月は太陽に敗れ地に墜ちた。
寄る辺を失った空は闇へと染まり、希望は暗闇に飲み込まれるように消えていく。
月の力を失った男もまた泥に塗れ地に伏せっていた。

だが地に伏せ、泥に塗れ様とも、正義の炎は未だ消えてなどいない。
まだ終わりなどではない。
この炎は費やしてはならない物だ。
潰やしてなどなる物か。

「もしもし、聞こえるか。応答してくれ。俺は、氷山リク。聞こえていたら応答してくれ」

氷山リクは協力者を募るべく通信機に向けて語りかけていた。
通信が通じたという事は少なくとも呼びかけに応じた誰かがいるという事である。
だがその先の相手が協力的な人物であるとも限らない、もしかしたら危険な人物かもしれない。
固唾を呑んで祈る様に応答を待つ。
そしてノイズ交じりに通信先から返ってきたのは驚愕の声だった。

氷山リク、だと…………!?』
「その声……まさか、剣神龍次郎か…………ッ!?」

互いに全身総毛立たせ宿敵の名を呼び合う。
正義と悪。
その運命がここで交わるなど、双方にとって予想外の出来事であった。
事故のような予期せぬ交錯に正義のヒーローは強く奥歯をかみしめ、悪の大首領は何処か楽しげに口元を吊り上げた。

「やはり生きていたか、剣神龍次郎……!」
『貴様もなシルバースレイヤー。この俺以外の者に殺されなかったこと喜ばしく思うぞ……!』

正義に見得を切るようにして悪の大首領としての声を上げ、心の底より生存を喜ぶ。
龍次郎にとって氷山リクとは自分と”戦える”数少ない好敵手だ。
そんな相手が生きていると言う事実は龍次郎にとって大変喜ばしい。

だが、リクにとっては違う。
彼にとってブレイカーズは自らの人生を狂わせ、人体実験の果てに改造した不倶戴天の敵である。
そして何より、人々の生活を脅かす悪の組織だ。
寛容になどなれるはずもない相手である。

「龍次郎。聞かせてもらうぞ、貴様はこの場で殺し合いに応じているのか?」

最大の宿敵がどう動いているのか。
何をおいてもまずそれを確認せねばならない。
返答によっては闘争も辞さない覚悟の問いを宿敵は鼻で笑った。

『愚問だな。この俺があのような愚物に言いなりになるはずもなかろう』
「殺し合いには乗っていないと? ならお前はどう動いている?」

問われ、悪の大首領は待っていたとばかりに怪しく喉を鳴らして笑う。

『決まっておろうが! いついかなる世界においても我が覇道はブレイカーズの理念は不変為り!
 我らが最強を示し、ブレイカーズの支配を世に広めるのみである!』
「逆らうもの全てを叩き潰して、か?」
『――――――然り』

迷いなく応える。
自らの信念に一切の曇りなし。

だが、ブレイカーズの覇道は龍次郎が認める強者のためのものだ。
行動理念は違えど、そんなものは殺し合いに乗っているのと変わりがない。
弱者を切り捨てるブレイカーズのやり方をヒーローとして容認できない。
例え世界が変わろうとも悪の在り様が変わらぬならば、ヒーローもまた変わぬ役割を果たすのみ。

「そうはさせない。そうはさせないために、この俺が、ヒーローがいる。お前の野望はこの俺が止めてみせる!」
『よく吠えたシルバースレイヤー! だが果たしてお前に止められるかな!? フハハハハハハハハハ!!!』

ヒーローの啖呵に悪役が高笑を返す。
正しく採石場の日常と言った光景が通信機越しに繰り広げられていた。
ある種、彼らのいつもの調子を取り戻したと言えなくもない。

『あの、お約束に割り込んで申し訳ないのですが、通信変わってもらってもよろしいでしょうか?』

その妙な流れを断ち切ったのは、済まし通す刃のような若い女の声だった。
予想外の宿敵の登場にすっかり興奮し、通信先に誰か別の人間がいると言う発想が抜け落ちていた。
どこまでも冷静な冷や水のような声が浴びせられ、すっかり別のところに入っていたテンションが落ち着きを取り戻して、妙な気恥しさが残った。
それは龍次郎も同じなのか、おうと言うバツの悪そうな声と同時に通信機が誰かに手渡された気配があった。

『初めましてシルバースレイヤー。私は音ノ宮・亜理子と申します。
 今はブレイカーズの一員、という事になっています』
「…………なるほど」

リクもそこまで察しが悪いわけではない、言い回しからある程度は事情を察せる。
今は、という点を強調してきたのはヒーローであるリクに対して悪の組織に属する人間ではないというアピールだ。
恐らくこの場で龍次郎に徴用されたのだろう。
どうとでも身を振れるようにという保険と言ったところか、この辺の強かさは雪兎を思い起こさせる。

『早速で申し訳ないのですが本題と行きましょう。
 確認ですが、この通信は協力者を募るために連絡してきたという訳ですよね?』
「あ、ああ、そうだけど。言ったっけか…………?」

確かにリクが通信をかけたのは、協力者を募るためである。
だが龍次郎の声が聞こえ、そちらに気を取られてしまったため、勧誘の言葉を述べた記憶はない。

『いいえ。けれどこの状況で通信してくる理由なんて限られるでしょう?
 おそらく貴方は手当たり次第に通信を仕掛けて協力者を募るつもりだった、違いますか?』
「その通りだが…………よくわかったな」

理由が限られるというのは確かだが。
手当たり次第という所まで言い当てられるのは見透かされたようで少し不気味だ。

『単純に第一声が知り合いに向けてものではなかったですから、そうかなと思っただけですよ。
 それに、この1番の通信機は仲間の一人が持ち続けていたものですので貴方が意図してこれに通信したとは考えづらい
 まず1番の通信機にかけたと言うのも手当たり次第に繋げるつもりだったのではないか、とそう考えたんです』
「この通信が最初とは限らないだろう?」
『私たちは1番だけじゃなく複数のバッジを持ってますので』
「なるほど」

確かにそれなら順番もわかる。
複数のメンバーバッジを持っているからこそ成り立つ推論だろう。

『付け加えるなら殺し合いも佳境に差し掛かったこのタイミングで通信するというのも何らかの切っ掛けがあったからでしょう。
 戦利品として通信機を手に入れたか、通信せざるを得ない状況に追い込まれたか、あるいはその両方ですか』
「ご明察だ。大した推理だなあんた」
『別にこの程度推理と呼ぶほどの物でもありませんが、まあ探偵の真似事をしてましたので』

言われて、そこでようやく恵理子から聞いた情報を思い出す。
そういえば探偵カテゴリで音ノ宮・亜理子という名があったはずだ。
そして探偵と聞いてリクの脳裏に一人の男の顔が浮かぶ。

「そうか、探偵…………だったら正一のオッサンと話が合ったかもな」

喪われてしまった恩人に対する感傷めいた独り言。
相手に聞かせようとした訳ではないが、耳に届いてしまったらしく相手は小さな声で不満気に呟いた。

『…………合わなかったわよ』
「ん? 何か言ったか?」
『独り言よ。気にしないで』

何やら少女の柔らかいところに触れてしまったのか、少し棘のある突き放したような語調だった。
少女はそれを失言だったと、すぐさま気を取り直すように一つ咳払いをして、亜理子という少女らしい冷静な声に戻る。

『失礼。話が逸れましたね。シルバースレイヤー。貴方は主催者ワールドオーダーに対して反旗を翻しているのですよね?』
「もちろんだ」
『我らブレイカーズの目的もワールドオーダーの目論見の破壊にあります。
 どうでしょう。我々の目指す地点は同じであるように思われますが』

それはつまり、ワールドオーダー共通の敵がいる以上、その撃破に向けて協力できると言いたいのだろう。
確かに、協力者を求めるリクの方針に沿っている。
例え立ち位置は違えど目的が同一であるのならば協力は可能だ。

『俺ァ反対だね』

だが反対意見は彼女の上司から出てきた。
どうやらブレイカーズ側でコンセンサスが取れていないようである。

『ヒーローと手を組むなんてまっぴらだぜ。
 ましてやシルバースレイヤーだ。俺らがコイツにどれだけ煮え湯を飲まされてきたと思っている』
「それはこちらの台詞だな。お前らブレイカーズにどれだけ手を焼かされたと思っている」

通信越しに火花を散らす。
確かに龍次郎はリクを気に入ってはいるが、それは好敵手としての好ましさだ。
正義のヒーローと悪の秘密結社。
宿命ともいえる敵対関係の二人はどう考えても相容れない。

『ふん。そうだな。貴様が我がブレイカーズの軍門に下ると言うのであれば考えなくもないが?』
「断る。事件解決に向けて力を合わせること自体は仕方ないにしても、そんな条件は飲む訳にはいかない」

ヒーローにとって事件解消が第一である以上、リクとしてはある程度は譲歩する用意があるが、軍門に下るなどとありえない話だ。
氷山リクにとってブレイカーズは自らを改造した悪の秘密結社だ。
この力のおかげで多くのモノを護れたが、決して許せぬ存在であることに違いはない。

『だったらこの話はなしだ、他を当たれ』

そう答えることなど分かりきっていたのか、膠もなく突き放す。
亜理子が間に入ったから話は続いたが、リクも通信先の相手が龍次郎だった時点で交渉は半ば諦めている。
話は決裂、かと思われたが、完全に決着する前に通信機にただ一人正義でも悪でもない少女が再び割り込む。

