「~♪ 恥ずかしくって目も見れない」
「いいぞぉ! それでも目を見ろ! 隙を見せるな!」
「いえーい! フーフー!」
フロアは熱狂に包まれていた。
アイドルの歌声に、韻を踏んだコールを送る者。とりあえず声を上げて盛り上がる者。
そこから生まれるグルーブ感。オーディエンスの熱狂は怖いくらいだ。
喧嘩家は何かに優勝したみたいに両腕を上げて、うぉおおと雄叫びを上げながら上半身を振るっていた。
あまりにもキレの良すぎるオタ芸に、パフォーマーはこちらではないのかと見紛うほどである。
堕天使はアイドルに向かって光る棒を振るっていた。
たとえそれがスタンガンでも、アイドルに向かって振るわれている以上それはサイリウムだろう。
灯台の照らすスポットライトの下、小高い丘のステージで星空の下踊るはアイドル。
ここが今――――世界で一番熱い場所だ。
「~♪ けど夢の中ならできる。Chu! Chu! Chu!」
「あ、夢ぇの中なら、チュチュチュ!!」
「いえーい! ちゅちゅちゅぅ!」
甘々なアイドルソングに合わせるコールとしては些か喧しすぎる気もするが。
オーディエンスも舞台上のアイドルもまったく気にしないのだから、楽しんだものが正義である。
「~♪ 叶えてよ。Hei! Hei! 一緒にー! Hei!」
「「Hei!!」」
舞台上のアイドルが観客を煽れば、その煽りにオーディエンスも応じる。
コール&レスポンス。ライブシーンの一つの完成形が今ここにあった。
「~♪ この恋。Hei!」
「「Hei!!」」
「Hei!」
「「Hei!!」」
自分たちもライブを作る一つの欠かせないパーツなのだ。
その一体感にオーディエンスは陶酔する。
オーディエンスの盛り上がりに中てられたのだろう。
アイドルも正直ラブソングに必要なのか? と思えるほどの超絶技巧のステップを刻み始めた。
決められたセットリストのない即興劇、だからこそ会場の盛り上がりに応じて演者もアドリブで応じられる。
「~♪ 止められないこの心。駆け出してあなたの心まで」
キレのあるターンに、見るものを沸かす見栄えの良い振り、そして決まりすぎのポーズ。
最後に観客に向けてハートマークが見えそうなキュートなウィンクを飛ばす。
それを受けて会場の熱狂は最高潮に達した。
オーディエンスは今のウィンクは自分に向けられたものだと己惚れた勘違いに没溺する。
まあ実際お客は2人しかいないのだから、ほぼその通りではあるのだが。
2分の1の戦いであった。
シャンと最後の振りが終わり、動きを止めたアイドルの美しいシルエットが映し出される。
熱狂の余韻を残す一瞬の静寂。
それを打ち破るようにアイドルは輝くような笑顔となり。
「ありガトござマシたー。チュ!」
「うぉぉおおおソーニャ―最高おおお!!」
「いえー!! さいこーーーーー!!」
投げキッスに歓喜するオーディエンス。
シャワーみたいな歓声を浴びながら、アイドルは一礼してステージを降りる。
こうして大盛況のままライブは終了した。
何故、こんなところでゲリラライブが行われているのか?
何故、黄昏の堕天使がキャラも忘れてオーディエンスとして盛り上げっているのか?
そして何故、稀代の喧嘩家が当然のような顔をして一緒に盛り上がっているのか?
それを知るためには、少々時をさかのぼる必要があるだろう。
大した理由はないだろって?
