それは、いつかの夢。
或る記憶、悲劇の過去。
赤い光景、燃える世界。
焼け落ちようとしている二つの死体。
思い出は荼毘に付し、全ては朽ち果てるて。

覚えている、希望など微塵もない赤に塗れた現実(あくむ)を。
覚えている、遠雷のように颯爽と飛び込んできて、己を助けた彼女を姿を。

「……巻き込んじゃって、ごめんね。」

記憶の片隅に、残っている。
青空のような、腰まで伸びた髪の、小さな彼女。
赤い世界に、ただ一人、己に手を伸ばす、蒼の彼女。

「……もしもこの先、たくさん苦しい事があったとしても。あなたは、生きたい? 」

問い掛けるような、悲しげな声。
その意味を、その答えを、正しく理解できず。
生存本能のままに、その手を取った。






8年前に起きたとされる連続放火事件。
生存者0と言われた凄惨にして悪辣な犯行。
とあるエージェントが救出して、事件の影に隠された唯一無二の生還者。
これだけの大事件にも関わらず、犯人の捜査は突如として打ち切られた。
一説によれば※※※※※※※※※※※――――














これは、一人の少年の前日譚(プロローグ)
全てが燃え尽きた赤い世界で、蒼の少女に助けられた少年の。
後にエージェント、天原創と呼ばれる事となる記憶を喪った少年の物語の1ページだった。

◯ ◯ ◯

曙色の輝きが村を差す。
既に夜明けは近く、太陽の姿が山より漏れて見える早朝頃。

(……柄にもなく、昔のことを思い出してしまったか。)

高級住宅街へと向かう道すがら、天原創の頭に浮かんだのは、特に気にしなかったはずの過去。
いや、『天原創』という人間が生まれたあの日の事である。

天原創と言うのは、かつて火事から自分を救い出してくれた、とある女性が名付けてくれた名前。
過酷な未来を代償に、新たな名前とエージェントの使命をその内に、今に至った自分という証。
『少年』が覚えている最初の記憶は、炎の中で手を差し伸べてくれた女性の姿だけだ。

『少年』を助けた女性の名は『青葉(あおば)遥(はるか)』。とある特務機関に所属するエージェントであり、今回の火事もまたその任務に関わる事柄に関連する事であった。
だが、少なくとも少年を助けたのは遥の独断。上司に直談判し、少年をエージェントとする事で上は納得してくれたらしい。
失った記憶を取り戻す気は、あったのか、それとも無かったのか。それは少年にすらわからなかった。
それとも、取り戻す程の価値すら、彼にとっては無かったのかもしれない。

そして青葉遥、特務機関のエージェント。表向きでは学校の先生をやっているとか、天原創に対して「実は正義の超能力者」だとか「悪い神様を追っかけて地球に来た宇宙人」とか言いふらして、彼を誂っていたとか。
真偽の程は兎も角、彼女のお陰で天原創という少年は優秀なエージェントへと育ったのだ。

(今更、こんな事懐かしんでいてもな)
「……? どうしたんだい、天原くん?」

様子を気にしてか、スヴィアが話しかける。
少なくとも、今の天原創の表情はなにか考え込んでいるように見えたからだろうか。

「気を張ってくれているのは助かるが、それでも君は年端も行かない子供だ。無理はしないで欲しい。」
「いえ、そういうわけにも行きませんので。」
「勿論この状況だ。気を抜けとは言わないが、ボクだってこれでも大人なんだから、素直に頼ってもいい。一人で抱え込む必要なんて無いんだ。………人は、自分で思っているよりも自由なんだからね。」
「……その言葉だけでも、受け取っておきます。」

ぎこちない様子で、一応の返答。
天原創としては、タイミングが良いのか悪いのか、スヴィアの姿が、あの彼女と被って見えてしまった。
勿論、別人だというのは分かる。それでも、思うところは全くない、と言われるとそうではないかもしれない。
そういえば最後の部分、彼女も同じこと言ってたような、なんて感傷を思い浮かべながら。

「最近の学生は何事も抱え込むのが性なのかな?」

冗談混じりにスヴィアが呟く。
天原創といい、妙に何かしら考え込んでいる日野珠といい、こっちからアドバイスしたとは言え思う所が出来たであろう上月みかげといい。
斯く言うスヴィア自身としては、「こっちは大人というか先生なんだし、もうちょっと頼りにしても良いんだぞ」とは言いたい所。

「私は特に抱え込むような悩みはないかな~? ……って訳じゃないけど私だけなんかハブられてない?」

等と気の抜けた返事をしたのは朝顔茜。
実際ハブられてる訳では無いが、会話の流れ的なものに一人置いていかれてる感。

「創くんと茜さんだけ恋バナには無縁だからじゃないかな?」
「ひどくないっ!?」

そして突っ込まれるように入る日野珠の容赦ない一言。
男友達はいるが、別段恋に至るような男子はいない。氷月に関しては仲良くなりたいとは思ってるが、そっちは女の子だしそもそも同性愛に興味があるかどうかと言われると否。

