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レミリアとでいうぉーかー5

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でいうぉーかー5

 冬、紅魔館と言えども、寒さとは無縁ではない。
 むしろ、寒い寒いと言いながら、それすらも風流の糧とするところがある。
 暖炉に火を灯し、暖かいものを飲んで暖を取る。
 そういった生活が、冬の紅魔館の暮らしだった。






「とはいえ、寒いわねえ……」

 咲夜に淹れてもらった紅茶を飲みながら、レミリアがぽつりと呟いた。

「咲夜、メイド達は大丈夫? 無論貴女も含めてね」
「ええ、大丈夫ですわ。今年は○○さんも手伝ってくれていますし」
「……○○はほっとくとずっと働き続けるんじゃないかしら」

 軽くため息をついて、紅茶に再び一口つける。

「今日も?」
「ええ、薪などの燃料を運び出すのを……」

 もう一度ため息をついて、レミリアは紅茶のカップをソーサーに戻す。

「まあ、好きにするように言ってるしね……仕方ないか」
「ですが、そういうところもお嬢様は気に入っておられるのでは?」

 咲夜のちょっとしたからかいに、レミリアは紅くなった顔を背けた。

「否定はしないけれど、咲夜も言うようになったわね」
「僭越でした。申し訳ありません」

 そう言いつつも、咲夜はくすくすと楽しそうに微笑んでいる。
 もう一度何か言おうとした時、ドアがノックされて中に一人の少女が飛び込んできた。

「お姉様! 咲夜ここにいる!?」
「いるわよ。そんなに騒々しくしなくても。どうしたの?」
「魔理沙にもらったの!」

 嬉々として飛び込んできた少女――フランドールが持っていたのは、どう見ても。

「……湯たんぽ、ですか?」
「咲夜、知ってるの?」
「ええ、里ではよく使われている品です。夜眠る時、この時期は寒いですから、お湯などを入れて暖めるものなんですけれど」
「それをどうしてフランが持ってるか、なんだけど……魔理沙って言ったわね」

 レミリアが尋ねると、フランドールは嬉しそうに頷いた。

「うん、今日から使いたいから、咲夜、お湯を用意して!」
「ええ、かしこまりました。お休みの前に準備いたしますね」

 嬉々としているフランドールを見ながら、レミリアはどこか不満気な声を出した。

「それにしても、フランにだけ持ってきて私にはないなんて。魔理沙も気が利かないわね」
「え、でも魔理沙言ってたよ?」
「? 何を?」

 首を傾げたフランドールに、レミリアは逆に問い返す。

「『お前のお姉様には極上の湯たんぽがあるから必要ないだろ』って」

 紅茶を飲んで無くてよかった、とレミリアは心底思った。

「毎度毎度、一体フランに何を吹き込んでるのかしらあいつは……」

 そう、一息つくために紅茶を口に運んで――


「ねえ、お姉様、それって○○のこと?」


「……っ! ごほ、ごほっ!」


 ――むせ返った。

「こほ、フラン、それも魔理沙が?」
「え? ううん、そうかなって思ったの。○○はお姉様のだし」

 ねえ? とさも当然の如くフランドールは咲夜に同意を求め、咲夜も困ったような微笑を返す。

「……咲夜、湯たんぽの用意してあげなさい」
「はい、かしこまりました。妹様、よろしければ準備する所を見てみますか?」
「見るー!」

 上機嫌のフランドールを連れて、咲夜が一礼して退室していく。
 それを見送って息を整えるためにもう一度紅茶に口をつけて、レミリアは誓った。


 とりあえず、今度魔理沙が来たらシメておこう。






「で、妙に不機嫌なの?」
「そうじゃないわよ」
「○○さんなら図書館の燃料を置いたら此処に戻ってくるから、待ってたら逢えるわよ」
「そ、それでもないわよ、此処にきた目的は」
「はいはい、ついでなのね」

 何のついでかは言わず、パチュリーは温かな紅茶に口を付けた。

「パチェは欲しい?」
「何を?」
「湯たんぽ、よ。図書館も夜は冷えるでしょう?」
「本を読むときでなく、眠るときに使うものだけど……まあでも、暖かいのはありがたいかしら」

 自分の体調をそれとなく気遣ってくれたことへの感謝の意をそういった言葉で表しながら、パチュリーは手元の本をめくる。

「と、そんなことを言ってる間に、来たわよ」
「ええ、来たわね」

 親友の言葉に頷きながら、レミリアは羽をパタパタさせてこつこつと近付いてくる足音に耳を傾けた。

「燃料補充完了ですー。あ、レミリアさん、こちらにいらっしゃってたんですか」
「ええ。暇だったからね」
「暇、ねえ」

 くすくすと微笑うパチュリーを軽く睨んで、レミリアは諦めたように首を振った。

「○○、今日はこれからは?」
「本を二、三冊借りようかと思ってますが、それくらいで」

 借りる本ももう頂いてますし、とテーブルの上の本に目を向ける。

「ん、じゃあ、私に付き合いなさい。本はいつでも読めるでしょう?」
「はい。では、パチュリーさん」
「ええ、お疲れ様」

 ひらひらと手を振るパチュリーに見送られて、二人は図書館を後にした。





「で」
「はい?」

 廊下を歩きながら、レミリアが尋ねる。

「いつから話聞いてたの?」
「あー、えと、話が聞こえていたのは湯たんぽの辺りでしたが」
「そのとき一瞬立ち止まったのはどうして?」
「うあ、ばれてましたか」
「当然でしょ。で、どうして?」

 パチェも気が付いてたしね、と付け加えて、レミリアは○○を振り返った。

「いや、湯たんぽでちょっと」
「何かあったの? 向こうで使ってたとか?」
「いや向こうでも使っては無かったんですけどね」

 むう、と唸って、ぽつぽつと彼は呟くように告げる。

「……いや、フランさんにお会いしましてね」
「フランに?」
「それで、その……僕は、レミリアさんの湯たんぽなのかと訊かれまして」
「……なるほど」

 何ともいえない表情の○○を見上げて、レミリアもため息をつく。

「何でそんな話にとも思ったのですが」
「元凶は魔理沙よ。全くもう……」

 そう言いつつも、ふむ、と思ってみる。
 今は冬で、あまり外に出られないこともあってか、大抵一緒にいるし、寝るときも一緒だ。
 眠る前の徒然に、外の世界の物語を話してもらったり――そうしているうちに、温かさにうとうとしてそのまま眠ってしまうこともたまにある。
 そう思うと、湯たんぽと言うのもあながち間違いじゃないような――

「レミリアさん?」
「あ、え、な、何?」

 急に顔を除きこまれて、レミリアは頬が熱くなるのを感じる。
 まだ彼の何処か唐突な行動に慣れていないのもあるし、何より直前まで目の前の恋人のことを考えていたのだ、驚きも照れもする。

「何だか急に考え込んだから、どうしたのかと」
「い、いえ、何でもないわ……ねえ、○○、何か話が聞きたいわ」
「ん、いつものですか?」
「ええ、暇だもの。いいでしょう?」
「はい、では、埃っぽいのでシャワー浴びてから参りますね」

 にこにこと笑う彼を見ながら、ふと考えたことにレミリアはそっと息をつく。
 ああ、風呂上りならさぞ温かいでしょうね、なんて思うなんて。
 どうやら言われたことが随分と響いているようだということを再認識しつつ、もう一度大きくため息をついた。





