暗闇が覆う夜の岩山を、一人の青年が静かに登っていた。
風は冷たく、月明かりがほのかに岩肌を照らしていた。
その岩山を登るのは、特に目立った特徴もない、どこにでもいるような普通の青年だった。
確かな足取りから、彼にとって山登りは日常的な趣味なのだと伺えた。
青年の名は並木旅人。
旅行が趣味のどこにでもいるごく普通の青年である。
青年は山頂を目指して岩山を登っていた。
開発されていない天然の岩山には、登山道などという気の利いたものは存在しない。
なめらかな岩肌では、油断すれば足を滑らせて滑落しかねない。そうなれば、いかに現代人といえども無事では済まないだろう。
男は注意深く岩肌にそっと触れ、滑り止めのように粗く冷たい手触りを頼りに、慎重に足場を選びながら進んでいた。
山慣れした旅人にとって、夜の山で小動物の足音すら聞こえないのは不気味だった。
そんな岩山を、わずかな月明かりだけを頼りに登っていく。
足元に広がる漆黒の闇を前に、体の重心を低く保ち、バランスを崩さないよう慎重に進む。
デジタルウォッチにはライト機能があるが、こんな闇の中で光を灯せば自分の居場所を知らせるも同然だった。
殺し合いの場で呑気に登山を楽しんでいる男は、状況を理解していないわけではない。
正しく状況を把握したうえで、このような『普通』の趣味を行っているのだ。
このような状態でこうして登山を楽しんでいる理由は、ただの気まぐれだった。
転送された初期位置が岩山の山腹だったので、せっかくだから頂上まで昇ってみようというただそれだけの発想である。
誰にでもある何気ない好奇心と気まぐれだが、状況が違えばその行為は異常ともいえよう。
何せこの場所は地の底の底。凶悪犯同士の殺し合いが行われる場だ。
普通を保つこの男が、果たして正常といえるのだろうか?
彼の記憶には欠落がある。
なぜ忘れているのか、何を忘れているのかすら覚えていない。
博識だったかと思いきや、穴だらけのチーズのように、肝心な知識が抜け落ちている。
だから、何故自分が最悪の流刑地アビスに収監されることになったのか、その理由がわからない。
ただ、自首しなければならないという強い目的意識に駆られていた気がする。
とはいえ、犯行の瞬間の記憶もなければ、罪の意識もない。
少なくとも、自分が後ろめたいことをしてきたとは思えないのだ。
だから、もしかしたら冤罪なのかもしれない、なんてアビスに墜ちながらも呑気に考えていた。
なにせ、こんなに普通の自分が大それたことなどできるはずがない。
ごく普通の良識と、ごく普通の感情を持った、どこにでもいる普通の人間。
それが、並木旅人という存在である。
標高が上がり、空気がわずかに澄んできたのを感じ、彼は山頂が近いことを察した。
やがて彼は目的地にたどり着いた。
「これは…………」
岩山の頂上に広がっている予想外の光景に、旅人は思わず息を飲んだ。
頂上で旅人を待ち受けていたのは、神秘性すら感じさせる不思議な光景だった。
それは、空中で眠る少女だった。
まるで人形のように整った顔立ちの少女が、無重力の世界で宙に浮かび、胎児のように丸まっている。
金糸の髪は夜空に溶け込むように広がり、薄い光をまとって星のように煌めく。
透き通る宝石のような青い瞳は閉じられ、誰も知らない夢の深淵を覗いているかのよう。
微かに零れる寝息は音もなく漂い、ゆらりと虚空へ広がるように溶けていった。
まるでおとぎ話の1ページのような、誰もが目を奪われる光景である。
だがそれを前にしても、旅人は飲みこまれず状況把握に努めていた。
今の時代、飛行能力で人が空に浮かぶくらいは、それほど珍しいことではない。
本人の力ではなく、誰かの念動力を受けている可能性も考えたが、見通しの良い山頂にそれらしき影はない。
少なくとも少女の浮遊は、少女自身の超力によるものだろう。
「…………ふむ」
旅人は月明かりを頼りに辺りを見渡す。
その洞察力は、少女の周囲に浮かぶ小石の動きを見逃さなかった。
これは単なる飛行能力ではなく、重力操作の類だろう。
旅人の持つネオス『幻想介入/回帰令(システムハック/コールヘヴン)』の発動条件は三つ。
対象の超力を理解する。
対象を視界に収める。
そして最後に害意をもって「コールヘヴン」と唱える。
少女の超力は領域型の重力操作だと、断片的ながら理解できた。
目の前にいる少女に対して、完全ではないが、超力の発動条件は満たしている。
だが、もちろん攻撃などしない。
“攻撃できる”ことと“攻撃する”ことはまるで別物だ。
できるからやるという破滅的な人物も、このアビスには少なからずいるが、旅人は違う。
ごく一般的な良識を持つ『普通』の人間にとって、無防備な幼子を攻撃する理由などあるはずもなかった。
刑務作業と言う大義名分はあれど従う理由もないだろう。
だからといって、このまま飛びきりの凶悪犯が集う殺し合いの場に幼子を放置していいものか。
普通の良識があれば、無防備に眠る少女を見捨てられないだろう。
しかし、だからといってどうすべきか?
