アットウィキロゴ
投稿者:怨是


「……最低だ」

 窓に面した長いテーブル席に座りながら、眼下にて行なわれている極めて暴力的な行為を一言、この青年はそう評した。ここはビルの最上階のレストランで、眺めが良いので食事も旨いと評判だ。だが食事を出されてから今に至るまで、一切喉を通らなかった。
 このビルの出入り口付近にて、一人の男が柄の悪い五、六人の男達に囲まれ、一方的に暴行を受けている。正義の味方がこの世に存在するならば、そろそろあれを止めに来る筈なのだが、生憎と時代がそれを許しはしなかった。守備部隊と呼ばれる、政府が各都市に配備したAC・MT混成部隊は、基本的にその土地の主の私兵であり、評価や金に関わる事以外に関わろうとする構成員は稀だ。この街――カストリカに於いてもそれは同じで、建物一つ一つの外観と同じく荒廃して錆び付いた人々の心は、あの暴力行為を咎める事など万に一つも有り得ない。

「誰も止めようとしないのか?」

 青年の隣で腰掛けていた人物もまた、階下の光景に眉を顰めていた。ビルの前を通りすがる人々は皆、その鈍い打撃音に耳を傾けようともしない。小一時間ほどしてから、漸く殴られていた男が解放された。暴力的な集団は別の事に興味を持ったのか、それとも元締めから連絡でもあったのか、急に手足を止め、何処かへと去ってしまったのだ。

「これで、やっと帰れるな。巻き込まれずに済むぞ」

 青年の隣の男は、実に嬉しそうに頷いた。確かに帰れる、が……それでも青年の心は晴れなかった。

「俺はそうは思わん」

 本当は自分だって止めに行きたかったが、相手が悪すぎる。数が多すぎたのだ。せいぜい無視されるか、新たなる標的にされるかのどちらかだろう。殴られていた男はまだビルの出入り口の階段にて横たわっている。
 青年は溜め息混じりに席を立ち、会計を済ませる。先程まで隣に座っていた男は何処かへ消えていた。彼が誰なのかは、別に興味は無い。単なる“相席しただけの誰か”といった認識でも問題あるまい。
 古びた階段を下りながら、何故自分があの場所に居たのかを、青年は再度回想する。確か、あの場所で待ち合わせをしていた筈だ。が、時間になっても相手は現れず、半日間もの間、時には睡魔への敗北を許しながら待ち続けた。結局夕刻になっても現れず、諦めて帰ろうとした矢先に、階下があの状況になっていたのだ。
 色取り取りのネオンが明滅する街道を階段のフェンス越しに一瞥しながら、青年はビルの入り口へと辿り着く。

「おい」

 先程まで倒れていた男が、立ち上がってこちらを睨んでいた。その眼光たるや尋常な鋭さではなく、目を合わせるだけで卒倒させられる程の迫力を纏っていた。

「見てたぞ糞ガキ。何故助けてくれないんだ」

「悪いな。俺じゃあ、あんたを助けるどころか、あいつらを調子づかせるだけだと思ったんでね」

 胸倉を掴まれる。

「だからって高みの見物かよ、いい御身分だぜ、クソッタレ、俺がどれだけ痛い目を見たか……いや、もういい。それよりお前、水は持ってるか。飲めるやつだ」

「ろくに濾過されてない安物なら。ただし、飲み過ぎると腹を下すから気を付けてくれ」

「汚いのは慣れている」

「……そうかい。じゃあ、全部やるよ」

「そいつは有り難ぇ」

「構わんさ。安物だからな」

 水筒を男に投げて渡す。青年は踵を返し、雑踏へと身を隠した。

「最低だよ……どいつもこいつも」

 ACさえあれば、あの鋼の巨人さえあれば。あれが無ければ、青年はただの無力な人間の一人に過ぎない。装甲と武器に守られねば、自分の命一つ救えないのだ。
 ただ、それは今の所叶わぬ望みだ。数ヶ月前にガレージごと失って以来、青年はACを再び取り戻すべく奔走していた。今日も、ACを手に入れる為に中古機体販売業者と打ち合わせをする予定だった。結局、来なかったが。

