一人の少年が夜に舞っていた。

夜の草原に三日月が描かれる。
それは月光を照り返しながら弧を描く少年の足先であった。
風が吹き抜け波立つように草葉が揺れる。

舞うが如き華麗さは武と言うよりも舞。
それは少年――――大和正義の行う演武であった。

だが、これ程までに華麗な演武も見守るのは風と月のみである。
これは誰に見せるための物ではなく、体に染み込んだ動きを反復するためだけの物であった。
常との差異を、こうして実際に体を動かすことで確かめているのだ。

「フゥ――――――ッ」

肺の中身を全て出すように大きく息を吐く。
最後に放った正拳を静かに収め動きを止める。
そして誰もいない正面に静かに一礼し、演武を終える。

結論として、体の動作に何の違和感も覚えなかった。

そう。筋力、反応、柔軟性、可動域。
その全てが違うにも拘らず、だ。

自分であるのに自分でない。
何とも不気味な感覚である。

恐らく大半の参加者は違和感すら覚えないだろう。
それに気付けたのはスキルとして得た『観察眼』故か、それとも生身の扱いに慣れているからこそだろうか。

ここまで違うとなると違和感を覚えない事に違和感がある。
この違和感にならぬ違和感、早めに調整しておかねば致命傷になりかねない。

確認した限り、外見はすべて同じだった、古傷すらある。
だが、本当にこれは自分の体ではないのだと理解する。
あの作成したアバターに従って作り替えられたのだ。

状況の何もかもを受け入れた訳ではないが、人知を超えた異常事態である事だけは理解した。
だが、そういった物に巻き込まれたと正しく理解しながら、彼の精神は平静を保っていた。

ただあるのはふつふつと沸き上がる怒りのような感情。
彼の心は激しい義憤に燃えていた。
その炎は青く冷静に心に燃え広がってゆくが、幼少より鍛え上げた『明鏡止水』の心はその炎に飲み込まれることもない。

正しき怒りと、静かな水面の様な冷静さ。
これこそが大和正義を形なす根幹である。

だが奥底の冷静な自分が問いかける。
この怒りの矛先は果たして、どこに向けるべきものなのか?

怒りを向けるべきはシェリンか?
いや、そうではない。彼女はただの案内役だ。
黒幕はその奥底、いまだ影すら見えない所にいる。
そもそも何者なのかすら分からない。

怒りの炎は絶やすべきではないが、今はそんな相手に怒りを向けても無意味だろう。
まず目を向けるべきは目の前の事である。
さしあたっての行動方針を決めねばなるまい。

殺し合いになんて当然乗る気はない。
乗らずにどうしたらいいのか、なんて事は分からないが、自らに恥じる行いなど出来るはずもない。

弱きを助け、強きを挫く。
やる事なんて変わらない。
そもそも変えられるほど器用ではないのだから。

そうと決まれば、まずは支給品とメールの内容についてだ。
支給品はアンプルのセットと薬のセットにスーツが一つ。武器の類はなかった。
出来れば剣があれば心強かったのだが、無手の心得もある。
なにより自衛のためとはいえ殺傷能力の高い武器を持つと言うのは万が一の事があるかもしれない。
むしろ幸運だったと考えるべきか。

ひとまずシステムの確認を兼ねて、支給されたアイテムをショートカットに設定しておく。
習うより慣れろだ。何事も使ってみなければ慣れないだろう。
こういったものになれていないからこそ積極的に利用していく。
尤も、殺し合いのために用意されたシステムなど余り慣れたいものではないが。

届いていたメールは二通。
ゲームの開始を歓迎するものと、早めに殺せば得をするなどという内容だった。
こんなものに乗せられる人間がいるとは考えたくはないが、送り付けた相手の悪意に吐き気がする。
メール一つで人殺しをさせようなどと、余りにもふざけている。

