袴田邸のリビングにて、薬剤師による患者の診察が行われていた。
不健康そうな顔色をした陰気な男の正面に座るのは健康的な容姿の少年である。
彼らを見ると、どちらが患者か一目ではわからないだろう。

診察を受けていたのは健康的な少年、八柳哉太だった。
ケガ人を診ることになった薬剤師夜帳は、アニカの強い勧めによりまず最も重症だとされる哉太の体を診ることになった。

夜帳は男の体に興味などないし、薬剤師が行うのは薬の処方でありケガ人の診断は本来であれば医師の仕事だ。
だが、花園に潜む一番の邪魔者である哉太の状態を把握しておくことは今後にとって重要だと判断し、医師の真似事を承諾したのである。

リビングには夜帳と哉太だけではなく、眠っている面々が起きた時の繋ぎ役として夜帳と顔見知りのはすみが残っていた。
疲労が顔に見られることから夜帳に栄養剤を処方されたはすみは、部屋の片隅で椅子に座り、チビチビとそれを飲んでいた。
普段からの飲み慣れたエナドリ系とは違う薬品の味がしたが、その分効果がある、ような気がする。
はすみは治療の様子をチラリと見ながら栄養剤を味わっていた。

夜帳は、上半身を裸にした哉太の体を確認するように触れていく。
一番重症であると言う話だったが、哉太の体には目立った傷はほとんど見られなかった。
だが、血液が付着し傷付いた衣服からして、負傷があったのは事実だろう。

「信じがたいことですが、既に回復しているように見えますね」
「はい。俺は、そういう異能みたいです」

夜帳の言葉に哉太は自らの異能を認める。
肉体再生。不死の怪物ノスフェラトゥに相応しい異能だ。
期せずして哉太の異能を把握できた。

男の血なんて吸いたくもないが、是非とも欲しい能力である。
だが、今は問診の時だ。ここで欲は出さない。
妙な動きをして不審がられてはどうしようもない。

夜帳は、いつものように事務的に薬剤師の仕事に励むことにした。
人とのコミュニケーションは苦手だが、仕事に関する話であれば事務的にこなせるので気は楽である。

「傷は癒えているようですが、痛みはありますか?」

そう夜帳が訊くと「…………いえ」と哉太は答えた。
夜帳は腹部を強く押して確認すると「ぅ……ぐっ」と哉太が苦しそうな声を漏らす。

「これは問診なのですから、強がりは不要です。まだ痛みはあるようですね」
「……少しだけ」

強がりを見抜かれ、哉太は素直に傷を認める。
夜帳は淡々と自前の医療箱から処方薬を取り出し、輪ゴムでまとめて哉太に渡した。

「それでは痛み止めを出しておきます。異能による回復もプロセスが分からない以上感染症のリスクもある。念のため抗生物質も処方しておきましょう。
 状況が状況ですので難しいかもしれませんが、出来る限り空腹時は避けて服用してください」

バイオハザードの真っただ中で感染症のリスクと言うのも笑えない話だが、診断としては的確だろう。
ここで毒殺してやろうなどと言う欲は出さず、完全に薬剤師の仕事に努めていた。

「それでは。お大事に」

事務的にそう言って診断を締めくくる。
夜帳としては事務的に務めた言葉だが、周囲からすれば誠実さのように映る不思議な言葉だった。

丁度哉太の診察が終わったタイミングで、リビングの扉が開かれる音がした。
休憩していた誰かが目を覚まして、リビングにやってきたようだ。

「あれ、えっと」

最初に目を覚ましたのはひなたのようだ。
扉を開いたところに見慣れない顔があることに扉を開いた体制のまま僅かに戸惑っていた。
戸惑うひなたにはすみが対応する。

「おはようひなたさん。よく眠れた?」
「え、ええ。おかげ様で。おはようございます、はすみさん。八柳くんも。それで、こちらの方は…………?」
「紹介するわ。こちら薬剤師の月影夜帳さん。ひなたちゃんも顔くらいは知ってるんじゃない?」
「ああ……そう言われれば」

言われて見れば見覚えのある顔だった。
あまり印象には残っていないが、こんな人が診療所に居た気もする。

「烏宿ひなたです。よろしくお願いします」
「どうも。月影です」

礼儀よく頭を下げるひなたに夜帳は不愛想のまま軽く会釈を返した。
何処か鋭い目つきのまま、ひなたの体をまじまじと見つめる。

「烏宿さん。体中に傷があるようですが」
「ああ、これですか」

夜帳はひなたの全身にある熱傷を確認する。

「今ちょうど月影さんに診てもらっている所なの~、ひなたさんも診て貰ったら~?」

はすみがそう提案した。
自力で応急処置はしているが、確かに専門家がいるのなら診てもらった方がいいのは確かだ。
ひなとしてはよく知らない男性に体を診られるのは乗り気ではないが、はすみが身元を保証している以上疑うのも失礼だ。

「それでは、お願いします」
「じゃあ、俺はアニカの所に行ってます」

女性の診察が始まると言う事で気を使ってか、哉太はリビングを出て見張りしているアニカの所に向かって行った。
先ほどまで診察を受けていた哉太と入れ替わりにひなたが夜帳の正面に座った。

夜帳はひなたの診察を始めた。
熱傷の程度を評価するため、まずは傷口を注意深く観察する。
簡単な手当てはしているようだが、皮膚表面には赤みがあり、水ぶくれが見られる。
だが、幸いにも深刻な状態ではなさそうである。

「意識や呼吸も正常。熱傷は軽度のようですね。傷の具合はどうですか? 痛みはありますか?」
「まあ多少は、けど傷を負ったのは地震の直後くらいなので、今はそんなにですけどね」

強がるでもなく素直に答える。
袖をまくって詳しく傷を診ると、皮膚は所々焼けるように黒ずんでいた。
これは感電による熱傷に見られる特徴である。

「感電でもしたように見えますが、熱傷の原因は何ですか?」
「原因ですか……? えっと、ちょっと雷を浴びる機会がありまして…………ハハッ」

そう言ってひなたは誤魔化すように笑う。
これは暴走した恵子によって負わされた傷である。
それを正直に告げるのは色々な意味で少々躊躇われた。

「雷? 大地震の後で?」

だが問診の体で夜帳は疑問を掘り下げる。
もしかしたら異能を把握するヒントを得られるかもしれない、と考えての事だ。
ひなたが返答を答えあぐねている所で、再びリビングの扉が開く音がした。

