「……やってしまった」
巨大な塔の前で立ち尽くしていたのは、あまりにもファンシーな魔法少女だった。
夜に光り輝くサファイアみたいな青い瞳。
両結びにされているのは現実にはあり得ないピンクの髪が風に揺れる。
天使の翼が生えた白の魔法少女コスチュームに身を纏い注射器みたいな魔法の杖を振りかざす。
彼女こそ魔法少女エンジェル☆リリィ。
地球を癒すべく魔法の世界からやってきた魔法少女である。
いや。
正確には、魔法少女エンジェル☆リリィのコスプレをした三十路養護教諭、白井杏子である。
「出来心だったんです……」
誰に聞かれてもいないのに犯人は自供する。
コスプレ趣味が高じて、つい好きなアニメのキャラクターを再現してしまった。
だってこのクオリティで自由に設定できるとか言われたら…………ねぇ?
レイヤーの性として、やっちゃうでしょ?
しゃーない。これは情状酌量の余地しかない。
まあ……能力再現まで目指したのは正直やりすぎたとも思うけど。
やってしまったものは仕方ないにしても。
こんな姿生徒や同僚に見つかったら死ねる。
幸か不幸か参加者名簿を見る限り、知っているのは「高井丈美」の名一人だけであった。
明らかにゲーム名みたいなのがちらほらと見受けられたので、その中に知り合いがいる可能性はあるが。
かくいう私もその口なので何も言えない。
同姓同名の可能性はあるが、まずは高井丈美を探すのが最優先だろう。
その真偽は別としても殺し合いなどという物騒な状況である。
教育者として生徒の保護を最優先するのは当然のことだろう。
明らかな異常事態、少なくとも拉致されてるのは間違いなのだから。
「なんでこのカッコにしちゃったかなー」
だって生徒がいるなんて思わないしさー。
彼女を保護するという事は彼女に正体を明かすという事だ。
必然的に私のオタバレがするという事である。
地獄かな?
天使を選んだはずなのに、地獄とはこれ如何に?
「あっ!? 魔法少女エンジェル☆リリィだ!」
背後よりの突然の大声に、体をビクつかせる。
普通にビックリした。
なんだよもーと振り返る。
その先でさらにビックリすることが待っているとも知らず。
そこには、竜を模した仮面をかぶった筋骨隆々の大男が立っていた。
男にはどこか生物的な「畏怖」を呼びよこすような何かがある。
え、めっちゃ怖い。
こんな相手に殺し合いの舞台であった私の心境たるや察して欲しい。
日常生活でもこんなのに夜道で出会ったら100%逃げる。
だと言うのに恐怖と混乱で私の足は動かなかった。
「あっと、しまったよ。あんまりにもクオリティが高いから思わず話しかけちゃったや」
そう言って大男が仮面の上から頬を掻く。
その仕草は外見に見合わず妙に子供っぽかった。
いやまあアバターなんだから中の人が本当に子供である可能性はあるけれど。
それで僅かに恐怖が和らいだ。
相手が子供である可能性を考えたからというより、その行動本位が共感できたからだ。
二次元が三次元に降臨するというオタクの夢を目の前にして興奮せざるを得ないのは分かる。
アバターが三次元かどうかについては審議の余地があるだろうが。
「けど、すごいなぁ、いいアバターだなぁ」
純粋な反応で褒められると、むくむくと沸き立つものがある。
イカン。
このままだといけない。
こんなカッコをしているのもその性質が原因なのに。
レイヤーとしての血が疼きだしてしまう…………!
「わかります? わかっちゃいます?」
だが、ついついこだわりなんかについて語りたくなってしまう。
「顔面の設定を落とし込むのには苦労したんですよねぇ。
やっぱアニメ長を現実的な感じ再現するっていうの? なかなか上手くいったと思うんですけどどうです?
衣装なんかも、小道具は分かりやすかったんですけど、衣装は設定資料にもないから大変でしたよ。
コス作る時は翼部分がネックなんですけど、アバターだと楽ですね意外とすんなりでした」
捲し立てる。
これが人の性か。
いやオタクの性か。
「衣服に関してはドレスはやっぱり細かくって特にこの辺のフリルの質感とかこだわったんですよねぇ」
ピラっとスカートの端をつまみ上げると、目をそらしつつも視線はがっつり露になったふとももに向かっていた。
まあその手の視線はカメコで慣れてるけど。男の子だなぁ。
「あなたも好きなんですか? 魔法少女エンジェル☆リリィ」
「え、あっ。べ、べつに好きとかじゃねーし」
ツンデレかな?
いやあれか、魔法少女アニメなんか見てると知られるのは恥ずかしい的なやつか?
思春期男子特有の価値観を拗らせた人なのか、それとも本当に思春期男子か?
