大和正義は市街地に向けて歩を進める。
幼子の手を引いているためその歩みは緩やかだ。

手を引かれるはロレちゃんことンァヴァラ・ブガフィロレロレ・エキュクェールドィ
とある世界においては全てを司る神であるが、この世界では何の力も持たぬ幼女だ。

ぽてぽてと歩く幼子に正義は尋ねる。

「そういえば、君のアイテムやスキルはどんなものなのかな。
差し支えなければ教えてほしい」
「好きに見るがよい」
「いや、他の参加者の[[メニュー]]を見ることはできないから教えてほしいんだ」

それを聞いた幼子は眉一つ動かさず、アイテムを現出させる。

「好きに見るがよい」
「良いのかい?」
「構わぬ」
「ありがとう」

礼を言い、それぞれのアイテムを手に取って検分し、それらを返却する。

「よし、それじゃあ…」

次はスキルを――と言いかけ口を閉ざした正義の耳に異音が入る。
後方――それもそう遠くないところから聞こえるそれはエンジン音だ。

音のする方向に振り返ると、ライトをつけたバイクがこちらに近づいていた。

迷いなく接近してくるところをみるに、こちらの姿は既に発見されているのだろう。

周囲にろくな遮蔽物もない草原だ。
接触は避けられない。


バイクは正義達に近づくと5mほど離れたところで停止した。
アイドリングのまま、バイクに乗った男が声をかけてきた。
金髪でノーヘル。
いかにも不良染みた姿をした、軽薄そうな男だった。

「よぉ兄ちゃん達。
ちょいと訊きてえことがあるんだが教えちゃあくれねえか?」



◆◆◆


「よぉ兄ちゃん達。
ちょいと訊きてえことがあるんだが教えちゃあくれねえか?」

なるべくフレンドリーに。
エンジ君こと津辺 縁児はそう心掛けながら、白い学ランを着た少年と幼子に声をかけた。

情報収集のために第一印象は良い方がいい。

「何でしょう」

白ランの少年が応じる。
第一関門突破といったところか。

「いやな。アイドルを探してるんだよ。参加者にいるだろ?
誰か見なかったかなーと思ってさ」
「アイドル…?それを知ってどうするつもりですか」
「チッ…。質問に質問で返すんじゃねーよ…」

思わず舌打ちが漏れてしまう。
そう訊かれるのは想定していたが、やはり気分が悪い。

「いやな。俺はアイドルが大好きでよ?
TSUKINOやらHSFのやつらがこのゲームに巻き込まれてるっつーからよ。
ここはいっちょ、この超有名動画配信者エンジ君こと津辺縁児が守ってやろう、とまあこういうわけよ」

正直絶対に使いたくなかったが、やむを得ず用意していた台本の通り答える。
たとえ嘘でも憎きアイドルを「大好き」などと宣わねばならない状況に虫唾が走るが、ここで感情のまま行動しては欲しい情報も得られない。

「っつーわけでもしアイドルの居場所を知ってたら、この超有名動画配信者エンジ君こと津辺縁児に教えてもらいてえんだが…どうよ?」
「俺は知らない。この少女とあなた以外の参加者とは遭遇してない」
「お嬢ちゃんはどうだい?」
「塵芥の区別など知らぬ」

どうやらこの少年たちは縁児が欲する情報は持っていないようだ。
期待はしていなかったとはいえ、反吐が出る思いをしながら試みた情報収集がうまくいかなかった事実に腸が煮える。

「ああそうかよ。それじゃあもうてめえらにゃ用はねえ」

もはや猫を被る必要もない。
バイクのギアを上げる。

「あばよ」

――言い終わると同時、縁児はバイクのアクセルを思い切り回した。

けたたましい音をたてながら、少年めがけてバイクが突っ込む。

真っすぐに突進するバイクを、少年は幼子を抱えて回避した。

「アイドルどもの居場所を知らねえなら用済みだ!俺の復讐のために死にやがれえ!」

回避された縁児のバイクは少年の背後に回り、反転して再び突撃する。
今度は前輪を持ち上げ、ウィリー走行になる。
かつて動画の企画のために練習したウィリーがこんなところで役に立とうとは。