「ひなたさん…………ここですか?」

おずおずと開いた扉の隙間からリビングを覗き込んだのは恵子だった。
ひなたを探してリビングを彷徨う視線が、知らない男の存在を確認した所で完全に固まった。

「あ、恵子ちゃん」

男性恐怖症の気がある恵子が知らない男がいる事に固まっているのだろう。
あわててはすみが執成そうとしたところで、様子がおかしいことに気づいた。

恵子はまるで石にでもなかったかのように完全に固まっていた。
男性に怯えた反応だとしても、幾らなんでも過剰すぎる。

「ああ。すいません。私の異能のせいでしょう」

リビングの奥から声を上げたのは夜帳だった。

「私に恐怖を感じた人間の動きを止める、と言うモノのようです」

そう自らの異能の詳細を告白した。
それは真実であり、嘘である。
これは閻魔から奪った閻魔の異能だ。

「そうなんですね。だったら異能を解除してもらってもいいですか?」
「それがどうにも私の意思でオンオフできるようなものではないようで」
「常時発動型(パッシブスキル)と言う事ですか。少々面倒ですね」

そうなると、この異能は男性恐怖症の恵子とは相性最悪だ。
同室に居させることすら危うい。

「注射を撃つときなんかには便利そうですけどね~」
「薬剤師って注射OK何でしたっけ?」
「人手が足りない感染症予防のワクチン接種に薬剤師も駆り出されましたからね。
 その経験が異能に反映されたのかもしれません」

などと適当な事を並び立てる。
こうして閻魔の異能を隠れ蓑にして吸血鬼の異能は秘匿されたままとなった。

「う~ん。後で恵子ちゃんも診てほしかったけど、この様子じゃ難しそうね~」

はすみの異能で傷は癒えたとはいえ、骨折を伴う重傷だった。
念のため診てもらった方がいいと思ったのだが、この調子では難しそうである。

「私が恵子ちゃんを奥につれていくから、二人は診察を続けてね~」

はすみが固まった恵子をよいしょと担ぎ上げ、奥の部屋へと運んでゆく。
なんだか彫像でも運んでいるようだった。

「さて、中断してしまいましたが、問診を再開しましょうか」
「え、ええ」

二人きりになったところで問診が再開される。
はすみとしてはあまり説明したくない話だが。
夜帳が胸襟を開いて自らの異能を明かした以上、黙っておくのも不誠実だ。

「実は……雷っていうのは恵子ちゃんの異能で、たまたま私も同じ電撃を使う異能なんですが」
「なるほど。電撃の異能ですか」
「あっ。事故みたいなもので、恵子ちゃんは悪くはないんですけど」
「わかってますよ」

慌てて言い繕うひなたに落ち着いた様子で応える。
夜帳からすれば疑似餌で鯛が釣れたようなものだ。中々の釣果だ。

「電撃による熱傷ですか。患部を冷水で洗浄したい所ですが、水道も止まっているようですし消毒だけしておきましょう。
 軽い炎症が見られるので性抗炎症薬も処方しておきます」

言いながらを薬剤師は消毒剤を用いて熱傷を消毒してゆく。
消毒剤の匂いリビングに漂い、消毒の瞬間は傷口が少しチクリとしたが、ひなたは我慢して治療を受け続けた。
一通りの治療を終え。夜帳は清潔なガーゼで傷口を覆い、包帯で固定して行き、最後に一言。

「お大事に」

そうやって治療を終えたところで、恵子を運んでいったはすみがリビングに戻ってきた。

「あ、はすみさん。恵子ちゃん。どうでした?」
「寝室まで運んで落ち着いたところで動けるようにはなったんだけど~、後でひなたさんが行ってあげた方がいいかも~」
「そうですね。ついでにそろそろ勝子さんも起こした方がいいですかね?」

そんな会話をしているところに、リビングの外からドタドタと言う慌ただしい足音が近づいてきた。
リビングの扉を開き飛び込んできたのはアニカと見張りをしていたはずの哉太だった。
哉太が慌てた様子で声を上げて叫ぶ。

「表に、馬が…………馬が走ってます!」

その知らせに首を傾げながらも、リビングにいた全員が慌てて外に飛び出した。
そこにあった光景は言葉の通り、悠然と村を走る馬の姿だった。
その姿を見たはすみが叫ぶ。

「う、うさぎ~ぃ!?」

馬の背には彼女の実妹が騎乗していた。
妹に乗馬経験など無いはずだが、まるで体の一部の様に見事な乗馬技術である。
だが、そんな感心をしている場合ではない。

大まかにコチラに向かってはいるが、このままでは通り過ぎる勢いだ。
はすみは慌てて玄関から飛び出し小さく跳躍を繰り返しながら両手を振って猛然と駆け抜ける馬を制止する。

「お~~い!! 止まって~~ぇ!!」
「ッ!? お姉ちゃんッ!?」

姉の存在にうさぎが気付いた。
その意をくんだ馬が自主的に方向を変え、はすみたちの直前までやってくると綺麗に静止する。
体を屈めた馬の上からうさぎが飛び降りると、姉妹がひしっと抱き合った。

「無事でよかった…………!」
「うん。お姉ちゃんも」

地震によって引き裂かれてしまった姉妹の再会だった。
互いの無事を心より喜び合う。

だが、その喜びも一瞬。
すぐさまうさぎの表情は真剣な物へと変わり、縋るように叫ぶ。

「お姉ちゃん。お願い! 助けて!」

うさぎが届けたのは再会という幸運だけではなく、事態を直下に急転させる報せであった。

「私のお友達が、特殊部隊と戦ってるの!」


早馬によって届けられた救援要請によって事態は一変した。

うさぎを迎えた計8名、全員が集められた応接間は緊張感に包まれていた。
叩き起こされた勝子に、恵子の後ろに隠れているがひなたも臨席している。
ひなたは視線を落とし、なるべく哉太と夜帳を見ないよう努めているようだった。

