「おやびん。ありがとうございました」
ある日、圭介が学校に向かう道中。
いつものように合流してきた友人、湯川諒吾が深々と頭を下げていた。
友人と言っても、年齢差があるためか対等な関係と言うより上下関係のある兄弟分といった関係なのだが。
「いきなり何の話だよ? あと、おやびんはいい加減やめろっての」
頭を下げられる覚えなどないのか、圭介が不可解な顔で諒吾を見つめる。
この2人の関係が始まったのは圭介が小学4年生になり、諒吾が小学2年生になった頃からである。
それはちょうど村長が代替わりした直後の時期であり、当時は村の子供たちも少なかったため学年の垣根なく一つの教室で授業が行われていた。
子供の頃の2歳差というのは大きい。同じ教室で事業を受けていたため交流自体は容易だったが、その年齢差もあってかあまり深い交流のない2人だった。
だから下級生がそれまで交流のなかった上級生に進んで意味もなく話しかけるなんてことは小さな村の中で珍しいことであった。
そんな中で、露骨に圭介に擦り寄ってきたのが諒吾だった。
諒吾は彼の曾祖父の意向で村長の息子である圭介に宛がわれた友人である。
幼いながらに諒吾も自分の役割を理解していたのだろう。
子供なりに精一杯の媚びを売り、最大限に相手を持ち上げる敬称が「親分」だった。
それが子供らしく舌足らずな「おやびん」と言う呼び方になって、それが関係性と共に今になっても続いていた。
「いやぁ、それがなんでも、住宅の抽選が当たったみたいで」
へへっと謙りながら諒吾が言う。
受託の抽選。それは圭介の父である村長が推し進める住宅開発についての話だった。
村の北部の田園地帯を取り潰して、そこに新たに高級住宅を建てようという計画である。
この政策は開発に反対する一部の頭の固い保守派の住民を除けば多くの住民に受け入れられ、その大半が今の古臭い住居を捨てて高級住宅へと引っ越しを希望していた。
同時に村外からの住民の受け入れ政策も進めていることもあり、住居移住の権利は応募多数で抽選制になっていたのである。
冒頭の礼は、それが当選したことに対する礼らしい。
「んなもん、俺に礼を言ってもしゃーないだろ。どう選んでるかも知らねーし」
「まあそうなんすけどね、けどひい爺さんや親が礼を言っとけって。畑に近い家に選んでもらえて助かりましたって」
湯川家は代々山折村で農家を営んできた家系である。
そんな湯川家に残された田畑に近い南東側の家が都合よく宛がわれたのは確かに出来すぎた話だ。
その辺の抽選は村長のお膝元である役所で処理されている。
息子の親しくしている友人が選ばれたというのは何かの忖度があったのかもしれない。
実際はどうだったかは別として、少なくともそう考える人間は発生するだろう。
「ま、いいさ。それについて変に言ってくる奴がいたら言えよ」
「いやまぁ。その辺は慣れたもんなんで気になくていいっすよ」
諒吾は曖昧に言葉を濁すが否定の言葉はない。
それは言外にそう言った物言いがあるという事実を示していた。
開発の割を食うのは広大な土地を有している田畑からという事もあり、農家の多くが開発に反対している保守派のスタンスである。
その中で、改革派のトップである村長に媚びを売る湯川家の蝙蝠のようなスタンスは、口さがない批判に晒されることも少なくはなかった。
実際に忖度があったかどうかは不明だが、こうして恩恵を受けたとなるとその風当たりも強くなるかもしれない。
「ったく、下らねぇよな。こんな小さな村で派閥だのなんだの」
こんな片田舎で派閥だの何だの、面倒な人間関係に振り回されている。
いや、田舎だからこそ、こんなつまらない言い争いをしているのかもしれない。
しがらみだらけな小さな世界でまったく嫌になる。
「……どうなるんすかねぇ、山折村は」
見通しの見えない未来への不安を吐露するように諒吾は呟いた。
村長が変わってから数年。村は変革の時期を迎えていた。
古きは新しきに生まれ変わると言えば聞こえはいいが。
古きものばかりの片田舎においてそれは全てを打ち壊すに等しい改革だ。