近づいて肩を揺すり、注意喚起を促すか?
そのためには、渦巻く無重力空間に踏み込む必要がある。
言うまでもなく、それは危険を伴う行為だ。
遠くから大声で呼びかけるのも、不用意に危険な輩を呼び込む恐れがある。
下手をすれば自身のみならず少女の身を危険にさらす可能性すらあった。
危機管理の観点から見ても、あまり推奨できる行動ではないだろう。
なにより、名も知らない少女のために自分の命を危険にさらすのは天秤の釣り合いが取れない。
君子危うきに近寄らず。
小市民的な判断だが、これもまた『普通』の発想と言える。
頂上に登るという当初の目的も果たした。
旅人は未練なく少女から視線を外す。
そして下山の準備を始めようとしたとき、頬に冷たさを感じた。
雨だ。
雨が降ってきた。
それは大海賊が生み出した嵐の端だった。
効果範囲にぎりぎり届こうかという、何とも珍しい雨の切れ端である。
それが、避けられそうな切れ目だったため、反射的に旅人は雨粒を躱すべく、何気ない様子で一歩、踏み出した。
すると、旅人の体はふわりと宙へ浮かび上がった。
超力攻撃を受けている。
どうやら、無重力の領域に踏み込んでしまったらしい。
少女の超力範囲を見誤ったのだ。
だが、まだ慌てるような事態ではない。
領域型の超力ならば、その領域から出ればいいだけの話だ。
相手に敵意があれば話は別だが、使い手らしき少女は敵意はないどころか眠っている。
旅人は慌てることなく無重力の領域から抜け出ようと体を動かそうとして。
その体はスッ転ぶように前方に回転した。
「!?」
外部からの攻撃ではない。
これは何者かに転ばされたのではなく、旅人自身が自分で転んだのだ。
訳がわからないが、そうとしか言いようのない現象だった。
精神干渉ではない。
元来、旅人は精神干渉を受け付けない。
もしこの超力が旅人の精神を操る能力ならば、最初から通用するはずがないのだ。
となれば、答えは明白だ。
干渉を受けているのは旅人ではなく、この世界そのものが“違う”のだ。
世界が、世界観が違う。
この領域では根本から世界の法則が違うのだ。
手を動かそうとすると瞼が閉じる。
足を動かそうとすると腰が曲がる。
ここは、そういう世界なのだ。
旅人は一瞬でその理不尽な世界の法則を読み取り、意識を切り替える。
少女にその意図があるかどうかにかかわらず、これは旅人の命を脅かす『攻撃』に等しい。
自衛のためならばやむを得ない。
旅人は少女を視界に収め、躊躇なく己が超力発動の言葉を口にしようとした。
だが発声もまた、この世界の法則に飲み込まれているようである。
超力発動の合図は意に反して、肩をぐるりと回してしまうだけに終わった。
1メートル足らずの距離を戻るだけの事が、ここまで難しいとは。
これは想像以上に厄介な状況だと今更ながら悟った。
そんな状況にありながら、旅人は慌てるでもなく己の状態を顧みる。
思考は正常。いつも通り『普通』だ。
ならば、体が動かない代わりに頭を使えばいいだけ。
呼吸や心拍は正常に機能している。
無意識に行われる生体反応は書き換わっていない。
おそらく意思を介する動作だけがこの新たな法則に置き換わっているようだ。
指を動かす。動くのは首だった。
手を動かす。瞼が閉じられた。
腕を動かす。足の指が動いた。
同じ操作をすれば同じ部位が動く。
つまりは、規則性がある。
ならば、一つ一つ解き明かせば、この世界で動く術を獲得できるかもしれない。
旅人は圧倒的な解析力で新世界の法則を読み解いていく。
反応が混ざらぬよう一つずつ動作を試み、結果を記憶していった。
まるで絡まり合った毛糸玉を一本ずつほどいていくような地道な作業だった。
「エッ――――!」
幾度目かの検証で、左足の薬指を動かすと声が出た。
どうやら発声に関するコマンドはこのあたりらしい。
続けて別の発声を試そうとしたところで、夜の岩山に風が吹いた。
あるいは、それも大海賊の発した嵐の一端だったのだろう。
発した夜風が、旅人の全身を撫でるように吹き付けた。
「ッ!?」
瞬間、旅人の呼吸が止まる。