緊急会議の議題は「特殊部隊に襲われているうさぎの友人の救出」について。

特殊部隊。
このバイオハザードにおけるジョーカー。
全てをなかった事にするべく送り込まれた、生存者たちにとって最強にして最大の障害である。

生き残りを目指すのならば避けて通るべき相手だが。
生き残りを目指すのならば避けて通れない相手でもある。
元より特殊部隊員への対策は話し合う予定であったが、うさぎの齎した火急の知らせによりその予定が前倒しになった。

「四の五の言ってる場合じゃございませんことよ! すぐに助けに向かいましょう!」

うさぎからの説明を受け、高らかに第一声を上げたのはノブレスオブリージュの精神を持つお嬢様、金田一勝子であった。
この極限状況においても、助けを求める人間がいるのなら助けるという当たり前の善性はこの場の人間からは失われてはいない。

「待ってください」

だが、これに待ったをかける声があった。
その場の全員の視線が発言者へと向けられる。
そこに居るのは先ほど合流した男。夜帳だ。
視線晒されることに慣れていないのか、夜帳は僅かに怯んだものの主張を続ける。

「…………いえ。救援に向かうこと自体は私も反対はしません。
 ですが、救援に向かうという事は、特殊部隊と戦うという事ですよ?」
「もちろん。覚悟の上です」

覚悟のこもった声で哉太が即答する。
どれだけ強大な相手であろうとも戦う覚悟なら出来ている。
これには勝子も縦ロールを揺らして大きく頷いた。

「あなたたちに覚悟が出来ていても全員がそうではないでしょう。
 少なくとも私は無理だ。私だけじゃなくこの中にだって戦いに向いていない人間もいるでしょう」

そう言って、夜帳はひなたの肩越しに様子を伺っていた恵子に視線を向けた。
その視線に大きくビクリと肩を震わせ、動きを止めた。

戦いに慣れている人間ばかりではない。
異能はどうあれ、恵子のように根本的に戦闘に向いていない人間はいる。

「厳しいこと言うようですが、彼女が戦えるとは思えません、一緒に行っても足を引っ張るだけでしょう」
「それに関しては月影さんに同意します。全員で行くのには私も反対」

ひなたも夜帳の意見に同意する。
戦闘は数が多いほうが有利なのは確かだが、それはあくまで全員が戦力として計算できる兵士の理論だ。
居るだけで足手まといとなる者はどうしようもなく存在する。
足手まといを連れて行くのも無駄に死者を増やすだけだ。

「もちろん…………理解しています」

それは哉太とて理解している。
だからと言って見捨てる訳にはいない。

「まさか、一人で向かおうってわけじゃないでしょうね」
「それはダメですわよ!」

異常事態だらけのこの村でも頭抜けた危険地帯に向かおうと言うのだ、一人で行くのは無謀すぎる。
死にに行くわけではない、助けに行くのだ。ならば出来うる限り戦力は欲しい。
そうなると結論は決まっていた。

「なら、Teamを分けるしかないわね」

アニカのこの提案に異論を挟む者はいなかった。
救援に向かうチームととこの場に残っての防衛を行うチームに部隊を分ける。
問題はどうチームを分けるかだ。

「救援は急いだほうがいいでしょう。なるべく足が速い人がいいんじゃないですか?」
「足って言うならうさぎの乗ってた馬があるじゃない、というかあの馬は何~?」
「えっと、私が召喚したウマミちゃんです」
「召喚? つまりそれがウサギのPSIという事かしら?」

少し散らかり始めた議論を夜帳がまとめる。

「それでは、こうしましょう。その馬に乗れるだけの精鋭を送りこむ。その他はここで待機して帰りを待つ。これでどうでしょう?」

送り込むのは少数精鋭。
兵は拙速を尊ぶ。馬の脚なら迅速に現場に向かえるだろう。

「けど、ウマミちゃんに乗れるのは、かなり無理しても私とあと2人までだと思いますけど…………」

馬の背に乗せられるのは馬体重の1/4までとされている。
この場には極端な肥満がいるわけではなく、むしろ小柄な女子ばかりという事もあり、無理をすれば3人は乗れるだろう。
それでも騎手であるうさぎを含めれば2名まで、と言うことになるが。

「いや、うさぎちゃん。君はここに残った方がいい」
「えっ…………けどッ!」

ここで待っていろと言われても納得など出来ない。
自分を逃がしてくれた友達が戦っているのに、自分だけ安全な場所で待っているだけなんてできるはずもない。

「いや、私もそうすべきだと思う」
「…………お姉ちゃん」
「うさぎ、あなたが行ったところで足手まといになるだけよ」

実の姉が厳しい言葉を投げかけた。
友人が心配なのは理解できる。何もせず待っているのは辛いだろう。

だが、これから向かうのは確実に戦闘が行われる最大級の危険地帯。
自己防衛すらできない人間が行ったところで足を引っ張るだけである。
悔しいだろうが、うさぎは戦力にならない。
本当に助けたいのならここで待機して、貴重な席を空け渡すのが一番の貢献だろう。

「だからうさぎちゃん教えてくれ。現場はどこだ?」

哉太に問われる。
その答えを告げると言う事は自らがここに残り救出を託すと言う意思表示に他ならない。
うさぎは自らの我侭をぐっと呑み込み、その答えを告げた。

「……諒吾くんの家です」
「諒吾くんの? そうか……」

哉太が村から出ていくまでは仲良くしていた友人だ。
友人の家が荒らされていると言うのは業腹だが、これなら案内はなくとも正確な場所は分かる。
道案内は不要だ。うさぎが危険地帯に舞い戻る必要はない。

「わかった。俺は行く。俺と一緒に戦ってくれる気があるのなら名乗り出てくれ」

哉太がその場の全員に呼びかけた。
特殊部隊と戦う覚悟のある同志を募る。

「オッホッホ! もちろん私も行きますわよッ!!」

高らかな笑い声と共に名乗りを上げたのは金髪お嬢様、金田一勝子だった。

「そもそも哉太さん。あなた乗馬は出来まして?」
「い、いや」
「私は出来ましてよぉ。乗馬はお嬢様の嗜みでしてよぉ、オッホッホッホ!」

うさぎをこの場に残すのなら、代わりの御者が必要となる。
乗馬の心得があり、あの怪物気喪杉とも渡り合った勝子であれば戦力としても申し分ない。
勝子の参戦は必須であろう。