その改革が成功するのかなんて誰にもわからない。
もしかしたら村の伝統すら破壊しつくして、自然消滅するよりも悲惨な終わりを迎えるのかもしれない。
「俺っちも家の農家を継ぐことになるんでしょうけど……このまま村が開発されていったら農家なんてやっていけるんっすかねぇ」
開発を広げて行く上で、まず取り潰されるのは広大な土地を占有している田畑だ。
実際、今回の高級住宅街建造においては大きな田園地帯を取り潰して開発が行われている。
田園地帯はまだ残っているが将来的にどうなるのか。
消えていくのを待つしかない限界集落だった山折村の若者人口もここ数年で増えてきた。
何もしないままだったら、こんな小さな村など時代の波に飲み込まれて数年もせずに消えてしまっていただろう。
村の開発が進んで便利になってゆくのは村にとっては良い事だ。
だが、それが必ずしも全員にとって良いことであるとは限らない。
諒吾は農家なんて継ぎたくないという今どきの若者とは違って、積極的に農家がやりたいという今どきの若者らしからぬ少年である。
田畑が取り潰されていくのは彼のような人間からすれば悪いことだろう。
だからこそ、今山折村は開発をめぐる派閥争いなんかに巻き込まれているのだが。
「おやびんが村長になった時には、農業の拡大をお願いしやすよ」
揉み手で圭介へと媚び諂う。
山折家に生まれた圭介は将来の村長である。
村長は公選によって選ばれるものだが、この閉ざされた山折村においてはそうではない。
公選制になって久しいが、暗黙の了解により対抗馬など一度も現れるはずもなく。
村名と同じ名を関する山折家による実質的な世襲制となっていた。
どれだけ嫌がろうともそんな大人の中心に圭介は据えられる。
それが山折家に生まれた圭介の逃れようのない運命だ。
「村長になった時つっても、しばらくは親父の時代だろ」
だが、将来的に圭介が村長の座を継ぐとしても、それはまだまだ先の話だ。
少なくとも、父親が村長を引き継いだくらいの年齢になるまでは関係のない話である。
「だいたい。今の調子なら、山折家が村長やってくって仕組みも変わっていくかもな」
時代と共に制度も移り変わってゆく。
山折家が山折村の長じゃなくなる日も近いのかもしれない。
あるいはその変化は圭介の代で起こる出来事かもしれない。
それこそ春姫あたりが被選挙権を得られる年齢になったら暗黙の了解を破り出馬しかねない。
まあ、あの変人に人望で負ける気はしないが。
「ええっ!? おやびんには村長になっていただかないと、俺っちもこうして媚び売ってる甲斐がないってもんですよ」
「太鼓持ちが、言ってくれんじゃねぇか」
そう言って笑いあう。
こんな冗談を言い合える程度にはこの2人は胸襟を開いた関係だった。
媚びを売るのも忖度も、親側の勝手な意向である。そんな事情に子が従う道理はない。
周囲は2人の関係を勝手に受け取り勝手に解釈するだろうが。
圭介と諒吾はそう言った事情を理解したうえで、友人関係を築いているのだ。
「まあ、まだ習わしとして俺も『成人したら』。村長としての教育が始まるらしいけどな」
この村がどうなるのか、村長がどうなるのか、どれもこれも不確定な未来の話だが。
少なくとも今の圭介は村長になる線路に乗せられている。
その道を進んでいくしかない。
「へぇ。そうなんっすね。って村長の教育って何するんっすか?」
村長の勉強と言われても、村長が何をしているのかと言うのは傍から見れば漠然としていてイメージがしづらい。
それは直系である圭介も同じなのか、どこか投げやりに答える。
「さぁな? 大体は親父の手伝いだと思うけど、あとは村の歴史でもお勉強するんじゃねぇの」
「この村の歴史って……空から巫女が舞い降りて生まれたとか、なんか妖怪が封じられてるとかっすかね」
「んな迷信がある訳ねぇだろ。昔からクソ田舎でしたで終わりだろ」
これも時代の移り変わりか。
それとも村の歴史などに若者が興味をもたないのはいつの時代も同じなのか。
