昔々、とある日の記憶―――。
まだ若かったときのおじいさんは、旅に出ました。
みんなといっしょにライフルを抱えて、海の向こうへと行きました。
ヘリコプターに揺られて、やがてどこまでも広がるようなジャングルへと辿り着きました。
ここがおじいさんの新しい仕事場でした。




昔々、とある日の記憶―――。
まだ若かったときのおじいさんは、友達と再会しました。
友達はシーツをかけられて、顔を見ることもできませんでした。
おじいさんが頼み込んでも、仲間はシーツを取ってくれません。
ひどい有り様だから見ちゃいけない、の一言でした。
おじいさんは友達が運ばれていくのを見送ることしかできませんでした。




昔々、とある日の記憶―――。
まだ若かったときのおじいさんは、とても怖くなりました。
15才くらいの男の子が、爆弾を抱えて自爆したからです。
男の子はこっぱみじんになって吹き飛びました。
おじいさんの仲間たちは手や脚を喪ったり、目が見えなくなったりしました。
中には跡形もなくなってしまう人もいたし、今までのような生活が全部できなくなる人もいました。




昔々、とある日の記憶―――。
まだ若かったときのおじいさんは、気が付きました。
おじいさんの友達はみんないなくなってしまいました。
友達はたいていシートに包まれて運ばれてきました。
目の前でいなくなってしまうこともありました。
おじいさんは悲しくなりました。
おじいさんはやるせなくなりました。
おじいさんは何度も何度も泣きました。
おじいさんは怒りました。
おじいさんは憎みました。
おじいさんはまた銃を取りました。
おじいさんにもう迷いはありません。




昔々、とある日の記憶―――。
まだ若かったときのおじいさんは、引き金を弾きました。
カチャリとライフルを構えて、パンと弾を飛ばしました。
おじいさんの手にかかれば、みんな倒れてしまいます。
子供がいてもおかしくない歳の兵士の頭を撃ちました。
自分より年下に見える、まだまだ若い兵士の頭を撃ちました。
森の中に隠れ潜んでいた女の人の頭を撃ちました。
何もしていないけど、これから何かするかもしれない青年の頭を撃ちました。
赤ん坊がお腹にいるお母さんの頭を撃ちました。
ちいさな男の子の頭を撃ちました。
ちいさな女の子の頭を撃ちました。
みんなみんな、撃ってしまいました。
もう誰かいなくなってもおじいさんは構いません。
友達を奪っていった人たちを、次々に撃ちました。
大人だろうと子供だろうと関係ありません。敵と見なした人を、みんな撃ちました。
いつの間にかおじいさんは、伝説になっていました。






銃声。
老人は、引き金を弾いた。
そして、撃ち抜いた。
相手の輪郭は見えていた。
孫娘とさして変わらぬ背格好であることには、気付いていた。







真夜中の工業地帯を裂く、一発の咆哮。
その銃口から、殺意を吐き出すように硝煙が上る。
ふぅ―――と、一呼吸。
感覚が研ぎ澄まされる。
意識が集中していく。
まるで、かつて戦場に身を置いていた時のように。
老人の眼差しは、鷹のようにぎらついていた。

無数の煙突やパイプの陰の間に隠れるように、老人は高台で身を低く屈めながら小銃を握り締めていた。
その銃身にスコープは装着されていない。暗視ゴーグルも無ければ、赤外線センサーの類いもない。
だと言うのに、仄暗い鉄塊の隙間を縫うようにして、その老人は“標的”に弾丸を命中させた。
老人は小銃を持ち上げ、下部に取り付けられたレバーを引く。
カチャン、という音と共に空の薬莢が側面から排出される。

ウィンチェスターライフル改。
彼に支給されたのは、骨董品のような銃器だった。
アメリカの西部開拓時代、保安官やアウトローの間で広く普及していた名銃を中距離射撃仕様に改良したものである。
しかし、改造を施しているとはいえ、本来それは過去の遺物。
性能面において、現代の最新式の銃器とは比べるまでも無い。
マニアが家に飾るか、粗野な田舎者が所持するか、あるいは博物館にて展示されるか。そういったレベルの代物だ。
されど、骨董品と言えども銃。果てしない荒野にて猛威を振るった伝説の逸品。人を殺すには十分の力がある。

