地獄の釜が開いたような世界において、そこだけがまるで聖域であるかのよう静寂に包まれていた。
月光のみが照らす薄暗い草原にて、小柄な少女が長身の男の前で忠義を示すように片膝をついていた。

「ようやく……ようやく出会えました、同志よ」

言って、色黒の少女は随喜の涙を流した。
その涙を受ける男は無言のまま、少女を見下ろす。
それは零れ落ちそうなほどに見開いた目玉が特徴な痩せぎすの男である。
男の纏う祭服ような長いローブが夜に揺れるのも相まって、それは宗教画に描かれる洗礼を受ける信者の様でもあった。

「同志が聖戦のため、この村に向かったと聞き及び勝手ながら馳せ参じました。
 同志よ。私を覚えておいででしょうか?」

起立する大男と跪く小娘。
その身長差もあってか、ギョロリとした目玉が見下すように少女を捉える。

「……覚ぇでぃるぞ」

地の底から響くようなしゃがれた声。
喉に欠損を抱えているのか、発音のズレた喋り方だった。

「革名……征子」
「ええ……! ええ、貴方に薫陶を受けた征子にございます」

革名征子。
彼女は政府高官の娘として生まれ、父の権威を振りかざして威張り散かすそんな高慢な少女だった
父は多忙でほとんど家に帰ってこず、その憂さを晴らすように母は征子を連れ二人で海外旅行に連れて行くのが趣味だった。
10歳になる頃には欧州、北米、亜細亜の諸外国の殆どを回り切り、南米ツアーの途中ベネズエラを訪れた時に事件は起きた。
政府高官の娘と言う彼女の立場を知るテロ組織に征子が誘拐されてしまったのである。
そして、そのテロ組織において彼女の「教育係」だったのがこの物部天国である。

それはテロ組織の方針か、それとも天国の個人的な信条か、人質と言う立場でしかなかった征子には今でも判別できないが。
人質として攫ってきた征子に天国は己の掲げる思想と理想を語って聞かせた。
戦争や虐殺への抗議。腐敗の根絶。平等で公平な社会。世界の救済。
10歳の子供に対して、今の世界や体制がいかに間違っているのか、世界の醜さを噛んで含めるように。
彼女が救出されるまでの4カ月間、毎日毎日聞かせ続けた。

そしてその洗脳めいた教育を受け、まだ分別のない幼かった彼女はそのお題目を真に受けた。
大抵のテロリストは掲げる理想だけは綺麗で真っ当なモノだ。
目的達成の手段として自身が人質として取られているという醜い事実を忘れ、その綺麗なだけの目的に感銘を受けた。
小学生だった征子にとっては彼の語る理想は刺激的で、隠された世界の真実を知った気分だった。
むしろ真実を覆い隠してきた父やこれまでの世界の方が醜く思えた。

だから、救出された後もその偽善と欺瞞に満ちた世界の醜さに吐き気がした。
周囲は全て醜い豚に見え全てに噛み付く様に反抗していた。
周囲からすれば陰謀論を風潮する頭のオカシイ少女だっただろうが。

だが、それも成長するにつれ世間との折り合い方を覚えていく。
自身の知る世界の真実、衆愚の知る世界の真実。それらの差異、ズレを学びながら補正して行く。
そうして表面上はただのミリタリーオタクとして振る舞い、「来るべき日」に備えて鍛え続けてきた。

そうして、やってきたのが今日という日だ。
政府高官の娘という伝手をすべて使って国内テロ組織の動きを徹底的に調べ上げ、天国たちがこの辺鄙なこの村に訪れると知った。
いてもたってもいられず征子は闇ルートで揃えた装備を整え、こうして聖戦の地に馳せ参じたのである。
あるいはこの惨劇も、研究所を狙った同志の成果であるとすら征子は考えていた。