いや、ふざけているというのならこの催し自体がふざけている。
殺し合いをさせるにしても、余りにも全てが軽すぎる。
本当に遊びのようである。

どういう意図があると言うのか?
考えたところで答えは出なかった。

名簿は既に確認済みである。
そこで得たのは40人もの人間が巻き込まれたのだという事実と、幾つか見つけた知り合いの名である。

25.大日輪 太陽
30.出多方 秀才
同じ学園の生徒会長と副会長である。
どちらも人間的に素晴らしい方々で信用できる人間だ。
頼りになる二人がいるとうのは心強い。

26.大日輪 月乃
会長の妹さんだったか。
直接の面識はないが、会長の口からよく話題に上るため、会った事がないという気がしない。
何でも世界一かわいいアイドルだとかなんとか。

31.天空慈 我道
昔世話になっていた道場の師範代である。
強さのみを追求した余りにも礼を排した教育方針に本家が苦言を呈した結果、8歳で別流派に転向させられたのだが。
去年16になり出場資格を得て、初めて参加した空手の全日本で再会した。
結果として試合に勝ったが勝負に負けた。空手の試合であるからと言って投げ技や極め技、倒れてからの追撃に警戒を怠った正義の未熟である。

37.美空 善子
昔馴染みの少女だ。
最近彼女を思い出すことが増えたが、まさかこんな形で再会することになるとは。
正義は余りテレビやネットを見る方ではないが、街中の広告などで彼女に似た少女が姿を見かけることが増えた。
正義にしては本当に珍しいことにアイドルの名前まで調べた、結局名前が違ったので本人ではないと認識しているのだが。
その活躍に励まされると同時に、元気だった少女の姿を回想していた。

少なくとも正義の認識では、彼らは全員信用できる相手である。
何をなすにしても合流を目指すべきだろう。
自分ひとりでは出来ないことも、仲間がいれば出来るはずだ。
そう信じている。

ひとまず現状確認と行動方針の確定を終えた正義は行動を始めた。
マップを視界に表示して現在位置を確認する。
どうやらここは中央エリアの北西あたりのようである。

まずは市街地を目指すべきか。
月明かりを頼りに移動を開始する。
灯りを灯して自らの位置を示すような真似をするわけにいかず、暗いままの夜の草原を進んでゆく。
見通しがいいとまでは言わないが夜目は移動には困らない程度には効くようだ。
それは正義がと言うより、このアバター全体の基本能力なのだろう。

周囲の警戒を怠らず、湿地帯近くへと差し掛かった、その途中だった。
そこにその人影は在った。

月明かりが照らすのは小さなシルエットだった。
身長からして年端もいかぬ子供であろう。

一歩近づく。
影のベールが月に剥がされ、それが少女であると見て取れた。
少女は呆と、光のない目を見開いて虚空を見上げていた。

この肉体は仮初の肉体であり、アバターの設定時にそれを変更できるのは、既に説明されており正義もそれは理解している。
だがゲームに不慣れな正義は、それを身を飾る装飾程度の物だろうとしか考えておらず、男性がわざわざ女性になったり、成人が童子になるという発想がなかった。

故に、茫然自失と言った風に立ち尽くす幼い少女を見た目通りに捕えた。
相手も参加者である以上不用意な接触は危険であると理解はしていても。
こんな所に幼女を一人放っておくなどと言う選択肢を選べる男ではない。

