「足元気を付けてね」
「う、ん。あっ」
「ほら、言ってるそばから」

階段の段差に躓きかけたブロンド美女の手を、ベリーショートの長身な少女が取った。
その手を引いて最後の階段を登り切る。

手を引く少女は背丈こそかなりの長身だがその顔付きにはまだ幼さを残っていた。
肉付きも成熟した女性とは言い難く、まだ成長途中の年頃であることがうかがえた。

手を引かれる女はブロンドの髪に豊満なバスト、成熟した大人の女性と言った外見である。
しかしどこか呆けたような表情をしており、それは幼さと言うより危うさを感じさせた。

手を引く少女と手を引かれる女、未成熟な少女と成熟した女性。
傍から見てどちらが保護者かと問われれば答えに窮する事だろう。

だが、アバターの外見は自由に設定できるため中身とが意見が一致しないこともある。
巨乳ブロンドの中身が3歳児であることだって、あり得るだろう。
少なくとも高井丈美はそう認識している。

高井丈美とヴィラス・ハークの二人は水の塔の最上階にたどり着いていた。

これからどうしたモノかと思案していたところに、どういう訳かヴィラスが遠くに見える塔に強い興味を示した。
丈美としても行く当てがなかったため、とりあえずやってきたのだが。
これでよかったのかという後悔は拭えなかった。

水の塔は30mくらいの石造りの円柱の塔で、まっすぐなピサの斜塔と言った風な外観だった。
塔の内部には螺旋階段が敷かれており、その横幅は他の人間が逆方向から来たらすれ違うのも難しいくらいに狭い。
階段は入り口から最上部までの一本道であり、逃げ場のない構造だった。
避難するには所々ある窓枠から外に飛び降りるくらいしかないだろう。

階段を登っている間、もし本当に上から誰か来たらどうしようと不安だった。
どうにか階段を登り切り最上部へとたどり着いたが、フロア中央にそびえる台座に祭られたオーブ以外に特に何もない。
他にあると言えば、半楕円に切り抜かれた窓から見える景色くらいのものだろうか。

丈美は高い所から見る景色が好きだ。
バレーが高さのスポーツだからと言うのもあるだろう。
それとも高さが好きだからバレーを選んだのか。
その辺はもうよくわからない。

高く、より高く。
全力で跳躍した最高到達点から見る景色は最高に気持ちがいい。
だからこそ、塔の頂上からの景色にも少しだけ期待していたのだが。

「うーん。ちょっと残念だなぁ」

昼間だったら島中を一望できたかもしれないが、夜では景色がほとんど見えない。
街の明かりもないから暗闇が広がるばかりで、南にそびえる灯台の光が見てとれるくらいである。
あれは火山エリアのマグマだろうか、目を凝らせば遥か遠くの方で僅かに赤くにじんで見えた。

「……いっ。だからかじらないでよ」

夜景を眺めていた丈美の肩をヴィラスがかじった。
別にたいして痛くはないが、涎が付くので少し汚い。
繰り返されると、わずらわしく思ってしまう。
3歳児ってかじり癖があるんだろうか? とも思ったが丈美は一人っ子だからその辺はよく分からなかった。

「あレ」

そう言ってヴィラスが指さしたのは中央。
どうやらオーブに興味を示しているようである。
オーブは電源を落とした電球のように光を失っており、誰かに灯されるのを待っているようにも見えた。

丈美は一通りのルールは熟読した。
確か、中央を除く各エリアの塔はオーブに触れることで支配することができるとか言うルールだったはずである。

それがヴィラスが塔に興味を示した目的なのだろうか?
3歳児にそんな判断ができるとも思えないが。

「おーぶ」
「あ、待って」

ふらふらと中央のオーブに近づいてゆくヴィラスを慌てて止める。
あれに触れればこの塔の支配者はヴィラスという事になるだろう。

やらせていいのか?
そんな疑問が頭をよぎる。

塔の支配者はたしか名前が表示されてしまうはずである。
正直、ゲームの事はよくわからないので、これがメリットなのかデメリットなのかいまいち判断がつかない。

そもそも面識のない相手の名前が出たから何なんだとも思う。
実際、砂の塔と雪の塔の支配者が表示されているが、そうなんだ、くらいの感想しかない。

意味があるとしたら知り合いの名前が表示された時くらいだろう。
仮に今表示されているのが陣野先輩や青山さんだったら、丈美もそこに向かっていくかもしれない。

「――――そうだ」

仮に参加者の中に彼女を知る人間――もしかしたら保護者なんか――がいれば、この子がここにいるというメッセージになるのではないだろうか?

