◆
その男は、両手を縛られていた。
鮮やかすぎる金髪に、ギラついたピアス。見るからにチャラチャラした風体だ。
上半身には何も着ておらず、恐らく身に着けていたであろうTシャツが縄代わりとなり腕を拘束している。
鼻は圧し折れ、指の一部もあらぬ方向に曲がっている。
更には無様に白目を剥き、口を半開きにさせながら倒れていた。
男は気絶している。どう見ても「叩きのめされた後」の姿だ。
男を囲むように見下ろす三人組――美空善子、田所アイナ、焔花珠夜。彼らは下手人ではない。北側から森を抜け出し、ひとまず市街地を目指して歩いていたときに偶々それを発見しただけだ。
草原に横たわる人影。遠方で誰かが転がっていることにアイナが偶然気付き、咄嗟にそのことを二人に伝えた。
事情は分からないが、こんなところで倒れている人間を無視する訳にもいかない。そう考えた善子は、二人を引き連れてアイナが指差した方向へと歩み寄った――のだが。
倒れている人物を見下ろす三人の顔には、何とも言えぬ表情が浮かんでいた。
現役アイドル、美空ひかりこと善子はその男を勿論知っている。マネージャーはこちらに配慮してその存在を隠そうとしたらしいが、あれだけ有名になれば否が応でも認識してしまう。彼が何をやらかしたのかも把握している。
無論、その顔に浮かぶのは不快感。
サブカル趣味の小学生、アイナもその男の悪評をネットで知っている。SNSのタイムラインに彼のアイドル中傷動画の晒し上げスクリーンショットが流れてきたこともあった。あまりの酷さ故にすぐ視界から消してしまったが。
その時の記憶を思い出し、アイナは困惑と不安の表情になる。
爆弾魔、焔花もその男を知っている。彼は野外ライブ上空爆発計画を企てる程度にアイドルを齧っているのだ。業界について調べる中で炎上動画を見かけたこともある。あまり興味は無かったが。
善子のひりついた態度を察したのか、珠夜は彼女と倒れた男を落ち着きなく交互に見ていた。
気まずさのような沈黙が場を支配する。
こんなところに、あの男が。
よりによってアイドル中傷と業界揶揄で大騒ぎになった男が、目の前に。
暫くした後、無言に耐えられなくなった三人は思わず口を開く。
「「「――エンジ君……」」」
その男の通り名を、三人でハモった。
数々の時事ネタに首を突っ込み、毎度炎上を繰り返していた厄介者。
一丁噛みで吐き出した罵倒、暴言、批判で注目を浴び、アンチを増やしながら再生数を稼いできた俗物。
群雄割拠のアイドル業界を揶揄したことで大爆発し、ブチ切れながら表舞台より姿を消した男。
彼こそが、悪名高き迷惑系配信者――エンジ君である。
◆
「エンジ君じゃん……」
「『あの』エンジ君……ですよね」
「こ、こいつ、見たことある」
「焔花さんも知ってるんだ、こいつ」
「で、でも、オレとは、炎上の方向性が、違う」
「あなたは物理的に燃やすしね……」
取り留めのない反応で三人は語り合う。
あまり関わりたくないタイプの人間を発見してしまった――そんな感じの空気に包まれている。
「名簿見たときはまさかって思ったけど……本当に実物がいたなんて」
「ど、どうしましょうか……このエンジ君って、やっぱり本人なんですかね……?」
「あの炎上キャラに成り済ますような物好きなんて、まあいないでしょうね」
気絶している最中の相手に読心は使えないので、アイナは恐る恐る呟く。
彼女の問いかけに対し、腕を組んでいた善子は何とも言えぬ素振りで答えた。
問題人物・エンジ君に成り済ますメリットなどない。というか、あんなヤツの姿を模倣したがる人間が存在するなんて思いたくない。そう考えてしまう程、善子のエンジ君への心象は悪かった。
革命的トップアイドル・美空ひかりは自身の仕事に対する強い矜持を持っている。業界を腐すばかりか、今もなお夢を抱いて奔走している多数のアイドルたちを侮辱するような輩を好きになる筈が無かった。
「オ、オレ、弔いの爆弾、打ち上げるよ……こ、こんなヤツでも、成仏くらいさせてやりたい」
「いや死んでないでしょうが」
思わずツッコミを入れる善子。
このVR空間において脱落したアバターは消滅してしまうのだから、ここで倒れている時点でエンジ君はまだ存命中ということだ。
