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咲夜1

最終更新:

orz1414

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■咲夜1


「咲夜さん!オレを第二のメイド長にしてください!」  

1スレ目 >>38

───────────────────────────────────────────────────────────

咲夜さんに
「あなたの微乳は最高です!!」
って言って告白


命の保障はできないけど('A`)  

1スレ目 >>179

───────────────────────────────────────────────────────────

    「失礼します」
     そう言って俺は目の前の重厚な扉を開けた。
     扉の向こうは真紅の部屋。
     中央に置かれた豪奢な椅子の肘掛に頬杖をつき、薮睨みの視線で僕を縫い止めているのがこの館の、そして俺達使用人の主であるスカーレット御嬢様だ。
     白磁よりも白い肌と、紅玉よりも紅い瞳。
     すらりとした切れ長の眉は意志の強さを如実に表わしている。
     眉を通り、整った目鼻立ちの下にある柔らかそうな唇から覗くのは、明らかに人外の種である証の牙。
     外見の幼さからは想像もつかない強烈な威圧感と、魔性の者のみが持ち得る傾国の美貌。
     俺如き脆弱な人間風情には、濫りに近付く事さえ許されない――――俺がそんな錯覚を覚えるのに、十二分にしてお釣りが来る程の魅力を、スカーレット御嬢様は備えていた。
    「何をしているの。さっさと入りなさい」
     不機嫌さを隠そうともしない声で、萎縮してしまった僕を呼びつける御嬢様。
     視認出切るほどの不機嫌オーラを纏う御嬢様に近付くのは、はっきり言って泣きたくなるくらい怖い。
     俺は、使用人魂で恐怖をねじ伏せ歩を進めた。
     それと同時に、僕は何故御嬢様の御部屋に呼ばれたのか考えていた。
     俺の仕事は基本的に雑用や外回りの警備ばかりで、御嬢様の身の回りのお世話に直接関わるような機会は無い。
     仕事では大きな失敗もしていないし、呼びつけられる様な原因が思いつかない。
     しかし、それでも俺は外勤組の中では格段に御嬢様と出会う人間らしい。
     一日に三度は廊下で擦れ違ったり視線が合ったりすると仲間内で話したら、皆一様に驚いていた。
     曰く、外勤は一週間に一度御嬢様をお目にかかれたら上出来、なのだそうだ。
     もしかしたら、その辺りが今回呼ばれた原因なのかもしれない。
     余りにも顔を合わせる回数が多いから、サボってるんじゃないかと思われてたりして。
     内心で首を捻る俺に、御嬢様は言い放った。
    「単刀直入に聞くわ。貴方、咲夜に何をしたの」
     心臓が跳ね上がった。口から飛び出たかと思った。
     十六夜咲夜さん。
     ここ紅魔館の使用人と侍女の頂点に立ち、人知を超越した能力を持つ、文字通り完全で瀟洒なメイド長。
     御嬢様が紅魔館の象徴であれば、咲夜さんは紅魔館の中枢と言ってもいい。
    「……い、いえ。特にこれといって何かをしたという記憶はありませんが」
     俺の短い人生の中でも最大の集中力と精神力を振り絞り、可能な限りの平静を装って俺は答えた。
     誰よりも御嬢様に忠節を誓う咲夜さんだけど、まさか咲夜さんてばあんな事まで御嬢様に言うのか。
     俺は一週間前の出来事を思い出していた。
     今、俺が咲夜さんと聞いて思い出すのはそれしかない。
     一週間前――――咲夜さんに告白して、思いっきりフラれた事を。
     勿論、OKなんてもらえるとは思っていなかった。
     ただ、咲夜さんに自分の想いを知ってもらえればと、それだけが望みの告白だった。
     この気持ちは、好きというより、むしろ憧れに近いものだったのだろう。崇敬と言い換えてもいいかもしれない、そんな一方通行の想いだった。
     それでも返答が『そう……それじゃ』だけでくるりと踵を返して去ってしまったのは流石に多少傷付きもしたけれど。
     ダメでもせめてもう少しリアクションが欲しかった。
     高望みだとか無謀だとか言いつつも撃沈した俺に同僚達が奢ってくれた酒は少ししょっぱい味がした。
      兎に角、あれ以来咲夜さんとは全く顔を合わせていない。
     むしろ避けられているような風潮さえある。本当にちらりとも姿を見ないのだ。
     現に、今だって普段は御嬢様の御付である筈の咲夜さんなのに、どこにも姿が見当たらない。
     気が滅入りそうになるが、これはどう考えても嫌われてしまったと見るのが妥当なんだろう。
     …………やばい、また涙が出そうになってきた。耐えろ俺。
     だけど、よくよく考えてみると何もしていないというのは間違いじゃないのだ。
     咲夜さんからしてみれば、俺はどうでもいい人間なのだから。自分で言うのも悲しいが、告白なんてされようが関係ないのだし。
     そんな俺の発言に、しかし御嬢様は苛立たしそうに席から立ち上がると目にも止まらぬ速さで俺の眼前へと移動し、
    「てぃ」
    「ぅぁ痛゛ぁっ!!?」
     デコピンを頂戴してしまった。
     あまりの痛さに頭が割れたかと思った。
    「お゛お゛お゛お゛お゛……」
     そのまま御嬢様の前である事も忘れもんどり打って転げまわる俺。
     鼻息を荒げ腕を組みながら御嬢様が言う。
    「この私に嘘とはいい度胸ね。貴方が咲夜に何かけしかけたのはお見通しなのよ!」
    「ええっ!?」
    「私の能力を知らないの? いいわ、特別に貴方にも見えるようにしてあげる」
     ぱちん、と御嬢様が指打ちをすると、俺の視界が一瞬、真っ赤に染まり――――
     気付くと、俺の腕といい首といい脚といい、身体中のありとあらゆる部分から、細長い糸が張り巡らされていた。
     糸は部屋の壁をつきぬけ、思い思いの方角へと一直線に伸びている。
     太さや色は様々で、緑、青、白、黄、紅、茶、黒、そして、
    「……この糸だけ、やたら太っといですね。あの御嬢様、これは一体……?」
    「俗に言う『運命の糸』って奴よ。貴方と周囲の人間のエニシを可視化したの」
     成る程。これは確かに、運命を操る御嬢様にしか出来ない業だ。改めて御嬢様の力の一角を見せ付けられ、俺は感嘆した。
    「視覚化ついでにちょっと手品を加えておいたわ。貴方、ちょっとその糸引っ張ってみなさい」
    「え?はい」
     俺は言われた通りに手首から出ている紅い糸、いやもう綱と言っていいようなそれを引いてみた。
     部屋の窓際、紅色のカーテンの向こうに繋がっていた綱がぴんと張り、その次の瞬間。
    「きゃっ!」
     小さな悲鳴と共にカーテンの裏側から転げそうになって飛び出てきたのは、俺と同じく手首に綱を結わえた咲夜さんだった。
    「あ……」
    「う……」
     何故そんな場所に隠れていたのか。
     この糸の太さは何なのか。
     そんな疑問を吹き飛ばして瞬時に蘇る一週間前の記憶。
     赤熱化する頬が分かる。
     対する咲夜さんはと言うと、一週間前と同じくあっという間に背を向けてこちらを見てもくれない。
     呆然とする俺に、御嬢様が御不満ここに極まれリといった声で、とんでもない発言をしてくれた。
    「この一週間、咲夜ったら酷かったんだから。掃除は手につかない、料理は失敗する、ぼーっとして私の言葉さえ聞き逃し、あまつさえこの咲夜が、咲夜がよ? まさか寝坊をするなんて思っても見なかったわ」
    「おっ、御嬢様!」
     その時、俺ははっきり見てしまったのだ。
     反射的に振り返ってしまった咲夜さんの、あの氷のように澄んだ咲夜さんの綺麗な横顔が、真っ赤に染まってしまっているのを。
     それって、つまり――――
    「咲夜さん、俺の事を嫌って避けてたんじゃなくて……」
    「…………から」
    「え?」
    「ど、どんな顔をして貴方と会えばいいのか分からなかったから……」
     この時、俺は初めて知った。
     人間、理解能力の限界値を超えると意識が飛ぶって事を。
     薄暗くなっていく視界の中、俺は慌てて俺の方に駆け寄る咲夜さんの姿を見たような気がした。

1スレ目 >>199-202

───────────────────────────────────────────────────────────

湖の真ん中に位置する紅魔館――そこのある一室に俺は倒れていた。
無論、誰かに倒されたと言うわけではない。ここで働いて数ヶ月、俺の身体の
一時的な限界が訪れていたというだけだ。
「あのメイド長…人を散々こき使いやがって…」
何故かここで働く羽目になっており、俺は有給やら昼寝やら休日やら
そんな物が無いという、ある意味では地獄のような職場で働いている。
制服貸与と書かれていたが、それもよりにもよって始めはメイド服だったから
性質が悪い。今は執事用の服という物を着せられているが、当初はそれも埃を被っていた。
「…休日なしだからなぁ」
今日も警備やら図書整理の手伝いやら、タダ働きの割に合わない事をしないとならない。
そう、そのはずだったんだ。
「あら、今日はどうしたのかしら」
いつの間にか俺の部屋の中に、諸悪の根源が居た。
ベッドから起き上がらない俺を見て、メイド長――十六夜咲夜は不審そうな目で見ている。
「…誰かさんの忙しい予定のせいで、ちょいと身体を壊しただけですが?」
その言葉をたっぷりと皮肉をこめて返す。
「そう、それじゃあ」
起き上がって館内の警備に行きなさい、とでも言われるのかと思い言葉に耳を傾ける。
「今日は少し休んでいなさい」
……何ですと?
あの鬼のようなメイド長が休め?普通、メイド長が言う筈無いよな。
…もしかしたら夢かもしれない、いや、もしかしたらこのメイド長はニセモノか?
「何をそんなにじっと見てるのかしら?」
「…や、なんでもない」
この言う言葉に殺気を込めるやり方。間違いなく本物のメイド長だ。
「…ここで寝てなさい」
そう言って、メイド長は俺の部屋から出て行った。