「…………ぉ前ぁ日本人だなぁ」
「え、ええ。そうですが」

征子は日本政府高官の娘であるから人質として攫われたのだ。
それを攫った天国が問うまでもない事実である。
黒いローブがゆらりと不気味に揺らめいた。

「―――――――ならば死ね」
「え?」

唐突に突きつけられた死刑宣告。
さしもの征子もこれには戸惑う。

「日本人は死すべきだ。世界で最も愚かな民族それが日本人である。国民の生命が脅かされている状況でも己が既得権益を優先する政府に、隣国で戦争が起きようとも危機感を持たない平和ボケした国民どもよ。マスコミの垂れ流す情報を鵜呑みにして自らの頭で考える事を辞めた奴らにでは啓蒙する機会すらない。己が無知を知れ、己が恥を知れ、己が罪状を知れ。それすらも出来ぬなら首をくくって死ぬが良い。憲法違反の自衛隊に守られる事を恥ずことすらない愚かで恥ずべき民族よ。第二次で鬼畜が如き米帝に受けた仕打ちを忘れ米国に尻尾を振るだけの狗となる日米安保など今すぐに破棄すべきだ。死刑制度などと言う犯罪者から更生の機会を奪い、被害遺族への損害補償や償いの機会すら奪い取る野蛮で残酷な国際的潮流に取り残された時代遅れの制度を続けている愚かな司法。国民が一致団結し節電を行えば原発に頼らずとも十分な電力は供給できるにも拘らず、地震大国でありながら放射性廃棄物の処理方法が確立も確立せず原発再開の声が後を絶たぬのは暴利を貪る政府や電力会社の陰謀に他ならない。これを腐敗と呼ばず何と呼ぶのか。民主制を謳いながら長らく続く一党支配による政治腐敗を打破できぬ愚かな国民、具体的な提案もできず国を背負う覚悟もない野党ども。何もかも腐っている。飼いならされる事に慣れきった家畜どもには自らの頭で考え行動する事すらできないのだ。責任感を捨てた人間に未来など無い。上も下も何もかもが救うべきに値しない愚かさである。不浄なる血脈を救うは血で贖う他ない。やはり日本は滅びるべきである!!!!!!!!!!」

恨み言を呪詛のように淀みなく並び立てる、その様子に征子も困惑を隠せず呆気に取られていた。
支離滅裂でただ恨みを吐くだけで内容がない、耳を傾けるに値しない戯言である。

「…………ど、同志?」

征子が共感したのは、もっと理路整然として輝かしい思想だった。
このような妄言を垂れ流す男ではなかったはずだ。

天国は確かに狂っていた。
テロリズムに傾倒する時点で正気ではない。
だがそれでも、征子の知る天国は己が狂気をコントロールできる理知的で聡明な男だった。

しかし征子の目の前にいる男どうだ?
その瞳に浮かぶ狂気の色は。理性の欠片も感じられない。
それこそ周囲に溢れるゾンビと大差がない様にすら思える。
この男がここに至るまで、いったいどれほどの出来事があったと言うのか。

物部天国。
彼の活動は学生運動から始まり日本赤軍へと編入するお決まりのコースだった。
そして日本という国に絶望した彼は国内を飛び出し海外テロ組織にまで辿り着いた。
それは世界救済を謳う国際的テロ組織であり、北部に位置する大国を諸悪の根源として目の敵にしていた。
征子を人質として攫ったのも同盟国の政府高官の娘を人質として大国に牽制したかったからだろう。

結局、彼の所属していた組織は軍の介入より壊滅し、帰国を余儀なくされた天国は自らをリーダーとするテロ組織を国内で結成。
国際指名手配犯としてテロルのカリスマだった天国は腐敗した日本破壊を目標に掲げ同志を集った。
多くのパトロンや賛同者が集まり彼らは国会議事堂の爆破を計画を始めた。
しかしその計画は組織内部に送り込まれていたエスにより公安当局に把握されており、計画実行前に組織拠点に踏み込まれ、構成メンバーの殆どが逮捕された。

だが、その混乱に生じてリーダーである天国は逃亡。
潜伏先を転々としながら単独でのテロ強硬を目論む。
しかし、その決断が公安よりも深い闇を動かす事となった。

天国の逃亡生活はあっという間に終了した。
恐るべき迅速さで12か所あった潜伏先は瞬く間に潰され、天国は下水道に設置していた最後の隠れ家にまで追い詰められた。
そして彼の潜む下水道には重火器を装備した特殊部隊と思しき部隊が展開されていた。
今更になって思えば、重火器の使用を前提とした作戦を展開するために目撃者が出ない場所に追い詰めるべくこの隠れ家を最後に残したのだろう。
日本国内でここまで大胆な作戦行動を行える組織があるとは天国ですら思いもよらなかった。

そして下水道を逃げ回っていた所を容赦なく銃撃された。
頭部に銃弾を受けた天国はそのまま下水へと落ちた。
その間際に見た、己を狙撃した男を覚えている。
切れ長の、まるで爬虫類のような冷たい目をした男だった。

頭部に弾丸を喰らい、汚水と糞尿に塗れながらも、それでも天国は生き延びた。
だが、弾丸は手術でも摘出できない脳の深くに食い込み、脳を激しく損傷させた。
そして脳に残留する弾丸は種子のように根を張って、その憎悪を花と咲かせた。

そうなっては正気など保っていられない。
食事中も入浴中も排泄中も睡眠中すらも、何をしていても四六時中憎悪が脳を焼く。
脳に残った弾丸を中心に、己を貶めた日本人を殺せと悲鳴のような叫び声がする。