「なんで、こんな風に放置しちゃったんでしょう……?」
ぴくりとも動かずにのびているエンジ君をじっと見つめながらアイナが呟く。
善子は口をへの字に曲げながら「うーん」と考え。
「エンジ君が『乗っていた』という前提で話すなら……これをやった人は殺し合いには乗っていない。普通はトドメ刺すと思うし。
誰かがこいつに襲われて、返り討ちにした。でもこの状況で危険なやつを保護する余裕も無いから、とりあえず縛った上でほっといた……ってところかしら」
現場の状況から、善子はとりあえずの予測を立てる。
エンジ君は「乗っている可能性」を前提に語られているが、そのことに異を唱える者はいない。
善子の冷静な推察が理に適っているということも大きい。しかしやはり、三人はエンジ君が「どのように有名なのか」を知っているからこそ大きな不信感を抱いていた。
エンジ君の経緯について推測した後、善子は師範代の言葉を思い出す。
曰く、「寸止め」とか「半殺し」というものは喧嘩のやり方を知っているからこそ出来る。
武道を知らない者とは、暴力の扱い方を知らない者に等しい。
そういう輩は良心の呵責以外に加減を行う術を知らないし、勢い余って相手を殺してしまうこともある。
このエンジ君を叩きのめした相手は、恐らく武術というものを身に付けている。
師範代のように「加減の仕方」を理解した上で喧嘩ができる人物だ。
もしもこれらの仮定が正しいとすれば、殺し合いに反対する心強い仲間になってくれるかもしれない。
宛もなければ確証もないが、そういう人物がいる可能性を見出せたのは善子にとって大きかった。
「あの、ひかりちゃん」
「ん?」
「どうしますか、エンジ君」
―――沈黙。
アイナの質問に対し、とても気難しそうに善子が黙り込む。
「う〜〜〜〜〜〜ん」と露骨に悩みながら、答えを決め倦ねている。
そんな善子の態度にそわそわしつつ、彼女が何を思っているのかはアイナにも理解できた。
エンジ君を見下ろす時の善子の表情。テレパシーを使わなくても分かる程度には嫌悪に満ち溢れていた。
実際、気持ちとしてはアイナも同じである。大好きなサブカルチャーの界隈にズケズケと踏み込み、罵詈雑言じみたコメントで大騒ぎして荒らしていく―――エンジ君の悪評は風の噂でも度々流れている。
端から聞くだけでも不快感があったのに、アイドル批判のあれこれは腹が立つ程のものだった。推しのTSUKINOちゃんも、ひかりちゃんも、あんなにキラキラ輝いているのに、この人は業界を引っくるめて彼女達を馬鹿にしたのだ。
そんな相手を助けたいかどうかで言えば、正直あまり助けたくはないというのがアイナの本音だった。
しかし、かといってこの場に見捨てるのも気が咎めてしまう。
いくら酷い人だからといって、死んでいい理由にはならない。アイナの良心はあくまでそう告げている。
それに、焔花さんのような人だっている。アイナは彼の方をちらりと見た。不安そうに、だけど心配するようにひかりちゃんを見ている。
最初は怖くて危ない人だと思ったけれど、本当は少し変わっているだけで悪い人じゃなかった。もしかしたらエンジ君も、そんな可能性がある――――かもしれない。
アイナは自分でもあまり信じていない希望的観測を抱きつつ、善子を再び見た。
「……とりあえず、安全なところまで連れていきましょっか。不服だけど。
目を覚ましたら一応事情を聞く。どうするかはそれから、ってことで」
◆
善子による鶴の一声で方針は決まった。
しかし、出発前にささやかな壁にぶち当たった。
エンジ君をどのように運搬するか。
「うーん……焔花さん、ある?なんか人間を運べるアイテムとか」
「オ、オレは、特にそういうのは、ない」
「すいません、私も……」
困ったように項垂れるアイナと焔花。
ほんの少し前までは追う者と追われる者の関係だったが、気が付けばすっかり馴染んでいる。
「で、でも、さっきアイナちゃんに、渡したやつで、もっとコイツを縛るくらいなら……」
「あ、『ロングウィップ』ですよね?でもこれ、攻撃するときにしか伸びないみたいです……」
「そ、そっか、残念」