こんな寂れた村の歴史など迷信程度にしか妙味を持たれていなかった。
「けど、成人してからって話ですけど、なんかもうじき成人の年齢が引き下げられるって噂ですよ」
「マジかよ」
モラトリアムの時間はあまり残っていないようだ。
法律も変わり、改革によって村も少しずつ変わって行く。
だが、変化は受け入れる覚悟を確かめるように少しずつ緩やかに訪れるものだ。
急に何が変わるという訳でないだろう。
いきなり世界が変わるわけでもないのだから。
■
変わり果てた世界の中を、一人の少女が走っていた。
未曽有の大地震が襲い、小さな村の景色は崩れ去った。
村の地下に存在する秘密の研究所から漏れ出したウィルスにより発生したバイオハザード。
そしてその事態を解決するべく送り込まれた特殊部隊。
混沌に次ぐ混沌により、穏やかだった村の姿は見る影もない。
山折村の住民である少女、犬山うさぎは焦りの汗を滲ませ、息を弾ませながら走っていた。
生まれ育った村の変わり果てた光景が流れていくが、今の彼女に周囲の景色に目を向ける余裕はなかった。
何故なら彼女は逃亡と救援探しの真っ最中だったからだ。
うさぎを襲ったのは、送り込まれた特殊部隊の中でもとびっきりの
最強の男だった。
そんな
最強の男に狙われて、ただの女子高生であるうさぎがこうして逃げ切れるのは奇跡である。
もちろん、それはうさぎだけの力によるものではない。
仲間である鈴菜と和幸が命懸けで彼女を逃がし、時間を稼いでくれている。
大丈夫だという鈴菜の言葉を信じているが、和幸は重症を負っていた。
すぐにでも助けとなる人間を見つけて応援に行かないと最悪の事態もあり得るだろう。
早く早くと逸る焦りが背筋を蟻のように駆けずり回る。
焦燥の時間は永遠のようであり、実際は数分にも満たなかっただろう。
走り抜けていたうさぎは、ようやく人影を見つけた。
朝日が逆光になってよく顔が見えないが、二人組のようだ。
「おーい! そこの人たちぃ! お願いします、止まってくださーい!!」
構わず大声で呼びかける。
事態は一刻を争うのだ。
相手が安全かどうかなど吟味している余裕はない
助けとなってくれる人間かどうかも分からない。
最悪の場合、別の特殊部隊の人間と出会ってしまう可能性だってある。
それでも、接触せざるを得ない状況だ。
人影は呼びかけに足を止めてくれた。
うさぎはそこに駆け寄ってゆく。
近づいて行くと、その人物が見て取れた。
「圭介くん! それに光ちゃんも! 一緒だったんですね、よかった!」
幸運なことに、出会ったのは顔見知りだった。
この村の長である山折家の嫡男、山折圭介。
手をつないだその先にいるのは、その恋人である日野光だ。
犬山家は山折村の神社を代々預かる家系である。
村の長である山折家とも古くから付き合いがあり、村の開発をめぐる対立からあまり友好的とは言えないが、家同士の付き合いもそれなりにあった。
まあそれ以前の話で、この小さな村で生まれ育った子供たちは皆顔見知りなのだが。
「…………うさ公」
どこか辟易したような声で圭介はうさぎの名を読んだ。
傍らの光は無言のまま、圭介に隠れるようにして佇んでいた。
普段から優しい笑顔が印象的な穏やかな人だったが、どこか顔色が悪いように見える。
これだけ村がめちゃくちゃになって色々あれば無理からぬことかもしれないが。
そして、圭介の恋人とつなぐ逆の手には巨大で物騒なものが握られていた。
それは建物の壁や車を容易く貫通するほどの威力を持つ凶器。
南アフリカの武器会社デネル・ランド・システムズが開発したダネルMGL(多連装グレネードランチャー)である。
あまりに物騒な凶器ではあるのだが、一般的に知られる拳銃とはあまりにも形状が違ったため、知識のないうさぎには掃除機にしか見えなかったが。
なんで掃除機持ってるの? などと言う呑気な質問を行えるような余裕のある状況でもない。
「っ。けどそうですよね……光ちゃんを連れてる圭介くんに頼むわけにもいかないですよね」
うさぎは苦々しい顔で言葉を詰まらせる。