うんまあ、それはそう。
■
「…………ん?」
ピクリと、我道の耳が動いた。
中央に向かおうとするその耳に、どっからともなく聞こえてきたのは歌声だった。
方向は南。地図の端も端。人が集まるとも思えない、我道の目的とは逆方向ではあるのだが。
歌。というイメージに善子がいるかもしれないと思い、踵を返して南下を始めた。
だが、近づくにつれその予想は裏切られていく。
聞こえるのは力強い善子の歌声とは違う、透き通るような歌声だった。
雪の世に儚く、氷のように透明な声。
探し人の当ては外れたが、気づけばこの歌声の正体を確かめたくなっていた。
そうしてそこにたどり着いた。
灯台が見える丘の上にはこの世の物とは思えぬ幻想的な光景が広がっていた。
そこにいたのは漆黒の堕天使と純白の雪の妖精だった。
「あれは…………」
我道は身内贔屓で善子を応援しているが。
そもそもこの男、割とミハーな所がある。
流行にはとりあえず乗る、過去には白いたい焼きも食べたしタピオカも飲んだ。
あれ? これ材料同じじゃね? と業界の闇に触れもした。
なので今流行しているアイドルについてもそれなりに詳しい。
「なんか諸星ソフィアがライブやってる…………」
何故? と思ったし。
正気か? とも思った。
こんな状況で何をしているのか。
止めようかと思った、が、やめた。
とりあえず周囲に危険はなさそうだし。
ある程度なら自分が対処できる。
それに、なにより楽しそうだったから。
喧嘩と祭りが好きな血が騒ぐ。
「おーい。俺も混ぜろよ!」
■
「…………これが偶像(アイドル)なる者の魔宴(サバト)…………!」
始めて生で見たアイドルライブの興奮冷めやらぬ堕天使は、心ここにあらずと言った様子でぽやぽやとしていた。
ニッチを好むお年頃としては大衆の流行には全く興味がなかったけれど、流行るだけの理由が心で理解できた。
「ふぅ。いいライブだったぜ、久々に盛り上がっちまった」
「ありガトござマース。ところでアナタ誰デスかー?」
なぜか照れ臭そうに人差し指で鼻下をこする我道がソフィアと入れ替わるようにステージに上がる。
「よーし。じゃあ自己紹介がてら次俺な。2番。天空慈我道。『無空流』門外不出の奥義『牙折』、行きます」
「いえーい。もんがいふしつぅー!」
「イエーイ! よく分かりまセンがイエーイ!」
熱狂した頭は細かいことは気にしない。
いつの間にか宴会芸の流れになっていた。
「っし」
先ほどまで騒いでいた男と思えないほど真剣な表情で我道が構えた。
一瞬で空気が張り詰めた物へと変わる。
我道が睨むその目の前に、見えない対戦相手が現れた気がした。
「――――――フッ」
鋭い息吹。
見えない相手の動きに合わせて、一息で両腕が瞬き両足が跳ねる。
我道の体が空中で反転し、そのまま地面に落ちた。
「地味ー」
堕天使が不満の声を漏らす。
傍から見ている限り、ただ我道がなんか変な動きをして地面に転がったようにしか見えなかった。
「ばっかお前、一瞬で極打絞投を同時に叩き込む技だぞ。超強いわ」
「強くても地味ー、バッタみたいに跳ねただけじゃん」
「善子並みに失礼なガキだなぁ……。実戦的な技ってのは地味なんだよ」
アイドルライブからの落差に不満を漏らす堕天使。
喧嘩家は当てが外れたように頭を掻く。
「っかしいなぁ。門下生の前だと大受けするなんだけどなー」
「ソレは門外不出の奥義が門外に出る貴重な機会だカラでは?」
「ちっ。じゃあゴスロリ少女、次お前の番だぞ」
「え、私、いや我もやるの?」
慌てて言い直すも語尾がそのままだった。
「ったりめえだろ。人にダメ出したんだからそれなりのもん見せろよな」
「イエーイ。アルアルのちょっとイイとこ見てみたいデース」
無責任なノリでソフィアがパチパチと拍手を送る。
もはや、やるしかない空気であった。
こうなると覚悟を決めるほかない。
「さ、3番。†黄昏の堕天使 アルマ=カルマ†。く、くくく。愚民ども我の絶技にひれ伏すがよい」
開き直るように笑った堕天使が取り出しいたるは、野球ボールのような丸い何かだった。
右手に二つ、左手に一つの計三つ。
両手にそれを持ったまま構える。
「見るがよい! これぞ我が奥義よ!」
「こ、これは!?」
三つの玉が浮き上がり堕天使の手によって弄ぶように自在に操られる。
それぞれが放物線を描きながら次々と空中で交差してゆく。
永遠に終わることのない輪廻(ループ)を繰り返すように……。
「はっ。ほっ。ふっ」
「いや、ただのお手玉じゃねぇか……!」
「お手玉などではない。『輪廻の如き永遠の舞い(ジャグリング)』と呼ぶがよい!」
「ドー違うんデス?」
ソフィアの純粋な疑問に答えず、アルマ=カルマは嗤う。
マイペースな奴らだった。
「クク。侮るでない、我の力はまだまだこんなものではないぞ…………!」
なんとアイテム欄から球が追加された。
お手玉は五つに!
