するのかも怪しいが、問題は本当に出口が存在するかではなく、出口を目指す参加者がどこを目指すかなのかである。
その予測がたてられれば待ち伏せもできるというものなのだが。

「…………あー、わっかんねぇな」

そんなもの珠美に分かるはずもない。
残念ながら頭を使うのは苦手だ。
頭を掻こうとして片腕がない事を思い出し、少しだけ虚しくなった。

「よし、なら――――――中央だ、中央にしよう」

深い考えはない。なんとなくだ。
頭ではなく直感に頼る。
あえて言うなら、真ん中の方がそれらしい。
ただそれだけの理由である。

だが、珠美の直感はよく当たる。
外れていたとしても一番高い所から花火を打ち上げて待てばいい。
そうすればきっと誰かが見つけてくれる。
見つけた奴を倒して行けば、きっとそのうち終わりが来るだろう。

「それじゃあ、いつものやり方でいくとするか」

握り締めた拳から火花を弾けさせる。
市街地から中央の山脈までは湖に挟まれているため、大きく迂回する必要があるのだが。
彼女の場合そんなことをする必要もない。

夜空に向かって花火が打ち上げられる。
その花火は断続的に爆発を繰り返しながら、湖の上を飛翔するように美しい軌跡を描く。
それは不吉なまでに美しい、流れ落ちる星の涙のようだった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

それは切り取られたような四角だった。

この小さな世界の中心に聳える山の頂点にその四角はあった。
山頂にて開かれた鉄扉の先には、深淵へと繋がるような深い深い穴が口を開けていた。

扉を開けたリクは懐中電灯を取り出し、中を照らしながら落下しないよう慎重に穴を覗き込んだ。
広がる暗黒は吸い込まれそうなほどに深く、照らし出した白い光が暗闇に溶けるように消えて行く。
奥底が見える気配すらない。わかったのは光が届かないほど深い、という事だけである。

このままいくら照らしたところで無駄だろうと奥底の調査に見切りをつけ、リクは懐中電灯の光を側面へと移した。
無機質な壁面が淡く光を照り返す。
つるつるとした壁で覆わた壁からは粗雑に掘られたという印象は感じられない。
むしろ、こんな場所にあるとは思えないほど機械的ともいえる程、妙に整っていた。

その横合いから何かが放り込まれた。
亜理子がその辺に落ちていた砕けたダムの破片を拾い上げ放り投げたのだ。
落下する破片を視線で追うが、闇に飲まれて行ってすぐに見えなくなった。
その意図を察して眼を閉じ耳を澄ませる。
たが、数十秒待つが反響音は何一つ返ってこなかった。

「…………返ってこないわね」
「音が返ってこないほどに深い穴って事か?」

同じく聞き耳を立てていた少女にリクが問う。
その問いに亜理子はつれない態度で肩をすくめる。

「単純に音が届かないほど深いのか、緩衝材のような音を吸収する何が敷かれているか。それとも、物理的に繋がっていないのか。
 可能性だけなら何とでも」
「物理的に…………? 不思議の国にでも繋がってるってのか?」
「あら意外にメルヘンなのね。けれどウサギ穴には見えないわね」

不思議の国の少女と同じ名を持つ少女はくすりと笑う。
こんな所に開いているのだから不思議の国どころか地獄に繋がる奈落の底の方が連想しやすい。

「けど結局、ほんとに何なんだこれ? 井戸やダムの底の排水溝って訳じゃなさそうだが、こんなところに落とし穴なんて事もないだろ?」
「どう見ても自然にできた穴でもないのだから、何らかの役割を果たしていると考えるべきでしょうね」

穴の周囲の泥をつまみ、指ですりつぶしながら探偵は答える。
問われた所ですぐに断言することはできない。
探偵とはいえ一見ただけで超速理解とはいかないのである。
今の時点では推察と考察を重ねるしかない。

「この穴は最初からこの島にあって、殺し合いの邪魔になるから奴が封じていたという可能性は?」
「支給品として鍵が支給されている以上それはないわ、明らかに見つけてほしがっている」
「にしては見つけ辛過ぎだろ……」

そもそもダムの水の下に隠されていたのだ、ご丁寧に鍵までかけて、だ。
簡単に見つけられるものではない。
むしろこうして見つけられてのが偶然と幸運の産物である。

「そうね。こんな所にあるのは、見つけてほしい。けれどいきなり見つけられては困る。最悪見つけられなくてもいいから、かしらね」
「訳が分からん」

禅問答のようだ。
見つけてほしいが見つけられなくてもいい?
どういう事なのかリクには理解できなかった。

「そう難しい話じゃないわ。見つけられないようなのはいらないってこと」
「……なにか試練、のようなものか? それを乗り越える人間を待っている?」

その言葉に探偵は見つからないように少し笑う。
同じヒーローであるナハトリッターもそんな風に例えていた。

「そうね。それに近いかもしれない」

探偵は同意する。
ヒーローはより一層首を傾け。

「つまりは、ここは出口かもしれない、ってことか?」

試練を乗り越えたモノが到達する最終地点。
不思議の国ではなく、見慣れた日常の国へと繋がる扉。
大胆すぎるこの予測を探偵は肯定こそしないものの否定もしなかった。

「だが、わざわざ奴が脱出口なんて用意すると思うか?」
「ええ、それはありえるでしょう。だって脱出手段はこれに限らずいくつか用意されているのですから」

女子高生探偵は当然のことのように余りにも想定外なことを言う。
その態度に、女の底意地の悪さを感じヒーローは怪訝な顔で眉をひそめる。

「とりあえず、詳しく聞こうか」
「そうね。私がここに来るために使った支給品なのだけど」

そう言って亜理子が取り出したのは『電気信号変換装置』通信先に転送するアイテムである。
龍次郎の元からリクの元まで亜理子が通信バッチ越しに現れたのはこれのおかげなのだが。

「例えば、外に繋がる携帯電話でもあれば、それだけで脱出は出来るとは思わない?」

それは青天の霹靂ともいえる発想だった。
通信先に転移できるという性能が適用されるのならばその通りである。
あっさりと脱出に対する具体的な脱出方法が提示されてしまった。

「だが、こんなところに電波がつながってるとは…………」

思えない。
そう言いかけて、雪兎が電波塔を気にかけていたことを思い出す。
どこかに電波は繋がっている、あの才女はそう言っていたのではなかったか。

「少なくとも、ここいるアイツと外にいるアイツ。それぞれ連絡を取り合っているのは間違いない、それに関してはここにいるアイツと接触したときに確認済みよ。
 仮に連絡手段が携帯電話でなくとも、その手段さえ奪ってしまえば脱出はできるの。
 そして、あの男がこの程度の穴に気付かないはずがない」

