地中に光は届かない。しかし、スキルのおかげで周りの様子が視認できる。
地中に空気はない。しかし、スキルのおかげで普通に息ができる。

進む。進む。ひたすらに掘り進む。右に掘り、下に掘り、上に掘り、左に掘る。
手につけた爪の武器で掘る。足で掘る。肘で掘る。頭で掘る。
クロール。平泳ぎ。授業でやったことのない背泳ぎやバタフライ。
疲れたらちょっと広い空間を作って寝っ転がって休む。

天の国と書いて天国、地の獄と書いて地獄。
彼にとってはその逆。地下世界は、掘下進にとって天国だった。

「ふぅ~……」

現在も進は休憩中。殺し合いが行われていることや大男に襲われたことは覚えている。
それでもなお、彼はリラックスしていた。
大好きな地下世界に居続けられる。地下世界まで追ってくる奴はいない。

(いっそ、ここにずっといれば優勝できちゃったりして)

そんなことだって考えてみる。考えるだけなら何だって自由だ。
地下世界に文明を築く地底人と最初に交流する地上人になってみたり。
まだ誰も見たことない新種の生き物とふれあってみたり。
失われたと考えられていた古代文明のお宝を発見してみたり。

「お宝……だよな、これ」

進が地中で見つけたもの……お宝は二つあった。
一つは、バスケットボールより一回り小さいぐらいの大きさをした球体、黄金の宝石だ。
これが本物の黄金なら一体どれぐらいの値打ちがつくのか、進には想像できなかった。
もう一つはGPである。地中には不釣り合いなプレゼントボックスがあったので開けてみたら空だった。
勝手に取得されたのかと思ってメニューを見ていたところ、GPを獲得していたことに気付いたのだった。

「待ってろ…………地下世界!」

この広い砂漠にお宝が二つしかないということもないだろう。
それに、お宝だけでなく地下世界が存在しているかもしれない。
体力もちょっと回復したし、また掘り進む旅に戻ろう。







進む。進む。ひたすらに掘り進む。上に掘り、右下に掘り、左下に掘る。
パンチで掘る。キックで掘る。体当たりで掘る。
下に掘り続けてみる。何も見つからず、飽きて上に戻ってみる。
疲れたらちょっと広い空間を作って寝っ転がって休む。

「何も出てこない……」

進は地中を掘り進みながらも愚痴る。未だに三つ目のお宝は見つかっていない。
まだ砂漠エリアの中にいるのは頭の中では理解しているが、いくら掘っても出てくるのは同じ砂ばかり。
文明どころか、動物の骨や質の違う土すら出てこないのである。
まるで、ホームセンターで一つの銘柄の砂ばかりを買って庭に敷き詰めたような。そんな感じだった。
そんな仕打ちをされても進は地下世界が好きだ。スキルの効果もあって、地中にいることを苦に思うことはない。

「もう砂しかなかったりして」

それでもお宝が二つ見つかったことは事実。進は諦めず、一心不乱に掘り進む。
そして、諦めなかった進に対するご褒美かのように土の質が変わった。
今までは砂漠の砂だったが、今度は植物も育つ普通の土って感じだ。

「……!」

進のテンションが上がる。勢いよく前へ前へと掘り進む。
しかしその勢いが仇となった。
思い切り伸ばした右腕の先が土でない感触を捉えた。そう思った時には、既に手遅れだった。

「げぶっ!」

進の顔に勢いよくぶつかってきたのは水だった。進の開けた穴から水がなだれ込んできたのだ。
水は重力に従ってどんどん流れ、やがて地中というフィールドは水中へと属性を塗り替えられる。
地中で息が可能となる穴掘りスキルも水中では無力。
息がまともにできなくなった進だが、それでもまだ頭は働いている。
穴の中にいては浮かび上がることはできず、そのまま窒息するだけ。
ならば進むべきは前、穴からの脱出。穴から出たら上、水面を目指す。