「…………」
「ちょっ、天原くんもちょっとショック受けて泣いてるー!?」
「・・・俺は泣いてなんかいない。」

流れ弾と言わんばかりに多少ショックだったのか、天原創の目尻にも涙が浮かんでいた。

「………みか姉。」

唐突だった。日野珠が、徐に足を止めて、上月みかげに声を掛けたのは。
呼ばれた上月みかげ当人は、多少首を傾げるも、それ以上に疑問に思うことはない。

「珠ちゃん、どうしたの?」
「私が山奥でよく探検しに行くのは、知ってるよね?」

問い掛けられたのは、この村においては有り触れた日常の一端。
日野珠という少女はその好奇心旺盛さから、色んな場所へ一人で探検しに行っては、ときには大人のお世話になることも屡々だ。
それは、上月みかげもよく知っていた。

「それなのにさ、記憶に靄が掛かったみたいに覚えてない、というよりもちゃんと覚えている事があるの。」
「……覚えている、事? 珠ちゃん?」

普段の日野珠の明るい雰囲気ではない。この状況下、だからという訳ではなく。
まるで何か、何か禁断の扉を開いてしまった、そんな感覚。

「前にね、私、何か見つけたはずなんだ。」
「何か? 何かって?」
「その時の記憶だけ、すっぽり抜け落ちてたの、私。」

抑揚もなく、淡々と、らしくもない表情で。断片的に。



◯月◯日、いつものように山奥に探索しに行って

『■任! どう■■事で■■!?』

■■■■を見■■て

『分か■て■■■■■■■■■!? そんな事したら、最悪、この村が■■■■■』

誰かが■■■■■

『そ■に■■、■さんが■■■■すよね!?』

『それが■■■のだね?」

『■も未■■■■の■■に■げ■れるのなら本■だろう」

『――! ■■、それ本気で■■■■■■■■■、■■■■■■■政■に伝え――』

『――そうか、じゃあ死ね。」

『――は、な、何だお前たちは!? あ、ああああああああああ■■■■■■■■■―――――――!?』

人の声、■任、訴え、誰か、村の関係者?
誰か、思い出せない、絶叫、宣告、鮮血。
赤い血溜まり、ジャガー?、怖い、逃げないと。

『――チッ、村の連中は殺すななんぞ、■■■のジジィめ。」

バレた、バレた、殺される、なんで。
思い出せない、暗い、暗い、助けて。

『……記憶だけは消しておくか。」



「……えっ?」

上月みかげは硬直し、思考が凍結する。いや、それは他にとっても同じ事。
ノイズが走ったかのような、そんなちぐはぐさ、違和感。それを自覚して。

「その後、ね。私は、圭介兄ぃを見つけたんだけど、さ。私、その時すっごく頭が痛くて。でもね、はっきり覚えてる事が、あるの。」

それでも、あの■■から逃げ出して、頭痛を我慢して、森から抜け出して。
藁にもすがる思いで、見えた人の所まで辛うじて走って。
日野珠が見かけた、その人とは。

「圭介兄ぃ、お姉ちゃんへの告白の練習していたんだって。圭介兄ぃが本当に好きなのはお姉ちゃんだって、そんな事言ってたの。」
「……珠、ちゃん?」

その言葉は、上月みかげにとって、決定的な亀裂だった。

(……!?)
(……これは……!)

不味い。いや、不味い所の騒ぎではなかった。
天原創の異能有りきの結果とは言え、真っ先に記憶の齟齬に気づいたのは日野珠。
その上で、『忘れていて、その上ではっきり覚えている記憶』が残っていたことが致命的だった。
これは、誰にとっても予想外の事態でもあるのだから。
少なくとも、上月みかげの異能にある程度察しが付き、刺激しないように経過を観察する方針にしていたスヴィアと天原にとっては芳しくない事態である。

「あれ、でも圭介兄ぃが好きなのはみか姉? いやだって圭介兄ぃが私に嘘をつくなんてあり得ないでも私の中だと圭介兄ぃはみか姉に告白違う圭介兄ぃが好きなのはお姉ちゃんだからあれあれあれおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいどうしてどうしてどうしてどうしてどうして―――――――――!?」

錯乱し、頭を掻きむしる。
見るかに日野珠の様子が可笑しいものへと移っている。

「珠ちゃん、落ち着いて! 何も可笑しくなんて無いよ、『圭介くんは私に告白――」
「みか姉! 圭介兄ぃが好きなのはお姉ちゃんだったんだよ! だったら圭介兄ぃが自分からみか姉に告白したのはおかしいよ!」

