白み始めた空の下、普段ならまだ布団の中でまどろんでいるような時間。
犬山うさぎ、岩水鈴菜、和幸の二人と一匹は人通りの絶えた町にいる。
生きた、正確には正常な意識を保った人間はうさぎたちの他にいない。
しかしその代わりとでも言うように、自我を失った村民たちがそこかしこで蠢いているのが現在の山折村であった。
和幸と呼称される存在は、うさぎの記憶では可愛らしい豚であった。もうちょっとしたらこの子食べちゃうんだなあ、とうさぎはぼんやり思っていたものだ。
しかし、今の和幸は豚ではない。否、豚ではあるがただの豚ではない。
一般的な成人男性の背丈を二倍してもなお足りない、全長4メートル。体重は十倍以上の1トン。
人の体に豚の顔面を載せた亜人、オーク。それが今の和幸である。
4メートル1トンの体躯ともなれば、どれだけ気を遣って屈もうが足音を殺そうが隠密行動など不可能だ。
和幸が一歩踏み締めるごとに丸太を地に叩きつけたような音と衝撃が生まれる。
となれば、自我なきゾンビたちが集まってくるのは必定だ。
無論、ゾンビがいくら群がろうとかつて魔王軍として人間の軍勢と血で血を洗う闘争を繰り広げてきたオークの戦士の敵ではない。
聖女うさぎとその同胞である鈴菜を守りながらであっても、和幸は労せずゾンビを蹴散らしていく。
ゾンビを殺害することは容易いが、村の住民を手に掛ければうさぎを傷つけることになる。
そのため、和幸は道すがら引き抜いた標識を即席の棍棒にし、ゾンビの足を砕いて立ち上がれないようにしていく。
和幸が腹を殴るだけでゾンビは真っ二つになりかねないため、力加減には細心の注意を払ってだ。
自由さえ奪ってしまえば、あとは鈴菜の出番。手近な家にゾンビを押し込め、閉じる。
生きてさえいれば、事態が終息すれば治療の見込みはあるだろう。
「はあ……はあ……」
「鈴菜さん、大丈夫ですか?」
「うん……平気だ。和幸のおかげで私は閉じるだけだから」
うさぎに背負われ眠っていた鈴菜は、寝入って数分というところで起こされざるを得なかった。
和幸がゾンビに対処するその騒音で眠っていられるほど図太い神経はしていない。
数分意識をシャットダウンした程度では倦怠感を拭い去るには到底足りず、むしろ寝入り端に水を差された消耗のほうが大きい程ではあったが。
「ありがとうございます、鈴菜さん。和幸さんも。村のみんなを殺さないでいてくれて」
それでも、甲斐はあった。
死が満ち満ちた地獄がごとき渦中にあっても優しさを忘れない少女、犬山うさぎの笑顔を護ることができるのだから。
和幸が薙ぎ倒したゾンビたちの中にうさぎの親類縁者はいなかったが、狭い村社会なので顔見知りではある。
彼らを殺せば、この状況では仕方のない事とうさぎは言うだろうが、その心が傷つくことは疑いない。
そんなことは、和幸にとっても鈴菜にとっても本意ではない。
ゆえに、彼らは自衛以上の武力の行使を行わない。速やかにゾンビを無力化しない。ゾンビたちでさえも護ろうとする。
彼らの行動は尊く、人として正しい。
尊く、正しいがゆえに、その優しさは踏みにじられる。
この村にいるのは優しく正しい者ばかりではない。
鉄と血の尖兵、死を運ぶ狩人もまた、いつだって蛇のように目を光らせているのだから。
死神の名は大田原源一郎。
同僚が担当する北でもなく南でもなく、人の密集が予想される東へと足を向けた大田原は、ほどなく騒音を耳にする。
戦闘音。しかも、重機が建物を押し潰すような、腹に響く重いサウンドだ。
