消えない。消えて無くならない。
あの顔が、あの目が忘れられない。
忘れてはならない。
忘れてなるものか。
オレは忘れない。
何時何処であっても忘れてなるものか。
だから、待っててくれ。
オレは、約束を守る男だ。
お前だって、知っているだろ? ダリア。
★
無人島の中心に沈黙する建造物、ブラックペンタゴン。
誰が作ったのか、何の目的で作られたのか。
何もかもが不明で、何もかもが闇に覆われた不可思議な五角形。
その内部の、物置程の大きさの部屋に、その男はいた。
鋼鉄のように屈強で。
毒花の如く感覚を尖らせ。
死骸の如く沈黙している。
「……懐かしいな、試合前の緊張感ってやつに似てやがる」
それは、拳士であり、闘士であった。
179勝0敗。
『ネオシアン・ボクス』最強だった拳闘士(ファイター)。
全盛期より数年経った今でも、その肉体に衰えはない。
本音を言うならば、彼はこの度拳を振るう機会など無いと思っていた。
たった一つの欲望(エゴ)の為、人生最初の反逆の末路。
血に濡れた拳であろうとも、地獄の先に咲いていた花を手に入れようと。
抗った先に待ち受けていたのがこの深淵の奥底。
「ここが、新しい戦場ってことか」
エルビス・エルブランデス。
『ネオシアン・ボクス』に咲いた孤高のダリア。
そして地下闘技場の『王者(チャンピオン)』。
傷つけることだけしか知らなかった腐食の紫。
★★★
この世に神はいない。
この世界を神は救わない。
物心ついた時には親父も母親も既に事切れていた。
タバコ、無造作に詰め上げられた殻の酒瓶、血の付いた灰皿、腐臭。蝿と蛆虫。
そしてなけなしの紙幣3枚。全員が笑っていた家族写真。
生き残るためには奪うしかなかった。
奪うためには戦うしかなかった。
戦うためには強くなる他なかった。
幸いにも、強くなることは大変だったが、一度山を乗り越えれば楽勝だった。
街のゴロツキ、薬物依存のジャンキー、超力を宿したや野生動物、凶悪な超力犯罪者。
時には地面と血の味を噛み締めながら、オレは勝ち続けた。
転機は、腐った超力持ちの女と一線交えた時。
そいつは最悪最凶の超力者、生死の理を容易く覆す都市伝説(ネクロマンサー)に蘇生させられた哀れな残骸と聞いた。
わざと不完全な蘇生にされた、知能無くうめき声を上げる『失敗品(アンデッド)』だった。
冥王神(シビト)の気まぐれで、この地に送り込まれた厄災の一つだった。
かの禁足地(アンダーワールド)より、永遠から無理やり掘り起こされた、哀れな被害者だった。
強かった。手に触れたものを焼き溶かす、恐ろしい力。
鍛え上げた拳が、何もかも通用しなかった。
殴っても致命傷にならず、何度でも立ち上がった。
生まれて初めて、己の死が頭に過った。
「死にたくない」と言う感情が、マグマのように沸き立って。
オレは、己の超力を自覚した。
咲き乱れる、紫の天竺牡丹(ダリア)。
オレを守るように咲いたそれは、オレの周囲を腐らせた。
その女も腐り始め、オレの拳が効くようになった。
紫のダリアに、俺の人生を幻視した。
育てられたという記憶だけがあり、生き残るために独り立ちするしかなく。
ただ周囲を傷つけて生きるしかなかった、毒の花。
ゾンビが怯み、オレは思考を無にする。
単調な動きが丸見え、周囲が遅く動いている。
拳を握りしめ、その顔面を砕くという殺意を持って殴り抜ける。
崩れ落ちた女のアンデッドは、何か言葉を発していたらしい。
女の名前を呟いて、そいつは塵とも芥ともわからないのになって、風に飛ばされた。
勝利の余韻に浸ること無く、疲労でぶっ倒れたオレは拾われた。
そいつは、この街を支配するマフィア組織の一つ、地下闘技場の実権を握る元締めだった。
生存と闘争にしか縁の無かったオレに示しだされた、新しい人生のチケットを。
オレ自身の意思で掴むことを選んだ。
『ネオシアン・ボクス』。この世でもっとも地獄に近い場所。
勝者のみしか生き残れない栄光と言う名の牢獄に、足を踏み入れた。
★
「"牧師"と"魔女"が一緒にいる場所で生き残りゲームなんざ、悪いジョークだろ」
名簿を確認し、開口一番。
出た感想は、流石に現実逃避をしたくなるような言葉だった。
犯罪集団キングス・デイのボスにして、世界の暗部を統べる黒鉄の王。
超力は勿論、それ以上に精神性が常軌を逸した破綻者(バケモノ)。
欧州の最強と米国の最凶が揃い踏みなんて、何の悪夢だと。
「聖女ジャンヌにバレッジんとこの金庫番。イースターズとアイアンハートのトップまでいやがるのか。どうなってやがるんだ、今回の刑務は」
とにかく、名簿に載っていた面々が自分含めて相応の名有りばかり。
間違いなく人死の一人や二人が出るような面子だらけで生き残る方法を考える、となるだけで頭を抱えたくなる。
エルビス自身は博識、というわけではないが。『ネオシアン・ボクス』で闘争に明け暮れる日々の中で、懇意にされたマフィアのボスに一通りの情勢を教えてもらっていた。