先ほどの鍵と扉の関係と一緒だ。
なにせ全てを用意したのはあの男自身なのだ。
わざわざ支給品として用意した以上、これは意図して開けられた穴である。

「なら仮にここもそうだとして、まさか飛び込めってこたぁないだろうな」

改めて穴を覗きこむ。
今のリクが落下すれば間違いなく死ぬ高さだ。
いや高さが分からない以上、万全の状態だって躊躇う高さだ。

「さてどうかしらね。何だったらあなたが飛び込んで確かめてみる?」
「いや、止めておく。判断するには材料が足りない」

リクは勇敢であるが愚かではない。
この状況で飛び込むのだとしたら、それは勇気ではなく蛮勇だ。
まだ、万策が尽きたわけではない。
まだこれが出口であると決まったわけではないし、一か八かを試すような状況ではないだろう。

「脱出口じゃなかったとしても何らかの手がかりであるのは間違いないわ。
 一応聞くけど、これがなんだが心当たりはあるかしら?」

探偵ではなく超常に通じたヒーローからの意見を求める。
と言われてもリクに思い当たる物など無い。
出るとしたら当たり前の発想くらいのものだ。

頭の中でイメージする。
縦に長い穴。何処かに繋がる道。四角。

「トンネル……いや、エレベーター…………か?」
「エレベーター……なるほど、その発想はなかったわ」

その呟きに少女は感心したように頷く。
それを皮肉だと感じたのかリクは口をとがらせる。

「なんだよ」
「いいえ、褒めているのよ。恐らくは”それ”よ」

妙に確信を得たような言葉だった。
むしろ言ったリクの方が不可解そうである。
知識として構造を知るからこそレールもロープもないただの穴がそれだとイメージとして繋がらなかった。
期待した方向性とは違うが素人ゆえの発想だと言える。

「こんな所にか?」

山頂のダムの底。
そんなところにあるエレベーターなど、誰が使うと言うのか。

「こんな所だからよ。
 これがエレベーターだとしたなら、なにか呼び出す方法があるはず。いえ、むしろ彼は…………どうやって」

ぶつぶつと小さな声で呟きを漏らす。
思考に入り込んでいるのだろうか。
仕方なくリクが周囲が見るが少なくともスイッチらしきものは見当たらなかった。

「ともかく周囲を調べてみるか、なにか見つかるかもしれないし、」

唐突に、そこで言葉が途切れた。
会場の外と思しきはるか遠方の空が白んだ。
何事かと二人が視線をやろうとしたところで、足元がグラいた。

「なんだ…………!?」

地面が大きく揺れていた。
二人は咄嗟に倒れないよう体勢を低くして身構える。
一瞬、足元の山が噴火するのかと思ったが、どうやらこの孤島全体が揺れているようである。
リクは何が起きるのかと油断なく周囲を警戒するが、程なくして揺れは収まった。

「……地震、かしら?」
「と言うより、何かが落ちたような……」

距離が離れすぎていて明確ではないが、まるで遠くで巨大な何か、それこそ太陽でも落ちたかのような衝撃だった。
山頂という高所にいた二人だけに見えた物もしれないが、直前の閃光も気がかりだ。

「……夜明けにはまだ早いぜ」

まだ日も変わっていない夜も深い時間帯だ、太陽など昇るはずもない。
だが、一瞬だがあれほど世界を照らす光など、そうそうあるモノではない。
太陽。亜理子の頭に直前に出会った彼女を焼き尽くそうとした太陽が如き怪人を思い返される。

「………………まさかね」

ありえない想像を振り払う。
太陽の怪人と大首領が戦っているのはのこの孤島の東端辺りのはずである
光源はどう見積もっても島を超えた遥か先だった。
あれが戦闘の余波だとは考えづらい。

「おい、あれを見ろ」
「今度は何…………?」

何かを発見したリクが声を上げる。
今度の異変は先ほどの光があった北東とは逆の南東からだった。
亜理子が若干うんざりしながら振り返るとそこには煌めく七色の光があった。
先ほどの全てを塗りつぶすような圧倒的な光ではないが、水面に映える色取り取りの光は無視できない確かな存在感を示している。

「あれは…………花火かしら?」

打ち上げられた花火は一筋の流星のようだ。
煌びやかな光の帯は市街地から河を越えこの山に向かって伸びている。
断続的なその光はただの花火であるとは考えずらい。
何より、こんな状況で花火を上げるバカなど居るはずもない。

「心当たりがある。仲間だ」

だが、リクにはそのバカに心当たりがあった。
すぐに連想できなかったが、リクの発言に亜理子も思い至る。
JGOEのメンバーは一般に向けてプロフィールが公開されている。
その中に一人花火を操る花火使いがいたはずだ。

「ボンバーガールね」
「ああ、恐らく間違いない」

頭痛を堪える様に額に手をやり首を振る。

「慎重を要するこの状況で、見つけてくれと言わんばかりの派手な移動方法を取るって……あなたのお仲間はそこまで考えなしなの?」
「返す言葉もないな。だが、頼りになる女だ。できれば、合流したい」

恐らくは相手の存在に気付いているのはこちらだけだ。
合流するにはどこかに行く前に迎えに行く必要がある。
だが、事件解決の手掛かりとなり得るこの場の調査を放置するわけにもいかない。

「迎えには俺一人で行こうと思う、あんたはここで調査を続けてくれ。
 俺はそっち方面ではあまり役に立てそうにないしな。枠割分担と行こう」
「そうね…………」

女子高生探偵は口元に手を当て考え込む。
確かにリクにその手のスキルは期待しておらず、探偵とは違うヒーローとしての発想力が欲しい場面でもない。
ここで戦力を分けるのは非常にリスクが高いが、役割分担と言うのは正しい方針である。
であるのだが。

「その方針自体に異議はないわ。けれど駄目、あなたを行かせるわけにはいかない」
「何故だ?」
「単純に、あなたに死なれると困るのよ」
「俺に…………? あんたの護衛役がいなくなるのが困る、って事じゃなくてか?」

戦力分散は別行動した場合の当然のリスクだ。
特に襲撃を受けた場合亜理子一人では対処できない。その護衛として残れと言うのならまだ分かる。
そういう意味では合流が果たせれば日本の誇るヒーローがもう一人戦力に加わる大きなメリットがあるのだが、それでも許可できない理由があった。

