静まり返った廊下に、照明の灯だけが薄緑の帯を落とす。
トビとヤミナの二人が展示室を後にすると、扉が背後で音もなく閉まった。

展示室で何かに気づいたような顔をしたトビは真剣な表情で何やら考え込むように押し黙っている。
こいつに説明しても意味はないだろうという侮りからか、特に同行者であるヤミナに対する説明はない。

実際、ヤミナもそれ自体には不満もなく、というか説明して欲しいとすら思っていない様子である。
それよりも真剣な顔で押し黙って空気悪いなぁ、気まずいなぁ、なんか小粋なトークをしろよとすら思っていた。
手持無沙汰なヤミナは制服の胸ポケットに手を差し込み、場違いに明るい口笛をひと節だけ吹いてから、すぐ自分で気まずくなって黙る。

「……それで、次はどちらまで?」

しゃーないこちらが話を進行してやりますか、の心持ちで話を振る。
内心ではため息をつきつつも、揉み手の笑顔は崩さない。
これまで幾つもバイトを渡り歩いて身についた空気を回す社会人スキルだ。

「どうやら、三階は順路が決まっているようだな」

トビは壁の案内板に目を走らせながらそう呟く。
金属板に刻まれた矢印は一方向しか描かれていない。
1F、2Fと違って順路が決まっているようだ。

北東のブロックへ続くはずの通路は存在せず、コンクリートが継ぎ足されたような滑らかな壁が塞いでいる。
この北西ブロックから北東に辿り着くには南西→南→南東→北東の反時計回りで周る必要があるようだ。

ヤミナは「へぇ」と口を尖らせ、今度は興味本位で北東側の壁をノックした。
コツ、コツ。返事はない。音は厚い壁の内部にそのまま飲まれた。

「ドアとか隠してませんかね? 隠し通路とか。テンキーは……あ、ない。
 さっきの“特別な人しか入れない系のドア”あると思いませんか? 私、今回も選ばれたいんですけど」
「叩くな。音が響く」

強く壁を叩き始めたヤミナを短く制す。
彼は廊下の角に身を寄せ、耳と掌で空気の流れを測る。
反響は均一、乱れなし。隠し扉があるような気配はなかった。

「どうにも、ヴァイスマンは順番を守らせたいようだな」

三階は、反時計回りにしか回れない導線になっている。
好き勝手に近道を選ばせない作りだ。

「名誉“選ばれし者”剥奪……」

ヤミナは肩を落とし、隠し通路の探索ごっこをあっさり諦めた。

「動線に従って踏破する。先頭は俺。お前は三歩下がってついて来い。背後確認はお前の役目だ」
「了解です! 三歩……なんかあった時、危ないんで半歩じゃダメですか!?」
「ダメだ」

トビはデジタルウォッチに目を落とす。
次の全体放送まで二時間。
そこでどんな動きが発表されるか分からない。
それまでに三階の探索はひと段落つけたいところだが。

トビは展示室を離れ、動線に沿って歩き出す。
ソールが床を叩く乾いた音が、等間隔で続いた。

この順路は、ヴァイスマンが用意した情報の提示順だ。
嫌になるほど親切で、嫌になるほど露骨。だが、従わざるを得ない。
ヴァイスマンの笑い声が、壁の向こうで待っている気がした。

通路を抜け、角をひとつ曲がる。
蛍光灯の帯が一本増え、廊下はわずかに幅を増した。
空調の低い唸りだけが、耳の奥で薄く響く。

南西ブロックの境界に、腰高のセンサーゲートが廊下を横切っていた。
欄干の代わりに、水平の光線バーが数本、薄く漂っている。

「これ、触ったら警告音とか鳴りますかね?」

ヤミナが指先をそっと伸ばす。
無駄なチャレンジ精神で光線に触れようとするヤミナを無視して、トビは真っ直ぐに光のバーを抜けた。
微かな電子音が一度だけ鳴り、点滅していた緑色の表示が、静かな白に変わる。

「だ、大丈夫なんですか!?」
「警戒用じゃない。入場を記録するためのセンサーだ」
「入場ログ、ってやつですか? ランドとかである奴」
「ああ。誰が、どの順番で、どれだけ滞在したかを上が把握するためのもんだろう」