「待たせたわね」
戻ってきたメイド長はいつものメイド長だった。
さっきとの唯一の違いは手にお盆と料理らしきものを持っていることくらいか。
「…で、何のつもりっすか?」
「せっかく人が厨房を借りて病人食を作ってきたんだけど、いらないのかしら?」
「………いりますよ。そりゃ」
館の中でもしかしたらこの人は最強かもしれない。
紅魔館の全てを統べるメイド長、十六夜咲夜。…なんか強そうだ。
「お嬢様にも言って許可貰ったからから、今日は休みなさい。この館のほとんど居ない男手なんだから」
「…りょーかい。で、その料理は食べられるんだろうな?」
嬉しい事は嬉しいんだが、万が一にも毒なんて盛られていたら、泣くに泣けない。
いやその前に亡くなってしまうこと確実だ、俺は妖怪じゃないんだから。
「…毒なんて盛ってないから安心しなさい」
「何で俺の考えてる事が!?」
「その間抜けな顔を見たら誰でも気付くわ」
そこまで分かりやすい顔してたのか…
メイド長からそのお盆ごと受け取り、レンゲを手に取る。
「見ての通り、お粥だけどね」
「病人食なら普通だろ?」
レンゲでまだ熱々の粥をすくい、すぐさま口に運ぶ。
作法とかなんてこの際関係ない。ただ我武者羅に食べ続ける。
「どうかしら?」
「…さすがメイド長だと思うぜ。普通に美味い」
「そう、なら良かった」
心の底からホッとしたように、メイド長は安堵の息を吐く。
…その表情を、妙に可愛く見えた自分がいた。



夜になった。
いつもは夜になっても図書整理が終わらずに篭っているはずなんだが、
今日は休めといわれて、ずっと横になっている。
昼間に門番や図書館の館長やら司書やらが来て、見舞いをしてくれたから
暇は潰れたが、今は何も無い。
「暇だ…」
と言った所で何が変わるわけでもない。それにしてもいつも俺を玩具にして遊んでいる
お嬢様が休みをくれた事が意外だった。メイド長が言ってくれたからか?
「入るわよ」
と言いながら既に入っているメイド長。
また粥を持ってきたらしい。飽きない味とは、ああいうものだろうな。
「…晩飯か?」
「えぇ、同じものになるけど、病人食だから仕方ないわよね」
「…ありがたく頂く」
俺がお椀を取ろうとすると、それをメイド長はお預けをするような形で持ち上げた。
その手はむなしく空を切って硬直する。
「もう少しくらい休みなさい。最初で最後の奉仕活動くらいはしてあげるから」
そう言って、レンゲで俺の代わりに粥をすくう。
「ほら、あーんして」
…そう来たか。
「…あんたは――」
「あら、恥ずかしいのかしら? 普段はもう少し素直なくせに」
「…分かったよ。 ったく、どういう神経してんだアンタは」
結局、俺の方が折れて口を開ける。素早く中にレンゲが入る。
正直言って、恥ずかしさのあまり味覚が麻痺したのか味は分からなかった。
「…あんた、いい嫁になれるぜ」
わざわざそっぽを向いて、ぶっきらぼうに言う。…無意味に恥ずかしいだけだが。
それにしても彼女――咲夜は子育てとか得意そうだ。それにあれくらい飯が美味ければ
申し分ない。
「そうね。あなたはお嫁に貰ってくれるかしら?」
「…はっ、あんたみたいな美人なら喜んで、だな」
まぁ、咲夜の事は嫌いじゃない…むしろ好きな部類に入る。
仕事に対して厳しいというか何というか、そこがネックだがそういうところも割と気に入っている。
「それじゃ、これにサインして」
と、一枚の紙を差し出した。
「…ってオイ! これ婚姻届だろうが!」
そんなものが幻想郷にもあることが驚きだ。
いや、もしかしてこういう隔離された場所だからこそあるのか?
「あんたの事は確かに好きだけどさ、もっと、こう…人を選んだらどうだ?」
「色々知っている人間を比べた上で、あなたに当たったのよ」
そりゃ嬉しい事で…。
と冗談で返せれば良かったんだが、咲夜の目は…本気だった。



結構長い時間、俺は黙っていた。今までの事を振り返りながら決断をしようとしていたのだ。
問題を先送りにするような事はしたくないし、答えは早く出すべきだから。
「…ま、あんたの事は嫌いじゃねえよ」
むしろ嫌いになんてなれるか。
「そう、なの」
「…安心しな。結婚しねえって言ってるわけじゃねえって」
「え?」
「アレだ。こう言うときは俺の方から言わせてもらった方が嬉しいんだけどな…」
まさか、先に言われるとは思ってなかったし
「あー…っと、メイド長…もとい、咲夜。あんたの事、結構好きだぜ?
俺にとっての嫌いじゃないと好きってのはイコールなんだ。だからさ、こき使われるのはヤだけど
俺は…あんたが好きだ」
「本…当?」
それだけ言い終わると、咲夜は口元を押さえて涙を流していた。
「…結婚、するか?」
「…えぇ」
俺は、彼女と共に永遠を誓う口付けをした。

1スレ目 >>848

───────────────────────────────────────────────────────────

「貴方、今まで相手した中で最低ね。試験を受けようと考えた事自体が間違いだわ」
・・・そうして彼は紅魔舘から暇を頂く事になった。要するにクビである。

きっかけは舘内の知らせで、『昇格試験の案内』という張り紙を見て目をとめたのが始まりだった。紅魔舘に就職し、メイド長の十六夜咲夜に一目惚れした彼は「試験監督‐十六夜咲夜」の項目に惹かれて即座に申し込んだ訳だが・・・。
結果は惨敗。いきなり戦闘力のテストをされて何も出来ずにダウン。余りの不甲斐無さにメイド長直々に解雇を言い渡される事となったのである。

里へ帰る途中、彼の中では変化が起こっていた。
自分の至らなさを恥じる心は他人への責任転嫁に。
一方的な憧れは一方的な憎しみへ。
メイド長の目に止まる事がなかった男は、里へ帰る事なくいずこかへ消えていった。

それから数年、紅魔舘に紅白や白黒以外の侵入者がいるという話が持ち上がる。

曰く、侵入者は投げナイフを得意とするらしい。
曰く、侵入者は門番に気付かれずに中へ入る事ができるらしい。
曰く、侵入者は一瞬で別の所へ移動できるらしい。
曰く、侵入者は毎月一度忍び込むらしい。

これだけの特徴を兼ね備えた人物を、紅魔舘では知らない者がいなかった。
しかしその人物はメイド長。侵入者を撃退する役目を持つ人である。
「咲夜。最近舘内に貴方のドッペルゲンガーが出没するって噂ね?」
深夜のティータイムに、レミリアが咲夜に半分からかい口調で話し掛ける。半分は真面目であることを察した咲夜は黙って頷いた。
「面白そうだけど、咲夜の問題みたいだしね。そうそう。・・・・私はもう寝るから、館の見回りをお願いね。今夜は「2人」が見回りするでしょうから、早く終わるでしょう」
そう言ってレミリアは寝室へと姿を消す。瀟洒な従者は主の意図をつかんだらしく、館内の見回りへと出かけて行った。

館内を一通り見回ったところで図書館へと向かう。しかしここにも異常はなかったため、残すは時計台のみとなった。扉を開けると柔らかな月光が降り注ぐ。
「そういえば、昨日は満月だったわね」
そう呟いた咲夜に、暗がりから声が帰ってくる。
「今夜は十六夜・・・と言うそうですね。満月の輝きには及ばないとされているが、充分に眩しく、そして美しい」
「それは月だけかしら?」
「いえいえ、どちらの十六夜も私には満月より輝いて見える」
「それは間違いね。満月より輝く月など存在しないわ」
言葉だけなら月下の語らい―――しかしその実は殺気の応酬である。
「眼鏡もかけているのですけどね。度が合わないのかな?」
「それは元から治すしかないわね。尤も、ここで倒されるから治しようがないけど」
「何、これで私には良いのですよ。治すにしてもこの後図書館でも行って調べます」
2人はどちらともなく距離をとりはじめ、ナイフを抜き合う。
「呆れるほど大した自信ね。なら――――」
「そのような瑣末な事より、今は――――」
「返り討ちにされるといいわ、黒き賊!」
「貴方を倒したいのですよ、瀟洒な従者!」
―――――そうして、十六夜の月の下、2つの影が交差した。
3本同時投擲からの接敵、離れる時の目くらましに投げた内1本のみ相手の急所を狙う、1本だけと思わせて同じ軌道で2本目を投げる・・・ナイフの応酬は互角だった。いや、その戦いは余りに・・・・・互角すぎたのである。
「どういうこと・・・?まるで鏡に映したようにナイフが飛んでくる。お嬢様の言っていた冗談もこれなら本気にしてしまうわね・・・ならこれを使わせてもらうわ」

――――幻世「ザ・ワールド」

世界が凍る。咲夜は今、時を止めた。紅魔舘メイド長の能力にして奥義である。
もちろん相手は微動だにしない。この世界で動けるのは咲夜を除いてはいないのだ。
「チェックメイトね、侵入者さん。中々面白い戦い方だったわ」
急所に向かって的確にナイフを投擲する。後は世界を開放すればお終いだ。自分と同じナイフ術には興味があったが、明日の予定を考えるとそれを詮索するのも手間に思えた。

・・・・男が立ち上がってくるまでは。

「・・・なぜ?急所に当たって倒れないなんて、貴方人間?」
自分の必殺パターンを崩されてか、咲夜は苛立ちを隠さずに男に問い掛ける。その様を見て男は満足そうに、不敵な笑みを浮かべて答えた。
「いいえ?どこにでもいる無様で「最低」な人間ですよ。ただ、ちょっと誤魔化すのが上手いだけです。・・・・防護魔法ってご存知ですか?狙ってくるのが確実に急所なら、そこだけを集中して防護すれば致命傷にはなりませんしね」
「・・・・ご高説感謝するわ。お代は地獄への片道切符で支払わせていただきますね」

