「ぅう………っ」

大森林の巨大な木の根っこの間にその少女はいた。
街灯の灯りなどない暗闇の世界。唯一世界を照らす月の光も木々に隠れて疎らに降り注ぐばかりである。
暗闇の中、膝を抱える少女は小動物みたいに震えていた。

少女の名は田所アイナ。
テレパシー能力を持った超能力少女である。

彼女はこの殺し合いが本物であると正しく認識していた。
だからこそある程度の覚悟を望んで挑んだつもりだったが、いざ降り立ってみればこれだ。

周囲は暗闇、影絵の木々が立ち並ぶ夜の森。
まるで怪物の腹の中にいるようだった。
不安で一歩も動くことができなかった。

こうして隠れている間に、白馬の王子様みたいなヒーローが解決してくれればいいのに。
なんて、そんな夢みたいな事を思う。

王子様。
その言葉に、彼女の脳裏に浮かぶのは一人の少年の姿だった。

大和正義。
誘拐されかけた彼女を助けてくれた彼女の恩人であり、初恋の相手である。
何の見返りも求めない純粋な善意は人間不信に陥りかけた彼女の心を救った。
あれほど尊い存在をアイナは見たことがない。

アイナは尊いものが好きだ。

ゲームやアニメも尊いから好き。
その中でも一番尊い物、アイドル。
昨今のブームに乗せられた口だが、尊さではアイドルの右に出るものないだろう。

中でも彼女の一推しは歌姫、『TSUKINO』こと大日輪月乃である。
彼女のコンサートにも何度も足を運んでいる。
世間ではカリスマヴォーカリストとして評価されているが、それよりもアイナは彼女の神秘的な雰囲気の方が好きだった。

だがなんと言う事か。
そんな彼も彼女も、この殺し合いの地にいると言うではないか。
殺し合いだと正しく認識しているアイナにとっては絶望でしかない。

「はぁ」

ため息が零れた。
彼女の心境を示す様に、彼女の上に影がかかる。
月が雲間に隠れたのかと思ったけれど、そうではなかった。
見上げればそこに

「お、お嬢ちゃん、お、オレがイイものをみ、み、見せてあげるよ、グヘヘ」

爆発したような頭をしたにやけヅラの変態がいた。

時が止まる。
ハァハァと息を荒げる男と、プルプルと身を震わせるアイナが無言のまま数秒見つめ合い。

「…………き」
「き…………?」

「キャアアアアアアア―――――――!!!!」

絹を裂くような悲鳴が響いた。
つんのめりながらも、脱兎のような勢いで少女が駆け出す。
必死の形相で不安定な獣道を駆けて行った。

「あっ。ま、ま、待って!」

男もそれを追う。
夜の森で男と少女の追いかけっこが始まった。

「キャアア! キャアア! キャアアアアアアア!!」

後ろから迫る変質者の気配を感じ、少女は悲鳴を上げながら走り続ける。
追いつかれればどんな目にあわされるか、想像するだけで恐ろしかった。

運動神経はあまりいい方ではないアイナだが、成人男性相手に距離を詰められることなく逃げられているのはアバターのAGIのお蔭だろう。
距離の詰まらない所から見て恐らくは同ランク。
順当にいけば捕まることはない、差が詰まる要素があるとするならば、コース取りやペース配分。
それに、

「きゃっ!?」

アクシデント。
飛び出していた木の根に引っかかって、アイナがスッ転んだ。
地面は柔らかい腐葉土であったため、痛みもなく服が汚れるだけですんだが。

「はぁはぁ、お、追いついた、よ」

倒れるアイナの視線先に息を切らした男が迫っていた。

「いや…………た、助けて」

ジリと距離を詰めてくる男。
倒れこんだままのアイナが後ずさる。

「助けて、助けて…………正義さん!」

彼女の中のヒーローの名を呼ぶ。

「――――――とぅ!」

その瞬間、それはまるでヒーローみたいに現れた。
彼女たちの横合いから飛び込んできた小柄なシルエット。
それは矢のような軌道で一直線に変質者へと向かって跳んだ。

「ぶっ!?」
「懲りないわね、爆弾魔…………ッさん!」

飛び込んだその足が変質者の顔面へとめり込み、そのまま一息で振り抜かれる。
鼻血を垂れ流しながら変質者の体が吹き飛んだ。
その体は一本の樹の幹にぶつかって、ずるずると地面に落ちた。

そうして漆黒を抱えた夜の森に、光を持って彼女は現れた。

腐葉土の大地に音もなく降り立った影。
木々の間から零れる僅かな月明かりがスポットライトのように彼女を照らし影が払われる。
彼女が舞い降りただけで、そこは一瞬でステージに変わった。