この島自体が泥棒を警戒するような場所ではないのだから、ここで侵入者探知のセンサーなど仕掛けたところで意味がない。
進んで行くトビの背を追って、何故か忍び足でヤミナも続いた。

ゲートをくぐって南西ブロックに侵入する。
入口表示灯には「A」の刻印が白く灯っていた。

「いいか、妙な装置や標本があっても勝手に触るな。触るなら俺の指示で触れ」
「はい!」

トビからの指示にヤミナが頷く。元気だけはよい。
二人は足並みを整え、外周区画にある最初の部屋へと侵入する。

中は、旧時代的な紙資料が棚にぎっしりと並んでいた、どうやら資料室のようだ。
はぇーと口を開いたヤミナの視線は、扉の向こうに並ぶ大量の紙束に釘付けになっている。
トビはドアの縁へ耳を当て、空調以外の物音や気配がないことを確かめた。

「――入るぞ。まずは全体の配置と分類を把握する。次に要所を抜く。ページは元の順に戻せ。痕跡は残すな」
「了解。選ばれし者の、華麗なる速読――」
「そう言うのは要らん」

トビが一歩、資料室に踏み入る。
ヤミナは指示を守って三歩下がって続いた。偉い。

「おい、同じところを調べても仕方ないだろ、逆側から周れ」
「えぇ……」

指示を守ったのに怒られる理不尽。
不満を飲み込みながらもヤミナはトビとは逆側の本棚に向かって歩いて行った。

ため息とともにその背を見送り、トビは資料室を精査していく。
見出しを走査して数冊を確認した所で、すぐにこの部屋に置かれた資料のテーマが揃い物だと分かった。
ここに並ぶ紙束は、ひとつの主題に収斂している。

――『Anti Neos System』。

すなわち、『システムA』だ。

トビは背表紙の配列と索引票をざっと走査し、まず「概要」が明記されているであろう一冊を抜き取った。
紙は薄く、端はわずかに黄ばみ、ページの随所に黒塗りの帯と差し替え票が差し込まれている。



資料抜粋:『Anti Neos System』概要
機密区分:極秘/要配布制限
資料番号:ANS-OV/RC-03
作成者:未来人類発展研究所 所長 ■■■ ■■

1.背景と目的

ガンマ線バースト地球到達予測日『Zディ』に先立ち、HGUウイルスの全地球散布を行う計画実施日を『Xディ』と定義する。
Xディにおける『全人類の異能覚醒』に伴う初期混乱は不可避であり、初期評価では全世界で二億人超の死者が発生するという予測。
予測される暴徒化・無差別発動を局地的に抑止し、治安維持機構の最終安全弁として機能するシステムを構築する。
異能の否定/無効化を広域・非接触で実現することを目的とする。

2. 技術的出発点

協力員■■ ■が保持していた「異能を否定する異能」を計測・解析。
当該能力はヤマオリ事変の解決を境に、女王を起点とするリンク消失により機能を喪失。
ただし、異能発現は脳機能構造に強く依拠するため、脳内配置(回路)の写像から再現モデルを構築する。
(※詳細解析は別紙:ANS-NEU/Redact-02 を参照)



『システムA』の開発目的と技術起源が、淡々と記述されている。
固有名はところどころ黒く塗り潰されていたが、論旨は十分に追える。

もしこの記述が事実なら、『システムA』は開闢よりはるか以前――むしろ開闢に間に合わせるために研究されていたことになる。
資料には『ヤマオリ事変』とある。
超力発祥の地ヤマオリ。元となったのはそこで生まれた異能だったという事だろうか?

トビは概要資料を閉じ、次に「試作・運用」タブの付いたファイルを引き抜いた。
背表紙のスタンプには「プロト段階/抜粋記録」とある。



資料抜粋:『Anti Neos System』開発記録
機密区分:極秘/要配布制限
資料番号:ANS-DEV/PRO-02
作成者:未来人類発展研究所 職員 ■■ ■■

『Anti Neos System(システムA)』
定義:異能抑止場を発生させ、対象領域内での異能発動を阻害もしくは無効化するシステム。

進捗:
元女王の協力を得て、Xディ直前の暫定運用に間に合う水準のプロトタイプを確立。
初動治安維持に資するため、急ぎ暴動予測の主要各国・大都市圏へ固定配備を手配。

