「キララさーーーーん!!」

夜の草原に野太い大声が響く。
大日輪太陽とユキこと三土梨緒は突然姿を消した篠田キララを探し夜の大森林を捜索していた。
しかし、どれだけ大声を上げて捜索を続けようとも、キララの姿は影も形も見つけることはできず。
何の手がかりも得られないまま、ついにはその足は大森林を抜けてしまった。
大森林を抜けた先の草原でも太陽は大声を張り上げ続け、キララへの呼びかけを辞めなかった。

「大日輪さん、あまり大きな声は」
「すまない! だがユキさん! キララさんが見つからんのだ!」

視野が狭く薄暗い大森林だ、見逃してしまった可能性もあるだろう。
だが、あれだけ太陽が大声を張り上げ続けていたのだ。
聞こえる範囲にいたのなら反応くらいはあってもいいはずである。
それがないと言う事はただ事ではない。

「もしかしたら何者かの手によって反応すらできない状況に陥ってるのやもしれん!
 幼気な少女が悪漢の手に落ちたかと思えば居ても立っても居られないのだ!」

正義感を燃やし憤る太陽を見て、梨緒は心中でため息をつく。
消滅しているため見つからなくて当然である。
手を下したのは他ならぬ太陽なのだから、事情を知る梨緒からすれば茶番もいいところだ。

いつまでこの茶番に付き合えばいいのか。
ある程度で引き上げて次のターゲットを見繕いたいのだが。
少なくとも太陽の大声に誰も反応しなかったのだから、キララに限らず周囲には誰もいないようである。

太陽を操ってキララの捜索を諦めさせてもいいのだが、操っている間の記憶は失われる。
これに関してはキララ殺害実行前に確認した事である。
そうでなくては人殺しなどさせない。

仮に肯定させて、いったん探索を諦めさせたところで、後で整合性を取るのが面倒になる。
細かいことは気にしない太陽だったから成立してきたが、流石にここまで執着している事項に対しては一時的な操作ではどうしようもない。
純粋な弁舌で太陽を説得する必要がある。

「太陽さん、いったん引き返しませんか?」
「何故だ!? まだキララさんは見つかってはいないぞ!?」

あくまでキララ捜索を優先する姿勢の太陽。
それに対して梨緒は面倒くさいと思っている心中を億尾も出さず、悲しそうな表情を作って申し訳なさそうに言った。

「見通しの悪い夜の森でしたし、私が見た東に向かう人影というのが見間違いだったのかもしれません……。
 それに…………」

辛そうに目を伏せて、出来る限り言いづらい言葉を言う健気さを装って言う。

「これだけ探しても見つからないなら、もしかしてキララさんは、もう…………」
「ぐぬぅ…………」

太陽とてバカではない。
その可能性を全く考えていなかった訳ではなかった。

「だが、諦めたくないのだ! せめて彼女がどうなったのかを知るまでは……!」
「太陽さん!」

太陽にも負けない大声で発言を遮る。

「キララさんが心配なのは分かります、けどまずは私たちの安全を考えるべきです」
「否。我が身可愛さに少女を見捨てるなど日本男児としてそのような事が出来ようか!!」
「だったら私の安全を考えてください。ずるい言い方になるかもしれないですけど私だって危険にさらされている女の子なんですよ?」

これには太陽も押し黙る。
自分がどれだけ危険に巻き込まれようとも覚悟の上だが、少女を危険に突き合わせるのは太陽の本意ではない。

「むぅ……確かに、君の言う通りかもしれんな」

太陽が折れた。
このまま続けても発見の見込みが薄いと言うのもあっただろう。
太陽一人であれば0に近い可能性であろうともつづけただろうが、連れ合いがいる以上そうもいかない。

「じゃあ、とりあえずいったん森の方へ、」

大森林の方へ引き返そうと言う梨緒の言葉がそこで強制的に遮られた。

梨緒の体は後方へ弾かれたように倒れ。

赤い飛沫が舞った。


時代遅れの古めかしい工場の立ち並ぶ工場地帯。
機械の作動する喧しいまでに雑音などどこにもない。
街並みに灯りはなく、煙突も煙を吐くことなどない。
死んだように街は稼働を止めていた。

その最南端。
詰みあがったコンテナの上で、狙撃手は寝述べりながら小銃を構えていた。
辛抱強くその体勢のまま、身じろぎひとつせず待ち続ける。

スナイパーは寄られれば終りだ。
周囲の警戒を怠ることはできない。
本来はスポッターが果たすべき役割を、周囲を見渡す鷹の目のスキルを持ってして代用しながら、前方への集中力を保ち続ける。