「ええ、貴方に死なれるのが困るのよ。だから今にも死にそうなあなたを行かせる訳にもいかないわ」
「それは俺が道中で誰かに襲われるかもってことか?」
「それもあるし、たどり着いた先に居るのが敵っていう可能性もあるわ」
「それは珠美じゃないかもって意味か? それとも……」

別の意味を含んでいるのか。
そう問うようにリクの視線が強まり、一瞬不穏な気配が二人の間に漂う。
その視線を亜理子は軽くあしらう。

「可能性の話よ」
「だからって、ここにいれば安全って訳でもないだろ」

戦場と化したこの場でどこに居たって危険地帯である事には変わりない。
実際の所、万全のシルバースレイヤーならともかく、重傷を負っている今のシルバースレイヤーは護衛としては心許無い。
先ほど亜理子を襲った太陽の怪人のような輩に襲われれば二人とも成すすべなく死ぬだけである。

「そうね、確かにそれはその通り。けど動かないほうが安全っていうのは道理でしょ?
 ともかくあなたにはやって貰わないといけない役割があるの、それまで死なれては困るわ」
「役割…………?」

そう言えばと、その言葉に先ほどの通信越しに漏れ聞こえていた亜理子と龍次郎の会話を思い出す。
完全に聞こえていたわけではないが、リクを何かに利用したいと言う話だったか。

「あんたは俺に何をさせたいんだ? ワールドオーダーを打倒するためだ、ってんなら協力はするが……」
「正しく”それ”よ」

確信を得たりと強い語調で探偵は言う。
それと言うのが何を指しているのか、リクはすぐさま理解した。

「それって…………つまりは、俺にヤツを倒してほしいってことか?」

ええ、と魔法少女の衣装を着た女子高生は頷きを返す。
だが、それは亜理子に促されずとも行う大前提である。

「言われなくともそのつもりだが。そこまで言うからには何か理由があるってことなんだな?」
「ええ。察しがよくて助かるわ」

聞き手の理解の速さに女子高生探偵は満足げに頷く。
ヒーロー組織の長だけあって頭の回転は悪くない。
と言うより先ほどまでの相棒が脳筋すぎた。
優雅さすら感じさせる所作で探偵はスカートを翻させる。

「あなたには――――主人公としてラスボスを倒してもらいたいのよ」

その上で世界が終わらないことを証明する。
何ともバカらしい話だが、これこそがワールドオーダーを倒す唯一の方法。
そして亜理子の見立てでは属性として主人公たる資格を持っているのがシルバースレイヤーだ。
それらの推理を簡単にまとめて、リクへと聞かせる。

「……なるほどな。完全に話を理解できたわけじゃないが、あんたのやりたいことの大筋はわかった」

世界の終わりだとかいう話は懐疑的ではあるのだが。そこは問題ではない。
理解できたのはその話が真実であろうとなかろうと彼のすることは変わらないという事だ。
ワールドオーダーを討つ。シルバースレイヤーのなるべきことはそれに尽きる。

「あんたは俺が死ぬことを危惧してるようだが、俺があんたの言う主人公だってんなら、死ぬはずがないってことじゃないのか?」

リクが死に主人公不在となりワールドオーダーの目論見が失敗してしまう事を亜理子は危惧しているようだが。
ちょっとお遣いに出たくらいで死んでしまうような輩にはそもそもその資格がない。

「それは違うわ。この場では因果関係が逆なのよ、主人公だから死なないんじゃない。死ななかったから主人公なの。
 もちろんイコールではないし生き残ればそれでいいという訳でもない。少なくとも、私にはきっと資格がない」

俯きがちに目を伏せる。
自分には主人公というポジティブなイメージにそぐわないという後ろ暗さのような感情が彼女の中にはあのだろう。

「結局、その資格ってのは”それらしい”ってことだろ?
 あんたから言わせれば俺が一番”それらしい”。それはいいさ、そういう物だろう」

主人公に明確な基準などない。
ないが故に、こればかりは主観的な見解を基にするしかない。

「だったらなおさらだ。ここで動かないようじゃ俺じゃない、だろ?」

保身に走り動かないなどと言う選択肢は正義の味方の選ぶ選択ではない。
彼らしさが失われてしまえばそれこそ意味がないだろう。
世界を終わらせるに足る正義の味方でなければならない。
そうでなければ担ぎ上げるに値しなくなる。

「意外と口が回るのね、シルバースレイヤー」
「それは納得したと受け取っていいのかな? 探偵のお嬢さん」

ふふんとリクは自信ありげに息を吐き、諦めた様に亜理子は溜息を零す。
それはリクの意見を肯定するものだろう。

「よし。じゃあとりあえず、調査に使えそうな武器以外の道具はあんたに預ける」

荷物から取り出した工具セット等々を亜理子へと次々手渡してゆく。
亜理子がその処理に手間取ってる間にリクは気が変わって引き止められない内に出立する。
むろんそんな手が通用する相手でもなく、立ち去ってゆくその背に声がかかった。

「けれど忘れないで、もうどれだけ生き残ってるのか分からない状況であなたが死ぬと言うのはワールドオーダーに対する勝ち目がなくなる事に等しい。
 そのことを肝に銘じておいて、シルバースレイヤー」

【F-6 山中(ダム底中央)/真夜中】
音ノ宮・亜理子
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(中)
[装備]:魔法少女変身ステッキ、オデットの杖、悪党商会メンバーバッチ(1番)、悪党商会メンバーバッチ(3番)
[道具]:基本支給品一式×2、M24SWS(3/5)、7.62x51mmNATO弾×3、アイスピック、工作道具(プロ用)
    双眼鏡、鴉の手紙、電気信号変換装置、地下通路マップ、謎の鍵、首輪探知機、首輪の中身、セスペェリアの首輪
    データチップ[01]、データチップ[02]、データチップ[05]、データチップ[07]
[思考]
基本行動方針:ワールドオーダーの計画を完膚なきまでに成功させる。
1:エレベーター(?)を調査する
2:データチップの中身を確認するため市街地へ
※魔力封印魔法を習得しました

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

傷だらけの重い体を押してリクが山道を下ってゆくと、水の臭いが鼻をついた。
土を踏みしめる足元の感触が不揃いの砂利の感触に変わる。
ゆったりとした川の音が耳を打つ、川岸が近いのが分かった。

リクの視界に夜空と同じ色をした川が映る。
それとほぼ同時に、静かな湖畔の静寂を破る炸裂音が響く。
火の粉をまき散らしながら女が空から降り注ぎ、川岸へと着地した。

「よぅ。出迎えご苦労。とりあえずド派手に近づきゃ誰か現れると思ったぜ」

現れたのはボロボロの巫女服を纏った隻腕の女だった。
女の苛烈さを示すように、踏み込んだ足元に黄色い火花が散る。
女は傲岸不遜な態度でリクを睨むと、好戦的な笑みを隠そうともせず口元を歪めた。