制度設計/運用上の課題:

【スケール】
現行『システムA』はドーム級の設備を要する固定式。
携帯性・機動性は実質ゼロ、移設困難。

コストは小国の国家予算規模。
大国以外での運用は困難。普及には大幅な小型・低廉化が必須。

【安定性・再現性】
『■■■■』の科学的再現は不完全。
場の強度・均質性・持続性が不安定。
対象個体差・発現位相により抑止率が変動。さらなる改良継続が必要。

【サンプルの調達】
改良には無効化系異能と同系統能力者の多数解析が必要であると推察される。
当該異能は希少であり、継続的かつ強制的に利用可能な枠組みの設計が望ましい(※要検討/倫理審査保留)。

【改善アプローチ(多角化)】
  • 工学:発振器の位相安定、場制御アルゴリズムの閉ループ化。
  • 生体:同系統脳回路のデータバンク化、仮想回路の合成学習。
  • 運用:限定領域での閉鎖環境テストを段階実施。



紙面に刻まれた語は、いずれも乾いている。
だが『継続的かつ強制的に利用可能な枠組み』。この一行はトビの目に引っかかった。
未来側の論理で書かれた設計語彙は、現在のアビスの暗部とぴたりと噛み合う。

「…………それが、秘匿か」

銀鈴やエンダと言う怪物たちが押し込められる、地の底であるアビスにおいても、なお深い闇の底。
アビスに関連するのでれば、この資料がここにあるというのも頷ける。

トビはファイルを元の順番どおり棚に戻し、指先の紙粉を払った。
ここにある『システムA』の来歴と設計思想の大枠は掴んだ。

そう考え彼は短く息を整えると、ヤミナを呼ぼうとした。
だが矢先、棚見出しの一つが目に留まり、彼はふとその一冊に手を伸ばす。



資料抜粋:『Anti Neos System』子機(サテライト)計画について
機密区分:極秘/要配布制限
資料番号:ANS-SAT/β-01
作成者:GPA超力研究所本部 主任 ■■■・“■■■■■”・■■■■■

要旨:
本体の小型化は家屋規模まで達したが、さらなる縮小は限界に近い。
携帯運用を可能にするため、本体を“発信機”、子機を“受信・展開端末”とする分散方式を提案する。

運用構想:
  • システムAの抑止場は本体から発信。子機は受信・再放射により局所的抑止場を形成する。
  • 子機は小型化により携帯性を確保する事ができる。
  • 万一暴徒に奪取された場合もリンクの遮断で無効化が可能となる。

試験環境:
  • 高危険度被収容者を抱える刑務施設などの閉鎖環境が望ましい。
  • 実地データから効果安定域/安全域を同定する。

今後の検討(要決裁):
  • ベース異能の追加サンプル収集(法的枠組み/倫理審査)。
  • 維持費・常設電力の確保、非常時自立電源。
  • 国際配備ガバナンス(越境・共同運用・監督機関)。
  • 市街地導入時のリスコミ(異能権・人権との整合)。



子機の見出しが気になり内容に目を通した。
この成果が、今ここで受刑者の枷として息をしているようだ。

「トビさん、大発見ですよ! ここ、『システムA』の資料が置かれてるみたいです!」

やってきたヤミナが獲物を見つけた犬のようなテンションで周回遅れの報告を告げる。
トビは短く頷き、冊子を閉じた。

「知ってる」

ヤミナを適当にあしらい彼は視線を中層部へと身を移した。
慌てて三歩遅れでヤミナが続く。

中層部も外周部と同じ資料の並ぶ資料室のようだった。
だが、若干雰囲気が異なっている。

棚には分厚いバインダーが等間隔で並び、背には「試験/開発」「障害報告」「再現手順」とテンプレート化された白ラベル。
どのファイルも、縦に走る黒塗りの帯と、差し替え票の耳が不規則に突き出ている。

試しに一冊を抜いてページをめくる。
どうやら内容は『システムA』の開発記録のようだ。
外周部にあった資料と違って、外部の人間に読まれることを前提としてない研究者の生の記録だ。

真剣な瞳で脱獄王が視線を滑らせる。
そうしてひと通り見た後、ふぅと息を吐いた。

(…………訳がわからねぇ)

