「なんでこないな事になってしもうたんや………」

人気アイドルグループ『ハッピー・ステップ・ファイブ』の副リーダー安条可憐は膝を抱えて震えていた。
その震えは寒さによるものではない。
むしろこの場は燃えるような熱気に包まれていた。

ここは火山のお膝元にある鉱山の中。
可憐が転送されたのはその近くだった。
近くの火山が定期的に噴火するというマップの注意書きを見て、避難のために慌てて駆け込んだのがここだった。

それが間違いだった。

鉱山の入り口は一つ。つまりは出口も一つ。
そこを塞がれれば、もう逃げ場などないという事にもっと早く気づくべきだった。

「我は魔族を総べる王。魔王カルザ・カルマである。
 そこな者。隠れていないで疾く姿を見せるがよい」

唯一の出入り口の前には魔王を名乗る人外の者が立っていた。
可憐はただ物陰に座り込んで隠れるようにして息をひそめることしかできなかった。

「ホンマに、なんでこないな事になってしもうたんや………」


最初はドッキリかな? と思った。

けれど、シェリンなる少女によりあれよあれよと話が進んでいき。
だんだんドッキリとかそういうレベルの話じゃないなと気づき始め。
気付けば、見知らぬ地に飛ばされていた。

ありない出来事の数々。
目の前にマグマの池が広がっていた時にはすでに死んでいて地獄にでも来たのではないかとすら考えたくらいだ。

真っ先に確認した参加者名簿を見れば、驚くべきことにHSFのメンバー全員がいた。
それどころか、デビュー前に脱退した利江までいるではないか。
私たちに何の恨みがあるというのか? ドッキリでもあり得ないくらいの人選だった。

「この体が作り物(アバター)ってホンマかいな……むっちゃ汗かくやん」

誰に言うでもなく一人愚痴をこぼしながら、頬を伝う汗をぬぐう。
汗が吹き出しぴったりと服が体に張り付く。
体は外からも中からも熱され、湯気のような靄が全身から沸き立っている。

「あぁー、あん時もこないな感じやったなぁ」

冒険バラエティの過酷すぎる海外ロケで、火山地帯を探索させられたことを思い出した。
お笑い好きのソーニャは『可憐ばっかりズルいデース、私もそういう仕事したいデース』なんて、いつものエセ外人口調で抗議していたけれど、こればかりは譲れない。
HSFの中で、そういう体を張る仕事は可憐の担当だ。

何でもできる器用なソーニャはこういう仕事もこなしてしまうんだろうけど、可憐はそうじゃない。
ダンスも歌も才能がない自分がユニットのために出来る事を考えた末に導き出した役割だ。
ユニットのためだけじゃなく、自分自身のためにもこの役割だけは誰にも譲るつもりはなかった。

「しっかし、熱いなぁ」

地図を確認するべくメニューを開く。
思考すればメニューが開く。
どんな超技術だ。

現在位置の確認と共に火山エリアの注意書きが目に入った。

「うわぁマジかいな、ここ活火山なんかい。移動中に噴火されたらかなわんで」

なんてボヤキながら、屋根のある場所を探して歩いた。


そうして今に至る。
熱を帯びる大地に尻もちをつきながら、出口に立ちふさがる相手の姿をちらりと盗み見る。

人種の違いなどでは説明のつかない紫の肌。
何より目に付くのは頭部より生えた巨大な二本の角である。
それが人とは違う生物であることを何より雄弁に語っていた。

「隠れていても始まるまい。いい加減出てきたらどうだ?」

それだけで力があるような威厳を含んだ声。
隠れている可憐の存在などお見通しだと言わんばかりである。

「10秒待つ。それまでに応答がなければ敵対の意思があるとみなして攻撃を開始する」

反応を見せない可憐の態度に業を煮やしたのか魔王が最後通牒を突きつけた。
重力が増したのではないかと錯覚するような重圧が可憐の全身にのしかかった。

「10、9、8、」

カウントダウンが始まった。
その声が、可憐の焦りを加速させる。

(どないする……!? どないしたらええ……!? だいたい魔王ってなんやねん!
 そんなんきょうび中二のキララでも言わんわ! けど由香里やったら言うかもなぁ……。ってそんなんどうでもええねん!!)

自分で自分にツッコミながら、混乱する頭を落ち着けるよう努力する。
出ていかなければ攻撃される。
だからと言って、あんな怪物の前に無防備に姿を晒すだなんてそれこそ自殺行為だ。
なら、どう動けばいいというのか?

