炎のオーブを戴く塔の頂上。
水晶のようなオーブの中で支配者を歓迎するように赤い炎が渦を巻く。
オーブの放つ光に照らされ、フロアは淡い茜色に染め上げられる。

茜色を照り返しながら、その中心に佇むのは漆黒のマントであった。
その肌の色は人とは違う事を示すような紫。頭部より生える威厳を示すような巨大な角が目を引いた。
彼の者こそ、この塔の支配者にして魔界の支配者たる魔王ガルザ・カルマである。

魔王は怪訝な表情で確かめる様に己の手のひらを見つめていた。
この塔を支配した直後より、僅かな違和感があった。
恐らくこの魔王でなければ気づけぬような類の違和感である。
魔王はその違和感の正体を確かめるべく、塔の最上階の開けた窓へと向き直ると、外に向かって手を突き出した。

地、水、火、風、闇。
五指にそれぞれ別属性の魔力を込めて、塔の頂上から夜に向けて同時に放つ。
まだ形になる前の純粋な魔力はすぐさま風化して消え去ったが、炎の魔力だけが僅かに強く最後まで残った。

「ふむ」

その結果を見届けた魔王が頷く。
ガルザ・カルマの属性は地。
本来であれば地の魔力が最後まで残って然るべきだが、残ったのは炎である。

この魔王に限って魔法のコントロールをしくじることはない。
となるとカルザ・カルマの中で地の属性がなくなり、炎の属性が強まっているという事である。

炎の属性が強まったのは恐らくは炎の塔を支配した影響だろう。
地の属性がなくなったのは、この世界で肉体を再構成された影響か。

これは魔法による一時的な強化(バフ)や、魔道具などの外的要素による外付けの属性付与とも違う。
カルザ・カルマという存在の属性そのものが書き換わっている。

カルザ・カルマは魔法に長けた魔王である。
戦闘能力自体は剣技に長けた先代魔王に及ばないだろうが、魔法の扱いにおいては歴代の魔王の中でも群を抜いている。
魔道に対する深い理解がある彼だからこそ、いとも容易く行われているその行為がどれほどの難易度なのかを嫌と言う程理解していた。

個人の属性とはそう簡単に書き換えられるものではない。
経験や環境により長い年月をかけて属性が変化することはあるだろう。
だが、こうも容易く変化することはあり得ないし、地が炎になるような劇的な変化でもない。

属性とは産まれおちた時に確定される存在としての在り方である。
それを書き換えるのは魂に刻まれた在り方を変えるに等しい行為だ。

魂と言う物はとかく扱いが難しい。
下手に触れれば、いともたやすく壊れてしまう。

その形を好き勝手歪めるなどと言うのは魔道を極めた魔王ですら不可能である。
魔王に不可能である以上、世界中の誰にも不可能であると言っていいだろう。
魂の形を歪めながら存在を維持するなど、それこそ神の御業である。

だが、この地ではその神業が当たり前のように行われていた。

この地にある存在が魂を元に再現された肉体と精神であるという事は魔王は最初から理解していた。
そもそも魔王の肉体はすでに陣野愛美によって滅ぼされている。
魂のみとなった魔王が肉体と精神をもってここにいる以上、魂を元に再現された存在であることは明白だろう。

魂を元に肉体と精神を再現するだけならば可能だ。
実際、魔王が敷いた転生術式も、残存する魂をかき集めそこから元の肉体と精神を再構築するという代物である。

だがこの地で行われているのは違う。
存在を維持したまま好き勝手に魂を歪め、その形を元に肉体と精神を存在させるという外法。
それがこの世界におけるアバターと呼ばれるモノの正体である。

(そもそも、何が目的やねん……?)

これほどの力をもって、何を目的としているのか。
最初は魂を集めて行う何かの儀式かと思ったが、魂を自在に操作できるような力を持っているのならこんなことをする必要がない。
蟲毒をしたいのならば、蟲毒を経てうまれた魂に作り変えればいいだけの話である。

(…………もしかしたら、ホンマにただのお遊びなんか?)

底意地の悪い神のお遊び。
最悪の可能性だが、一番しっくりくるのがこれだ。
加えて、そう言ったことをしかねない相手に心当たりがある。

それは文字通りの神。
魔王の住まう世界の唯一神である。
そんな疑惑が沸くくらいに、魔王の住まう世界の神は悪辣な存在であった。

思い返されるのは、神が無き時代と呼ばれた時代。
ガルザ・カルマが魔王となったあの暗黒時代が脳裏に呼び起された。


先代の魔王は聖剣を持った勇者と共に消滅した。

曰く、数名の幹部と共に人知れず勇者パーティと最終決戦を行い引き分けた。
曰く、次元の渦に巻き込まれ共に異世界に消えた。
曰く、神の怒りに触れ消滅させられた。
様々な噂が流れたが真実は定かではない。