グラフ、波形、脳部位の熱図、見たこともない英数記号。
広い知識を持つ脱獄王であるトビですら、理解不能の専門用語が羅列されている。

加えて、ページ大半を横断する黒塗りの帯。
所々に残された数字だけが、ぴんと張られた糸のように孤立している。
脱獄王の頭の中で、既知の知識と未知の符牒が絡み合い、歯車は一段先で空回りする。

(ダメだな……ここで正面から解こうとすれば、時間を溶かすだけだ)

これを読み取るには高度な専門知識が必要となる。
いや、むしろ、無駄に時間を浪費させる罠のようにすら思えてきた。
視線を移すと横でヤミナが、うんうんと頷きながらバインダーをめくっている。

「ふむふむ……はい、これは完全に“λが未定”なやつですね。あー、あるある」
「あるあるじゃない。やめろ。置け」
「はいっ!」

ヤミナが分かった風を装って見ていた資料を背表紙を揃えて棚に戻す。
トビも改めて部屋の全景を一瞥した。

「ここはもういい。外周部へ行くぞ」

短く切ると、トビは踵を返す。
ヤミナが半歩駆けて追い、三歩の距離を思い出して慌てて下がる。
頭の悪い犬みたいだなと、どうでもよさげに思った。

内側部の自動扉が開くと、白で統一された空間が広がった。
先ほどまでの雑多な紙束の山が渦巻いていた資料室とは空気がまるで違う。
床も壁も清拭しやすい無孔材で、中央だけが円形のマーキングで縁取られている。

その何もない輪の中心に、台座がひとつ。
その上に、白く微光を放つ球体が鎮座していた。
展示室のケースに収められていた『システムA』のサンプルと酷似している。ただしこちらは裸の実機だ。

トビは柵の外で立ち位置を取り、台座・配線・室内レイアウトを俯瞰する。
台座はアンカーボルトで基礎に固定されており可搬性はゼロだ。
球体に繋がる配線は台座を通して収納されているのだろう。

「なんでしょう……これ?」

ヤミナが囁き、引き寄せられるようにふらりと球体に近づいていく。
球体の周囲で空気がわずかに撓み、耳の奥で薄い駆動音が膜越しに鳴っている。

「待て、触るな――!!」

トビが静止するが僅かに遅い。
ヤミナの指先が白球に触れる。

「え……え?」

その声に驚き、ヤミナは反射的に手を離して一歩下がった
だが、確実に触れてしまった。
何が起きるかわからない正体不明の球体に。

しかし、何も起きなかった。

少なくとも外見上には。
ヤミナは不思議そうに自分の掌や足裏を確かめ、首をかしげる。

だが、あの一瞬、確実に変化は起きていた。

変化はヤミナではなく、トビの方に起きていた。
外見ではなく内面。ヤミナに対する意識が一瞬だけ変化していた。

彼女に対する侮りの様な気持ちが消えて、あの一瞬だけ脱獄王としての正しい警戒心が沸き立った。
だが、それも一瞬の事。彼女が手を離した途端すぐに戻ったが、それを気のせいだったと片付ける脱獄王ではない。

トビは即座に頭を切り替える。
周囲に危険がないことを確かめてから、自らで検証を行うべく台座に近づく。
そして素手のまま球体に触れ、己が超力『スラッガー』の発動を試みてみた。

だが、体を軟体化させるはずの超力がどこにも発動しない。
可動域は、ただの人間の範囲に留まっている。
球体から手を離すと、超力が発動しぐにゃりとゴムのように体が折れ曲がった。

触れている間だけ超力が無効化される。
間違いない、これは稼働している『システムA』だ。

台座は固定され、繋がれたケーブルにより稼働しているため持ち出しは不可能。
触れている間だけ効果が発動する、この部屋限定の効果では実戦には使用できないだろう。

だが、問題はそこではない。

発動した『システムA』がこの場に存在しているという事自体が問題である。
展示室に置かれていたのはジオラマだったが、ここにあるのは『システムA』の子機そのもの。
子機が働いているということは、どこかで本体が稼働しているという事だ。

縮小化が進んだ現在の技術でも本体は家屋規模は必要と聞く。
それをこのペンタゴン内部に隠しているというのはないだろう。
何より、ヴァイスマンの性格なら隠さない。
最初から視界に置き、後から気づかせて悔しがらせる配置を選ぶはずだ。

