その、コテージは神を祀る神殿と化していた。

黒髪の美しい女だった。
女は白い息を吐き、自らの両手を温める。
窓から覗く四角く切り取られた世界は白に侵されていた。

そこは雪の吹き荒れる極寒の世界だった。
コテージはそこに敷かれた数少ないセーフゾーンである。
女はコテージ1階の共有スペースにあるソファーに座り、寒そうに手をすり合わせていた。

女の年の頃は少女と言っていい年齢だろう。
にもかかわらずその所作一つ一つには色香が漂っていた。
見るものを蠱惑するような毒の花。
その全てが、どうしようもなく女だった。

「寒いわね」

誰に言うでもなく女が呟く。
その呟きに応える声があった。

「こちらを」
「あら、ありがと」

この場にいた女は二人。
驚いたことに二人の女の顔は生き写しのように瓜二つだった。

だが、決定的に違う点が一つ。
一人は崇め奉られるように鎮座し、一人はその足元に傅くように跪いていた。

傅いていた少女が差し出した分厚いコートを女は当然のように受け取り羽織る。
男性用なのか、サイズの合わないコートの余った袖を弄びながら、足元の少女を見つめ問いかける。

イコンちゃんは寒くないのぉ?」

イコンと呼ばれた少女が纏っているのは薄い布を重ねただけの踊り子のような衣服だった。
見ようによっては祭事に祈祷する巫女のようでもある。
室内とはいえこの薄着では寒いはずだが、イコンは興奮したような表情で顔を赤くしていた。

「はい。よもや、神に直接の拝謁を賜る日がこようとは‥‥‥‥ッ!
 わたくしの心は歓喜に打ち震え、熱いくらいでございます!」
「そう」

自分で問うておきながら、神と呼ばれた少女は興味なさげに弄っていた爪先をふぅと吹いた。
周囲の気温はマイナスを下回っており、コテージの中にあっても体の震えが止まらぬほど寒い。
そんな中で防寒具を独り占めしておいて、女は悪びれる様子もなかった。

それも当然であろう。
彼女たちの関係は対等ではない。

神と信者。
讃えられる者と讃える者。
一方的に捧げられるのは当然と言えた。

「それでぇ、イコンちゃん。
 ここでも私のお願い聞いてくれるわよねぇ?」
「はっ! 勿論に御座います愛美様!
 我が身を御身に捧げよと望まれるのなら、今すぐにでも!
 御身と一体となれるなら、至上の喜びにございます」

信者は興奮気味に捲し立てる。
愛美と呼ばれた神は、その情熱とは対照的に変わらぬ様子で応じた。

「私の贄になるのもいいけれど、その前に私の手足におなりなさぁい」
「はっ。お望みとあらば」

神から望まれることの歓喜に震えながら、イコンは跪き首を垂れる。

「そうね、まずは2、3人ほど取り込んでおきたいわ。
 死体は消えちゃうんだったかしら? なら適当に痛めつけて私のところに連れてきなさい。
 それが無理そうなら、その場で殺しちゃっていいわ。その場合は獲得したGPとやらを私に捧げなさい。貰ってあげるから」
「御意に。しかし、GPの献上はどのようにして?」
「あら? できないの? シェリン」
『はいはい。あなたのシェリンですよ~』

ヘルプから呼び出され電子妖精が現れる。

「この子が私にGPを献上する方法を教えてあげて」
『はい、コネクトして双方に同意がある場合であればGPの移譲は可能となります。
 その場合手数料としてGPの1割を徴収しますのでご了承ください』
「ですって」

ふふと笑う。
信徒たる巫女は神の在り方に身震いをする。
愛美の発言はシステムを理解しての事ではない。
全ては自分に捧げられて当然の物という思考からの物であった。

なんという傲慢。
なんという慢心。
なんという自己愛。

そして世界はその通りになる。
世界は彼女を中心に回っている。

「それができたらご褒美に貴女も私にしてあげる。嬉しい?」
「は、はい! 光栄の至りにございます……!」

女の細く白い指が女の頬から顎をなぞる。
指は顎から落ちて乳房を撫ぜた。
狂信者は恍惚の表情で身を震わせ、自らの命を捧げられることに一筋の随喜の涙を零した。

「ああ、けど――――陣野優美。私と同じ顔をした私のスペア。
 この子だけは殺しちゃダメ。絶対に生きたまま私の前に連れてきてちょうだい。
 まあ向こうも私に会いたがってるだろうから、私の名前を出せば素直についてくると思うけど。
 あの子、私を殺したがってるでしょうしねぇ」