「キミ、大丈夫かい?」

近づきながら声をかける。
敵意のなさを示すように両手を上げ、出来る限り怯えさせないよう優しい声で、

だが少女に反応はない。
聞こえていないのか、空に視線を漂わせたまま微動だにしない。

「おーい、本当に大丈夫かい?」

少し強く声をかけた。
それでようやく気付いたのか、少女の視線が空から落ちる。
ゆっくりと、その瞳が正義を囚えた。

「ッ!?」

意味もなく、寒気がした。
夜よりも深い、光なき瞳。
まるで底の見えない深淵のよう。
ここで揺れ動くことなく冷静でいられたのは、明鏡止水の精神の賜物か。

色のない瞳。
しばらく無言のまま正義を眺めた後、無表情のまま幼女が口を開く。

「ほぅ。これは驚きである。我を見るか。
 塵芥が如きに認識されるなど、幾万、否、幾億年ぶりの事か」

呟くように述べて、そこで幼女は何かに気づいたのか、む、と声をあげ自らの体を顧みた。

「なるほど、どうりで違和感があるはずだ。明確な形を持つなど初めての事、新鮮ではある。
 歪めた肉を造るのではなく魂を歪め肉を従わせるとは愉快な事をする、どれ」

そう言って幼女は自分のしっぽを追いかける犬の様にくるくるとその場で回り始めた。

「えっと……」

突然の奇行。
これにはさすがの正義も戸惑う。
少女の言動はどれもこれもが彼の理解の外である。

ともあれ、少なくとも少女にこちらに対する敵意がないことだけは見て取れた。
そもそも敵意どころか、興味すらなさそうだが。

「とりあえず名乗っておこうか。俺は大和正義。
 キミの名前を聞いてもいいかな?」

くるくる回り続ける少女に人間関係の基本として名乗りから始めて見た。
少女は回っていた動きを止め無表情のまま正義を見た。

「我の名を問うか、小さきモノよ」
「いや、君の方が小さいと思うけど」
「なるほど。塵芥の尺度をもってすればそう言う見方もあるのか」

馬鹿にするでもなく本当に関心した風に少女は頷いた。
幼い外見に見合わぬ老人の様な仕草だった。

「……その塵芥っていうのやめてくれないか。
 さっきも名乗ったと思うが俺の名は大和正義だ。大和でも正義でもいいからそっちで読んでくれないか?」
「ほぅ。この我に塵芥の一粒を認識しろと申すか。何という傲慢か、面白い」

無表情のままククと喉を鳴らした。
まるで愉快そうには見えないが初めての感情らしき反応である。

「まあよい、全ては些事である。我が名は―――◆△◆△〇■◎〇■◎〇■◎◇である」
「ッ!?」

その名は福音の様なノイズとなって正義に届いた。
正義が咄嗟に頭を抱える。
理解できない。
それは人の理解できる音ではなかった。

その様子を見て、こちらが理解できていないことを理解したのか、
落胆するでもなく少女は当然の様に頷くと。

「然もありなん。声などと言う低級な意思疎通方法では我が名は表せぬか。不便な事よ」

だからといって別段分かりやすく伝える努力などするつもりはないのか。
名乗りは終えたと言った風に幼女は再び呆と視線を辺りに漂わせた。

少女がこの態度となると後は聞いた側の問題であるようだ。
正義は先ほど頭に叩き込んだ名簿の名前を思い返した。
彼女が参加者である以上その中に名前があるはずだ。


その名が口を付く。
名簿の最後に記された最も目につく名。
外国語を無理やりカタカナに変換したようなものだが、あの異様な音源に一番近しい名がこれだった。

「なんだそれは?」
「キミの名前だと思うんだけど」
「そうなのか?」
「多分ね」

変な会話だった。
言われ、少女は自らの名がそう言うものであると受け入れたのか僅かに頷く。

「なるほど。まあよかろう。名など些事。どのような物であれ我が在り方は変わらぬ」

別段これと言った感想はないのかこれまでと変わらぬ無味乾燥な反応だった。
少なくとも嫌がってはいないようである。

「なんと呼べばいいかな?」

さすがにこの長い名前をそのまま呼ぶのは躊躇われる。
何か適当な渾名なり呼び名が欲しい所だが。

「構わぬ、好きに呼ぶが良い。言ったであろう些事であると。
 それとも我が名一つで在り方が変わる程脆弱な存在とでも思うたか?」

寛大なのか、興味がないだけなのか判断のつかない態度で少女は言う。
判断を投げられ、正義は少しだけ考えた後、一番特徴的なところを抜き出しこう決めた。

「じゃあロレちゃんで」
「ロレチャン。よかろう些事である」

承認を得られ呼び名が決まった。
なんだかんだ言って、全然否定しないなこの子。

「それでロレちゃん。一つ提案なんだが、俺と一緒に行動しないか?
 ここに一人でいるは危険だ。いつ誰に襲われるとも分からない。
 頼りになるかは分からないが俺なら君を守ってあげられると思うんだけど」