老人は、銃を構え続けていた。
スキル「千里眼」による視力の強化。
スキル「鷹の目」による視覚範囲の強化。
スキル「夜目」による暗視の効果。
老人は視覚にまつわるスキルを複数所持していた。
いずれも偵察や監視のみならず、狙撃に転じられる実用的な能力。
スコープは無く、周囲は暗闇の中。長距離の精密射撃は当然できない。しかし、射撃そのものはできる。
老人はスキルによる補助―――そしてアバター化によって蘇った「肉体の勘」を駆使して、中距離狙撃を行っていた。
本来の老いた肉体ならばライフルを持つことすら覚束なかっただろう。しかし、今の彼は生身ではない。

老人―――アーノルド・セント・ブルーは、目を細める。
200メートル程度離れた位置にいる標的を見据えた。
先程まで地上を歩いていた相手は、右肩を撃ち抜かれたことで悶え苦しんでいた。
流石に、一撃で仕留めることは出来なかったか。
ヘッドショットには程遠い。勘は蘇ったが、数十年ぶりの戦場に身体はまだ馴染んでいない。
それに、この暗闇。そして改良されているとはいえ、決して狙撃向きとは言い難いライフルの性能。
アバター化やスキルによる補助はあれど、彼に課せられた制約は少なくなかった。

暗黒の中で、アーノルドは標的を再び視た。

――――――何だ、あれは?

彼は思わず目を見開いた。
肩を抑えて蹲っていた「少女」が、慟哭を上げていた。
悍しい怪鳥のような金切り声を放ちながら、勢い良く立ち上がっていた。
肉が歪み、肉が割れ、肉が形を変えていく。奇怪な音が僅かながらアーノルドの耳に入る。
仄暗い闇の中に浮かんでいたあどけない輪郭は、徐々に変貌しつつあった。

その光景を見つめて、老人はただゆっくりと、呼吸をする。
あまりにも異常。この状況も含めて、普通ならば冷静でいられるはずがない。
しかし、この老兵の意識は、まるで若かりし頃のように研ぎ澄まされていた。





昔々、とある日の記憶。
■じいさんは、とても嬉しくなり■した。
おじいさ■は、とても楽し■なりました。
お■いさんは、と■も満たされました。


■々、■ある■の■■。
おじいさん■、片脚■無くしました。
戦争は■わりました。
お■いさんはもう■てません。
おじいさん■もう撃て■せん。
■じいさ■はもう、何もでき■せんでした。
平和■暮らし■、心■中はいつも独りぼっ■でし■。







二度目の銃声。
パイプの隙間から迫り来る「少女」の腹部が弾け飛ぶ。
再び仰け反った「少女」は、しかしすぐに再び動き出す。
まるで薬物中毒になった兵士のように、傷さえも気に掛けずに迫り続ける。
血を流すたびに変わりゆくカタチ。小さく可憐だった肉体が、次第に人ならざる何かの如く変異していく。
少しずつ大きくなっていく体躯。鉤爪のようなものが生えた禍々しい右腕。獣の如く獰猛な形状になりつつある脚。
まさしく、異形の類い―――これもアバター化やスキルによる恩恵なのか。
老人は思考と共に、あくまで冷静にライフルを構え続ける。

徐々に接近してくる「少女」。
銃声で位置を察知したか。あるいは、透明化や気配遮断の効力が切れたか。
敵を高所から見据えて、アーノルドは息を止めた。
彼の脳裏に記憶が蘇る。

うだるような暑さの、果てしない密林の中。
草陰に隠れ潜んでいた少年が、唐突に仲間達のもとへと突っ込んでいった。
その直後に、何もかも弾け飛んだ。自爆攻撃であることに気付くのにそう時間は掛からなかった。
動揺。恐怖。苦痛。混沌。仲間達の絶叫。阿鼻叫喚。血と肉が撒き散らされた地獄―――。