異能により現人鬼と化した巨漢を処理した大田原にさほどの消耗はない。
正常感染者を処理するという任務にゾンビの排除は必須ではないため、大田原は必要なときだけゾンビを排除しつつ動いている。
そういう無駄を喜んでやる同僚の顔も何人か思い浮かんだが。
無駄に弾丸や体力を浪費することを嫌った大田原は、気配を殺しつつ市街地を滑るように移動していた。
やがて大田原は荒れに荒れた場所へとたどり着く。
(まるで美羽が暴れた跡のようだ)
高級住宅地の一角は、ブルドーザーが走り抜けたかのような有様だった。
硬いブロック塀や建物を一直線に押し潰す破壊跡がある。これを重機ではなく人が成したとするならば。
(先ほどの男以上の脅威が存在するということか)
大田原が撃破した正常感染者の内の一人、郷田剛一郎のマックスパワーならば同様の破壊は可能だろう。
サイボーグである美羽隊員も、大型の鈍器など適切な武器を装備しているならばおそらく可能だ。
どちらも単純なスペックだけ見れば大田原を凌駕している。油断ならぬ強敵……
(だが、真に警戒すべきはそいつではない。そいつと戦っていた相手だ)
その強敵と渡り合った者たちがいる。
ここまで怪物が荒れ狂ったのは当然、そうするべき相手がいたからだ。
単独ではなく複数人だろう。瓦礫に紛れ完全とはいかないが、足跡などから読み取れる存在痕跡は男性が二名、女性が複数名、うち一名は子ども、といったところだ。
周囲にあるのはゾンビの気配だけ、ということはこの場所で戦闘があったのはかなり前なのだろう。
ここまで派手に暴れれば部外者に察知もされやすい。急ぎ離れるのは当然の判断である。
(戦闘の心得がある者。強力な異能を持つ者。そして、異能者の集団……か)
大田原が交戦してきた男たちはどちらも強者だったが、質は違っていた。
一人目、極道らしき男の異能はさほど強力ではなかったが、男自身が手練だった。
我流ではない、きちんと指導者に教えを受けさらに実戦で研ぎ澄ませた剣士だ。もう少し異能を実戦で使い込み理解が進んでいれば、あるいは大田原とて危うかっただろう。
二人目、筋肉質の巨漢は真逆。本人にさほど武道の心得はなかろうが、異能が強力だった。
刃物すら通さない高密度の筋肉はまさに鎧であり、破城槌であった。強力さの代償か、冷静に立ち回ることが不可能だったのが付け入る隙となった。
異能は個人個人で異なる。戦闘に向いた者もいればそうでない者もいるだろう。
いずれは、本人の技量と異能が噛み合った真の強者とも遭遇するかもしれないが――閑話休題。
そう、個人の実力が特筆するほどでなくても、手っ取り早く強力な存在となるのは簡単だ。徒党を組めばいい。
正常感染者は例外なく異能を所持しているのだから、群れ集まればそれだけで一個の強力な戦闘集団となる。
SSOGが自衛隊最強の戦闘集団であるのは、隊員個々の戦闘能力もさることながら、それが一つに束ねられているからに他ならない。
鉄の結束。仲間意識ではない、言うなればプロ意識か。
己の行いこそが祖国を護っているのだ、という固い自負がSSOGの屋台骨。
それは戦闘狂の己や美羽、信の置ける成田や乃木平、別行動を取っている黒木、あるいは子どもじみた英雄願望を持つ広川であっても変わらない。
唯一の例外は新人隊員である小田巻真理であろうか。
事前の情報収集を踏まえたブリーフィングにて、小田巻が村内に滞在していたことは周知されている。
夏季休暇中であったためVH発生直前の招集に応じられなかったことはともかく、作戦行動地である山折村に単独で来訪していたのはもはや喜劇ですらある。
