積雪エリア
道とすら言えない雪原を歩く二人の男がいた。
「すまんね。付き合ってもらっちゃって」
「いえ、お気になさらず。
こちらこそすみません。万能スーツ貸していただいて」
「それこそ気にしなくていい。コート着てるからね、俺」
雪を踏みしめ足跡を残しながら歩く。
向かう先は北にある雪山。
発案者は青山だ。
「この1年探し続けた子どもたちの一人が、この方向にいるらしいんだ」
「そうですね。探しに行かないわけにはいきませんよね」
青山のスキル『人探し』
顔と名前を知っていればその人物のいる方向が分かるというものである。
彼らの向かう先にいると示されているのは陣野愛美。
1年前に起きた失踪事件の被害者である少年少女の一人である。
元の世界で方々駆けずり回って一つも得られなかった手掛かりがこの『New World』で得られたのだ。
決して取りこぼすわけにはいかない。
雪は標高が高くなるにつれて強くなり、視界も悪化していく。
「ん…?あれは…」
「人…ですかね…?」
D-8からC-8に差し掛かるころ、雪の間に黒いものが見えた。
風にたなびくそれが長い黒髪であることに気付いた青山の目が見開かれる。
「まさか…!」
「青山さんあれ…!」
「ああ間違いない…!陣野さんだ!」
依頼を受けて以来何度も写真で見た顔。長い黒髪のとても美しい少女。
この気候にはそぐわない薄い布のみの衣服を着ているが間違えようがない。捜索対象である陣野姉妹の一人が今目の前にいる。
スキルで地図上に表示された方角から察するに、おそらく前方にたたずんでいるのは姉・愛美の方だろう。
青山は――そして青山から話を聞いていた切間もそう確信する。
青山の『人探し』スキルは対象とする人物の、現実世界の人相を知っていれば『New World』でどのような姿をしていても探し当てることができる。
例えば桐本四郎が美空ひばりの姿でこのゲームに参加していたとしても、この『人探し』スキルで『桐本四郎』を対象にすれば美空ではなく桐本の方向を指し示すのである。
その青山のスキルが、自分たちの進む先にいる少女は陣野愛美であると示しているのだ。疑う余地などない。
青山が走り出す。
積もる雪を蹴散らし、降りしきる雪を振り払いながら。
そして少女のもとにたどり着くや否や、着ていたコートを少女に被せて叫ぶ。
「大丈夫かい!陣野愛美さん!」
少女は、初対面の男に名を呼ばれた驚きからか目を丸くする。
「…ええ。大丈夫です」
少し間を置き答える少女。
しかし大丈夫、という返答とは裏腹に少女の肌は血色を失い青白い。
遅れて切間も到着する。
「この人が…陣野愛美さんですか?」
「ああ!そうだ!間違いない!この子が陣野愛美さんだ!
よかった!生きていて本当に良かった!」
異様に興奮して喜ぶ青山。放っておいたら万歳三唱でもしかねない勢いだ。
1年探し続けた捜索対象を発見したのだからさもありなん、とは思うがさすがにはしゃぎすぎではなかろうか。
「どうか…お助けください…」
切間の思考は少女の消え入りそうな囁きにかき消される。
「ああもちろんだ!この先にコテージがある!そこで暖を取るんだ!
こんな格好でいつまでも外にいたら低体温症で死んでしまう!