難易度が跳ねあがる!
「これぞ我が奥義、『交錯せし運命の光(カスケード)』である!」
「アルアルすごいデース!」
「そうかなぁ」
素直に感動するソフィアとは対照的に冷めた態度の我道。
その態度が気に食わないのか、むっ。と堕天使は気分を害する。
「ならば、これで――――どうだぁー!?」
宙を舞う球体の数がさらに増える。
その数なんと7つ。
「ウハハハハハハハ!! ……っとと」
「ой! アルアル限界を超えてマース!」
「……おぉ。流石にここまでくると多少の見ごたえはあるな」
目まぐるしく球が空中で踊るように跳ねまわる様は美しさすら伴っていた。
所詮女子供手遊びと偏見のあった我道も、ここまで行くとさすがに感心せざるを得ない。
「とぅ!」
気合の掛け声とともに7つの球を空高く放り投げ、一回転しながら全てキャッチして決めポーズ。
顔に張り付けたピースサインからオッドアイの瞳が覗く。
すこしだけ息を切らした堕天使がふふんと息を漏らし得意げな顔で喧嘩家を見た。
「どうであるか!? 我が力理解できたか?」
「ふっ。負けたぜ」
ヒシっと堕天使と喧嘩家は握手を交わした。
歴史的和解である。
「アルアール。さっきの私もやってみたいデース」
「アルアルはやめてぇ。まあ、よかろう。落とすでないぞ」
ソフィアはアルマ=カルマから三つの球を受け取った。
「うーん。しょ。こんなかんじデスか?」
そう言って軽い調子でソフィアは3つの球を回し始める。
テンポよく宙を泳ぐ三つの玉。
見事なジャグリングである。
「ククク。お主も我と同じ『輪廻を操りし者(ジャグラー)』であったか」
「イイエ。初めてやりマシタ。面白いデスねこれ」
「え゙?」
「初めてデスけど。アルアルのをチャンと見てマシタから、ダイタイ分かりマスヨ?」
「えー」
なんと未経験者であるという。
三つだけとはいえ初心者にこうもあっさりやられては立つ瀬がない。
「慣れてきマシた。ボール追加してくだサーイ」
「つ、追加ってどうやって……?」
「投げてくだサーイ。アルアルのコント―ロルならイケまーす」
「えぇ。ど、どうなっても知らんぞ!」
ポイっと球を投げ込む堕天使。
ソフィアは美味くそれを流れに組み込み、四つのジャグリングに成功する。
その様子を見て我道は感心したように言う。
「へぇ。大したもんだな。流石は天才諸星ソフィアって所か」
「へ。て、天才?」
アイドルランキング。
それはアイドルを数値化して格付けする残酷な制度。
苛烈な競争世界において、それは才能の有無すらも明確にする。
数多のアイドルの中でソロ、ユニット両部門でトップ10入りの偉業を果たしている唯一の存在。
故にアイドル界において彼女はこう呼ばれる。
――――天才、と。
「うーん。これ以上は無理デスねー。私がジャグれたのは5つまでのようデス。アルアルすごいデース」
「う、うむ。当然である。後アルアルはやめてぇ」
ソフィアの記録は5つ。
アルマ=カルマの7つには遠く及ばなかった。
とは言え、アルマ=カルマからすれば初心者にここまでやられては穏やかではなかった。
「我はこれより鍛錬に励む」
にわかには負けられぬと、再び『輪廻の如き永遠の舞い』に勤しむ堕天使。
いやまあ、ジャグラーは本業でもなんでもないけれど。
■
「それで、なんで歌ってたんだ?」
改めて、アルマ=カルから少し離れたところで、我道はソフィアに問いかけた。
この状況でライブをやるなど正気ではない。
それを理解しながら全力で楽しむ方向にシフトした我道も大概だが、我道の場合自衛手段がある。
ソフィアの場合はそうではないだろう。
「うーん。そうデスねェ。強がってましたけどアルアル、不安そうデシタから」
「だからライブで元気づけた、と?」
「ハイ。何事も、笑顔でいるのが一番デスからね。