彼女こそ日本最高峰のヒーロー組織、ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンの一人。
爆破の天使ボンバーガール。火輪珠美である。

「お互い酷い有様のようだな」
「そうだな」

1日を経過しようとするここまで、多くの激戦が繰り広げられた。
その中でリクは瀕死と言っていい重症を負い、珠美も片腕を喪った。
職業柄、互いに疵を負うこと自体は珍しくもないがこれほどの重症は珍しい。
東京地下大空洞でのブレイカーズとの全面戦争以来かもしれない。
その事実がこの戦場の壮絶さを物語っている。

そんな状態でも相変わらずな仲間の様子に、リクは呆れながらも安堵したように息を漏らす。
自分を囮にして敵を誘い出すと言うのは喧嘩早い珠美のよくやる手段である。
自らの身を危険に晒す戦術には正一がよく苦言を呈していた事を思い出す。

「お前なぁ……ここでもそんなことやってんのか。
 だが、残念だったな、来たのが俺で」

来たのは同じ組織に所属する仲間である。
敵を望んでいた珠美の期待には応えられそうにない。
だが、珠美は機嫌を損ねた様子もなく、口元を歪ませる。

「そうでもねぇさ」

白い閃光。
珠美に向かって踏み出そうとしたリクの足が止まる。
リクの足元に弾丸のような何かが撃ち込まれた。
見れば、それはロケット花火だった。
誰が撃ち放ったかなど語るまでもない。

「どう言うつもりだ?」
「そう言うつもりさ!」

警戒するようにジリと砂利を踏みしめた足元を僅かに引く。
その真意を見抜くべく、相手の様子を捉える。
珠美が喧嘩腰なのはいつもの事だが、この状況で冗談でも味方を攻撃するほど見境がない女ではなかったはずだ。
女の瞳には紅い戦意と黒い殺意が綯交ぜになって燃えていた。
本気を察するには十分な炎だった。

「俺とお前が闘う理由がない」
「理由? そんなもんが必要か!? あたしが襲う、テメェはそれを迎え撃つ。それだけの話だろ!?
 それともなんだ? 大人しく殺されてくれんのか!? あぁ!?」

餓えた狂犬のように女が吼える。
リクどうあれ珠美は問答無用で襲い掛かるだけだ。
片方がやる気である以上、戦闘は不可避だろう。

だが、珠美はやる気のない相手を倒したいわけではない。
やる気を出してもらわないと困るのは珠美の方である。

「そうだな、戦う理由がないってんならくれてやるよ。
 あたしは――――――”怪人”だ」

怪人だと、そう呼ばれた。
吐き捨てるように自虐的に嗤う。
全く持って今の珠美には相応しい呼び名だ。
その言葉の意味するところ理解できていないのか、リクは訝しげに目を細めた。

「ハッ。笑っちまうよな、そう呼ばれちまったよ。
 そう呼ばれるだけの事をしてきたぜ、この場で何人も殺した。悪人を狩ってたって訳じゃあないぜ。
 この場で仲間だった亦紅ってガキを殺したし、元々の相棒だったりんご飴も殺した」

ここに来てヒーローは地に墜ちた。
この告白が事実だとするならば、ボンバーガールは殺し合いに応じたという事になる。

「何があった? お前が殺し合いに応じるとは俺には思えない」

リクの知る火輪珠美という女は、確かに粗暴で好戦的な女だった。
だが、理由もなく誰かに襲い掛かるような女ではない。リクはそう信じている。
その信頼を唾棄して、珠美は忌々しげに吐き捨てる。

「けッ! お前はあたしの何を信用してたってんだよ!? お仲間としての友情か? それともヒーローって肩書か?
 んなもん勝手に周りがそう呼んでたってだけだろうが! 私は元からヒーローなんてもんになったつもりはねぇ!!
 あたしは変わっちゃいねぇ! あたしはあたしのやりたいように好き勝手暴れてただけなんだよ!!」

最初から珠美は”こう”だった。
いやそもそも、ヒーローなんて呼ばれていたのがおかしいのだ。
それなのに何故、ヒーローと崇められたのか。
それなのに何故、怪人と蔑まれているのか。

「…………ヒーローと怪人、何が違うってんだ?」

心のまま気に喰わない奴をぶっ飛ばし続けてきた。
それは今も昔も何も変わらない。
なのに、なぜこんなにも苦しいのか。
そんな助けを求める悲鳴のような問いに、青年は溜息のように大きく息を吐き。

「…………オッサンならうまく説明もできるんだろうがな」

そう少しだけぼやく。
考えを言葉にするのは得意じゃない。
そういうのは、どこぞの探偵の役目だった。
だが、目の前の女が必要とするのならば答えねばならない。

シルバースレイヤーの力は世界征服をたくらむ悪の組織ブレイカーズによって齎された力である。
それでもリクはヒーローと呼ばれ、他の改造人間は怪人と呼ばれている。
これほどこの問いに答えるに相応しい存在はいまい。
その違いは何か。

「別に、違いなんてないさ」

違いなど、そんなものはないと、理想のヒーローと称えられた青年は答えた。

誰かを助ければ正義なのか、誰かを殺せば悪なのか。
そんな単純な話ではない。
正義のために誰かを殺さなければないこともあれば、悪事が人を助けることだってある。
正義など元より曖昧なモノだ。

「結局は、世間がそれを受け入れるか受け入れないかそれだけの違いだ。
 お前が変わっていないと言うのなら、それは世界が変わったんだろう」

結局のところ世界がそれをどう受け取るかだ。
彼らがヒーローと持て囃されているのは社会正義と迎合していただけの話でしかない。
そして価値観や倫理観など時代によって容易く流動する。
それこそ龍次郎が世界を支配したのならあの男の価値観が正義になるだろう。

この世に絶対の悪はあったとしても絶対の正義などない。
その時代の社会正義を守る強き者がヒーローと呼ばれ。
その時代の社会正義を乱す強き者がヴィランと呼ばれる。
それだけの話だ。
定義することなどそもそもが不可能である。

「だから俺は一つだけ決めていることがある」

虚ろで曖昧な世界の中で決して揺らがぬものがあるとするのならそれは一つだけ。

「――――自分の正義を疑わない事だ」

どの世界においても唯一変わらない物、即ち己自身を信じる。
世界中が悪と断じようとも己だけは己を疑わない。
世界などという曖昧なモノを呑み込む、一見すれば分かりづらい強烈な自我が彼にはある。