『――――少々お待ちを』

通信機を地面に置いたのだろう、その言葉と共に声が遠くなった。
だが完全に聞こえない訳ではなく、途切れ途切れに聞こえてくる。

『……ワールド…………の目的を…………には彼が必要に…………』
『……いらねぇ…………だろ…………』
『……ヒーロー…………担ぎ上げる神輿…………適任だと…………』
『……そぅかぁ? 他にもいんだろ……多分』

どうやら内容を補完するにリクの協力を取り付けるか否かについて相談しているようである。
まあ話の流れ的にそうだろう。
それにしては神輿だの担ぎ上げるだの不穏な単語が聞こえてくるのだが。

漏れ聞こえる声からして龍次郎は不満気だ。
リク加入に龍次郎が我儘を言っているのだろう。
だが利があるのは亜理子の方なのか、徐々に押され始める。

『……アイツぁ……敵対して…………が一番面白れぇ…………よ』
『……協力と…………一時的なモノ…………ワールドオーダーを…………後に存分に…………つければよろしいかと』
『……んん? …………あー。まーそーか………………の野郎を……して、その後に……………と決着を…………寸法だな』
『……はい…………そのために…………スレイヤーを利用して…………いいんです』

反論の声がないのか龍次郎の呻る声が聞こえる。
説得が完了したようで、通信機を拾い上げるような音の後にクリアな声が聞こえた。

『と、いう訳です』
「いや、殆ど丸聞こえだったんだが…………まあいいけど」

亜理子としてはその辺も織り込み済みだったのだろう。
リクとしてもその辺は拘らない。
というより決着をつけると言うのならば望むところである。
利害が一致すると言うのならこれ以上はない、それよりも今は目の前の事件の解決が優先だ。
だが、ただ一つ釘を刺しておく。

「対ワールドオーダーに向けて協力するという方針自体はいい。けど、その過程で弱者を蹂躙するような真似は俺が許さないぞ」
『それは問題ないでしょう。この殺し合いの参加者には全員選ばれるだけの理由(つよさ)がある。
 ましてやここまで生き残った人間に、弱い人間なんているはずもないでしょう?』

龍次郎は強者を好む。
ここまで生き残った猛者たちであれば、彼の眼鏡に適うはず、と言うのは道理である。
無意味な蹂躙など果たさない。
彼が強者でも許さないのは敵対者だけだ。

『まさか襲ってくる敵まで傷つけるな、なんておっしゃいませんよねぇ?』
「…………ああ、そこまではいわねぇよ」

皮肉気な声。
底意地の悪さが透けて見えるようである。
この少女はこの少女で曲者だ。

『では、早速ですが合流したいのですけど、どちらに御出でで?』
「今は地図の中央にある山頂のダムにいる」

現在位置を告げると、へぇと感心したような声が聞こえた。

『なるほど。流石はヒーロー組織のリーダーというだけのことはありますね。
 ――――それで? そこで何を見つけたんですか?』

何のためにここに来たのか理解しているような確信をつくような問い。
言い当てられ驚いていることを察したのか、その理由を告げる。

『私もそうするつもりでしたから』

当然の様にさらりと答える。
会場が不自然な狭まり方をした時点で中央の調査は懸案事項の一つだった。
ブレイカーズとしての役割がなければ亜理子もそうするつもりだったという事らしい。

「ここに来たのは仲間の発案で俺が考えたわけじゃないんだけどな」

言葉通り、ここに来たのは雪兎の発案である。
手柄を独り占めするのは心苦しいので申し訳程度に述べておく。
少女は追及するでもなく、そうですかとだけ応えた。
察しのいい少女だ、リクが一人でいる事から、その仲間の顛末を察したのだろう。

『それで、そこで何を見つけたんですか?』

改めて話を戻し、余計なことを問わず確信のみを問う。
同盟を結んだ以上隠す理由もない。
リクは先ほど見つけた成果を答える。

「――――鍵穴を見つけた」
『鍵だぁ!?』

何か心当たりでもあるのか。
その報告に大きく反応を示したのは龍次郎の方だった。
興奮する龍次郎とは違い、亜理子は冷静に話を促す。

『どのような鍵穴です?』
「鍵穴自体は少し大きめだが普通の鍵だと思う。こう、何と言うか古い洋館とかにあるような多分そんなカギだ。
 それが水の抜けたダムの底にあった。地図の丁度ど真ん中辺りだと思う」
『よくそんなもん見つけられたな』

龍次郎のつぶやきももっともである。
通常の手段ではダム底に隠された小さな穴なんて見つけられない。
あるかもしれないという発想にすら至れないだろう。

少なくともダムに溜まっていた大量の水を抜く手段が必要となる。
リクの場合、偶然にも水が消滅する事態になったのだが。

「ああ、それは恵理子が…………って、そうだ! 恵理子だ!」

そこまで言って思いだす。
どうしてこんな重要な事を忘れていたのか。
龍次郎に気を取られたせいなのだが、渦中にいるのもその龍次郎である。

『あぁ? 恵理子がどうした?』
「龍次郎、ゴールデンジョイがお前を狙っているんだ!」

必死の訴えだったが、龍次郎の反応は鈍い。

『あぁん? 狙ってるからあんだってんだぁ?
 恵理子如きが俺を狙ったところでどうなるってもんでもないだろ。返り討ちだぜ』

それは戦えば勝てると言う当然の自信だ。
恵理子を侮っているのではない、事実として龍次郎は圧倒的に強い。
だから、なぜリクがそこまで必死になるのか理解できていないようだ。

「そうじゃない。今の恵理子は普通じゃないんだ」
『元から普通じゃねえだろあの女は』
「いやまあ……確かにそうだが、そうじゃない。
 今しがた俺はアイツと交戦して敗北した――――――そしてあいつにベルトを取られた」
『はん。ざまぁねえな』

宿敵の敗北をつまらなさそうに嘲笑う。
それに関しては言い訳のしようがない。
敗れたのはシルバースレイヤーの力不足だ。
ヒーローは常に勝ち続けねばならない、連戦の疲労など言い訳にもならない。

『それで、なんか問題あんのか?』
「問題ってお前……惑星型怪人ってのは特化パーツを一まとめにする計画だったんだろ?
 『無限動力炉』を持つゴールデンジョイに『完全制御装置』が渡ったってのは、拙いだろ?」
『ぁあん? 計画ぅだぁあ? んだそりゃ? どっかで聞いた気もするが………………。
 っと。あぁ………………あーぁん? うん…………お、お、そうだ! そうだそうだ! 思い出した思い出した、あったなそんなの!』

思い出せたことに気をよくしたのか、龍次郎はガッハハと豪快に笑う。
リクとしては呆れるしかない。

「……おいおい、あんたが管理してるんじゃないのかよ」
『けっ。そういう細けぇ管理はミュートスの仕事だったんだよ。
 ま、兇次郎の野郎が勝手に進めてたなんて事も多々あったがな』

組織の長としてどうなのだろうと思わなくもないが、組織の長なんて案外そんなものかもしれないとJGOEのリーダーは思う。
その辺は役割分担というか適材適所なのだろう。

『要するに調子に乗った恵理子が俺を狙ってるってこったろ?
 なら問題ねぇよ、この俺が負けるとでも思うか?』

即答は出来なかった。
変神した恵理子の圧倒的な力の一端を目の当たりにしたが。
幾度も戦場でまみえ、龍次郎の規格外の強さも誰よりも理解している。

「だがな。恵理子……と言うか兇次郎の奴が言ってたらしいが、『無限動力炉』と『完全制御装置』を合わせたスペックはあんたを超えるらしいぞ?」
『へぇ。そりゃ面白れぇ』

龍次郎はバキバキと指を鳴らした。
失策だった。むしろやる気を出させてしまったようである。
龍次郎の性格を考えれば然もありなんだが。
何を言っても逃げるような性格でもない、これ以上の助言は無意味だろう。

「あんたら、今どこにいるんだ?」
『おい、俺ら今どこにいんだ?』
『地図でいう所のE-9辺りですね』

質問をパスされ少女が応える。
それを聞いてリクは安堵の息を漏らした。
恵理子は西に向かって行ったはずだ。

「なら、恵理子が降りてった方向とは逆方……向…………だ」

そこで唐突にリクの言葉が切れた。
龍次郎たちは通信不良かと訝しむが、そうではない。

リクは言葉を失ったように空を見上げていた。
空ではあり得ない現象が起きていた。

――――昼が来たのだ。

正確には夜と昼を塗り替える光が訪れた。
即ち太陽である。

太陽は西から東へと通常ありえぬ方向へと一直線に飛来する。
それを見て、慌てたように通信機に向かってリクが叫んだ。

「まずいッ! 恵理子が、ゴールデンジョイがそっちに向かったぞ…………ッ!」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

リクの叫びに龍次郎が大きく舌を打った。
龍次郎にとって脅威ではなくとも、戦うにはいろいろと準備が必要な相手だ。
今ここで戦うのは状況が些かまずい。
一先ず亜理子に荷物を預けて告げる。

「聞いての通り面倒が来るみてぇだ。亜理子、お前はしばらく離れて、」

だが、そこで龍次郎が言葉を止めた。
龍次郎だけではない亜理子も言葉を失い同じ空を見上げていた。

異変は亜理子にも分かる程に明確だった。
遠方の空より世界を染め上げる黄金の光が迫る。

速すぎる。
会場の中央にいたリクの上空を通り過ぎてから数秒と経っていない。
いったい、どれほどの常識外れた速さだというのか。
飛行物体は龍次郎たちに接近すると慣性すらないように上空でピタリと停止した。