唇に手をやり愉しそうにクスクスと笑う。
それはこれまでの笑みとは違う。
どこか腐乱した果実の様に甘ったるくて毒々しい笑いだった。

「はっ。御身の現身として、仮にその殺意をこの身に受けようとも必ずや成し遂げてみせます」

仮に己が命を賭しても成し遂げると、イコンは忠義を示す。
だが、見上げた神の表情は一変していた。

「――――――何を、言ってるの?」

イコンの全身から血の気が引いた。
外の吹雪など比較にならぬほど、どうしようもなく冷たい声。
歯の根が鳴りやまない。
イコンの体がみっともないほどに震える。

「私の代わりに殺意を受ける? バカ言わないで。
 あの子が私を――――見間違う訳がないでしょう?」

両眼を見開いて、心底汚らわしいものを見るようにイコンを見下す。
それはどうしようもない恐怖と絶望。
狂信者にとって神に見放さるよりも恐ろしいことはない。

「も、も、申し訳ございません!! どうか、どうかお許しを!!」

コテージの床板が砕けんばかりに自らの頭を叩きつけた。
床板に赤い線を引きながら、それでも地面へと頭をこすり続ける。

「顔を上げなさい」

土下座を続けるイコンにそっと声がかかった。
許しを得て、額から血を流したイコンがゆっくりとその顔を上げる。
そこには菩薩の様な慈悲の笑みを浮かべた神の姿があった。

「いいのよ。許してあげる」
「か、神ッ! 神の寛容に感謝いたしますぅ…………ッ!」

再び地面に擦り付けんばかりに頭を下げる。
そんなイコンにそっと屈みこんだ愛美が、面を上げさせる。

「あらあら、こんなにして、かわいそうに」

そう言って赤い舌で額から垂れる赤い血を舐めとった。
イコンの全身が先ほどとは違う理由でブルりと振るえる。
余りの恍惚に気をやってしまいそうだった。

「ああ、そうそう。薫ちゃんに関しては殺しちゃっていいわ。
 同化する気にもならないから、連れてる必要もないわ。その場でぱぱっとやっちゃって」

邪魔な粗大ごみの処理を命じるように、何の未練もなく愛美は言う。
彼女にとって彼はもはやその程度でしかない。

「魔王ちゃんはそうねぇ。今会うのはちょっと不利ねぇ。
 私の完成度が高まるまでなるべく遠ざけておきたいところだけど、まぁあなたじゃ絶対に勝てないから見かけたら無視しておきなさい。
 とりあえずはそんなところかしら?」
「はっ。御心のままに。
 して合流はどのように致しましょう? 神はここに留まられる御積もりでしょうか?」
「そうねぇ。寒いからあまり動きたくないのは確かだけど、ただジッとしてるのもねぇ。
 とりあえずこれを持ってなさい。私の場所がわかるわ」

そう言って彼女は自らの支給品を手渡す。
神からの賜りものをしっかりと両腕で受け取る。

「拝借いたします。これは?」
「受信機、という物よ。これで発信機を持つ私の位置がわかるわ。
 使い方はシェリンにでも聞いておきなさい」
「はっ。それでは早速。失礼いたします、愛美様」

深々と一礼して、イコンはコテージより出ていく。
裸同然の恰好で何のためらいもなく雪の舞い散る外へと飛び出していった。

「元気ねぇ」

気だるげにそう言って、僅かに身を震わせる。
イコンが出ていく際に開いた扉から僅かな雪風と共に冷気が流れ込んでいた。
コテージの窓から吹雪く外の景色を見つめ、白い息と共に呟く。

「寒いわね」

[C-8/コテージ/1日目・深夜]
[陣野 愛美]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:E DEX:E LUK:E
[ステータス]:健康
[アイテム]:防寒コート(E)。発信機。不明支給品×2
[GP]:0→10pt(キャンペーンで+10pt)
[プロセス]
基本行動方針:世界に在るは我一人

[イコン]
[パラメータ]:STR:E VIT:B AGI:C DEX:D LUK:D
[ステータス]:健康
[アイテム]:受信機、不明支給品×2
[GP]:5→15pt(キャンペーンで+10pt)
[プロセス]
基本行動方針:神に尽くす
1.何人かの参加者を贄として神に捧げる
2.陣野優美を生かしたまま神のもとに導く
3.郷田薫は殺す、魔王は避ける

【防寒コート】
分厚い防寒用のコート。
男性向けであるためややサイズが大きい。
僅かながらにダメージ軽減効果がある。

【発信機&受信機】
発信機の位置が常に受信機に表示される。
受信範囲はマップ全域(地下、上空を含む)。

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GAME START イコン Blasphemous Detective

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最終更新:2022年05月31日 23:40