二人との再会は喜ばしいものだったが、この出会いはうさぎの目的に沿うものではなかった。
うさぎは助けを求めていた。
ここで圭介に助けを求めるという選択肢もあるのだろうが、助けは誰でもいいという訳ではない。
下手な増援は犠牲者を増やすだけの行為にしかならないだろう。
相手は戦闘のプロである。
最悪、薩摩でもいいから出来るなら警官や猟師、もしくは数で相手を追い返せるような集団が望ましい。
圭介は日常においては頼りなるリーダー的存在だ。
友人である春姫は圭介を蛇蝎のように嫌っているが、個人の主義主張の問題だろうしそれはそれ。
うさぎからすれば圭介はいつもみんなを引っ張っていく頼りになる先輩である。
だが、今は日常ではない、非日常における異常事態である。
圭介が屈強な特殊部隊相手に助けになるかと言うと難しいだろう。
ましてや、彼は恋人を守護っている最中だ、無理強いする訳にもいかないだろう。
「すいません! こっちから引き留めておいて申し訳ないのですけど、急いでいるので行きます!」
「待てよ。何をそんなに急いでいるのか知らねぇが、事情くらいは聞かせろ」
だが、急ぎ立ち去ろうとするうさぎを圭介が引き留めた。
「そ、そうですね」
確かに、ここで事情も説明せずに立ち去っては圭介たちを危険にさらす可能性もある。
何にも知らないまま圭介たちが特殊部隊のいる方に向かって危険に巻き込まれてしまう可能性もある。
それはうさぎも本意ではない。
手短に事情くらいは話しておくべきだと思いなおして、走り出そうとした足を止める。
そんなうさぎの様子を圭介は暗い瞳で見つめていた。
彼がうさぎを引き留めたのは事情を聴きたかったからではない。
うさぎにうさぎの目的があるように彼には彼の目的があるからだ。
圭介はこの事態を解決すると決めた。
そのためには原因となる女王感染者を排除する必要がある。
だが、誰が女王であるかの判別方法はなく、殺して確かめるしかない。
全てを取り戻すためには、このピースを隠したパズルのような地獄のゲームをクリアせねばならない。
それでもやると決めたのだ。
この村の住民の一人として。
村を預かる将来の村長として。
なにより、愛する人を取り戻すために。
全てを殺しつくす覚悟を決めた。
その決断に躊躇いがないと言うと嘘になる。
そもそも人殺しなんて好き好んで誰がやりたいと思うのか。
それでもやらねばならない。
他の誰もやらないとしても。
いや、やらないからこそ自分がやらねばならないのだ。
それに、既に圭介はゾンビになった学友たちを道具のように使いつぶしている。
戻る道などない。
だが、政策によって誘致された外からの移住民であった山岡伽耶とその取り巻きたちと違って、うさぎはこの村で生まれ育った地元民だ。
圭介にとっても子供の頃から知っている顔見知りである。
それを殺すというのはどれほどの覚悟が必要となるのか。
母はゾンビになった。
父や友人たちも、きっとそうなっているだろうという希望的観測を並べ、彼らを殺す必要はないと自分を安心させた。
だが、もしそうじゃなかった場合に自分はどうするのか。
なんて半端な覚悟や決意。
そんな覚悟でこれから先、やっていけるはずもない。
平穏無事でいるうさぎの姿を見てそれを思い知らされた。
圭介にとって光以上に大切な存在なんかない。それは変えようのない事実だ。
問われているのは、大切な物のためにすべてを踏みつけにする覚悟はあるかという事。
古くからの知り合いである犬山うさぎは、その覚悟を試すにちょうどいい試金石だった。
鋭い目つきで周囲を見る。
生憎、操作できそうなゾンビはいない。
ただの女子高生一人殺すのにグレネードランチャーをぶっ放すなんてオーバーキルもいいところだ。
これから先、特殊部隊のような強敵を相手にするのだ。無駄弾は撃たず、グレネード弾は温存しておきたい。
故に、殺すのならばナイフだろう。
圭介が殺した特殊部隊の男から奪い取ったサバイバルナイフ。
引き金を引くだけで人を殺すのとも違う。