「――――――こんばんわ。大首領。お久しぶりですね」

太陽が言葉を放つ。
何せ光に包まれた真昼のような明るさなのだ、こんばんわという挨拶は不釣り合いだろう。
いやそれ以前に、亜理子にとって目の前の存在が人間の言葉を話すのが違和感でしかなかった。

目の前の存在には思わず平伏したくなるような神々しさがあった。
歴史に残る宗教画を生で観たような感動がある。
聖書には神を太陽になぞらえた一文があり、多くの宗教において太陽は神と同一視されているという。
太陽神。目の前の存在は正しくそれだ。

偉大すぎる存在を前にして、自らの矮小さを突き付けられるよう。
見ているだけで思わず自殺してしまいたくなる衝動に駆られる。
それはそうだろう。
こんなものを目の当たりにして、正気でいられる方がどうかしている。

「――――――亜理子ゥ!!」
「…………ッ!?」

鼓膜を劈くような一喝。
音という物理的衝撃に強制的に正気を取り戻される。
入れ替わりに太陽神の威光に飲まれるでもなく、一切の揺るぎなく前へと踏みでる足が一つ。
目の前の神の如き女は異常だが、この男もまたマトモではない。

「よぅ。こんな夜中にピカピカ、ピカピカと光りやがって、ちったあご近所様の迷惑考えやがれよなぁ! 恵理子よぉ…………ッ!!」
「はっ。迷惑だなんてどの口が言うのか。迷惑というならあなたの存在自体が世間様のご迷惑でしかないでしょう、大首領……ッ!!」

天と地を挟んで神人と龍人が睨み合う。
人でしかない亜理子の存在などそれだけで吹き飛んでしまいそう。
喉が渇きごくりと唾を飲む。
いや、実際に空気が乾燥している?

「なんでもシルバースレイヤーに勝って、調子に乗って俺のタマぁ取りに来たらしなぁ?」
「おや、よく御存じで。ああ……なるほどリクさんと連絡を取られたんですね。正義と悪、仲のよろしいことで」

目ざとく亜理子の手元の悪党商会メンバーバッチを認め、恵理子は大体の経緯を察した。
他ならぬ悪党商会の幹部としてメンバーバッチの機能など当然の様に把握している。

恵理子がリクに勝利し変身ベルトを手に入れた事実を知るのはモリシゲとリクだけだ。
モリシゲが話すはずもないのだから通信相手は一人に限られる。

「誰が。奴がどうしても俺の下につきたいってんでな。寛容な俺様が受け入れてやったんだよ」

亜理子の手元のバッチから抗議の声らしきものが漏れ聞こえるが黙殺する。
今はそれどころではない。

「で? オメェはどうすんだ恵理子?」
「どうとは?
「土下座して俺に忠誠を誓い直すと詫びりゃあ許してやらんこともないぜ?」

意地悪く笑いながら、土下座しろと地面を指す。
恵理子はそれをバカにしたように笑い飛ばす。

「冗談。あなたの下に付くだなんて二度と御免だ。
 私はあなたを処分しに来たんですよ、悪党商会として」

宣戦布告を受け、龍次郎の全身から放たれる圧が高まる。
龍次郎は自らに逆らう敵対者を許しはしない。
一切の容赦も慈悲もなく全てを叩き潰す破壊者にして圧制者。
それがブレイカーズ大首領――剣神龍次郎である。

「恵理子よぉ。テメェも一時とはいえ俺の下にいたんだ、俺にケンカ売るってのがどういう意味か理解してんだろうなぁ?
 テメェ―――――――本気で俺に勝てると思ってんのか?」

龍次郎の眼光が赤い殺意の色を帯び、恵理子の全身を射抜いた。
まるで重力が増したような圧に思わず息を呑む。
神にも等しい力を手に入れたこのゴールデンジョイが、一瞬とは言え呑みまれた。

否。否である。
それはこれまで龍次郎に辛酸を舐めさせられてきた心的外傷によるものだ。
龍次郎の物言いは、今のゴールデンジョイがどれ程の力を得たか知らぬ愚者の戯言である。
それを思い知らさねばならない。

「ええ! 思ってますとも!」

叫び、目を見開く。
その心的外傷を乗り越える時。
ゴールデンジョイが眩く発光を始めた。

宙に舞う黄金の周囲に紅蓮の灼熱が渦を巻き、球体となり膨れ上がってゆく。
龍の威圧すら飲み込む超高熱の質量を持って、太陽が膨張する。

世界を染める閃光。全てを薙ぎ払う熱風が奔る。
周囲は一瞬で地獄と化した。
まさしく太陽その物と言った熱量に全ての生命は燃え尽き、世界は赤く染まる。

広域殲滅型の名に恥じぬ虐殺仕様。
ゴールデンジョイの戦い方はとにかく周囲を巻き込む。
みみっちく人一人を殺すだなんてケチな戦い方はしない。
ルナフォームになろうともそれは変わらず、むしろその規模を拡大させていた。

広がる草原は炎上し、焼け野原を超え一瞬で黒く灰になるまで燃え尽きた。
水分は干上がり、地面はこの世の終わりのようにヒビ割れる。
空は燃え上がったように灼熱に染まり陽炎に揺らめいていた。
酸素は燃え尽き息を吸う事すらままならない。
まるで地獄がこの世に顕現したかのような有り様だった。

だが、そんな地獄に在っても剣神龍次郎は健在だった。
仁王立ちで不動のまま夜の太陽を睨む。
どのような過酷さもこの男を侵すことなど不可能である。

しかし、魔法少女の力を得たとはいえただの人間には耐えきれない。
亜理子という少女は影すら残さず消滅した。跡形すらない

「…………テメェ」
「失礼。挨拶程度のつもりだったんですけど、こうも簡単に消し飛んでしまうとは思いませんでした。
 まあいいですよね? 正義でも悪でもない、ただの一般人のようでしたから」

人一人を消し去ったことに一切悪びれることなく言い放つ。
こう見えて龍次郎は仲間意識が強い。
一度認めた物はそう簡単に覆さない頑なさを持っているが故に裏切りに対してもなかなかに苛烈だ。
そんな龍次郎が目の前で仲間を殺されたのだ、激昂して隙を見せるかもしれない。
この怪物に隙の一つでも作れるなら人一人の命など安いものだ。

「恵理子――――」

努めて感情を抑えた声。
すぐさま激昂して飛んでくるかと思ったが、元より仲間と呼べるほどの間柄ではなかったのか。
確かに怒りの感情を覚えているが、爆発するほどではない。
当てが外れたか。
そう思ったが、その矛先は恵理子の予想とはまるで違う方向に向けられていた。

「テメェ……正一の木刀が燃え尽きちまったじゃねぇかッ!」
「………………なんですって?」

その言葉にハッと龍次郎の傍ら、少女の居た場所を見る。
確かに太陽が如き灼熱に中てられては、人の身など一瞬で灰塵と化すだろう。
だがしかし、骨も塵すらも残らないと言うのはさすがに在り得ない。

「…………まさか、本当に消えた?」

空間転移。
恵理子のデーターベースによれば音ノ宮・亜理子にそのような能力はない。
だがワールドオーダーの用意した支給品全てまで把握しているわけではない。
妙な格好をしているとは思ったが、魔法少女のような恰好は伊達ではなかったという事だろうか。

「あんだよ、当てが外れたって顔だな――――――――ブレイカーズを舐めんなよ。
 端から裏切るつもりだったオメェにゃわかんねぇだろうけどな。
 お前如きに殺されるような弱味噌はブレイカーズにゃ一人もいねぇんだよ」

言葉のぶつけ合いはここまでばかりに、空気が歪む。
共に放つ殺気は膨れ上がり、灼熱の空気は漆黒となる。
龍次郎の身が人の身から龍の身――――ドラゴモストロへと変化して行く。
太陽が如く天に浮かぶゴールデンジョイは地より吼える黒龍を見下ろし叫ぶ。

「これから殺されるんですよ――――――アナタがッ!」

極限にまで達した力と力が衝突する。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「なんだ…………!?」

リクが困惑の声を漏らす。
太陽フレアの電磁波による影響か、恵理子の登場からノイズが奔り、ついにバッチからバチバチと火花が散り始めたのだ。
爆発する!?
そう思いバッチを放り投げたところで、そこからなんとゴスロリ姿の少女が飛び出してきた。

「きゃ!?」

宙に放り出されるのは予想外だったのか
少女はそのまま尻から地面に落ちて、可愛らしい小さな悲鳴を上げた。

「…………っぅ」

打ちつけた臀部が痛かったのか、それともぬかるんだ地面の感触が気持ち悪かったのか顔をしかめる。
呆気に取られるリクの視線に気づいたのか、何事もなかったようにすまし顔で立ち上がり、尻についた泥汚れを払った。

「…………どーも」
「君は…………?」
「分からないかしら、意外と鈍いのねシルバースレイヤー」

その問いに妖艶さすら漂う不敵さで少女はクスクスと笑う。
どうやら先ほどの失態はなかったことにしたようだ。

「いや。あぁ、いや。わかる。音ノ宮・亜理子だな」

声からして先ほどまで通信していた少女である事は理解できる。

「しかし、どうやってここに…………?」

疑問があるとしたらそこだ。
瞬間移動の使い手だとして、数Kmに及ぶ遠距離移動は難しい。
ランダム転移やマーキングした場所ならまだしも、行ったこともない場所を目的地を指定して、正確に転移するなど簡単にはできないはずだ。