――――幻符「殺人ドール」

急所のみをガードしているなら無差別・乱反射のナイフに対応できる道理はない。全方位からの攻撃に、男は―――

「ありがとう。それでこそ貴方は十六夜咲夜だ」

と呟き、避ける動作も見せず。悔しそうな表情も浮かべず。ただ、微笑んで全てのナイフをその身に受けた。
「え・・・?ちょ、ちょっと!?」
余りのあっけなさに咲夜は男に近寄る。先ほどまで頭にあった明日の予定より、今はこの男の不可解さが気になって仕方がなかったからだ。
「・・・どうしました、そんな不思議な顔をなさって」
致命傷を負っていても男の態度は変わらない。その一貫した態度に腹が立ち、咲夜は男を怒鳴りつける。
「不思議な顔にもなるわよ!戦った相手にこんな事言うのも変だけど、あの攻撃は避けられたはずでしょう!?」
                   ヘイスト プロテクション
「ああ、さっきまでの私ならね。・・・速度増加も防護魔法も時間切れですし、そうでもしなければ貴方と戦う事すらできない。いつぞやの様に一瞬で倒されてしまう事でしょう」
「貴方は、あの時の・・!」
自分の事を思い出してくれたのか、男は嬉しそうに、しかし弱った声で話を続ける。
「ああ、今は貴方の瞳に私が映っている。私を見る事すら面倒に感じられたあの時に比べて、今はなんと幸せなのだろう。ドアを開けて私の声に反応する時など、体の震えが止まりませんでした」
複雑な表情で咲夜は男に話かける。
「馬鹿ね・・・そこまでして私に復讐したかったの?」
「・・・冗談を。私は貴方に一目惚れしてしまったのですよ。エゴですが、愛してると言ってもいい。そこまで慕う相手の瞳に映らない、まして仕える事もできないのなら、一瞬でも長く、私を意識し、見続けてもらうよう生きただけです」
「・・・・」
「憧れ、慕い続けた貴方の技を使いたかった。修行をしている時も、貴方に近づいていくようで楽しい日々でしたよ・・・最初は復讐のためだったのですけどね、『自分の技で死ぬがいい』って」
咲夜は何も答えない。自分のした事を後悔しているのか、男の行動に呆れているのか、自分でもわからないのである。
「さて、そろそろお迎えのようです・・・最後にもう一度顔を見せてくださいませんか」
咲夜が男を見直すと、不意に男は体を起こし―――咲夜に口づけをした。
「!?」

「―――――時よ止まれ、・・・貴方は美しい」


そこで男の時は止まった。
名も告げない、相手にとって1日にも満たない男の恋は報われたのだろうか?
咲夜は次の日、何事もなかったように仕事を進めている。
ただ、その日紅魔舘のメイド達は昼休みにこんな会話を交わしていた。

「侵入者が退治されたみたいですね。昨夜メイド長が夜の見回りの時に倒したそうです」
「あ、私丁度早番で起きてきた時にメイド長とすれ違いましたよ。私初めて見たんですが、倒した侵入者を抱えてました」
「・・・いつもは片付け、私たちにやらせるのに。『メイド服が汚れるでしょ?』って言ってましたしね」
「珍しい事もあるんですね・・・。綺麗好きで有名なのにどうしたんでしょう?・・・あ、そろそろ休み時間も終わりですね」

それきり、男の話題が出てくる事は無かった。ここでそんな話は日常である。侵入者をメイド長が退治した、ただそれだけの話。

―――――――紅魔舘は今日も、概ね平和だった。

1スレ目 >>951-953

───────────────────────────────────────────────────────────

 声が響く。
 時と場を支配する、彼女の声が。
 「極意『デフレーションワールド』」
 時間が砕ける。
 空間が引き裂かれる。
 縮小する現在と過去。
 膨張する現在と未来。
 目くるめく螺旋の回廊を果てしなく。
 時は駆け上り、場は駆け下る。
 一切が同一であり、
 一切が無二であり、
 ただそこにあるのは、咲夜という少女の意思のみ。
 ならば、それを否定し弾劾し排斥する達意は何ぞ。
 唱えよう。
 我が、最高のスペルカード。
 おお主よ、今のみ黙示の時の先触れ告げること許したまえ。
 「極意『トゥ・メガ・セリオン』」
 獣が吼える。





 なぜ、よりにもよって人間であるこの僕にそんな役目が回ってきたのか。
 どう考えても不釣合いなその役目とは、レミリア様の護衛だった。
 紅魔館の厨房でゴーヤ入りカレーの製作に精を出していた僕は、なぜか咲夜さんに呼ばれて配置換えを言い渡された。
 「あなたは今日から、私と一緒にレミリア様の護衛をしてもらうわ。いいわね」
 「はあ」
 はあ、としか答えようがなかった。
 人選を間違えているとしか言いようがなかった。
 よりにもよってただの人間が、あの生粋の吸血鬼であるレミリア・スカーレット様をお守りいたしますですって?
 僕より強い妖怪なら、紅魔館に溢れている。
 門番の美鈴さんだって、この前森で怪異・お化けキノコに追いかけられていた僕を助けてくれた。
 それも弾幕でなく、ただの正拳一発で。
 「大丈夫でした? 森は危ないから一人で歩くのは駄目ですよ」
 そういって優しく助け起こしてくれた美鈴さんに、危うく惚れそうになったのは内緒だ。
 たとえ妖怪でも、女の子に男が助けられたなんて。
 嬉しいような、トラウマになりそうな。
 魔女パチュリーさんによると、人間にしか扱えない魔術や呪術はあるそうだけれども、そんなものにも僕は縁がない。
 せいぜい発火や発光の魔法がちょっと使えるくらいだ。
 「魔人にでもなれっていうんですか?」
 「ええ、そう。私の肩書きは『完全で瀟洒な従者』。あなたはそうね…………
 『異邦の魔人』でやっぱり結構ね。是非そうなってもらうわ」
 「ご冗談を」
 「残念ながら、本気」
 いつもと同じ、一部の隙もなくメイド服に身を包んだ咲夜さんの顔は、たしかに冗談を言っているようには見えなかった。
 「でも、見てのとおり僕はただの人間で……しかもこれといった魔術も体術もないんですけど」
 「心配ないわ。魔術はパチュリー様が、体術は私が教えるから。
 あなたには素質があるの。外から来たものだけが持つ幻想郷にない素質がね」
 咲夜さんに真剣にそう言われては、この昇進の機会に僕は頷かないわけにはいかなかった。
 「……分かりました。よろしくお願いします」
 「ええ、こちらこそ」
 咲夜さんが優雅にその右手を差し出したので、僕は軽く握手をした。
 けれども。
 咲夜さんがたとえ握手という形であれ、誰かに自分の体を触らせることなど滅多にないということに、
 僕はそのとき気づいていなかった。





 それから、僕の護衛としての訓練が始まった。
 もっとも海兵隊の訓練学校のような地獄の厳しさなどはなく、ただひたすら基礎の徹底と強化が繰り返された。
 朝は日の出とともに起床して朝食を摂り、湖の周辺をランニング。
 戻ってきたら筋トレを一式と、咲夜さんと体術の訓練。
 終わったら図書館に行ってパチュリーさんに魔術の講義を受け、午前中はそれで終了。
 昼食を食べ終わったら、今度は厨房に戻って夕食の仕込を行い、夕食の後は再び短い講義と軽い実技。
 多少の変更はあるけれども、それが大まかな流れだった。
 最初の二週間はさすがにきつかったけれども、人間の適応力はすごい。
 結果的に規則正しく健康的な生き方も手伝って、僕は徐々に護衛のスキルを身に着けつつあった。
 それにしてもすごいのは咲夜さんだ。
 朝も僕より先にいつも起きてきているし、講義とか体を休めているときもてきぱきと忙しく館の中を駆け回っているらしい。
 時間を止めて体力を回復させているとしても、その意志力は半端じゃないと思う。
 つくづく、尊敬に値する人だ。
 僕の方も咲夜さんに見習おうと、魔法の勉強に精を出した結果だろうか。
 「たいしたものね。この勢いならすぐにスペルカードだって取得できるわよ」
 パチュリーさんはそう言って誉めてくれた。
 僕はどうも魔術とは相性がよいらしくて、パチュリーさんの説明する魔法概念はわりと頭に入ってくれる。
 その日も、図書館の奥で僕はパチュリーさんに講義を受けていた。
 「いい? 魔法というものは個人個人で全く根幹から異なるものなの。使い手が自分の心の内をこの世界に投影した影響、それが魔法。
 心の中なんて二つと同じものはないでしょう? 心の純粋なカタチである魔法もそれと同じ。
 だから私は木火土金水と日と月を用いた精霊魔法を使うけれど、教わるあなたがそれと同じものを使う必要はないわ。
 個々で自分に最適の属性を選ぶ、それが練達の基礎なの。あなたは、自分の心が投影するものとして何を選ぶの?」
 「パチュリーさんと同じ精霊魔法じゃ駄目ですか? わりと実戦向きですけど」
 「いいえ、それはやめたほうがいいわ。私と同じ属性を選ぶと、既にアデプトである私に影響されて自分の属性が引きずられる。
 私を真似ようとして、本来私と違うはずのベクトルが私に無理やり傾いてしまう。それはあなたにとってよくないわ。
 何か別の―――そうね、あなたの元いた向こう側の知識をなぞったものがいいわ」
 「向こう側の――ですか」
 僕は立って、本棚に近づいた。
 莫大な量の書物が、暗くてよく見えない天井までひたすらに続いている。
 手に取ったそれが、目に付いたそれが、僕の属性だったら面白いかもな。
 まるで、運命が出会うように導いたかのように。
 僕は、とりあえず無作為に一冊の本を手に取った。
 終わりの方をめくってみる。

 ―ここに、知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。
  その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は六百六十六である―

 懐かしいな、学生時代に読んだことのあるヨハネ黙示録か。
 これを、僕の属性に選んだらどうなるだろうか。
 神に牙を剥く恐ろしい獣と悪魔たち。そして審判の時を告げるラッパを吹く天使たち。
 たしかに、ここ幻想郷にはない概念だ。
 よし、これを僕はスペルカードにしてみよう。
 僕の魔法の行き着く先は、そのとき決まった。





 「咲夜さん、それも僕が持ちますよ。重たいでしょ」
 「いいえ。その必要はないわ。これくらい平気よ」
 「でも…………」
 「自分は男だから、ということで気を遣う必要はないわ。私は従者だから、こういう仕事を受け持つのは当然よ。
 荷物を持ってもらうのはお嬢様のような方。私たち同士ではそんなにかしこまらなくてもいいわ」
 ある日、僕と咲夜さんは二人で買出しに出かけていた。
 石鹸や掃除用具など、日常品は紅魔館の中ではまかなうことはできない。こうして数週間に一度まとめて買出しに行く必要がある。
 お互いに両手がふさがるほどの荷物を抱えながら、紅魔館への道を歩いて帰っていく。
 飛んでいくこともできないこともないが、少々目立つ。
 僕は咲夜さんの分も持とうと言ったけれども、あっさりとかわされてしまった。
 親切心から言ったんだけどな。
 ……でも、たしかに咲夜さんはメイドだ。僕が荷物を持ってしまったら、それはメイドの仕事を奪うことになってしまうだろう。
 きちんと線引きができているところが、咲夜さんのえらいところだ。
 「でも、時間が余りましたね」
 「そうね。思ったよりも手早く済んだわ。……この格好じゃどこか休憩するのも難しいし…………」
 咲夜さんが首をかしげるのももっともだ。
 咲夜さんはいつものメイド服だし、僕は一応外出用にと執事の服を着ている。
 町では少々目立ってしょうがない。
 「なら、香霖堂へ行きませんか。あそこは色々品物だけはあって見ていて飽きませんよ」
 あの店は奇妙な店だけれども、幻想郷では見られない外の世界の品物を扱っているのだ。
 故郷が懐かしくなったときはよく行ったものだけれども、そういえばこのところトレーニングでごぶさたしている。
 「あそこ………。ちょっと、胡散臭い店なのよね」
 「いいじゃないですか。ただ見るだけですし」
 僕が熱心に勧めると、やがて半ば仕方なさそうに咲夜さんはうなずいてくれた。
 よし、善は急げだ。