「5、4、3、」

答えは出ない。
考えもまとまらない。
それでも無慈悲にもカウントダウンは進んでいく。

「2、1、ゼ」
「ッ。ま、待ってください!」

カウントダウンが終わるギリギリのところで、可憐は両手を上げなら通路の影から出ていった。
元より選択肢などなかった。
出ていかなければ確実に攻撃される。
ならば、まだ可能性のある方を選択するしかない。

「あの、その‥‥ウチに戦う気ぃなんてないんです。
 すぐ出ていかんかったんは、こないな事に巻き込まれてもうて、どないしたらええかわからんくて、混乱してもうてて……」

言い訳めいた言葉を並べる可憐を魔王の眼光が射抜く。
刃よりも鋭いその視線に呼吸が止まる。
動きを止めた可憐に出来るのは、沙汰を待つ罪人のような心境で魔王の次の動きを待つことだけであった。
心臓が止まりそうなほどの緊張感の中、魔王はふむと納得したように頷いて。

「…………その言葉、まさか同郷の者か」
「同郷…………?」

混乱しながらも思わず問い返していた。
事態をつかみ切れていない可憐を安心させるように魔王の表情から威厳が張り付いた仮面が剥がれる。
そして、少し照れたようなはにかんだ表情で魔王は言った。

「ワシも……そうやで」

「魔王はん…………ッ!」


「怖がらせてもうたようでスマンな。ワシは同族には手ぇださへん安心しいや」

話してみれば悪の大魔王の様だった相手は、気さくなおっさ……お兄さんだった。
地元の近所に住んでたおっちゃんたちを思い出す気さくさである。

その外見はどう見ても人間ではないのだが、そう言えば外見は好きに設定できるのだった。
恐らくはそれでイジったのだろう、と可憐は納得した。

よく考えればそりゃそうだ。
そもそも名前に魔王なんて入ってる人がいるはずもない。
自分で名前も外見もカスタマイズしたと考えるのが自然である。

「えっと、ほななんとお呼びすればええですかね?」
「好きに読んでくれてかめへんで。立場上普段はアレやけど、堅っ苦しいのは好きちゃうねん、ホンマはな」

話を聞く限り、どうやらこの魔王様は社長的な何かをやってる人の様である。
部下の前では威厳を保って振舞っているため、いろいろと大変らしい。

「ほな、カルマさんてお呼びさせてもらいますわ。
 ほんでカルマさんはこれからどないするおつもりです?」

そう可憐は問いかけた。
可憐自身、どうしたらいいのかわかっていないからこそ、他人がどうするのかを聞いておきたかったのだ。

「ワシけ? せやなぁ。同郷の人間がおると分かった時点で、もうシェリンとかいうネェちゃんのゆうてた話の乗るんはなしやなぁ
 ただ、ここにはどうやらワシに因縁のある勇者がおるようてな、そいつらだけは許されへんな、出会ったらいてもうたろか思っとるわ」

勇者? と一瞬疑問に思ったが、そういえばシェリン曰くプレイヤーの呼称が勇者だったか。

「因縁て、どないな関係なんです?」
「おお、聞いてくれるか可憐の嬢ちゃん? これがホンマに酷い輩どもでなぁ。
 ここには二人おるんようなんやけど、一人は「郷田薫」ゆう、金融の流れを無茶苦茶にしおったドアホゥでな。
 おかげでワシが長年かけて作り上げた土壌が全部ぱぁや。何人も喰うに困って死者も出た、ホンマ酷い話やったで」
「それは…………ホンマに酷いですね」
「もう一人はある意味もっと酷うてな。「陣野愛美」とかいう女なんやけど、なんやワシらの土地で怪しい宗教なるもの始めおってな。
 そいつにのめり込んで何人も死んでいったわ」
「宗教ですか……そういう話もよう聞きますけど、怖いですねぇ」

金融崩壊に悪徳宗教。
世の悪逆を煮詰めたような、聞いているだけで吐き気がする連中だった。

その話はあまりにも可憐にとっては現実離れした別世界の話だったが、社長ともなればそういう世界とかかわりがあるのだろう。
語るカルマの辛酸を舐めたような表情は実に実感がこもっており、同情を誘った。