席はあと一つ。
残った人員の中で戦力として強力なのはひなただろう。
猟師(またぎ)としての覚悟、銃を扱う技術、異能も戦闘向きだ。

だが、ひなたは恵子を放ってはおけない。
相性の悪い夜帳が残ると言うこの場に恵子を残して行くのは心配が残る。
恵子の精神的ケアを考えれば間を取り持つひなたは残った方がいい。
かと言って恵子を共に戦場に連れて行くなんて選択肢もないだろう。

ひなたが残らずとも、人当たりのいい犬山姉妹がいればめったなことはないだろうが。
恵子の近くにいてあげたいと、ひなた自身がそう思っている。
故に、ひなたは手を上げず静観することに決めた。

はすみの異能もサポート能力と言う意味では役に立つだろう。
だが、ようやく再会できた姉妹から離れるのも気が引ける。

そうなると最後の席は埋まらず。
最悪、哉太と勝子の2人で死地に向かう事になる事も覚悟しようか、と言う所で。

「I can't help it.私が同行するわ。相棒(パートナー)としてね」

最後の1席にアニカが名乗りを上げた。

「いいのか? 確実に戦いになるんだぞ?」
「of course! 私が役に立たないとでも?」
「まさか。頼りにしてるさ相棒」

直接的な戦闘力はなくとも集団戦であればアニカの頭脳や機転は大いに役に立つだろう。
それに関しては哉太も大いに信頼を置いている。

こうして、救援部隊は八柳哉太、金田一勝子、天宝寺アニカの3名に決定した。
決まるが早いか救援部隊とうさぎは表に飛び出した。
御者である勝子を先頭に、アニカ、哉太と3名が大人しく待っていた馬へと乗り込む。

「どうかっ……。鈴菜さんと和幸さんをどうかお願いします……!」
「ああ、うさぎちゃんの友達は必ず助ける。だから待っていてくれ!」
「任されましてよ!!」

全員がしっかりと馬上に乗り込んだことを確認し、勝子が馬へと出発の合図を出す。
3人を乗せた馬が走りだした。

「あっ。それと、ウマミちゃんは7時になったら帰っちゃうから、お気を付けて!!」
「え!? 帰りますの!? どういう事ですのぉーーー!?」

勝子の叫びが馬影と共に遠く朝日に消えていく。
僅かに遅れて出てきた一同が、一様に心配そうな表情でその姿を見送った。
残された者に出来るのは無事を祈る事だけだろう。

だが、その中でただ一人、内心でほくそ笑む者がいた。
集団の内に潜伏する吸血鬼、月影夜帳。
これは彼にとって実に都合のいい展開だった。

花園に潜む異物、哉太と言う邪魔者は去った。残ったのは女性だけである。
そうなるよう議論の方向を持っていたのは夜帳だが、そうせずとも流れ的にそうなっただろう。
獲物も二人減ったが、一人増えたのだから悪くない状況である。

とは言え自己申告の通り、夜帳は喧嘩が得意と言う訳ではない。
残ったのが女だけとは言え、流石に異能者4人相手にするのは厳しいだろう。
出来るのなら混乱に乗じて一人ずつ。犯行がばれなければなおよい。

そのためにはあと一押し。
何か大きな混乱があれば、その混乱に乗じて動けるのだが。
救援部隊が戻ってくるまでに、何かひと騒動起きないだろうか?

【D-4/袴田邸/一日目・朝】

犬山 はすみ
[状態]:異能理解済、疲労(小)、異能使用による衰弱(中)、ストレス(小)
[道具]:救急箱、胃薬
[方針]
基本.うさぎを守りたい。
1.アニカたちの帰りを待つ
2.生存者を探す。

犬山 うさぎ
[状態]:蛇再召喚不可(早朝時間帯限定)
[道具]:ヘルメット、御守、ロシア製のマカノフ(残弾なし)
[方針]
基本.少しでも多くの人を助けたい
1.鈴菜と和幸、哉太たちの無事を祈る

烏宿 ひなた
[状態]:感電による全身の熱傷(軽度・手当て済)、肩の咬み傷(手当て済)、疲労(小)、精神疲労(中)
[道具]:夏の山歩きの服装、リュックサック(野外活動用の物資入り)、ライフル銃(0/5)
[方針]
基本.出来れば、女王感染者も殺さずに救う道を選びたい。異能者の身体を調べれば……。
1.防衛隊として恵子たちを守護る。
2.生きている人を探す。出来れば先生やししょーとも合流したい。
3.VHという状況にワクワクしている自覚があるが、表には出せない。
4.……お母さん、待っててね。

字蔵 恵子
[状態]:ダメージ(小)、下半身の傷(小)、疲労(小)、精神疲労(小)
[道具]:夏の山歩きの服装
[方針]
基本.生きて、幸せになる。
1.ひなたさんについていく。
2.ここにいる皆が、無事でよかった。

月影 夜帳
[状態]:異能理解済、ストレス(小)
[道具]:医療道具の入ったカバン、双眼鏡
[方針]
基本.この災害から生きて帰る。
1.混乱に乗じて誰かの血を吸いたい。
2.和義の情報を得て、少女の誰かの血液を吸う
3.和義を探しリンを取り戻して、リンの血を吸い尽くす
[備考]
※吸血により木更津閻魔の異能『威圧』を獲得しました。
※哉太、ひなた、恵子の異能を把握しました。


野生の世界に生きる動物たちにとって、嗅覚は命を繋ぐ重要な生命線である。
嗅覚の優れた動物と言えば真っ先に思い浮かぶのは犬だろう。
人間にとって身近な存在であり、人間の1万倍とも言われる驚異的な嗅覚力で知られている。
しかし、犬よりも嗅覚に優れた動物が野生の世界には数多く存在していた。

その一種が熊であり、犬の実に8倍の嗅覚を持つとされている。
一説によれば、獲物の匂いを30キロメートル以上先から嗅ぎ取ることができた、なんて話もあるくらいだ。

山折村に生息するヒグマ、独眼熊は、その嗅覚を駆使して村内の状況を把握していた。
人里では雑多な臭いに紛れて、状況を詳細に把握することは困難だったが、標的の周辺の匂いだけは見逃さないよう注意を払っていた。

そんな独眼熊の嗅覚が捉えたことがある。
それは、ヒナタサンとケイコチャンの群れに異変が起きたことだった。

山でも嗅いだことのない、人間と混じったような奇妙な臭いのする動物が高速で群れに接触したかと思うと。
その後いくらかあって、何名かの匂いが謎の動物と共に離れて行った。
群れの分断が起きたのだ。