トビは島の全図を頭の中で広げる。
該当しそうな場所を思い浮かべ、トビは短く結論を置く。

「南東の小屋、か……?」

島の南東部にあるひとつの小屋。
大した設備でもないのにもかかわらず、わざわざ地図上に記載されている。
地図に明記されている施設は少なく、殆どが巨大なランドマークだ。
ただの小屋なら、地図に載せる必要はない。載せてあるからには意味があるはずだ。

家屋規模、最初から地図に記されており、それでいてわざわざ向かうような重要施設に見えない。
条件は合う。『システムA』の本体はそこにあると、そう予測を立てる。
トビは短く結論を置き、球体から距離を取る。

それよりも、疑問は別にある。
この刑務作業は『システムA』より解放された受刑者を争わせるのが目的だ。
この島内に『システムA』が配置されている意図が読めない。

「どうしたんです?」
「…………なんでもねぇよ」

事情を掴み切れていないヤミナを目線で制し思考を打ち切る。
小屋に『システムA』の本体があるという考察は今すぐ検証できる事ではない。
この考察は、今は胸の内に留めるしかないだろう。

思考を切り替え、トビはブロックを移動する
先ほどと同じ光線ゲートをくぐり、南ブロックへ。
ヤミナも慌ててその後を追う。

入口表示灯には、冷たく白い「B」の刻印が灯っていた。



資料抜粋:『Build Neos System』概要
機密区分:極秘/要配布制限
資料番号:BNS-OV/α-09
作成者:未来人類発展研究所 所長 ■■■ ■■

1. 総括

『Z計画』の事前公開と国際協調により、『Zディ』起因の被害は想定を大幅に下回った。
併せて、事前配備された『Anti Neos System(システムA)』の運用により、『Xディ』に伴う初期混乱から予測された死者数も大幅に抑制された。

2. 想定外の副作用

上記成果の帰結として、地球人口は事前予測に反して高水準を維持された(=被害が少なすぎた)。
当該人口の全員が超力(Neos)保持者となることで、新たな懸念が多発。

3. リスク評価

『システムA』の配備が間に合わない地域:アフリカ諸国/中南米/アジア、欧州小国 等。治安維持体制の不均衡が顕著。
超力を下地とした反社会的勢力の水面下拡大が予測される。
個の力に依存する超力は統一化が難しく、各国軍備・治安維持の観点で重大な懸念がある。

4. 基本方針

上記事態に対する将来的な世界治安の悪化を見据え、最悪ケースに備えた■■の■■を可能とする準備が必要であるとGPA長官により本システムの必要性が提唱された。
対応策:『■■■■■■■』計画の立ち上げとともに、『システムB』を中核技術として採用。
上記提唱に基づき、『■■■■■■■』の開発を正式決定。
(※当該計画・目的の詳細は別紙 BNS-PROJ/Redact-02 を参照)

5. 技術的出発点

理論核となる異能の回収を目的に、ヤマオリの村へ探索隊を派遣。
回収した『■■■■■■■■■■■』を核として、『システムB』の理論骨格を構築。
これにより『■■■■■■■』のプロトタイプを作成。

6. 現状および次段階

運用テストの早期実施が不可欠。
(※試験環境・倫理審査・ガバナンス体制については、別紙 BNS-OPS/Examination-01 にて審議中)



外周部は、Aブロック同様に資料室だった。
だが黒塗りはさらに増え、ページのあちこちで文脈が断ち切られている。

書かれているのは『システムB』――異世界構築機構について。
トビたちが立っているこの孤島、いやそれを含む世界そのものを創造したとされる基盤技術だ。

受刑者を閉じ込める檻。
脱獄を志すトビにとって、最重要セクションはここだろう。

だが、目に入るのは開発目的と立ち上げ経緯ばかり。
当然ながら、脆弱性や裏口などという言葉は一言もない。

あるとするなら中央部にある開発資料なのだろうが。
「技術基盤」「理論核」系ファイルを数冊めくってみたところでさっぱりである。
語彙はAの資料よりも高度で、黒帯で寸断された数式は歯抜けのまま、まるで参考にはならなかった。

そもそも重要な情報は黒塗りにするなり資料ごと抜き取るなりして対処されているだろう。
ここにあるのは見せてもいいとヴァイスマンが判断した資料に過ぎない。

いや、それを言うなら。
そもそも、何故こんなものを見せるのか。

各国の治安維持に用いられている『システムA』は公知である。
だが『システムB』は違う。一般には知られないはずの技術だ。
この場で、その存在を受刑者に開示する意図は何だ?