「咲夜は使ったことある?」
「湯たんぽでしょうか? ありますよ」
「よくわかったわね」
「何となくですが」

 微笑んで紅茶のお代わりを注ぎながら、咲夜は頷いた。

「特に寒い日は、次の日に差し支えないように防寒をしますから。体調管理も従者の仕事ですわ」
「大変ね、人間は」

 頷き返しながら、レミリアはその温かい紅茶を手に取る。

「でも、そうして咲夜が健康に気を遣ってくれてるお陰で、私はこうして美味しい紅茶が飲めるのよね」
「お嬢様がお望みになるときはいつでも」

 くすくすと微笑いあって、一口紅茶に口を付けたところでノックの音がした。

「○○かしら」
「そうでしょうね」

 咲夜がそう言って、扉を丁重に開ける。

「ああ、どうもありがとうございます」
「いいえ」
「○○もどう?」
「あ、いただきます」

 レミリアと同じテーブルに着いた○○に、咲夜が紅茶を淹れる。

「いただきます。ああ、美味しいです。温まりますね」
「一日の終わりには最適、ね」
「まさに」

 それぞれの言い方で褒められた咲夜は微笑んで一礼した。
 今日一日の報告を兼ねた話を四半時間ほど交わした頃、ふとレミリアが時計に視線を向けた。

「そろそろ休みましょうか。咲夜、ご苦労様」
「はい、それでは失礼致します。おやすみなさいませ」
「ええ、おやすみ」
「おやすみなさい」

 ティーセットを持って立ち去る咲夜を見送って、さて、とレミリアは○○の袖を引いた。

「休みましょう?」
「はい」

 強請るように抱きかかえさせて、ベッドまで運んでもらう。

「今日は何の話をしてくれるの?」
「そうですねえ……」





「……さん、レミリアさん?」
「ん……ごめんなさい、うとうとしてたわ」
「いいですよ。では今日はここまでにしますか」
「ん」

 温もりに擦り寄って、レミリアは一つ息をついた。

「温かいですか?」
「うん、安心するわ……」

 そう、温かくて安心するから、つい気を緩めてしまう。
 満足そうに微笑むレミリアに、○○もまた相好を崩した。

「湯たんぽ、ですか?」
「んー……かも、ね」
「僕にとっても、ですよ」
「ん、でも、私はそんなに温かくないと思うけど」
「でも、温かいです」

 背に回ったレミリアが枕にしていないほうの腕が、優しくレミリアを抱き寄せる。

「温かいですよ」
「……そう」

 頬を寄せて、柔らかく微笑い合って。
 きっとこんな時間が、何よりも幸せなのだろうと、そう思う。

「……ねえ、○○」
「はい」
「……こんな温もり、私は知らなかったわ」
「……はい」
「だから、その……ん」

 言いよどんだレミリアに、彼は軽く口付けた。

「大丈夫ですよ、僕はずっと此処にいますから」
「……うん」
「何処にも行かないから」
「うん……寒いからかしら、少し気弱になったみたい」

 私らしくもない、と照れを隠すように微笑って、レミリアは○○の肩口に顔を埋めた。

「だから、温めていて」
「はい」




 抱きしめる力が、少しだけ強くなって。
 外は音がしそうなほど雪が降っていたけれど、部屋の中は。
 いいえ、私を抱いてくれるこの腕の中は。
 とても、とても温かかった。

>>新ろだ334

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「――というわけで、今年は外の世界では逆チョコと言うのが流行ってるみたいなのよ」
「――で、それをどうして私に言うのかしら」

 不意に訪ねてきた――本当に唐突に訪れた八雲紫に、レミリアはため息をついた。
 大体、今は眠っているのではなかったのか。

「あら、私だって骨休めに起きることもあるわよ?」
「……何も訊いてないわよ」
「顔に出てるわよ、貴女はわかりやすいから」
「からかいに来ただけなら帰れ。第一、そういう話は私じゃなくて○○にしなさいよ」
「もうして来てるに決まってるじゃない」

 そう言いつつ、紫は出されていた紅茶を口に運んだ。
 以前に比べ――あくまで比べ、だが、紅魔館は不意の客人にも寛大になったように思われる。

「……本当に何しに来た」
「外の最新情報をお届けしに来ただけよ? ああ、ここの紅茶を頂きに来たのもあるけど」

 藍の緑茶も良いけど、紅茶ならここよね、と胡散臭く笑う。

「ここは喫茶店じゃないんだけど」
「きちんと手土産は持ってきてるから、そうカリカリしないで頂戴な」

 宥めながら、紫はスッと宙を裂く。そこから出てきたのは――

「…………チョコ? 料理用の?」
「わざわざ出向くぐらいですもの、これくらいは」

 そう言って、紫は咲夜に視線を送る。それに気が付いて、レミリアが頷いてみせた。

「では、失礼致します」

 咲夜は一言断りを入れると、紫とレミリアのカップに紅茶のお代わりを注いだ。

「流石ねえ」
「自慢の従者だもの」

 褒められて悪い気はしないのか、レミリアの羽がはためく。

「わかりやすいわねえ。まあ、お土産は好きに使って頂戴な。私はそろそろまた休むから」
「ありがたく頂いておくわ」
「量も十分だから、彼と一緒に作ったらどう?」
「…………っ!」

 一瞬にして顔を真っ赤にしたレミリアを満足気に見て、紫はスキマを広げる。

「じゃあ、頑張ってね。御馳走様。おやすみなさい」

 スキマの中に姿が消え去った後、テーブルの上に空のカップだけが戻ってきた。
 それを見て一つため息をつくと、レミリアは咲夜のほうを向く。

「咲夜、これの管理、お願いね」
「かしこまりました。お作りになられますか?」
「そう、ね。もったいないし」

 照れたように顔を逸らす、どこまでも素直でない主を微笑ましく見やって、咲夜は頷いた。

「はい、それでは、準備いたしますね」




「んー、こんなもんかなあ……あ、レミリアさん、咲夜さん、どうも」

 台所から聞こえてきた暢気な声に、レミリアは一瞬表情に迷った後、背後の咲夜を振り返った。

「……どうして○○がここにいるのかしら?」
「申し訳ございません。本日は図書館にいると聞いていたので……」

 図書館に行くときは大体一日作業なので、その認識は本来間違ってはいない。

「ああ、図書館にもお邪魔しましたよ。その後にこちらに」

 あまりに自由な行動に少しため息をついて、レミリアは首を振った。

「……そうね、自由に動くことを許可してるのは私だものね……」
「申し訳ありません。誰がどちらにいらっしゃるのかは大体把握しているつもりなのですが」
「いいわよ、咲夜。仕方ないわよ、○○だもの」

 それに全部把握されてるのも何だか癪だし、とぼそぼそと呟く。

「ところで、○○、その大量の材料は何? どこから持ってきたの?」
「これですか? 紫さんに頂いたんですよ」
「……多すぎない?」

 紅魔館の厨房は広い。それに比例して調理代なども広い、のだが。
 その半分を埋め尽くしているとはどういうことか。

「はあ、何だか大量に」
「断りなさいよ」

 まあ、あのスキマ妖怪がそれを聞くとも思えないが。

「……で、どうするの?」
「もったいないし、何か作ろうかと」

 そのためにレシピ探してたんですよね、と微笑う。

「……随分な量が出来そうだけど」

 逆チョコ、とかいうものの話を、○○も知っているはずだ。
 だが、この量は一人に贈るようなものでは――

「ええ、それで、外の世界の話なんですけど」
「逆チョコとかいうのなら知ってるけど」
「ああ、今年はそれもあるようですけど、それでなくて――」




「――つまり、世話になっている相手にも贈る、ってこと?」
「ええ、日ごろの感謝を込めて」

 ○○の説明に、レミリアは納得するように頷いた。

「家族や友人に渡す、ということもありましたし」
「一概ではないのね」
「ええ――まあ、今の話の半分くらいは材料をもらうときに聞いたものですが」
「……一気に信憑性が薄れたわ」

 でもまあ、とレミリアは微笑む。

「面白いかもね、それも」
「ええ。それでよろしければ」

 一緒にどうですか、と誘う彼の言葉を、断る理由など彼女にはなかった。




 咲夜の仕事に戻して、二人で台所を占拠する。

「何を作ろうかしら」
「量にも因りますが、とりあえずレシピは一通り」
「……図書館にこんなのあったんだ」
「外の世界のですけどね。前に蔵書整理の手伝いのときいくつか見つけまして」

 そう取り出したるはレシピ本。可愛らしい装丁で、表紙に”チョコレート特集!”と書かれている。

「本自体は少し古いですけど、中身は全然大丈夫ですよ」
「んー、妖精メイド達にも渡すから、クッキーなんてどうかしら」

 パラパラと本をめくりながら、レミリアが呟く。

「いいと思いますよ。ですが、本当にみなさんに配られるんですね」
「主人は時に従者達を労うものよ」

 かしこまりました、と頷いて、とりあえず、とばかりに彼はエプロンを取り出した。





 数刻後。

「できた……かしら?」
「ええ、そろそろですね」

 レシピがあることをいいことに、いろいろと試してみたのが良くなかったか。
 あまり直視したくないが、周囲は戦場さながらの光景となっている。
 わくわくしているレミリアのエプロン姿を眺めながら、自分にも原因の一端はあるな、と○○は頷いた。
 とりあえず、予想以上の破壊力だった。何度か気を取られたのも、まあ事実である。

「仕上がったらラッピングしていきましょうか。片付けもしつつ……あ」
「どうしたの?」
「どうやって配りましょうか。量が……」
「あら、いいものがあるじゃない」
「……これ、ですか」

 レミリアの指し示したものに微妙な表情をしつつ、○○は頷かざるを得なかった。





「うー、寒いなあ」

 紅魔館正門前。寒風吹き荒ぶ中、白い息を吐きながら美鈴は呟いた。
 もう日も暮れる。今日も一日が終わっていく――まあ、最近はずっと曇りか雪かだから太陽はあまり見えないが。