        ・・・・・・
あれに比べれば、たかが怪物だ。
あの焦燥に比べれば、なんてことはない。



排莢。照準。
迷わず三発目、四発目の弾丸を放った。
三発目、首筋に着弾。
しかし、それでも相手は動く。
四発目、頭部に―――命中せず。
偏差による着弾を先読みするように、「少女」は間一髪で弾丸を躱したのだ。

老人はその様子を睨むように見つめる。
先程まで、的のように撃たれるばかりだった相手。
その程度のステータスしか持ち合わせていないのだと判断したが、今しがた能動的な回避行動を取った。
それも明らかに反応速度が向上している。敏捷性が目に見えて増しているのだ。
予想して当然ではあるが、あの外見の変貌はやはり単なる見掛け倒しではない。何らかの自己強化が施されている。
ゲーム開始から2時間実施されるGPのボーナスを目当てに狙った相手だが、思わぬ強敵だったらしい。
老人の口元が、綻ぶ。

迫る。
少女だった怪物が、迫る。
老人が陣取る高所へと目掛けて、走る。
獲物を狩り取らんとする狩人のように、迫り。
そして。
怪物が、突然足元を掬われた。
暗闇の中、パイプや工具の間に仕掛けられたワイヤーを足に引っ掛けて転倒したのだ。
同時に、カチリと音が鳴る。
ワイヤーが引っ張られると共に転がってくる、二つの物体。
それが手榴弾であることに気づく前に。
怪物は、弾けるような爆炎に包まれた。

仕留めたか。
そう思い、高台から相手を見下ろすアーノルド。
再びライフルを構えて、銃撃。トドメの一撃を刺すためだ。

だが―――僅かな驚愕と共に、老人は目を見開いた。
紅蓮に包まれ、全身を焼かれたはずの怪物が、転がりながら弾丸を回避した。
そして、ゆっくりと、その場から立ち上がったのだ。
先程に比べれば、まるで覚束ない足取り。
されど、動揺するような様子も見せず。
怪物は、老人を見上げた。

黒く濁って、淀んだ眼差し。
この暗闇の中でも、それだけはハッキリと伺えた。
ああ、これは――――。
老人は怪物の目を見て、どこか物悲しい気持ちになった。
同時に、兵士としての冷静沈着な判断が彼を動かす。
火力不足。そう捉える他無い。あの一撃を受けてなお、怪物は生きている。
ヤツは血を流し、負傷もしている。殺せない相手ではない。
しかし、このまま戦い続ければ、此方の消耗も避けられないだろう。
短期決戦か、長期戦か。その見込みすら分からない現状で、不確定な戦いに身を投じる訳には行かない。

老人の動きは早かった。
低い敏捷性を補うような迷い無き動作で、高台の後方を滑り落ちていった。
そのまま怪物の追跡が来るよりも先に、工業地帯の狭間に姿を消していった。





燃やされるのも、撃たれるのも、なんてことはない。
ずっと味わってきた苦痛に比べれば、些細なことだった。
独りぼっちでいることにも、もう慣れていた。


全身を焼かれた怪物の傷は、少しずつ、少しずつだが自己治癒を果たしていく。
スキル「憎悪の化身」による肉体の変貌。人ならざるものへの変異。
それが発動すれば耐久力が増すばかりか、自己再生能力さえも人のものではなくなる。
更には「戦闘続行」スキルによる異常な生命力の獲得―――それ故に、生半可な攻撃で彼女を死に至らしめることは出来ない。

酷く冷めきったような目付きで、怪物は夜空を見上げた。
異形の腕。異形の脚。異形の肉体。
それらは時間とともに、徐々に「少女」のものへと戻っていく。
美しい黒い髪を持ち、小綺麗な制服に身を包んだ、元の姿へと。
癒えつつある火傷に覆われた可憐な面持ち。怪物から少女に戻ろうと、その眼差しだけは変わらない。
陣野 優美は、ただ全てを憎んでいた。

名簿に記載されていた名前を、鮮明に記憶している。
陣野愛美。郷田薫。
かつて共に異世界へと送り込まれた肉親と親友であり、泣き喚きながら売り飛ばされる自分を冷ややかに見送った“醜い勇者たち”。
兆は何処へ行ったのか。誠は居ないのか。優しかった真凛も私を置いていったのか。
分からない。何がなんだか、もう分からない。
高井丈美―――懐かしい名前も見えた。昔可愛がっていた後輩だ。