「先は、長いな」

 にわかに、周囲がざわつき始めた。一体何が起きたというのか。青年は人々が逃げてきた方角を見やり、両目を細める。遙か遠方にて、火の手が上がっている。もうもうとうねる黒い煙に混じり、巨大なヘリが何機かその付近へと向かって来ていた。どのヘリも例外なく、ACを牽引していた。
 遠くから銃声を大きくした様な、そんな音がしたかと思えば、ヘリの一機が制御を失ってビルに激突しているのが見えた。カストリカ守備部隊のACがスナイパーキャノンか何かで撃墜したのだろう。大型の輸送ヘリをスナイパーキャノンで撃ち落とす戦法は、迎撃手段としては昔からよくある。だが、ここは市街地だ。彼らは街の被害など微塵も鑑みる気はないらしく、他のヘリをもお構いなしに撃墜しようとしていた。曳光弾による光の線が、流れ星を逆さに飛ばした様に彩る。その内の一発が、青年の直ぐ近くのビルを抉った。

「――マジか」

 青年は他の群衆に同じくして、その炎を背に走った。この世が如何に腐りきっていようと、まだ死にたくはない。生きていれば何かしらの楽しい事には巡り会えるし、何よりACを再び手に入れるという当面の目標を達成してすらいない。青年はひたすらに走った。襲撃者のAC達が次々と投下されるのを、振り向き様に見ながら。
 戦車、四脚、二脚、なるほど、オーソドックスな編成だ。撃墜された一機がどのタイプかは知らないが、残った三機でも充分な脅威となり得るだろう。戦車型ACは、ガードの保有する戦車部隊を履帯で根こそぎ踏み潰す。途中、大型砲台に装甲を破壊されるも、少し動きを止めただけでさしたる効果は無かった。
 青年は物陰に隠れてポケットのラジオを取り出し、チャンネルを回す。カストリカの軍用チャンネルは専用の回線を使用していない為、殆ど筒抜けだ。

《……――という事だ。マゼラン6、持ちこたえろ。ドーバー1が支援に向かう》

《こちらマゼラン6、部隊長を犬死にさせておいて今更“持ちこたえろ”か。早くACを出せ!》

《ネガティヴ。隊長殿のアルタイルは二機の敵ACと交戦中、他も同じくアルタイルの援護に回っている。そちらへの支援は望み薄だ》

《よく持ち堪えられるな、この街も》

《神の御加護という奴だ。信じろ》

《ネガティヴ。神は死んだ。俺は信じない》

《哲学書の読み過ぎだぞ、マゼラン6。私語を慎み、作戦に集中しろ》

《こうでもしなきゃ憤死するんだ》

 不毛だ。青年は心底うんざりした表情でラジオのイヤホンを片耳だけ装着し、周囲の安全を確認してから路地を抜けた。ガードの軽量級MTが、逆関節の膝を折って倒れている。これも侵攻側のACがやったものだろう。付近に人は居ない。青年は手頃な足場をよじ登り、MTのコックピットを開いた。機内にはガードの隊員とおぼしき者が事切れていた。ドッグタグに刻まれている文字を見る。コールサインの欄に、マゼラン1と書かれていた。なるほど。彼が犬死にした部隊長か。可哀想にと心中にて憐憫の念を抱きつつも、青年は生き残る為に隊員の持ち物を物色した。銃、ナイフ、食料、煙草、後は……恋人の写真くらいか。世は無常だ。恋人と過ごす安寧の一時を、何度も享受できるとは限らない。

「可哀想に」

 今度は、口に出して憐れんだ。そうこうしている間にも戦場は刻一刻と変化して行く。守備部隊のAC――アルタイルは既に先程まで交戦していた敵ACを二機とも沈めていた。

《こちらアルタイル、マクシミリアン・バルトだ。敵陣が撤退を始めた。マゼラン隊は俺と一緒に追撃へ向かえ》

《こちらマゼラン6。我々にそんな余力があるとお思いですか、隊長殿》

《あるさ。市長の旦那が明日には新品を調達してくれると仰った。機体の損失は六割弱、人員の損失に至っては僅か一割未満だ。問題あるまい》

 これだけの大規模侵攻は稀だ。政府の傘下にある第9領域は、物資こそ豊富だが外のミグラントは政府軍を恐れて殆ど手出ししてこない。とあらば、ここまで大胆な攻撃を仕掛けてくるのは、恐らくはレジスタンスだろう。政府の棄民政策によって外部、或いは地下へと追い遣られた人々が結託して、政府に対抗しているのだ。カストリカは比較的攻めやすい為、格好の標的になったという事か。