だが、それは。
ふと珠美の頭に疑問がよぎる。
彼の言葉にのっとるならば彼の行為が”たまたま”社会正義に沿ったものであるからこそ彼はヒーローとして扱われているだけで。
もし彼の正義が社会と相容れない悪だったとしたならば、どうなるのだろうか。
ともすれば龍次郎以上の悪として世界に君臨していたかもしれない。
己の行為に疑問を持たないというのはそういう事だ。

「お前はどうだボンバーガール。お前の中にも猛る正義の炎があるだろう?
 ここで何があったかは知らない、何をしてきたかも正確には知らない。
 だが今のお前の行いは、己の正義に反してはいないのか。自らの正義に恥じるものではないのか?」
「ッ…………!」

正義を問うその言葉に。

『最後まで己の中にある正義という炎を信じられなかった、それが――――――――』

気に食わない男のニヤケ面が脳裏に蘇った。

「正義だの下らねぇことを何の恥ずかしげもなく言ってんじゃねえよ!!
 あたしはお前のそういう所が最初から大嫌いだったよ。
 自分の中の正義? ねぇよ。あたしにはそんなもんねぇんだよ…………ッ!」

信じるべき己の正義などない。
あるはずがない。
あってはならない。
そうでなければ、これまでの己の行為を受け入れられない。

「あたしは好き勝手暴れられればそれでよかったんだ、あたしはずっとそうやって生きてきて、そうやってればあたしはすっきり出来ていい気分で生きてられたんだ!」
「その割に――――今のお前は苦しそうだぞ」
「ッ! うるせぇ……うるせぇよ! 勝手に人の心情を決めつけてんじゃ――――ねぇ!!!」

女の感情が弾け真っ赤な炎が燃え上がった。
喧しいまでの炸裂音と共に火の玉のような花火が炸裂する。

それを銀の刃が断つ。
二つに分かたれた花火が線を引く様に夜を裂く。
その光景を見て、ボンバーガールが不可解そうに眉をひそめる。

防がれた。それはいい。
感情に任せた一撃だ、シルバースレイヤーならば防いで当然と言える。

不可解なのはそこではない。
氷山リクは生身のままでシルバーブレードを引き抜いた。
何故、変身しない。
そこで青年の体に足りないモノがあることに気が付いた。

「ぁあん、テメェ、リク…………ベルトはどうした?」
「敗北し奪われた。今はない」

言い訳のない簡潔な答え。
肩を落として俯いた顔を片腕で覆う。

「テメェもかよ。ったく、どいつもこいつも萎えさせんなよなぁ」

女の落胆につられるように周囲を覆っていた熱気が冷めてゆく。
揺らいでいた女の眼が、静まる波のように定まってゆく。

「ああそうだな、リク……いや、シルバースレイヤー。
 認めるよ。テメェの言うとおりだ、迷いがあるからこんなにも苛立たしいんだ。
 ――――――決めた。あたしはあたしを疑わない。今のあたしを肯定する」

ゆらりと女が陽炎のように揺らめいた。
女は崩れかかった体を、自らの意思で立て直す。
散漫な炎が一つの大きな猛炎へと変わってゆく。


「――――――全て燃やし尽くす」


もう迷わない。
それは人間性を捨てるという宣言だ。
その暗い決意をヒーローは受け止める。

「そうか。それがお前の決断なら、見過ごすわけにはいかない。俺を覚悟を決めよう。
 お前の炎がお前自身すら焼き尽くすと言うのなら、俺が止めてやる――――」
「やってみろ! 口だけ野郎――――――ッ!」

降り注ぐ七色の流星群。
その威力は先ほどの火球とは比べ物にならない。
明確に殺す気で放たれたその流星は恐らくガトリング砲に匹敵する。

生身で防げるものではない。
切り裂いたところで爆風が身を焦がす。

それを前に、リクが右腕を伸ばして構えを取った。
伸ばした腕を回して、高らかにその台詞を叫ぶ。

「――――――――変身」

リクの体内に内蔵されたシルバーコアが回転を始める。
ベルトを奪われたからと言って変身できないという訳ではない。
ベルトはあくまでエネルギーの制御装置である。
エネルギーの根源であるシルバーコアは今も彼の胸の中にある。
彼の胸に燈る正義の炎のように常に燃え上がっている。

乱反射する銀の光が弾けて混ざる。
白銀の輝きは収束し、七色の流星を一瞬で振り払った。

だが爆炎の向こうに現れたその姿にはあらゆるものが欠けていた。
変身の基礎となる簡易素体。
装甲も薄く、腰に巻かれたベルトも風にたなびくマフラーもない。
あるのは不退転の意思を示すように握り絞められた白銀の刃のみ。

「行―――――くぞッ!!」

踏み込むその足跡から紫電が散った。
引き絞られた弓のように、一陣の銀の流星が奔る。
音すら置き去りにした超加速。
見開かれたボンバーガールの黒い瞳が自らの首を刈り取りにくる死神の姿を捉える。

だが、流星はボンバーガールを捉えることなくその脇を通り過ぎた。
ボンバーガールが躱したわけではない。
ただ、そのまま勢いを止めることなく地面に突撃して大きな砂埃を沸き立たせた。
見事な自滅である。

「………………な、ンだそりゃッ!?」

余りの間抜けにボンバーガールも呆気に取られるが、スペック自体が落ちている訳ではない。
ただ、動きを制御できていない。

ベルトなしの変身はブレーキのないF1マシンに乗るようなものである。
アクセルのみで化物マシンの速度調節など出来るはずもない。
自殺願望でもない限り、乗り込むべきではない代物だった。

自滅した間抜けをボンバーガールが振り返る。
立ち込める砂埃、その中に青白い稲妻が奔るのが見えた。
突撃にめげずシルバースレイヤーは凄まじい勢いで切り替えし、爆発めいた衝撃と共に粉塵をまき散らしと再び突撃を慣行する。

これにボンバーガールは粉塵が入ることも厭わず目を見開き、箒花火を振りかぶった。
先ほどは不意を突かれたが、来ると分かっているのならどれだけ早かろうとも対応はできる。
一瞬にも満たない交錯に集中力を燃え上がらせカウンターで首をはねるべく炎刀を振るう。

だがその炎は夜に線を引くのみで、何も捉えることなく空ぶった。
いや、正確には、捉えられなかったと言うよりも相手がここまで到達しなかったである。
今度は踏み込みが弱すぎたのか、シルバースレイヤーは自身の踏み出した足に縺れてその場に転がっていた。