休暇中の行き先を事前に申告していれば止められたであろうが、SSOGは隊員のプライバシーを尊重する組織でもある。
秘密裏に建造された研究所がある村に向かうことは却下できたかもしれない。
無論、休暇申請段階ではVHは発生していなかったため結果論だが。
(小田巻……あいつも処理しなければならないな)
SSOGが出張るとなればそれは汚れ仕事だ。
先んじて偵察に入っていたならともかく、任務外で任務地に訪れ自由に行動していたとなれば、それはもう身内とは扱えない。
生きていれば、正常感染者だ。殺さねばならない。他の正常感染者と扱いを変える必要はない。
自我を失っていれば、こちらも証拠隠滅のために殺さねばならない。
自衛隊員がゾンビ化したなど醜聞以外の何物でもなく、またマスコミに嗅ぎつけられでもしたら面倒なことになる。
小田巻の現状がどうであろうと、SSOG組織として抹殺は決定されている。
小田巻の技量は優秀だが、まだ現場経験は浅い。対処は容易だろう……異能に目覚めていなければ、だが。
もし戦闘的な異能を使いこなすのであれば、先に交戦した二名以上の脅威になる可能性はある。
それでも自分や美羽、成田ならば問題なく処分できるだろうという確信はあった。
一時でも同僚だった者のため、広川や乃木平では難しいかもしれないが。
と、大田原は思考を打ち切り足を止めた。
大規模な戦闘があった場所からほど近く、そちらでも今まさに誰かが戦っていると思しき騒音が発生している。
戦っている、となればゾンビ同士の小競り合いはありえない。ターゲットがそこにいる。
装備を確かめる。拳銃の残弾は十分、ナイフにも刃こぼれや亀裂はない。
大田原は影のように物陰から物陰へ移動していく。
やがて大田原が目にしたのは巨大な豚人間と二人の少女だった。
百戦錬磨の大田原といえど一瞬目を疑った豚人間だが、少女たちと普通に会話しており、あれもまた正常感染者なのだと思い知らされる。
観察する限り、戦闘の心得があるのは豚人間のみ。少女たちは素人であろう。
もちろん異能のことを考えれば見た目通りの素人かどうかは怪しいところだが。
さて、どうする――見逃すかどうかではなく、どう殺すかという思案だが――と大田原が思案していると。
「えっ、誰かそこにいるんですか?」
少女のうち一人が、大田原の隠れている場所をまっすぐに見ていた。
気取られるほど気配は漏らしていなかったはず、と一気に警戒心を引き上げた大田原の足元には蛇がいる。
それは少女、犬山うさぎの召喚した蛇。
いかに気配や音を殺して歩いていても、大田原が人間である以上体温を無くすことはできない。
先に発見された。が、まだあちらは事態を把握しきっているわけではない。
大田原の決断は早かった。
「えっ」
物陰から飛び出しざまに蛇を踏み潰しつつ、大田原は鋭いスイングで拾い上げていた石を投擲した。
標的は大田原を見つけた方の少女、犬山うさぎだ。
うさぎはスネスネと名付けた蛇の頭が虫のように踏み潰されたことで一瞬硬直した。
その顔面に迫る、拳大の投石。次いで銃声。
「うさぎ、下がるのだ!」
すんでのところで投石は豚人間、和幸の手で受け止められた。
だが投石をフェイントにして放たれた銃撃までは、和幸といえどもとっさには防げなかった。
「鈴菜さん!」
「おのれっ、ぬおおおおおっ!!」
岩水鈴菜が右脇腹から血を撒き散らしつつ倒れた。
直後、和幸がうさぎと鈴菜を庇うように前に出て、斧のごとく振りかぶった道路標識を大田原に叩きつける!