だからこそ、今回刑務に参加させられている面々を、幸運にもエルビスはある程度の知識を得ている。
「こいつは、骨が折れるな。殺る相手は選べるだけましか」
エルビス・エルブランデスは、恩赦狙いである。
彼は己の願いの為に誰かを殺し、願いを叶える。
72Pt。72Pt分を手にし、生き残れればエルビスにとってこのゲームは勝ちとなる。
「……ダリア」
呟いた名は、恋人の名前。
戦場で恋人や女房の名前を呼ぶものは、瀕死の兵隊が甘ったれて言う台詞だと何処かのアニメがそうだった。
だがそれでも呼ばずにいられなかったのは。
それはエルビス・エルブランデスという孤高が、人間となった分岐点でもあるから。
「今のオレを見たら、あいつ、泣いちまうだろうな」
★★★
常勝無敗。期待に応えるオレの待遇は日に日に良くなっていく。
地下闘技場の取り仕切る元締めは、寛大だ。
裏切り者は許さないが、期待に応えるものには相応の見返りを与える。
オレには戦いのセンスというものがあったのだろう。
もともとスラム街にいた頃は戦ってしかいなかった男だ。
それは当然のものだと思ってたし、ジジィになるまでこれが続くと思っていた。
珍しく試合の無い暇な一日だった。
雨が降る中で、一人傘を差さず踊っていた女がいた。
「どうして傘を差さないんだ?」と声を掛けた
"それが、自由っていうんです"
紫の髪を雨に濡らし、雨粒のカーテンの中踊る彼女の姿が、ひどく綺麗にオレの錆びれた瞳に強く焼き付いた。
今思えば、初恋だったんだろうな。
あの運命の出会いの後に、暇さえあれば彼女に会いに行った。
ダリア。あいつの名前。オレが初めて好きになった女の名前。
稼いだ金で、初めて誰かにプレゼントした。
初めて、一緒に歩いて楽しく語り合った。
戦いしか知らなかったオレは、初めて人間ってやつになることが出来たんだ。
オレを待っていたのは、絶望だった。
不相応の願いを抱いた、代償だった。
夜の街、あいつへの手土産を持って待ち合わせの場所に向かった。
今日は無駄に娼婦が多く、組の連中が好きにやってやがると思っていた。
掛け試合でオレの戦勝祝いをやっているのかと思っていた。
そこにいたのは、闘技場の元締めとその取り巻きが。
オレの最愛のダリアが、そいつらの好き勝手にされていた。
"み、みないで……こんなわたし……"
"ようエル、最近野暮用が多くなったと思えば、こんな女とっ捕まってやがったのか"
"悪いな、こいつは俺達のオンナだ。……いや、お前は悪くねぇよエル"
"こいつは俺等の監督不手際だ。……らしくもなくキレちまって、横から奪うマネしちまった"
"謝罪、にはならねぇが、せめて今できる詫びだ。ーーお前もヤるか?"
"ごめん、なさい……ごめん、なさい……"
"ごめん、えるびす"
ーーその後の事なんざ、わかりきったことだ。
残っているのは、散らされた花と、そいつの涙を拭うオレの姿と。
腐ったゴミだけだ。
"待ってるから、ずっと待ってるから。だから必ず、帰ってきて"
★
「ダリア、オレは必ず。お前の所へ帰る」
外へと繋がる回廊へ、一歩ずつ歩いていく。
一歩踏み出す事に響く鉄の音。
まるであの時のように。かつて
試合前の歓声があるかないかの違いでしかない。
ガキの頃も、『ネオシアン・ボクス』の時も、そして今も。
彼女がいない世界では、オレは生きるために戦う事しか出来ない。
だからオレは今だけは、孤高の毒花として。
生き残るために戦おう。
生き残るために奪おう。
生き残るために殺そう。
「だから、待っててくれ」
いつ試合があるか分からねぇ。
オレより強いやつなんざ腐る程いる。
でも、オレは約束は守る。
どれだけ地べたを這いずり回ろうが。
どれだけ泥水を啜ろうが。
生きるための戦い。
帰るための戦い。
ガキの頃と何も変わらない。
スラム街の弱肉強食と何も変わらない。
「ーーチャンピオンの復活だ」
全てを腐らせ、全てを殴りぬけ、栄光へとたどり着け。
『ネオシアン・ボクス』の王者が、ここに帰還する。
歓喜は無くとも、その静寂が王の生還を歓迎する。
微笑むように、王者の視界に紫色の天竺牡丹の錯覚が映っていた。
【D-4/ブラックペンタゴン1F 物置部屋/一日目・深夜】
【エルビス・エルブランデス】
[状態]:健康、強い覚悟
[道具]:
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.必ず、愛する女(ダリア)の元へ帰る
1.ポイントのため、誰を殺すか。そしてどうやって生き残るか
2."牧師"と"魔女"には特に最大限の警戒
その場所にたどり着くまでは恐れはとっておけ
審判の日が来るまで
素早く柔軟に私に続け
犠牲を払う時だ
立つか、倒れるか
ーーRise/Origa
最終更新:2025年03月19日 20:52