 早速香霖堂へと足を運んで敷居をまたいだ僕たちだが、やっぱりその店はいつもどおりだった。
 誰もいない店内で、店主の霖之助さんだけがのんびり本を読んでいる。
 「こんにちは。少し見てますよ」
 「ああ、適当にどうぞ」
 と向こうは本から顔も上げはしない。この店、本当に商売する気がゼロだ。
 咲夜さんはちょっと呆れたような顔をしたけれども、意外とこまめに陳列棚の中を一つ一つチェックし始めた。
 僕も咲夜さんとは反対側の棚から見ていく。
 相変わらず節操なく色々なものがある。
 ビデオデッキの横にフランス人形。
 その上にはトランジスタラジオとチェスの駒が一式。でも肝心の盤がない。
 そうやってぼんやり見ているうちに、一つのものが目に留まった。
 懐中時計だ。
 古い作りのぜんまい式だけれども、デザインはシンプルかつ実に洗練されている。
 手にとって見ると、驚くほど軽い。
 蓋を開けて文字盤を見ても、うっすらとガラスが埃をかぶっているほかはまるで新品のようにきれいだ。
 こりゃ掘り出し物だな。
 「すみません、これいくらですか」
 僕は懐中時計を手に、店の奥にいる霖之助さんに声をかけた。
 「ああ、その懐中時計か。わりと安価かな」
 と霖之助さんは値段を告げた。
 一瞬聞き違えたのかと思ったほど、その値段は安いものだった。
 「そんなに安いんですか? だってこれかなり立派なものですよ」
 「ああ、そうだね。でもそれは幻想郷のものなんだ。製作者もはっきりしているし、用途と名称なんか当然知っている。
 僕は外から来た品物に興味があってね。あまりそれは興味がわかないんだ」
 自分の興味のあるなしで品物に値をつけるとは。
 誓ってもいい。
 絶対にこの店は繁盛しない。
 「じゃ、これ買います」
 「あら、個人で?」
 いつの間にか、隣に咲夜さんがいた。
 「ええ、無論。そうそう、それ、ちゃんと箱に入れて丁寧に梱包してくださいね」
 「はいはい、珍しいね。いつも君は包装を嫌がっていたのに」
 「…………まあ、心境の変化ですよ」
 とっさにそう答える。ちらりと横にいる咲夜さんを見たけれども、幸い気づいていないようだ。
 「よし、できたよ」
 とカウンターに置かれた小箱を取り、僕は財布からお金を払った。
 そして、そのまま。
 「はい、いつもトレーニングしてくださる感謝をこめて、咲夜さんに」
 隣に立つ咲夜さんに、そっと差し出した。
 「プレゼントです。受け取っていただけますか?」
 あっ、珍しい。
 心底驚いた顔の咲夜さんなんて、始めて見た。
 別に、これといった理由はない。
 ただ、自分のトレーニングにいつも付き合ってくれて、かつ色々と指導してくれる咲夜さんに何かお礼をしたかっただけだ。
 紅魔館にいては、なかなかそれはできない。
 ちょうど今、それがチャンスだと思ったのだ。
 「いかが…………でしょうか」
 さすがに沈黙が少し痛い。
 もしかして、懐中時計はお気に召さなかったかな。
 なんて思っていた頃、ようやく咲夜さんは僕の差し出した小箱を受け取ってくれた。
 「いいの…………?」
 「はい、気に入っていただけたら幸いです」
 にっこりと、咲夜さんは笑う。
 その笑顔が、胸に沁みた。
 「ありがとう。こんな言い方しかできないけれど、嬉しいわ」
 飾らない一言だったけれども、どんなお礼の言葉よりもそれは僕にとっても嬉しかった。

 結局、僕の方もまたプレゼントをもらってしまった。
 小さな銀色の十字架のペンダントだ。
 聖書神話の概念をスペルカードの基盤としている、と咲夜さんに以前言ったからだろう。
 「残念だけど、私は神を信じていないんだけどね」
 なんて言いながら。
 「僕だって、そんなに信心深くはないんですけどね」
 でもありがとうございます、と僕は大事に受け取った。
 僕たちのやり取りを見て、霖之助さんがニヤニヤ笑っていたのが気になるけど、気にしないようにしておこう。
 いくらなんでもプライベートという語くらいは知っているだろう。
 知らなかったら、文々。新聞に『香霖堂全焼!?』の記事が載るだけだけど。
 日が徐々に西に傾き始め、空が徐々に夕暮れの赤に染まっていく。
 ゆっくりと、僕たちはやっぱり二人で歩きながら紅魔館への家路を一歩一歩埋めていく。
 なんか、すごくほっとする時間が二人の間を流れていた。
 「でも、ありがとう。こんな風に形のある贈り物をもらうのって、本当に久しぶりだわ」
 隣の咲夜さんが、もう何度目だろうか、僕のあげた懐中時計の入った小箱を見ながら言う。
 「僕だってプレゼントをもらうのなんて久方ぶりですよ。ましてロザリオなんて」
 「ふふっ、あなたになんとなく似合いそうだったから」
 「もう気に入っています」
 早速僕はペンダントを首にかけていた。大きさも形も、目立たなくてちょうどいいくらいだ。
 大きすぎたら神父にされてしまう。
 「私も、大事に使わせてもらうわ」
 「そう言ってくれるとプレゼントした甲斐がありましたよ」
 よほど気に入ってくれたのだろう。
 感謝の気持ちって言うのは、ちゃんと形にするべきなんだと僕はつくづく感じた。
 「あなたも、だいぶ腕を上げたわ。鍛錬を続ければ、もうじき私の腕に並ぶでしょうね」
 ふと、咲夜さんは僕からも小箱からも視線をはずして、どこか遠くを見た。
 「そんな。まだまだ咲夜さんにはかないませんよ。実戦で相手してもらってもまだ一回も勝てていないんですよ」
 「今はね。でも、いずれあなたは私に勝つ。そうなれば、私から教えることはなくなるわ」
 「咲夜さん…………」
 なぜだろう。
 僕たちはそれを目指していたはずだった。
 でも、僕の訓練の終わりが近いことを告げた咲夜さんは、どこか寂しそうだった。
 そしてなぜだろう。
 僕も心のどこかで、何かを寂しく感じていた。
 その寂寞が、なぜ生まれたのかも分からないままに。





 「傷符『インスクライブレッドソウル』!」
 咲夜さんの両手に持ったナイフが凄まじい勢いで振られると同時に、僕の放った頁は尽く寸断されて散った。
 文字通りの紙ふぶきが紅魔館の庭に舞う。
 相手の動きを封じ、魔力を奪い、無力化せしめるはずの聖書を書写した頁が。
 ただのメイドの持つ、銀のナイフ二振りによって。
 空気さえも切り刻むそれは無数の真空を生み出し衝撃波となり、僕自身に襲い掛かってくる。
 「聖壁『巡礼の迷路』!」
 とっさにスペルカードを宣言と共に展開させる。
 周囲に無数の頁が現れ障壁を形成するが、それらも片っ端から切り刻まれて散っていく。
 何だよこの威力は。咲夜さんの実力ってどこまであるんだ?
 手持ちの頁の殆どが意味を成さない紙くずと散ったとき、既に咲夜さんの姿は目の前から消え、
 「はい、チェックメイトよ」
 すっと、僕の首筋に後ろからナイフが当てられた。
 「また同じ。こちらの攻撃に防御一辺倒。カウンターを狙う気がないの?」
 「…………すいません」
 時間を止めるメイドは、僕の後ろからひょっこりと姿を現した。
 軽くため息をついてから、ナイフをしまう。
 「そこさえ改善できれば、あなたはもっと強くなれるのに」
 厳しいけれども優しく、咲夜さんは少し居心地が悪い僕を見て告げる。
 最初は手も足も出なかった咲夜さんだけれども、最近ようやくまともに戦えるようになってきた。
 けれども実力差は見てのとおりだ。まだ一度も勝つことはできない。
 どんなにこちらが攻撃しても、一瞬で戦況はひっくり返される。
 あの時間を止める能力からは、森羅万象は逃れられない。
 「精進します…………」
 「でも腕はますます上がっている。それは事実よ。そのことは誇りに思って」
 「はい」
 「頑張って。――あなたには期待しているわ」
 「そうやって励ましてくれると、少しは自信が付きます。ありがとう」
 素直に例を言うと、少し咲夜さんは照れたみたいだ。
 「べ……別に…………。お嬢様をお守りするにはそれなりの力がないと困るから」
 何だか頬も赤くなったような気がするのは、ひいき目だろうか。
 「少し休みなさい。魔力の減少は即体調に出ないから無理しがちだけど、しっかりと休まないと後が大変よ」
 「分かりました。お疲れ様です」
 「ええ、またね」
 咲夜さんが紅魔館に戻っていくのを横目で見ながら、僕はとりあえず手近にある樹に背中をもたせ掛けて座り込んだ。
 後どれだけ、僕は強くなればいいんだろう。
 そして――――
 後どれだけ、僕は咲夜さんと共にいられるんだろう。
 だんだんと、僕は気づいてきた。
 このトレーニングを通して、僕は咲夜さんのことが好きになりつつある。
 あの一部の隙もない、まるで人形のような作り物めいた美しさ。
 触れることのできない、ショーウィンドーの向こうの宝石のような可憐さ。
 どこまでも、完全で勝者であり続けられる少女。
 気がつくと、僕は咲夜さんのことが好きになりつつあった。
 だから内心思っている。
 いつまでも、このトレーニングが続けばいいな、と。
 そうすれば、ずっと咲夜さんと共にいる理由がある。
 そうでもしなければ、忙しい咲夜さんのことだ。とても僕のような個人を構ってくれることなどないだろう。
 でも、それは勝手な願いだ。僕は強くなって、護衛の任に付かなければならない。
 ならば後、どれだけこんな満ち足りた時間が続くんだろう――――

