「バカな…………!」
珍しく正義が驚愕を露わに語気を強めた。
定時メールにより得た情報は多岐にわたった。
死者の多さも驚くべきことだが、それ以上に驚愕だったのはそこに大日輪太陽の名が連なっていたことである。
大日輪学園の学徒であれば正しく太陽が落ちたが如き驚天動地の事態だろう。
トラックにはねられようが屋上から落下しようが快活に笑っていた快男児である。
正義をしてもあの不死身の男が死んだなんて信じられない。
だがそれは殺しても死なぬ生命力と言う意味だけではない。
あれ程存在感を持った男がもうこの世にいないなど想像すら難しい。
日常においても太陽の様な男だった。
だからこそその喪失感は凄まじい。
正義ですらここまでのショックを受けているのだ。
親友であった秀才や妹の月乃の精神的ショックは計り知れない。
太陽との合流を前提とした行動計画も修正を余儀なくされる。
「サマヨシよ」
唐突にかけられた下からの声に正義は僅かに驚いた。
ロレちゃんが話しかけてきたようだ。
話しかければ応じてくれるが、彼女の方からアプローチをしてくる初めての事かもしれない。
「乱れているな」
言われて、自らが取り乱していたのだと気づく。
動揺を抑える明鏡止水の境地なれど、人としての感情を失ったわけでもなし。
喪失は悲しく、心動くこともあるだろう。
表には出していないつもりだったが、この幼女の目は誤魔化せなかったようだ。
「そうだね。すまない見苦しい所を見せた。
先ほどのメールで知り合いの死を伝えられてね」
めーる?と首をひねりながら。
それでも、こちらの言葉は理解したのか幼女は、ふむと頷く。
「何を嘆く。元より貴様らは定命。瞬きの内に滅びるが定め。
死は想定された終りであろう」
幼女の姿をした邪神は言う。
人の死など取るに足らない些事であると。
「その通りだ、人間はいずれ死ぬ」
正義もそれは否定しない。
否定のしようがない事実である。
人はいずれ死ぬ定め。
それが早いか遅いかの差でしかない。
永遠を生きる存在からしてみればそれこそ誤差でしかないのだろう。
「だからこそ、俺たちは懸命に生きるんだ」
「いずれ終わると理解しているのにか?」
「いずれ終わるからこそ、だよ」
終りがあるからこそ精一杯、後悔のないよう生きるのだ。
「だからこそ、理不尽に奪われてはならない。
だからこそ、このような不条理を赦してはならない」
正義は拳を固く握りしめる。
精一杯生きているからこそ喪失を悲しみ、それを奪う理不尽に猛り怒るのだ。
それに抗うために、この拳はある。
「成程。死あるからこその生、と言う事か」
死を持たぬ超常の邪神は眉一つ動かさずそう呟く。
「だが、その生にも意味など無かろう、塵芥の一粒など世界に何の影響も与えぬ」
たった一つの命など、この宇宙に何の影響も与えはしない。
無意味に生まれ落ち、無意味に死ぬ。
生命とはそういう物だ。
「それは違う」
だがそれは違う。
そうハッキリと否定する。
「意味はある。何も変えられずとも、何も生み出せずとも。命にはそれだけで意味がある。
その価値を証明するために、懸命に生きるだけだ」
力強い声で迷いなく言う。
たとえそれが世界にとっては瞬きの様な時であっても、その瞬間を燃え上がるように生きる。
それこそが命の価値。人間の価値だと正義は信じている。
幼女は深く暗く底のない、宇宙の様な瞳で正義を見つめる。
正義はその深淵を見つめ返す。
ふっと邪神が目を閉じた。
「世界は我にとって夢が如し、命など瞬きの間に散っては湧き出る塵芥だと思っていたが。
塵芥の一粒が全て貴様のようなモノであるとするならば、我の夢(せかい)はさぞ愉快であろうな」
表情は変わっていない。
だが、
(…………笑った?)
正義の目にはそう見えた。
それは僅かな表情の動きを見逃さぬ観察眼によるものではなく、ただ正義がそう感じただけなのかもしれないが。
「ならば生きるがいい。その短き生で何が出来るのか、我にその価値を示すが良い」
「そうだね。ありがとう」
幼女との問答は自分との問答だった。
改めて自らのすべきことを思い出す。
歩みは止めない
考えることを止めない。
前に進まなければならない。
止まっていた頭に火をつけて動かす。
何より、自分の死が原因で足を止めたなどと知られては会長に殴り飛ばされてしまう。
先ほどのメールを読んだ際に感じた引っかかり。
『観察眼』はメールに目を通した際にも発揮される。
正義が疑問を持ったのは『支配権は維持される』の一文である。
何故残す?