さっきからの反応を見るにそんな気がしてくるが。
こんな思考になるのは普段から中学生と接する職業をしてるためだろうか。
「ちょっとお尋ねしたいんですが、ひょっとして学生さんだったり…………?」
「えー出会い厨じゃないだから、リアルのこと聞くのは無しでしょー」
恐る恐る聞いてみると、ネットリテラシーのしっかりした意見が返ってきた。
まあこれはこれである意味安心の答えである。
知らなければ確定することはない。
これ以上触れなければこの話題はおしまい、だというのに。
「まあ年齢くらいならいいか。実は今年中学生になったばかりなんですよね」
くそー。中学生のネットリテラシーェ……。
今の子は逆に緩いのか?
私の時代は違ったんだけどなぁ。
「へ、へぇー、へぇー。そうなんですね。へぇー」
まさかね?
いくら何でもないない。
どんな偶然なんだって話だろう。
けど、高井さん(少なくとも同姓同名の人)は巻き込まれてるわけだしなぁ。
あーそれに、うちの中学なんかPCゲームの部活とかあったような……。
「中学で部活とかー…………やってたりしますぅ?」
「部活って言うか同好会ですけど、PCゲーム同好会に所属してますね」
ああ、そうだそうだ。
部活じゃなくて同好会だった。
あーうん。つまり、うん。
あれだ、確定かこれ?
「…………日天中学」
「え!?」
ぼそりと呟かれた私の言葉に、大男はびくりと体を震わせる。
「え、え!? なんで? え? え!?」
突然の身バレに大男が本気で困惑した様子を見せる。
このリアクション。ああ……もう間違いないだろう。
黙ってたいなぁー。
けどダメだよなぁー。
大人の責任だもんなー。
自校の生徒ならなおのこと確認しておかないとダメだし。
ええい、ままよ!
「私が――――養護教諭の白井よ」
■
「まさか白井先生にこんな趣味があったなんてなぁ」
「やめて、忘れなさい。登くん」
登くんはこちらをからかうようにニヤニヤと笑っている。
しばらくこのネタで弄られるんだろうなぁ。
けれどまあ、そのかいあって互いの身分を明かしあって情報を交換することはできた。
「それで、このけるぴーっていうのが馬場くんで、この……なに? †黄昏の堕天使 アルマ=カルマ†ってのが有馬さんってことね」
「うん。そうだよ」
失ったものは大きかったが、こうして保護すべき生徒の正確な情報が入ったのでよしとしよう。
よしとしよう!
「この枝島杏子って人は先生の知り合いじゃないの? 同じ名前みたいだけど」
「馬鹿ね。同じ苗字ならともかく、名前が同じなだけならただの他人じゃないの」
「それもそうか。けど枝島杏子って枝島先生と白井先生結婚したみたいな名前だね」
こちらをからかっているのだろう、楽しそうにイシシと笑う。
その仕草と筋骨隆々の男とのミスマッチが酷いな。
「やめてよね。枝島先生にも失礼よそういうの」
「はーい」
まったく。全く興味のない相手とカップリングされてもお互いいい迷惑だろう。
なま物の取り扱いには注意してもらいたいものである。
「よし、それじゃあ、馬場くんたちを探しましょう。いいわね登くん?」
「え、なんで?」
「え?」
僅かに固まる。
何かがかみ合ってないような違和感。
それが何なのか、ここで正確に把握しておくべきだった。
「……なんでって、みんなと協力して立ち向かうためによ」
「協力? 甘いね先生」
「え?」
ズガンと言う衝撃。
拳が叩き込まれたと気づいたのは、自分の体が塔の石壁に叩きつけられた後の話だった。
「…………ぁ……ぐっ。は…………っ!」
血を吐いた。
肋骨が砕けて、チクチクと内臓に刺さっている。
壁に叩きつけられた背骨にもダメージがあるのかうまく体が動かない。
何が起きたかわからない。
殴られた?
誰に?
決まってる。
だけど何故?
何のために?