……この時、進は上斜め後ろに掘り進めば息のできる地中フィールドに出られることに気付けなかった。
まずは水をどうにかしなければという思いが強かったのだ。

前に進むためにはなだれ込む水流をなんとかしなければならない。
解決策は後ろにあった。後ろの穴を閉じれば水は行き先がなくなり、水流も発生しないのだ。
後ろ足を駆使して穴を閉じる。水流は止まり、前への移動が可能となる。
水中で目を開けるのは苦手だがそう言っていられる状況でもない。上を見る進。

(遠っ……)

今まで掘り進んでいた深さを実感させられた、絶望の瞬間だった。





「…………む」

砂塵が晴れ、遠くも視認できるようになる。
そこにあったのは、目指していた砂の塔ではなくオアシスだった。
どちらかというと闘いのためではなく憩いのために立ち寄るような場所である。

「…………」

酉糸琲汰は地図を確認する。眼前にあるのはA-1、オアシス。目指すべき塔はA-4。琲汰の背後である。
今まで琲汰はまるっきり逆の方向に向かっていたのだった。
そもそも開始時にどっちの方向を向いていたかすらわからなかったので、塔に辿り着けないのも必然とは言えた。

「……」

おまけに砂の塔は既に支配者が存在する状態になっていた。
支配者の名はBrave Dragon。直訳すれば勇敢なる龍といったところか。
名は体を表すと言う。龍と出会えていれば、心躍る闘争を繰り広げられていたはずだった。

もはや誰もいないオアシスになど用は無い。
踵を返そうとした瞬間、琲汰はオアシスに浮かぶ存在に気がついた。

「……童子か」

うつ伏せのまま浮かんでいる子供。身体に力が入っているようには見えない。
息がどれだけ続くか試しているわけではないだろう。つまり、溺れた後ということだ。

あの子供を殺せばGPが手に入り、後の闘いで有利になるだろう。
だが、琲汰がしたいのは闘争。優勝が目的ではなく、闘争が目的なのだ。
優勝狙いならGPを得るという選択もあった。だが、闘争狙いならここは救助一択だ。
子供そのものが強者という可能性もあるし、子供から強者の情報を得ることができるかも知れない。

決めてからの行動は早かった。服を一瞬で脱ぎ、オアシスに飛び込む。
子供の元へとクロールで駆けつけ、片手で軽々と陸地に放り投げる。
すぐさま自分も陸地に戻り、心臓マッサージと人口呼吸を行う。
鍛え上げた肉体のみが成せる、一切の無駄のない救助行動である。
……肉体は見た目しかこの殺し合いに持ち込むことはできず、泳ぎが早かったのは装備品・スイムゴーグルの恩恵ではあるが。

「がぼっ!げほっ……げっほ!」

かくして、少年――進は無事に救助されたのである。

「……」

琲汰は少年の近くに腰を下ろし、少年を観察する。少年は両腕にはかぎ爪のようなものを着けていた。
琲汰が思い出すのは以前に戦ったかぎ爪使い。奴はかぎ爪を使って金網をよじ登り、空中から攻撃を仕掛けてくる強敵だった。
ただ、かぎ爪以外は……特別に鍛錬した様子もない普通の少年だ。
闘争は望めないか、と少しがっかりした気分になる琲汰。後はこの少年が強者の情報を持っているかどうかである。

少年の目が開く。どうやら意識を取り戻したようだ。


「……起きたか」

琲汰の声を聞き、少年も琲汰に気付いたようである。
目と目が合う。少年の視線はだんだんと下がっていく。

「うっ、うわああああーっ!?」
「むっ!」

突然、少年はそのかぎ爪で琲汰を攻撃してきたのである。
いきなり攻撃してくるとは思っていなかった琲汰だが、闘争の道を歩んでいれば何度も奇襲を受けた経験はある。
頭で考える前に本能で防御する。琲汰の左腕に浅いひっかき傷がついた。

琲汰が闘争の中で編み出した奇襲への対策、それは防御だった。
奇襲した側とされた側、有利なのは圧倒的に前者である。
奇襲者に対して闇雲に攻撃を仕掛け、さらに不利に陥るなんてことはザラにある。
さっきまで溺れていた少年が二の矢三の矢を用意しているとは考えにくいが、琲汰は少年を敵と認識している。
敵であれば、例え童子を相手にしたとしても全力だ。

防御態勢を取りながら少年の様子をうかがう琲汰。
少年は琲汰に背中を見せ、一心不乱に穴を掘っていた。

(何かが埋まっているのか……?)