切間、手伝ってくれ!」
「は、はい!」
青山の態度に奇妙な違和感を覚えながらも、切間は少女を抱えて走る青山の後を追った。
◆◆◆
――よかった。
うまくいった、と
イコンはほくそ笑む。
イコンは、神に贄を捧げ、全てを神と一体化することを目的とするイコン教団の主である。
神のために幾人かの贄を捧げるよう命じられた。
使命達成のあかつきには、イコン自身も神の一部にしていただけるのだ。
一刻も早く贄を神に捧げたい。
自分の支給アイテムの一つであった防寒着は大いなる神である陣野愛美様に献上した。
自分は今、神に仕える巫女としての正装のみを着ている状態だ。
氷点下を下回る積雪エリアに適した格好からは程遠いが、自分に支給された防寒着が神のお役に立つのだから光栄なことこの上ない。寒さなど些細なことだ。
とは言え神から受けた使命を果たせぬまま凍え死ぬわけにもいかないので、温暖なエリアに移動せんと進路を南に取る。
しばらく歩いてると遠くからこちらに向かって歩を進める二人の男が視界に入った。
男たちは一人はコートを、一人は鎧を着ている。
イコンは思わず破願する。
神の求めに応えるための贄が二人も手に入るのだ。
喜ばしくてたまらない。
イコンのスキルは『アイドル(古代)』。
他の参加者に熱狂(ファナティック)の状態異常を付与するスキル。
熱狂により精神が昂ぶり判断能力の減退した人間は、厭うことなく命を懸けるほどイコンに魅了されてしまう。
しかも相手が異性であればその効果は更に高まる。
イコン教団の人間であれば教祖として命じ、その命を喜捨させよう。
そうでなければか弱い少女のふりをして騙し討とう。
スキルを使えば思いのままだ。
そんな作戦を立てて男たちの前に姿を晒した。
信者であれば「イコン様!」と叫び駆け寄るだろう。
そうでなければ「大丈夫かい!」とでも声をかけてくるのだろう。
イコンを見つけた男たち。
コートを着た男が駆け寄ってくる。
「大丈夫かい!」
男のリアクションは彼女の想像した通りだった――――途中までは。
「陣野愛美さん!」
コートの男は確かにそう言った。
ありえない。
秘匿され、誰も知らない神の御名。
その名を知るのはイコン教団教祖であるイコンのみ。そのはずなのに。
元の世界に存在していた、目視した相手の名を看破するスキルの使い手かとも思ったが、この男はイコンを見て神の御名を呼んだ。
すなわちそれは神の尊顔と御名を知った上で、神と瓜二つになるよう顔を作り替えたイコンを神と誤認したということなのだ。
困惑し言葉を失うイコンにお構いなしに、着ていた上着で包んだ男はみるみる表情を喜びの色に染めていく。
その目にはみるみる内に涙が溜まっていく。
まるで生き別れになった家族と再会でもしたかのようだ。
大丈夫と答えてやるとその顔はさらに喜びに満ちていく。
スキルによる魅了が効いている。
イコンにそう確信させるには十分だった。
鎧の男も追いついてきた。
「どうか…お助けください…」
弱り切った声色を作り懇願してやる。
強力なスキルを有しているとはいえ正面戦闘はイコンの得意とするところではない。
また、贄は生かさず殺さずの状態にして神の元に運搬しなければならないが、イコンのSTRは最低のE。
運搬するのは現実的に考えて難しい。
受信機を見ると、どうやら神はまだコテージから移動していないようだ。
とあらば、己を餌に贄をコテージまで誘うべきだろう。
そこで騙し討って瀕死にし、神に献上するが得策だ。
スキルの影響下にあるコートの男(もうコートは着ていないが)は一も二もなく、イコンを抱えて走り出す。
誘導するまでもなくコテージに向かうことを決めてもくれた。
なんと扱いやすいのだろう。スキル様様だ。
あとはコテージまで運んでもらい、屋外で二人を不意打ちし行動不能にして神に捧げるだけだ。
雪原を駆けること30分。
コテージが肉眼で見えるようになるころ、コートの男が口を開く。
「陣野さん。君が無事でいてくれて本当に良かった」
未だに私を神と勘違いしているようだ。
しかし続けて発せられた言葉がイコンの逆鱗に触れた。
「妹さんや郷田くんもこの世界にいるんだ。
君だけじゃない。妹さんや郷田くんはもちろん、付侘くん、冬海くん、守川さんも見つけてみせる。
――君の友人たちを必ず助けてみせる」
「あ…?」
イコンの顔が凍りつく。
――こいつは今何を言った?
“友”と呼んだのか?神以外の勇者を?神の友と?
薄汚くて下劣な穢れし勇者共を、こいつは神と対等に扱ったのか?