でも、もうどうでもいい。
親友も、恋人も、みんなみんな、私を救ってくれなかった。
私のことを、誰も守ってくれなかった。
誰も私を愛してくれなかった。
愛という名のもとに、ずっと虐げられ、辱められ、痛めつけられ、嬲られ―――。

そこまで思い出して、優美は膝を付いた。
おえっ、ごほっ、がはっ。
胃の中の物を吐き出思想になるほどの不快感と嫌悪感。
腹の底から渦巻いてくる気持ち悪さは、まるで生身の人間のようだった。
こんな苦しみを、ずっと抱えてきたのに。
結局、手を差し伸べてくれる人はいなかった。

勇者になって、他の勇者を殺しましょう。
あのシェリンという少女はそんなことを告げてきた。
―――――ふざけるな。
優美の胸の内から込み上げたのは、激しい怒りと憎悪だった。
勇者になって。勇者になって。勇者に、なって?
もう勇者なんて、信じないと決めたのに。
もう勇者なんて、要らないと決めたのに!
もう勇者なんて、ならないと決めたのに!
憎くて憎くて、全てが臭かった。
腐った肉の海に放り出されたようなおぞましい感覚に囚われていた。

彼女は迷うことなく、己の方針を定めた。
すべてを消し去る。目の前に立ちはだかる何もかもを、有象無象を、殺し尽くす。
あの狙撃手も、私を見捨てた勇者も―――私に勇者を押し付けた、シェリンとやらも。
この胸を支配する夥しい憎しみで、敵を押し潰す。

美しかった少女は、生ける屍のように歩き出す。
己の黒い血を踏みしきりながら、ゆっくりと。






――――昔々、とある日の記憶。
――――女の子は、売り飛ばされてしまいました。
――――女の子は、ずっと泣いていました。
――――みんなは、とても笑っていました。






[C-6/工業地帯/1日目・深夜]
[アーノルド・セント・ブルー]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:E DEX:A LUK:A
[ステータス]:疲労(軽微)
[アイテム]:ウィンチェスターライフル改(9/14)(E)、予備弾薬多数、手榴弾×8、ワイヤー、不明支給品×1(確認済)
[GP]:0→10pt(キャンペーンで+10pt)
[プロセス]:
基本行動方針:生き残る。
1.充実感。

[陣野 優美]
[パラメータ]:STR:E→C VIT:E→C AGI:E→B DEX:E LUK:A
[ステータス]:疲労(中)、銃創(右肩、腹部、首筋)、全身に火傷、出血中、いずれの傷も自己再生中
[アイテム]:不明支給×3(確認済)
[GP]:20→30pt(キャンペーンで+10pt)
[プロセス]:
基本行動方針:全部、消し去る。
1.姉(陣野愛美)と郷田薫は絶対に殺す。
2.自分に再び勇者を押し付けたシェリンも、決して赦さない。
※スキル「憎悪の化身」によるパラメータ上昇は戦闘終了後に数分程度で解除されます。また肉体の変質によって自己再生能力もある程度上昇します。


【ウィンチェスターライフル改】
西部開拓時代に活躍したレバーアクションライフルを中距離射撃仕様に改造したもの。
通常は拳銃弾を用いるのに対し、内部構造を改良したことによって小口径のライフル弾を発射することが可能になっている。
とはいえスコープは装備されておらず、本格的な狙撃銃に比べれば射程も威力も劣るという中途半端な代物である。

【手榴弾】
ピンを引き抜けば数秒後に爆発する、通常の手榴弾。
10個セットで支給。

【ワイヤー】
アーノルド・セント・ブルーが工業地帯で現地調達した極細のワイヤー。
手榴弾のピンに繋げて即席のトラップを作るなど、応用が効く。

010.恋するテレパシスト 投下順で読む 012.太陽への贈り物
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GAME START アーノルド・セント・ブルー Flame Run
GAME START 陣野 優美 それは転がる岩のように

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最終更新:2020年10月18日 18:23