「こんな時期に好き好んで攻めてくるのなんていないし、かといってサボるわけにも」

 うっかり眠ろうものなら凍えかねない。結局、太極拳などをやって気を巡らせることにした。寒さは凌げる。

「精が出るわね、美鈴」
「お、お嬢様!?」

 夕闇に不意に現れた姿に、美鈴は声を上げた。

「でも、主の気配にくらいは気付くものよ」
「も、申し訳ありません……ところで、お出かけでしょうか?」
「いいえ、貴女に用よ。○○、取って」

 背後にいた○○に声をかけて、レミリアは包みを受け取る。

「はい、美鈴。今年のバレンタインは、私から皆へ特別報酬よ」
「私にもですか!? あ、ありがとうございます!」

 深々と頭を下げて、再び顔を上げた美鈴は、○○の担いでいるものに目を留めて何とも言えない表情になった。

「……○○さん、それは」
「……この袋しかなくて」

 十二月にやってくる赤服の老人が担いでいるような大きさの袋が、彼の肩にかけてあった。

「……二ヶ月遅いですね」
「全くです。まあ、次は妖精メイドさん達ですから大抵なくなるでしょうけれど……」
「丁度良かったんだもの。さあ、○○、次はメイド達のところに行くわよ」
「はい、そろそろ休憩の時間ですしね」

 頷いて応じた○○に柔らかく微笑んで、レミリアはもう一度美鈴の方を向いた。

「冷めないうちに食べなさいね。さ、行くわよ」
「はい、では、美鈴さん」
「ええ、お疲れさまです」

 二人の後姿を見送った美鈴は、いそいそと包みを開けた。
 中身はフォンダンショコラ。まだ温かいようで、少し割ってみると中のチョコレートが湯気を立てた。

「あー、温かいものだー」

 どうして他のみんな――咲夜やパチュリー、フランドールよりも先にここに来たのかと少し思っていたけど。
 温かいうちに持ってきてくれようとした配慮がいろいろ嬉しくて、美鈴は少し微笑んだ。

「さあて、お仕事頑張りますかー」





 ホールに集められた妖精メイド達はさざめいていた。
 唐突にお嬢様に呼び集められたのだ。無理もない。

「ほらほら、静かになさい。お嬢様がいらっしゃるわよ」

 咲夜が声をかけると、さざめきはすこし小さくなる。それでも不安なのか、そわそわしているものが多いようだ。
 そうしていると、ホール上の階段のテラスにレミリアが現れた。後ろに大きな袋を担いだ○○を伴っている。

「咲夜、ご苦労様。これで全部?」
「はい、お嬢様」

 咲夜の報告に満足げに頷くと、レミリアは胸の前で腕を組んで口を開いた。

「寒い中ご苦労」

 メイド達がぴたっと静かになった。それには気を留めず、レミリアは○○に目配せする。
 指示に従うように彼だけが階段を降りて、咲夜のところに近づいていった。

「すみません、お手伝い願います」
「ええ、いいわよ」

 袋から取り出す準備する様を確認して、レミリアは言葉を続ける。

「いつも頑張ってる貴女達に特別報酬よ。ありがたくいただきなさい」

 偉そうな口調で、偉そうに命じる。
 それこそがレミリアなのだと微笑ましく思いながら、どうやら同じ想いをしているらしい○○に咲夜は声をかけた。

「足りるのかしら?」
「大丈夫ですよ。大量に作りましたので――ただ、その結果の片付けが全部に手が及んでなくて」
「わかったわ、後で片付けておくから」
「すみません」

 ごそごそと取り出す彼もまた楽しそうに見える。さて、と咲夜は一つ息をついて、妖精メイド達に命じた。

「さ、仕事もつかえているから、早く並んでしまいなさい」


 半刻後。
 きゃっきゃっと喜んでいる妖精メイド達がそこかしこに見受けられた。

「随分と喜んでもらえたようね」

 降りてきたレミリアに、咲夜が頷く。

「甘いものはみな大好きですから。しばらくは仕事にならない気もしますが」
「まあ、たまには良いでしょう」
「たまに、でもないのですけれどね」

 少し困ったように微笑んだ咲夜に、レミリアも微笑ってみせる。

「それもそうね。さ、○○」
「はい」

 ほとんど空になった袋をごそごそと探って、○○は一つのラッピングされた箱をレミリアに渡す。

「はい、咲夜。貴女にも」
「私にも、ですか?」

 意外そうな表情の咲夜に、レミリアはため息をついた。

「当然じゃないの。メイド達に渡してるのに、どうして貴女に渡さないなんてことがあるの?」

 もう、と可愛らしく怒る主に微笑んで、咲夜は瀟洒に頭を下げた。

「ありがとうございます、お嬢様」
「ええ、どういたしまして」

 機嫌が良さそうに――本当に上機嫌な笑みでその言葉を受け取り、レミリアは○○の袖を引いた。

「さあ、次は図書館よ」
「はい。もう袋はいいですかね」
「大丈夫でしょ。咲夜、後はお願いね」
「かしこまりました」

 一礼した咲夜に、レミリアが先に行ったことを確認した○○がそっと告げた。

「随分と悩んで苦心されてましたよ」
「え?」
「咲夜さんの好みを、一生懸命再現しようとしていて」
「あ……」

 にこにこと笑う彼に何かを言おうとしたとき、先を行くレミリアがの声が届いてきた。

「○○ー?」
「はい、今行きますー! では、咲夜さん」
「え、ええ」

 ○○の姿がレミリアを追って消えたのを確認した後、咲夜は時間を止めて、レミリアにもらった箱を開いた。
 中には、トリュフ型のチョコ。
 一つ手にとって食べると、甘く、ほろ苦く、珈琲にもよく合いそうな味が口の中に広がった。

「美味しい……」

 確かに、これは咲夜の好みの味で。
 心から嬉しそうに微笑むと、咲夜はもう一度レミリアの居る方向に頭を下げた。
 そして箱を閉じ、能力を解除する。

「さあ、貴女達、仕事に戻るわよ」





「パチュリー様ー!」
「どうしたの」

 パタパタと楽しげに飛んできた小悪魔に、パチュリーは顔を上げた。
 珍しい行動ではある。大抵、本から顔を上げることもなしに応えることのほうが多い。
 上げた理由は一つ。使い魔の後ろから、慣れた気配が二つほどついてきていたから。

「お嬢様がいらっしゃいました」
「お姉様? ということは○○も?」

 パチュリーの隣で大人しく本を読んでいたフランドールに、小悪魔は頷いてみせた。

「はい、妹様もお探しでしたよ」
「私も?」
「……そうか、そうね」

 パチュリーが一人小さな声で頷く中、コツコツと二つ足音が響いてきた。

「パチェ、来たわよ……あら、フランもここにいたのね」
「うん……?」

 フランドールは何かに気がついたように立ち上がると、並んで歩いてきていたレミリアと○○の両方に抱きつくように飛びついた。

「フラン?」
「フランさん? どうしました?」
「お姉様と○○、甘い匂いがする……」

 どう、と尋ねるように、フランドールはレミリアと○○を交互に見上げた。

「ええ、そうよ。フラン、とりあえずテーブルに戻りなさい」
「えー」
「いいものがあるから」

 苦笑してフランドールを戻らせて、レミリアは持ってきていた箱を、パチュリーとフランドールの前に置いた。

「今年のバレンタインは私からみんなに、よ」
「お姉様から?」
「珍しいわね」
「まあね」
「私ももらったんですよー」

 嬉しそうにしている小悪魔を見て、フランドールがレミリアに尋ねる。

「ねえ、開けてもいい?」
「ええ、いいわよ」

 フランドールの箱には、綺麗にトッピングがなされた小さなホール型のチョコレートケーキが。
 パチュリーの箱には、ハーブの香のする、ミントの葉が飾られた一口大のロシェ風のチョコが幾つか入ったものが。
 それぞれ、丁寧ながらも手作りの様相を保った様子で納められていた。

「わあ……」
「……意外と、凝ったものを作ったのね」
「○○も手伝ってくれたからね。ね?」
「レミリアさんが上手だったからですよ」
「はいはい、甘いもの前にしてるんだから、空気まで甘ったるくしないで」