「……何やってんだマヌケ。掴まり立ちもできねぇガキかよ」

落胆したように肩を落とす。
ベルトなしの変身では戦うどころか、まともに動くことすら叶わない。
これでは期待外れもいいところだ。

だと言うのに、これほどの醜態を晒そうとも。
どれだけの無様を晒そうとも。
その瞳だけは諦めの色を知ろうとはしなかった。
無様に地面に倒れながら珠美を睨む瞳。
その不撓不屈の精神が更に珠美を苛立たせた。

「……くだらねぇくだらねぇ。なんだその様ァ!? 今のお前に何ができるってんだッ!!!」

苛烈さを具現化した女は激情のまま吼える。
激情を受け止める男は醒めた月の光のようだった。
感情を表に出さず、冷静に機械のように立ち上がる。

「お前を止める。俺にできるのはそれだけだ。
 無秩序に破壊を広げる今のお前は許しがたい」

変わらず告げる。
この男は激情を内に燃やす。
見えないからと言って燃えていないとは限らない。
己が炎で鉄を打ち、精神を研ぎ澄ます銀の断刀。

「だからッ!! 許せなきゃどうするってんだ、あぁあん!?
 マトモに戦う事もできないンな有様で、このボンバーガール様に勝つつもりかよ!」
「ああ。お前が負けることでしか止まれないと言うのならそうしよう。
 お前が死ぬことでしか止まれないと言うのならそうしよう」

覚悟を示すように輝きを失わぬ銀の刃を構える。

「加減は出来んぞ――――――――珠美。死ぬなよ」

その言葉にリアクションを返す前に。
気づけばボンバーガールの体は吹き飛んでいた。

何が起きたのか、何をされたのか。理解不能だった。
殴られたのか、蹴られたのか。それすらも判別不能。
動き出しを捉える事すらできなかった。

だがいつまでも呆けているボンバーガールではない、一瞬で結論の出ない無駄な思考を切り捨て、対応に頭を切り替える。
両手花火を噴出し体勢を立て直して敵に向かって反転する。
反撃に転じるべく足元に生み出した花火で自らを打ち出そうとしたところで、背後から蹴り飛ばされた。

「――――――なぁ!?」

衝撃に肺から息が飛び出す。
背後から蹴られた。
それはつまり、吹き飛ばされた先にすでに回り込んでいたという事だ。

早すぎる。
直前まで覚束ない動きをしていたのが嘘のようだ。
先ほどまでとは余りにも違う。
それどころかこれは――――普段のシルバースレイヤーより早いのではないか?

「ッ…………のぉ!!」

花火だけでなく踵で砂利だらけの地面を削りながら無理矢理に勢いを殺す。
炎をまき散らしながら回転花火の様に回って周囲を牽制する。
なんとか静止した。
そして目の前を見る。

そこにあったのは夜に浮かぶ赤。
白一色だった銀の騎士の外装は熱されたように赤く染まっていた。
基礎装甲では大気圏を突破する宇宙船めいた速度に耐えきれなかったのか。
断熱圧縮により赤熱した全身から煙を上げながらオーバーヒートしている。
その状態を見て、何が起きたのか珠美にも理解できた。

「まさか、テメェ…………ッ!?」
「ああ、調整が効かないつっても―――――100%は100%だろ」

シルバースレイヤー=フルスロットル。
細かい調整が効かないのならば、全力で踏み込むまでである。
最高速が出ると分かっているのならば動きを損なう事はないだろう。
出力と認識のズレを埋めるにはそれしかない。

だが、それは常に減速することなく最高速で走り続けるという事だ。
今のシルバースレイヤーはアクセルべた踏みにしてハンドル操作だけでコースを乗り切るクレイジードライバーだ。
一歩間違えば間違いなく自滅する。
いや改造人間であるとはいえ人間の知覚をはるかに超えた速度での行動など、本人にもなにをしているのか理解できていまい。
つまりこの男は、珠美ですら躊躇うようなアクセルを何のためらいもなく踏んだのだ。

珠美の背に温い汗が伝う。
氷山リクという男を見誤っていた。
こいつは想像以上にイカれてる。

雷鳴が如き轟音が轟き、彗星の如き銀の閃光が地上を奔る。
もはや音速の域を超え雷速に迫るそれは、正しく光の矢だった。

エネルギー制御型であったからこそ、そうそう簡単にお目にかかることのできなかった、シルバースレイヤーの全力全開。
同じ組織の仲間であったボンバーガールですら始めて見る。いや正確にはその全力は見えもしない。
超反応を誇るボンバーガールですら捉えられない速度。
だが、捉えられずとも、戦うことはできる。

先読みと直感。
眼前に掲げた両手いっぱい花火を断続的に爆発させる。
設置型ならばどれだけ早かろうとも相手が勝手に引っかかる。
狙い通り、突撃してきたシルバースレイヤーを爆炎で弾き飛ばした。
弾き飛ばされたブレードが深く地面へと突き刺さる。

いや違う。弾いたのはシルバーブレードだけである。
シルバースレイヤー本体の姿はない。

瞬間、側面より衝撃。
シルバースレイヤーはブレードを投擲し、それよりも素早い動きで側面へと回り込んでいた。
その動きは正しく雷鳴。
コンマ一秒にも満たない一瞬の一人十字砲火だ。

「ぎぃ………………ッッ!!?」

骨が軋む。
ボンバーガールの体が砲弾のように吹き飛んだ。
ガードが間に合ったのは幸運以外の何物でもない。
そうでなければ内臓ごとイカれている。

だが、ガードに使った腕は痺れ、吹き飛ばされる勢いを花火で減速する事が出来ない。
回転しながら飛来する体が鋼よりも固い水面に叩きつけられ、沈むことなく凄まじい勢いで水面を跳ねる。
そして5回、6回と跳ねた所で、柱のような飛沫と共に水中へと沈んだ。

食いしばった口元から白い泡が零しながら、水中で身を捻る。
体勢を立て直して、水上に浮き上がろうとしたところで、水中から足首を掴まれた。

振り返る暇も与えられず水中へと引きずり込まれる。
水を掴むことなどできるはずもなく、もがくように掻いた腕が水を切った。
ジェットコースターのような急転直下。
クンと全身が水圧に引っ張られ、深くより深くへと水底へと沈んでいった。

水流に体を引っ張られながら、燃える手で足首を掴む赤い怪物を見る。
高温を放つ全身からゴボゴボと大量の水泡を発せながら不気味に白く目を光らせている。
その姿は珠美にとっては正しく命を奪いに来た怪人に映った。

(水中戦に持ち込もうって腹か………………!)