「支給品を使ったのよ」

少女の答えは簡潔だった。
通信を介して転移する『電気信号変換装置』。
通信状態あった悪党商会メンバーバッチを介して転移した、という事らしい。

「それよりも、まず確認させて、貴方が見つけた鍵穴というのを」
「あ、ああ」

丁寧だった通信越しの態度は上司向けの態度だったらしく、言葉遣いも幾らか素っ気ない。
戸惑いながらも案内する。
と言うより案内するまでもなくすぐ足元だった。
リクが足元の泥を払うとすぐさま鍵穴を露わになった。

「なるほど、本当に地面にあるのね」

屈みこんで、白く細い指先で鍵穴をなぞった。
鍵穴だけではなくその周囲の泥を慎重に払って行き調べていく。
リクの雑な調査とは比べるべくもない、まるで警察の鑑識のようだ。いや探偵だったか。

亜理子の調査が終了する。
鍵穴は約2m四方の鉄板の中心に配されていた。
どういう仕掛けか、ダム底に合ったにも関わらず鍵穴に泥が詰まっているという事もなかった。
鍵さえあれば開くことはできるだろう。

「鍵を開いたらどうなるのかしら…………?」
「そりゃあ扉が開くんだろ?」
「地面にある扉が?」

扉は地面にあり、鍵はその中央にある。
鍵を開いた瞬間、落とし穴みたいに真っ逆さま、なんてことになりかねない。

「大首領から荷物は預かってる、鍵はここにあるわ」

鍵を見せつける様に取りだすと、リクへと差し出す。

「俺に開けろってか?」
「ええ、運動神経はあなたの方がいいでしょ」

仮に落下しても回避できるだろう、という事のようだ。

「……いや、今ボロボロなんだがな」

そんな罠があったら回避できる自信はない。
愚痴りつつもそれが自分の役割かと割り切り鍵を取る。

試しに鉄板の外から何とかならないかと試みるが鍵までは手が届きそうにない。
やはり鍵を開けるには上に載るしかなさそうである。

鉄板を進み鍵穴の上に立つと一つ息を呑む。
鍵穴へと差し込むと鍵は抵抗なくすんなりと刺さった。

「開けるぞ」

少女が頷きを返したのを確認して鍵穴を捻る。
ダム底に沈んでいたとは思えないほどすんなりと鍵は回った。
カチャリと、鍵が開いた手応えがある。

身構えるがとりあえずいきなり落下するという事はないようだ。
一先ず胸をなでおろす。

「と言うか、何が変わったんだ?」

鍵が開いた手応えはあったのだが、何も変わった様子はない。

「そうでもないわよ」

そう言って探偵少女が鉄板の端へと移動する。
そこにはの先ほどまでなかった溝のような凹みがあった。
恐らく鍵を開いた時にできたのだろう。

「取っ手か」
「ええ、多分これを引けば扉が開くわ。地下室への扉と言えば引き戸だって相場が決まってるもの」
「そう言うものか…………?」

よくわからない相場である。
リクが上から退き、亜理子が扉を引き上げた。
だが、少女の力では重い鉄扉は開かず、うんうんと唸る少女が睨むようにこちらに視線をやる。

「……見てないで手伝って貰えるかしら」
「へいへい。了解」

文系少女と重症者。
半人前同士がせーのと力を合わせて扉を持ち上げる。
ズズと鉄扉が持ち上がり、その中が徐々に露わになった。

「…………なんだこれ」

完全に扉を開ききり、その中を見る。
そこには地下へと続く階段などなく、ただ闇が広がっていた。
どこまで続いているのか分からないほど底の見えない暗闇だった。

【F-6 山中(ダム底中央)/夜中】
氷山リク
状態:疲労(極大)、全身ダメージ(極大)、両腕ダメージ(大)、右腿に傷(大)
装備:なし
道具:悪党商会メンバーバッチ(2番) 、工作道具(プロ用)、リッターゲベーア、データチップ[02]、首輪の中身、謎の鍵、基本支給品一式、ランダムアイテム1~3(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:人々を守り、バトルロワイアルを止め、ワールドオーダーを倒す。
1:穴を調べる
2:火輪珠美と合流したい
3:悪党商会を警戒
※大よその参加者の知識を得ました

音ノ宮・亜理子
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(中)
[装備]:魔法少女変身ステッキ、オデットの杖、悪党商会メンバーバッチ(1番)、悪党商会メンバーバッチ(3番)
[道具]:基本支給品一式×2、M24SWS(3/5)、7.62x51mmNATO弾×3、アイスピック
    双眼鏡、鴉の手紙、電気信号変換装置、地下通路マップ、首輪探知機
    データチップ[01]、データチップ[05]、データチップ[07]、セスペェリアの首輪
[思考]
基本行動方針:ワールドオーダーの計画を完膚なきまでに成功させる。
1:扉の先を調査する
2:データチップの中身を確認するため市街地へ
※魔力封印魔法を習得しました

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

燃え尽きた世界は終焉を示すように赤に染まっていた。
周囲に誰もいなかったのは幸運だろう。
過酷な世界を生み出した神と、過酷な世界を物ともしない龍。
この地獄のような世界において生存を許されているのはこの二人だけである。

水分を失った空気は乾き切り、押し当てられる闘気に火花が散った。
選ばれし神と龍。
互いに己が最強を証明すべく衝突を始めた。

開始を告げる様に、何かが爆発したような轟音が響いた。
機先を制したのはドラゴモストロだ。
制空権を持つのは太陽の専売特許ではないとばかりにワイバーン・フォームとなり太陽へ向けて舞い上がる。
先ほどの轟音は一瞬で超音速に達した飛龍の巨体が空気の壁を突破した音だ。
音速を超えたことにより、産み出されるソニックブーム。
これほどの巨躯が衝撃波を伴い突撃するともなれば、触れるもの全てを例外なく破壊するだろう。

だが、ルナティックフォームとなったゴールデンジョイはそれを容易く上回った。
音速の弾丸となったドラゴモストロを、それ以上の速度で回避する。
異常な軌道で迂回して、更にその後ろへと回り込んだ。
そして超音速で移動を続けるドラゴモストロの背後に追いつき尻尾を掴む。

空中でそのまま振り回すように回転する。
残像すら振り切れる、死のジャイアントスイング。

「そぉーーぅれ…………ッ!!!」

陽気な掛け声とともに手を放す。
空中から地面へと叩きつけられ、隕石の様に墜落する。
乾いた大地が砕け散り、巨大なクレーターが生み出された。

「ハァ――――――ッ!」

ゴールデンジョイの両腕が神々しい光を帯びる。
そして地面に落ちたドラゴモストロ目がけ弾丸のような光弾を続けざまに放った。
連射連射連射連射連射。
百は下らないという連射に次ぐ連射。
一撃でブレイカーズの上級怪人すら屠り去るほどの光弾が瀑布のように叩き込まれる。

「――――ゥザってぇんだよ!!!」

降り注ぐ光の雨を打ち破るように、地面から上空に向かって赤い炎が奔った。
灼熱の塊が太陽を目指す。
ゴールデンジョイは連打の手を止め、優雅に空中で身を翻して火炎弾を躱した。
だが、火炎弾は一つではない。
お返しとばかりにドラゴモストロは魔王すら破った火炎弾を惜しげもなく連射する。

恐るべき火炎弾の嵐を太陽の化身はフンと鼻で笑う。
スッと壁を作る様に前方に手を振るった。
その軌跡に焔が舞い、業火が障壁のように形となる。

火炎弾はその炎の壁に飲み込まれて消滅した。
ドラゴモストロの切り札に対して、太陽の化身たるゴールデンジョイはすこぶる相性がいい。
どれほど強力であろうとも炎である以上、いかなる劫火とて太陽を上回ることなど出来ないのだから。

だが、その炎の壁を食い破ろうとするのは炎だけではない。

漆黒の影が炎の壁を突き破り、ゴールデンジョイの目の前に現れる。
それは野太く強靭な腕だった。
漆黒の龍が全身から煙を上げながら火炎弾に追従して距離を詰めていた。
炎の壁を突き破った腕が、そのまま顔面を掴みあげる。

「ぐっ………………のォ」

顔面を拘束するのは何の異能も変哲もない、ただの怪力だ。
だが、そのただの怪力をどう足掻いても振りほどけない。
なんて馬鹿力。
黒龍は乱暴に顔面を掴みあげた腕を、野球のピッチャーのように振りかぶった。

「ぉぉぉおるるるるるるるるああああぁぁぁあ!!!」

そのまま何の衒いもなく力任せに地面に向けて投げつける。
大地が破砕した炸裂音が響く。
神気を帯びた黄金の怪人が、ボールみたいに大きくバウンドして転がった。

天高く浮かぶ太陽を大地へと引きずりおろした黒龍はズシンと地面を砕きながら、自身も地面へと着地する。
そして倒れる相手を見下ろし、詰まった血を荒い鼻息を共に吐き出した。

「フン。お返しだぜ」
「ぐッ…………この」

忌々しげに歯を食いしばりながら立ち上がる。
マスクの下で垂れた血液が拭うまでもなく赤い血煙となって蒸発した。
嘗めてかかった訳でもないが、やはり強い。
目の前にいる男は、間違いなく世界最強の生物であると再認識する。

「おら、お天道様は地面に沈む時間だぜ、恵理子」

腕をグルグルと回して、首をコキリと鳴らす。
その体が近接戦に特化したファブニール・フォームへと変わる。
ドラゴモストロは空中戦はおろか水中戦すら可能だが、やはり得意とするのは地上戦での殴り合いだ。
得意のフィールドに空飛ぶ太陽を引きずりおろした。

「だからって、誰が近接戦に付き合いますか…………!」

太陽を中心として放射線状に閃光が広がる。
光の扇のように広がる閃光、総じて1024本。
そのすべてが光の直進性を無視した曲線を描いて、漆黒の龍を塗りつぶすように収束する。