集団は独眼熊にとって厄介な存在であった。
山に生息する野犬や猿のように集団で狩りを行う動物に対して、独眼熊は苦戦を強いられたことがある。
集団の厄介さは身に染みており、群れの数が減ったことは狩りの好機である事を理解していた。

しかし、独眼熊は今回、その好機を逃すことになる。
『猟師』に敗れたことから、『猟師』として敵を仕留め、相手の尊厳を破壊することに執着していた。
まだ彼女らと対峙するには『猟師』としての練度が足りていない。

人間的な思考が生じたからこその拘りと言う余分によって生まれた悪意に満ちた目標。
この執着がなければ、独眼熊はすぐに狩りに向かっていただろう。
熊が知能を得たことは驚異的なことであるが、今回ばかりは獲物にとって幸運だったのかもしれない。

しかし、状況に動きがあった以上、無視はできなかった。
何より体の奥底から湧き上がるような奇妙な焦燥感が独眼熊を襲っている。
それは本能の奥底でナニカがざわついている気配だった。
熊の鋭い嗅覚により齎された情報が宿敵の匂いが強くなったとナニカに運命的な予感を与える。

だが、嗅覚だけでは状況を完全に把握することはできない。
ならばどうするか。

独眼熊は戦略的思考を働かせ、直接的な偵察が必要だと結論づけた。
狩りに置いて現状を把握することは重要であり、野生の世界でも偵察を行う動物は存在する。
百獣の王と呼ばれるライオンでさえ、狩りの前に狩場を偵察することがある。

なにより、今の独眼熊には偵察にちょうどいい手足がある。
分身の試運転を兼ねて、偵察を送り込むのも悪くない。
その結果次第だが、宿敵たる存在がいるのであれば本体が出向くこともあるだろう。

独眼熊はそんな決意のもと、状況を把握するための偵察を開始した。
その行動は、野生の獣としての本能と、人間並みの知能を持つ独特の戦略性が交じり合ったものであった。
それらの要素が絡み合い新たな戦いの火種を生もうとしていた。

【D-3/とある一軒家・跡地/1日目・朝】

【独眼熊】
[状態]:『巣くうもの』寄生、『巣くうもの』による自我侵食、知能上昇中、烏宿ひなたと字蔵恵子への憎悪(極大)、人間への憎悪(絶大)、異形化、痛覚喪失、分身が1体存在
[道具]:ブローニング・オート5(5/5)、予備弾多数、リュックサック、懐中電灯×2
[方針]
基本.人間を狩る
1.ヒナタサンとケイコチャンの群れに分身を偵察として送り込む。偵察結果に応じて動く。
2.『猟師』として人間を狩り、喰らう。
3.正常感染者の脳を喰らい、異能を取り込む。取り込んだ異能は解析する。
4."ひなた"と"けいこ"はいずれ『猟師』として必ず仕留める。
5."山暮らしのメス"(クマカイ)と入れ違いになった人間を狩るか、石牢に逃げ込んだ人間二匹と豚一匹を狙うか(どちらかは、後続の書き手さんに任せます)
6.神楽春姫と隠山(いぬやま)一族は必ず滅ぼす。
7.空気感染、特殊部隊……か。
[備考]
※『巣くうもの』に寄生され、異能『肉体変化』を取得しました。
※正常感染者の脳を捕食することで異能を取り込めるようになりました。
ワニ吉と気喪杉禿夫の脳を取り込み、『ワニワニパニック』、『身体強化』を取得しました。
※知能が上昇し、人間とほぼ同じことができるようになりました。
※分身に独眼熊の異能は反映されていませんが、『巣くうもの』が異能を完全に掌握した場合、反映される可能性があります。
※銃が使えるようになりました。
※烏宿ひなたを猟師として認識しました。
※『巣くうもの』が独眼熊の記憶を読み取り放送を把握しました。


地震によって凸凹になった地面を踏みしめ、一頭の馬が駆け抜ける。
多少の荒れ地をものともしない力強い足取りは、この馬がかなりの名馬であることを示していた。
そんな名馬の背に連なるように乗っているのは三人の男女だ。

「少々乱暴な運転になりましてよ!!」

先頭に座る御者の少女が高らかに叫ぶ。
地震の余波で道路に出来た亀裂を減速することなく軽快に跳び越えた。
その飛躍はまるで鳥のように鮮やかな物である。

バランスを崩さぬよう勝子が馬の首筋をしっかりと押さえつけるように掴みこむ。
やや力技なところもあるが見事な乗馬技術である。
愚鈍なゾンビなどついて来れようもない。
単純な移動速度のみならず、ゾンビを回避できると言う意味でも時間短縮となっていた。

「すぺぺぺぺぺ」
「アガガガガガ」

だが、後方の搭乗者たちにとっては快適ともいかない。
鞍も手綱もない状態では激しい揺れに対するクッションもなく、その振動が搭乗者たちの身体にダイレクトに伝わっていた。
後方の同乗者は落ちないように必死に騎手にしがみ付くことしかできなかった。

「道はこっちでよろしいんですの!?」
「あ、ああ、こここのままま道なりに北上してくべっ!」

哉太が振動に舌を噛みそうになりながら答える。
道案内が出来るのは家を知っている哉太だけだ、答えないわけにもいかない。

だが、哉太にとっても山折村は数年ぶりの故郷。
近年の開発によって風景は変わり、ましてや地震によって地形が変わっている。
勝手知ったる友の家への道のりとは言え、間違いのないよう馬上で揺られながら注意深く周囲を見渡す。

「ッ!? 止まってくれ!」
「ほ!?」
「きゃ!?」

突然、哉太が叫んだ。
反射的に御者である勝子が急ブレーキをかけると慣性によってアニカの体が馬上から落下しかける。

「わ、ぅおっと…………ッ!」

その体をギリギリで哉太が掴んで引き上げた。

「んもう! なんなんですのぉ!?」
「悪い! 少しあっちの方に寄ってくれ! 一刻を争う事態だというのは、わかっている!
 けど、これから特殊部隊と戦おうというのなら必ずプラスになる!!」