観察眼を発揮するまでもなく、ここまでのやり取りで目の前の幼女がただならぬ存在である事は見て取れた。
だからと言ってそれが彼女を放置していい理由にはならない。
放っておけば永遠にこの場で突っ立っている気配すらある。
少なくともこちらに対する敵意はない、そんな相手を危険な場所に放置しておくなど正義に出来るはずもない。

「――――――――」

この提案に返ったのは沈黙。
値踏みでもしているのか。
静かに全てを呑み込むような瞳で正義の姿を見つる。

「生も死も全ては些事。個の死など鑑みるにも値せぬ」

紡がれる言葉にはどこか隔絶した価値観が含まれていた。
ともすれば、自らの死にすら興味を持っていなさそうである。
ここで死んでもいいと言うのか。
正義が思わずそう感情に任せて問い返そうとした。
だが、それより早く少女は続ける。

「故に、生を選ぶもまた些事。よかろう、此度はそうしてみるか」

そう言って、その場から一歩も動かなかった幼女が一歩踏み出した。

「えっと……つまり?」

余りのも遠回りな言い回しに思わず問い返す。
正義の足元まで近寄ってきた幼女は、視線を合わせるでもなく明後日の方に向いたまま片腕を上げた。

「我を守ると言うのなら守るが良い。我は関せぬ、己が為したきを為すが良いヤマトマサヨシよ」
「了解した。ありがとう」

その手を取る。
そこには確かな温かさがあった。
作り物とは思えない、人の温かさが。

「じゃあ、行こう。ロレちゃん」

その手を引いて幼子に合わせた歩幅で歩く
幼子は特に抵抗するでもなく、そのまま正義の後に続いた。

少年と幼女が手を取り合って夜の草原を進んでゆく。
手を引かれながら、幼女の姿をした超越者はこう思う。



「全ては些事である」



[C-4/湿地帯近くの草原/1日目・深夜]
[大和 正義]
[パラメータ]:STR:C VIT:C AGI:B DEX:B LUK:E
[ステータス]:健康
[アイテム]:アンプルセット(STRUP×1、VITUP×1、AGIUP×1、DEXUP×1、LUKUP×1、ALLUP×1)、薬セット(回復薬×3、万能薬×3、秘薬×1)、万能スーツ(E)
[GP]:0→10pt(キャンペーンで+10pt)
[プロセス]
基本行動方針:正義を貫く
1.ロレちゃんと行動を共にする
2.知り合いと合流したい
3.なんとか殺し合いを打開したい

[ンァヴァラ・ブガフィロレロレ・エキュクェールドィ]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:E DEX:E LUK:E
[ステータス]:健康
[アイテム]:不明支給品×3(未確認)
[GP]:290pt
[プロセス]:全ては些事

【アンプルセット】
STRUP:一時的(2時間)にSTRを1ランク向上させる(上限Aランクまで)
VITUP:一時的(2時間)にVITを1ランク向上させる(上限Aランクまで)
AGIUP:一時的(2時間)にAGIを1ランク向上させる(上限Aランクまで)
DEXUP:一時的(2時間)にDEXを1ランク向上させる(上限Aランクまで)
LUKUP:一時的(2時間)にLUKを1ランク向上させる(上限Aランクまで)
ALLUP:一時的(2時間)に全てのステータスを1ランク向上させる(上限なし)

【薬セット】
回復薬:ダメージをある程度回復する
万能薬:全ての状態異常を回復する
秘薬:ダメージと状態異常を完全回復する。また部位欠損も回復する

【万能スーツ】
極寒、灼熱などの地形効果に対応する。
攻撃ダメージの軽減効果などはない。

002.二人のP/信じあう力はいつか 投下順で読む 004.教導者
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GAME START 大和 正義 敵か味方か!?『New World』にあらわれた最凶の男
GAME START ンァヴァラ・ブガフィロレロレ・エキュクェールドィ

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最終更新:2022年05月31日 23:26