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ずっと真夜中でいいのに。心のどこかで思っていた。
お医者さんの言葉を聞いてから、今まで普通だと思っていた景色がセピア色の色褪た。
周りの誰かの声はただの雑音にしか聞こえなくなった。
「この世は舞台、ひとはみな役者。」ってシェイクスピアが言ってた。
そうだとしたら、私はただこんな人生で終わる役だったの?
私は、誰かという役者の引き立て役だったの?
そんなの認めたくない。そんな刺身のツマのような役割のままだなんてまっぴら御免。
私はそんな路傍の綺麗な石ころなんかじゃない。

雪菜だってそう、最初はただの綺麗だけどくすんだ石ころ。
最初は席が隣だとか、出席番号が近いだとか、そんなありふれた繋がり。
でも、どうしてか私はあの子が放っておけなかった。一人にしてはいけなかった。
神様に嫌われてる、なんて自嘲してたあの子。
雪のように儚くて、それでも人以上に優しかったあの子。
だから、私があげないといけなかった。
取り立てられた幸せを、その分私が与えないと、だなんて。
溶けない氷の中で苦しんでいるあの子を、ほんの少しでも溶かしてあげれれば、なんて。

そんなあの子を、私が追い詰めた、苦しめてしまった。
役者は感情が大事だ。演技で表情で、感情で表現して、観客を盛り上がらせる。
なのに、私は言葉だけで分かった気になって、雪菜がどんな顔してるかなんて、気にすらして無くて。
あの子が、本当に遠い距離に言ってしまったように思えて。
「あなたも、私を人生の引き立て役でしか思ってなかったの?」なんて的はずれな怒りだけ湧いて出て。
八つ当たり。最低の八つ当たり。
他人の幸せに、普通の人生を送れる周りに妬んで、恨んで。
雪菜があたしと出会うまで人並みの幸せなんて縁のない、最低な人生歩んでいたの知ってたのに。

謝りたかった。でも怖かった。
あの子は臆病だから、もう二度と口も聞いてくれないかも。
怖かった、あの子が本当に遠くへ行ってしまったことが。
いつも触っていた携帯電話の返信を見るのが怖くて、もうずっと電源をつけていない。
ずっと真夜中のままで、それで良いと思った。
それが、私への罰なのだと。

最後の記憶、雪菜の姿、雪菜の声。
聞こえてたよ、そうだよね。
雪菜ってば、そういう所は突発で、行動力あるんだから。
演劇の時も、あたしがしくじった時にアドリブやってくれてすごく助かった。
後悔したくなかっただなんて、後悔したのはお互い様だよ。
だから、喧嘩両成敗。雪菜も謝ったんだから、私も謝れば良い。
それで、元に戻れるだなんて、こんな大地震が起こった後でも、呑気に考えてた。


血腥い臭いと、鉄のように鈍い味。
意識が朦朧で、何も考えられない。
まるで、白昼夢みたいに、とまってくれない。
◆◆が叫んでいる、私の名前を呼んでる。
お腹が減った、何か食べないと。
おいしいおにくがある、たべないと。
……違う、それはおにくなんかじゃない。
あたしのたい切な親友。なか直りしたかったあのこ。
あたしの顔を、溶かしている―――




雪菜があたしを殺した。違う、あたしが殺させた。






見たくないものを、見せられ続けるのが、あたしの罪の、その罰だというのなら。
ねぇ神様、謝らせてよ。
それが無理ならせめて、雪菜を赦してよ。
こんな終わり方、あんまりじゃない。
こんな残酷な舞台、あんまりじゃない。
私は雪菜の引き立て役だった。最悪の形で彼女を傷つけ追い詰めて、有能な役者の一人として『壊す』為の。
ねぇ神様、あたしがいけなかっの?
神様から奪われたものをあの子に与え直したのがいけなかったの?
そんな物語、くそくらえと言いたかった。
あたしは、あの子があんな苦しみながら、傷ついて奈落を進むしか無い姿なんて、見たくなかった。



あたしの、ばか。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「恐怖はたしかにそこにあります。……それは様々なかたちをとって現れ、ときとして私たちの存在を圧倒します。

しかしなによりも怖いのは、その恐怖に背中を向け、目を閉じてしまうことです。

そうすることによって、私たちは自分の中にあるいちばん重要なものを、何かに譲り渡してしまうことになります。

私の場合には――それは波でした」


―――村上春樹「レキシントンの幽霊」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


月は無慈悲な夜の女王、とも誰かが言った。
曰く、満月はあの世とこの世を繋ぐ神様の覗き穴だとも。
山折村に訪れた霊能力者が言うには、「霊の声が聞こえやすい」だとか。
勿論、それを聞くことが出来るのは、本当に素質のあるものに限られる、のだが。