うん。それはいいかもしれない。
自分の発想を褒め称える。
正直、子供の世話なんてしたことがないので持て余しつつある。
預けれる人がいるなら預けてしまいたい、というのが丈美の本音であった。

「ぅう」

ヴィラスが自らの動きを制する丈美に恨めし気な視線を送る。
丈美は少しだけ思案したが、結局好きにさせることにした。

解放されたヴィラスが中央のオーブに近づいてゆき、手を伸ばす。
伸ばされた手でそのまま台座にしがみ付いて、カジカジとオーブをかじった。

「こらこら」
「あぅう…………」

引きはがす。
唸る姿はとっても悲しそうだった。
どうやらかじった歯の方が痛かったらしい

「仕方ないなぁ。こうやって……こう、かな?」

ヴィラスの手を取ってオーブの上にのせる。
すると、それが認証の合図だったのかオーブが淡い光を放ち始めた。

夜に美しい青が灯る。
光を放つオーブの中で波打つように水が揺らめいた。
まるで水晶の中のアクアリウムのようだ。
これには丈美も目を奪われる。

ヴィラスも同じく目を輝かせながらオーブを見つめていた。
だが、その興味は光というより中で揺れる水に向けられてる様子である。
水が好きなんだろうか?
もしかしたら海に近い所で育った子なのかもしれない。

「ん…………?」

目の錯覚か。
一瞬、オーブを見つめるヴィラスの体にノイズのようなようなものが奔った気がした。
チラつくように見えたのは。

「…………サ、メ?」

何故、そう思えたのか。
否定するように首を振って目を擦る。
再び彼女の姿を見てみれば、そこにあったのはこれまで通りのヴィラスの姿だった。

「疲れてるのかな…………?」

部活動でくたくたになってもこんなことはなかったのだが。
色々あった精神的疲労だろうか?

「満足した?」
「しタ」

それならば、もうこの塔に用はない。
ヴィラスの名に気づいた人間を待つにしても、逃げ場のない塔で待つよりは外で待てばいいだろう。
丈美としては誰か来る前に一刻も早く降りてしまいたかった。
ヴィラスの手を取って、歩き出す。

「痛っ! 強いってば。噛まないでって!」

指をかまれて思わず振り払う。
これまではたいして痛みのない甘噛みだったが、今回はよっぽど強く噛んだのか、噛まれた指に鋭い痛みがはしった。

「もう噛んだらダメだってば! 次やったら本当に怒るからね!」

痛みと溜まっていた物もあり、強めに叱りつけた。
ヴィラスは少しだけシュンとしたようにうつむく。
どこまでこの説教が届いているのか分からなかったが、そうシュンとされるとこっちが悪かったように思えてしまう。

「…………大声出してゴメン。ほら、行こう」

そう言って手を差し出す。
今度は歯ではなく、ちゃんと手で握り返された。

※水の塔の支配者が[ヴィラス・ハーク]に書き換わりました。
 この情報はマップ上から確認できます。

[F-8/水の塔/1日目・黎明]
[高井 丈美]
[パラメータ]:STR:B VIT:B AGI:B DEX:C LUK:C
[ステータス]:健康、指に痛み
[アイテム]:不明支給品×3
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:ヴィラスの保護者を探して預けたい
1.とりあえず塔の周辺で待ってみる
2.陣野先輩も探したい。
3.出来れば青山さんとも合流したい。
※ヴィラス・ハークの正体を3歳の子供だと考えています

[VRシャーク(ヴィラス・ハーク)]
[パラメータ]:STR:E→D VIT:E AGI:E→D DEX:E LUK:E
[ステータス]:健康、鼻が少し赤くなっている
[アイテム]:不明支給品×3
[GP]:150pt
[プロセス]
基本行動方針:???
1.食べたい
※水の塔の支配権を得たことにより水属性を得て本来の力を僅かに取り戻しました

029.「楽しくなってきた」 投下順で読む 031.それは転がる岩のように
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彼女の戸惑い、あるいは金魚鉢の中のサメ 高井 丈美 虎尾春氷――序章
VRシャーク

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最終更新:2020年11月24日 21:58