そう言いながら哉太が東の方を指差した。
勝子が眼を細めると、そこには朝日に紛れた人影があった。

「つまりは、あそこの人達と合流したいと言う事ですの!? 誰なんですのぉ!?」
「俺よりも強い姉弟子だ!」
「姉弟子? つまりMs.チャコがいるの!?」

八柳流の姉弟子にして免許皆伝の達人。
これから強敵と戦おうというこの状況に置いて、これ以上ない助っ人だ。

「negotiationは任せるわよ!」
「ああ、時間はかけない!」
「そう言う事なら、向かいますわよ! みなさま重心を傾けあそばせ!」

足による合図と重心操作により、馬の進行方向を操作する。
進路を東へ。人影に向かって加速させた。

「茶子姉!」
「哉くん……」

人影の前まで辿り着いたところで、馬の停止を待たず哉太が馬上から飛び降りた。
安堵とも驚愕ともとれない表情で少年を出迎えた女は、静かに少年の名を呟いた。

「って。その傷はどうしたんだよ茶子姉!?」
「これは……ちょっと不覚を取ってね」

慌てて駆け寄る弟弟子から、そっと恥を隠すように身を小さくする。
そこでようやく、哉太は茶子の体の陰に子供が隠れている事に気づいた。

「その子は?」
「……この子はリンちゃんよ。今は私が…………保護している」

どうにも歯切れが悪い返答だった。
突然馬に乗って現れた闖入者を不思議そうに見つめながらリンが問う。

「ねぇ。チャコおねえちゃん。この人達だぁれ?」
「このお兄ちゃんは八柳哉太くんって言う私の弟分で、えっと……」

紹介しようとして言葉に詰まる、馬上の同行者二人は茶子の知らない顔だった。
その戸惑いを察したのか、馬上の二人が自ら名乗りを上げる。

「私は天宝寺アニカよ」
「金田一勝子ですぅわ~ぁ!!」

オッホッホと勝子が高らかに笑う。
だが呑気に自己紹介をしている場合ではない。
哉太が用件を切り出す。

「茶子姉。俺達はこれから特殊部隊と戦っている仲間を助けに行く。一緒に来てくれ!」

駆け引きも何もない端的な要求をぶつける。
だが、既に信頼関係のある二人にとってはこれだけ十分だ。

「哉くん。けど……今は」
「茶子姉…………?」

十分だったはずなのだが、どうにも茶子の反応は悪い。
怪我のせいだろうか、どこか元気もないように見える。

不安そうに顔を曇らす茶子を安心させるようにリンが手を握りしめる。
茶子はそれで安心するでもなく、僅かに体を強張らせた。

「んもぅ! どうしますの? ウダウダやってる時間はございませんことよ!?」

馬上の勝子が決断を急かす。
ただですら時間のない中での寄り道なのだ。
即決で終わると言うから来たのに、これ以上時間をかけてはいられない。

茶子が煮え切らない態度なのは哉太としても予想外だった。
哉太の知る茶子であれば、この手の誘いに一も二もなく飛びついたはずである。
何か事情があって断るにしても、竹を割ったような性格で即決するはずだ。
だからこそ時間のない中で足運んだのだが。

「no problem. それならその子の面倒は私が見るわ」

そう言ってアニカが馬上から飛び降りた。
小さな音を立てて着地すると、堂々とした態度で長い金の髪をかき上げた。

「アニカ?」
「Ms.チャコ。あなたの懸念はこの子の安全をどうするか、と言う事でしょう?
 なら、私がこの子を保護してハスミたちの所に戻ればproblem is cleared。そうでしょう?」

茶子がリンを気にしているのは態度からして明らかだ。
ならばその懸念を取っ払ってやればいい。

「けど戻るって、アニカ……」
「そんな顔しなくていいわ。より強い人間が向かうのが正しいsituationだもの」

是より向かうのは確実な地獄が待つ戦場である。
より強い戦力が加入するのならそちらを選ぶが正当だ。

「それに何にせよ、全員は乗れないんだから、誰かが残る必要はあったのよ」
「……うっ、そう言えば、そうだな。失念してた」

敬愛する姉弟子との合流できそうなこと喜び、すっかり人数制限については頭から飛んでいた。
女子供が中心と言え流石に5人乗るは無理だろう。
当初の予定通り説得が完了しても誰かが下りる必要はあったのだ。
そんな事、ここに向かった時点でアニカは最初から理解していた。

「なんと言うか…………悪い」
「I don't mind.悪いと思うのなら、必ず生きて帰ってきなさい」

哉太に叱咤の言葉を送って、アニカは茶子へと向き直る。

「Ms.チャコ。これで問題ないわよね?」
「え、ええ。ありがとう……」
「あなたにも聞きたい話が幾つかあるわ。カナタと一緒に戻ってきなさい。その時に話を聞かせてもらうわ」

茶子には研究所関係者である疑いがある。
その事について問いただしたいところだが、今は緊急事態。
話を聞くのは全てが終わって事態が落ち着いてからだ。

「ええっ! チャコおねえちゃん行っちゃうの!?」
「ごめんねリンちゃん。必ず迎えに行くから…………お願い。今はアニカちゃんと一緒に行っててくれる?」

視線を合わせて頭を撫で、懇願する様に頼み込む。
リンは拗ねるように口を尖らせぶー垂れるが。

「分かったよぅ……けど、早く戻ってきてね」

そう意見を聞き入れた。
リンは聞き分けのいい素直な子供である。
だからこそ直視できない辛さがあるのだが。

その眩しさから眼を逸らすように茶子が馬上に乗り込んだ。
哉太も改めて最後尾に乗り、その姿をアニカとリン、幼い二人が見送る。

「必ず戻る。待っててくれ」
「Yeah.先に戻って当初の予定通り、推理を初めておくわ」
「さあ、とっとと参りますわよぉ!」

勝子が馬の腹を蹴りだすと、3名の精鋭を乗せた馬が走り始めた。
あっという間に遠く、小さくなってゆく背を見送り、アニカは視線を自身よりも小さな少女へと向ける。

頷きはしたものの名残惜しそうに見えなくなった背を見送り続け、リンはその場から動かなかった。
仕方ないと言った風にアニカはリンの小さな手を取って、先導するように歩き出す。