「スマンスマン。暗ろうなってしもたな。そういう嬢ちゃんはどうなんや? なんや知り合いでもおるんか?」
「知り合い、ですか。そうですねおるみたいですわ……」

そう言って名簿に載っていたメンバーの名前を読み伝える。
その名を聞きながらカルマはふむふむと頷きを返す。

「さよか。それでその子たちは嬢ちゃんとどないな関係なんや?」

親しい間柄なのか、それとも自分のように敵なのか?
そうカルマは問うていた。
可憐は僅かに言葉に詰まる。

知り合い。などという生易しい関係ではない。
友人、仲間、同僚、ライバル。
”彼女たち”を言い表す言葉はいろいろあるだろう。
その中で何が一番適切なのか。

「そうですね。ここにおるんはどうしようもなく可愛らしゅうて、何よりも頼りになる。ほんで、どうにも心配なウチの家族ですわ」

苦楽を共にし、共に生きていく運命共同体。
それが彼女たちの絆を表す一番適切な言葉だろう。

「家族か、そら守護らなアカンな」

「……家族を、守護る」

カルマの何気ない呟き。
それで、可憐の中で曖昧だった自分のやるべきことが決まった気がした。

「カルマさん、ありがとうございます!!」

勢いよく立ち上がった可憐はカルマに向けて深々と頭を下げた。

「お、おぅ。いきなりどないしたんや可憐嬢ちゃん」
「カルマさんのお蔭で、やるべきことが決まりました。
 すんません。いきなりですけどもう行きます!」

HSFを守護る。
HSFのために動く。

そうと決まったからにはじっとなんてしていられない。
HSFのために体を張るのは可憐の仕事だ。
この役割だけは誰にだって譲ってあげない。

あっけにとられていたカルマだったがそれも一瞬。
決意を決めた可憐の目を見て、ニカっと笑った。

「いい目や。決めたからには気張りや可憐嬢ちゃん! さっき聞いた名前の子らはワシも気にかけとくわ」
「はい! ありがとうございます」

元気のよい返事ともに可憐が炭鉱の出口まで駆けていった。
そこで一度立ち止まり、カルマの方を振り返って。

「あんじょうおおきに! 安条可憐でした。ほな!」

ビシッとキメ台詞を残して駆け出していく。
そんな姿を見送りながら、魔王カルザ・カルマが手を振った。


「クク。元気のよい事よ」

再び威厳のある口調に戻り、喉を鳴らして魔王は笑った。

気持ちのいい元気な娘だった。
あのようなモノがいるのなら魔族の将来も明るいというもの。
その家族たる魔族の一族がこの地にいるというのなら、魔族の王として気に掛けるのは当然のことと言える。

可憐に同行しその目的を助けるという選択肢もあっただろう。
だが、魔王はそうしなかった。
何故なら魔王には魔王の目的があるからだ。

それは勇者との戦いである。
むろんシェリンの定義する勇者ではなく、魔王の住まう世界を侵略した悪しき勇者たちである。

彼女と行動を共にしていては、その戦いに巻き込むことになる。
特にあの神の如き女、魔王たる己を滅ぼした陣野愛美との戦いともなれば手加減はできない。
周りの被害など気にしている余裕はなくなるだろう。

肉体を失い、魂の身の存在となった己に与えられた二度目の機会。
転生までの数百年を待たずして訪れた好機である。
逃すわけにはいかない。

「逃しはせん。勇者ども覚悟しておれ!」

炭鉱の中に魔王の声が木霊する。
その頭上で、火山が小さく噴火する音がした。

[G-3/鉱山周辺/1日目・深夜]
[安条 可憐]
[パラメータ]:STR:C VIT:C AGI:C DEX:C LUK:B
[ステータス]:健康
[アイテム]:不明支給品×3
[GP]:30→40pt(キャンペーンで+10pt)
[プロセス]:
基本行動方針:HSF(家族)を守る
1.HSFのメンバー(利江を含む)を探す
2.「陣野愛美」と「郷田薫」に警戒
※魔王カルザ・カルマをゲーム好きのどっかの社長だと思ってます

[魔王カルザ・カルマ]
[パラメータ]:STR:A VIT:B AGI:C DEX:C LUK:E
[ステータス]:健康
[アイテム]:不明支給品×3
[GP]:0→10pt(キャンペーンで+10pt)
[プロセス]:
基本行動方針:同族は守護る、人間は相手による、勇者たちは許さん
※HSFを魔族だと思ってます

008.ヴァーチャル・リアル鬼ごっこ 投下順で読む 010.恋するテレパシスト
時系列順で読む
GAME START 安条 可憐 喪失と欺瞞、あるいは無価値
GAME START 魔王カルザ・カルマ GREAT HUNTING

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2022年05月31日 23:31