水中は花火を武器とするボンバーガールにとっては絶対的な不利なフィールドだ。
何より熱を持ったボディを冷却するのにも都合がいい。
思わず感心するほど、全てにおいて巧い手だ。
ボンバーガールのスペックをよく知るシルバースレイヤーの取る手としては最善手だろう。

だが、と水泡が零れる口端が凶悪に歪む。
水中ならば花火を封じられるなど、そんな常識は今のボンバーガールには通用しない。
もうリクの知る珠美ではないのだ。
この地において彼女の炎は新たな炎を取り込み次の次元へ強化された。
そのようなカタログスペック、とうに凌駕している。

水中を引きずられながらボンバーガールが手の内に巨大な花火を産み出す。
それは花火と言うよりも、長細い魚のような形状をしていた。
酸素が水中で爆ぜるように燃え上がる。

花火は水中でも炎を放つ。
それは花火に含まれる酸化剤が燃焼に必要な酸素を供給し続けるからだ。

そしてこの花火にはありったけの圧縮酸素を練りこんである。
後は火をつけてしまえば、水中であろうと燃焼を続けるだろう。

魚の尻尾に炎が生え雷の如くひた走る。
即ち、それは酸素魚雷だ。

ボンバーガールの片手から勢いよく放たれたそれは、足元のシルバースレイヤーへと直撃する。
水中で巨大な火の花が咲き、足首を掴む灼熱の手が離れた。

酸素魚雷の直撃を受けた装甲は砕け、むき出しとなった生身からは改造人間の証である機械部分が露わになっている。
砕けた装甲の隙間から水が流れ込み、電気がバチバチと火花を散らすように漏電して水中に散った。
ダメージは甚大。無理をしてきたツケも祟って、すぐに動くことはできないだろう。

それを確認して、珠美は片腕で水を掻いて水上を目指した。
酸化剤に練りこんだ酸素はボンバーガールの体内から捻出された物である。
超人的な肺活量を誇るボンバーガールをしても水中でこれを作り上げるのはギリギリの捨て身の攻撃だった。
一刻も早く肺に酸素を取り込まねば意識が落ちる。

その焦りがある故に、確認を怠ってしまった。
砕けた仮面から覗く、その眼だけは死んでいない事を。

パチンと水中で何かが弾ける。
唸るような重低音が水中を僅かに震わせた。
それはシルバー・エンジンが回転を始めた音だ。

そもそもシルバースレイヤーの目的は水中戦に持ち込むことではない。
水中で敵を無力化? オーバーヒートした体の冷却?
そんな考えをするほどシルバースレイヤーは甘い男ではない。
敵は仕留める。それがこの男の信条だ。

シルバースレイヤーの体が白銀に発光する。
水中に引きずり込んだ目的は、逃げ場のない水の牢獄に敵を閉じ込める事にある。
漏電した状態でエンジンを全開にすればどうなるのか。
その答えがこれだ。

瞬間。雷が水中で弾けた。
エネルギーと共に漏れ出した電撃は水中を駆け巡り、水上を目指す女を捉える。
一帯へと拡散された雷を躱すすべなどなく、衝撃に開いたボンバーガールの口から大きな水泡が吐き出された。
完全に脱力し、力ない女の体が水面へと浮き上がって行く。
それを追うように、全ての力を使い果たした男の体も水中から見上げる揺れる月を目指すように浮き上がっていった。

「ぷっ…………はぁ……ッ」

女は息を切らしながら水上に浮かび、天を仰いで月を見上げた。
世界を照らす銀の光を忌々しげに睨む。
女を追うようにして僅かに離れた湖上へと男が浮き上がる。

「…………ようやく……大人しくなった、な」
「ああ、クソっ…………! 動けねぇ…………か」

悔しげに声を漏らす。
意識こそ保っているものの、全身が痺れて指一本動かせない。
回復するまで暫くはこうして浮かんでいる事しかできないだろう。

ボンバーガールの無力化に成功。制圧は完了した。
加減のできる相手ではなく、殺すつもりで戦った。
生き残ったのは純粋に珠美の運と実力だろう。

リクとしても酸素魚雷の直撃を受けたダメージは甚大である。
簡易素体の防御力ではボンバーガールの作り上げた酸素魚雷を防ぐことは叶わず。
装甲は剥がれ落ち、仮面に隠れた素顔は右半分が露わとなっている。
そして限界を超えた行動の代償のより、残った装甲も自壊を始めていた。

「負けた、か」

珠美は敗北を認める。
亦紅の遺した種火を取り込み能力を強めたにもかかわらず、碌にエネルギーを制御できていない相手に敗れ去った。
想像以上にイカれていた。
命知らずで知られるボンバーガールがそこで負けていたらどうしようもない。
敗因はそれに尽きる。

「あたしの負けよかこの力が負けたってのは少し悔しいな」

そこにどれ程の違いがあるのか。
珠美は悔し気にそんな呟きを漏らした。

「ああ、あたしの力の源がなんなのかお前には言ってなかったか。
 いや、誰にも言ったことはなかったっけ、あれ、りんご飴の奴に寝物語で語ったことがあったっけか。まあどうでもいいか。
 ともかく、あたしの力は生まれつき持ってたもんじゃなくて、師匠から受け継いだ力でな。
 この師匠がこりゃまた強ぇ女でな、それなりに名の知れたヒーローだったんだが知ってるか?
 ま、師匠がくたばっちまったのはお前が改造されちまう前の話だからなぁ、知らねぇか」

少しだけ寂しげに昔を懐かしむように遠く空を見る。
珠美はあまり自らを語るような性格ではない。
同じ組織で戦ってきたが、珠美の身の上話はリクも初めて聞く。
それはそれで興味深くはあるが今はそんな話をしている場合じゃない。

「その辺の事情は後で聞かせてもらう、いろいろを含めてな」

湖の水に赤色が混じっていることに気付く。
電撃による衝撃か、激しい戦闘により傷が開いたのか、殺し屋によって喪われた腕の傷から大量の血液が流れだしていた。
湖が赤く染まって行き、それに比例して珠美の顔が青白くなっていく。
水中での大量出血は傷口が凝固せず出血多量による死につながる。
すぐに止血する必要があった。

「…………待ってろ、川岸まで引き上げてやる」

漏電の中心にいたシルバースレイヤーも巻き込まれていたが、ボンバーガールに耐爆性能がある様に、シルバースレイヤーにも改造人間としての耐電性能がある。
電撃によるダメージは比較的少なく、痺れによって動けないという事もない。
ゆっくりながら泳ぐことくらいはできる。
引っ張って岸まで泳いでいく必要がある。