「――――――鬱ッッ陶しいッ!!!!」

収束した光を殴り飛ばすようにして弾き返す。
弾き飛ばされた閃光はゴールデンジョイのすぐ横の地面を大きく抉り地形を変えた。
まるで虫でも払うような気軽さで光線を払う非常識が、殴れる距離まで近づくべく前へと踏みでる。

踏みでた瞬間、その間合いに入った。
刃のように鋭い閃光が奔る。
それは近づく者すべてを自動で切り裂く自動反撃(オートカウンター)。
抜け目なく黄金の怪人はその領域を敷いていた。
知覚すら不可能な光の刃が嵐となって領域を侵す者へと襲い掛かる。

だが止まらない。
光の刃など存在しないかのような歩み。
何をしたわけでもない。
単純に刃が通じていないのだ。

防御とタフネス。
ただそれだけを極めつくした圧倒的スペックを前に自動反撃など何するものぞ。
ドラゴモストロの歩みは止まる気配すらない。

「やっぱり自動(オート)はダメですねぇ。狙いは強く正確にですかね」

そう言って差し出した指先には光が集約していた。
それは自動反撃で時間を稼いでいる間に溜めた太陽光を凝縮したような濃密な輝きである。
『完全制御装置』によるエネルギー集約。奪い取ったシルバースレイヤーの特性だ。

その光を認めて、ドラゴモストロはようやく一時的に足を止めた。
ディウスの禁術に似ていると直感するが、ディウスは腕だったのに対してゴールデンジョイは指だ、圧縮率が違う。
門を閉じる様にして両腕を顔の前に固める。
腰を据えた受けの体勢だ。

次の瞬間、灼熱の大地を貫くように赤熱色の閃光が音もなく放たれた。

閃光は急所を護る前腕部に衝突する。
その閃光には生き残った参加者全てを一撃で葬り去ることができる威力が秘められていた。
これほどの一撃、直撃すればいかにドラゴモストロとはいえ無事ではすまない。

龍鱗が弾け、ドラゴモストロの巨体が電車道を作りながら押し出される。
押し出されながら腕を捻り、最も固い龍鱗で角度をつけて閃光を受け流す。
逸れた閃光は地面を抉り、地図が書き換わるほどの損害を残しながら世界の彼方まで消えていった。

戦闘に置いてはこの男はバカではない。
受け流す事により、凝縮レーザーをやり過ごした。

次はこちらの順番とばかりに、ダン、と強い足音を立てロケットのような速度で巨体が舞った。
その勢いまま、空間ごと抉り取るような大振りの左を見舞う。

その一撃をゴールデンジョイは光が如き速度で後退し回避する。
地上においても太陽の輝きは変わらず、月光のような冴えを見せていた。

詰めた距離を開かせないとばかりに再度龍が前へと踏み込む。
ゴールデンジョイが高速で異次元な軌道をたどるUFOならばドラゴモストロは一踏みで爆発的加速を行うロケットだ。
直線的な速度ならば負けてはいない。

黄金の残滓を振りまきながら後ろ向きのまま飛行する太陽。
目の前には弾丸のような速度で邪悪に目を光らせる巨龍が迫っていた。
その様はさながら怪獣映画である。
怪獣を撃退すべく、後方に飛行しながら指先からレーザーを連射する。

だが、速射性を重視した攻撃では肉厚なドラゴモストロの防御は打ち抜けない。
この防御を打ち抜くには先ほどの様に溜めがなければ難しいだろう。
速射の手を止め指先に力を集約する。

だが、その隙を待っていたのか、連射が止まったその瞬間ドラゴモストロは一際強く地面を踏み込んだ。
踏み込みの強さに耐えきれず地面が破砕する。

「な…………っ!?」

刹那の拍子に目の前に龍の巨体が出現した。
継続的な速度ならばワイバーン・フォームだが、一瞬の加速ならばファブニール・フォームが勝る。
間合いに入ったドラゴモストロの右拳がゴールデンジョイを捕らえた。

身を庇うようにして咄嗟にガードを差し込むが、防御の上から吹き飛ばされる。
戦艦の砲撃を近接で喰らったような衝撃が全身を突き抜けた。

ゴールデンジョイの体が弾丸のような速度で吹き飛び地面に数回打ち付けられる。
回転して飛行能力でブレーキをかけたところで、ようやく勢いを止め静止した。
ダメージは指先に溜めていたエネルギーをガードする腕に回すことにより軽減した。
そうでなければ如何に神が如き力を得たゴールデンジョイの腕といえども、容易くへし折れていただろう。

「くっ…………」

だが、ダメージは大きい。
そのまま浮き上がり宙へと退避する。

「逃ぃがすかぁよ…………ッ!」

この勝機を逃すはずもなく、黒龍は追撃に走る。
体勢など整えさせない。龍は一直線に太陽へと向かった。

「――――――――かかった」

逃避しながら仮面の下で恵理子が笑う。
駆ける黒龍、その首元が点滅を始める。

瞬間。籠った音が響き、野太い龍の首が爆発した。

恵理子が逃げ込んだここはB-9エリア。
即ち――――禁止エリアである。

既に首輪を解いていた恵理子にとって鼻歌交じりで歩ける散歩コースだが。
龍次郎、いや他の全ての参加者にとっては絶対的な死の領域である。
進入禁止のルールを侵した以上、参加者にもたらされるのは死だ。
この世界はそういう常識(ルール)で動いている。

だが、しかし。
それは常識の範囲内の話だ。
それを無視する規格外は斯様に存在する。

「………………小賢しい、こんな小細工で俺を殺せると本気で思ったのか?」

聞くだけで人が殺せるような怒りの籠った声だった。
首から血煙を上げながら怒気を放つ龍が赤く目を光らせる。
嵌められた事より、この程度で殺せると侮られたことに怒りを覚えているようだ。

参加者を殺すシステムの直撃を受けながら最強の龍は健在である。
それも当然の帰結だ。
あの程度の爆発では最強たる龍次郎の首を断つには至らない。

「あの人に期待した私がバカでしたか。まったくその辺しっかりして欲しいものですよねぇ。
 まぁ、これで殺せるとはあんまり思ってなかったですけどね、実際」

ため息交じりに、やれやれと首を振る。
呆れながらもこの結果は予測していた。
首輪とは参加者を縛り、参加者を殺すシステムだ。
龍次郎に対しても何らかの対策をワールドオーダーが取っているのならあるいは、と思ったが期待外れだ。
あるいは、龍次郎がそれ以上に規格外だったのか。

「ああ――――――なんて理不尽。なんて不条理。なんて滅茶苦茶。それがあなただ大首領」

世界のルールにすら逆らうその不条理を黄金の神人は嘆く様に吐き出す。
あるいは、そうなることを理解していたような諦めの声のようにも聞こえる。

「あなたの前ではどんな小細工も意味をなさないでしょう。
 故に、私は理解しました。あなたを倒す方法は一つだと」

一つ、と立てた指で神が如き怪人は天を指さした。

「あなたが力を振りかざすのならば、それ以上の力で叩き潰す。
 今の私になら――――――それができる」

力を叩き潰すのはより強い力だ。
小細工は無用。
神に至るこの力を持って、最強を凌駕する。
その神からの挑戦状を最強の男は、ふんと一笑に付す。

「テメェじゃ無理だよ恵理子。本気で俺を殺したきゃシルバースレイヤーかモリシゲの野郎を連れてきな」

その言葉に、黄金の神人は仮面の下の目を不愉快そうに細めた。

「…………わかりませんね。社長はともかく、どうしてシルバースレイヤーをそこまで評価するのか。
 私、勝ってますよ彼に。私の方が強いでしょう? それともただの安い挑発ですか?」

このベルトこそ直接対決を制した戦利品である。
シルバースレイヤーよりもゴールデンジョイが優れているという証だ。

「ちげえよ。俺からしてみりゃお前らの強さなんざドッコイドッコイだ。
 けどな、あいつは挑んできたぜこの俺に、何度も何度もな。お前と対して変わらない力で、逃げも隠れもせず真正面からな。
 俺にビビってブレイカーズからケツ撒いたお前とは違う」
「…………別に、あなたにビビって逃げたわけじゃないんですけどねぇ。もともとそう言う予定でしたし。
 それに今こうして挑んでるじゃないですか」

苦手意識を持っていたのは事実だが、元より裏切る予定のスパイだった。
臆病者の誹りを受ける謂れはない。

「けっ。お前はちょっと力を手に入れたからって調子に乗って仕掛けてきただろうが。
 いいか、確かにテメェは頭がいい。けどな、その賢い頭で勝算があると思った時にしか戦わない」
「それが何か? 戦略とはそう言う物でしょう?」
「そうさお前の言う通りだ。だがな、戦う理由ってのはなそう言う小賢しい理屈じゃねえだろ。
 そんなものを振りかざしてるからお前は俺に勝てねぇんだ」
「なにをバカな。そんなだから貴方の組織の怪人たちはヒーロー相手に無惨に爆死し続けるのです。
 そんな精神論がなくても勝てますよ」
「そう思うんならやってみな」
「――――言われずとも」

天を指す指先に小さな火が灯り、打ち上げ花火のようにすーと天高くへと舞い上がった。
その光につられるように龍の瞳が空を見上げた。

瞬間、太陽が地に落ち闇を取り戻した夜の空が再び白み始める。
天に舞い上がった炎の渦は原初の惑星のように赤く溶岩のように蠢いていた。
炎が火球の周囲を渦を巻くたび球体は徐々に肥大化して行く。
その大きさはあっという間に天に浮かぶ月を超え、空一杯を埋め尽くす。