夜でも光を失わぬ大きな瞳。
子供から大人へと移り変わる一瞬のみに許された、愛らしさと美しさの入り混じった奇跡の美。
自信に満ち溢れた凛とした態度には誰もが目を奪われ惹きつけられるだろう。
そして一度見れば目をそらすことを許さない、全てを支配する圧倒的存在感。

それはまさしく地上に現れた綺羅星。
スターの登場にオーディエンスの声が重なる。


「「ひかりちゃん…………!!!」」





――――アイドルランキング。



それは業界の仕掛け人「秋原光哉」が打ち出したアイドル界の新たなる指標である。

売上、人気、パフォーマンス、影響力など100を超えるアイドルに関する項目を数値化し、これをランキングとして大々的に公開。
これにより、これまであったユニット内の競争にとどまらず、事務所の垣根すら超えアイドル間の競争が激化。
格差を嫌う時代の流れに真っ向から逆らう、業界全体を巻き込んだ一大革命である。

世はまさに群雄割拠が覇を競うアイドル戦国時代。
そのアイドルランキングにおいてソロ部門、及び、総合ランキング暫定1位――――美空ひかり。
彼女こそ、アイドル界の頂点である。

「またこんなことしてぇ。前回の件で懲りなかったのかしら? 爆弾魔さん」
「ち、ち、違っ。お、お、お、オレはただ、お、怯えて、たみたいだったから、こ、この子を」

怒気を含んだ問いかけに、赤くなった鼻を抑えながら爆弾魔、焔花珠夜が弁明を述べる。
だが、アイドルはその言い訳を断ち切るようにぴしゃりと言い放った。

「だまらっしゃい! 女の子を追いまわして、こんなに怯えさせておいて言い訳無用!」
「……ぅ、ぐっ」

反論の余地がないのか、焔花は言葉を詰まらせる。

「さあ、観念なさい!」

美空ひかりが堂に入った構えを取る。
それを見て、過去に撃退されたトラウマがよみがえったのか、

「きゃひぃいい~~ッ!」

爆弾魔は奇声を上げて逃げ出した。

「あっ。コラ、待て!」
「ひ、ひぃい」

すぐさまそれを追おうとするが、その視界に何かが放り投げられたのが見えた。

「むっ!?」

それが爆発物であると瞬時に見極めた少女は追おうとする足を止め、その場に腰を落として身を構える。

次の瞬間、爆発が起きる。
熱を含んだ爆風が迫った。

それを前に、前羽に構えた少女の両腕がくるりと回る。
廻し受け。
美しい円を描く二つの軌道が、爆風を一瞬で払いのける。

「う~ん。今日の私、絶好調ぅ。師範代にも勝てちゃうかもねん~」

などと調子に乗ってみるが、破片一つ混じっていないこの爆弾はどうやら殺傷目的ではなかったようだ。
どうやらただの足止めための目くらましだったようである。

「逃がしたか」

見通しの悪い夜の森林で一度相手を見失っては追いつくことは困難だろう。
追跡を諦め、蹲る少女に振り返ると、手を差し伸べる。

「あなた、大丈夫だった?」

その姿をアイナは夢でも見るような瞳で見上げていた。

ただ手を差し出すその動作すら、キマっていた。
王子様みたいなカッコよさと、可憐な少女性を兼ね備えた完全な偶像。
月乃推しのアイナも思わず推し変してしまいそうなカッコよさだった。

「け、けどなんでひかりちゃんが?」

その驚きも当然。
名簿には「美空ひかり」の名はなかったはずである。

「ああ、芸名なのよね、ひかりって。本名は美空善子っていうの。まあ気にせずひかりって呼んで、えっと……何ちゃんだっけ?」
「あっ。わ、私は田所アイナです」
「そう。よろしくねアイナちゃん」

そう言って手を握られる。
彼女が握手会をしたなら6時間は行列ができると言われている。
そんな相手とこうもあっさり握手ができるなんて、変態に追いかけられてみるものである。

「ところで、聞き間違いかもしれないけど、さっき正義の名前を読んでなかったかしら。
 あなた、あいつの知り合い?」

問われて、驚いたのはアイナの方だ。
天下のアイドル美空ひかりの口から自分の個人的な想い人の名前が出てくるなんて。
久しく思えていない対人関係の何でという驚きに、そう言えば恐怖と興奮でこれまでスキルを使い忘れていた事に気づく。