この世界で変わっているのは、体の操作だけではない。
自然環境や物理法則ですら変質している。
夜風はネバついた膜となって、旅人の顔面に張り付いていた。
口と鼻を僅かに塞がれ、正常な呼吸が阻害される。
今はまだ僅かな隙間があるため、困難ではあるがかろうじて呼吸はできている。
だが、風はまだ吹いている。この調子だと、いずれその隙間も完全に塞がるだろう。
しかし、そんなものは普通なら手で拭うだけで済む話だ。
同じく夜風の膜を受けた少女は、猫のように寝相を変えながら何気なくそれを払いのけている。
だが、旅人には手の動かし方がわからない。
まだ解析はそこまで進んでいない。
口元を拭うと言うただそれだけの行為が、どうしてもできなかった。
いよいよもって直接的な生命の危機だ。
だが、旅人は恐怖を感じることなく思考を巡らせ続けていた。
正常なものが思考だけと言うのなら、より早く、より深く思考を続けるだけである。
脳のシナプスは巡り、記憶細胞が活性化する。
瞬間――――脳裏に、光に包まれ崩壊する世界がフラッシュバックした。
何だ? と思う隙もない。
次々と濁流のように、覚えのない記憶が脳裏に押し寄せてくる。
――人間が弾けるように光の泡となり、崩壊する世界。
――自らの首元に注射器を当てる自分の姿。
――死にゆく、優しい誰かの姿。
脳内で火花が奔る。
意思を持った思考は世界の法則に絡めとられ、記憶再起のメカニズムすら掻き乱された。
脳のシナプスは新世界の法則を辿り、本来開くはずのない封じられていた記憶の扉をこじ開けていく。
――不運続きの人生だった。
――超力とは無関係に、そういう星の下に生まれたのだろう。
――幼いころから常に不幸に見舞われ、周囲にも不幸を撒き散らす疫病神だった。
なんだこれは?
なんだそれは?
これは一体、誰の記憶だ?
――物心の付いた最初の記憶は、両親の死に顔だった。
超力暴走事故。
そんな事故に巻き込まれ、両親は死んだ。
世界が新たに得た力に翻弄されていた時代。
超力が目覚めた直後の過度期にはよくあった事故である。
そう、彼の悲劇はよくある話として片付けられた。
事件ですらなく、ただの事故の一つとして。
それらを特別として扱うには、世界には悲劇が溢れすぎていた。
たらい回しにされるように、さまざまな場所を転々とした。
そのたびに不幸はまとわりつき、多くの悲惨を目の当たりにした。
自分が呪われているのか、それとも世界が呪われているのか、あるいは両方なのか。
幼いころの彼には見当もつかなかった。
その答えは、今でもきっとわからないままだろう。
如何に世界が変革するための痛みだと言われても、当事者からすればたまったものじゃない。
受け入れろと言われても、受け入れられるはずがない。
当然の義憤と、当然の憎悪。
そんな世界は間違いであると、『普通』の人間は思うだろう。
だからこそ彼は、超力を、そしてそれを使う者すべてを、さらには超力社会そのものを嫌悪した。
超力を自滅させるような超力が発現したのも、その心情が根底にあったからなのだろう。
日常生活に何の役にも立たず、ただ超力を殺すためだけの力が。
一人で自立できる年齢になると、逃げるように世界中を旅した。
しかし、どこへ行っても世界は変わらない。
国内でも海外でも、さらに悲惨な光景が広がっているだけだった。
まるで疫病神のように関わる人間を不幸にし、死神のように多くの死を見届けてきた。
こんな世界は間違っている。
間違いは消し去らねばならない。
その思いだけが強迫観念のように強くなっていった。
どこまでも『普通』の男は、当たり前のように超力社会を消し去るために行動し始めた。
世界各地で多くのテロ組織を作り、
世界各地で多くの宗教組織を興し、
世界各地で多くの反社会的組織を率いた。
彼は教祖であり、首領であり、御頭だった。
世界の悪意の多くはこの男から発せられたものだった。
全てはこの世界を否定せんがため、多くの物を壊し、多くの者を殺した。
間違いであるこの世界を否定するために、さらに悲劇を撒き散らし続けたのだ。