アイナは装備していたアイテムを取り出しつつ言う。
『ロングウィップ』。三人で行動を開始した直後、焔花がアイナに護身用として譲った支給品だ。
念じながら振るうことで、リーチがゴムのように伸びる特殊な鞭である。
Tシャツによる簡素な拘束では心許ないと思った焔花はロングウィップを縄代わりにすることを提案したが、「鞭が伸びるのは攻撃時の一瞬のみ」という特性故に断念した。
そもそも護身用の武器をおいそれと使うことも出来ない。
ままならない現状を前にした善子は、思わず小さな溜息を吐いてしまう。
「しょーがない。背負うしかないわね」
やれやれと言いながらしゃがむ善子。
倒れ込んでいるエンジ君をそのまま抱え上げようとしたが、焔花に「ちょ、ちょっと待った」と止められる。
「ひ、ひかりちゃん、オレ、背負うよ」
「うん?いいの?」
「お、女の子に、任せるのは、気が引ける。そ、それに、その、何かあったとき、一番強いのは、たぶんひかりちゃんだから」
そう言う焔花は、自分の言動の矛盾に気付いていた。
女の子に任せるのは嫌だが、有事の際にはその女の子が一番頼れる。彼自身もそんなことを言う自分が情けないと思ってしまう。
しかし、それは事実なのだ。大事なときに一番頼れるのは善子だと言い切れる信頼があった。
理由はシンプル。かつてのライブの時と、この殺し合いの会場―――焔花珠夜を二度もやっつけたのは、“美空ひかり”しかいないからだ。
彼女の強さを知っているからこそ、いざという時に彼女の強さを縛りたくないと焔花は考えた。
今後色々と爆発させるにしても、せめてエンジ君の処遇が決まってからにしよう――という、謙虚にして邪な思いも少なからず入っている。
「……ありがと、焔花さん。それじゃ、頼んだわねっ」
焔花の意図を汲み、善子はエンジ君の面倒を彼に託した。
ニコッと不器用な笑みを浮かべた焔花はエンド君をいそいそと背負う。
「じゃ、まずは市街地に移動。エンジ君どうするかは適当な建物で安全を確保してからね」
[D-4/湿地帯近くの草原/1日目・黎明]
[美空 善子]
[パラメータ]:STR:B VIT:C AGI:C DEX:B LUK:B
[ステータス]:健康
[アイテム]:不明支給品×3
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:殺し合いには乗らず帰還する
1.市街地に向かう。
2.知り合いと合流。
3.エンジ君の処遇はとりあえず本人が起きてから考える。
[田所 アイナ]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:C DEX:C LUK:B
[ステータス]:健康
[アイテム]:ロングウィップ(E)(焔花から譲渡)、不明支給品×3
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:お家に帰る
1.市街地に向かう。
2.ひかりちゃんには負けない
[焔花 珠夜]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:C DEX:A LUK:C
[ステータス]:顔面にダメージ、エンジ君を背負ってる
[アイテム]:不明支給品×2
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:多くの人に最高の爆発を見せたい。
1.約束したので我慢はする(我慢するとは言ってない)
2.市街地に向かう
【ロングウィップ】
焔花珠夜に支給。
外見は何の変哲もない鞭だが、使用者が強く念じることで攻撃時にリーチがゴムのように伸びる。
最大で10mまで伸びるが、効果を発揮するのはあくまで攻撃時の一瞬のみ。
◆♢◆♢
殺す――殺す――。
ブッ殺す―――。
オレを見下す奴ら全員殺す―――。
恨みがマグマのように燃え盛る。
憎しみが腹の中を掻き回す。
込み上げる感情はどこまでもリアルなのに、肉体に降りかかる感覚は酷く曖昧だ。
エンジ君こと津辺縁児は気絶し、夢を見ていた。
気が付けば、見慣れた景色が広がっていた。