何の意味がある?
説明を読む限り塔の支配権はGP獲得の手段でしかない。
その役割が失われたのなら残す意味はないはずだ。
ならば、残っている以上は意味があるという事である。
「シェリン。質問がしたい」
『はい。なんでしょう?』
そうして奇しくも同時刻、正義は稀代の殺し屋と同じ質問を投げかける。
そして同じ理解を得た。
支配者を殺せば支配権は移る。
つまり、全員を殺しつくせば必然的に全ての支配権は一人の勇者に集まると言う事だ。
逆に言えば全ての支配権を得ていることがクリア条件であると言える。
それで即クリアとはならないだろうが、進展はあるはずだ。
ただ一人の勇者を生み出すバトルロワイアル。
ただ一人の勇者を生み出せばそれで終わるのではないか?
かなり強引な考え方だが、取っ掛かりとしては悪くないだろう。
仮に別のクリア方法があるというこの推察が正しかったとして、問題はいくつかある。
まずクリア者が出たところで他の参加者がどうなるのかの保証がないという点だ。
ただ一人の勇者になるまで殺し合いだとシェリンは言った。
用無しになった参加者は始末される可能性もある。
そして、最大の問題点。
それは雪の塔が沈んでしまうとなれば雪の塔の支配権を得るためにはシャという人物を殺害する必要があると言う事だ。
一番平和的な方法はこのシャという人物にクリアしてもらうという事だが、この人物が平和的な人間であるとは限らない。
むしろ、二つの塔を支配している辺り積極的な参加者である可能性の方が高い。
いざとなれば交戦も視野に入れなければならないだろう。
そもそもなぜ勇者なんだ?
何をして我々は勇者なのか?
広義的な意味では勇者とは勇気のある者のことである。
だが、ここにいる人間全てに必ずしも当てはまるとは限らないだろう。
いや、当てはまるのか? それが集められた人間の条件?
ならば勇気をなくせば勇者ではなくなるのか?
そんな事はあり得るのか?
ダメだ。考えが上手くまとまらない。
全体像がゲーム的であることは分かる。
だが、この手の事柄に関して正義は圧倒的に知見がない。
如何に考えを巡らせようとも知らないことは分からない。
出来るなら識者に詳しい話を聞きたい。
「して、どうするのだ?」
「そうだね」
ロレちゃんが問いかける。
考えをまとめるにしても、材料なしではこの辺りが限界だろう。
そろそろ具体的な行動方針を決めた方がいい。
砂漠のお宝探しには参加しない。
探索系の能力もアイテムもない状態での参加はリスクが高すぎる。
向かうべきは火山エリアの方だろう。
こちらのイベントなら上手くいけば誰を傷つけるでもなくGPが獲得できる
何より、塔の支配権が何かしら重要な意味を持つとするならば、向かうべきは一つ。
「炎の塔に、向かおう」
[D-3/市街地/1日目・朝]
[大和 正義]
[パラメータ]:STR:C VIT:C AGI:B DEX:B LUK:E
[ステータス]:健康
[アイテム]:アンプルセット(STRUP×1、VITUP×1、AGIUP×1、DEXUP×1、LUKUP×1、ALLUP×1)、薬セット(回復薬×1、万能薬×1、秘薬×1)、万能スーツ(E)
火炎放射器(燃料75%)、オートバイ(破損)
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:正義を貫く
1.炎の塔の制圧、鉱山イベントへの参加
2.脱出に向けた情報収集(ゲーム、ファンタジーについて詳しい人間に話を聞きたい)、志を同じくする人間とのとの合流
3.何らかの目途が立ったら秀才たちとの合流
4.海があったらオートバイを捨てる。
[ンァヴァラ・ブガフィロレロレ・エキュクェールドィ]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:E DEX:E LUK:E
[ステータス]:健康
[アイテム]:飴×5、不明支給品×3(未確認)
[GP]:290pt
[プロセス]:
全ては些事
※支給品を目視しましたが「それが何であるか」については些事なので認識していません。
■
「誰もいないではないかぁあああッ!!」
天空にほど近い塔の頂上に男の叫びが響き渡る。
盗賊ギール・グロウから得た情報を元に炎の塔にたどり着いた琲汰を迎えたのは、眩しいばかりの朝日のみであった。
炎の塔には人っ子一人いない。
それも当然だろう。
塔の支配権が書き換えられてから数時間。
支配権を得た魔王がこんな何もないところでジッとしているはずもない。
立ち去ったと考えるのが当然だろう。
今すぐにでもその後を追って魔王との決闘と洒落込みたいところだが、追おうにも探す当てがない。
ギールから特徴くらいは聞いているが、その程度だ。
どちらに行ったのか方向すら見当がつかない。
少なくとも琲汰がやってきた砂漠エリアの方に行った訳ではないというのは分かるがそれ以上は不明だ。
まだ近くにいるのなら、大声で呼びかければ届くだろうか?