「止めなきゃ」

月は無慈悲な夜の女王である。
屍生人蔓延り地獄となった山折の村を天覧している。
月だけが、燦然と輝いて、照らしているだけ。
月が、自転車を我武者羅にこぐ少女を見下ろしている。

「止めなきゃ」

必死に、何かを探し求めるように、自転車をこぐ少女がいる。
譫言のように、言葉を反復させる少女がいる。
その目に輝きはない。だが、斑点のようにか細い光だけがある。
舗装された道路も、獣道も、その違いすら、気にしないで。

「止めなきゃ」

だが、地震の際における自転車による走行には危険が及ぶ。
所々に散らばったガラス破片。小さいものならまだしも、それなりの大きさのものを踏めばタイヤのパンクは確実だ。
2階建ての建造物から割れ落ちたガラス、それがまばらに、撒菱のように散りばめられている。
それを正確に避けながら走らせる余裕を少女は、――今の哀野雪菜は持ち合わせてなんていない。

「あっ」

夢から醒めたような、そんなあっけからんな声を上げて。
運悪く、一回り大きなガラス破片に乗り上げて、タイヤが裂けて。
その身体が、自転車と共に飛び上がって。ガラス破片の海に落ちていく。
ブチ、ブチ。肉が裂ける音、血が滲んで、溢れ出る。
透明に、赤い穢れがこびり付く。

「……う゛……あ゛……。」

どくどく、どくどくと。血が溢れ出る。
それでも、立ち上がる。痛みを無視して、突き動かされるように。
何処に? 宛も分からない女王感染者。殺せば全て終わる元凶は未だ行方知れず
既に、理由なんてなくなってしまっているというのに。

「止め、なきゃ。」

だが、理由がなくなったというだけで。
謝るべき友達は、もうこの世にいないというだけで。
噛み引き千切られた秒針は、もう二度と止まること無く、朽ち果てるまで動き続ける。
足を止める理由なんて、とっくに壊れている。
逃げることより、進むことを選んだのならば、それが永遠の刹那に刻みつけられた呪い。
「後悔したくない」という、どうしようもない罪悪感。

「止め、なきゃ。」

ぐじゅぐじゅ、傷が焼ける音。顔を苦痛に歪ませ、それでも歩く。
足取りは遅く覚束なく、もしも誰かに狙われたのならば、追いつかれてしまうだろう。
ぐじゅ、ぐじゅ。焼け落ちた液体が地面に零れて、濁らせ溶かす。

「………止めなきゃ。」

血を流しながら、傷口を溶かして塞ぎながら、歩き続ける、何処までも。
悲しみが流れ落ちて、地面を溶かす、ガラスを溶かす。
湖畔近くに放置されていたので借りパクして使わせてもらった自転車はもう使えない。
だから、歩き続ける。それは、悲しき聖者の行進か、血出の花道か。
出口の見えない結末を、闇雲に探し続けて。少女は刹那の狭間に囚われ続ける。
既に壊れた、秒針が砕けた腕時計が、寂しそうに横たわる姿を見向きもしないまま。
点滅する街灯に一瞬現れた、明るい光の玉に目もくれないまま。


◆◇◆◇


これは、大したことのない与太話。
霊魂と呼ばれるものが、電磁気的エネルギーを持った意識体の可能性がある、なんて確証のない話。
この村は、霊の声が聞こえやすい。そんな噂。
なんにも関係ない。どうでもいい与太話。


※タイヤがパンクして使い物にならなくなった自転車が商店街に残されています
【D-3とD-4の間/商店街/1日目・黎明】

哀野 雪菜
[状態]:後悔と決意、右腕に噛み跡(異能で強引に止血)、全身にガラス片による傷(異能で強引に止血)
[道具]:
[方針]
基本.女王感染者を殺害する。
1.止めなきゃ。絶対に。
[備考]
※通常は異能によって自身が悪影響を受けることはありませんが、異能の出力をセーブしながら意識的に“熱傷”を傷口に与えることで強引に止血をしています。
無論荒療治であるため、繰り返すことで今後身体に悪影響を与える危険性があります。






















だれかあの子を助けてほしい。
誰かあの子を救って欲しい。
謝りたくても、手を伸ばしたくても、何もかも届かない。届いてくれない。
私は地獄に堕ちてもいい。だから、誰でもいいから。
あの子を、雪菜を、助けて。
せめて、私の心を、伝えて。あの子の、後悔を―――。


044.心という名の不可解 投下順で読む 046.魔人戦線――絶望への抗い
時系列順で読む
行方知れず 哀野 雪菜 End Dream→Starting Nightmare

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最終更新:2023年02月13日 22:22