ブラックペンタゴン自体が囚人を誘い込む罠だという仮説は、二階の時点でほぼ確信に変わっている。
それでも、ここまでの機密を曝して良いのか? 妙な心配が首をもたげる。
だが。あるいは、もっと話は単純なのかもしれない。

それとも、生かして出す気がない。

だから、見せても構わない。
知っても、外へは持ち出せない。
その冷たい前提が、黒塗りよりも濃くこの部屋を曇らせていた。

「何か本ばっかでつまんないですね」

ヤミナの呑気な言葉だけが、薄ら寒く響いていた。

Bブロックの最後、内側部へ移動する。
扉を開いた先に広がったのは、またしても白い部屋だった。

Aブロックで見たような台座も球体もない。
無孔材で仕上げられた床と壁が、病室じみた清潔さで反射を返すだけだった。

警戒をしながらトビは無音のまま室内に足を踏み入れた。
ヤミナも妙な律儀さで三歩後ろに追従する。

そして、その足取りが部屋の中央付近へ差し掛かった瞬間、天井の縁が微かに滲み、光が投射され始めた。
内向きに収束する光が空間にひと筋、またひと筋。やがて線分は面へ、面は量塊へ。

「おぉー」

ヤミナが感嘆の声を上げる。
空中にふわりと投影されたのは、この島の三次元立体図だった。

「これ、いじれるんですかね?」

ヤミナが身を乗り出し、空中でピンチアウトの真似をする。
これが『システムB』の実働サンプルだというのならその可能性もある。
だが、指先は像をすり抜け、ただ薄い光膜が皮膚にまとわりつくだけ。

「スクロールも、ズームも……あ、音声入力は? シスBちゃーん、ズームお願いしまーす」
「やめとけ」

ヤミナの呼びかけは、白い壁が静かに吸い込む。
投影は微動だにしない。

「あ、でもここ光ってますよ。なんか数字が動いてる」

投影に齧りついていたヤミナが、その微細な数値列に気づく。
言われて、トビは立体図の下縁に流れる細字へ視線を落とした。

島の周縁に細い数値列が流れている。風向NE3.2、潮流0.8kt、気圧1007hPa。
小さなインジケータが緑を灯し、境界値が数秒ごとに微振動する。
数字は呼吸のようにわずかに上下し、今この瞬間を刻み続ける。

その横に〈READ ONLY〉の注記。
操作項目は見当たらず、像の縁にもカーソルの引っかかりは用意されていない。

「閲覧専用だな。ここからは触れない」

可視化はさせるが、介入は許さない。
それだけで、この舞台の作りと意図が十分に伝わる。

トビは投影の周囲をゆっくりと回り込む。
等高線、海食崖の切れ目、細かな自然分布。
デジタルウォッチの平面図よりも情報量が桁違いだ。

視線は円環状に走り、特徴点を分割・反復で定着させていく。
脱獄王の記憶術は、静かに地図を脳内に写し込んでいく。

「十分だ。次へ行く」

地図の全体、こまかな地形まで頭に叩き込んでトビは投影図に背を向ける。
白い部屋は最後まで、ただ島の全体図を映し続けた。

「次ですか。ふふん。私の推理によれば、『A』『B』と来たので……次は『C』だと思いますねぇ」

名推理を発揮するヤミナ。
自慢げに言うほどの内容ではないが、トビの胸中には別の引っかかりが残る。

――『システムC』。

流れから言えばそうなるのだろう。
だが、Bですら一般には伏せられる技術だ。
そのさらに先が、本当に存在するのだろうか?