「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!!!!!!!
魔王やぁあああああああああああああいい!!!!!!!!!!!!!!!」
呼びかけは朝の空気に虚しく木魂する。
当然、返るものなどない。
既に周囲にはいないのだろうか?
まあ聞こえたところで返事はしてくれないだろうが。
「むぅ…………」
どうした物か。
琲汰は呻りをあげ、これからの行動方針を考える。
魔王に見切りをつけるか。
それとも魔王を探すか。
琲汰の目的は強者との戦いだ。
魔王に拘る必要はないが、できるならその全てと拳を交えたい。
そう、彼らの命運が尽きる前に。
先ほど届いたメールによれば琲汰の知る猛者はいまだ健在だった。
だが、今後もそうであるとは限らない。
ここは琲汰をして生半ではない戦場である。
伝説に謳われるような龍もいれば、龍退治を競った中華風の男もなかなかの使い手であった。
だからこそ琲汰は滾り燃えるのだが、だからこそ不安でもある。
猛者たちがそう容易く敗れる事はないと理解しているが、敵も猛者である以上、後れを取る可能性がないとはいいきれない。
誰がどうなっても不思議ではない。
琲汰は知りたいのだ。
自分の位置を。
琲汰は武に全てを捧げてきた。
道理を無視し、社会性を捨て、人の道からも外れて、ひたすらに研鑽を積んだ。
大和家は武により名家としての地位を得ている。
あの天空慈我道ですら武術師範という社会的立場を得ていた。
対して、琲汰にあるのは武のみである。
それ以外のモノは余分と削ぎ落した。
それが全てを捧げるという事である。
この道はどこまで続いているのか。
この道を進み辿り着いた果てに何があるのか。
全てを捧げるだけの見返りはあるのか。
ただ武を収め、道を究める。
誰もを圧倒する力を持ちながらそれを振るわず、その成果は己の中にあればいいという考えもあるだろう。
だが、それは達人を超えて仙人の境地だ。
琲汰は違う。
琲汰は競いたい。
琲汰は、どうしても最強が欲しい。
手に入れた成果を確かめたい。
上達の実感を得るため他者と戦いたい。
己が生涯をかけたこの道は価値があったのだと証明したい。
そうして、見返りを求めてしまうのは弱さなのか。
同時に恐ろしくもある。
負けるのはいい。
それはただ至らなかったというだけの話。
ただ、己が生涯をかけたものが、何の価値もないとしたら。
その価値を証明するには戦うしかない。
漁夫の利など御免被る。
琲汰は戦いを求める。
こんな何もない塔の頂上でジッとなどしていられない。
すぐにでも塔を駆け下りようとして、ふと光が目に留まった。
何もないというのは正確ではなかった。
このフロアの中央に飾られるように台座に置かれたオーブがある。
眩い朝日とは違う淡い光を放つオーブ。
これに触れればこの塔の支配権を書き換えるという。
だが彼の興味は強者のみ。
塔の支配権にもそれにより得られるGPにも興味はない。
オーブから視線を外し、階段を降りようとしたところで一つ思い付きがあった。
現在の塔の支配者は魔王である。
ならば、その支配権を奪い取ったならどうか?
奪われた支配権を取り返そうと戻ってくるのではないか?