「ヒャッハー!」

縁児はウィリーを維持しながら少年に肉薄し、その脳天目掛けて前輪を振り下ろした。



◆◆◆


縁児の態度は演技であり、発する言葉は嘘である。
スキル『観察眼』を使うまでもなく正義は見破る。

アイドルが好きで守りたい――。
そう話す男の眼には炎のような憎悪が宿っていたからだ。

それほどまでに強い憎悪を向ける対象を「守りたい」と嘯くということは、この男はアイドルの抹殺を目的にゲームに乗った可能性が高い。
そう判断した正義はこれ以上この男に情報を与えないよう努め、その出方を窺うことにした。

結果としては予想通り。
望む情報が得られないと判断するや否や会話を打ち切り、攻撃を仕掛けてきた。

スキル『観察眼』でアクセルを握る手に力がこもるのを確認。
急いでロレちゃんを抱え上げ、突撃してくるバイクを回避。
彼女を地面に降ろし離れているよう伝えたのち、自らはウィリーでこちらに向かってくるバイクを迎え撃つ。

「ヒャッハー!」

奇声と共に振り下ろされる前輪を真横に跳んで回避し――

「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」

――気勢と共に横蹴りを男の脇腹に突き刺した。


「えぶぉ!」
潰れた蛙のような悲鳴をあげてバイクもろとも草原に投げ出される縁児。
尻もちをついたままバイクを収納し、火炎放射器を現出させ構える。

「調子乗んじゃねえ糞ガキ!」

ゴウ、と炎が吐き出される。
しかし再び横に跳んで回避した正義がバーナーを持つ手を蹴り飛ばす。

「ぐあっ!」
手を押さえてうずくまった縁児はバーナーを取り落してしまう。

そんな縁児を意に介さず、正義は背後に回り裸絞めの体勢になる。

「悪いが拘束させていただく」
首を絞め上げる腕を引き剥がさんとする縁児。
しかしその腕は、鋼鉄のように微動だにしない。

ギリギリと頸動脈を絞め上げられ、頭部から血の気が引いていく。
柔道有段者である正義の裸絞め。武道の心得などない縁児に逃れる術などない。


誰が見ても絶体絶命の状況で、しかし縁児は顔を笑いの形に歪ませる。

「だから…よぉ…」

首に巻きつく腕を引き剥がさんとするのを止め、腕を天高く掲げる。

「調子乗んじゃねえってんだ!糞ガキがぁあ!」

掲げた腕のその先――二人の頭上に、収納されていたバイクが現れた。



◆◆◆



正義は後方に、縁児は前方に。
それぞれ回避し、バイクを挟んで対峙する。

正義は前屈に構え、構えると同時に蹴りを放つ。
中段の回し蹴り。縁児が手に持つ火炎放射器のバーナーを狙ってのものであったがしかし、その蹴りは空を切る。

縁児の手は正義の想定よりも少し下にあり、手に持つバーナーの噴射口は――足元のバイクに向けられていた。

火を噴く火炎放射器。

縁児の狙いを察した正義は改めてその持ち手を狙い、蹴りを放つ。
しかしその蹴りも再び空を切る。
今度は正義の目線と同じ高さにバーナーが持ち上げられていたからだ。


「狙いが単純なんだよお!糞ガキィ~~~!」

同時に炎が来襲する。

至近距離からの火炎放射。
ダッキングでは逃れられない。
素早く判断した正義は地面に倒れこみ、火炎から逃れる。

そしてその姿勢のまま地面に両手をつき、卍蹴りを放つ。

空手ではない。躰道の技。
道場見学で教わった程度だがうまく極まった。


生生しい打撃音と共に縁児の右手の指二本があらぬ方向に折れ曲がり、右手に持たれていたバーナーは再び縁児の手から取り落とされる。

「がああああ!」

激痛に顔を歪ませ、右腕を押さえる縁児。

戦いにおいてその隙は致命的。
体勢を立て直し一息にバイクを飛び越えた正義の手が、その耳を掴む。



――縁児が足にわずかな衝撃を感じると同時、その視界が夜空で埋め尽くされる。

彼がそれを認識する頃には――正義の拳が顔面に突き刺さっていた。



◆◆◆



――拳打の衝撃で跳ね上がっていた縁児の脚が地に落ちる。



残心を取り、倒れた男を観察する。