疑問と確信を抱えながら二人はゲートを抜ける。
表示灯が入れ替わり、ヤミナの推理通り廊下の先に「C」の白が灯った。
ヤミナは自慢げに表示灯を見て鼻息を荒くしたが、トビは無視した。

Cブロックも構造はこれまでの2ブロックと同じで外周部はやはり資料室である。
トビはもはや慣れた手つきで背表紙の配列を走査し、索引票とラベルから目当ての束を抽出していく。
ヤミナも自分にはできる事のない時間だと慣れた様子で休憩に入っていた。



資料抜粋:『Control Neos System』概要
機密区分:最秘/門外不出
資料番号:CNS-OV/α-05
作成者:未来人類発展研究所 所長 ■■■ ■■
共同監修:世界保存連盟(GPA) 長官 ■■ ■

1.総括

GPAの提唱する『ABC計画』について。
本計画の最終地点は■■■への■■であり。
緊急時における■■■■のための■■■■■■である。

2.基本概念

超力(Neos)は個々の資質に依存する不安定かつ計算困難な力である。
これを調整・制御・統制するシステムを構築し、世界のコントロールを目指すものである。

3.理論核と課題

世界唯一の『■■■■』である■■ ■■の■■超力を元に理論核を作成。
しかし■■■■■は通常の超力理論とあまりに乖離しており、現時点では解析不可能な点が多い。
実用化には大きなブレイクスルーが必要となる。

4.組織動向・処置

GPAの超力研究所アジア支部が、■■■■■の孤島(通称:実験場エリアC)で独断の実験を行っているという報告あり。
実験は支部長である■■■■■の独断により主導されており、『システムC』の実験体と思しき被検体を確認した。
GPAが求めるのは安全な世界運用であり、■■■■■計画の■■を早める怪物の創造は理念に反すると言う判断からアジア支部は解体される事となった。

元支部長である■■■■■は研究所を離脱し消息不明。捜索継続。
外部リソース吸上げのため、当該研究成果を回収する仕組みが必要となる。

5.被検体回収・実働対応

成果解析のため精製された被検体の回収を指示。
捕獲部隊として■■■■■・■■■■率いる実働部隊を投入するも失敗。
生還者の報告から通常戦力では捕獲は困難であると結論。

最終手段として、■■超力を持つ■■ ■■の出動も検討されたが、万が一の損失リスクが大きすぎるため却下。
正面からの確保は困難である、方法は要検討。

追記:
■■■■■製と思われる実験個体をEUにて確認。
回収指示を出すが、捕獲部隊が到達前に現地ストリートギャングによって被検体は破壊され回収失敗に終わる。

6.解析・転用・理論構築

エリアCより個体名:■■の回収に成功。
■■■■■として■■■に投獄を行う。
解析の結果、『システムC』のみならず『システムA』にも転用可能な理論を確認。Aへの転用を実施。
(※詳細解析は別紙:ANS-NEU/Include-01 を参照)

回収された■■の解析成果を■■■■の理論核と統合し、実施可能な理論に落とし込んだ『C理論』を構築。
実験として英国の■■■■■■研究所と協力し、■■■■より回収した■■■■■■の■■を培養。
『C理論』を適用した実験個体『■■■:■』を作製。■■の際のサンプルケースとして活用予定。

7.実運用テスト

実運用テストの早期実施が不可欠。
テストは■■■で行われる■■■■を想定。
『システムB』の運用テストと並行実施の方向で調整中。



それ以降も資料は続いているが、後半はほとんど黒塗りで、読めたものではない。
だが、辛うじて残っている文章の骨格から話の輪郭は掴めた。

超力を統べるためのシステム。
GPAは結局、世界そのものをコントロールしたいらしい。

混沌を極める超力社会。
管理社会を志向する理念自体は、トビにも理解できる。
混沌の一部を担う脱獄王であっても、今の世界に思う所がないわけではない。

超力拡張手術に似ているが、力を増すのではなく制御のため。目的が真逆である。
まるで旧時代にあったロボトミー手術のようだ。

『システムC』は脱獄に直結する情報ではないだろう。
だが、ヴァイスマンの思惑を測る材料にはなる。
門外不出の資料を見せて奴は何がしたいのか?