「へへっ油断したね。残念がらこれは協力プレイじゃなくて、情け無用のバトルロワイアルなんだよね!」
筋骨隆々の大男はゲームでも遊んでるかのように愉しそうに笑いながら、その場でシュシュと素振りを見せる。
何を言っているのか。
あまりにも無邪気に紡がれる言葉に恐怖を覚える。
「…………待っ、て」
息をするのもギリギリの状態で、なんとか絞り出すように言う。
命がけで懇願する私の声を聴いて、私の守るべき生徒は。
「待たないよ~だ」
岩のように巨大な拳を容赦なく振り下した。
■
殴る。
僅かに血が飛び散る。
なんて地味な演出。エフェクトもしょぼいし、その割にリアリティがない。
リアリティが高いと評判の洋ゲーはもっと血しぶきがド派手に飛んでたものだけど。
蹴る。
骨が折れた鈍い音が響く。
SEも微妙だ。音量も小さい。
アバターのクオリティはいいのに、その辺の造り込みが甘いのが実に惜しい。
βテストの意見フォームにはこの辺の改善案を出しておきたいところである。
貫く。
振りぬいた拳が胴体を貫いた。
それで完全にHPが0になったようである。
先生のアバターは粒子となって消えていった。
あ、この辺はゲームっぽい演出かも。
■
「あーあ、あとで怒られちゃうかもなぁ」
調子に乗ってやってしまったが、ちょっと不意打ちっぽかったかな、と反省する。
まあもともと話しかけちゃったのがイレギュラーだ、最初の目的を果たしただけとも言える。
あのクオリティで好きなアニメキャラが目の前にしては話しかけざるおえないので致し方ない話だった。
ソロゲームで協力プレイなんて軟弱な方針をとる登ではないが、次に学校に行ったときに先生には怒られてしまうかもしれない。
まあゲームなんだし、大人な先生がムキになるとは思わないけど。
優しい先生だ、きっと笑って許してくれるだろう。
「しかし白井先生があんな趣味の人だったとはなぁ。
あ、この件で説得すれば、顧問になってもらえたりしないかなぁ、そうすれば念願の部昇格とかになったりして」
そう言って、悪戯を想像するように笑う。
その未来をたった今自分の手でたたき壊したとも知らず。
「あれ? 100ptしかない?」
敵を撃破したことだし、その成果であるGPを確認する。
だが入っていたのは100ptだった。
前回の更新分も含まれてるはずである。
登の計算では130pt入っているはずなのだが。
「あーそうかぁ! クソぉ間に合わなかったのかぁ!」
登はスタートダッシュボーナスが2倍だと勘違いしていた。
数学どころか算数レベルで躓いている中学生だった。
スタートダッシュボーナス中に倒した最初の相手が30pt×2。
白井先生を倒したときにはスタートダッシュ期間が終わっていたため30pt
これでウェルカムボーナスの10ptと合わせて100pt。計算は合う。
「けどまだ2時前なんだけどなぁー」
時計を確認する。
まだギリギリだが2時前である。
「まぁβだしな、仕方ない。後で報告しておこう」
β版にバグはつきもの。
その辺には寛容であらねばなるまい。
それがテスターとしての礼儀である。
■
「これでいい……のかな?」
砂色のオーブが光り輝く。
あっさりと砂の塔の制圧は完了した。
妨害するような敵もおらずただ塔を登ってオーブを更新するだけ。
ボスキャラでも待ち構えているんじゃないかと考えていた登からすれば拍子抜けであった。
当初の予定では、ここで待ち伏せをしてボーナスを稼ぐというものだったが。
バグのせいかボーナス期間が終わってしまったため、うまみは少なくなってしまった。
そうなると、GPを稼ぎたいのなら別の方法を考えるべきだろう。
塔の頂上から外を見る。
夜で視界は殆どないが、地図で見る限りおそらくこの視線の先にはもう一つの塔があるはずである。
塔をハシゴするのはどうだろうか?
雪の塔の制圧。
上手くいけば、あっという間に300ptゲットできる。
GPの使用方法はアイテムとの交換をまず目指していたが。
「やっぱほしいよなぁSランクスキル」
この100ptを使ってしまうのもいいけど、ゲーマーとしてはSランクスキルという響きには惹かれるものがある。
だが、堅実に行くべきという考えもゲーマーとしての考え方だろう。
どうするべきか。
GPの使い方についてあれやこれやと夢想する。
それだけで楽しいものである。
新しいゲームに、少年はワクワクが止まらなかった。
※砂の塔の支配者が[Brave Dragon]に書き換わりました。
この情報はマップ上から確認できます。
[白井 杏子(魔法少女エンジェル☆リリィ) GAME OVER]
[A-4/砂の塔/1日目・深夜]
[登 勇太(Brave Dragon)]
[パラメータ]:STR:A VIT:B AGI:E DEX:E LUK:E
[ステータス]:健康
[アイテム]:ゴールデンハンマー、支給アイテム×5(確認済)
[GP]:10pt→100pt(勇者殺害×スタートダッシュにより+90pt)
[プロセス]:
基本行動方針:見敵必殺!優勝目指して頑張るぞ!
1.「雪の塔」を目指し、300ptを目指す。
2.「けるぴー」って馬場先輩だよね。帰ったら感想聞いてみよう。
3.この件で説得すれば白井先生が顧問になってくれるかも。
[備考]
1.本ロワをただのゲームだと思っています。
2.少年(堀下 進)を殺害できたと思っています。
最終更新:2022年05月31日 23:43