彼は世界を救いたかったわけじゃない。
人間を救いたかったわけでもない。
ただ、彼は間違いを正したかっただけなのだ。
そしてその総決算として、あの未曽有の事件は引き起こされた。
全世界でもっとも人口密度が高いとされる都市。
その中心で、彼は自らの首元に注射針を刺した。
その瞬間、彼の超力『幻想介入』はあらゆる条件を無視して、すべての超力者に適用された。
各地で超力者が人間爆弾のように超力を暴走させ光の粒となって消えて行った。
連鎖的に爆破を続ける超力者の爆弾は、超力社会を否定するように都市を吹き飛ばした。
『光の豊島事件』後にそう呼ばれる、一人の男に引き起こされた未曽有の大災害である。
この事件で使用されたのは、暗黒街で精製された最新のドラッグだった。
脳に近い頸動脈に打つことで、脳内に蔓延る菌の活動を暴走させ、限界を超えた超力の行使を可能にする。
ある種、旅人の超力と似通ったコンセプトの薬品は彼とすこぶる相性が良かった。否。相性が良すぎた。
高まりすぎた脳への負荷は、脳細胞を完全に焼き尽くした。
本来であれば一時的なはずの記憶欠乏の副作用も、想定以上の加熱によって脳を焼き切られた彼には取り返しがつかなかった。
それが、彼が記憶を失い、このアビスに墜ちた顛末だ。
気づけば、旅人の瞳には大量の涙が溜まり、頬を伝うことなく無重力に溶けていった。
この世界でも涙は涙として流れるのか。そんな事を思った。
冤罪などではなかった。
己は数え切れない罪を犯していた。
身勝手な欲求のままに、多くの人間を巻き込み、未曽有の惨劇を引き起こしていたのだ。
その事実が、ただひたすらに嬉しかった。
零れるのは随喜の涙。
己は本懐を成し遂げていたのだ。
思うがまま想いを成し遂げていた。
これが喜ばずにいられるだろうか。
ただ、一つだけ、心残りがあった。
あの事件の真の目的はそれだけではない。
これ程の大規模な超力事件を引き起こせば、間違いなく超力社会の中枢たるICNCで裁かれる。
その醜悪なる見世物小屋となった裁きの場で、愚かな聴衆どもを爆散させ、この悪しき世界の象徴たる白き塔を破壊する。
それこそが並木旅人の真の目的だった。
だが、その目論見は失敗に終わった。
自ら出頭までしたというのに、肝心の目的を薬の副作用によって思い出せず、結果的に何もなさないまま死刑判決を受けアビスに投獄されることなってしまったのだ。
同国を故郷とする同世代のミリル=ケンザキは、ニュース越しではあれど『光の豊島事件』をリアルタイムに体験していた。
彼女が犯人である彼の早急な死刑を求めるのも当然だろう。
あるいは、あの管理の怪物オリガ・ヴァイスマンは、彼の意図も、その忘却すらも『把握』していたのかもしれない。
記憶の追憶が完了する。
その頃には、旅人はすでに夜風によって呼吸は完全に塞がれていた。
体がまともに動かない中で、思考だけ不気味なまでに鮮明だった。
旅人には精神干渉に対する耐性がある。
超力に屈する事を拒否する心から生まれた精神耐性は、この不思議な世界でも思考低下を防いでいた。
故にこそ、見ようによっては不幸であるとも言えるだろう。
認知症が死への恐怖を和らげるための麻酔であるという俗説があるように。
訳も分らぬうちに死ねるならば、それは本人にとっての幸せである。
何もできない恐怖の中でただ冷静さを保つのは不幸でしかない。
だが、旅人はそれを不幸とは思わなかった。
窒息死までの数分間。
彼は想うことが出来る。
思い出された己のこと。
己の望む未来のこと。
そう、“希望”の話を。
その希望のために、己が命を長らえるために口元を拭うよりも、優先すべきことがある。
解析に費やしていた全てのタスクを言語の回復、その一点に集中させる。
そして、残されたわずかな酸素を消費して、塞がれた口の中で唱えた。
『――――――コールヘヴン――――――』
音にならない口内で、天国への誘いが唱えられる。
目の前の少女にではなく、この間違った世界に最大限の害意をもって。