もはや昼よりも明るい白に空が染まる。
それはまさしく新たに生み出された太陽だった。

「―――――――――堕ちろ」

天を指す指が振り下ろされ、最強を謳う龍に向けて突きつけられた。
それに従うように、ゆっくりと太陽が墜ちる。
いや、火球のあまりの巨大さに相対的にスローに見えるだけだ。
実際は全てを飲み込むほど巨大な質量が躱しようのない速度で墜ち行く。

その接近に伴い、燃え上がるほどの熱風が大地を攫う。
既に燃え尽き灰となった草木が薙ぎ払われてゆく。

龍次郎の視界が世界ごと飲み込むような圧倒的な赤に染まる。
一か八かワイバーン・フォームの高速移動であればギリギリ離脱できる可能性はあるかもしれない。

「がぁ―――――――――――――――――――――ああああああああああああ!!!!」

ドラゴモストロが駆けた。
迫りくる太陽に向かって、真正面から拳を振り上げる。
逃げの選択を取るなど龍次郎に在り得ない。

巨大な熱の塊を拳で打ち抜く。
こんなもの本来であれば押し合いにすらなるはずがない。
だが、この男はその常識を容易く打ち破る。

炸裂音とも爆発音ともつかないくぐもった音が響いだ。
巨大な波のような衝撃が太陽の表面を震わせる。

「――――――――――――おおおおおるるるるあああああああああぁぁ!!」

押し返すように拳を振り抜く。
熱は弾け、巨大な太陽が内側から爆発するように膨れ上がる。
太陽は一瞬大きく光を放つと、周囲に熱風と剛炎を撒き散らしながら霧散する様に消滅した。
黒龍は太陽と打ち合た拳に息を吹きかけ汚れを払う。

「バカな――――――」

これには流石に言葉を失う。
太陽落としは収束レーザー以上の火力を持った攻撃である。
仕留めきれない可能性は考慮したが、こうも容易く跳ね除けられるとは思わなかった。
首輪という鎖が解かれたという事がどういう事か、そこで恵理子は正しく理解する。

幾つかの首輪には強すぎる参加者の制限という役割が科せられていた。
龍次郎にかかった制限は防御力の低下だ。
水爆すらも退ける漆黒の龍鱗を、殺せる強度まで落とす。
そんな枷がかけられていたのだ。

つまり首輪と言う戒めが解かれた今、ここに水爆すら退ける世界最硬の龍鱗が復活したのだ。
理論上、この鱗を切り裂けるのは全てを切り裂くシルバーブレードのみである。

「――――――言ったろ? テメェじゃ無理だってな」

ギリと歯噛みする。
そして取り直し、吐き捨てるように笑う。

「シルバーブレードはあっち持ちですが、全てを切り裂く月の力なら我が身にすでにあるんですよ」

月光が如き銀の刃が掌に顕現する。
刃は猛き炎を纏い、黄金の刃として形を成す。
掲げた刃は徐々に厚みを増してゆき、それこそ山のような巨大な刀身となる。
見上げるほど巨大な刀身からは風景が歪むほどの熱量が常に放たれ続けていた。

宙に舞い全身で振るうようにして沸き立つ猛き黄金を振り下ろす。
咄嗟に身を躱した龍の鼻先を灼熱がすり抜け、斬撃が地面を両断した。
数百mに渡る断面が赤くマグマの様に沸き立つ。
この超高熱を帯びた刃ならば、最堅の龍鱗すら切り裂くだろう。

「ハハッ。どうしたんです大首領。攻撃を避けるだなんてアナタらしくもない」
「ケッ。あんまりトロいんで思わず躱しちまっただけだよ……!」
「だったらぁ――――受けてみて下さいよぉ!!」

狂気のような叫びと共に、惑星ごと切り裂くような一撃が再度振り下ろされる。
触れる全てを融解させる太陽剣を前にしながら、漆黒の巨龍は不動。
宣言通り、腰を据え避けることなく真正面から迎え撃つ。

「ッおるらぁああああああああ――――――――ッッ!!!」

怒声のような雄叫びが灼熱の大気を震わす。
両の拳を振り上げ、振り下ろされた刃を挟むようにして受け止める。
白刃取り、と言うよりは殴って止めたと言った方がいいくらい乱暴なやり方だった。

だが、この剣は触れるだけで猛毒だ。
太陽に匹敵する高熱を帯びた刃に触れる拳の龍鱗が、沸き立つように徐々に赤熱化してゆく。
ピシピシと破滅の音が響き、罅が広がり砕けて散った。

だが砕けたのは龍鱗だけではない。
同時に拳を押し当てた部分から蜘蛛の巣の様に罅が広がり、太陽剣がバラバラに砕け散る。
オレンジ色に発光する美しい破片が舞い散り、幻想的な輝きが辺りを照らした。

龍はそれに背を向ける様に、ぐるりと身を翻して回転する。
舞い散る破片を尻尾で弾き飛ばし、散弾となった刃がゴールデンジョイへと襲い掛かった。

月と太陽の力が込められたこの刃はドラゴモストロすら切り裂く力を持っている。
自ら生み出した物とはいえ、破片すら喰らうのは危険だ。

黄金の怪人は空中でジグザグの軌道を辿り、破片を掻い潜る。
だが、細かい散弾全ては躱しきず、小さな粒子のような棘が腕にチクチクと突き刺さった。
大したダメージではないが、これは屈辱だ。

攻撃を返された、と言うのもそうだが。
集中レーザーも太陽落としも太陽剣も、ここまでに行った尽くを跳ね除けられている事実が。
これが首輪の枷から解き放たれた本来のドラゴモストロの力だと言うのか。

「……おかしいですね。あのマッドサイエンティストによれば出力なら私の方が上回ってる筈なんですけどねぇ」

月の力を取り込み、勝てると確信した。
恵理子自身もそれだけの力の充実は感じている。
だと言うのに仕留めきれない。
あの天才科学者の計算が狂っていたのか。

「いいや、兇次郎の野郎は間違っちゃいねぇさ」

愚痴のような独り言に、意外にも返る声があった。
答えたのは当事者である張本人。
己が最強を疑わない男が、ルナティックフォームとなったゴールデンジョイが自らを上回っていることを認めた。

「――――――だがな、兇次郎が超えられるつったのはその時の俺と比べての話だろ?
 それがいつの話からは知らねぇが、お前がウチにいたのなんて何年前だよ?
 確かに、今のお前は昔の俺より強くなったかもしれねぇ。だがな、俺は日々長し進化してんだぜ?
 群がるヒーローどもを蹴散らし、シルバースレイヤーと闘りあってよ。
 今日だってそうだ。魔王ディウスと言う強敵とギリギリの死闘を繰り広げ、また一つ俺は成長した。
 つまりは――――――今のお前は、今の俺よりも弱ぇえ……!」

無茶苦茶な理論だ。
だが、絶対的な力を持つ男の言葉には妙な説得力があった。
何より、こうして押されている事実をどう説明する?
奥歯を噛み締め恥辱に頭が焼き切れそうだ。
その熱を吐き出すように息を吐して沸騰した頭を冷やす。

「認めましょう。貴方は私より強い」

認めよう。
月の力を得た恵理子よりも、龍次郎の方が強い。
その発言に、黒龍は意外そうに片眉を吊り上げた。

「あんだよ。妙に素直じゃねぇか。そりゃ負けを認めるってことか?」
「まさか、強い方が勝つとも限らないという事ですよ、勝負ですから」

恵理子の目的は最強を証明する事ではない。
今の彼女は最強を是とするブレイカーズではない。
彼女は悪党商会。その一員として役割を果たす。
そのために最強は必要ない。強い方が勝つとは限らないのが勝負である。

「違うね。勝負ってのは強い方が勝つのさ」

だが、龍次郎はそれを真っ向から否定する。
強さを至上とする価値観。
それこそが龍次郎の、ブレイカーズの基本思想だ。

「そうですか、けど――――」

仮面の下で恵理子は下卑た笑いを浮かべ、悪党らしく最低の領域に踏み込む。
最早手段は選ばない。
そう彼女は悪党。
あの日からたった一人の我である。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

未来が知れてるって絶望だ。

私は産まれた時から自分は特別なんだって理解していた。
平行世界に存在する自分自身と記憶を共有できる。
そんな力を持って生まれて、物の道理が分かる年の頃にはその全てを正しく把握していた。

何故こんな力があるのか。
何のためにこんな力があるのか。
何一つ分からず、強制的に生き方を決定づけられる。

まるで呪いだ。
未来は未知だからこそ希望があって、決まっている未来など呪いでしかない。

正しき生き方。
それは何とも素晴らしい。

正義のヒーロー。
それは何とも素晴らしい。

誰からも慕われ敬われる人格者。
それは何とも素晴らしい。

数多の世界で私はそういう素晴らしいモノとしてあった。
そんな生き方を他でもない自分が何の疑いも持たずしているという情報がやってくるたびに吐き気がした。

私だけが違う。
私だけがそんな自分に疑問を持っていた。
私は世界の中でも異端であり、私の中でも異端だった。

ああなんて退屈。
先の見えた絶望の日々。
そんなものは嫌だと、足掻いても意味はない。
きっと私は何物にもなれず。
判を押した様に、私は私になるだろう。

だが私は出会ったのだ。

悪党という希望に出会った。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「そうですか、けど――――ミュートスさんは死にましたよ」