――――1秒。
――――2秒。
――――3秒。


金色に染められた髪を草原に投げ出し、白目を剥く男。
津辺縁児と名乗っていたその男は立ち上がるどころか微動だにしない。



大外刈りで天を仰いだ相手への下段突き。
加減はしたつもりだった。

しかし縁児が背負っていた火炎放射器のタンクが支点の役割を果たし、てこの原理により正義の想定以上のダメージを与えてしまっていた。


正義は己の未熟を恥じる。

武術は相手に勝てばよいというものではない。
同時に己に克たねばならない。
技を完全にコントロールし、想定以上の損傷を与えないことが求められる。

縁児は命こそ取り留めたようだが、生身であれば重篤な後遺症が残ってもおかしくない。

それほどの損傷を己の意図を越えて与えしまったこと。

未熟であることの何よりの証左である。



「――よし」

反省を終え、後始末を始める。

火炎放射器とオートバイは回収して[[アイテム]]にしまう

火炎放射器はともかくオートバイの方は落下の衝撃と火炎放射で完全に壊れていた。
熱された燃料タンクが爆発して他者を傷つけてはよくないので海沿いを通ったときにでも破棄しよう。


気絶した縁児についてはシャツを脱がせて両腕を拘束するに留めた。

目を覚ませばまた誰かを襲うかもしれないが、これだけの重傷だ。
できることなどたかが知れている。

何より無抵抗の相手にとどめを刺すことは、正義の倫理観が許さなかった。
これを機にアイドルの抹殺など諦めてくれることを祈るばかりだ。


全ての処理を終え、離れたところで虚空を眺めていた幼子に歩み寄る。

「それじゃあ行こう。ロレちゃん」


手をつなぎ、再び歩き出す。

手を引かれ同じ歩幅で歩きながら、幼女の姿をした超越者はやはり思う。



全ては些事である」



[D-4/湿地帯近くの草原/1日目・黎明]
[大和 正義]
[パラメータ]:STR:C VIT:C AGI:B DEX:B LUK:E
[ステータス]:疲労中
[アイテム]:アンプルセット(STRUP×1、VITUP×1、AGIUP×1、DEXUP×1、LUKUP×1、ALLUP×1)、薬セット(回復薬×3、万能薬×3、秘薬×1)、万能スーツ(E)
火炎放射器(燃料75%)、オートバイ(破損)
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:正義を貫く
1.ロレちゃんと行動を共にする
2.知り合いと合流したい
3.なんとか殺し合いを打開したい
4.海があったらオートバイを捨てる。

[ンァヴァラ・ブガフィロレロレ・エキュクェールドィ]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:E DEX:E LUK:E
[ステータス]:健康
[アイテム]:不明支給品×3(未確認)
[GP]:290pt
[プロセス]:全ては些事
※支給品を目視しましたが「それが何であるか」については些事なので認識していません。

[津辺 縁児(エンジ君)]
[パラメータ]:STR:B VIT:B AGI:C DEX:E LUK:C
[ステータス]:両腕拘束、右人差し指骨折、右中指骨折、鼻骨骨折、頭蓋骨後部にヒビ、気絶中
[アイテム]:不明支給品×1(確認済)
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:優勝してアイドルとファンに復讐する。
1.気絶中

【オートバイ】
250㏄オフロード仕様のバイク。

020.Easy Game 投下順で読む 022.お宝大作戦
時系列順で読む 023.偶像魔宴
全ては些事 大和 正義 熱き血潮に
ンァヴァラ・ブガフィロレロレ・エキュクェールドィ
月の下で、分析と炎上 津辺 縁児 多分こいつは敵だと思う

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最終更新:2020年10月24日 22:25