天国にもテロリズムという手段に訴えかけるに足るそれなりの理想と、それなりの良識があった。
そんな正気など狂気によって焼き切れた。

もはや高潔なテロリストだった物部天国と言う男はいない。
そこに在るのは呪いのように日本人への憎悪を垂れ流すだけの物部天国だった抜け殻に恨みと憎悪と狂気だけを詰め込んだ狂人でしかない。

細く枯れた枝木のような指が征子を指す。


「日本人ょ――――――――呪ゎれょ」


瞬間。

征子の体が爆発した。


呪い。
それは言葉によって他者に災禍を与える超自然的な現象である。
災禍の詳細は病気にする。財産を失わせる。果ては死を齎すなど様々だが、共通しているのは対象に対する悪意によって成り立ち不幸をもたらすという点だ。

脳を損傷し日本への憎悪を拗らせた天国は怪しげな呪術に傾倒した。
その信憑性など定かではない黒魔術や血の儀式に手を出した。
果たしてその成果が為ったのか因果関係は不明であるが、天国の覚醒した『異能』は相手を呪う呪詛の類であった。

狂おしいまでの憎悪を向けた「日本人」のみを対象とする、武器を暴発させ相手の自滅を引き出す自業自得の呪い。
相手が強力な武器を持つ者ほど手痛いしっぺ返しを食らう、この世で最も原始的な報復の呪詛であった。

その結果がこの爆発である。
征子が覚醒した『異能』はそれは己が肉体を爆弾として爆発させる力だった。
武器として判定されたこの異能が征子本人の自覚よりも早く呪詛によって強制的に引き出される。
全身を爆弾と化した征子の体が爆発を繰り返す爆発地獄が発生した。

連鎖する爆炎を見届け天国は踵を返す。
背後で繰り返される爆発の結末を振り返ることなくその場を去った。
彼にとっては日本人を一人呪殺したに過ぎない。
取るに足らなない些末事である。
彼の行うべきは日本人の根絶。
1億2000万を殺さねばならぬのに1匹註したところで喜んでいられようか。

天国は進む。
手始めにこの場にいる日本人を全て呪い殺さんがために。


黒衣の教祖が去りし後。
爆発は止む様子を見せなかった。

一つ爆発が終わるたびに次の爆発が始まり、断続的に少女の爆発は繰り返される。
連鎖的に続く爆音は鳴りやむことなく、周囲にまき散った炎が草原を燃やしていた。
燃える草葉が風を生み、発生した上昇気流が炎を巻き上げる。

その爆心地に在りながら、革名征子は生きていた。

己が体を爆弾とする『異能』。
爆発はあくまで征子の肉体を起点とするだけで、肉体そのものが爆発してる訳ではない。
いくら爆発しようとも彼女の体が消費されるわけではなく、この異能によって引き起こされた爆発が直接征子を傷つけることもない。
間接的な影響として、こうも爆発を続けられては呼吸は困難となるのだが、爆発自体は一過性の物であり次の爆発までの僅かな隙間を縫えば不可能という程ではない。
影響があるとするなら爆発により持参した装備が使い物にならなくなったことくらいだろう。

異能がいくら爆発しようとも征子は死なない。
征子が生きている限り呪詛によって征子は爆発し続ける。

つまり、天国にかけられた呪いを解くか征子が生命活動を停止するまで彼女は無限に爆発し続けるという事である。

「…………何故です」

だが、それすらも征子にとっては大した問題ではない。
繰り返される爆発よりも、彼女にとって問題だったのはただ一つ。
人生の半分近くの長き時間、待ち望んでいだ同胞との再会がこんな形で終わったことである。

征子にとっては待望でも天国にとって征子は一時を共にしただけのただの人質であり、同志などではなかった。
その事実を受け入れられず、何故という疑問が征子の頭を埋め尽くす。

「何故なのです、同志ぃいいいいいいいい!」

悲痛な叫びは繰り返される爆音に掻き消されて行った。

【D-1/草原/一日目 深夜】
物部 天国
[状態]:健康
[道具]:C-4×3
[方針]
基本行動方針:日本人を殺す
1.日本人を殺す
2.日本人を殺す
3.日本人を殺す

革名 征子
[状態]:呪詛、無限爆破中
[道具]:AK-12(爆発により損傷、使用不可)、コンバットナイフ(爆発により外面が損傷、使用可能)
[方針]
基本行動方針:同志に従う、従いたかった
1.同志、どうして……


030.霧の中 投下順で読む 032.Danger Zone
時系列順で読む 033.深夜病棟廻
SURVIVE START 物部 天国 野獣死すべし
SURVIVE START 革名 征子 JUST THE WAY I AM

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最終更新:2023年02月08日 21:17