ただ一つ確かだったのは、勇者と魔王という人間界と魔界の象徴ともいえる存在が同時に消滅したという事実だけである。

象徴を失った世界はどうなるのか?
縋るものを失い、頼るべき寄る辺を失った世界。
そこに訪れるのは混乱と、秩序の崩壊である。

意外に思われるかもしれないが、魔界にも秩序はあった。
それは前魔王が敷いた力による秩序だったが、それでも確かにあったのだ。
それが崩れた。

魔族は元より血の気の多い種族である。
一度崩れてしまえばあとは雪崩のようだった。
力による秩序は崩壊し、力による混沌の時代が訪れる。

空席となった魔王の座を狙い、魔族どもは覇を競った。
己が最強だと誇示しその証明に戦禍を広げる者。
己が分をわきまえ強者に付き従う者。
その混乱に乗じて利を得ようとする者。
ただ暴れたいだけの者。

様々なモノが好き勝手に暴れまわって、荒涼たる魔界の大地は更に荒廃して行く。

光の差さぬ魔界にてなお暗い、これより100年に及ぶ暗黒時代の始まりである。


カルザ・カルマが生を受けたのは魔王城の聳える中央から遠く離れた魔界の片田舎だった。
勇者たちにも鑑みられないような僻地であり、争いや物語の中心からは程遠い、そんな場所だった。

血気盛んな魔族にしては珍しくのんびりとした性格だった。
彼自身、綿々と続く魔王と勇者の争いなどにはまるで興味はなく。
中央に取り立ててもらおうと血気盛んに己が力を誇示する友人たちを余所に、一人怠惰に惰眠をむさぼっていた。

そんな風だったから、周囲からは変わり者とバカにされることも少なくはなかったが本人はそんな風評は気にも留めなかった。
ただこの片田舎で畑でも耕して生活できればいいな、なんて欠伸をしながら考えていた。

そのぼんやりとした将来設計も、暗黒時代の到来により脆くも崩れ去った。

覇を競う魔族たちの戦果は燃え広がり、その火種はついに彼の住む村まで到達する。
村にやってきたのは当時の一大勢力に対抗せんとする組織だった。
新たな戦力を求めてこの片田舎まで手を伸ばしたという話である。

この呼びかけに、力を持て余した彼以外の若者たちは喜び勇んで徴兵に応じた。
彼は一人、故郷を捨てて旅立つ友人たちの背を複雑な表情で見送っていた。

だが、新戦力を引き連れ中央に向かうその一団を待ち伏せる影があった。
それは対抗組織の動きを察していた一大勢力の小隊だった。
そこので小競り合いは村を巻き込んだ諍いとなり、そこで彼は初めて目撃する。
愚かにも争い合い、滅びの道へと突き進んでいく同胞たちの姿を。

その光景を目の当たりにして彼の中で一つの決意が生まれた。
怠惰に日々を過ごすだけだった彼の中にも、故郷を想う気持ちがあったのだろう。
そうして、彼は立ち上がった。

その争いを収めたのは彼だった。
彼には類稀なる魔法の才があった。
彼にとっては農作業を楽にするくらいしか使い道のない、誇るほどの物でもない力だったけれど。
傍から見れば、それは比類ないほどの強力な力だった。

この魔界を何とかせねばならないという決意を抱いて。
彼は争いを収める唯一の方法、新たなる魔王の誕生に向けて歩み始めた。

それから、100年の時が過ぎた。
乗り越えた開戦は10を超え、倒した敵は1000をも超える。
気付けば、従える部下は100万を超えていた。

どれもが、生半可な戦いではなかった。
彼ほどの才覚をもってしても幾度の死線を超えた事か。
皮肉にもその激しい戦禍においてその才能は磨かれ開花していった。
その道のりの中で彼は魔王として完成したのだった。

そうして新たな魔王は生まれ、ようやく魔界は平定された。

彼はまずその統治により荒れ果てた魔界を立て直していった。
破壊と暴力の支配する魔界を、秩序と知性を持った新しい魔界へと生まれ変わらせてゆく。

それはきっと勇者が消失していた、というのも大きいだろう。
戦いを是とする魔族だったからこそ、対立すべき存在の不在は大きく影響を与えた。
この時代だからこそ成し遂げられた異業である。

それから数年は穏やかなモノだった。
魔法による魔王城の監視体制の構築。魔界の開発方針の指示などの国策を打ち出し。
後は優秀な部下たちに実務を任せ、自身は魔王城の奥に引き籠って怠惰を貪る日々を送っていた。

だが、気がかりはあった。
魔界は平定されたものの、人間界の暗黒時代は未だに続いていた。
寄る辺を失った人間たちは新たなる象徴を立てることもできず、これまでの魔界のように小競り合いを繰り返し続けていた。

それも仕方がない事だろう。
最も強いものが魔王となるという至極単純な原理である魔族と違い、勇者は聖剣によって選ばれる。
その聖剣が勇者と共に消えてしまった以上、人間たちにはどうしようもない。

この状況を纏め上げるべき立場にいる人間の国王にそれを治めるだけの力はなかった。
これもまた魔族との違いかもれしない。
力を是とする魔族たちは最強たる魔王に無条件で臣従の意を示すが、血筋のみで選ばれる人間の国王が有能とは限らない。
あるいはとんでもない愚王が即位する事だってある。