しょぼい畳の部屋に、けちなパソコンと配信用のカメラが設置されている。
部屋はゴミや荷物が散乱しており、清潔とはとても言い難い。
そうか、ここは俺の部屋だ―――エンジ君はすぐに気付く。
ぼんやりとした意識の中、エンジ君は座布団代わりの布団に腰掛けながら虚空を見つめていた。
『エンジ君……エンジ君……』
そんな時だった。
己を呼ぶ謎の声が、響き渡ったのだ。
エンジ君は思わず飛び上がり、おっかなびっくりな態度で周囲を見渡す。
そして、気配は目の前のパソコンから現出した。
モニターの内側から通り抜けてくるように――それこそまるでテレビ画面の内側から飛び出す「貞子」のように――謎の仙人が姿を現したのだ。
「――誰だ……?」
『動画配信の……仙人……』
「頭おかしいんじゃねえかお前……」
思わず素でツッコミを入れてしまった。
『エンジ君……お前はよく頑張っている……数多の誹謗中傷に晒され、一度挫折を経験してもなお己を曲げずに戦い続けているのだから……』
何がなんだか分からないが、この仙人とやらは自分を褒めているらしい。
そのことを認識したエンジ君は、ぽかんとした表情を浮かべた後。
「だっ!だよなぁ〜〜〜!?オレ正しいこと言ってんのによぉ!アイツら、オレがちょっと業界批評したくらいで住所とか晒そうとしたんだぜ!?あれがまともな人間のやることかよ!!」
速攻で調子に乗り始めた。
承認欲求に飢えているエンジ君は単純である。そもそもこれは彼自身の夢であることも深く考えていなかった。
『だがエンジ君……このままでは君は本当にゲームオーバーになってしまう……』
「マジかよ……」
『しかしキミには最後の支給品が残されているはずだ……』
「え、なんかあったっけ」
『忘れんなバカ……』
仙人に怒られてしまった。
舌打ちしながらエンジ君は懐を探す。
『護符を持っているだろう……』
「あぁ、あったわこんなん」
『それが“癒やしの護符”だ……』
「なあジジイ、これ効果なんだっけ?」
『説明書あっただろ……ちゃんと読めよ……』
仙人はエンジ君の空想の産物なので、荘厳に見えて態度がふてぶてしい。
それに関しては思うところがありまくるエンジ君だが、今はそんなこと重要ではない。
そう、仙人が言うように彼には一つだけ支給品が残されていた。
正しく装備していなかったが為に大和正義にも気づかれなかった、最後の切り札が。
『それを使うのだ……エンジ君……』
「どうやって」
『念じるとか……そういうので……』
「クソみてえにアバウトだな……」
『ともかく、それは君を救ってくれるだろう……』
不満を抱きつつも、エンジ君は言われるがままに念じ始めた。
その最中、脳裏をよぎる記憶が幾つもあった。
あのくそったれアイドルのTSUKINO。その取り巻きのナヨナヨしたメガネ野郎。
そして、自分をこんな目に合わせたクソ学ラン野郎。
アイドルへの憎悪だけではない。自らを貶める全てに対し、エンジ君は激しい逆恨みを持っていた。
ぜってえ殺す。オレをコケにした奴ら全員に復讐する。何が何でも―――。
『動画収入と共にあらんことを』
動画配信の仙人が、祝福の言葉を送った。
それを聞いたエンジ君は思う―――つまりどういうことだよ。
[D-4/湿地帯近くの草原/1日目・黎明]
[津辺 縁児(エンジ君)]
[パラメータ]:STR:B VIT:B AGI:C DEX:E LUK:C
[ステータス]:両腕拘束、右人差し指骨折、右中指骨折、鼻骨骨折、頭蓋骨後部にヒビ(いずれの負傷も急速に回復中)、気絶中(焔花珠夜に背負われている)
[アイテム]:癒やしの護符(E)(無意識に発動)
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:優勝してアイドルとファンに復讐する。
1.気絶中
2.アイドルぜってえ殺す、あの学ランのガキ(正義)も殺す―――。
【癒やしの護符】
津辺 縁児に支給。太陽の絵柄が記された護符。
使用することで体力・負傷の回復速度が大幅に増加し、全快になるまで効力が続く。
一度だけの使い切りアイテムで、発動後はただの護符でしかなくなる。
最終更新:2020年10月19日 22:46