そう考えながら中央部へ進む。
これまでに倣えばここには実験・開発の記録が置かれているはずだ。
だが、棚に並ぶ資料はまばらであり、AやBに比べて明らかに分量が少ない。

他システムに比べ研究がそこまで進んでいないのか。
それとも閲覧禁止のために資料ごと抜かれているのか。

ともあれ、この部屋で拾えるものは少ないだろう。
トビがそう判断するより早く、ヤミナが内側部の自動扉の前に立っていた。
気の早すぎる女である。

「…………あれ?」

だが、自動ドアの前に立ったヤミナが首をかしげる。
内側部へ続く自動扉は固く閉ざさたままだった。
目の前のヤミナに反応を示さない。

「やだ、もしかして私の体重、軽すぎ……?」

そう言って自動ドアの前でジャンプするヤミナ。
BMIは標準である。

これまでの例に倣えば、この先にあるのは『システムC』の実働サンプルのはずだが。
機密が過ぎて見せられないのか。それとも、未完成ゆえ稼働体がないのか
ともあれ、侵入は拒まれているようである。

「もういい。行くぞ」

トビは短く息を吐き、踵を返した。
ここで粘るより、次で答えを拾う方が早い。

「えっ、あっ……はい!」

扉の隙間に指先をねじ込んでこじ開けようとしていたヤミナが振り返って、歩き始めたトビの後を追う。
次が最後のブロックだ。

「次にあるのはズバリ、『システムD』についてですね!! ハズレたら全裸で逆さ踊りしてもいいですよ!」

北東ブロックに向かう通路でヤミナは自信満々に予想を口にした。
勝っても何のリターンもない賭けに全ベットするバカの予想に対して、トビの反応は悪かった。

「どうだかな……」
「じゃあトビさんは何があると思うんですか!?」

自信満々の鉄板予想を否定されたのが気に入らないのか、妙に喧嘩腰の問いだった。

「さてな。何があるかはわからねぇが、罠であることは間違いねぇだろうな」
「え!?」

これより向かうのはブラックペンタゴン最上階にして最奥。
最も出口から遠い場所まで、わざわざ誘い込む導線が敷かれているのだ。
これが獲物を誘い込むための罠でないはずがない。

「えーっと……その、私、先に下に戻っていいっすか? 只野さんたちも私のこと心配してるでしょうし」

トビが眉根を寄せて渋く表情を歪める。
何かの役に立つかと思い探索に引き連れてきたが、今のところ、クソの役にも立っていない。
ひとりで返してもいいんじゃないか?
そんな考えが一瞬、トビの脳裏をかすめる。
だが。

「引くのも進むのも、時間切れだ」
「時間切れって、それはどういう――?」

ヤミナが小首をかしげる。
トビはデジタルウォッチをトントンと叩き、時刻を示した。

資料漁りに、少し時間を使いすぎた。
液晶の数字が11:59:48を刻む。

正午。第二放送が始まろうとしている。
ふたりは足を止め、最奥の手前で、流れ込んでくる声を待った。

【E-5/ブラックペンタゴン 3F南東ブロック 『C』中央資料室/1日目・昼】
【トビ・トンプソン】
[状態]:疲労(小)皮膚が融解(小)
[道具]:ナイフ、デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.ヴァイスマンの思惑ごと脱獄する。
0.ひとまず放送を聞く、その後最後のブロックを調査。
1.内藤 四葉と共闘。彼女の餌を探しつつ、護衛役を務めてもらう。
2.首輪解除の手立てを探す。構造や仕組みを調べる為に、他の参加者の首輪を回収したい。
3.銀鈴との再接触には最大限警戒
4.ブラックペンタゴンには、意味がある。
※他にも確保を見越している道具が交換リストにあるかもしれません。
※銀鈴、エンダが秘匿受刑者であることを察しました。
※配電室へと到達し、電子ロックを無力化しました。

【ヤミナ・ハイド】
[状態]:疲労(小)、各所に腐食(小)
[道具]:警備員制服、デジタルウォッチ、デイパック(食料(1食分)、エンダの囚人服)
[恩赦P]:34pt
[方針]
基本.強い者に従って、おこぼれをもらう
0.トビに媚びる
1.下の階へのルートを確保する
2.エンダと仁成に会ったら交渉、ダメそうなら逃げる

109.合理と純心の混じり合う場所 投下順で読む 111.Der Freischütz(前編)
時系列順で読む
宣戦布告 ヤミナ・ハイド 遺物
トビ・トンプソン

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2025年09月10日 22:00