────『神は己の頭の中に存在するものであり、誰もが己の中に神を秘めている』ですか
────汎神論の一種でしょうか?確かにこの世界全て神が創造したというなら、人が産まれる事もまた神の創たもうたもの。
────ならば人が神と繋がっていてもおかしくは無いですね。
────私の宗派の教えと違う?ですか。
────神を人の認識で定義し、人の言葉で語る。
────これは涜神では無いでしょうか? 人が神を量るなど。
────なので私は、人々の信仰の形は問いません。
────己が信じる様に神を信じれば良い。
────『神は在る』。ただそれだけで宜しいのでは?
────ならば、私が殺し尽くした『ヤマオリ』の名を冠するカルトは?ですか。
────彼等は、神を否定しました。
────神の在る場所に、神は無いと言い放ち。在るのは『ヤマオリ』だと妄言を言いました。
────ならば殲滅するしかないじゃないですか。
────この力は、討つべき悪を悉く討つ為に、神から授けられたものですから。
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「夜上神一郎さまが居ますね…。という事は、この刑務には、善性の方もいらっしゃるという事ですね」
名簿にざっと目を通し、ドミニカ・マリノフスキは、此度の刑務────では無く、聖務について想いを巡らせた。
夜上神一郎。「「神」とは己の頭の中に存在するものであり、誰もが己の中に神を秘めている」という信仰の形を持った殺人者であり、救うに値しないと断じた悪人を人知れず裁いてきた人物でもある。
独房に収監されて、一日中を祈りと迷走に費やしているドミニカの過去の行いに興味を抱き、面会するのは、担当刑務官から崇拝に近い信頼を得ている夜上には難しい話でも無かった。
そうして二人は邂逅し、語り合って、ドミニカは夜上に信頼と尊敬の念を抱くに至る。
ドミニカは夜上の信仰については、汎神論の一種だと解釈し、神の信じ方が違うだけだとしている。
神を人の認識で定義し、人の言葉で語るのは涜神行為。
人には計り知れない存在が神であるが故に、人の解釈が人の数だけ無数に有るのは致し方無く、信仰の形を問わず、只偏に神の存在を信じるならば、それで良い。
そう信じるドミニカは、夜上の信仰をあっさりと認め、夜上を神に敬虔で精神が善良な信徒だと思っている。
確かに、夜上はアビスに収監される罪人ではあるが、時には人の世の法と、個人の善性とが相反する時もある。
それでも己の善性のままに生きるというのなら、触法は仕方の無い事である、司法へ抵抗して善人を傷つけなければ良いのだ。
ドミニカが警官隊に素直に投降したのは、彼等が善き人だった為であり、悪しき者だと判断したならば、僅かな躊躇も無く、鉄槌を振るった事だろう。
要は、ドミニカ・マリノフスキという少女は、善性の人ではあるが、遵法精神がかなり低い少女であり、アビスにブチ込まれたのも、妥当といえる精神を有していた。
その辺は一先ず置いておくとして、ドミニカは思案に耽る。
“アビス”に送られた時は、周囲全てが悪であり、目に付く悪を片端から殺せば良いと思っていた。
それが、夜上と出逢い、善性の人もいると知った。
そしてこの刑務。悪人ばかりでは無い事が判明した。
「慎重に見定めないといけませんね。善性の人を害するわけにはいきません」
ドミニカは自身の超力を、神がこの世に蔓延る悪を討つ為に、己を選んで授けられたと信仰している。
だからこそ、慎重に相手を見定める。
善なる者を害するのは、神の意思に反する行為なのだから。
世俗の法に捉われず、善き人を見定め、悪しき者を討ち、無神論者は確殺する。
“アビス”に収監される以前、行い続けた行為を此処でも為す。
決意を新たに、名簿を再度確認するも。討つべき悪の名は三つしか確認出来なかった。
そもそもが、田舎暮らしの上に、十二の時から修道女の様な生活を送っていた為に、世俗の事には疎いのだ。
それこそ、ルーサー・キングの様な、他の刑務作業者が警戒する名を見ても、何も思わない程に。
そんなドミニカでも知っている名前の主は、表の社会で暴れ回った経歴を持つ、“アビス”の住人足るに相応しい経歴の主達だった。
『フランスの悪魔』『堕ちた聖騎士』ジャンヌ・ストラスブール。
『焔の魔女』『災厄の炎剣』フレゼア・フランベルジュ。
『虐殺者』『人類の敵』アンナ・アメリナ。
少なくともこの三人は、世事に疎いドミニカでも名と顔を知っていた。
フランスで、アメリカで、紛争地帯で。
災厄と呼ばれる程の所業を為し、悪魔とすら呼ばれた者達。
世に解き放てば無限の災禍を撒き散らす、一人たりとも恩赦を与えてはならない大罪人。
このヒトの形をした悪魔達が、誰かを害する前に仕留める必要が有った。
「主よ。私が悪を討ち滅ぼすまで、正しき人々を守り賜え」
祈りを捧げ、鉄槌の少女は歩き出した。
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これは一体どういう事ですか?