 「お疲れ様です~」
 僕がぼんやり空を眺めていると、いきなりそんな声と共にひょいと覗き込まれた。
 「あ、美鈴さん」
 「えへへ~、ずっと見てましたよ。最近どんどん腕を上げてすごいなーって思ってました」
 門番の美鈴さんはにこにこしながら腰をかがめて僕に視線を合わせる。
 この人も妖怪らしからぬ人だ。美人だしスタイルもいいし、実は結構こまめで気が利く。
 そもそも、最初に行き倒れていた僕を森で拾ってくれたのもこの人だったよな。
 「どうしました?」
 尋ねた僕の目の前に差し出されたのは、急須に湯のみ、それに饅頭の乗った皿が置かれたお盆。
 「休憩するんでしょ。ご一緒にどうですか?」
 お茶に誘われて断る理由などない。
 「もちろんです。いやむしろご一緒させてください」
 「はい、じゃあ、お隣よろしいですか?」
 と美鈴さんは僕のとなりにちょこんと腰を下ろす。
 門番の業務はいいんだろうか。まあ、こんなのどかな日に紅魔館を強襲する敵なんかいないだろうけど。
 魔理沙も霊夢も今日は家でのんびりしているころだろう。
 急須から注がれたお茶は日本茶だった。
 「てっきり烏龍茶かジャスミンティーかと思っていましたよ」
 「ここに来てから覚えたんですよ。この方が受けがいいですし。あなたも日本人ですから紅茶とかよりいいかなって思って」
 一口口に含んでみると、爽やかな香りがいっぱいに広がる。
 「おいしいです。苦味も少ないし僕は好きですよ」
 「ありがとうございます。そう言っていただけると煎れた甲斐がありました」
 さっそく饅頭にぱくつきながらもごもごと笑う美鈴さん。
 僕もまた、遠慮なく皿に手を伸ばして饅頭をほお張ることにした。
 しばらく無言で味覚を楽しませているうちに、ひょいと美鈴さんがこっちを見た。
 「さっきの続きですけど、本当にあなたは強くなりましたよ。もう咲夜さんとかかなり焦っているくらい」
 「そんな。まだまだ余裕でしょ」
 「いいえ。私は咲夜さんと付き合いが長いから分かりますけど、咲夜さんって追い詰められても顔にも態度にも全然出さないです。
 だから、ほんの少しの雰囲気の違いで見分けるしかできないんですけど、私の目から見たらだいぶ焦ってましたよ。
 やっぱり思い入れがある人を育てるって大事なんですね。それだけ身を入れて教えられるからちゃんと育っているんですよ」
 うんうんと美鈴さんはうなずいている。思い入れ? どういう意味だそれ。
 「何ですかそれ? 僕はお嬢様の護衛を任じられたから、それに見合うようにトレーニングしてもらっているだけですけど?」
 妙なことを美鈴さんが言うと思って聞き返すと、逆に美鈴さんのほうが妙な顔をした。
 「お嬢様の護衛ですって? そんなものいりませんよ。全然そんな話私知りません」
 「ええ? 僕はてっきりみんな知っていると思って…………」
 「全く話題に上ることもないですよ。誰から聞いたんです、そんなガセネタ」
 足元に、突然穴が開いたかのような気がした。
 いったい、どういうことなんだ。
 なぜ、僕はこんなことをしていたんだろう。
 「ねえ、誰からなんです?」
 自分でもギクシャクしていると分かる動きで、美鈴さんの方を見る。
 「さ、咲夜さんからですけど…………」
 「ええええっッ!? ど、どうして咲夜さんそんなことを?
 だって、護衛なんてレミリア様は十分お強いし、それに咲夜さんが既にいるのに…………」
 「僕に聞かないで下さいよ。本当に、護衛なんて話はないんですね?」
 「ええ、レミリア様からもそんな話は一切聞いていないです。私はてっきり、咲夜さんがあなたに個人レッスンをしているんだとばっかり………」
 お互いの顔を見合わせても、そこには疑問以外の何の感情もない。
 どういうことなんだ。
 咲夜さんの言った、護衛の役というのは全くの嘘だったのか。
 美鈴さんが僕をだますことはないはずだ。その必要がない。
 でも、それは咲夜さんだってそうだ。だます理由も必要もない。
 いたずらならとっくにばらしてもいいはずだし、何よりもこんな大掛かりないたずらをしたら咲夜さんのほうが大変だ。
 だったら、なぜ咲夜さんはそんなことをしたんだろう。
 わざわざ僕に嘘の昇進をさせて、多忙の合間を縫って僕に付き合って。
 「もしかしたら………咲夜さんってあなたのことが好きなのかもしれません」
 突然美鈴さんがそんなことを言い始めて、僕の頭は一瞬真っ白になった。
 「そ、それはどういう意味なんですか中国さん!?」
 「名前を間違えないで下さい! 私は紅美鈴です中国じゃありませんひどいです!」
 「あっあっごごごめんなさい! でもいきなり好きだなんてそんなわけがないと思ったらつい混乱しちゃって」
 頭を下げて何度も謝ると、少々むくれていたけれども美鈴さんは「じゃあ、しょうがないですね」と機嫌を直してくれた。
 「えーとですね、咲夜さんって無駄なことはしない人なんですよ。だから、いたずらとかかつぐ目的とかじゃないです。
 それに、私は門番だからずっと見ていましたけど、すごい咲夜さんの指導って熱が入っていたんです」
 ああ、それは同感だ。たしかにとても熱心にあれこれと教えてくれた。
 ほんと、最初は体術のイロハもダメだった僕がここまで成長できたのも、ひとえに咲夜さんのおかげだと思う。
 「こう言っちゃっていいのかな、もう真剣そのもの。あなたは特別な人ですって気がばっちり見えちゃってましたよ」
 「気ですか?」
 「ええ、私の能力です。感情とか思いとかって気に表れるんですよ。咲夜さんは普段はクールで誰に対してもちょっと冷めているんです」
 「僕のときでも同じでしたよ」
 「それは自分を抑えているから。気は偽れません。咲夜さんの気の流れは、あなたのときだけは全然別でした。
 あなたに関心を持っていることなんて、私から見たら丸わかり。あなたにはちょっと信じられないかもしれませんけど、私には分かります。
 誰に命令されるでもなく、あなたの訓練をしているなんて、これはあなたのことを好きだとしか私には思えませんよ」
 「僕を………好きだと…………」
 「嫌でした? もしかして咲夜さんのこと嫌い?」
 「いえ、その…………むしろ………僕も好きかな…………と」
 「うわぁ、それって最高じゃないですか。両思いですよ両思い」
 手を叩いて喜んでくれる美鈴さんだけれども、僕は突然のことにどう反応していいのか分からない。
 あくまでもこれは憶測だけれども、咲夜さんとは両思いになれたのだろうか。
 だとしたら、すごく嬉しい。
 だとしたら…………
 「ならば、きちんと訓練をつんで、咲夜さんを負かしちゃうんですよ」
 美鈴さんはそう強く言ってこぶしを握り締める。
 「咲夜さんのことですから、生半可なことじゃ気持ちは伝わりません。ここまであなたに付き合ってくれたんですから、
 しっかりとその気持ちにこたえなきゃダメですよ」
 目が合うと、美鈴さんはうん、と大きくうなずく。
 そうだ。
 たしかに、そのとおりだ。
 だとしたら、僕はなおさら強くならなくては。
 咲夜さんの期待に応えられる人にならなくては。
 その暁には、きっと。
 僕は、咲夜さんに好きだと伝えられるのかもしれない。





 「咲夜さん、あなたに伝えたいことがあります」
 「…………私も、あなたに言わなければならないことがあるわ」
 頁が袖口から引き出される。
 ナイフが腰から引き抜かれる。
 「始めましょうか。完全で瀟洒な従者!」
 「始めましょう。異邦の魔人!」

 全てのスペルカードを、突破した。
 「時符『プライベートスクウェア』!」
 「出でよ、天使召喚『ヨフィエル』!」
 止まる時間は、翼を広げ祝福を与える天使の加護によりほぼ無効化する。
 「幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』!」
 「来たれ、堕天使召喚『エリゴール』!」
 無数に交錯しつつ飛び交うナイフは、甲冑をまとり槍を手にした堕天使がなぎ払う。
 初めてだ。
 ここまで戦いが長く続いたのは。
 けれども、どちらも体力と精神力を限界まで消費している。
 「強く――――なったわね」
 「咲夜さんの………おかげですよ」
 肩で息をしながら、僕はそれでも笑って見せた。
 「変わらないわね。そういうところ」
 対する咲夜さんは、傍目から見ると息一つ乱れていないように見える。
 けれども、美鈴さんじゃないけれども僕には分かる。
 何回となく、スペルカードとスペルカードをぶつけ合わせてきた僕には分かる。
 おそらく、これが最後。
 咲夜さんが僕に教えるべき、最後の試練。
 「ならば、見せてあげる」
 引き抜かれる、最後であるはずのたった一枚残ったスペルカード。
 「これにあなたが耐えられるならば、もはや全てが終わり」
 右手の中で、カードは輝きながら消えていく。
 「私があなたに教えられる、最後にして最大のスペルカード――」
 静かに、こちらに向けられるナイフ。
 咲夜さんが手を離す。
 ナイフは地に落ちることなく、ゆっくりとこちらに向かって宙を進んだ。
 僕は見た。
 宙を這うように進むナイフが、2本に分裂したのを。
 2本が4本に。
 4本が8本に。
 8本が16本に。
 16本が32本に。
 32本が64本に。
 64本が128本に。
 128本が256本に。
 倍々に増え続けていく。
 目の前を覆いつくし、増殖し空間を埋め尽くしていくナイフ。
 1024本が2048本に。
 生み出される、過去と未来の姿。
 あり得たかもしれない可能性を、強制的に引き出し形としていく。
 ただの一本のナイフが、決して回避を許さない無慈悲な布陣と化す。
 16384本が32768本に。
 32768本が65536本に。
 65536本が131072本に。
 これが、彼女の最高のスペルカードか。
 そして、宣言が響く。
 「極意『デフレーションワールド』」
 世界が、彼女の意思に従う。

 時空が縮小する。
 誰も知りえない、あまりにも異様な感覚に五感が悲鳴を上げる。
 過去、現在、未来が混在して同居して一度に自己を主張する。
 逃げ場がない。
 今ここにいる自分なんていう明確なものがなくなる。
 今? ここ? 自分? それは何だ?
 全ては咲夜の世界。
 彼女のみが観測を許される絶対固有空間。
 ナイフが――――
 空を埋め尽くし、地を埋め尽くし、宙を埋め尽くすナイフが――――
 いっせいに、こちらを向く。
 全てが同時に襲い掛かる。
 分かっているけれども、回避も防御もできはしない。
 時空が彼女の支配下に置かれている。
 排除されるべきは自分。
 だが、唯一支配されていないものがある。
 それは、僕自身の意志だ。
 応えよう。
 彼女の思いに、応えよう。
 ならば告げるべし。
 我が、究極のスペルカード。
 ヨハネの幻視した終末を、ここに具現させる。
 おお主よ、我に汝の僕と同じ幻影目にすること許したまえ。
 「極意『トゥ・メガ・セリオン』」

