山を登る、疲労感?そんなの、今さら知ったことではない。

「メアリー、体を」
《任せて、麻衣》
麻衣の体を雌の大百足が自身の背中に乗せて岩山を這い登る。

《…一回休んだらどうなの?》
「…ごめん、私はもう止まる気はないの」
目に未だに燃えたぎる、漆黒の青い炎。
トビ・トンプソン、内藤四葉、銀鈴、新たに彼女の中に誓われた、復讐対象。
彼女が能動的に人殺し…ましてや手段を選ばない手に走ったのは、一年ぶりだろうか。
あの日、父と居場所を傷つけたものを拷問するために拉致の際に、彼らの護衛を殺しこそしなかったが、かなりひどく痛めつけた。

「…そもそも、彼奴等を倒そうにも…武器もない、みんなの傷も癒えていない…」
特に、彼女の中で大きく危険視していたのは銀鈴であった。
ギガンテスがまるで全ての障壁を壊さんとする列車の勢いで、命を懸けて彼女を果てへに連れ去ったが、もちろん死んではいないだろう。

何より、あの驚異的な戦闘力。
トビと四葉は、三匹が回復し、再び新たな陣形で挑みかかれば良い。
だが、銀鈴は正真正銘の怪物、まるで人の形をして歩く怪異や空想の化け物の類。
そして何より、彼らが震え、圧倒され、そして殺され、こんなの、小手先の策で倒せるはずがない。

なら、その新たな策を練るために、彼女は手段を選ばない。
これが、彼への供養だから。

「高いね、ここからなら、色々見下ろせるね」
ブラックペンタゴンから見て南東にある岩山。
険しい道のりだったが、メアリーの手助けのおかげで、なんとか頂上まで登り切ることが出来た。

とはいえ、未だ時刻は黎明の終わりを告げるには少し早い。
月が未だに彼女の緑髪を元気に照らすことができる。

「…夜目を照らしていかないとね、じゃあメアリー…メアリー…」
――あれ?
麻衣が覚えた感触はそれであった。
いや、メアリーが反応しないの違和感を感じたのは当然として――
「なんで私…下を向いたの?」
又越しから、本来後ろを向いて見るはずだった景色が見える。
メアリーがいない、彼女は自分を置いてどこかに行く様なことはしないはずなのに。

「もしかして超力が安定しない仕組みがこのあたりに…?仕方ない、もう一度…メアリーッ…!?」
出ない、それどころか、何故か本来しない手を挙げる動作なんてする気がなかったのに、してしまった。
麻衣は感づいた、これはヴァイスマンが入れた仕込みなんかじゃない、誰かの超力――

「降り…」
浮いた、彼女は浮いた。
間違えなく、そこは地球の重力が届く場所なのに、有り得もしない、息の吸える無重量空間が自身を包んだ。

(どうする…おそらくは領域…しかも範囲が広がっていってる…!この中に潜るしかないか…!)
麻衣は妥協して水泳のように無重量空間を動き回る。
小石が浮き、砂ぼこりも浮く。

(この程度なら…むしろ助かって…ッ!?)
その油断と同時に、ついに悪意が彼女に降り注ぎ始めた。
彼女を照らす月明かりが、空から発射されたレーザービームのように、彼女を焼き尽くそうとした。
これは動作が遅く、違和感も感じれたため、すぐに避けれた。
次に、小石がまるで跳弾のように暴れ狂って襲ってきた。
まるでディスコで踊る踊り子たちのように、物理法則に唾をどころから嘔吐物を吹っかけたような事象が麻衣に追撃が走る。

「防御ッ!?」
しようとした、けど何故か、受け止める体制に入ってしまった。
(最悪な時に…!)
幸い、小石は少なく、体に当たるだけで、目などには当たらず、致命傷には至らなかった。

「本当に…なんなんだ…超力の主は…は?」
呆気にとられる、ようやく新たな人影が現れた。
けど現れたのは、幼子、自分よりもはるかに年下の幼子。
「嘘…あの子がこの…超力の…」
無重量で何も感じさせずに、すやすやと眠る少女、まるで人を見下す神のように。
他に人影は現れない、彼女は思考を巡らせる。