 パチュリーが苦笑している間に、○○が皿とフォークを用意してフランドールのケーキをセットした。
 小悪魔は小悪魔で紅茶の用意をしている。

「どうぞ」
「うん、ねえ、食べていい?」
「ええ」

 頷いて、レミリアはフランドールがケーキにフォークを入れていくのを眺める。
 それを見ながら、パチュリーはそっと小声で○○に尋ねた。

「貴方の入れ知恵ね? このレシピの選び方は」
「ん、まあ、レシピは僕の方が知ってましたし」
「貴方はお菓子作りも上手だったわね」
「趣味ですよ、ただの」

 言いながら、彼はフランドールの世話を焼いているレミリアを、微笑ましそうに見つめていた。

「ああもう、お熱いことね」
「え、あ、そうです、か?」

 微かに慌てたような反応に満足して、パチュリーも手元のチョコを口に運ぶ。

「……あら、美味しいわね」

 チョコの甘みと、ミントのすっきりとした後味。何か香りがすると思ったらミントだったのかと、パチュリーは納得した。

「パチェにそう言ってもらえたら合格ものかしら」

 満足そうなレミリアの言葉に被さるように、フランドールが問いを口にした。

「あれ……お姉様、これ、クランベリー?」
「ええ、どうかしら?」
「美味しいよ……その、ありがとう」
「どういたしまして、フラン」

 小さな声でのフランドールの礼に、レミリアは柔らかく微笑んだ。
 恥ずかしいのか、俯いていたフランドールにはそれは見えなかっただろうけど。

「……良かったわね」
「……全くもって」

 ○○の相槌に頷いて、パチュリーは大事な親友からもらったチョコをもう一つ、口に入れた。





 図書館でしばらく談笑して、部屋に戻って湯浴みを終えたのはもう夜も明けようとする頃。

「楽しかったわ」
「ええ、みなさん喜んでくださってましたしね」

 ベッドに腰掛けて、そう微笑い合って――レミリアがふと、○○の袖を引いた。

「ねえ、○○」
「はい」
「その、貴方にも」

 そういうと、手元にどこからか箱を取り出す。

「いつ渡そうかと思って、今になったけど」
「ありがとうございます。では、僕からも」

 交換するように、彼もまた箱を取り出した。レミリアから受け取って、自分の箱を渡す。

「いつの間に作ってたの?」
「同じ言葉を返していいでしょうかね?」
「それもそうね……開けていい?」
「ええ、僕も開けますね」

 二人で同時に開ける。中を見て、くすくすと笑みを交わした。

「生チョコ、ね」
「ええ、リキュール入り、ですね?」

 堪えきれなくなって、二人で声を合わせて笑う。

「何も、同じようなの作らなくても良かったのに」
「まあ、そちらには香り程度にしか使ってませんけどね」
「ん、ごめんなさい、そっちのはちょっと多いかも」

 すまなそうに言ったレミリアに首を振る。

「いえいえ、多少なら。いただいても?」
「ええ、どうぞ」

 そう言いながら、レミリアも○○の作ったチョコに手を伸ばす。
 ○○もそれを見た後一つ口に入れて――甘みとともに、仄かな酒精が香るのを感じた。

「ああ、美味しいですね。僕もこれくらい入れても良かったかなあ」
「ん、これも美味しいわよ」
「ですか? だといいんですけど。あ、一つ食べます?」
「いただくわ」

 ○○が一つ抓まんで差し出したのを、レミリアは指ごとぱくりと口に含む。

「っ!?」
「んー……でもやっぱりちょっと強かったかしら?」

 ○○の指先をぺろりと舐めて、レミリアが見上げながら首を傾げる。

「……そうですかね」

 意識してないんだろうなあ、と○○は心の中だけで嘆息する。
 はたして彼の中の葛藤など知らないように、レミリアは頷いた。

「そうかも。ほら、○○のも食べてみて」

 そう、同じように差し出されたので、お返しとばかりに指ごと咥えてみた。

「ひゃうっ!? ○○!?」

 驚くレミリアに少し満足しながら、同じように指先を舐めて、○○は離れる。

「……レミリアさん、同じことしたんですよ?」
「あ……」

 さっと顔を紅くする様子を可愛いなあと思いながら見ていると、軽く睨むように見上げてきた。

「……○○ばかり余裕でずるい」
「いや余裕があるわけじゃないんですけどね」
「むー……そうだ」

 こういうときの、そうだ、は大抵碌なことには――と思うが早いか、○○はレミリアに押し倒されていた。

「レミリアさん……?」
「○○ばかり余裕でつまらないから……」

 楽しげに言いながら、レミリアは一つチョコを抓み上げる。○○に作ったチョコだ。

「少しは、焦らせてあげる」

 言うが早いか、口に咥えて、○○の口唇に押し付けてくる。

「……っ!」
「ん…………これで、一矢報えたかしら?」
「……ええ」

 至近距離で、レミリアが微笑った。口の中に甘いチョコの香りと、リキュールの風味が残る。
 かっと頭に血が上るのを感じながら、○○は誤魔化すように頬をかいた。何か、悔しい。

「……では、僕からも」
「え……んんっ!」

 一つチョコを口に含むと、○○はレミリアを引き寄せ、口付けた。
 甘い味が口の中に広がるが、それだけでは終わらせずにキスを続ける。
 舌が触れ合って、レミリアがびくりと体を震わせた。それに気が付いて、○○は口唇を離す。

「まだ、慣れません?」
「……ちょっと驚いただけよ」

 むー、と不満そうに唸って、レミリアは再びチョコに手を伸ばした。

「……まだ続けますか?」
「○○に勝つまでやめないわよ」

 何だか目的がすっかり変わってしまっているのだが、それを指摘する前に、言葉はチョコの味をした口付けに飲み込まれた。


 約十分後。

「は……う…………」

 レミリアが○○の胸の上に力なくしなだれかかって、ぱた、ぱた、と羽を微かに震わせている。
 こうなるのはわかってたんだけどなあ、と心の中だけで呟く。

「大丈夫です?」
「う、うん……」

 顔を真っ赤にして、○○の胸に擦り寄る。
 やれやれ、と微笑んで、まだ幾つか残っているチョコの箱を閉めてサイドボードに置いた。
 そんなに量は減っていない。互いに食べさせ合う時間より、段々口付けの時間が長くなっていって――結果がこれだ。
 楽しくはあったのだが、口の中が甘い。チョコレートの味が残りすぎてるな、と思いながら、サイドボードの水差しに手を伸ばす。

「レミリアさんも、水、要ります?」

 こくり、と頷くレミリアに、○○は水差しからコップに移して一口飲んだ後、薦めようとしたのだが。

「……飲ませて」
「…………いいですけれど、随分と今日は甘えてくださいますね」
「……だって、今日あんまりくっつけなかったもの」

 半身を起こしている○○に寄り添うように、レミリアも身を起こしていた。

「だから、ね」
「はい」

 彼は口に水を軽く含むと、レミリアの頤に手を当てて、自分の方を向かせた。
 口移しでもらった水を、こくり、と嚥下して、レミリアは一つ息をつく。

「ありがとう」
「……礼を言うのは僕のような気もしますが」
「い、今のだけじゃなくて」

 パタパタと羽が動く。自分で強請っておきながら恥ずかしいらしい。

「今日のこと。みんなにチョコレートを配れたこと。私一人だったら、考えもしなかった」
「……みなさん、喜んでおられましたよ」
「うん。そうならば嬉しい。私は此処の主だもの。此処に仕えるものは私のものだから、それらが嬉しいのは嬉しいわ」

 ○○の服を掴んで、さらに身を寄せる。甘えるように擦り寄る。

「○○がいてくれたからよ」
「僕がしてることは小さなことですよ」
「いつでも、小さな物事から運命は流転するわ。今だってきっとね」

 くすくす、と微笑って、○○に頬を寄せてくる。

「大好きよ、○○。ありがとう」
「僕の方こそ、ありがとう、ですよ。愛しています、レミリアさん」

 抱き寄せて、今度は軽い口付けを交わして。

「休みましょうか」
「ええ」

 腕の中の定位置に収まったレミリアに、○○は微笑んで、そうだ、と呟く。

「言い忘れてました」
「何を?」
「チョコレート、ありがとうございます。とても、美味しかったですよ」
「……うん、私からも。ありがとう、美味しかったわ」

 別の甘さも同時に思い出したのか、少し照れたように顔を紅くしながら、レミリアも応じるように微笑んだ。

「ね、○○」
「はい」
「まだ甘えてて、いい?」
「はい、いつでも」

 嬉しそうに擦り寄るレミリアを、○○もそっと抱き寄せた。



 甘い一日は終わるけれど。
 この甘さはきっと醒めないだろうと、そう思いながら。

>>新ろだ341

───────────────────────────────────────────────────────────

 風が温かさを増し、だが未だ寒さの残る三月。
 まだ残っていた雪かきを終え、彼は作業していた里の者達と一緒に茶屋で一服していた。

「兄ちゃん、精が出るな。お疲れさん」
「どうも」

 店主に一礼して緑茶と団子を受け取る。甘いものは好きだった。肉体的な栄養補給にはならないが、精神的には安らぐ。
 そちらの栄養補給は、水筒に血入りの紅茶を持ってきている。当初は輸血パックを勧められたが、里でそれは拙いと今の形に落ち着いた。
 もきゅもきゅと団子を食べながら、ぼうっと空を見上げる。後ろからは雑談の声が聞こえるが、あまり聞いていない。