 ―わたしはまた、一匹の獣が海の中から上って来るのを見た。
  これには十本の角と七つの頭があった。それらの角には十の王冠があり、
  頭には神を冒涜するさまざまの名が記されていた―

 世界が書き換えられる。
 いつか起きるべきものなのか、もう既に起きてしまったのか。黙示の時が立ち現れる。
 周囲は無限に広がる海。
 そこから、一匹の凄まじく巨大な獣が上ってくる。
 様々な姿かたちの混ざり合った奇怪な姿の獣が。
 その姿は獅子。
 その姿は熊。
 その姿は豹。
 その姿は蛇。
 その姿は猿。
 その姿は王冠を頂く人。
 それは――――
 七頭十角の大いなる獣。
 神にさえ牙を剥き、人の世を惑わす悪魔の化身。
 「神様なんて(゚⊿゚)イラネ」とか「聖書(・へ・)ツマンネ」とか書いてあるのにはげんなりするけど。
 吼える。
 七つの頭を振り上げ、獣が吼えた。
 人の蛮声にも似た絶叫が森羅万象を怯えさせ、終末の時は来たれりと告げ知らせる。
 世界が、砕けた。
 十六夜咲夜という個人の支配する世界など、大審判の時には何の意味があるだろうか。
 ガラスが割れるかのように、デフレーションワールドが崩壊した。
 彼女の意思の支配する世界が終わりを告げ、黙示録の獣に飲み込まれていく。
 いつかは、僕たちの住む世界もああなってしまうのだろうか――――
 張り詰めた五感が、正常な世界に戻ったことを教えた。
 やがて海は去り、獣の姿は見えなくなる。
 そこは再び、いつものトレーニングをしていた紅魔館の庭だった。
 立ち尽くすのは、僕だけ。
 咲夜さんは、地に倒れていた。
 僕は、初めてこの人に勝つことができた。





 「あ、気が付いたんですね」
 芝生に横になった咲夜さんが眼を開けたので、僕は側に座ったまま身を乗り出した。
 「あなた…………」
 「よかった。たいした傷もなくてほっとしましたよ。美鈴さんに治療してもらいましたから、あとはしばらく寝ているだけです」
 気を操る美鈴さんは、治療だってできる。
 いつになくぼんやりとした様子で、咲夜さんはこっちを見ていた。
 まだ、この人に勝利したという実感がわかない。
 時空を縮小させ、過去と未来を同時に混在させ、それら全てを同時に襲い掛からせる極意「デフレーションワールド」。
 けれどもそれは、僕の極意に敗れた。
 極意「トゥ・メガ・セリオン」。
 黙示録の時を一時的に呼び出し、あらゆる魔法を破壊しあらゆる結界を粉砕する圧倒的なスペルカード。
 よくもまあ、そんな大それた魔法を身につけることができたものだ。
 あの日、咲夜さんが僕を存在しないはずの護衛の役に任じたときから、何もかもは始まった。
 いったい、どうして…………。
 僕が黙ったままじっと咲夜さんを見ていると、咲夜さんは視線を逸らして真上を見上げた。
 今日も、紅魔館の外はいい天気だ。
 「何も聞かないのね」
 「え…………?」
 「知っているんでしょう。本当は護衛の役なんてないってこと」
 きょとんとして咲夜さんを見つめたまま固まっていると、ちょっとだけ笑って
 「なんとなくよ。こうして刃を交えているとね、色々なことが分かってくるの。だからなんとなく、そうじゃないかって思って」
 「ええ、知っていました。だとしたら、どうしてこんなことをしたんです?」
 尋ねると、咲夜さんはごろりと向こうを向いてしまった。
 「…………見たかったのよ」
 「何をです?」
 「あなたが………強くなっていくのを」
 何も言えずに、僕は咲夜さんの独白を聞いていた。
 「恥ずかしい話だけどね。あなたのことが気になって仕方がなかった。ずっと、あなたのことを考えていた。
 でも、私はメイド長であなたは料理係。一緒にいることなんてできない。だから、私は嘘をついたの。
 護衛役が回ってきたとしたなら、あなたと私が一緒にいてもおかしくない。
 あなたと一緒にいられる理由ができるって、そう思ってしまった。
 だって…………私はあなたのことが、好きだから」
 「咲夜さん…………」
 「変な話よね。こんなの職権乱用だって分かってる。でも……でも…………、
 こうするよりほかに、あなたといられる方法なんて思いつかなかった…………」
 ああ、そうだったのか。
 僕は、どうして気づかなかったんだろう。
 ずっと、咲夜さんは完全な人だと思っていた。
 人形のように精緻で、華麗で、一部の隙もない完璧な従者だと。
 でも、そんなのは間違いだ。
 咲夜さんだって、一人の人間だった。
 ドジだってするし、迷いもすれば間違っていると分かっていてもやってしまうこともある。
 その内面は、普通の女の子だった。
 どうして、僕はそれに気づかなかったんだろう。
 ただ、咲夜さんの表面しか見ていなかった。
 もっと、この人の思いを酌んでいれば、こんなに思いつめることなんてなかったのに。
 「咲夜さん、聞いていただけますか」
 優しく声をかけると、咲夜さんはゆっくりとこっちを向いてくれた。
 少し緊張するけど、目を見てはっきり言った。
 「僕も、咲夜さんのことが好きですよ」
 咲夜さんの目が、大きく見開かれた。
 「……本当、なの……?」
 「はい。最初は分からなかったですけど、今ならはっきり言えます。こうやって、咲夜さんとずっといたから言えるんです。
 僕は、咲夜さんのことを愛しています」
 はっきりと、告げることができた。
 決して、咲夜さんとのトレーニングは無駄なものじゃなかった。
 ここまで時間を共にできたから、こうして告白することができたのだ。
 「受け取って…………いただけますか?」
 咲夜さんは、うなずいた。
 「はい。喜んで」
 その笑顔に、また心が痛いくらいに震わされる。
 泣いてしまいそうなくらいに、嬉しさを感じて。
 照れ隠しに、僕は立ち上がった。
 「よしっ! ならばこのことを紅魔館じゅうに報告しましょう」
 言って倒れたままの咲夜さんの背中とひざの裏に手を伸ばして、
 「きゃっ!?」
 一気に抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこという形だ。
 「『僕たち付き合うことにしました!』ってね。きっと祝ってくれますよ」
 「ちょっ、ちょっと、そんなの恥ずかしいわよ」
 「いいじゃないですか。隠すようなことはないですよ」
 こうやって人一人を抱き上げる筋力だって、咲夜さんとのトレーニングで培ったものだ。
 咲夜さん、あなたのしてくれたことは、決して無駄なことなんかじゃなかったんですよ。
 抱き上げると不意に、咲夜さんは僕の首に手をやった。
 「あら、これ…………」
 「ええ、いつもつけていますよ。咲夜さんからの贈り物ですから」
 例の十字架の首飾りに、咲夜さんは指を滑らせた。
 「私も、あなたからもらった時計はいつも使わせてもらっているわ」
 「よかった。実際に使えてこそ時計ですから」
 かすかに咲夜さんは笑った。
 「こんなふうにあなたにめぐり合えたなんて……ちょっとは神様も信じていいかもね」
 「あはは、実は信心深くはないですけどね、僕も」
 僕たちはそのまま、どんどんと門をくぐって紅魔館のほうへ向かっていく。
 咲夜さんは最初恥ずかしがっていたけれども、やがて諦めるように苦笑した。
 「もう、仕方のない人ね。でも………そんなところが好きになっちゃったんだけど」
 そして、そっと僕の頬に。
 頬に触れた唇の感触は、完全で瀟洒な従者からの贈り物ではなく、
 十六夜咲夜という女の子からの贈り物だった。

2スレ目 >>42

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2スレ目 >>42 おまけ

 その日、上白沢慧音は血相を変えて転がり込んできた猟師二人を、自分の庵に保護した。
 二人とも里で名の知れた猟師で、この付近の山ならば知り尽くしているベテランだ。
 それが、慧音の庵に逃げ込んだときは、まるで恐怖に怯える子供のようだった。
 「どうした、何をそんなに怖がっている。熊でも出たのか?」
 最初、二人の猟師は文字通りの錯乱状態で、庵に駆け込むなり部屋の隅までゴキブリのように逃げ込み、
 そこで四肢を丸め頭を覆い、ひたすら何かに怯えているような様を示していた。
 後から主人の後を追って庵に飛び込んだ猟犬三匹も、様子はほぼ同じだった。
 三匹とも狂ったように駆け回り、口から泡を吹いて死なんばかりの怖がりようだ。
 これを見て、さすがに慧音も何か異常な事態が起こったのだと感じた。
 妖怪の類が出たのかと庵から顔を出して周囲をうかがってみたが、何か強力な妖気のようなものは感じられない。
 「慧音様……庵から出ちゃあならねえ…………奴に食われちまう…………」
 入念に気配をうかがう慧音の背中に、猟師の一人の声がかけられた。
 普段は、
 「ほれ、慧音様も一つ召し上がるといいだ。精が付いていいぞ。がははははは!」
 といった無遠慮な大声と共に、鉄砲で撃ち殺した雉や野兎を投げ与えるような大男が、今はまるで瀕死の病人のようだった。
 「奴だと?」
 振り返ると、青ざめた顔ががくがくとうなずいた。
 まるで、二回りも痩せてしまったかのようだ。
 恐怖というものは、ここまで人を醜くしてしまうものなのか。慧音は少しぞっとした。
 「そうだ。…………化け物が出た。黒い……群れが出た…………」
 もう一人の猟師も、こちらは完全に虚ろになった目でどこかあらぬ方向を見ながらぶつぶつと呟いている。
 「しっかりしろ。里で名の知れた猟師がそんなことで怯えてどうする。奴とは何だ?」
 「…………分からねえ…………最初は人だと思ったから、鉄砲を下ろした。…………けど、
 いきなり人だと思った影が溶けて…………群れが俺たちを襲ってきた…………」
 軽く肩に手をかけてゆすぶっても、猟師は全く反応を示さずにただぶつぶつと呟き続けている。
 「山犬……大蛇……猪……鹿……鷲…今まで俺たちが殺生してきた獣たちが一度に俺たちに向かってきた
 …………ああ、あれはきっと山の神様が俺たちに罰を与えに来たんだ…………。
 恐ろしくて恐ろしくて…………食われちまうって本気で思って必死で走ったら……やっとこの庵が見えて…………」
 ぎゅっと猟師は両手で自分の肩を抱くと、そのまま動かなくなってしまった。
 慧音が何度呼びかけても、完全に反応はなくなった。
 まるで、重度の自閉症の患者のような姿だった。
 仕方なく、慧音は二人のその日の歴史を消去して、二人を助けてやることにした。
 もちろん、あのかわいそうな犬たちもだ。
 「何だ…………黒い、群れだと…………?」
 日も落ち、ろうそくの明かりの下書物を読みながら、慧音はもう一度首をかしげた。
 さっぱり分からない。人のようにも見え、かつ群れとして獲物に襲い掛かるらしい。
 構成要素は様々で、狼や蛇、それに鹿なども含まれているとか。
 なぜそこに草食動物が混じる?
 「心当たりのある妖怪はいないのだがな」
 あの猟師の怯え方は半端ではなかった。彼らが遭遇したものは、今まで一度もお目にかかったものではないのだろう。
 しかし、彼らはベテランだ。
 おまけに、それなりの魔よけも持ち合わせている。
 そんな二人に魑魅魍魎が襲い掛かり、しかも発狂寸前まで追い詰めたのだろうか。
 「ありえない話だが、そうとしか結論付けはできないか」
 せめて満月の夜ならば、幻想郷全ての歴史を把握するハクタクの力でもってその元凶を確かめることができるのに。
 「ワーハクタクといえど、万能とは程遠いな。情けない…………」
 慧音は一人、やるせない思いを抱えたまま、自分の力の至らなさを実感していた。