――別の人物が潜伏しているの可能性
――悪意の有無
――幼子を手に掛けるのか?
――手段は選ばないと
――冤罪で幼子を殺すのだけは
――銀鈴の例が――

数多の考えが脳裏を巡りだし、そんな中、少女手の中に握られたものを見る。
「首輪っ…!?」
やはり銀鈴のような存在か?だが、あの首輪、よく見るとポイントが回収されていない。

銀鈴は無数の武装をしていた、もちろんポイントの代物であろう。
となれば、普通に考えて、すでにポイントは回収するはずである。
ならば――彼女は。

「…あいつなんかとは、違うみたい」
彼女のもとに近づく、無重量であるためすぐ近づけた、首輪を自身のウォッチに当てる。

「…これだけ貰ってくね」
手段は選ばない、だが、どうせなら、殺す必要のない人を殺す必要はない。
それにこの超力なら自衛もできる。
あれも防衛反応か何かだろう、決して悪意のある物なんかじゃない。

「…それじゃあね…」
そう言って去ろうとしたその瞬間であった。

「…は?」
天変地異、そう言っても差し支えなかった。
大岩一つ一つが、浮き始めた。
それは、殺意なしと言うには、あまりにも暴力的であった。
岩が火山弾のようなものになる。
小石はメスのようなものに変わり、そして、彼女へ投げつけられるた。

「う、うわぁぁぁぁぁぁ!」
落ち着け、先ほどの法則を思い出せ。
この空間は自身の意志と反対の行動をさせる。
それならば――

「はぁ…はぁ…」
火山弾も石のメスも、すべて避けきった、奇跡だろう、彼女は一瞬で仕組みを紐解き、一時凌ぎながら全てを避けきった。

「…やっぱり、"あいつ"と同じじゃないか」
やりすぎと言っても過言ではない殺意、故意としか思えない一撃。
本来、ここまでできることはメアリー・エバンズには無い。
天候やらなんやらが目まぐるしく変わることはあっても、あんな岩が火山弾になるわなんやらは、超力の範疇外であったはず。

『幻想介入/回帰令(システムハック/コールヘヴン)』

並木旅人の超力、彼が最後に行った、新人類への一つの復讐。
復讐鬼が受けた復讐、メアリーの超力を改変し、殺意全開へと変えた。

今の麻衣に残るのは、慈悲から移り変わった、殺意。
変わらない、銀鈴なんかと、裏切られたような感触が彼女を包んだ。
(…この位置から…マンティズの力で!)
負傷中でも、寝てる相手なら鎌一本で事足りるだろう
そして、憎悪を込めて、彼女叫ぶ。
「マンティズ!あいつを切り裂け!」
《任せろ、お嬢――》

麻衣の全身から、血が噴き出した。
目からも、口からも、全身の毛穴から。
(は…?何…これ?)
これもあれの超力だというのか、維持できない、マンティズが消える。

(なんで私は、敵も討てずに…このまま…)
新世界への鉄槌は、彼女が最初の犠牲者となった。
(嫌…だ…よ…パ…)
目覚めた復讐鬼が、短時間で消滅した。
彼女の記録は首輪のみ、並木同様、体が消える。

単に、風の前の塵と同じように。

【宮本 麻衣 死亡】


「…ううっ…いたい」
こてっ、と、メアリーの頭と首輪がぶつかった。
彼女は気付いた、自身が先ほどの間手で握っていたあの首輪がなかった事。
それが、別のであるのに手でまた握ったこと。

その勘違いのまま、少女は眠っていく。
月明かりに気づき、まだ朝じゃないと再び気づく。

遠い昔の物語も、でんでん太鼓も無くとも、彼女は再び眠る。
少し、二度と起こされたことに少し拗ねて。

【F-6/岩山頂上/1日目・黎明】
【メアリー・エバンス】
[状態]:睡眠、少しご機嫌斜め
[道具]:内藤麻衣の首輪(未使用)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.不明
1.朝まで寝る
※『幻想介入/回帰令(システムハック/コールヘヴン)』の影響により『不思議で無垢な少女の世界(ドリーム・ランド)』が改変されました。
 より攻撃的な現象の発生する世界になりました。領域の範囲が拡大し続けています。
※麻衣の首輪を並木のものと勘違いして握っています

036.祈りの奇跡 投下順で読む 038.パブリック・エナミー
時系列順で読む
Lunatic Dominion 宮本 麻衣 懲罰執行
新世界の嬰児 メアリー・エバンス 閑話:御伽噺

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最終更新:2025年03月07日 20:40