「兄ちゃんどうした、ぼーっとして」
「ああ、すみません、ちょっとホワイトデーのことを考えていまして」

 そう笑顔で返す彼に、ああ、と何人かが声を上げる。

「あれか、女に菓子を返すっていう」
「はい、先月のお礼ということです」
「ああ、そっかー。いきなり広まった奴な」

 またがやがやと会話が始まる。その中、ふいと店主が彼に話を振った。

「しかし、だとすると兄ちゃんは大変だろう、何たって相手があの吸血鬼のお嬢様じゃ……」

 そこまで言って、慌てたように店主は口を噤んだ。

「大丈夫ですよ」

 丁寧に彼はそう手を軽く振った。あるいは鷹揚にも見えたかもしれない。果たして、店主はほっとしたようだった。
 彼が里に出る条件の一つがこれだった。あまりにも妖怪らしくなく威厳もないが、一応妖怪は妖怪、少しは恐れられる要素が欲しい。だが無い。
 だから、周囲が噂を流布させたのだ。彼は里を襲わないが、彼の溺愛する主に対する戯言の類には激怒すると。
 彼がそれを知ったのは随分後のことで、慧音と阿求にそれを聞かされたときは思わずその場にがくりと膝と掌をついたものだ。
 その様子を見ていた二人には、声を揃えて『事実(だろう)(でしょう)?』と言われたのは記憶に新しい。
 ちなみに、本気で暴れたときは全力で止めてやるから安心しろ、と慧音には言われていたりもする。それは死亡フラグではないだろうか。

「ま、うちとしちゃそれが切っ掛けで売り上げが上がるといいんだがなあ」
「あー、まあそういう側面も……みなさんはどうされるので?」

 ○○が話を振ると、方々でまた声が上がる。
 返すにしろ何にするのか、甘いものなら何でもいいのか、いや適当なものだと怒るぞ……等々。

「でも、作るのも悪くないと、ちょっと思ったりするんだ」

 誰かがぽつりとこぼした声に、また議論が起こる。それをふむふむと聞きながら、彼は緑茶を一口啜った。

「んー、作ってみたい人も多いみたいですし……店長さん、ちょっとよろしいですか?」





 最近、○○があまり紅魔館に居ない。
 春が近付き、里の仕事が増えたためだ――それでも、以前よりは自重しているらしいが。

「でも、それならどうして前より館にいないときが多いのよ」
「レミリア、じゃああんたは何故此処で愚痴ってんのよ……」

 神社の縁側。霊夢の背中にくっついてレミリアが管を巻いていた。

「だって暇だし」
「だからってうちに入り浸るな」

 そう霊夢はため息をつく。レミリアの愚痴だか惚気だかわからない話を延々聞かされているのだから、うんざりもしてくるというものだ。
 不意にレミリアが視線を宙に向けた。つられて霊夢が視線を上げると、二つの見慣れた影が降りてこようとしていた。

「よっ、元気かー?」
「お嬢様、やはりこちらに」

 魔理沙と咲夜であった。二人を交互に見て、霊夢が首を傾げる。

「珍しい、どうしたの二人で」
「いやまあ、偶々そこで会ってな」
「お嬢様もこちらだろうから、ってことで一緒に来たのよ」

 受け答えをしながらそれぞれ縁側に座るのを見て、レミリアが標的を魔理沙に移す。

「魔理沙、あんたも付き合いなさい」

 そう愚痴をこぼし始めたのを見て、霊夢が一つ息をつく。

「今日ほどあんた達が来て良かったと思ったことはないわ」
「それは光栄ですわ」

 咲夜だけが涼しげな顔で、主の様子を眺めていた。




「んー、すっきりした」

 小半時程魔理沙に絡んでいたレミリアが一つ伸びをする。魔理沙は縁側に突っ伏していたが。

「霊夢……茶を一杯……」
「はいはい」

 呆れながらも、霊夢はお茶を淹れて魔理沙に手渡す。

「ところで、咲夜はレミリアを呼び戻しに来たんじゃなかったの?」
「それもあるんだけれど……お嬢様、よろしいですか?」
「何?」

 縁側に腰掛けて可愛らしく首を傾げるレミリアに、咲夜は柔らかく微笑んで提案する。

「よろしければ、里に御召し物などを見に行きませんか? 気分転換も兼ねまして」
「里に?」

 んー、と考えるレミリアに向かって、霊夢が頷く。

「いいんじゃない? 咲夜の言うとおり、気分転換にはいいでしょ」
「そーだそーだ。こんなところで管巻いてるよりはよっぽと建設的だぜ」
「こんなとこって何よ」

 とにかく、と霊夢はビシッとレミリアに指を突きつける。

「○○さんに会いたいなら会いに行ってくればいいのよ」
「え、あ、う……」

 指摘されて、レミリアの顔がみるみる紅く染まっていく。

「そ、そりゃ、逢いたくないわけじゃ、ないけど」

 でも、仕事してるだろうし、とか何とか呟く。誰かが傍にいるとなれば、普段のように振舞うことも出来ないからだ。

「お嬢様、買い物のついでと思いましたら」
「そ、そう、ね」

 咲夜の取り成すような言葉に赤い顔のまま頷いて、レミリアは日傘を手に立ち上がった。

「じゃあ、行きましょう、咲夜」
「はい」
「またね、霊夢、魔理沙」
「今度はお賽銭入れに来なさいよ」

 そう言う霊夢に軽く手を振って、レミリアは咲夜に開いた日傘を手渡して神社を後にした。

「あー……そういえば」
「どうしたの?」

 その姿を見送っていた魔理沙が、茶を啜りながら思い出したように呟いた。

「○○の奴、ここ数日よく香霖堂にも顔出してるって言ってたな」
「それ、もっと早く言いなさいよ」

 そうすればここまで絡まれなかったでしょうに、と霊夢が呆れたように応じた。





「お嬢様、こちらなどは」
「…………咲夜、貴女、私を着せ替えて楽しんでない?」

 あれこれと衣装を合わせる咲夜に、レミリアは一つ息をついた。

「そんな、滅相もありませんわ」

 そう言いつつ、やはり咲夜はどこか楽しそうだ。
 里には妖怪対象の店もあるが、レミリア自身が買い物に来る、というのはかなり珍しい。大抵咲夜が全て済ませてしまうからだ。
 だからどういう気紛れなのだろうかと、どこか雑多ながら垢抜けて整然としている店内を眺めながら咲夜に尋ねる。

「急にどうしたの? たまにはこういう趣向も悪くはないけれども」
「随分と退屈されていたようでしたので……たまには、こういったのもよろしいかと」
「まあ、楽しくないわけじゃないけれど……」
「それよりもお嬢様、こちらは如何でしょう?」
「……本当に楽しそうね」

 珍しく嬉々としている咲夜を見て、レミリアはもう一度ため息をついた。
 だがまあ、確かに滅多に見られないものを見れたので、それはそれで良しとするべきかもしれない。





 フランドールの分も買って、店の外に出たところで不意に声をかけられた。

「おや、珍しい。陽も落ちぬうちから」
「ご挨拶ね、白沢」

 どこかに出かける途中らしい慧音を、レミリアは軽く睨み上げる。

「いや、気分を害したなら済まない。だがその様子だと、やはり紅魔館は関係ないのか」

 ふむ、と考え込む慧音に、レミリアと咲夜は顔を見合わせる。

「どういうことかしら?」
「いや、何、最近里の男衆が○○の先導で何かしているらしい、という話を聞いてな」
「○○が?」
「そうだ。方々で仕事が終わった後でも姿を見かけているようでな。それに合わせるように男衆も何かをしていて」
「知らないわ」

 レミリアの声はやや硬かった。隠し事をされていた、というのが気に食わないのだ、と自分に言い聞かせる。

「良かったら、私達も連れて行ってもらえないかしら?」
「貴女達も?」

 咲夜が主の状態を察して申し出たことに、慧音は首を傾げる。

「紅魔館の者のことですもの。そうですよね、お嬢様」
「ええ、そうよ。白沢、案内しなさい」
「あ、ああ。確か、今日は向こうに歩いていっていたと……」

 レミリアの気迫に押されるように、慧音は道を指し示して一緒に歩き出す。

「あちこちに顔を出してるらしいが、何しているのかわからなくてな」
「里の者達も?」
「誰に聞いても曖昧な返事しか返さなくてな」
「どのみち、隠し事をしているのは気に食わないわ」

 咲夜と慧音の会話を打ち切るように、今度は言葉にも出す。
 何故だかもやもやとして、落ち着かない。気に食わないのか、不安なのか。


 不安? 何が不安なのだろう。


 苛々したまま、陽も落ちかけている里を歩く。

「ん、あれは……」
「○○さんですわね」

 二人の声に、レミリアは顔を上げる。○○が里外れの茶屋に入ろうとしているところだった。

「あ……」

 声をかけようとして、立ち竦む。茶屋の店員らしき娘に微笑いかけて何事か話しかけているその姿を目にしてしまったから。
 楽しそうな表情をしている、と思って、息が詰まりそうになる。