地面から何かを掘り出して闘いに使用するためか、あるいは砂を使用した目潰しの準備か。
どちらにしろ、攻撃に転じるには良いタイミングだった。

「でぇい!」

琲汰は少年に対してローキックを放つ。
鍛えていない少年に放つには重すぎる蹴りだ。当たれば死に至る可能性も高い。
だが、それが闘争だ。闘争の結果、相手が死ぬことになっても仕方ないと琲汰は考えていた。

そのキックは少年が地中に潜ることによって避けられた。
琲汰は少年が入り込めるほどの大きな穴を掘る時間は与えていない。
それでもなお、少年は地中に潜ることができた。これは、少年のスキルの効果か――!

「なにっ……くっ!」

少年へ追撃をするために穴へと踏み出す琲汰だが、地面が揺れてバランスを崩してしまう。
どうやら少年は地中を掘り進んでいるようだ。地面がぼこぼこと盛り上がっていくのが見える。
これまでに色んな敵と戦ってきた琲汰だが、地中の相手に対して攻撃ができるような技は持っていない。

「地裂拳!」

技がないなら編み出すまで。琲汰は思い切り地面を殴りつける。
殴った衝撃が地中を伝わって少年の元まで届く、ことはなかった。やはり即席の技では無理があったのだ。
少年はさらに深く掘り進んでいく。やがて、地上からは少年の痕跡も追えなくなった。


「……」

琲汰は左腕につけられたひっかき傷を見る。
かぎ爪による傷だが、まるで人間の爪でひっかいたかのような浅い傷だった。
パラメータの差がありすぎるためか、武器を使ってもあまりダメージが入らなかったのだ。
もしもあのかぎ爪に毒でも塗られていたら……最悪、琲汰は死亡していた。

「……見事だ」

それは、少年の取った戦法に対する感想だ。
弱者を装い、奇襲を仕掛ける。奇襲で相手を殺せれば良し。失敗すれば地中に逃げる。
逃げる際は地上にいる相手の真下を通るようにして、バランスを崩し追撃を阻止する。
考えてみれば、初撃のタイミングも見事であった。話しかけた直後でもなく、目が合った瞬間でもない。
琲汰の警戒心がほんの少しだけ緩んだところを的確に突かれた。

だが、そんな見事な戦いぶりを見せた少年はオアシスで溺れていた。
おそらく、あの少年の戦い方が通用しない相手がオアシスにいたのだろう。

「……次は負けん」

少年は南へ向かって逃走していったが、途中で方向を変えれば追っ手を撒くことは容易。
ここは、どこへ行ったかわからない少年よりも塔にいる勇敢なる龍と戦う方が確実だ。

――次は負けない。
その言葉は、少年に対してのものであり、次に戦う誰かに対してのものであり、この砂漠に対してのものでもあった。




少年は――進はただ、怖がっていただけだった。
そこにいた男はスイムゴーグルをしていて目線もよく見えなかった。
そして、男は……裸だった。裸にゴーグルをつけただけの姿だった。進には変態にしか見えなかった。
進は、世の中には「男しか愛せない男の人」が存在することは知っている。

(へ、変態に、襲われるっ!)