収めようとしたみかげへ、錯乱状態の日野珠の怒号が飛んだ。
目を見開き、まるで別人の形相で。
上月みかげに、目を伏せていた真実を叩きつけるように。

「――――――――え、あ。」
「そうだよおかしいでもあれでもどっちが正しいのおかしいのはどっちあれ頭頭頭が痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――――!!!!!!!!!!!!!」
「ちょ、ちょっと珠ちゃん!? い、一端落ち着こう―――」

唖然とするみかげを他所に、日野珠の錯乱っぷりはますます悪化。
見かねた茜が呼び止めようとした時には既に遅い。

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
「ま、待って!!」

発狂したかのような叫び声を上げて、勝手に何処かへ走り出してしまう。
慌てて茜も、珠を追いかけるように向こう側へと走っていく。

「おい待て、いくら朝が近いとは言え単独で……!」
「――天原くん、気持ちは分かるが今は落ち着くんだ。」
「ですが、先生……!」
「落ち着くんだ……ッ。」

いくら朝日の光が照らしているとは言え、単独行動など危険も危険。
すぐさま対応しようとした天原を止めたのは、今にも歯を食いしばりそうな表情のスヴィア。
見るからに後悔の表情。対応を先延ばしにした自分を悔やむその感情。
追いかけてるのはいい。だがそれでは上月みかげを放置することになる。
逆に連れて行ってもさらなる刺激になってしまい混乱を加速させるだけかもしれない。
どうすれば良い、と脳細胞を回転させようとした。

―――その直後である。

「――――ッッッ!?」

銃声。それは、それなりに遠く離れた天原たちにも聞こえる程に。
特に聴覚が強化されているスヴィアにとっては、思わず耳を抑えなければならない程には。
それが何発も続いて、そして止む。

「……先生っ!」
「だ、大丈夫だ。少し耳に響いただけ、だ。」

抑えた耳を離し、多少音が聞こえづらいながらも天原の言葉に応じる。
思っていた以上に響いたが、直接的なダメージは小さい。と言っても多少は耳鳴り状態ではあるが。

「……無事かね、上月くん……上月くん!?」

周囲を見渡してみれば、いつの間にか上月みかげの姿は無い。
天原が足元をよく見れば、道路の隙間から生えた雑草を踏んだ、分かりやすい靴の痕跡

「……まさかっ!?」

考えられるのは一つ、上月みかげもまた何処かと走っていってしまったということ。
あの銃撃音声の間に。一体どうして、と。

「……クソっ!」

思わず、スヴィアはそう吐き捨ててしまった。
ボクのせいだと、ボクが様子見に徹してしまったからだと、後悔していた。
ほんの少し、瞳から水滴が少し零れ落ちる。

「……先生。」
「……はは、情けないな、ボクは。……三人を探そう、まだ近くにいるかもしれない。」

それでも涙を拭い、三人を探そうとするのは、如何せん大人としての、先生としての責任を全うしようとする心なのか。
でも、打ち拉がれる時間なんて無い。そんな事をするなら、あの三人を探すことを優先するべきだと、そう考え直して。

「……誰、ですか?」

そこに、少女はいた。
包帯を巻いて、今にも新しい火傷の痕を残す、そんな少女の姿が。
二人の前に、現れたのだ。

【E-5/商店街と道路の間/一日目・早朝】
スヴィア・リーデンベルグ
[状態]:健康、耳鳴り(小)、動揺(小)
[道具]:???
[方針]
基本.もしこれがあの研究所絡みだったら、元々所属してた責任もあって何とか止めたい。
1.先生は、生徒を信じて、導いて、寄り添う者だ。だからボクは……
2.……三人を探そう。まだ遠くには行っていないはずだ。
※『去年山折圭介が上月みかげに告白して二人は恋人になった』想い出を真実の出来事として刻みました。ですが、それが上月みかげの異能による植え付けられた記憶であるということを自覚しました。

天原 創
[状態]:健康、動揺(小)
[道具]:???、デザートイーグル.41マグナム(8/8)
[方針]
基本.この状況、どうするべきか
1.ひとまず少女たちを安全なルートで先導する
2.女王感染者を殺せばバイオハザードは終わる、だが……?
3.スヴィア先生、あなたは……
4.まさか、こんな事になるとは……。早く三人を探すべきか。
※スヴィアからのハンドサイン(モールス信号)から、上月みかげは記憶操作の類の異能を持っているという考察を得ました

哀野 雪菜
[状態]:後悔と決意、右腕に噛み跡(異能で強引に止血)、全身にガラス片による傷(異能で強引に止血)
[道具]:
[方針]
基本.女王感染者を殺害する。
1.止めなきゃ。絶対に。
[備考]
※通常は異能によって自身が悪影響を受けることはありませんが、異能の出力をセーブしながら意識的に“熱傷”を傷口に与えることで強引に止血をしています。
無論荒療治であるため、繰り返すことで今後身体に悪影響を与える危険性があります。






◯ ◯ ◯

「あああああ、ああああああああああああああああ!」
「まって珠ちゃん! どうしたの、一体どうしたの!?」

逃げるあの子と、追いかけるあの子を。私は追いかけている。
今更、私にそんな資格なんて無いはずなのに。
珠ちゃんを追いかけて、私はどうしたいの?