「お嬢様?」

 咲夜の声に我に返った。ふと見れば、○○は既に茶屋の中に入ってしまった後で。

「……帰る」
「え?」
「帰るわ、咲夜」
「○○のことはいいのか?」

 慧音の言葉に、噛み付くように返す。

「楽しそうだからいいのよ」

 言うが早いか、日傘を咲夜の手から取って飛び立つ。何かが悔しくて、寂しくて、でもそれが何かを知る前に。
 逃げるように、紅魔館に向かって飛び去った。




「……誤解と思うんだがな」
「私もそう思うのだけれどね」

 慧音と咲夜が顔を見合わせて肩を竦める。

「みなで集まってるのは確かなのだし、とりあえず私は様子を見てこようと思うが」
「私もご一緒させてもらうわ」
「おや、いいのか?」
「お嬢様のスピードには、今から追いかけても追いつけないわ」

 それに誤解を解くのも役目だからね、とウインクして、咲夜と慧音は連れ立って茶屋に近付く。

「あ、先生、いらっしゃいませ。ごめんなさい、今日はもう……」
「ああ、そうなのか。いや、知り合いが入っていったものでね、みなも集まっているようだし、何かしているのかと」
「あー、いえ、特には」

 そう答える彼女に、咲夜が微笑を湛えたまま言葉を繋ぐ。

「申し訳ないのだけれど、少し誤解を解いておきたいこともあるの。何しているのか教えてもらえないかしら」

 その言葉に店員の娘は少し考えて、そういうことなら、と案内する。

「内緒ですよ。みなさんまだ内緒にしておきたいようですから」
「?」
「あー、もしかしてあれかしら」

 疑問符を浮かべた慧音と、少し納得したような咲夜に頷いて、どうぞ、と厨房の裏の窓を彼女は指し示した。





 館に戻ったところで自室にいるのも落ち着かず、レミリアは結局図書館に降りてきていた。

「パチェー」
「レミィ、どうしたの?」
「ちょっとね」

 親友の声に何だかほっとするものを感じながら、レミリアはパチュリーと同じテーブルに着く。

「……○○さんと、喧嘩でもしたの?」

 唐突に核心を付く言葉に、レミリアは咄嗟の返答に詰まった。

「……別に、喧嘩してるわけじゃないわ」
「でも、不機嫌なのは何かあったからでしょう?」

 こういった物言いが彼女に向かって出来るのは、この館ではパチュリーくらいのものだ。
 レミリアは軽くパチュリーを睨むと、発言したこと自体は咎めず、テーブルに頬杖をついた。

「……だって、楽しそうだったのよ」
「○○さんが?」
「私はいないのに、それでも、○○は楽しそうだった」

 それでも、私はいいはずだったのに、と、ぽつぽつと話を進めていく。
 聞いていくうちに理解と納得がいって、やれやれ、パチュリーはため息を吐いた。
 その感情が嫉妬であることに、レミリアは気が付いていない。店の少女と話していたことが切っ掛けになったことにさえ。
 それでも、寂しさや悔しさといったものが先に出て、レミリアを不安定にさせているのだ。
 それを理解しながらも、パチュリーはそれについては深く述べず、こと、と一つのボトルをテーブルの上に出した。

「レミィ、明日が何の日か、知ってる?」
「え?」
「一月前のお礼を返す日、なのだそうよ。元々は、外の商業戦術らしいけれど」

 そして、すっとボトルをレミリアの前に置く。ボトルの中の淡い薄紅色の液体が、緩やかに揺れた。

「……パチェ、これ」
「私から、よ。一月前のお礼」

 促されるように開けてみると、柔らかい香りが広がった。

「これ、桜?」
「少し季節は早いけれどね」

 本に目を落としたまま、パチュリーは頷く。

「何にでも使えるはずだから。飲用にも香水にもアロマキャンドルにも」
「……パチェは一体何を作ろうとしたの?」

 呆れたように呟いて、でも、とレミリアは微笑う。

「ありがとう、パチェ」
「どういたしまして……ついでに言うなら、私にこの風習の詳細を教えてくれたのは○○さんよ」
「え……?」

 思わぬところから名前が出てきて、レミリアは目を瞬かせる。

「少し前から、何やかんやと準備していたから訊いてみたんだけどね」
「○○が……?」
「ええ。里の方に出てたのもその関連だと思うけど」

 私もよくは知らないけどね、とはらりと頁をめくる。
 レミリアは何かを言おうとして口を開き、だが何も言わず閉じた。そのまま、考え込むように目を細める。
 しばらく、静かな時間が続いた。はらりと頁をめくる音だけがしばらく続いて、ようやくレミリアが声を上げる。

「ねえ、パチェ」
「ん?」
「……私、は」

 紡ごうとした言葉は、唐突に背中に突っ込んできた衝撃に遮られた。

「お姉様、みーつけたー!」
「……フラン?」

 妙に機嫌よくパタパタと羽を動かしている妹に、レミリアは首を傾げる。

「どうしたの?」
「あのね、○○に教えてもらったの!」

 そう言って、何かをレミリアの手に押し付けてくる。ガラスの間に押し花を挟んだ、二枚の栞だった。

「お姉様にもらったもののお返し。お姉様と、○○と」
「最近、こちらにいらっしゃることが多いようですので……とお勧めしたのですけれど」

 小悪魔がフランドールの後ろからひょっこり顔を出す。

「これは……貴女が作ったの?」
「うん、○○やパチュリーや咲夜や美鈴や小悪魔に教えてもらったりしたけど」

 どう? と首を傾げるフランドールに、レミリアはふわりと柔らかく微笑う。

「嬉しいわ、フラン。ありがとう」
「本当?」
「ええ、本当よ」

 そう頭を撫でるレミリアに視線を向けて、パチュリーは小悪魔に声をかける。

「ご苦労様」
「いえいえ、私個人では何も用意できてませんから」
「こちらの手伝いもお願いしたしね」

 そう、パチュリーは手元の紅茶のカップに手を伸ばした。

「ああ、レミィ」
「ん?」
「言いかけたことは、私に言う言葉じゃないでしょう?」
「……うん」

 何のこと? と尋ねるフランドールに軽く首を振って、レミリアは妹の髪をまた一つ撫でた。





 しばらくの後、レミリアはテラスに場所を移した。
 ○○が帰ってくるまでは暇でもあるし、ここからの風景は気に入りでもある。何を言いたいのか、落ち着いて考えるには悪くない場所だった。

「お嬢様、こちらに」
「咲夜、遅かったわね……あら?」
「どうも」
「お邪魔してますー」

 慧音と文も一緒についてきていて、レミリアは不思議そうに一行を見やる。

「また随分と珍しい組み合わせね」
「まあ、事の顛末を伝えるだけはしようかと思って」

 慧音はそう少し微苦笑気味の表情を浮かべる。その言葉に、レミリアは複雑な表情になった。

「……ああ、さっきのか。天狗がいるのも?」
「ええ、咲夜さんに折角取った写真を強奪されそうになったので」
「あら、貸して欲しいって言っただけじゃない」

 咲夜は涼しげな表情で答える。文は軽く首を竦めると、レミリアが座っているテーブルの上に写真を出した。

「今回の独占記事予定の写真の一部です――ああ、これは使用しないのでお見せできるものなんですが」

 何枚か出された写真に視線を向けて、レミリアは固まった。

「…………何これ」
「何これと言われましても」
「……料理教室、だと思われるのだが」

 里の者達らしき男達が調理場にいる。そしてその中には確かにレミリアの恋人の姿もあった、のだが。

「……何で割烹着なんてもの着てるのよ……」

 吸血鬼としての威厳が、とレミリアは何だか少しピントのぼけた感想を漏らす。
 だがレミリアにも意外と似合うかも、などと後の三人の少女は同時に思ったのだが、幸いにして誰も口には出さなかった。

「ま、まあ、顛末は、明日のための料理教室だった、ということだな」
「作ってみたい、という声が結構あって、あちこちの茶処が企画したのだそうですわ」
「で、その相談役が、外から来た者だから、ということで○○さんだったわけです」

 元々外の風習ですからねー、と文は手帳を開きつつ笑う。

「いや、独占記事もいただけましたし、今回はほくほくです。明日まで出すのを待って欲しい、とは言われましたが」
「……なるほど、あの店員は口止め役だったのね」
「みながみな内緒にしたがっていたらしくてな。それで彼女は知っているが知らないということになっていたと」
「なるほどね、理由はわかったわ」

 レミリアは写真をまとめてテーブルの上に置き直しながら頷く。そのとき不意に、三人の態度の違いに気が付いた。
 同じものを見てきただろうに、慧音は迷うような、文は楽しげな、咲夜は微笑ましげな表情をしている。