ワタシの考えた一発ギャグ100連発と迷いマシタが……イイ感じのステージがあったノデ」
「そりゃ賢明な判断だったな」
誰かに笑って欲しい。単純な理由だ。
だが、それにしたって危険すぎる行為だ。
「危険だとは思わなかったのか。俺だからよかったものの危ない輩が来たらどうするつもりだった?」
「そうデスねぇ。この辺なら安全カナとも考えてマシたけど」
確かに、ここは地図上の端の端。
中央に比べれば目指す人間も少ないだろう。
かく言う我道だって、中央を目指していた一人だ。
そう言う意味は多少は安全だろうが。
「多少の危険ヨリも、何よりアルアルと仲良くナリたかったカラですね」
「仲良くねぇ…………」
確かにその成果はあったのだろう。
†黄昏の堕天使 アルマ=カルマ†こと、有馬良子はかなりの人見知りである。
中二病のキャラを被っていなければ初対面の人間とはろくに会話もできないような小心者の人間である。
それが、ソフィアのみならず、無精髭のオヤジに対しても時折素を見せるくらいには気を許していた。
それはライブの中で心ひとつにして盛り上がったからだ。
あの一体感が心の距離を縮めた。
それは間違いないだろう。
どこまで計算してやったことなのか。
「変な奴だな、お前」
「ой。ソレよく言われマース」
天才。そう彼女は評される。
だがもう一つ。彼女を表する言葉があった。
変人。ソフィア・ステパネン・モロボシ。
良い意味でミステリアス。
悪い意味で変人。
どうしようもなくつかみどころがない。
「ま、いいや。とりあえずお前らは俺が面倒みてやる。いいな?」
「ワタシはイイですヨー。アルアルには聞いてみないと分かりまセーン」
「んじゃ聞いてきてくれ」
「ハーイ。アルアール!!」
「アルアルはやめてぇ」
仲良くじゃれる堕天使と雪妖精を見つめ我道は息を付く。
(しかし、一度見たらだいたい理解できる、ね…………)
だとするならば。
我道が見せた奥義もあるいは……。
(…………まさかな)
そう簡単にマネられる技でないからこその一発芸である。
我道は自分の中で生まれたその考えを笑い飛ばした。
[H-8/灯台付近/1日目・黎明]
[ソフィア・ステパネン・モロボシ]
[パラメータ]:STR:C VIT:E AGI:C DEX:A LUK:B
[ステータス]:健康
[アイテム]:不明支給品×3
[GP]:10pt
[プロセス]:
基本行動方針:殺し合いには乗らない
1.HSFのメンバーと利江を探す
[有馬 良子(†黄昏の堕天使 アルマ=カルマ†)]
[パラメータ]:STR:D VIT:C AGI:B DEX:C LUK:C
[ステータス]:健康
[アイテム]:バトン型スタンガン、ショックボール×10、不明支給品×1
[GP]:5pt
[プロセス]:
基本行動方針:†黄昏の堕天使 アルマ=カルマ†として相応しい行動をする
1.ソフィアと我道に着いていく
2.殺し合いにはとりあえず参加しない
[天空慈 我道]
[パラメータ]:STR:B VIT:C AGI:B DEX:A LUK:C
[ステータス]:健康
[アイテム]:カランビットナイフ、魔術石、耐火のアンクレット
[GP]:10pt
[プロセス]:
基本行動方針:主催者を念入りに叩き潰す。
1.なるべく殺人はしない。でも面白そうなやつとは喧嘩してみたい。
2.中央エリアに向かう。
3.門下生と合流する。
4.覚悟のない者を保護する。
【バトン型スタンガン】
長さ15インチの棒状スタンガン。
最大100万ボルトまで流れる。
【ショックボール】
球状をした投擲型の炸裂球。
衝撃を与えると炸裂し、破片と衝撃波をあたりにぶちまける。
危険なので投げて遊んだりしてはいけない。
最終更新:2022年05月31日 23:52