襲うとはどのような行為を指すのか進はまだ知らなかったが、とにかく良くないことをされるのは確かだ。
進はパニックに陥りながら変態を遠ざけようとする。
思い切り突き飛ばすつもりで両腕を前に出すと、かぎ爪が男の腕を引っ掻いていた。
その後は男の行動など気にせず、全力で地中へとエスケープ。
後ろに進めばまた水の中なので、進むべきは前。前に進めば、ちょうど男の真下を通る形になる。


琲汰が見事だと称した少年の戦法は、全て偶然によるものだった。



誰も敵のいない地中を掘り進むうち、進は冷静さを取り戻していく。

「……あ」

そして気付く。さっきのお兄さんは溺れていた自分を助けてくれたのではないか。
裸だったのは水着を持っていなかったから。ゴーグルを着けていたのも泳ぐため。
自分は、助けてくれた恩人に対して攻撃を仕掛けて逃げ出した、とんでもなく嫌な奴だったのではないかと。

謝れない男にはなるな、が進の父親の口癖だった。
喧嘩した後は友達に謝った。庭を掘った後は両親に謝った。
……あのお兄さんにも謝らなければ。

また溺れるのも嫌だったので地上を走ってオアシスへと戻る進だが、そこには男の姿は既に無かった。
地面には男の足跡が残っている。急いで足跡を追うと、途中で足跡は途切れていた。
大砂漠を吹き荒れる砂塵が足跡を消していたのである。

「お兄さーん!」

大声で呼びかけてみるも、砂が舞う音でかき消されてしまい遠くまでは届いていないように感じる。
声には何の返答もなかった。

「……」

進は地図を確認する。
さっき地上に出た時にちらっと見えた建物。あれは神殿だろう。
神殿とオアシスの位置から男の向かった先を考えると、砂の塔へと行き着く。

「ドラゴン……って……」

砂の塔には既に支配者が存在しているようだ。
Braveなんて単語はまだ習っていないが、Dragonなら分かる。
進の脳裏には最初に出会ったあのドラゴンに変身する大男の姿が想起されていた。

「……止めなきゃ」

あの大男は危険人物だ。お兄さんと出会ってしまったら、お兄さんが殺されてしまうかも知れない。
進は、溺れていた子供を助けるような心優しいお兄さんが自分のせいで殺されるという結果が怖かった。
……最も、琲汰の方も進を殺そうとした男ではあるのだが、進は琲汰が攻撃してくる瞬間を見ていなかった。

進は砂漠を進むことを決意した。お兄さんに謝るため、そしてお兄さんが殺されるのを防ぐために――。

[A-2/大砂漠/1日目・黎明]
[酉糸 琲汰]
[パラメータ]:STR:B VIT:B AGI:B DEX:B LUK:E
[ステータス]:闘気充実、左腕にひっかき傷
[アイテム]:スイムゴーグル、支給アイテム×2(確認済)
[GP]:10pt
[プロセス]:
基本行動方針:ただ戦い、拳を極めるのみ。
1.「砂の塔」を目指し、Brave Dragonと戦う。
2.強者を探す。天空慈我道との決着を付けたい。少年(掘下進)にも次は勝つ。
3.弱者は興味無し。しかし戦いを挑んでくるならば受けて立つ。
※探索系スキルはありませんが真っ直ぐ進めば砂の塔に辿り着けると信じています。


[掘下 進]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:E DEX:E LUK:E
[ステータス]:疲労(中)
[アイテム]:忍びの籠手(E)、神速のブローチ(E)、支給アイテム×1(確認済)、黄金の宝石
[GP]:10→20pt(地中で拾って+10pt)
[プロセス]:
基本行動方針:死にたくない。
1.「砂の塔」を目指し、助けてくれたお兄さん(酉糸琲汰)に謝る。大男(Brave Dragon)の危険性も伝えたい。
2.何かあったら地中に逃げる。
3.地下世界、まだ何かあるかも。砂漠以外の地下も掘ってみたい。
※神速のブローチの充電が切れたことに気付いていません。
※探索系スキルはありませんが真っ直ぐ進めば砂の塔に辿り着けると信じています。

【黄金の宝石】
地中に埋まっていた綺麗な宝石。
効果や使い方は後続の書き手さんにお任せします。

025.多分こいつは敵だと思う 投下順で読む 027.Blasphemous Detective
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さすらいの拳 酉糸 琲汰 Dragon Slayers
ヴァーチャル・リアル鬼ごっこ 掘下 進

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最終更新:2020年10月14日 21:59