なんという不敬。
なんという不遜。
なんという侮辱。
軽々に神の御名を呼ぶのも無礼だというのに。
それに飽き足らずこの男は神を低劣な勇者共と対等に扱いその名誉を貶めた。
これは神に対する冒涜に他ならない。
ここで殺さなくては。
神に代わり私がこの男の命脈を絶たねばならない。
全てが神と一体になる世界からこの涜神者は排除されなくてはならない!
イコンは[[アイテム]]から七支刀を取り出し、男の胸に刺し込んだ。
◆◆◆
「あつっ」
前を走っていた青山が小さく叫んで足を止めた。膝をつき、その腕に抱えられていた少女が雪原に転がり落ちる。
「どうしました青山さん?」
追いついた切間は青山の正面に回ろうとするが――
(赤い……まさか!?)
――足元の雪に落ちる赤い雫を見て足を止める。
胸を押さえてうずくまる青山。
足元にしたたる赤い雫。
状況から考えられる真実はただ一つ。
「陣野さん!どうして!?」
そちらに目をやった切間の視界に映ったのは奇妙な形の刃物――七支刀をその手に握る陣野愛美。
その切っ先は青山の鮮血で濡れていた。
うずくまる青山と、困惑し立ち尽くす切間。
二人に向けて鬼気迫る表情で叫ぶ。
「貴様らのような涜神者が神の御名を呼ぶな!」
再び青山に向けて刃を向ける少女。
「死ね!神を冒涜する悪魔ども!抵抗せずに死ね!」
立ち上がり刃物を構えてこちらに駆けてくる。
発言が支離滅裂で、もはや正気の沙汰とは思えない。
おそらく誘拐され、薬物か何かを投与されて気を違えてしまったのだろう。
専門の医療機関での治療が必要だろうがこの状況ではそれも適わない。
――だからといって。
「このまま青山さんを殺させるわけにはいかないもんでね!」
言いながら、切間は二人の間に割って入り、少女の手首を掴んでその突進を止める。
「陣野さん一体何があったんだ?俺でよければ話を聞くぜ」
青山がそうしてくれたように切間は少女に呼びかける。
彼女を沈静化させるためにあらゆる手段を講じたい。
想い人の凶行を後押ししてしまった自分にそんな資格があるとは思えないが、そうも言ってはいられない。
刺された青山の手当を早急にしなければいけないのだ。イコンとの戦闘をダラダラ続けるわけにはいかない。
「悪魔と交わす言葉などない!邪魔をするな!後ろの男を殺させろ!」
しかし少女は血走った目を更に見開き叫ぶ。七支刀を握る両手に力がこもる。
その表情は幾度となく見てきた表情。
これまで解決してきた事件の犯人たちが被害者や自分に向けてきた憎悪の表情だ。
何故自分たちをこんなにも憎悪し攻撃してくるのかはわからない。
だが青山の消耗を考えると、これ以上長引かせるわけにはいかない。
「陣野さん!ごめん!」
手首を掴まれてがら空きになっている腹に蹴りを入れる。
少女は吹き飛ばされ雪上を転がった。
好機と走り出す切間。だがその耳にパチリと小さな破裂音が聞こえ全身から力が抜ける。
転倒し、分厚く積もった雪に体を埋めた次の瞬間――――切間の体に向けて雷が落ちた。
霹靂をその身に受けた切間は立ち上がれない。
威力は高くなかったようだが体に力が入らない。[[メニュー]]を確認すると『スタン』の状態異常を付与されていた。
何故雪の中雷が落ちるのかについては考えても仕方がない。
(恐らくそうだろうが)少女のスキルだと言われても確認のしようがないし、理由がわかったところでこの状況が好転するわけでもない。
蹴り飛ばした少女が近寄って来るのが目に入る。
15秒もあればその手の七支刀は切間の頸動脈を切り裂くだろう。
この状況を好転させるためには1瞬でも早く立ち上がらなければならない。
ゲームのレバガチャのように泥臭くても足掻くしかないのだ。
体を持ち上げようと勢いをつけて地面に手をつき腕に力を籠める。
反動でなんとか持ち上がった体は、しかし何者かに上から抑えつけられた。
「なんで…!?」
まだ少女は10歩前方にいる。
切間を抑えつけることができるのはただ一人。