その言葉を合図に、超力を否定するために生まれた超力を殺す超力が発動した。
目の前の少女の超力の本質は、嫌と言うほど理解した。
今であれば万全を超えた超力行使が可能だろう。
この超力の本質は世界の改変。
世界を塗り替え、新たな秩序を生み出す超力。
不思議で不条理な、だからこそ何者にも侵されぬ純な世界。
少女の幻想に介入して、その純白を侵す。
脳細胞を弾けさせて限界のその先へ。
不思議で無垢な少女の世界を書き換え、塗り替え、拡大させる。
より攻撃的で、絶望的で、破滅的な終わりの世界に向かって枷を外す。
この世界(あやまち)を壊(ただ)すのに、己の力よりもこちらの方が適している。
この超力であれば、今の世界を塗り替えてくれるはずだ。
適しているのならば、そちらに託すのが“普通”の判断だろう。
その“普通”こそが、彼の希望でもあった。
改変を続けるうち、先ほどまでとは違う温かな涙が旅人の目に浮かんだ。
無重量に留まった涙は光の粒になって天へ昇るように消えていく。
これが、想いを託すという事。
醜い世界を覆す、美しき絆の力だ。
間違いを全てを塗り替える、新世界の嬰児よ。
どうか、この世界を否定してくれ。
どうか、この超力社会を破壊してくれ。
どうか、この新人類を死滅させてくれ。
旅人は生まれて初めて、誰かに希望を託すように手を伸ばそうとする。
しかし、意識とは裏腹に瞼は閉じられ、
そのまま二度と開くことはなかった。
【並木 旅人 死亡】
「ぅ…………ぅん」
周囲の騒がしさに気づいたのか、世界の中心で眠っていた少女が目を覚ました
眠りを妨げられた少女は、不機嫌そうに瞼をこすりながら周囲を見回す。
夜の広がる岩山の山頂。
人工的ないつもの牢獄とは違う、雄大な夜の風景がそこには広がっていた。
そういえば、いつもえらそうなオリガのおじさんが何か言っていた気もするが、0時も近く、おねむだった少女の耳にはほとんどど届いていなかった。
そよ風が心地よく少女の頬をなでると、また眠気の波が少女を襲った。
だが、再び眠りに落ちそうになった少女の瞳に、淡い光が映り込んだ。
それは、夜にひっそり咲く花のように静かな光だった。
少女の世界にそぐわない「死体」は一瞬で風化し、砂のように消え去った。
そこに残ったのは囚人服と電子時計、そして首輪だけ。
ポイント取得可能のサインを示すように、首輪に刻まれた『死』の文字が淡く光りを放ちその存在を示していた。
その儚い美しさに惹かれたのか、少女は無重力の空間を泳ぐように進む。
この世界こそが少女にとっての日常(あたりまえ)だ。
この世界を自在に動けるのは彼女だけだし、彼女にとってはこの世界だけが自分が動ける世界である。
彼女にとっての『普通』この世界にある。
眠気眼のまま、落ちていた首輪を拾い上げる。
そして、くぁ~と可愛らしく大きなあくびをした。
時刻は0時を回ったばかり。
良い子ならとっくに寝ている時間だ。
いやアビスにいるのは悪い子なのだが、ともあれ6歳児が起きているにはつらい夜更けである。
たくさん遊んで、
たくさん学んで、
たくさん眠る。
それが子供の仕事である。
寝かしつけのおもちゃのように首輪を握り絞め、少女は再びすやすやと寝息を立て始めた。
宙のゆりかごに揺られながら、穢れを知らぬ天使のような寝顔で夢を見る。
少しだけ怖い夢を見た。
けれど、すぐに眠りは深く落ちて、少女は空中でくるりと寝返りを打った。
新世界の嬰児よ。
明日、成長するために。
今は、おやすみ。
【F-6/岩山頂上/1日目・深夜】
【メアリー・エバンス】
[状態]:睡眠
[道具]:『死』の首輪(未使用)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.不明
1.朝まで寝る
※『幻想介入/回帰令(システムハック/コールヘヴン)』の影響により『不思議で無垢な少女の世界(ドリーム・ランド)』が改変されました。
より攻撃的な現象の発生する世界になりました。領域の範囲が拡大し続けています。
最終更新:2025年03月02日 23:05