爆撃じみた一撃。おそらくはサイボーグ美羽以上の強烈な膂力による、単純にして無慈悲に死を運ぶ刃。
大田原は横っ飛びに回避。叩きつけられた標識は舗装された路面を陥没させ、縦横に亀裂を走らせる。
(凄まじい力だ。当たればガードしようと一撃で命を持っていかれるな)
すぐ傍に死神が待っている。そんな状況下でも、大田原の戦意に翳りはない。
和幸が体勢を立て直す前に発砲。頭と胸の二箇所。
頭部を狙った銃弾は和幸がとっさに掲げた太い腕に食い込む。が、厚い筋肉に支えられた表皮を貫くことはできず、かすり傷を追わせた程度。
胸に至っては防ぐことすらしない。こちらの弾丸も胸筋に阻まれ心臓に食らいつくことはなかった。
和幸の反撃。水平に振られる標識はさながらギロチンの刃のよう。
大田原は姿勢を低く、転倒したと見まごうばかりのの高さでタックルを仕掛けた。
攻撃後の隙を狙った完全なタイミングだったはずだが、和幸の足はびくともしない。
大田原も巨漢であるが、体重はせいぜい80キロといったところ。1トンの体重を誇る和幸ではあまりにも相手が悪い。
和幸が組み付かれた足を振り上げる、それだけで抵抗の間もなく大田原の体も持って行かれそうになり、瞬時に離脱し間合いを測る。
(急所は……高い。ナイフでは狙えんな)
仕切り直し。大田原と和幸が睨み合う。
が、やはり体格差がある。強敵二人を立て続けに撃破してきた大田原だが、今度の敵は大田原の身長の二倍はある。
拳銃弾は通じず、ナイフも首や心臓といった急所には届かない。難敵だった。
和幸は誰何することもなく、大田原を敵として見定め、無言のままに構えを取っている。
この肉の壁を打ち崩すのは至難の業だ。であれば。
ナイフで太腿の動脈目掛けて切りつける、と見せかけ、大田原は鋭くターンした。
対峙している和幸を迂回し、その背後にいる少女二人へ。
小回りは大田原に分がある。スタートラインに並ぶように、大田原と和幸は横一線。
少女たちは未だ事態を把握できていない。鈴菜は腹部の出血を抑え、うさぎはなんとかして手当しようと荷物をひっくり返している。
一目で戦闘慣れしていないとわかる。脅威度はやはり豚人間が一番高い。
「いかん……!」
大田原がナイフを投擲する構えを取ると、和幸の顔が強張った。狙いは身を隠しもしない犬山うさぎ。
これは大田原にとっても賭けであった。今、大田原の数メートル横には和幸がいて、一歩で攻撃される距離だ。
もしこの怪物が人間など顧みず大田原の排除だけを考えていれば、一秒の後に大田原は肉片にされるだろう。
(だが、これが最も勝算のある手だ)
そう判断したのならば躊躇はない。失敗すれば死ぬだけだ。
大田原の手からナイフが稲妻のように放たれ……
「させるかあああああっ!」
和幸の伸ばした標識が、ナイフに追いついた。
道路標識の図の部分が盾となってナイフを弾く。
怪物は敵の排除より同胞の守護を選択した。
(予想通りだ)
大田原は、賭けに勝った。
少女たちは命を拾った。
和幸が身を呈して、そうとわかっていて勝利のチャンスよりも護ることを優先したために。
タン、タン、タン、と三度、くぐもった銃声が響く。
隙を見せた和幸の背に一瞬で駆け登った大田原は、銃口を和幸の右目に突っ込んだ。
ぐちゃり、と眼球を潰す手応え。そのまま発砲、念を入れて三度。
脳髄をかき回した銃弾は、固い頭骨を抜けることなく和幸の頭蓋の中に留まった。
それで、戦闘は終わった。
「和幸……さん」
うさぎが呆けたように呟いた。
ドウ、と和幸の巨体が倒れる。その背から大田原は着地した。
三度目の勝利。大田原の全身に震えにも似た歓喜が走る。
まともに組み合って倒せないのならば、弱点を狙う。生来が強靭なオークの戦士である和幸にはありえない発想。
弱く脆い人間が格上の強者を下すために研鑽し、練磨してきた技術や戦術の蓄積が、種族差という壁を越えたのだ。
「あなたは……何なんですか……?」
震えながらうさぎが問いかける。
大田原は、もちろん、その言葉に反応することはなく。
「……逃げて、うさぎ!」
大田原が拾い上げたナイフで命を絶たれる寸前、沈黙していた鈴菜が吠えた。
その手には銃がある。ロシア製のマカノフ、鈴菜が拾っていた武器だ。
大田原は瞬時に反応し、横っ飛びに回避。防護服の耐弾性能に期待するのは分が悪いと判断した。
一発、二発……素人の銃撃だ。走り回っていれば当たりはしない……三発、四発。
鈴菜が撃った弾数を数え、マカノフの装填数の九発までを冷静にカウントしていく。
だが、ここに大田原の誤算があった。
鈴菜はもう片方の手で何かを投げた。大田原の方にではなかったため止められはしなかった。
それはただの穀物だが、この村でただ一人には起爆剤となるものだった。
「和幸、お願い……! もう少しだけ力を貸して!」
和幸の荷物から探し当てたとうもろこしだ。
少女の願いを受け、黄金の果実は、芸術的な曲線を描いて横たわるオークの口へ吸い込まれていく。
「……ブモオオオオオオオッ」
片目を潰され、脳をかき回されれば人間ではとうの昔に死んでいる。
だが和幸は人ではない。強靭な生命力を持つオークである……!