誰か(ゾンビ)に銘じて殺すのとも違う。
相手の喉を切り裂き、人を殺した感触を自らの手に直接刻み付けるのだ。
圭介はうさぎの死角となるよう後ろに回した手で、腰元のサバイバルナイフの柄を握る。
事情を話そうとしているうさぎに向かって、一歩、近づこうとしたところで。
「私のお友達が特殊部隊と戦ってるんです! すぐに助けを呼んでこないといけなくて……!」
その言葉を聞いて、圭介が動きを止めた。
「…………特殊部隊、だと?」
「はい。村の外から来た鈴菜さんって女の子と和幸さんが私を逃がしてくれて、今も特殊部隊と戦ってるんですよ……!」
「カズユキ?」
「うん。圭介くんも知ってますよね? 和幸さん」
圭介も村民の中に暁和之と言うプロレスラーがいるのは知っている。
だが実際は豚の和幸なのだが、ウィルスによって前世の姿を取り戻したなどと言うミラクルCが起きたなどわかるはずもない。
「だから、せっかく2人に会えたのに残念ですけど、すぐにでも助けを呼んでこなきゃいけなくって」
そう言っていそいそと走り出そうとする。
仲間が命を懸けて足止めしてくれている一刻を争う事態だ。
これ以上詳しい事情を説明している時間はない。
「待て、行くのはいいけど、そいつらはどこにいるんだ? 場所だけでいいから教えろ」
「どこって、えっと……」
問われて、うさぎは何か言いづらそうに僅かに回答を躊躇う。
だが、ここで逡巡している時間もないと気づき、その答えを口にした。
「…………諒吾くんの家ですよ」
出てきたのはうさぎとは同学年の級友にして、圭介の友人の名だった。
うさぎも二人の親しさを知っていたからこそ、言い出しづらかったのだろう。
戦場となっているのは友人宅である。
その情報を受け、圭介は神妙な面持ちで「そうか」と呟く。
そして僅かに考え込むように押し黙った。
生憎、うさぎに気長に返答を待っている状況でもない。
気づけば、時刻は既に6時過ぎになっていた。
時間の経過を歓迎できる状況でもないが、今なら新しい召喚ができる。
「お願い、着て…………!!」
うさぎが祈りを捧げる。
瞬間、草原に黒い鬣を風に靡かせる美しい馬が出現した。
その馬の体つきは彫刻のように美しく筋肉質であり、光沢のある栗毛の毛並みが朝日をキラキラと照り返していた。
一見すれば厳しい顔をしているようだが、落ち着いた瞳は深い知性を感じさせた。
圭介は突然現れた馬に驚き目を見開くも、すぐにそれがうさぎの異能であると理解する。
うさぎは現れた馬へと跨った。
「うさ公」
圭介はなにかを決意したような声で馬に跨ったうさぎの背に呼び掛ける。
振り向いたうさぎの視線を誘導するように南の方を指さす。
「あっちの方に八柳の奴がいる。ゾンビになってないまともな連中何人かで固まってるみたいだ」
「え、哉太くんが? 帰ってきているんですか!?」
村から出て都会に行った八柳哉太が帰省しているのは初耳だった。
だが、哉太の居所を知る様子の圭介は彼らと合流していない。
こんな状況だ、正気を保った人間は固まって行動したほうがいいはずなのに。
「圭介くんは……哉太くんと合流しないんですか?」
「俺は…………あいつらとは別にやる事がある」
先ほど特殊部隊の居る場所を聞いたことも合わせ、まさか向かうつもりだろうか、という考えが頭をよぎるがすぐにその疑念を否定する。
圭介が光をどれだけ大切にしているかは、傍から見ていてもわかるくらいだった。
普段から無鉄砲なガキ大将ではあるのだが、光を連れている以上無茶なことはしないだろう。
圭介と哉太が喧嘩別れしたとは聞いていた。
基本的には別の友達グループであったため当事者ではないのだが、狭い田舎世界だそういう風のうわさくらいは耳に入る。
この様子ではまだ仲直りはしていないようだ。
普段ならともかく、鈴菜たちの置かれている状況を思えば言葉を尽くして仲裁しているような時間はない。
一刻も早く、哉太たちと合流して助けに向かわなければ。
「ありがとう、圭介くん! 光ちゃんも! お互い無事にまた会おうね! それじゃあ、お願いウマミちゃん!」