そのような事態に陥っても神は何もしなかった。
新たな聖剣を与えるでもなく、救いをもたらすでもなく、何もせず神はただ人々を見守るばかりであった。
あまりにも動かぬ神に、人々の間では神は死んだとすら囁かれたほどである。
全ての人類が信仰する一神教の神がここまで言われるとなれば、どれほどの異常事態かわかるだろう。

加えて、魔王の誕生は人間界にとって凶報として届いていた。
魔王によって一枚岩になった魔界の軍勢が、未だ纏まることない人間界に攻めてくるのではないか?
そんな噂が人々の間で実しやかに囁かれるようになっていた。

それで対魔族に一丸となったのならまだよかっただろう。
だがそうはならない。
人間界は纏まることなく、より苛烈に混乱を極めるのみであった。

そんな状況が魔王には哀れに映った。
魔界の平定が終わり、統治も落ち着いたころだったからだろう。
魔王として力をつけ、視野を広げた余裕もあったのかもしれない。

見かねた魔王は、その救いの手を人間へと伸ばした。
伸ばしてしまった。

それが間違いだった。

魔王が取った手段は極めて平和的で長期的な手段だった。
有史より続く民族間の敵対感情は容易く薄れるものではない。
その歴史を鑑みて、性急な手段は取らず長期的な視点をもって、荒れ果てた大地を潤わせ、融和の道を測る。

成果はゆっくりと、だが徐々に表れ始めた。
その恩恵を受けた人間からは感謝の言葉もあった。
和解と共存の道へと向かって、一歩ずつだが確実に世界は進んでいった。

だが、その状況を忌々しく思っていた者がいた。
他でもない人間界における時の国王である。

国王にとって敵対していたはずの魔族の王による救いの手は恥辱だったのだろう。
荒れ続ける国内を治める事もできなかった己の無能さを論われているようでもあった。

だからなのだろう。
国王が異世界からの勇者召喚などと言う暴挙に及んだのだのは。

異世界からの勇者召喚。
人々の危機に何の救いの手を与えなかった神が、よりにもよってこれを祝福した。
悪辣な神は、悪辣な勇者のみに権能を与えた。

その結果があれだ。

彼らは正しく異界からの侵略者だった。
勇者たちは好き勝手に世界を荒らしていった。
たった4人の侵略者によって人間界はどうしようもないほど蹂躙された。

社会制度、人種民族、資産価値、信仰宗教、一年とたたずその全てが崩壊。
悪魔を呼び込んだ国王は逆上した国民の手によって一族郎党殺され、王政は崩壊。
その魔の手は魔界にすら及び、ついには魔王をも撃ち滅ぼした。

こうして、世界は暗黒時代をも超える最悪の時代へと突入するのだが。
それは既に滅んだ魔王には知る事の出来ない話である。

肉体を滅ぼされ、魂を霧散させる魔王が最後に想ったのは三つ。

どうしようもない人間の愚かさ。

勇者と呼ばれる4人の侵略者。

そしてこの状況を作り上げた悪辣な神。


あの神ならばこの程度の事は出来るだろう。
なにせ神だ、神業などお手の物である。
このような悪趣味な催しもやりかねない悪辣さも持ち合わせている。

だが、それは違うとも感じる。
所感でしかないが、魔王の知る悪辣さとこの催しの悪辣さは方向性が違うように思えた。

何よりこの世界と元いた世界では価値観や世界観という物が違う。
仮にもあの世界の神が用意したにしては乖離が過ぎる。

「ま、今考えたところでわからへんか」

あれに近しい存在。
少なくとも力を持っていると考えるべきだろう。

己が知る神ならば討つ。
同じく悪辣ならば討つ。

その正体を調べてみるのも悪くはないかもしれない。

[E-1/炎の塔/1日目・早朝]
[魔王カルザ・カルマ]
[パラメータ]:STR:A VIT:B AGI:C DEX:C LUK:E
[ステータス]:魔力消費(小)
[アイテム]:HSFのCD、機銃搭載ドローン(コントローラー無し)、不明支給品×2
[GP]:10pt
[プロセス]:
基本行動方針:同族は守護る、人間は相手による、勇者たちは許さん
1.勇者(陣野愛美、郷田薫)との対決に備え、力を蓄えていく。
2.あの盗人(ギール)は次会ったら容赦せん。なに人のもんパクっとんねん
3.主催者を調べる
※HSFを魔族だと思ってます。「アイドルCDセット」を通じて彼女達の顔を覚えました。
※「炎の塔」の所有権を獲得しました。
※ドローン本体を回収しました。少なくともアイテム欄にしまっている最中は他参加者による遠隔操作が不可能になるようです。

042.神様の中でお眠り 投下順で読む 044.土の竜と書いてモグラと読む
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GREAT HUNTING 魔王カルザ・カルマ 炎の塔 ~ 行く者、去る者、留まる者 ~

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最終更新:2021年01月18日 23:35