純白の道着が闇夜に踊る。
――前方に中段掻き分け、中断を蹴り、三本連突き。
――掌底にて敵の突きを受ける。
――下段交差受けにて敵の蹴りを潰し、顔面に裏拳突きを入れる。
――落し受けにて敵の中段突きを叩き落とす。
――敵の手を掴み、掴んだ手を引きつけながら敵の喉を突く。
日本空手道連盟第一指定形が一つ『慈恩』
ここに成れり。
◆◆◆
天空慈 我道は表演を終え一息つく。
「なぁるほど。確かにそんなに大差はねえやな」
『慈恩』は空手の基本となる動きが多い。故に、基本に立ち返りたいときに行う空手家は多く、天空慈もその一人であった。
体操、柔軟運動、立ち基本、移動基本、そして形。空手の練習のとき、ウォーミングアップも兼ねて行う基本動作の確認を、VR空間であるここ『New World』でも変わらず行っていたのである。
「空手は喧嘩に使えてナンボ」という信念を掲げる超実戦空手流派『無空流』
道場内での組手稽古はおろか、流派を超えた大会に於いても常識や規則を飛び越えた破天荒な技を使うことで悪名高く、敗因における反則負けの割合が異様に高い。
その流派で師範代を務めるこの男。「基本が盤石であるからこそ応用が活きる」と考えており、意外にも基本を大事にするのだ。
そんな天空慈の日常は、こちらを一方的に勇者呼ばわりする自称AIに破壊された。
うにゃうにゃと並べ立てられる御託は聞き流していてほとんど頭に入っていない。だが、ここで死ねば本当に死ぬということ、その上で自分たちはこれから、どこぞのB級映画のような殺し合いをさせられるのだということはしっかりと理解できた。
アバターやらパラメータやらスキルやらも大して理解はしておらず、『VR』という単語にもAVくらいでしか接したことのない天空慈ではあったが、少なくとも身体感覚が平時とは異なるものになる可能性があることもしっかりと理解できた。
となれば為すべきことは一つと、何よりも先に基本稽古を行い、この世界における自分の動きを確かめたのだ
結果はまずまずといったところ。突きは少し軽いが打点の正確さは現実の身体よりも上だ。喧嘩に差し障ることはないだろう。
「ほぉ。こりゃ便利だ」
続いてメニューを確認する。指で指し示したりする必要もなく、考えただけでカーソルが動くことに感心しながら「新着2件」のマークがついている
メールを開く。
■[キャンペーン]Welcome to『New World』!!
『New World』へようこそ!
我々は心からあなたを歓迎いたします。
心行くまで『New World』をお楽しみください!!
記念として私たちからの心ばかりの特典をお送りします。
このメールを開いた全員にGP10ptが付与されます。
■[イベント]スタートダッシュボーナス
『New World』をご利用いただき、ありがとうございます。
スタートダッシュボーナスを実施します。
開始から2時間は撃破ポイントがなんと3倍!
この2時間で沢山の勇者を殺害してライバルに差をつけろ!
ポップなデザインのメールに目を通すと、どうやらGPなるものがもらえたらしい。
よくわからないのでヘルプを開くとゲーム内通貨のようなものであることがわかる。
主に他の参加者を殺害することでもらえるようで、2通目のメールはそれを促進するのが狙いであるようだ。
おそらく他の勇者とやらの中にはこの甘言に乗せられて序盤から積極的に他者を害さんとする者もいるのだろう。というより、俺のような荒くれが呼ばれている辺りそういう人間を多く選んでこのゲームに参加させているのかもしれない、とも考える。
[[アイテム]]を確認すると「カランビットナイフ」「魔術石」「耐火のアンクレット」の三つが記載されていた。一通り取り出し検分して、役に立ちそうにはないと判断してさっさと戻していく。
早々にアイテムに興味をなくした天空慈は[[メンバー]]を確認して目を剥くこととなった。
到底本名とは思えない突飛な名前や、連続殺人事件の犯人、一度拳を交えた喧嘩士が名を連ねる名簿の中に見知った名前を見つけたのだ。
「なぁんで、正義と善子がいるんだよ…!?」
元門下生であり武術に関わる者たちの間では有名人になりつつある
大和 正義。
門下生でありながらアイドルの道に入り、暫定ではあるがその頂点に立っている
美空 善子。
他にもオリコンランキングのTOP3を独占して話題になったアイドル・
大日輪 月乃。
戦国時代と言われるアイドルシーンにおいて実力派として頭角を現しているHSF(
ハッピー・ステップ・ファイブ)の面々や去年発生した集団失踪事件の被害者の名前まである。
当初はこうした戦場で嬉々として戦いに臨む武辺者たちが集められているのかと思っていた。
しかしどうやらこの催しを企てた者は外道の類であるようだ。
「ちぃとばかし…胸糞が悪ぃ話じゃねぇか。なあおい…」
天空慈は喧嘩が好きだ。
拳を合わせ、蹴りを交わし、投げを打ち、時には噛みつき、目つぶし、金的も使い己の敵を暴力によって蹂躙する。この快感に取りつかれた人間は無空流に限らず星の数ほど存在する。
しかしそれは対等な覚悟を持つ者同士だから成立する闘争なのだ。
闘士でもない未成年を問答無用で闘争に放り込み、臆面もなく楽しめなどとのたまう主催者に対し、天空慈は少なからず不快感を覚えたのだ。
「いよぉし。決めたぜ。」
天空慈の口元が歪む。
「柄じゃあねえが、悪しきを挫き弱きを救う正義の味方になってやろうじゃあないの」
気に入らない主催者はぶっ飛ばす。人を襲う輩もぶっ飛ばす。
このゲームに反抗するやつがどのくらいいるかはわからんが、とにかく集めてゲームを打破して家帰って日本酒呑んで寝る。きっと美味い酒が呑めるだろう。
「ま、具体的な方法は正義に考えさせればなんとかなるだろ」
乱暴な結論を出した天空慈は歩き出す。向かうは北西。人が集まる中央エリア。
[G-8/1日目・深夜]
[天空慈 我道]
[パラメータ]:STR:B VIT:C AGI:B DEX:A LUK:C
[ステータス]:健康
[アイテム]:カランビットナイフ、魔術石、耐火のアンクレット
[GP]:0→10pt(キャンペーンで+10pt)
[プロセス]:
基本行動方針:主催者を念入りに叩き潰す。
1.なるべく殺人はしない。でも面白そうなやつとは喧嘩してみたい。
2.中央エリアに向かう。
3.門下生と合流する。
4.覚悟のない者を保護する。
【カランビットナイフ】
柄がU字に湾曲した折り畳みナイフ。手に握りこんで使用する。
【魔術石】
異世界ではメジャーに使われている魔法アイテム。
あらかじめ魔法を刻印しておくことで、魔法の素養がない者でも無詠唱で魔法が使える。
使い捨て。
※刻印されている魔法が何かは後続の書き手さんにお任せします。
【耐火のアンクレット】
使用者に火や熱に対する耐性を付与するアンクレット。
安物なので、耐性としてはスプレー缶火炎放射をノーダメージでしのげる程度。
最終更新:2020年10月02日 23:26