「それじゃあ行くわよ。Miss.リン」
「…………うん」

リンは後ろ髪を引かれながらもトボトボと歩き始めた。

【C-4/道/一日目・朝】

天宝寺 アニカ
[状態]:異能理解済、疲労(大)、精神疲労(小)
[道具]:催涙スプレー(半分消費)、スタンガン、八柳哉太のスマートフォン、斜め掛けショルダーバッグ、包帯(異能による最大強化)
[方針]
基本.このZombie panicを解決してみせるわ!
1.ハスミたちの所に戻りましょう。
2.Ms.チャコが地下研究施設について何かを知ってるかもしれないわね。
3.私のスマホどこ?
[備考]
※他の感染者も異能が目覚めたのではないかと考えています。
※虎尾茶子が地下研究施設について何らかの情報を持っているのではないかと推理しました
※異能により最大強化された包帯によって、全身の傷が治りつつあります。

【リン】
[状態]:健康、虎尾茶子への依存と庇護欲
[道具]:なし
[方針]
基本.チャコおねえちゃんのそばにいる。
1.とりあえずアニカおねえちゃんについて行く。
2.チャコおねえちゃんの帰りを待つ。
[備考]
※リンは異能を無自覚に発動しています。
※異能によって虎尾茶子に庇護欲を植え付けられました。


小さな少女が仲良く手を繋いで歩いてゆく。
白百合の咲き乱れる美しき花園の如き尊き光景である。
そんな秘密の花園を、物陰に身を隠しながら遠くから見つめる影があった。

「ハァ……ハァ……リンちゃん」

息を荒げるのは小太りの中年男性だ。
リンと無理心中を目的とする変質者、宇野和義である。
彼はずっと身を隠しながらリンたちを付け狙っていた。

茶子とてリンを狙う変質者の存在を忘れていた訳ではない。
普段であればこのような判断ミスはしなかっただろう。

過去の自分と同じような境遇にあるリンを見捨てられない。
だが、同時にリンは茶子にとって目を背けたい過去の亡霊である。

武道を極めし心は鋼。ヤクザや特殊部隊であろうとも恐れはしない。
だが、心の柔らかい部分に触れる存在だけは直視する事すらできなかった。

リンを見捨てられず、かといって直視もできず。
逃げ出したいという弱さと、逃げ出さないと言う強さの矛盾。
そんな茶子の葛藤は彼女の精神を追いつめ疲弊させた。

故に、アニカの提案は茶子にとって正しく渡りに船であった。

信頼のできる相手にリンを預け、リンの安全を確保した上でリンから離れられる。
一時的とはいえリンから離れていい理由が与えられた。
この矛盾を解決する都合のいい言い訳に縋るように飛びついてしまった。

リンを付け狙う宇野の存在を忘れていた訳ではないが。
すぐに仲間と合流できると言う話であれば大丈夫だろうと、都合のいい希望的観測でその問題を見送った。
普段の茶子であれば絶対にしない判断である。

宇野からすれば、彼女たちにどのような事情がありどのようなやり取りがあったかなど知る由もないしどうでもいい。
重要なのは、最大の邪魔者である茶子は去り、代わりの守護者は小さな子供であると言う事だ。
これはリンを取り戻す絶好の機会である。

幼女二人の後をつける不審者は興奮を抑えられない様子で息を荒げた。
連続婦女監禁殺人犯、宇野和義は必死に口元を抑えながら静かに動き始めた。

【C-4/高級住宅街近くの草原/一日目・朝】

宇野 和義
[状態]:顎に裂傷
[道具]:なし
[方針]
基本.リンを監禁し、二人でタイムリミットまでの時間を過ごし、一緒に死ぬ。
1.絶対にリンを取り戻す。


「大丈夫か茶子姉? 調子悪そうだけど」

馬上で揺られながら、いつもと違う様子の姉弟子を心配そうに哉太が見つめる。
振り落とされないよう、片腕で馬体にしがみついている茶子の体を背後から支えた。

「そうだ、痛み止め、あるんだ。いる?」

哉太はそう言ってポケットから夜帳からもらった薬を取り出し、茶子へと差し出す。
しかし、茶子は断るように首を振る。
彼女を苦しめているのは体の痛みではなかった。

「……大丈夫。大丈夫だよ哉くん。すぐに調子取り戻すから。少しだけ放っておいて」

茶子は馬上で目を閉じ深呼吸を行い精神を集中させる。
少なくとも今は精神的負荷の元から一時的にだが解放された状態だ。
いつまでも引きずってはいられない。精神を切り替えるべきだ。

万全でなければ是より向かう死地には如何に茶子とて対応できまい。
肉体はともかく、すぐにでも精神は引き戻しておかねば命に係わる。

「こっちであってますの?」
「あ、ああ。もうすぐだ」

決戦は近い。
救出の成否にかかわらず、死闘は避けられないだろう。
哉太も茶子ばかりを気にかけている場合ではない。
闘争にむけ静かに集中を高め精神を研ぎ澄ましていく。

(んん? なんですの……?)

2人が黙りこくった所で、御者である勝子が何かに気づいたのか僅かに目を細めた。
遠くから、何かが物凄い速度でこちらに向かって接近してくる。
それがゾンビではない、なにか異様な人影であると気づいた瞬間、勝子が集中を打ち破る甲高い声で叫んだ。

「なんかこっち来ますわよぉ!!?」

【C-4/道/一日目・朝】

金田一 勝子
[状態]:疲労(小)、全身にダメージ(大)
[道具]:スマートフォン、金属バット
[方針]
基本.基本的に女王感染者については眉唾だと思っているため保留。他の脱出を望む。
1.特殊部隊に襲われている人達をお助けしますわ。
3.能力のこと、大分分かってきましたわ。
4.先程の白豚といい、ロクでもねぇ村ですわ。
5.生きて帰ったら絶対この村ダムの底に沈めますわ。

虎尾 茶子
[状態]:安堵、左肩損傷(処置済み)、左太腿からの出血(処置済み)、失血(中)、■■への憎悪(絶大)
[道具]:木刀、双眼鏡、ナップザック、長ドス、サバイバルナイフ、爆竹×6、ジッポライター、医療道具、コンパス、缶詰各種、飲料水、腕時計
[方針]
基本.協力者を集め、事態を収束させる
1.今はリンから離れて、哉太の手助けをする。
2.極一部の人間以外には殺害を前提とした対処をする。
3.有用な人物は保護する。
4.未来人類研究所の関係者(特に浅野雅)には警戒。
5.■■は必ず殺す。最低でも死を確認する。
[備考]
※自分の異能にはまだ気づいていません。
※未来人類研究所関係者です。