「昔助けてもらったことがあって……ひかりちゃんの方こそ……知り合い、なんですか?」
「そうね。昔馴染みって所かしら。あいつ……私の事、覚えているのかしら……?」

どこか拗ねたような態度で髪の先を弄りながら。
凛としたアイドルとは違う、少女の顔でそう言った。

「あっ…………」

それは乙女の勘か。
心を読むまでもなく、その感情が伝わってしまった。

自分の心の奥底にしまった宝物のような感情にひびが入る。
だってそうだろう。
彼女は誰もが認めるトップアイドルだ。
そんな相手に、こんなちんちくりんが勝てるわけがないじゃないか。

「えっ。ちょっとアイナちゃん!?」

気づいたら走り出していた。
何で走り出したのか。
自分でも訳が分からない。

ただ、あれ以上彼女の前にいられなかった。
自分の小ささが暴かれてしまいそうで混乱する。
ただ一刻も早く彼女から遠ざかりたかった。


だが、あっという間に追いつかれた。

後ろから抱き着くように抱え上げられ逃亡を封じられる。
さっきまでの追いかけっこで疲労していたというのもあるのだろうが。
そもそも彼女は動き方が全然違った。
山歩きかそれとも鬼ごっこが得意なのか、あるいはその両方か。
仮にAGIが互角だったとしても、こうも違うものなのか。

「どうしたのいきなり? 私が何か困らせるようなこと言っちゃった?
 私無神経なところがあるから、ごめんね、謝るから機嫌直して。一人じゃ危ないから、ね?」

申し訳なさそうに謝罪のべる。
そこからは純粋にアイナの身を案じている心が伝わってくる。

「う」

逃げ出すこともできず、勝手に混乱して迷走して、その上、悪くもない相手に謝らせる。
恥ずかしくて情けなくって、なんだか無性に泣き出したくなる。

「ううっ……うっうっ…………うえぇん……びゃああああ……!」

と言うか泣いた。
全力の号泣だった。

「え、どうしよう」

突然ギャン泣きする小学生に戸惑うトップアイドル。
どうすればいいのかオロオロしていたが、それも一瞬。
すぐさま表情を引き締め、抱えていたアイナの体をゆっくりと地面におろすと、目の前に立ち大きく息を吸った。

「♪――――I can fly! あの美しい空へ行こう~♪」
「あ…………っ!」

美しい歌声が響く。
普段の力強いヴォーカルとは異なる、森の木々に染み入るような穏やかで優しい調べ。
アイナは先ほどまでの激情も忘れその歌声に聴き入っていた。


「す、すごい! ひかりちゃんのデビュー曲『BEAUTIFUL SKY - ひかり -』のアコースティックバージョン…………ッ!!」

独唱を聞き終えたアイナが興奮しながらぴょんぴょんと跳ねる。

「アコースティックって言うか、あんまり大きな声が出せる状況じゃないからゴメンね」
「そんなことないです! すごかった! なんかこう……すごい、すごかったです!」

トップアイドルが自分のためだけの生ライブ。
しかもレアなアコースティックバージョン。
アイドルファンとして興奮しない訳がない。

「私っ感動しましたッ!」
「そう。よかった」
「あっ」

安心したように笑う善子を見て、先ほどまで号泣していたことを思い出した。
再び恥ずかしさが込み上げ来る。
だが、また逃げ出そうとは思わなかった。

「お、オレも感動したよぅ……」
「あんたもいたんかい!」

近くに隠れていたのか、木の陰から涙をちょちょぎらせた爆弾魔もひょっこりと現れた。
その姿を見て、アイナを庇うように善子が前へと踏み出る。

「わざわざ自分から姿を見せるなんて、また痛い目にあいたいのかしら?」

先ほどまでとは打って変わって、冷たく問いかける。
その眼光に、うっと焔花は言葉を詰まらせた。
一触即発。このままでは暴力沙汰は必死かと思われたが。

「ま、待って! ……ください」

その善子の動きを引き留めたのは意外にもアイナだった。
後ろから善子の服の裾を引き、その動きを制す。

「え。ど、どうしたのアイナちゃん?」
「えっと……なんて言ったらいいのか。その人、悪い人じゃない…………と思うので、多分」

最初に声をかけられたときはアイナも混乱していたが。
こうして落ち着いて、心の声を聴いてみると違う答えも見えてくる。
アイナは迷いながら、怯えながら、それでも伝える。

「す、少し、お話を聞いてみてあげるのはダメ…………でしょうか?」


聞けば。
焔花は森の片隅で、怯えている少女に気づき。
彼女を元気づけるために爆発を見せてやろうとしたのだという。

「だ、だって、爆発は最高の芸術だから…………」

それを見せれば元気になってくれると思ったらしい。

「ほ、ほんとみたい、いや、だと思います、信じてあげてもらえませんか…………?」

どういう訳か襲われていたはずのアイナが弁護に回っていた。
嘘のような話だが、アイナの覗く焔花の心に悪意などみじんもなかった。
それが見えたからこそ、こうして彼女は焔花の弁護に回っている