命の源、ガソリンとなるとうもろこしを供給され、和幸の生命力は一瞬強く燃え上がった。
豚、いやイノシシがごとく鼻息を噴き出し、和幸は突進した!
(いかんっ……!)
銃撃を避けるために迎撃姿勢を取れずにいた大田原は、その機関車めいた体当たりを避けることはできなかった。
ゴッ、と音さえも置き去りにし、大田原が地面と垂直に飛んで行く。
その後を追うように和幸が走っていく。追撃、と考えているのではない。もうその程度の思考すら今の和幸にはない。
ただ目の前の敵を殺す、本能に従って和幸は走る。
「和幸、そこの赤い屋根のガレージに押し込んで!」
だが、芽生えた異能が本能にほんの少しのブレーキを掛けた。
種族は違えど友である鈴菜が和幸に求めている。
和幸は片方になった視界でなんとかその指示を示すものを見つけると、道路標識を大田原の体に沿わせて押し込んでいく。
大田原は体当たりの寸前で自ら後方に跳んだため、衝撃は幾分緩和できているが、代償として派手に吹き飛ばされてしまった。
全身へ波のように拡がる衝撃は数秒、大田原の自由を奪っていた。
「ぬうっ……!」
「ブモッ……オ、オオ、オオオーッ!」
大田原は押し込まれながらも貫手を和幸の潰れた目に打ち込む。そのまま、今度は直接脳をかき回す。
激痛による肉体の反射で和幸の腕が緩む。だが、なんとか抜け出た時にはもう遅い。
大田原は四角形の建物、ガレージの壁に叩きつけられていた。
もうもうと粉塵が立ち込める中、鈴菜はふらりと立ち上がった。
「す、鈴菜さん……?」
「うさぎ、あいつは私がなんとかする。逃げて」
撃ち尽くしたマカノフを捨て、鈴菜は足を引きずってガレージに向かう。
中では動く影が二つ見える。和幸だけでなく、襲撃者もまだ生きている。
たった数分。たった数分で状況は一変した。
ゾンビを何人か助けたからといって、安心してはいけなかった。
あれが恐らく特殊部隊。正常感染者を始末するために送り込まれた死神だ。
鈴菜は腹部の傷を思う。すぐに死ぬほどではないが、処置しなければ死ぬとわかる。
そして、その技術は鈴菜にはない。うさぎにもないだろう。
「鈴菜さん、何とかするって!?」
「これからあいつを閉じ込める。大丈夫、私も和幸も死なないから」
鈴菜は、怪我を負った自分と和幸ではうさぎの足手まといになると思った。
だからこそ。
「そうね、できたら……できたらでいいから。仲間を連れて、助けにきて」
ここが裕福な者が住む高級住宅街で助かった。こんなガレージを所有しており、さらに車が不在だったのは奇跡だ。
震えるうさぎを前に、鈴菜はガレージのシャッターを閉じるスイッチの前に、自らの異能をイメージした。
パンドラドア。絶望の底にあるただ一つの希望を信じて。
「行って、うさぎ! こんなところで死んじゃだめ! 走って!」
視界が閉ざされる寸前、うさぎがゆっくりと踵を返したのを見届けて、鈴菜はガレージの中を振り返った。
そこには瀕死の和幸と、銃とナイフを構えた特殊部隊の人間がいる。
鈴菜は壁にもたれかかると、腹部の傷を示し、言った。
「このガレージは私の異能で閉じた。私が自分で異能を解かない限り、私が死んでも開くことはない」
決然と。
窓もなく、母屋への出入り口もない。シャッターだけが唯一の出入り口であるガレージの中で。
血を失って青白くなった顔色で、しかし主導権を握っているのは自分なのだと、高らかに吠えるように。