そうして、どれほど待っていたのか。
前方に森から抜け出てきた男女の姿を認めた。

撃ち抜くには僅かに遠い。
出来る限り引き付けたい。
獲物の動きを凝視し狙撃の機を待つ。
しばらく観察していたが、獲物が引き返す動きを見せたため、これ以上近づくことはないと判断し即座にこれを撃った。

距離にして約300メートル。
当てることはできたが掠めただけだ。
最新の狙撃銃があれば1キロスナイプもこなして見せるが。
やはりスコープ無しの裸眼では、この距離を精密射撃とまではいかない。

さが、どう動くか。
一人を負傷させ、もう一人の足を止めさせるというのはセオリーではある。
だが、ここからでは傷の程度は分からないが、掠めた程度では軽傷だろう。
即座に森に引っ込まれると狙撃手としてはお手上げである。

それともあの怪物のように変貌した少女のようにこちらに向かってくるだろうか。
戦場のセオリーを覆すようなあの少女が例外だったのか。
この戦場はアーノルドの常識を覆す存在ばかりなのか。

まずは、それを知りたい。


「大丈夫か!? ユキさん!!」
「うっ…………くっ」

ユキは肩口を押さえ蹲っていた。
銃弾は肩先を僅かに掠めただけのようだ。
軽傷で済んだのは幸運だろう。

太陽は銃弾が飛んできた方向を睨む。
夜に紛れて、その視線の先には闇しか見えない
だが、確実にその先に狙撃手がいる。

卑劣な狙撃。
よもやキララも魔の手にかかったのかもしれない。
太陽が巨体を震わせ拳を握り締める。

「許゙ざん゙!」

太陽の怒りが頂点に達した。
この悪逆非道を討たねば鳴らぬ。
狙撃手に向かって一直線に駆け出して行った。

「ユキさん! 君は森に隠れていてくれ!」
「ちょ!? 待ちなさい!」

駆け出した太陽を静止すべく、アイテム欄からタブレットを取り出し操ろうとするが時すでに遅し。
既に射程範囲の10メートルを離れていた。

「ッ…………のバカ」

傷口を抑えながら忌々し気に吐き捨てる。
護るべき対象を放って走りだすなど、信じられないバカさ加減だ。
梨緒は太陽を利用して勝者になろうとしているだけなのに。
どうしてこう思い通りにいかないのか。

大森林は十数メートル先である。
そこに飛び込めば少なくとも狙撃の心配はないだろう。
だが、隠れてろと言われても撃たれた肩が痛いのだ、そう素早く動けるはずがない。
太陽から見れば軽傷でも梨緒からすれば十分に大きな傷である。

(まったく自分を基準に考えるな脳筋め!)


距離にして約300メートル。
猛然と少年がアーノルドに向かって迫る。
少女の方を見捨てたのか、それとも何らかの信頼があるのか。
どちらにせよ何の策もなく真正面から狙撃手に特攻するとは正気の沙汰とは思えない。

恐らくアーノルドと同程度のAGIなのだろう、足はそれほど速くない。
ここに至るまで50秒程度はかかるだろう。
撤退の時間を計算に入れても何発か撃つ余裕がある。

アーノルドのとれる選択肢は三つ。
勢いよく迫りくる少年を撃つか。
のろのろと森に隠れようとする少女を撃つか。
このまま撤退するかだ。

銃声。
煙硝が風に流れる。

アーノルドは撃つことを選択した。
そして撃ったのは、少女の方だった。

まずは仕留められそうな方を確実に仕留める。
森に隠れられる前に先んじて少女を仕留めるのが正解だろう。

少女を狙う凶弾。
確実に胴の中心を狙った弾丸は吸い込まれるように少女の胸部へと迫り。

唐突に出現した不気味な白い騎士の盾によって弾かれた。

夜でも分かる程の純白。
それは白馬に乗った騎士だった。
つなぎ目がなく盾も鎧も馬さえも一体化した無機物めいた白騎士。
それが、少女を守っていた。

常ならざる現象。
これがあの少女の特異性なのだろう。

あの守護騎士を縫って少女を打ち抜く。
正規の狙撃銃ならともかく、旧式の小銃では難しいだろう。

アーノルドは即座に少女を諦め、照準を少年へと移し替える。
距離にして約200メートル。
少年は変わらず、一直線に迫ってきていた。
頭と心臓だけは両手で守りながら走っている。
恐らく数発喰らう覚悟でいるのだろう。

だがライフル弾はその程度で防げるものではない。
旧式の骨董品とは言え、人の手足程度なら貫くだけの貫通力を持っている。
少女たちのようにこの少年にも何かあるのか、それとも無策の阿呆か。