龍次郎に対して持ちうる最大のカードを切る。
だが、その言葉を龍は下らないと笑い飛ばす。

「はっ。何を言うかと思ったら。テメェが殺した訳じゃねぇだろうが」
「そうですね、けれどあなたの言う強さなんてそんなモノという事ですよ。
 愛する者も守れないそれが強さと呼べますか?」
「揺さぶりのつもりか? 下らねぇ」

ミュートスの死は龍次郎にとっては既に乗り越えた話だ。
愛した女の死とはいえ今更この程度で揺さぶられる龍次郎ではない。
だが、悪党は続ける。

「貴女の愛する女も愛する我が子も無惨に死にましたよ。
 ただ己が強いだけの在り方など、そんなのはただの弱者ではないですか」
「…………あぁ? 何言ってやがる?」

一つの単語が引っ掛かり。
本当に意味が分からないと言った風に聞き返す。

「おや、ご存じなかったんですか―――――?」

神の顔がこれ以上ないほど凶悪に破顔する。
この会場に来て偶然盗み聞いた、龍次郎にとって致命的である情報を明かす。

「妊娠してらしゃったらしいですよ。ミュートスさん」
「――――――――――――」

その言葉の槍は太陽の衝突よりも龍次郎に衝撃を与えた。

一瞬の空白。
完全に龍次郎の動きが止まる。
それは隙だらけの様に見えてこれまで隙らしい隙を見せなかった龍次郎が初めて見せた決定的な隙だった。
そんな決定的勝機を見逃すはずもなく、閃光が鱗のない左胸を貫いた。

「ゴッ…………!?」

無防備な状態では踏ん張りも効かないのか、バランスを失い龍がたたらを踏んだ。
胸に開いた穴から大量の血が吹き出し、外気に触れて蒸発していく。
これほどの勝機、一撃で終わるはずもない。
追撃は止まらない。

一撃。
二撃。
三撃。
四撃。
五撃。
容赦などない。
鱗のない肉ならば速射で貫ける。
矢継ぎ早に放たれた閃光は的確に急所を貫き、そのたび龍が躍る。

だらしなく開かれた龍の口から赤い煙が上がる。
ドラゴモストロの体に次々空洞が開けられてゆく。

「トドメです」

指先に光が集約する。
巨体がグラつき、最強の怪人が倒れる時が遂に訪れた。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

人目につかない山奥に拵えられたボロく狭い研究室だった。
研究室と言っても大した設備もなく、書類よりも散らかった酒瓶の方が多いようないい加減な物である。
狭い部屋に数名の男たちは集い、世界征服という夢物語を語るそんな場所。
ここがブレイカーズ始まりの地。

それは秘密結社と言うよりも豪華になった子供の秘密基地のようであった。
傍から見れば下らない集まりだっただろう。
だが誰もが本気だったし、誰もが心より愉しんでいた。
同じ一つの夢を見ていた。

少年、剣神龍次郎もその一人だった。
正規のメンバーではなかったが誰よりも頻繁にアジトへと顔を出し。
首領の甥という立場もあってメンバーから可愛がられていた。

「…………何してるのシゲさん」

電気もついていない夜の研究室。
いつものようにアジトへと顔を出した龍次郎はそれを見た。

開いた扉から漏れる明かりだけが室内を照らしていた。
不確かな明かりを頼りに室内を覗く。
そこには血濡れで倒れる数名の男たち。
その中にはブレイカーズ初代首領である叔父の姿もある。

そしてただ一人、死屍累々の部屋の中、返り血を浴びて立っている男がいた。
それはブレイカーズの研究員である森茂だった。
森は悪戯がばれた子供の様にまいったなぁと頭を掻く。

「悪い子だ。こんな時間にまでやってくるだなんて」

いつもと変わらぬ気のいい笑顔を浮かべた。
それは少年が慕っていた男の笑顔その物だった。

朝方にはいつもの様に笑いながら夢を語り合って人たちが血の海に沈んでいる。
その輪の中で笑っていたこの男がそれを実行したのだ。
この状況で何故そんないつも通りの笑顔を浮かべられるのか?

「本当にすごい人だよ正太郎さんは。
 こういう発想力と実行力は中小組織だからこそなのか、いやはや見習うべき所だねぇ」

そんな事を聞いているのではない。
日常会話の様に自らが殺した相手を褒め称える。
龍次郎には最早目の前の男が理解不能の不気味な悪魔にしか見えなかった。

「ねぇ…………答えてよ」

吐き気と眩暈を押さえながら、もう動かなくなった叔父たちと不気味な男を交互に見ながら震える声で問う。
返答代わりに紙の束が足元に放り投げられる。
『全世界無差別怪人化計画』
数滴の返り血がついた表紙にはそう書かれていた。

「全世界の人間を自動的に怪人とする。最高にバカげた素晴らしい発想だ。実に面白い。
 だけどそれは、夢物語で終わっているうちの話だ」

計画の内容を具体的に聞かされそれが実現可能な計画であると気付いた。
だから、殺した。

「だってここはそういう組織じゃないか!」

少年は叫ぶ。
弱小なれど、悪の秘密結社である。
悪を成して何が悪いと言うのか。

「違う違う、そんな理由じゃない、別に悪だとか正義だとかそういうのはどうでもいいんだ。
 問題はこの計画が良くも悪くも世界を変えてしまう計画だという事だ」
「どういう、意味…………?」
「世界のバランスを崩す。そんなのは困るんだよ。正義も悪も変わることなく遊んでいればよかったのに」
「何を言ってるの……シゲさん?」

寒気がする。
目の前の男がとてつもなく悍ましいモノの様に感じられる。

「世界は俺が管理するんだ。そのバランスを壊すような輩は俺が排除しなくっちゃ」

世界管理。
それは世界征服よりもより深い狂気だった。

「裏に深く踏み込みつつ弱小組織であるというのはいろいろと都合がよかったんだが、この場所に居られるのもこれで終わりか。
 それなりに気に入ってはいたんだがね、まあこうなってしまった以上は仕方ない」

叔父の死を、仲間の死を、ブレイカーズで過ごした日々を。
仕方ない。
この男はそのたった一言で済ませた。
その態度が許せなかった。

「――――――――モリシゲェ!!」

激昂のまま殴りかかった。
だが、あっさりと攻撃は躱され、蹴りを腹部に喰らう。
ゴミの様に吹き飛ばされ、作業机に強く背中を打ち付け動けなくなる。

「…………ぅう」
「弱い。弱いなぁリュウ。こんなに弱いお前に、一体何ができると言うんだい?」

この時の彼には相手を倒す力も。
慕っていた相手を殺す覚悟もなかった。
力のない人間には何もできない。

「今のお前は殺す価値もないよ。世界に何一つ影響を与えられない、何一つ変えられない、染みにすらなれない弱者だ」

倒れる龍次郎の横を取り過ぎる。
立ち去ろうとする男を止めることなど出来なかった。
何一つできなかった。

振り返って、憐れに俯く敗亡者に告げる。

「俺に殺してほしいのなら強くなることだ。そうだな…………それこそ、世界を歪めるくらいに」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

死にかけていた目が見開かれ、光が灯る。
グラついていたドラゴモストロは倒れるどころか前に出た。
放たれ続ける熱線を躱すでもなく、喰らい続けながら加速する。

「――――――――俺は強えぇえッッッ!!!!」
「なっ――――!?」

放たれた閃光が空を切る。
気付けばドラゴモストロはワイバーン・フォームとなっており、超低空を高速でフライトしていた。
トドメと放たれた閃光はその上を抜け龍の背中を抉るにとどまった。
重戦車の如き突撃を受ける。
その勢いのままタックルを決めて、抱きしめる様に手を回す。

ゴールデンジョイの体は常に高熱で包まれている。
最堅を誇るファブニール・フォームならまだしも、防御の薄いワイバーン・フォームではその熱に耐えられない。
接触面からその身は紅蓮に細胞が燃え上がるだろう。
だが、ドラゴモストロは手を緩めなかった。

力に劣るワイバーン・フォームとはいえ、剛力は健在。
体中は穴だらけだと言うのに、簡単には抜け出せない。
そのまま締め上げるつもりか、それとも投げ飛ばすのか。
恵理子は次の展開を予測するが、どちらも違った。

そのまま駆け抜けるように押し出される。
龍は地面を蹴って、ロケットのように飛び立った。

「ぅぅおるるるるるるるあああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ぅ――――――――――――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!?」

裂帛の叫びと絶叫を置き去りにして光が空を流れる。
高速で風景が流れてゆく。

この孤島の切れ端を超え、海へ。
見下ろした先に映るのは、ゴールデンジョイの輝きを照り返す一面の黄金の海となった。

「…………ケッ。なんだ海しかねぇな」

苛烈な男らしくもない酷く穏やかな声だった。
全身を灼熱に焦がしながら、流れる風景を眺めてどうでもいい感想を述べる様に呟く。

まるで無限に続くような海。
大陸は端すら見えず、島一つない。
まるでここから先は作ってないゲームの外部領域のようである。
本当に何もない。

「くっ! ッ…………どこに!?」

行こうと言うのか。
互いに首輪の縛りがなくなった以上、理屈的にはどこまでも行ける。
だが恐らくどれだけ進んでも到達する場所は変わらない。
そもそも何が狙いだ。
その疑問に答える様に、ドラゴモストロの飛行する軌道が変わった。

「ま、さか………………!」

龍次郎の意図を恵理子は察する。
更に言うならば、龍次郎以上に正しくその先に何が引き起こされるかを理解した。

恵理子を抱えたまま龍次郎は海に突っ込むつもりだ。
恐らく太陽を水中に落としてその熱を冷ましてしまおうという腹だろう。

だがそれは物理現象を理解してない龍次郎の浅知恵だ。
太陽にどれだけ水をかけたところでその熱は消えるものではない。

そもそも太陽は酸化反応によって燃焼している訳ではない、そのエネルギーは重力圧力によって引き起こされる核融合反応によるものだ。
核融合を引き起こす恒星の大質量の重力を、人間大の小質量で再現するための『無限動力炉』であり。
これがある以上、水で燃焼を消化したところで何の意味もない。