それをここで待ち受ける。
悪くない案だ。
そうと決まれば即行動。
炎が揺らめくオーブに触れ、塔を支配したいと念じる。
体が熱い。
これは闘志か。
自身の中で炎が燃え上がるのを感じる。
炎の塔の支配権を得た琲汰は腕を組み斜め下を見ながら風に鉢巻きをはためかせる。
この衝動をぶつける相手の到来を望み、炎の塔の頂にて挑戦者を待つ。
[E-1/炎の塔/1日目・朝]
[酉糸 琲汰]
[パラメータ]:STR:B VIT:B AGI:B DEX:B LUK:E
[ステータス]:闘気充実、左腕にひっかき傷
[アイテム]:スイムゴーグル、支給アイテム×2(確認済)
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:ただ戦い、拳を極めるのみ。
1.炎の塔で魔王(もしくは別の強者)を待つ
2.強者を探す。天空慈我道との決着を付けたい。少年(掘下進)にも次は勝つ。
3.弱者は興味無し。しかし戦いを挑んでくるならば受けて立つ。
※「炎の塔」の所有権を獲得しました。
■
炎の塔より僅かに離れた赤く煮えたぎるマグマの池でコポリと泡が跳ねた。
肺を焼くような灼熱の空気の中に佇むは漆黒。
漆黒の外套に包まれた青い肌は汗一つ掻かず常と変わらぬ悠然さである。
この程度の環境、過酷を極める魔界の王からすれば過酷のうちに入らなかった。
だが、その魔王が僅かに表情をしかめた。
それは先ほど届いたメールの内容を見た事による。
死者の中にはこの世界で出会った同族の少女、安条可憐の名を見つけた。
ガルザ・カルマは幾多もの大戦で多くの死を体験してきた。
今更死一つで取り乱すことはないが、それでもやはり将来有望な同胞の若者が失われるのは悲しい事である。
魔の王は神への祈りではなく、ただ黙祷をささげた。
他には魔王の世界を無茶苦茶にした異界の勇者である郷田薫の名もあった。
奴は異界の勇者の中では一番の小物、死したところでたいして驚きもない。
そして当然の様に陣野愛美の名はない。
あの醜悪な聖女がそう簡単に死ぬはずもなく。
この世界ではどれほどの存在になっているのか、想像もつかない。
やはり奴を討つのはこの魔王を置いて他にないのだろう。
嘗ては破れたが、ここでは同じ結果にはしない。
そう決意を新たにしたところで、魔王はふと自身の中で何かが失われたのに気づいた。
炎の塔を見つめる。
どうやら支配権が奪われたようだ。
それはつまり、今現在炎の塔の頂上にはオーブに触れている誰かがいるという事である。
今すぐに戻れば、塔の最上階にいる人物と鉢合わせる事も出来るだろう。
マップ上から炎の塔の支配者の名前を確認する。
『酉糸 琲汰』
知らない名だ。何者であろうか。
「ま、ええわ」
ガルザ・カルマは塔にあっさりと見切りをつける。
魔王が炎の塔を制圧したのは陣野愛美との決戦に備え、GPの獲得することが目的である。
今回のGPは獲得できたし、支配権自体は別段こだわるほどのモノではない。
次の定時メールまで支配権を維持する労力を割くつもりは元よりなかった。
塔の支配者が陣野愛美であれば、すぐにでも飛んで行っただろうが、そうではなかった。
あるいは可憐の仲間たちの名前だったならば保護しに向かう事もあったかもしれないが。
ガルザ・カルマの目的は陣野愛美の討伐と主催者の手がかりを探す事。
GP獲得のため鉱山に立ち寄ると言うのもいいかもしれない。
近くにできた温泉というのも興味が引かれるものがあるが。
具体的な行先は道すがら考えるとしよう。
振り返るほどの未練もなく、魔王は炎の塔に背を向けた。
[E-2/マグマの池近く/1日目・朝]
[魔王カルザ・カルマ]
[パラメータ]:STR:A VIT:B AGI:C DEX:C LUK:E
[ステータス]:魔力消費(小)
[アイテム]:HSFのCD、機銃搭載ドローン(コントローラー無し)、不明支給品×2
[GP]:10pt→110pt(塔の支配ボーナスにより+100pt)
[プロセス]:
基本行動方針:同族は守護る、人間は相手による、勇者たちは許さん
1.陣野愛美との対決に備え、力を蓄えていく。
2.あの盗人(ギール)は次会ったら容赦せん。なに人のもんパクっとんねん
3.主催者を調べる
※HSFを魔族だと思ってます。「アイドルCDセット」を通じて彼女達の顔を覚えました。
※「炎の塔」の所有権を失いました。
最終更新:2021年04月03日 22:57