それを確かめるべく、空となった薬莢をレバーアクションで排出。
次弾を装填。目視で照準を定め、引き金を引く。

着弾。僅かに誤差を確認。
少女と同じく肩を掠めたようだ。
その程度の傷、足止めにすらならないのか少年の動きには一切の変化はない。

再度レバーを引いて薬莢を排出し次弾を装填。ミリ単位で誤差を修正して引き金を引く。
頭部に着弾。腕でガードしているが、腕ごと貫いたはずである。
だが、少年は止まらない。
一瞬だけ動きを鈍らせたがすぐさま、体勢を立て直した。

腕部に防具でも仕込んでいるのか、と思ったがそうではない。
ここからでも流血はしているように見える。

「…………はっ」

思わず口元から笑いが零れた。
なんてことは無い、本当に腕で弾丸を防いだのだ。
単純にあの少年は頑丈なのだ。
突撃は無策ではあったが、勝算がなかった訳ではないようである。

だが、弾丸を耐えられるなど人体の頑丈さではない。
ここにあるのは人体であって人体ではないのだ。

つくづく常識の通用しない。
これこそが戦場だ。
異様なこの世界に限らず、戦場ではなんでも起きるのだ。
予定外想定外予想外。それら全てを乗り越える事こそ戦場を生き抜くと言う事である。

距離にして約150メートル。
装填にかかる一連の動作自体は1秒とかからない。
次弾までに数秒とかかるのは殆どが動く標的に狙いを定める時間である。
だが、その時間も敵が近づく程に短くなり、射撃の精度は上がる。

急所はガードされている。
ならばと、狙いを変え一発、二発と殆ど間隔なく連射する。
狙いは足だ。
弾丸は正確に両足の太腿を打ち抜いた。
この状態で走れる人間はいないだろう。

だというのに、少年は止まらない。
限界を超えて走り続ける。
馬鹿なと言う驚愕と、そうでなくてはと言う歓喜がアーノルドの心中で入り混じった。

距離にして約100メートル。
撤退までの時間を考えればそろそろ限界だ。
ここまでで仕留められなかった時点でアーノルドの負けである。

逃走経路を確保するのがスナイパーの基本だ。
ここに陣を構えた時点で、既に逃走方法は確立している。

アーノルドはサイドに張ったワイヤーを引く。
瞬間、別のコンテナに設置された手榴弾が爆発した。
ドミノ式にコンテナが崩れ、爆炎が引火し一帯が炎上する。

アーノルドはコンテナから炎の逆側へと飛び降りる。
炎によって道が塞がれ、追手が追いつくことはかなわないだろう。

「驚いたな」

だが、アーノルドは見た。
炎の中を駆け抜ける少年の姿を。

それは少年の装備する涼感リングの効果
30度以上の環境で装着していると、周囲の気温を25度に下げる指輪。
それはつまり、炎によって100度を超える環境になろうとも、装備者の周囲は25度に保たれるという事である。
煙に気を付けさえすれば炎を超えることは不可能ではない。

「まったく、白兵戦は得意じゃないんだがな」

逃げきれないと悟ったのか、ライフルをしまってナイフを取り出す。
待ち構えるアーノルドの下に、揺らめく炎背負って少年が立つ。
左腕と両足からは血が流れ、平然と立っていられるのが不思議なくらいの傷である。
だが、両の足で地を踏みしめ、ハッキリとした声で言った。

「キララさんの殺人容疑及び殺人未遂の現行犯で拘束させていただく」
「ふっ。戦場に罪科など問えないさ」
「これを戦争と申すか、ご老公」
「ああ、戦争だよ。私にとってはね」

ナイフを逆手に構え交戦の意思を示す。
素手で挑むは無謀と悟り、太陽もナイフを構える。
くしくも同じ武器、ナイフデスマッチが成立した。

「ではッ! 参る!」

雄叫びを上げて攻める太陽。
ナイフはあくまで牽制にとどめ、敵を拘束すべくその腕を取ろうと手を伸ばす。
対照的にアーノルドは冷静に身を躱して伸ばされた腕を裂いた。

短期戦を狙った狙撃戦とは異なり、アーノルドは長期戦の姿勢であった。
自分からは攻めず、向かってきた相手の手足を確実に切り裂く。
これを続けるだけでよい。

太陽の傷は深い。
これだけ大量の血を流しながら動けるだけでも異常である。
如何に限界を超えられる熱血スキルとはいえ限度はあるだろう。

それでも攻め続ける太陽。
太陽からすれば短期決戦を挑むしかない。
自身が出血多量で倒れるまでに、老人を制する必要がある。

だが、技量では明らかに老人方が上である。
攻める度に手足が細かく切り裂かれてゆく。
迂闊に攻めれば、痛みが増すばかりだろう。

痛みを恐れるまともな人間であれば、ここで攻め手を止めることもあるかもしれない。
だが、大日輪太陽は違う。
血の気の足りなさを熱血で補い、ふら付く足元を根性で支える。