岩水鈴菜は、特殊部隊の大田原源一郎と交渉を開始する。
「自由になりたいのなら、私を治療しなさい。和幸……そこの、私の仲間もね」
鈴菜にもうさぎにも治療できないのなら、怪我を負わせた張本人にやらせるのみ。特殊部隊ならその程度の心得はあるだろう。
こんなところで絶対に死んでなどやるものか。やりたいことはいくらでもあるのだ。
特殊部隊だろうとなんだろうと、利用できるのなら利用して必ず生き延びる。自分だけでなく、信じられる仲間とともに。
うさぎが仲間を連れて戻ってきてくれるかはわからない。が、ああ言わなければうさぎは動けなかっただろう。
それまでにこいつをなんとかしなくちゃね、と鈴菜は無理を押して笑う。
「時間はあまりない。私が死ぬまでに返答を頼む」
【C-4/一軒家のガレージ/1日目・早朝】
【
大田原 源一郎】
[状態]:右腕にダメージ、全身に軽い打撲
[道具]:防護服、拳銃(H&K SFP9)、サバイバルナイフ
[方針]
基本.正常感染者の処理
1.岩水鈴菜に対処する
2.追加装備の要請を検討
【和幸】
[状態]:右目失明、脳にダメージ(極大)、意識混濁
[道具]:折った道路標識
[方針]
基本行動方針:風の向くまま、村を散策する
1.(犬山うさぎを守らねば…)
【岩水鈴菜】
[状態]:右脇腹に銃槍、出血中、疲労(大)
[道具]:和幸の荷物(下記)
とうもろこしの入った袋、リュックサック、キャンプ用具(テントやライターなど)、傘、寝間着×2、制服、普段着×2、インスタント高山ラーメン、
のりしおポテトチップス、ポテトサラダ、焼きうどん、冷凍西浦みかん×3、更にビックマック、AQUAの水500l×2、木製の子供用椅子
[方針]
基本.この地震が起きた原因を調べる
1.大田原と交渉し、自分と和幸の傷を治療させる。情報も引き出したい
2..高級住宅街の方へ向かう…つもりだがそれには時間をかけすぎてしまったか?
3..次に学校に向かう…つもりだったが和幸の話を聞く限り再考した方がいいかもしれない
4.次に剛一郎が経営している寿司屋へ向かって彼の情報を集める。
5.ゾンビは家に閉じ込めて対処する。
6.剛一郎の危険性を多くの人に伝えながら、説得できる人と異能が強い信じられる人を探す
7.千歩果の知り合いがいたら積極的に接触したい、まず一人会えて良かった。
8.残り時間が少なくなってしまい、どうしようもない時は危険人物→善性殺戮者→自分の順番で死んでいくしかない、だが女王ウイルスを命に影響なく無力化する方も諦めず探し
たい
9.うさぎが召喚する動物でウイルスの治療薬を作ることが可能か?…しかし、今はこのことを誰かに話したくない
※閉じ師の技能が使えますが、この状況ではほとんど意味がありません。この立場は隠していくつもりです
1回異能を使うと20ml水を消費します。現在一本目の水の量は440mlです
※治療しなければ一時間ほどで失血死に至ります。
※ガレージにはシャッターの他に出入り口はありません。シャッターは鈴菜の異能によってロックされています。
【C-4/高級住宅街/1日目・早朝】
【
犬山 うさぎ】
[状態]:強い動揺、蛇再召喚不可(早朝時間帯限定)
[道具]:ヘルメット、御守、ロシア製のマカノフ(残弾なし)
[方針]
基本.家族と合流したい&少しでも多くの人を助けたい
1.仲間を探して鈴菜と和幸を助けに戻る
最終更新:2023年04月26日 20:58