「まあ、待て。聞けよリク」

だがそれを要救助者が制する。

「これはりんご飴にも言ってない、正真正銘、誰にも言ってない話なんだが。
 この力は実のところ花火を作る能力とそれに火をつける能力は別物なんだよ。
 可燃物を生成する力と種火を産み出す力、二つあるってことだ。
 可燃物がなんになるかは継承者によって変わるらしい。花火となるのはあたしの特性だな。師匠はダイナマイトだった。亦紅も…………きっとあいつも生きてりゃ自分の炎の形を見つけてたんだろうな」

聖火の如く引き継がれてきた力。
それは一つではなく二つの力だった。
継承者以外知ることのない門外不出の事実。
それはそれで驚きなのだが、何故それを今語る必要があるのか。

「そして種火の元となるのは自分自身さ、自分自身を炎にするって力だ。それは肉体に限らず感情であり魂だったり寿命だったりする。
 全身を炎と化して、物理攻撃を無効化した奴もいたらしい。ま、使うたび肉体を消耗していったらしいが。
 あたしは殊更感情を燃やすのに長けてたらしくてな、要するにあたしが萎えない限りは戦い続けられるって代物で、大したもんだと師匠も褒めてくれたよ」

珠美の話は続く。
その間にも湖の赤は徐々に広がって行き、リクの服を汚し始めた。
放っておけば出血多量で死にかねない。これ以上、無駄話をしている暇はない。

「おい、いい加減に、」

話を止める気配のない珠美をリクは強引に引っ張っていこうと近づく。

「使い手によって呼ばれ方は色々と変わっていたようだが、最初にこの力を覚醒させた能力者にちなんであたしら継承者はこう呼んでいる」

それを無視して爆炎の継承者は続ける。
その力の名を。


「――――――――――『爆血』と」


瞬間。リクの全身が発火した。
水中にいるにもかかわらず炎が全身に纏わりつく。
水中に混じった血液が燃えている。

勝負はシルバースレイヤーの勝ちだが、殺し合いはどうか。
一切の容赦も躊躇もなくシルバースレイヤーはボンバーガールを殺すつもりで戦っていたが、殺すために戦ってなどなかった。
本当に殺すつもりだったのなら無力化した時点でトドメを刺すべきだったのだ。
対するボンバーガールは最初からそのつもりである。

「感情を燃やすに長けていると言ってもあたしだって他が燃やせない訳じゃない。
 まあ流石に肉体を炎と同化させるなんて芸当まではできないが、100円ライター程度のものなら、ほらこの通り」

リクは全身についた火を消そうと水中を溺れたみたいに暴れている。
だが元が血液である炎は水では消えず、服にしみ込んだ血液からは逃れようがない。
外骨格が残っていればこの程度の炎など物の数ではないのだろうが、エネルギーを使い果たした今となっては纏わりつく炎を振り払う事もできない。

「ぐっああああああああああああああああああ――――――――――ッッ!!!!」

断末魔のような声をBGMに、珠美は湖に浮かびながら水面に揺れる炎を見つめる。
心は酷く穏やかだ。
炎を見ると安心する。
師匠と出会わなければきっと放火魔にでもなっていたのかもしれない。

「勝手に担ぎ上げられて強敵と闘えるのならと入ったJGOEだったが。今思えば思いのほか悪くなかったぜ。
 人助けなんてまっぴらだったが、それなりに面白い奴らとつるめたし、それなりに面白おかしく暮らせてた。
 って―――――もう聞いちゃいねぇか」

僅かに動くようになった手でちゃぷりと水面を撫で、燃え尽きた男を見る。
焼け爛れ、焦げたように黒くなった皮膚が崩れ落ちた。
沈みゆくように月が水底に墜ちる。

「あばよヒーロー。怪人は征くぜ」

誕生を祝福するような水中の炎に彩られながら。
ここに一匹の怪人が生まれた。

【氷山リク 死亡】

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

片腕の巫女が水中を漂う。
ぼんやりと星ひとつない空を見上げながら。
名残を惜しむ様に夜に円を穿つ月を見る。

血液を燃やして傷口は塞いだ。
放電するシルバースレイヤーの様子に気づき、電撃を受ける直前に傷を引っ掻き意図的に傷を開いた。
放電で死ななければリクならば自分を助けに近づいてくると踏んだ。
そして実際その通りになった。
氷山リクはヒーローだったから死んだのだ。

結構な時間水中に浸かっているが、血液が熱を持つ珠美は低体温症で死ぬことはない。
むしろ熱いくらいの体はには心地よいくらいだ。
体の熱とは対照的に頭は冷めている、あれほど全身を支配していた苛立ちもない。
きっと今の自分を肯定したからだろう。
仲間殺しをした後だとは思えないほど、どうしようもなく冷めていた。

徐々に感覚を取り戻しつつある手足でゆっくりと水を掻いて川岸にまで流れ着く。
そして立ち上がろうとして、意識が眩んだ。
意図的に流した物とはいえ血液が足りない。
輸血用のパックとまでは言わないが、せめて味気ない補給食やレーションなんかより肉が欲しくなる。

「…………うぷっ」

肉を連想した所で、女の死体を喰らう男の姿を思い出して吐き気がした。
気持ち悪い物を見せてくれたものだ。
だが、おかげで食欲が失せた。
口元を拭って、ふらつきながら無理矢理にでも立ち上がる。

さて、あと何度戦えるのか。
次の相手はどこに居る?
出会った相手には、悪いがこちらが燃え尽きる最期まで付き合って貰おう。

「……そういや、あいつ山頂から来たみたいだったが」

リクは山頂から下ってきたように見えた。
奴の事だ、徒党を組んだお仲間がいるかもしれない。
一先ずそこを目指すのは悪くない。
というかもともとも中央に向かう予定だったような気もする、もう覚えてないが。

女は体を引きずるように山道を登ってゆく。
もはや迷いを捨て、過去を捨て、命すら捨てた。
女に恐れる物など無い。

女は炎だった。
女は劫火だった。
女は花火だった。

花火は夏の夜に咲いて散るが相応しい。
その一瞬の煌めきを世界に刻み付けるように。

【F-7 川辺/真夜中】
【火輪珠美】
状態:左腕喪失 出血多量、ダメージ(極大)全身火傷(大)能力消耗(大)マーダー病発病
装備:なし
道具:基本支給品一式、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動
基本方針:全て焼き尽くす
1:山頂に向かう
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※ボンバーガールの能力が強化されました

152.勇者 投下順で読む 154.そして1日が終わる
時系列順で読む
最強の証明 氷山リク GAME OVER
音ノ宮・亜理子 そして1日が終わる
人でなしの唄 火輪珠美

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最終更新:2018年08月13日 12:24