飛ばされた先をひとしきり歩き回って、ドミニカ・マリノフスキが最初に抱いたのは疑問だった。
ドミニカが飛ばされたのは、四方が海に囲まれた島。
元より殺し合いの舞台そのものが無人島ではあるが、ドミニカが飛ばされたのは、無人島の至近に浮かぶ小さな陸地。
具体的にはH–7に有る島だった。
「私が悪を討つ事を、此処まで忌むと?」
念の為に、上空に重力場を放り上げて、身体を上空へと『落とす』。
二度繰り返して、上空45mから周囲を見渡すと、本当に何処にも繋がっていない陸地に飛ばされていた。
重力場を消して、自由落下で地面へと降下。タイミングを見計らって重力場を形成してブレーキを掛ける事で、優雅に着地を決める。
「何故私をこの様な場所へ?」
自分の置かれた状況を把握すれば、出てくる疑問は一つだけ。
殺し合えと言っておいて、島に飛ばすのはどうなのだろうか?
「至急行かなければならないというのに」
上空から周囲を見渡した時、近くの山の上で嵐が起きていたのが見えた。
彼処で戦闘が起きたのは、間違い無いだろう。
とは言え、今から向かっても、間に合うかは不明で有る。
だからと言って、見過ごすことなど許されない。
ドミニカの聖務は、此処で悪人達が恩赦を得て、外に出てしまう事を防ぐ事。
善なる者を救い、正し人を守る。
単に皆殺しにすれば良い────という訳では無い。
ドミニカに課せられた責務は一つでは無いのだ。
「水の上を歩く奇跡は起こせませんが、水の上を渡れない訳では無いのですよ」
ドミニカは水の上を、足を動かさずに滑り出した。
傍目にはガリラヤ湖の水上を歩いたイエスの様に見えるかもしれない。
実際は、先刻の空中浮遊と同じ行為。
前方に重力場を放って、その中心部へと向かって『落下』中心部に到達する直前に、再度重力場を前方へと放ち、更に『落下』。
これを繰り返す事で、水の上を滑る様に移動しているだけなのだ。
ドミニカの眼差しは、嵐が起きていた山地を見据えたまま動かない。
足を濡らすこともなく、対岸へ上陸したドミニカは、しっかりとした足取りで山を登り始めた。
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────討つべき悪を悉く討ち果たしたら…ですか。
────その時は生が終わるまで祈りを捧げ、瞑想するでしょうね。
────死んだ後、ですか?
────それは主が決めたもう事です。
────主が私をどの様に裁かれるのか、首を垂れて待つのみですよ。
【H–7/海岸沿い/一日目・深夜】
【ドミニカ・マリノフスキ】
[状態]: 健康
[道具]: デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本. 善き人を見定め、悪しき者を討ち、無神論者は確殺する。
1. ジャンヌ・ストラスブール、フレゼア・フランベルジュ、アンナ・アメリナの三人は必ず殺す
2.嵐が起きていた場所(G–6)を目指す
※ 夜上神一郎とは独房に収監中に何度か語り合って信頼しています
最終更新:2025年03月02日 19:10