銃声が聞こえて、何処に危険な誰がいるのが分からないのに。
私は、私の理想の中に溺れていたかったのかもしれない。
現実を受け入れたくなんて無かっただけかもしれない。
私は、現実(あくむ)を知っていたのに。
ずっと我慢していたくせに、我慢して、我慢して、我慢して。
我慢できなくて。

『受け入れろとは言わない。気持ちをぶちまけても構わない。それでも、好きな人が本当に好きだと言えるのだったら、彼の心まで裏切らないようにしてくれ。』

ああ、そうだった。そうだったんだね、先生。
私は、圭介くんを裏切っていたんだ。
こんなずるいことで、異能(わけのわからないちから)で、みんなを騙して、私の現実を押し付けようとした。
私への、罰なのかな。
あやまらないと、手遅れになる前に、手遅れになる前に。
せめて、後悔するんだったら、全てぶちまけてから。そうじゃないと。
私は、私自身に納得なんて出来ないよ。
だから、今は二人を追いかけないと。

「―――おい、お前らこんな所で何やってる!?」


―――走る二人の前に、警察の人?


【D-5/一日目・早朝】
日野 珠
[状態]:錯乱(大)
[道具]:なし
[方針]
基本.何もわからない
1.みか姉、なんで嘘付いたの? どうして??
※『去年山折圭介が上月みかげに告白して二人は恋人になった』想い出を真実の出来事として刻みましたが、それが嘘だと認識しました。

朝顔 茜
[状態]:健康
[道具]:???
[方針]
基本.自分にできることをしたい。
1.上月みかげと圭介を再開させる。
2.優夜、氷月さんは何処?
3.あの人(小田巻)のことは今は諦めるけど、また会ったら止めたい
4.今は珠ちゃんを追いかけないと
※能力に自覚を持ちましたが、任意で発動できるかは曖昧です
※『去年山折圭介が上月みかげに告白して二人は恋人になった』想い出を真実の出来事として刻みました。

上月 みかげ
[状態]:健康、現実逃避から覚めた事を起因とする精神的ショック(中)
[道具]:???
[方針]
基本.私は―――
1.二人を追いかけて、珠ちゃんに、謝らないと
2.私と圭介君は恋人……そう、思い込みたかった

薩摩 圭介
[状態]:左頬にダメージ。計画の実現が難しい事が分かった事と銃を簡単に撃てなくなってしまった事に対してイラつきが止まらない
[道具]:拳銃(予備弾多数)
[方針]
基本.銃を撃つ。明日に向かって撃ち続け…たかったが考えなければいけなくなってしまった。
1.結局考えて銃を撃たなきゃいけないのかクソォォォォォ!!
2.放送施設へと向かう?それとも研究所へ向かう?そもそも研究所ってどこだ?
3.協力者は保護、それと同時に今直面している問題を解決できる方法も話し合いたい
4.放送によって全生存者に団結と合流を促し、村を包囲する特殊部隊に対する“異能を用いた徹底抗戦”を呼びかける(女王感染者を知った後にした方が良いのかを考えている)
5.それから包囲網の突破によって村外へとバイオハザードを拡大させ、最終的には「自己防衛のために銃を自由に撃てる世界」を生み出す。
6.それまではゾンビ、もしくは確実に女王感染者じゃない人(もしかしたら特殊部隊の奴等なら…)を撃ち続けて気晴らしをする

[備考]
※交番に村の巡査部長の射殺死体が転がっています。
※薩摩の計画は穴だらけですが、当人は至って本気のようです…が、少しだけ穴を認識しましたが、諦めるつもりは毛頭ありません。
※放送施設が今も正常に機能するかも不明です


062.ギザギザチャートの信頼口座 投下順で読む 064.導かれしモノたち
時系列順で読む
秒針を噛む 哀野 雪菜 此処でなく、現在でなく
心という名の不可解 天原 創
スヴィア・リーデンベルグ
日野 珠 目覚めの朝
上月 みかげ
朝顔 茜
LOSS TIME&FREE TIME 薩摩 圭介

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最終更新:2023年03月20日 21:42