 想像せよ。
 遍く三千世界に満ちる、命の輝きを。
 何人も知りえぬ摂理に従って、それらは寄り集まり一つの型を描く。
 すなわち、それは大いなる系統樹。
 理解せよ。
 一つ一つの命の存在を。
 比類なきそのきらめきは、夜空に満ちる星の如く。
 すなわち、それは天恩の証。
 構築せよ。
 命を理解し、命を配置し、命を蒐集する。
 この身を、ありとあらゆる命の渦巻く一つの世界とする。
 すなわち、それはたゆたう原初の海。
 我を知るか、人よ。
 我は666の獣の数字を解きしもの。
 我は666の獣の因子を宿すもの。
 我は――――混沌(カオス)なり。





 「あら、どうしたんですかその犬?」
 すっかり日の落ちた夜。湿気が強くじめじめとした空気は体にまといつき、門番の制服を肌に張り付かせる。
 まさに、魔夜という言葉にふさわしい、そんな夜のことだった。
 消灯時間には未だ早い。
 見張り役の美鈴は、門をくぐろうとした青年が連れている犬に目を留めた。
 足を止めない青年の足元に、一匹の黒い犬が影のように付き添っている。
 どこに行っていたんだろう。今まではこんなに夜遅くまで出歩くことはなかったのに。
 呼び止められた青年は、足を止める。
 風が、コートの裾をはためかせる。
 いつの頃からか、この青年は闇夜のような色のロングコートを身にまとうようになった。
 今日はこんなに蒸し暑いのに、コートのボタンは全部しっかりと止められている。
 「ああ、飼うことにしたんですよ」
 青年はそう言うと、軽々とその犬を抱き上げて美鈴の顔に近づけた。
 大きい。
 シベリアンハスキーよりもさらに一回り大きいくらいだ。
 しかも、その全身から放つ鬼気。
 とても、飼いならされている犬とは思えない。狼の類だろうか。
 けれども全身真っ黒の狼なんて聞いたことがない。
 「結構可愛いでしょ?」
 青年はけろっとしているが、どう見ても獰猛極まりない獣の鼻面を突きつけられた美鈴としては、
 「ええ、とっても」
 とは言えない雰囲気だった。
 犬が口を開ける。
 異様なことに口の中まで黒い。
 だらりと長い舌が伸びて、美鈴の顔を舐めた。
 「ひっ……………………」
 一歩後ろに下がる美鈴。必死に頭を捻って、何か口にしようともがく。
 「レ、レミリア様がいいっておっしゃらないかも…………」
 「おやおや、それは困ったな」
 青年は心底困ったような顔で犬を足元に下ろした。犬はこちらを赤く光る目で睨みながら、彼の足元に控える。
 「実は、一匹だけじゃないんですよ。たくさんいるんです」
 なんか、今日のこの人は変だ。
 ようやく、美鈴はそう感じ始めた。
 物腰はいつもと同じだ。丁寧で静かな、ごく普通の好青年。
 それは、初めて出会ったときと変わらない。
 でも、何かが違う。
 こっちを見る目が、どこか違う。
 「困ったな。もう僕にすっかり懐いて一緒にいるっていうのに」
 はっきり言って、あまりにも不気味だった。
 「ど……どこに? どこにいるんです?」
 「おや、気づかないんですか。ここにいるじゃないですか。沢山沢山」
 人ではない、むしろ妖怪のような気の流れ。
 いや、妖怪なんてレベルのものじゃない。
 青年の言葉に、美鈴は震えながら周囲を見渡す。
 けれども、足元の犬以外には一匹も獣の姿は見えない。気さえも感じない。
 けれども、青年は沢山いるという。途方にくれた顔で青年をまた見ると、彼はにっこりと笑った。
 「仕方がないな。ならばお目にかけましょう」
 コートのボタンが、ひとりでに外れる。
 その隙間から見えるものは、周囲の闇と同じ質感のない黒。
 美鈴は、自分が後ずさりしていることに気づいた。
 この、禍々しいまでの気の流れ。
 ああ、この気はまるで――――
 「僕の蒐集した命たちを――――六百六十六の渦巻く生命の深海を」
 黒の中から、光る目。
 目。目。目。目。
 こちらを睨みつける、獣たちの目。
 ずるり、とコートの隙間からその黒が溢れ出す。
 地面に流れ、這い、形を徐々に持って立ち上がる。
 狼。蜥蜴。豹。熊。
 ようやく、美鈴は理解した。
 この気の流れは、レミリア様にそっくりだ。
 吸血鬼と、そっくりだ。
 理解してから、美鈴は悲鳴を上げた。
 自分が、たった一人でおびただしい数の獣の群れに囲まれていることを理解してしまって。
 彼女の悲鳴に呼応するかのように、獣たちがいっせいに吼える。
 そして青年は、呟く。
 「さあ――――まずは館ごと前菜といきましょうか、咲夜さん」





 獣の臭いが、周囲に満ちている。
 廊下のあちこちに転がる紅魔館のメイドたち。
 彼女たちに群がるのは、様々な獣だ。
 抵抗するものはいない。
 時折、思い出したかのように数人が小さな声を上げるが、それもじきに静まる。
 阻むものもいなくなった長い廊下を、悠々と一人の青年が歩いている。
 長身を長い黒のロングコートに包み、両手には何も持ってはいない。
 ただ、不可解なのはコートの隙間から覗く彼の体だ。
 まるで、コートの中には何もないかのように、そこには妙に質感を持った暗闇だけが広がっている。
 青年の目はまっすぐ廊下の向こうを見据えたまま。
 廊下を埋め尽くす獣と、横になったメイドたちには目もくれない。
 「僕の可愛いペットたちは気に入ってくれました?」
 一言、かすかに呟く。
 「たとえ警備が万全であったとしても、この群れを阻むことはできない」
 突然、廊下の向こうから激しい光が押し寄せ、辺りがまぶしいくらいに照らされた。
 群がる獣たちの姿が、いっせいにはっきりと照らし出される。
 それは――――
 「僕に従う百を超える結束を解放して生まれる結界、愛玩『猫好きの楽園』」
 それは、おびただしい数の子猫だった。
 白、黒、斑、三毛、縞々、長毛、短毛、ありとあらゆる種類の子猫がいる。
 その猫たち全てが、メイドたちにまとわり付いて首を擦り付け、喉をゴロゴロ鳴らしているのだ。
 ふかふかの子猫が四方から取り囲み、いっせいに擦り寄り、なかにはそのままころんと手の中で眠ってしまうものまでいる。
 ああ、これほど強力な結界があるだろうか。
 ちょっとでも動いたら、今胸元で寝息を立てている子猫が目を覚ましてしまうかもしれない。
 いや、それよりもあらゆる寝具を上回るこのふかふか感。
 もはや、これに捕らえられたメイドたちは決して動くことができないのであった。
 猫と一緒に寝てしまったものまでいる。
 しかし、唐突に廊下をぎらぎらと照らすこの光の源は。
 「図書館へは、行かせないわ」
 「いや、図書館じゃなくて咲夜さんがどこにいるのか知りたいんですけど」
 「咲夜ならこの上の階。とにかく、この先は進ませないわ。さっさと帰って」
 太陽がそこにあるとさえ錯覚する輝きが、彼女の手にある。
 動かない大図書館、あるいは知識と日陰の少女、パチュリー・ノーレッジ。
 いつものネグリジェのような衣装と、護符の留められた帽子。
 そして、片手には分厚い魔導書。
 「そっちに行けば近道なんですけど」
 「絶ッッッッ対に駄目! 動物が図書館に入ってくるだなんて………考えただけでおぞましいわ。
 本を齧るし、ところかまわずマーキングするし、臭いが付くし……絶対に進ませない」
 想像しただけで怖気がするのか、パチュリーは普段からは考えられないほどの大声で青年の言葉を否定する。
 想像を振り払うかのように、頭を必死で左右に振っている。
 「もし進むって言うなら………この場でウェルダンに焼いてあげる」
 「僕は昔はウェルダンが好きだったんですけど、こんな魔法使ってから急にレアが好きになったんですよ。なぜです?」
 「当たり前よ。あなた使い魔として体に獣なんかくっ付けているからそんなことになるの。
 さっさとはずしなさい。そのうち好きでもないのに獣と一体化してしまうわよ」
 「使い魔?」
 「そう。自分の肉体と偽って獣の体を肉体に補充しているんでしょ。体を削ってわざわざくっつけるなんて、ちょっと野蛮よ」
 その言葉に、青年はなぜか口元に笑みを浮かべた。
 笑いとは、もともと攻撃的な動作であるとか。
 「これを使い魔とおっしゃいますか、パチュリーさん」
 コートの裾が、風もないのにはためく。
 青年はコートの襟に手をやり、ぐっとその隙間を広げる。
 見えるのは、闇。
 その闇の中から、のっそりと姿を現した獣がいる。
 三頭の豹だ。
 今産まれたばかりであるかのように、豹は首を振り、頭を上げて空気を嗅ぐ。
 「まあ、行ってみて」
 その言葉と共に、三頭は疾風となった。
 一頭はそのまままっすぐに。
 もう一頭はジャンプして頭上へ。
 そして最後の一頭は、信じがたい膂力で壁を走り横から。
 同時に、三方向からパチュリーに襲い掛かる。
 けれども、パチュリーは動きもせずに一言だけ口にする。
 手の中の光の球が消える。
 「土符『トリリトンシェイク』」
 彼女の操るものは、万物の構成要素。
 瞬時に紅魔館の廊下を構成する石材が形を変える。
 一瞬で突き出す無数の結晶のような形の杭が、三頭の豹を貫いた。
 断末魔のもがきさえない。
 まるで水を入れた風船であるかのように、豹は形を失い溶けて流れる。
 青年は、笑みを浮かべたままパチュリーの方を見る。
 パチュリーもまた、青年の方を見る。
 「ならば見せてあげましょう。この生ける混沌の力を」
 「ならば見せてもらおうかしら。あなたの魔法の力を」