問題はそこではない。
問題は龍次郎が想定すらしていない当たり前の化学反応だ。

ゴールデンジョイの体は擬似的な核融合反応により高熱化しており、それを大量の水の中に高速で投下すればどうなるか。
急激な気化により、体積が蔵した水蒸気により引き起こされる現象。

即ち、水蒸気爆発である。

飛沫を上げ太陽が音速で大海に放り込まれる。
時間が止まったような一瞬の真空。
直後、音が世界を揺るがした。

キノコ上の雲が巨大な輪っかとなって広がってゆく。
海と空が入れ替わり、周囲全ての海水が巻き上がって天に至るほどの巨大な水柱となって渦を巻く。
周囲に飛び散った海水は空を覆い、海底とは思えぬ平らな海底が露わになった

平らな岩の大地に浮き上がった大量の海水が雨となって降り注ぐ。
雨粒は起立する巨大な影を打ちつける。
健在を示す漆黒の龍。

「………………あんだぁ? いきなり爆発なんかしやがって」

吐き捨てるように呟く。
ここに至ってもまだ何故そうなったのか理解していない様子であった。
水蒸気爆発の直撃を受けながらも生きている。
水爆にも耐えられるのキャッチフレーズに偽りなどない。

だが、水爆にも耐えられると言っても、無傷でいられるという訳ではない。
確かに最堅を誇る龍鱗は健在なれど、身からは剥がれその多くは海の藻屑となって消えた。
水蒸気爆発の直撃を受けたダメージ其の物も体に蓄積されている。

「な、なんて…………無茶苦茶、な……」

水蒸気爆発の爆心地そのものである神人もふらふらと立ち上がった。
爆発の瞬間、エネルギーを制御し全身にバリアを張ったのだ。
そうでなければこうして五体無事ではいられなかっただろう。
それでも負ったダメージは甚大である。

だがそれでも無限の動力を持つ太陽だ。
放つ熱量は変わらず、引き戻ってきた海水が神の如き黄金の怪人を中心として割れ広がる。
太陽の放つ圧倒的な熱によって蒸発しているのだ。
ライデンフロスト現象によって球体状の水滴が躍る様に天を覆っていた。
まるで海を割ったモーゼのようである。

遥か海底の大地。
海底の太陽を中心にドーム状に切り開かれた決戦場が完成する。

「…………いい加減、倒れてくれませんかねぇ。
 あなただってそろそろ限界でしょう?」

全身に力を籠めて筋肉の収縮で止血こそしているものの、幾つも空いた体の穴は塞がっておらず。
高熱体であるゴールデンジョイを強く抱きしめていた腕と胸は溶け落ちた様に爛れれている。
幾らなんでもこれでダメージがないなんてことは在り得ない。
この男にだって限界は必ずあるはずだ。

「そうだな」

意外なほどあっさりと肯定する。

「だから――――――次の一発で終わらせる」

拳を堅く握りしめる。
それは次の一発で終わらせようという決闘の誘いだった。
海底の決戦場(コロシアム)。
決着をつけるにはおあつらえ向きの舞台だ。

「いいでしょう。いい加減にこれで終わりにしましょう」

これを受け両手を合わせ広げる。手の内より灼熱の刃を産み出す。
先ほどの巨大な刀身ではなく、手で振るえる日本刀ほどの大きさの刀身である。
無限動力炉を持つゴールデンジョイにエネルギー切れなどない。
刃の熱や切れ味が鈍ることもない。

最後に頼るのがシルバースレイヤーの十八番というのが気に食わないが、確実にドラゴモストロの首を落とすにはこれしかない。
この攻撃が有効であると言う事実は、他でもない、あのヒーローが証明している。
これが最善手だ。

対するドラゴモストロはただ力を溜めるように拳を握りしめるのみである。
握りしめるだけで圧縮ダイアモンドを作れるような超握力。
ただ強いと言うのは思わず引き寄せられてしまいそうな魔力がある。

そんなものは錯覚だと首を振り、迷いを断ち切る。
剣神龍次郎が最強であると言う幻想を破壊するのだ。

「では――――行きます!」
「来やがれ――――ッ!!」

光のように駆ける。
拳と剣。
互いに近接にして、互いに必殺。
故に、これは如何に早く必殺の一撃を叩きこむかの戦いだ。
人知を超えた両者の交錯は一瞬で決着がつくだろう。

駆ける軌道は最短。正々堂々真正面から。
そう、この近藤・ジョーイ・恵理子らしく正々堂々。
正々堂々と――――出し抜く。

瞬間。ドラゴモストロの背後の海中に忍ばせていた光体を引き寄せ出現させる。
光体は光の槍となり背後から龍鱗の剥げた急所を的確に貫いた。
巨龍の体制が崩れる。
その隙に合わせて、首を狩るべく太陽剣を振るった。

灼熱の断刃。
この一撃は避けられない。
次の瞬間、確実に首を断つだろう。

「なっ」

だが、響いたのは首を断つ音ではなく驚愕の声。
刃を振るうその腕が止まる。
確実に首を断つその一撃はしかし、強靭な咢に咥えられ、差し止められていた。

「ぐるるるるぅううううう!!!」

口端から赤い煙を吐きながら獣のような呻りを上げる。
咥える刃は太陽そのものという熱を内包しており、龍の牙が徐々に赤く融解してゆく。
ゴールデンジョイは刃を引くがびくともしない。
恐ろしいまでの咬筋力は緩むことがなかった。

刃を咥えたまま龍が首を大きく振り回す。
つられて剣を引いていた黄金の怪人の体も振り回された。
勢いよく首を縦に振るい地面へと叩き付ける。

「ガ………………ッ!?」

背を打つ衝撃に刃から手を放す。
龍も刃を吐き捨て、地面に叩きつけられた太陽が再び立ち上がらぬよう片腕で押し潰すように抑え付けた。
もう片腕は固く握りしめたまま、これからこの拳で殴りつけると言わんばかりに。

ダメージも疲労もあるはずなのに、抑え付ける力は相変わらず規格外。
無限動力炉を持つゴールデンジョイの力をもってしても抜け出せない。
どころか、余りの圧力に指一本動かすのも困難だ。

「こ………………のぉッ!!」

地面に抑え付けられたまま、敵を睨む。
その瞳が黄金に輝く。
それは完全制御装置により眼球にエネルギーを集中させた凝縮レーザーの応用だ。

この一手は読めなかったのだろう。
両目から走る熱閃が首輪の爆発によって抉れた首元へと直撃した。

負荷により激痛が走る瞳で、与えた傷を確認する。
首が抉れ、ゴポリと龍の血が零れた。
傷口から背後の海すら見える。間違いなく致命傷。
勝利を確信する。

だが、おかしい。
ゴールデンジョイを抑え付ける腕の力は緩む様子がない。
むしろ力を増したように押さえつけられた胸部が軋みを上げた。

握りしめる拳が臨界に達したように振り上げられる。
握り締められた拳はブラックホールができるかのような凄まじい圧力があった。

「ちょ、まっ…………!?」

地上最強の男の全身全霊を込めた一撃が振り下ろされる。
それは核弾頭より凄まじい、世界が震撼する一撃だった。

漆黒の拳は黄金の怪人の胴体へと叩きつけられた。
胴体を貫く衝撃は地面をも突き抜け、惑星の中核まで響き渡るような衝撃が奔る。
余りの衝撃に次元が揺れる。
周囲の海水は震えながら弾けてゆく。
地底が砕け世界に新たな海溝が生みだされた。

腹部を撃たれた衝撃により変身ベルトが音を立てて崩壊する。
これにより、倒れたゴールデンジョイの体から銀の光が放出されルナテックフォームが解除される。
そして次に黄金の光が放たれ、人間体、近藤・ジョーイ・恵理子の姿が露わとなった。

姿が露わになった恵理子は驚愕の表情のまま絶命していた。
世界最強の一撃を喰らって、人の形をとどめている大したものだろう。

自らの勝利を確認したドラゴモストロも変身を解除し人間体へと戻る。
怪人状態で受けた傷は人間体になっても消えることはない。
体にはいつも致命傷となる傷が刻まれている。
背中は骨が見えるほどに抉れ、首には大きな穴がぽっかりと開いていた。。
恐らく龍次郎でなければ7度は死んでいる傷だ。

「…………へっ。だから言ったろうが。俺の…………勝ちだぜ」

勝ち誇ったように呟いて、バタリと倒れる。
その体を流れ込んできた大量の海水が浚った。

ゴールデンジョイの死亡に伴い周囲の海水を推し止めていた太陽の熱が消失したのだ。
海底の決戦場は崩壊し海水が雪崩れ込む。
急激な水流に成すすべなく恵理子と龍次郎の体が流されて行く。
この地において最強の証明を成した龍は、凱歌を謳うことなく自らが生み出した深き海溝の底へと沈んで行った。

近藤・ジョーイ・恵理子 死亡】
剣神龍次郎 死亡?】

148.死なずの姫 投下順で読む 150.人でなしの唄
時系列順で読む
悪党商会の社訓 近藤・ジョーイ・恵理子 GAME OVER
神なき世界の創り方 剣神龍次郎 GAME OVER
音ノ宮・亜理子 HERO
氷山リク

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2018年06月08日 12:49