「何、まだ何かあったの?」
「いや、まあ、な」
「いいものを聞かせてもらったのでー」
「お嬢様に直にお聞かせできなかったのが残念ですわ」
「…………?」

 疑問を呈したところ、彼女達が聞いてきた言葉を一句違わず告げられて――レミリアは耳まで顔を紅くする羽目になった。




 ○○は遅くなるだろうからと、咲夜に促され、ティールームにさらに場所を移す。

「ねえ、咲夜」
「はい」
「今日買い物に連れて行ってくれたのも、明日の前倒し?」

 尋ねるレミリアに、咲夜は柔らかく微笑んだ。

「お気に召しませんでしたでしょうか?」
「いいえ、その逆。楽しかったわ、咲夜。ありがとう」

 楽しそうに言って、咲夜の淹れた紅茶を口に運ぶ。そして一息ついて、テーブルの上に飾られている花を眺めた。

「……あら?」
「どうなさいました?」
「この花は? 美鈴かしら?」
「ええ、呼んできましょうか」
「そうね、お願い」

 さっと咲夜が席を外し、すぐに戻ってくる。同時にバタバタと廊下を走る音がして、部屋の中に美鈴が飛び込んできた。

「お呼びですか!?」
「ええ、この花なんだけれど」
「あ、ええと、春の花を気を整えて早めに咲かせたんですけれど……お気に召しませんでしたでしょうか?」

 慌てて説明する美鈴に、レミリアはもう一度花に視線を移しながら伝える。

「これ、後で私の部屋に持ってきてもらえる?」
「え、は、ええ?」
「ここだけで楽しむには惜しいわ。出来る?」
「え、ええ、もちろんです! ありがとうございます!」

 慌てた様子から一転、嬉しそうに美鈴は頭を下げる。

「随分、嬉しそうね」
「ええ、そりゃ、渡したものを喜んでいただけましたら嬉しいですよ。では、後で参ります!」

 それだけ言って駆け去る美鈴を見送った後、ふと気が付いて、今度はレミリアが慌て出す。

「咲夜、どうしよう」
「どうなさいました?」
「私が、○○に何も準備してない」

 先程までの様子がどこへやら、どうしよう、と呟く。

「何かいい案はない? 今からじゃ……」
「でしたらお嬢様、こういうのはどうでしょうか?」

 何も物だけが想いを伝える方法ではありませんわ、と言って、咲夜は瀟洒に微笑んだ。





「随分遅くなっちゃったな……」

 紅魔館への帰りを急ぎながら、○○はぽつりと呟いた。

「レミリアさん怒ってるかなあ」

 料理教室は大盛況で、まあ否応なしに来る羽目になった者も居た様だったが、概ね楽しんで行えた。
 それはいいが、最後の酒盛りが余計だった。少しだけしか飲んでいないものの、何か口走った気がする。
 というか口走った。直後に会った、外にいた三人がそれぞれの反応を示していたのが何よりの証拠だ。
 何言ったのかは怖くて聞けていないけど。

「さてと、そろそろ……落としてないよな」

 懐にある物の感触を確かめて、○○は一つ頷く。ここのところ帰りが遅かったのも今回のことを引き受けたのもこれのためなのだ。
 紅魔館の中庭に降り立って入り口に急いでいると、後ろから声が聞こえてきた。

「あー、おかえりなさいー」

 美鈴だった。両手に抱えるほどの花を丁寧に抱いている。

「ただいまです、美鈴さん。その花……」
「あ、ええ。お嬢様にも気に入ってもらえたみたいで」

 嬉しそうな美鈴と、扉を押し開けて中に入る。

「おかえりなさい。随分遅かったわね。まあ、お嬢様も少し時間かかりそうだから丁度良かったけど」
「ただいまです。ああ、もしかしてもうおやすみですか?」
「いいえ、全然。とりあえず貴方は湯を浴んできなさい。料理してたんだから」
「あ、はい……」

 帰るなり説教を受け、申し訳なさそうに○○は頭を下げる。

「あ、咲夜さん、お嬢様はお部屋ですか?」
「ええ、美鈴、持っていってもらえるかしら?」
「もちろんです。それでは!」

 さっと駆け上がっていく美鈴を見送った後、さて、と咲夜は○○に向き直る。

「お嬢様が首を長くして待ってらっしゃるから、早く準備して行きなさい。準備したら丁度良いころでしょうし」
「はい、ありがとうございます。丁度良い、とは?」
「まだ内緒よ。さ、早く」

 咲夜に促され、彼は勝手知ったる館の中を歩き始めた。 





 何だかんだで小半刻後、咲夜に連れられて○○はレミリアの部屋の前に居た。

「どうもです、咲夜さん」
「いいえ。さ、お嬢様が随分お待ちかねよ」
「あー……怒ってらっしゃいますか?」
「まあ、いろいろとね」

 少し苦笑して、咲夜は扉をノックする。

「お嬢様、○○さんがいらっしゃいました」

 入っていいわ、という声が中から聞こえてきて、咲夜が扉に手をかけた。

「さ、どうぞ」
「はい、では」

 一礼して、部屋の中に入る。入ってすぐに、花の香りとそれとは違う甘い香りがすることに気が付いた。

「○○?」
「あ、はい、失礼します……」

 呼ばれて、いつも座っているテーブルに目を向けるが、そこに座る影はない。

「こっち」

 視線を巡らせると、ベッドの上で枕を抱いて座っているレミリアが視界に入った。

「ああ、すみません、休まれるところでしたか?」
「そうでは、ないんだけど」

 そうぼそぼそと言いながら、○○を手招きする。

「……? ああ、ええと、遅くなってすみません」
「そうね、随分遅かったわよね」

 何かを思い出したのか、隣に座った○○の服の裾を引っ張って、むうと可愛らしくむくれる。

「すみません、いろいろと用がありまして」
「私に内緒でいろいろ行ってた癖に?」
「知ってたんですか?」
「ええ、今日は、どこかの女の子と話していたのも見たしね」

 言い切ってから、レミリアの表情に微かに悔いるような色が見えた。
 少し戸惑って、だがその表情の意味に○○は気が付く。

「……もしかして、やきもち焼いてくれてました?」
「誰が……っ!」

 図星だったのか、顔を紅くしてレミリアは○○の胸を軽くポカポカと叩く。
 途端、枕が落ちて、レミリアの格好が露わになった。その服に、○○は若干くらりとするものを感じる。

「……レミリアさん、その服は……」
「あ、え、ああ、その、咲夜が今日、買ってくれたものなの」

 薄桃の地に、黒の縁取りがなされたベビードール。微かに透けているような気がするのは気のせいにすることにした。

「似合わない……?」
「とんでもない! 凄く、可愛いですよ」
「それなら、いいけど」

 嬉しそうな顔をするレミリアを思わず抱きしめたくなったが、そこは自制する。
 そして、大事に持っていた箱を取り出した。

「まず、誤解は解いておきたいんですけれど、僕は別に、誰かに会ってたわけじゃなくて」
「ん、いいわ、知ってるもの。お菓子教えてたんでしょう?」
「僕は教える側じゃなかったんですけど……って、知ってたんですか?」

 反応が遅いわよ、と楽しげに微笑って、レミリアは○○に擦り寄る。

「そのときに何て言ってたのかも、ね?」
「うあ」

 頭を抱える。相当恥ずかしいことを言ったはずなのだが。

「……聞いてたんですか?」
「…………いいえ、咲夜と天狗と白沢からだけど」

 少し顔をそらして言って、顔を○○の胸に押し付ける。

「……『大好きな人の為なら、愛する人の為なら、何だって出来る。例え彼女の方が自分よりどれほど強くても、彼女の何かを守ることは出来る……』」
「ちょ、レミリアさ……!」
「全部は言わないけど、随分な大演説だったらしいわね?」

 くすくすと微笑われて、○○は紅くなった頬をかく。見れば、レミリア自身も顔が紅い。

「……少し、嬉しいわ」
「ありがとう、ございます」

 照れくさくなって、○○は気を取り直すように小さめの箱を改めて取り出した。

「えと、そういうわけで、ホワイトデーのお返しです」
「ん、ありがとう、○○」

 レミリアは嬉しそうに受け取って、綺麗に包装されたそれを丁寧に開ける。

「……飴?」
「ええ、苺味にしてみました」

 中には綺麗な袋に入れられた、小さな赤い飴が幾つも入っていた。

「少し早いんじゃない?」
「ちょっと協力者が」

 そう微笑って、どうぞ、と勧める。

「……食べさせて」
「え?」
「食べさせて欲しいの」

 駄目? と首を傾げられて、断れるはずもなく。

「……では、はい、どうぞ」

 小さめの飴を一つ摘み上げて、レミリアに差し出す。少し不満そうにしながら、ぱくり、と指ごと口に含む。
 驚いた顔をする○○に、してやったり、という表情でレミリアは笑ってみせた。