「どうして俺を抑えるんだ!?青山さん!」
「俺たちは陣野さんに死を望まれた。だから俺たちは死ななければならないんだ」
何言ってんだあんた。そう言いかけた切間だったが、青山の目を見て全てを理解した。
いつかの事件で関わった麻薬中毒者のように、その目はとても正気の人間のそれではなかった。
(ああ、なるほど)
陣野を見つけた青山が妙にハイテンションだったのは少女のスキルの影響だろう。精神に干渉する系統の何らかのスキル。
たぶん切間が影響を受けていないのは支給された鎧の効果だ。確か精神干渉を防ぐ効果があったはずだ。
それにしてもなんて強力なスキルなのだろう。
あれほど論理的で落ち着いた人物だった青山に、ここまで自分を見失わせてしまうのだから。
青山に抑えられたまま足掻いてみるが、ただでさえ力が入らない体を上から抑えつけられているのだ。STRで勝っていても跳ね除けられない。
少女の危険度を見誤った自分たちの完全敗北だ。
切間は抑えつけられたまま、雪を踏みしめる音を聞く。
一歩、一歩と近づくそれはまるで死神のカウントダウン。
10を数える頃、その音が止み、切間はついに己の傍らに立った少女を見上げる。
ひどい顔だった。
美しい少女の相貌が幻だったかのよう。
とてもとても醜い顔だった。
――綾辻もあの事件の時、こんな表情をしていたのだろうか。
(だとしたら、嫌だなあ…)
それが高校生探偵・
切間 恭一の最後の思考になった。
◆◆◆
鎧の男の肉体と返り血が消滅し、辺りにアイテムが散乱する。
それらには目もくれず、イコンはコートの男に七支刀を向ける。
「次は貴様だ。死ね、涜神者」
「ああ!君が望むならこの命、君のために捧げよう!」
あまりにも露骨に瞳を輝かせて応じる男の態度にイコンの興が削がれる。
「………やはりやめだ」
先ほどの鎧の男は成り行きで戦う羽目になった。
『アイドル(古代)』スキルが効いていればそうはならないはずだった。
しかし結果としては戦闘に陥ってしまい、戦いの中で簡単な命令を下しても心揺さぶられる様子を見せなかった。
故にコテージに誘導するのは困難と判断して殺した。
一方この男は神を貶めた大罪人だが、スキルが効いているため容易にコテージまで誘導できる。
何よりこの男には、イコンの為ではなく神のために死んでもらわなくてはならない。
こうした理由から、イコンは青山をここでは殺さず神に捧げることを決めた。
「さ、罪人。神の元に行くのだから早くアイテムを回収してついてきなさい」
「はい!」
いずれ贄となる者たちの足跡はもう少し続く。
神に向かって一直線に。
[切間 恭一 GAME OVER]
[C-8/コテージ近辺/1日目・黎明]
[イコン]
[パラメータ]:STR:E VIT:B AGI:C DEX:D LUK:D
[ステータス]:低体温症寸前
[アイテム]:青山が来ていたコート(E)、受信機、七支刀、不明支給品×1
[GP]:15pt→45pt(勇者殺害により+30pt)
[プロセス]
基本行動方針:神に尽くす
1.コートの男(青山)を贄として神に捧げる
2.コートの男(青山)が涜神者であることを神に説明し、要らないと言われたら心置きなく殺す。
3.何人かの参加者を贄として神に捧げる
4.陣野優美を生かしたまま神のもとに導く
5.郷田薫は殺す、魔王は避ける
[
青山 征三郎]
[パラメータ]:STR:E VIT:B AGI:B DEX:B LUK:B
[ステータス]:胸に浅い刺し傷、イコン推し
[アイテム]:
エル・メルティの鎧、万能スーツ、支給アイテム×4(確認済)
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:陣野愛美(イコン)の仰せのままに
1.陣野愛美(イコン)の望む通りに行動する
※イコンを陣野愛美だと誤認しています。
【七支刀】
六本の枝刀を持つ剣。神に縁深き者が使えば様々な効果を発揮する。
最終更新:2020年10月19日 22:50