 青年の影が形となって次々と猛獣たちが姿を現す。
 這い出る鰐。唸り声を上げる狼。前足で床を掻く猪。
 互いに間合いは離したまま。
 遠距離の攻撃を軸とする魔法使いらしいスタイルだ。
 生み出された猛獣たちはひるむことなくパチュリーにむかって突進する。
 けれども、書物を手にした少女はまるで意に介さず、淡々と自らのスペルカードを引く。
 「火符『アグニシャイン』!」
 蛇行する炎の列が、一匹残らず突進した猛獣たちを液体に変える。
 「次よ。水符『ベリーインレイク』!」
 上空に向かって噴水のように吹き上がるウォーターカッターが、滞空しつつ攻撃の機会を狙っていた鴉たちをまとめて叩き落す。
 けれども、まだ青年の操る獣たちはストックがあるらしい。
 「それじゃ、出番だ」
 角を振りかざす鹿。疾走するチーター。なぜかのそのそ出てくるゾウガメ。
 「金符そして水符『マーキュリポイズン』!」
 空気中に突如出現した六価クロムをベースとした毒素が、獣たちの動きを止める。
 「ええと………ならこれ!」
 影が丸ごと持ち上がるなり、廊下を埋め尽くさんばかりの巨大な鮫の姿となる。
 辺りの置物をなぎ倒しながら、鮫は牙を剥いてパチュリーを飲み込もうとして大口を開ける。
 「焼き魚にしてあげるわ、日符『ロイヤルフレア』!」
 まばゆい閃光が一薙ぎした後には、廊下には黒焦げの干物のようなものが転がっていた。すぐに溶けて流れる。
 「あらら…………やっぱり耐久力が弱いな。どうも」
 さすがに出尽くしたのか、青年の方からは獣の応酬はない。
 どうやら、打つ手なしか。パチュリーは勝手にそう結論付けた。
 なるほど、たしかに彼のレベルは上がった。これだけの数の獣を使い魔として使役するのはなかなかの実力だろう。
 でも、ただ単にこれは獣をけしかけているだけ。
 落ち着いて対処すれば、全然怖くなんかない。
 パチュリーは余裕を見せる意図もこめて、わざと魔導書を開くとそこに目を落とした。
 「ほら、見なさい。ただの獣じゃこの程度でおしまい…………きゃっ!?」
 突然全身を濡らす液体の感触に、パチュリーは飛び上がった。
 「うぇ………なにこれ?」
 顔から滴る白濁の液体。実はどうにも苦手な臭い。
 「ミ、ミルク…………?」
 「そう、子猫の大好物です」
 はっと前を見ると、どこから持ち出したのか両手に牛乳瓶をやたらと持った彼がいる。
 蓋が全て開いて、中身はない。これをいきなりぶっ掛けたのか。
 なんてことを、とパチュリーが怒りを覚えるその前に、
 「行け、今度こそ出番だ」
 突然、今までただの液体だったあちこちに広がる黒い塊が爆ぜた。
 無数の滴となって散ったそれは、空中でおびただしい数の子猫に姿を変える。
 いっせいに、四方八方からニャーニャーという心に訴える鳴き声と共にパチュリーに殺到する子猫たち。
 「きゃ………きゃあああああああんッ!?」
 たちまち、子猫にまといつかれて床に転がるパチュリー。
 後から後から子猫はパチュリーにのしかかり、よっぽど空腹なのか体中に付いたミルクをその舌で次々と舐め始める。
 「い……いやあああッッ! ちょっ! そんな……ザラザラが………やだ、もう…………くすぐったい……
 ……あ、足の裏は…………だ、だめ…………そこぉ…………!」
 じたばたともがいているが、もはや子猫たちの結束は固い。
 猫たちの舌に全身をくすぐられているパチュリーは、明らかにもはや戦闘不能だった。
 「これはね、使い魔なんかじゃないんですよ」
 その横で、聞いていないにもかかわらず青年は律儀に説明をする。
 「僕と一体化した混沌の中に澱み凝る命たち」
 ずるずると、他の黒い塊が青年の影の中に消えていく。
 「いわば、六百六十六の群体みたいなものなんですよ。だから個を倒しても、残り六百六十五が生きていますから無意味」
 猫団子となってもがくパチュリーを尻目に、青年は奥に向かって歩いていく。
 「さて、咲夜さんに通じるでしょうか。どう思います、パチュリーさん?」
 無論、返事はなかった。
 ただ、ぴちゃぴちゃという舌の舐める音だけが、いつまでも廊下に響いていた。





 「ああああッッ! な、なんてことを…………!」
 これぞ必殺、とばかりに作り上げた我が結界、愛玩「猫好きの楽園」。
 選りすぐりの人懐っこい猫のみを集め、解放と同時にいっせいにまとわり付かせて、いかなるものも無力化するはずのスペルカードだ。
 それが、それが…………
 「メイド秘技『操りドール』!」
 木の葉のように飛び交う無数のナイフにスライスされ、元の混沌に返っていくかわいい子猫たち。
 いくら混沌に戻れば再び蘇生するとはいえ、これは僕の方が傷つくよ咲夜さん。
 今、分かった。
 このスペルカードは、返されるとこっちの方に心理的ダメージが行く。
 僕、猫大好きだし。
 「ど、動物虐待ですよ咲夜さん!」
 心が抉られるようだ。ああ、あんなに僕に懐いていたミケちゃんまでナイフの餌食に…………ごめんよ、頼りないマスターで。
 「あら、でもあなたの中に戻れば大丈夫でしょ?」
 「そ、そりゃあそうですけど…………もしかして咲夜さん、猫嫌いなの?」
 咲夜さんは、ナイフを繰る手を休めずに言い放つ。
 「私、動物アレルギーなの!」
 頭を、鈍器で殴られたかのような衝撃。
 そーだったのかー。
 せっかく格好つけて「我は六百六十六の獣なり」なんて言ってみたけど、実際使えるのはせいぜい獣を飛ばしたり、猫を操ったり。
 ましてや、咲夜さんは動物アレルギーだとか。
 それじゃあ、せっかく作った子猫の結界だって無意味じゃないか。
 ショックだ。
 何のためにここまで苦労して混沌を練り上げ、我が身と同化させ、一つの世界まで作り上げたんだろう。
 そして、こんなに沢山の猫を集めたんだろう。
 実は…………混沌の性能がいまいち微妙で、再生に時間がかかる。
 もう、手持ちの獣はせいぜい五十頭前後。
 見境なく乱射しても、たぶんナイフの餌食だろう。
 「奇術『ミスディレクション』!」
 「ひえぇ…………なんてひどい」
 「当然よ。もうくしゃみが出そうで仕方ないわ」
 ついに、子猫たちは一匹残らず混沌に戻ってしまった。正直、涙が出てきそうだった。
 「さあ、殺し合いましょうか」
 「いや、そんなナイフ逆手に持って殺人貴みたいにポーズ決めないで下さいよ」
 ていうか、咲夜さん知っているんですね月○。
 ええい、でも向こうがリクエストしているなら、原作に沿ってみるか。
 「さあ…………生を謳歌しろ!」
 うわ、我ながら声が全然合わない。でも、こうなればやけだ。
 すでに、愛玩「猫好きの楽園」が敗れた僕は、実質咲夜さんに負けているんだけど。
 体に残った五十頭の獣たちが、それでも寄り集まって鎧となる。
 無駄に高まる体力と破壊力。でも心は寂しいままだ。
 ああ、やっぱり駄目だ。子猫たちの幻影が胸をちらつく。
 「ミケ、トラ、タマ、その他大勢の敵ぃ――――!」
 やけくそに叫びながら、突進。
 無意味にスピードだけある。
 床が砕け、衝撃波が壁を引き裂いていく。
 咲夜さんは、瀟洒に立ったまま。
 絶叫しながら、貫手を突き出す。
 瞬間、指先が音速を超えて焼け焦げる。
 当たる――
 と思ったのは幻影か。
 伸ばした手は、空を切る。
 頭上か。
 そう理解できたのは、僕の頭のてっぺんに咲夜さんの手が触れたのとほぼ同時。
 空中で、恐らく倒立する咲夜さん。
 そして、スペルカードの名が。
 「極死『七夜』」
 ごき、と。
 手が捻られ、同時に首が…………嫌な方向に曲がった。
 死の点を突くのではなくて、こっちですか。
 薄れゆく意識の中、僕は心底後悔した。
 やっぱり、ネタのパクリはやめよう、と。

 極意「トゥ・メガ・セリオン」開眼の前に、こんなことがあったとかなかったとか。

2スレ目 >>174

備考:>>50>>51
50 名前: 前スレ951な人  投稿日: 2005/11/15(火) 03:00:50 [ xqEixf7g ]
    >>42
    戦闘シーンかっこいいよママン・・・
    俺もこれくらい書き込める能力があれば。

    主人公がスペル形態を選ぶ時に666の文字が出てきたので、つい混沌な教授になるのかと思ってしまった(゜∀。)
51 名前: 名前が無い程度の能力  投稿日: 2005/11/15(火) 08:27:49 [ gl6EvV4. ]
    >>42
    思わず時間も忘れて見入った。なんてかっこいいんだ戦闘シーン。

    思慮のあるものは―の下りは某混沌教授でしか見たこと無かったから
    俺も混沌教授ぽくなると思ってしまったw(。A。)^(゚∀゚ )

    ……混沌『武装999』?
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