「学習能力がないわよ、○○……あ、美味しい。ん……少しだけ、貴方の血入れた?」
「ええ、みんなと作ってたときだったので、ほんの僅かですが」

 こっそりとですけれど、と自分の指先を切る真似をする。

「ま、見つかったら大変だものね……でも、○○、その食べさせ方じゃ嫌」
「え?」
「食べさせて。こうやって」

 そう言って、身を乗り出して○○に軽く口付けをしてきた。

「……僕にとってはだいぶ不味いんですけどね、僕の血」
「それでも、ね?」

 強請られては嫌とはいえない。紅い顔を誤魔化しながら、飴を手に取る。

「あー……はい、降参です。わかりました」
「よろしい」

 膝の上に載ってくるレミリアを抱き上げて、口移しで飴を与える。
 カラリ、という飴の乾いた音と共に、苺の甘さと何とも言い難い不味さが広がった。

「ん……」

 服をぎゅっと掴んできているので、離すに離せないし、離すのも惜しい。
 同時に、飴とは違う甘い匂いが、彼の鼻をくすぐった。

「ん、ありがとう」
「……いえいえ」

 しばらくして口唇を離して、レミリアが微笑む。互いに顔が紅いので、直視するのは何だか恥ずかしいが。

「何だか、良い匂いがしますね」
「あ、わかる? パチェからもらったのよ」
「ん、香水ですか?」
「……飲むのにもアロマキャンドルにも出来るって言われたけど」
「一体何なんですかそれ」

 それは私も言った、と言いながら、レミリアは彼の手から箱を取って、サイドボードの上に置く。

「美味しいけど、たくさん食べるとお腹一杯になっちゃいそうね」
「ああ、晩御飯の後になっちゃいましたしね」
「ゆっくり食べるとするわ。そうだ、○○」

 サイドボードの上にあった栞を手に取って、嬉しそうに見せる。

「フランから。私と○○で使って、って」
「ああ、フランさん、栞にしたんですね」
「ええ、嬉しそうにしていたわ。本当に、嬉しそうに」

 そういうレミリアの方がずっと嬉しそうで、思わず微笑ましくなってくる。
 それをサイドボードに戻すときに、あれ、と気が付いた。

「……それは?」
「ああ、テーブルクロス? だいぶ歪でしょう? 無理もないわ、妖精メイド達が作ったものらしいから」

 レミリアの口調は言葉とは裏腹に穏やかだった。

「全員で作ったらしいわ。テーブルに使うには小さいしあまりに歪だから、サイドボードにね」
「……ええ、それがいいかもしれないですね」

 そう言いながら、レミリアを背中から抱き寄せる。唐突なことに、レミリアは目を瞬かせた。

「○○?」
「僕からも、もう一つ」

 そう、レミリアの手に箱を乗せた。開けて、中にあるものにレミリアは首を傾げる。

「……指輪?」
「大層なものじゃないですけどね。ああ、銀じゃないです。いろいろ混ぜてるんで」

 香霖さんにお願いしたんですよ、と説明する。

「正式なものはいずれ、ですけど」
「……ありがとう」

 自分の指に着けて満足そうに微笑した後、レミリアは○○に向き直る。

「……○○、私からは、渡せる物を準備してないの」
「あ、いえ、そんな」
「だから、私からは、この想いを」

 ぎゅっと抱きついて、○○に口付けしてくる。甘くて、優しい口付けを。

「形はないけれども、これしかないけれども、私から貴方に」

 口付けの合間に、言葉を繋ぐ。

「貴方を愛していると言う、想いを」

 そして、少しだけ不安そうな瞳で、○○を見つめた。



「貴方が誰かと話しているとき、私は確かに嫉妬したわ。
 自由な貴方が好きなのに。貴方を縛り付けてしまいたくないのに。
 ごめんなさい、それでも」



 私は、貴方が大好きなの、と、レミリアは囁いた。



「……嬉しいです」

 思わずぎゅっと抱きしめて、彼は呟く。

「どうしよう、嬉しくて嬉しくてたまらない」
「……怒らないの?」
「何故怒らなきゃいけないんですか」

 愛する者にここまで想われて、嬉しくない男など居るだろうか。

「僕だって、大好きです。大好きですよ、レミリアさん」
「ん、ありがとう、○○」

 レミリアはほっとした想いで、○○に擦り寄った。
 ああ、そうか、と呟く。美鈴が言った意味がようやくわかったのだった。確かに、嬉しい。

「……レミリアさん、もう一つ、飴を食べますか?」
「……そうね、貴方が食べさせてくれるなら」
「ええ、もちろん」

 貴女が望むだけ、と○○は微笑って、飴を歯で咥えた。

「お腹一杯になりそうね」
「そうですね――随分と、甘い夜になりそうです」
「あら、楽しい夜になりそう、の間違いでしょう?」

 微笑んで、レミリアは彼から与えられる飴を、その口付けと共に受け取った。






 翌日昼、ここ数日の詫びとばかりに、レミリアは霊夢と魔理沙を招いていた――のだが。

「随分眠ってるわねえ」
「ここ数日、昼夜逆転どころの生活じゃなかったみたいですからね」

 ○○の膝を枕にして、すやすやと眠るレミリアの姿があった。
 他者にはめったにこういった姿を見せないが、霊夢や魔理沙、咲夜といった面々は別のようである。

「ほとんど毎日うちに来てグダグダ言ってたら、まあそうなるわよね」
「すみません」

 霊夢の言葉に心底すまなそうに微笑んで、○○はレミリアの髪を撫でる。

「まったく、見せ付けてくれるよなあ。あ、まさか、レミリアが寝不足なのはお前の所為じゃないだろうな?」

 魔理沙がクッキーを齧りながら冗談のように言う。いや、確かに冗談だったのだろうが。
 彼は大きく咳払いすると、瞬間で顔を紅く染めて目を彷徨わせた。

「………………いや、そんなことはないですよ」
「……待て、何だ今の間は」

 明らかな挙動不審さに、魔理沙は一瞬呆れた後、人の悪い笑みを浮かべる。

「さー、何したんだ? 楽しそうだから吐いてもらおうか」
「嫌です。聞いてどうするんですか」
「ブン屋に売る?」
「絶対話しません」

 ということは何かはあったんだなー、と続けて楽しそうに問い詰める魔理沙を呆れたように眺めながら、霊夢はため息をついた。

「○○さんも墓穴掘らなければいいのに。あ、咲夜、紅茶お代わり」
「はいはい」

 そう差し出された空のカップに、咲夜は紅茶を注ぐ。

「砂糖とミルクは?」
「いらないわ、ここに来ると甘いものの大量摂取になるから」

 ひらひらと手を振って、霊夢は紅茶を啜った。

「ま、綺麗に収まった、ってとこかしら?」
「ええ、そうね。前よりも、また少し甘くなったかもしれないけど」
「それは重畳――世は並べて事も無し、ね」
「本当に」

 騒ぎに目を覚まして怒るレミリアやそれをなだめる○○やさらにからかう魔理沙などを眺めながら、霊夢と咲夜はそう頷いた。




 兎にも角にも、紅魔館は今日も平和である。

>>新ろだ424

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 夜こそが吸血鬼の本分。なれども、日が変わるのは夜中なわけで。

「そういえば」
「?」
「今日はエイプリルフールよね」
「まあ、そうですね」

 紅茶を啜りながら、○○は頷く。

「ね、○○」
「はい?」
「貴方の血なんて、飲みたくないわ」

 そう言いながら、○○の膝の上に乗ってくる。

「だから、逃げていいのよ?」
「……だいぶちぐはぐな嘘ですね」
「あら、バレた?」

 バレますよ、と言う頃には、レミリアの牙が首筋に迫っていて。

「でも、いただきます」

 ちく、と痛みが走った。



「では、僕も」

 レミリアを抱き寄せて。

「貴女の血なんて、欲しくない」

 首筋に口付けて。

「飲みたくない、です」

 そう、伺うように牙を当てる。

「……嘘が下手ね」
「かもしれません」
「……あげないわよ?」

 言葉とは裏腹に、レミリアは○○の髪に手を当てて、牙を押し付けさせる。

「飲んじゃ、駄目」
「はい」

 言われたとおり、○○はレミリアの首筋に牙を突き立てて、その血の甘さを味わった。




「……ね、○○」
「はい?」
「嫌い、って言える?」

 ○○の膝の上に乗って、レミリアは尋ねる。

「……想いの意味で言うなら、嘘でも無理です」
「正直者ね」
「別に今日が、嘘だけしか言ってはならない日ではないですから」

 だから、と○○は後ろから強く抱きしめた。


 どれだけ言葉だけで嘘がつけたとしても。
 感情や衝動に、嘘がつけるわけではないから。


「……そうね」

 ○○の腕の中で、レミリアが向かい合うように体勢を変えながら頷く。

「嘘を言うだけの日ではないなら、○○」
「はい」
「私は、貴方を愛しているわ」

 そう言って、レミリアは○○の頬に手を当てると、優しく口付けた。

>>新ろだ435

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