慌ただしくも別れの挨拶を述べると、踵で軽く馬の腹を蹴って発進の合図を出す。
最後まで光は一言も発しなかった。普段のうさぎであればそれを気にかけるのだろうが、危機的状況に急かされている事もありそれを気にかけてる余裕はなかった。
軽やかに蹄を鳴らしてうさぎを乗せた馬は駆け抜けていった。
どこで乗馬の心得など得たのか、あっという間に駆け抜けていくその様は正しく人馬一体と言う風である。
あっという間に朝日に消えていくその様を圭介は見送り、学校へ向かっていた足を住宅街の方に向けなおす。
もちろん、うさぎから聞いた特殊部隊の居るという湯川邸に向かうためだ。
特殊部隊を排除する。
それが湯川邸に向かわんとする圭介の目的だった。
自分の命を狙われた先ほどとは違う。
明確に自分の意志により、進んで排除しようとしていた。
圭介が哉太の情報をうさぎに与えたのは特殊部隊の情報を得た対価という訳ではない。
むしろ情報を聞くだけ聞いて殺してしまう選択肢もあっただろう。
そうしなかったのは、いわば保険だ。
光は絶対に取り戻す。
その決意に陰りなどない。
しくじるつもりなどないが、それとしくじった場合の策を考えないのは別の話だ。
圭介の最優先目標は光を取り戻す事だ。
仮に自分が死んでも、それだけは果たされなければならない。
哉太たちが他の方法で事態を収束させてくれるのならそれはそれで構わない。
圭介は他の人がやらない圭介なりの方法でやるだけだ。
特殊部隊の連中も奴らなりのやり方でこの事件を解決しようとしているのだろう。
無関係な村民を皆殺しにしてでもこの事態を解決しようとしている。それに関しては圭介も同じだ。
ならば、それを行おうとしている相手を排除するのは矛盾しているのかもしれない。
だからと言って、奴らが解決してくれるのを待つなんて選択肢はあり得ない。
奴らは圭介たちの命を狙っているし、所詮奴らは村を荒らしている部外者だ。
そんな奴らが解決してくれるのを待つなんて、そんなのはクソくらえだ。
それに、特殊部隊と圭介の目的を同じくするのはバイオハザードの解決までだ。
その先で光が平穏な暮らしを取り戻すには、いずれにせよ特殊部隊は排除しなければならない
自分がしくじった場合、哉太たちをぶつけて特殊部隊を仕留めてもらう。
うさぎはそのために情報を運ぶ白兎だ。
これは山折村の問題だ、村民である俺たちで解決する。
部外者なんかにめちゃくちゃにされてたまるか。
バッドエンドで終わるにしても。
どのような結末になるにしても。
終わりは自分たちの手で掴み取る。
そうでなければ納得も妥協もできない。
(そうだろ…………哉太)
自分がしくじってもあいつなら。
そう言うある種の信頼がそこにはあった。
これでも同じ道場に通った仲だ。
哉太の強さは一番よく知っている。
それよりも今は圭介の脳裏に浮かぶのは別の友人の顔だった。
避難していて家主は不在だろうが。そこは勝手知ったる他人の家。
通い慣れたいつもの道筋を辿って、友の家を訪ねるとしよう。
【C-4/道/一日目・朝】
【
山折 圭介】
[状態]:健康、精神疲労(中)、八柳哉太への複雑な感情
[道具]:木刀、懐中電灯、ダネルMGL(5/6)+予備弾6発、サバイバルナイフ
[方針]
基本.VHを解決して光を取り戻す
1.女王を探す(方法は分からない)
2.正気を保った人間を殺す。
3.湯川邸へと向かいそこにいる特殊部隊を排除する。
4.知り合いを殺す覚悟を決めなければ。
※異能によって操った光ゾンビを引き連れています
※学校には日野珠と湯川諒吾、上月みかげのゾンビがいると思い込んでいます。
【
犬山 うさぎ】
[状態]:馬上。動揺、蛇再召喚不可(早朝時間帯限定)
[道具]:ヘルメット、御守、ロシア製のマカノフ(残弾なし)
[方針]
基本.家族と合流したい&少しでも多くの人を助けたい
1.南にいると言う八柳哉太を探して鈴菜と和幸を助けに戻る
最終更新:2023年05月19日 21:38