八柳 哉太
[状態]:異能理解済、全身にダメージ(小・再生中)、臓器損傷(小・再生中)、疲労(大)、精神疲労(中)、山折圭介に対する複雑な感情
[道具]:脇差(異能による強化&怪異/異形特攻・中)、打刀(異能による強化&怪異/異形特攻・中)、双眼鏡、痛み止め、抗生物質
[方針]
基本.生存者を助けつつ、事態解決に動く
1.湯川邸へと向かいうさぎの友人を助けに向かう。
2.救援が終わったらアニカの元に戻って推理を手伝う。
3.ゾンビ化した住民はできる限り殺したくない。
4.爺ちゃんが虐殺なんてしてるわけないだろ! ないよな……?
5.圭ちゃん……。


「これは奇怪な」

藤次郎は、広大な草原に立っていた。
風はどこか冷たく、荒廃した大地は老人の心の様に乾いているように見える。
藤次郎は村の古道を疾駆する馬の姿を垣間見た。

その馬は、麗しき鹿毛に身を包み、まことに見事な風貌であった。
村に於いては到底あり得ぬ存在であり、まさしく優雅な幻影のように彩られている。

かの山中にヒグマが出没せしめ猟友会を騒然とさせた、なる噂は藤次郎の耳にも届いていた。
だが、野生の馬が存在するなどいう話は、この村で生まれ育った老人の耳にもとんと入ったことがない。

だが、あり得ざる名馬の存在よりも、それ以上に藤次郎の心臓を跳ねさせる物があった。
それは馬上に跨る人影の存在だ。
それが何者であるか確認できた瞬間、藤次郎は驚愕に目を見開き、同時に心躍らせ口端を吊り上げた。
彼の胸には驚きと期待が入り混じり、言葉を奪われた。

その馬の背には3つの人影があった。
先頭では見知らぬハイカラな服装の女性が馬を操っており、彼女の存在は藤次郎には見知らぬものだった。
しかし、その後ろに乗るもう2人の姿が誰であるかなど見紛うはずもない。

一人は血の繋がりのある愛孫であり、愛弟子でもある八柳哉太。
もう一人は若い女の身でありながら免許皆伝を与えられ天才、虎尾茶子である。
他ならぬ藤次郎がその才に比類無きと称した比翼の愛弟子である。

哉太をこの穢れ果てた悪村の凄惨なる清算に、巻き込みたくはなかった。
それは紛れもない藤次郎の本音である。
この村から離れ、都会で誠実に健やかに暮らしてほしいと心から願っていた。

だが、既に賽は投げられ、運命の車輪は回り始めていた。
妻子を斬り捨てた今、何を躊躇うことがあろうか。
哉太の帰省がこの時期に重なったこともまた運命なのだろう。
運命ならば受け入れねばならない。

茶子は己を恨んでいよう。
山折村の秘密を守護るために、藤次郎は彼女を贄として捧げた。
それは正当な恨みだ。恨みを晴らす権利が茶子にはある。

殺されてやるつもりなど毛頭ないが、来ると言うのなら受けて立つのが務めだ。
晴らしたくば晴らすが良い。
その力があるのなら。

「―――――――ハッ!」

口から零れたるは喜びにも似た歓喜の笑みか、あるいは自嘲の笑みか。
年甲斐もなく若者のように弾むような足取りで駆ける。

血沸き肉躍るとはこのことか。
村の因習に対する憎悪とは異なる、熱き激情が全身を巡る。

向かい風が彼の体を吹き抜ける中、彼は手に握る刀を見つめた。
起こり得る運命の予感が心を満たしている。

どれだけ鍛えようとも老化による肉体の衰えから逃れられない。
技だけは磨き続けているが、これもまた血の滲むような狂気の果てに達した境地である。
己が才に恵まれていると思ったことは一度たりともない。
若くして達人の域に届かんとする2人は遠く及ばぬ小石のような才だろう。
通常であれば、そんな天才二人を相手取って勝てるはずもない。

だが、今の藤次郎の肉体は全盛期を超え、魔境の域に達していた。
精神は嘗てない程充実し、直感も過去最高の鋭さを持って冴え渡っている。
己がこれほど強くないことは藤次郎自身が誰よりも理解していた。

この力の充実は異能によって得た物だろう。
だが、この穢れた村を殲滅せしめるためならば、異能であろうとも使えるものは使うべきだ。
技においては天賦の才を持つ二人だが、まだ精神は未熟である。
この力を持ってすれば、十分に勝機はある。

鬼に逢うては鬼を斬る。
馬に逢うては馬を斬る。
孫に逢うては孫を斬るまで。

己が野望を止める者がいるのなら、それはこの二人を置いて他になし。
彼らが共にいるというのは、果たしてその選択が正しかったのか、と運命が問いかけているようにも思える。
ならば、その答えが示されるのは、この一戦の果てに。

【C-4/草原/一日目・朝】

八柳 藤次郎
[状態]:健康、スーツ姿
[道具]:藤次郎の刀、ザック(手鏡、着火剤付マッチ、食料、熊鈴複数、寝袋、テグス糸、マスク、くくり罠)、小型ザック(ロープ、非常食、水、医療品)、ウエストポーチ(ナイフ、予備の弾丸)
[方針]
基本.:山折村にいる全ての者を殺す。生存者を斬り、ゾンビも斬る。自分も斬る。
1.馬を追い斬る。
2.小田巻真理を警戒。

079.友の家を訪ねる 投下順で読む 081.忸怩沈殿槽
時系列順で読む
過去の亡霊 虎尾 茶子 山折村血風録・窮
リン 愛しの■■へ
宇野 和義
情操ネゴシエーション 天宝寺 アニカ
八柳 哉太 山折村血風録・窮
犬山 はすみ 化け物屋敷
月影 夜帳
ロイコクロリディウムの器 独眼熊
友の家を訪ねる 犬山 うさぎ
朝が来る 字蔵 恵子
烏宿 ひなた
金田一 勝子 山折村血風録・窮
山折村血風録・破 八柳 藤次郎

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最終更新:2023年07月14日 16:56