自身の状況に関わらず、太陽の出来ることなどただ一つ。
一瞬に全てをかける事しかない。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

老人に向かってナイフを投げつける。
唯一の武器を投げ出す愚行。
故に、老人の意表を付けた。

アーノルドは飛来するナイフを弾く。
だが、間髪入れず二の矢、全身を投げ出すようにして太陽が迫っていた。

胴タックルが決まる。
アーノルドが地面に倒され、太陽が馬乗りになった。
STRや体格の差から、ひっくり返すことは困難だろう。

「…………それでは拘束させていただく」
「見事だ、日本男子(カミカゼ・ボーイ)」

心の底からの敬意と称賛を送る。
刃物を持った相手にタックルを挑む勇気
それでいてきっちりと要点は押さえている。

片腕はナイフを持つアーノルドの右手首を抑えていた。
ナイフを持った手首は抑えられ、アーノルドに反撃の予知はない。

「だが、惜しかったな」

ナイフを持った指先が僅かに動く。
瞬間。太陽の喉から噴水の様に血が噴き出した。

「…………がっ、ごっ…………!?」

スペツナズ・ナイフ
柄に内蔵したスプリングの力で刀身を射出することができる特殊武器である。
スプリングによって発射された刃が、太陽の喉に突き刺さっていた。

「道具の差だが、戦場にはこういう運も必要と言う事だ」

実力ではなく道具の差。
そして、それを得る事の出来た運の差である。

太陽の体が消える。
掴まれていた右腕が解放された。
そこには巨大な手の跡がついていた。
凄まじい握力だった、あのままでは掴んでいるだけでへし折られていたかもしれない。

太陽が消えた場所には幾つかのアイテムが残っていた。
彼の装備していたナイフとリング、何故か掃除機そして。

「…………なんだこれは?」

妙なセンサー機械を拾い上げる。
どういう用途の道具なのかはよく分からないが。
とりあえずアイテム欄にしまっておいた。

[大日輪 太陽 GAME OVER]

[D-7/工業地帯/1日目・黎明]
[アーノルド・セント・ブルー]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:E DEX:A LUK:A
[ステータス]:疲労(大)、右腕に痛み
[アイテム]:ウィンチェスターライフル改(8/14)(E)、予備弾薬多数、手榴弾×6、ワイヤー、スペツナズ・ナイフ、『人間操りタブレット』のセンサー、ボウイナイフ、涼感リング、掃除機
[GP]:10→40pt(勇者殺害+30pt)
[プロセス]:
基本行動方針:生き残る。
1.充実感。

白馬に乗った三土梨緒は草原を駆けていた。

馬での移動となったため森中を抜けられなくなったため、大森林を迂回する軌道を辿る。
馬上で揺られるたび傷に響く。
もう少しおとなしく走って欲しいが、一刻も早く安全なところまで移動することを優先した。

梨緒を助ける白馬に乗った白騎士。
これは梨緒のスキルによって生み出された存在である。

梨緒自身がピンチを認識しないと出せないため、今回の様な狙撃などは防げない。
そこを補うための太陽だったのだが、まさかあそこまで使えない男だったとは。
素直に梨緒に従っていればいいのに、周囲の人間はどうしてこうも使えないのか。
梨緒は自身の境遇を嘆く。

馬に揺られながら、太陽の向かった工場地帯に目を向ける。
そこには炎が揺らめき赤く燃え上がっていた。

白騎士の守りがあれば狙撃手の居る方向にも近づけるだろう。
今からでも太陽との合流を目指すか?

まさか。
既に殺されている可能性もあるし、なにより愛想が尽きた。
バカの方が操りやすいと思ったか、バカが過ぎると制御不能だ。
人間操りセンサーが失われるのは痛手だが太陽はもう切り捨てる。

馬に揺られながら、遠く揺らめく炎を見る。
次に利用する相手は、もう少し頭のいい人間がいいのだが。

[D-7/草原/1日目・黎明]
[三土 梨緒(ユキ)]
[パラメータ]:STR:E VIT:D AGI:C DEX:D LUK:B
[ステータス]:右肩に軽傷
[アイテム]:人間操りタブレット、隠形の札、不明支給品×1(確認済)
M1500狙撃銃+弾丸10発、スタングレネード、歌姫のマイク
[GP]:136pt
[プロセス]
基本行動方針:優勝し、惨めな自分と決別する。
1.次の獲物を探す(利用するか殺すかは状況に応じて判断)

034.Dragon Slayers 投下順で読む 036.Stand by Me
時系列順で読む
Rolling Thunder アーノルド・セント・ブルー 最後の弾丸
太陽への贈り物 大日輪 太陽 GAME OVER
三土 梨緒 役に立ってから死んでくれ

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最終更新:2022年06月01日 00:02