2対1.いつの間にやら数的不利の追い込まれていた善子は難しい顔をして話を聞いていたが、やがて諦めたように大きくため息を漏らした。

「あなたに悪意がなかったことは分かった。誤解していきなり蹴っちゃったのは悪かったわ。ごめんなさい」

そう言って頭を下げる。
まさか謝罪までされるとは思っていなかったのかアイナも焔花も戸惑った。
だが、勢いよく頭を上げた善子が、くわっと目を見開く。

「けど! 爆破はダメ! NGです!
 そんなの見せられても、余計におびえるに決まってるでしょうが」

指で作ったバッテンを突きつける。

「で、でも。みんな、は、花火とか、す、好きだと思って」
「まぁそれは…………そうだね。けど爆弾は別じゃない? 殺傷力あるんだし」
「は、花火だって、お、同じだよ。扱い方を間違えたら、け、ケガをする」

確かにその通りだ。
そう考えると、爆弾も花火も変わらないような気すらしてくる。

「お、オレの爆弾は、ちゃんと誰もケガさせないようしてるから、あ、安全。
 さ、さっき、ひかりちゃんに投げた爆弾だって、ちゃ、ちゃんと、け、ケガをしないように調整してただろ?」
「うーん。まあ、それは確かに。それなら……いい、のか?」

ううん。と善子が考え込むように腕を組んで首をひねる。
なんだか納得してしまいそうだった。

「あの…………」

おずおずとアイナが手を上げる。
爆弾魔に論破されるアイドルに小学生の助け舟が入った。

「爆弾と花火が同じなら、花火でよくないですか?」
「確かに」

小学生の意見に一瞬で同意するアイドル。
これに対して爆弾魔は。

「ば、爆発性が違う」

バンドの解散理由みたいな事を言い出した。


結局。

善子が監視しこの場では自衛以外で爆破はしない、という事で話は落ち着いた。
その結論にこの爆弾魔が本当に従うかまではわからないが。

「とりあえず協力して帰る方法を探しましょう」

殺し合いなんてまっぴらゴメン、と言うのが三人の共通したポリシーだった。
とりあえず行動を共にして協力者を増やす。
それが行動方針である。

アイナは一人、今回の件を自省していた。
結局、自衛のために取ったスキルも使えなかった。
まず冷静でいないと話にならない。
読心もほぼ無意識で使えていたテレパシーと違ってスキルの方は発動が任意だし、インターバルもあるため難しい。
この感覚に慣れなければ、生き残るのは難しいだろう。

「よし、それじゃあ行こうか。私が先頭、アイナちゃんが真ん中。焔花さんが後ろね」

そう指示を出して動き始める善子の下へ、何か表情を固めたアイナが近づいていった。

「ひかりちゃん! 私、負けません」

両のこぶしを握り締めフンスーと鼻息荒く善子へ宣戦布告を突きつける。

「うん? 頑張ろうね、アイナちゃん」

よく分かってない善子はアイナの頭をなでる。
アイナは不満そうに口を尖らせるも、なでられる感触がくすぐったくて目を細めた。

「お、オレも頑張る、よ!」
「う、うん。あなたはまあ程々にね」

[E-6/大森林/1日目・深夜]
[美空 善子]
[パラメータ]:STR:B VIT:C AGI:C DEX:B LUK:B
[ステータス]:健康
[アイテム]:不明支給品×3
[GP]:0→10pt(キャンペーンで+10pt)
[プロセス]
基本行動方針:殺し合いには乗らず帰還する
1.知り合いと合流

[田所 アイナ]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:C DEX:C LUK:B
[ステータス]:健康
[アイテム]:不明支給品×3
[GP]:0→10pt(キャンペーンで+10pt)
[プロセス]
基本行動方針:お家に帰る
1.ひかりちゃんには負けない

[焔花 珠夜]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:C DEX:A LUK:C
[ステータス]:顔面にダメージ
[アイテム]:不明支給品×3
[GP]:0→10pt(キャンペーンで+10pt)
[プロセス]
基本行動方針:多くの人に最高の爆発を見せたい。
1.約束したので我慢はする(我慢するとは言ってない)

009.譲れない私の 投下順で読む 011.Rolling Thunder
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GAME START 美空 善子 多分こいつは敵だと思う
GAME START 田所 アイナ 多分こいつは敵だと思う
GAME START 焔花 珠夜 多分こいつは敵だと思う

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最終更新:2022年05月31日 23:35