《然様で。ですが予算も無限ではありません。どう責任を取られるおつもりですか》

《うるせぇ! ここらで潰しておかなけりゃ、連中がまた攻め込んでくるだろうが! 上司命令だぞ、聞けねぇのか!》

《……解りましたよ。マゼラン隊、全機、隊長殿の支援に向かうぞ》

 MT達の足音が聞こえる。青年は慌てて、破損したMTのコックピットを閉じた。他の隊員に怪しまれるかもしれないからだ。MTから飛び降り、その場を離れる。証拠隠滅は出来ただろうか。奪ったのは装備品だけだ。どさくさに紛れて誰かが奪うといった事態は、よくある事だろう。

「――ッ!」

 目の前に、ACが着地した。風圧に煽られ、青年は尻餅を突く。機体色とエンブレムを見るに、守備部隊のACか。

《いけませんな、隊長。民間人を守りきれてない。守備部隊の名が泣きますよ》

 通信は、軽妙な男の声だった。

《すまんな、デネブ。避難勧告が追い付かない件については、担当によく云っておこう》

《頼みますよ。私の様な下っ端は命令に従って敵を潰す事しか出来ないんですから。で? どうします?》

《付近に敵が居ないか確認しろ。人質にでもされると厄介だ》

《はい了解。じゃあ、お仕事頑張って下さいね。糞の下っ端は大人しくしとくんで》

《憎まれ口もその辺にしてくれ。俺は疲れてるんだ》

《それは失敬!》

 通信はそれきり、途切れたままだ。通信施設等を介さない、直接通信だからか。それはともかく、目の前に立ち塞がったACは、ずっとこちらを見下ろしていた。

《あー、あー》

 間延びした、悪く云えば気の抜けた声がACの外部スピーカーから聞こえる。

《音量大丈夫かな。でかすぎない?》

 青年が両手を挙げて大丈夫である旨を伝えると、ACは外部音声を再開した。

《そう、それならいいんだ。ここを南下するとメインストリートに辿り着く。そこが避難所になってるから。君が善良な市民であるなら、指示に従って欲しい》

 それには少し問題があった。青年は身分証明書に類するミグラント登録カードはあるが、レジスタンス側に雇われていないという証拠を何一つ持っていない。青年は叫ぶそぶりを見せて、相手が降りてくるのを待った。

《ごめん、聞こえないや。話がしたいなら避難所で頼むよ。エスコートはしてあげるからさ》

 エスコートと云いつつ、監視も兼ねているのだろう。先程から武器を降ろす様子が全くない。

「やっぱり駄目か……――」

 諦めたと同時に、どこからか飛んできた青白い光線がACの左腕装甲を溶かす。まだ残っていたというのか。青年は慌てて、倒壊したビルの影に隠れる。これ以上は流石に崩れない、と思いたい。とにかくこの付近は身を隠す場所が殆ど存在しない。

《こちらデネブ、まだ敵が残ってるけど、もしかして仕留め損ねたのかい?》

《申し訳御座いません、連中、リコンをかいくぐっていた様で》

《あぁ、そう……リコンジャマーなんて面白い代物を使ってくれるじゃん。まぁいいや。追撃部隊には悪いけど、彼らは彼らで頑張って貰いますかね。こっちの部隊は、えっと、どれくらい残ってたっけ?》

《ACがあと二機、出撃できますが》

《よし、一機だけ寄越して。後は狙撃でこっちの支援に回っちゃって頂戴》

《了解》

 少ししてから、ACはまた外部スピーカーに切り替えた。ブツンと小さな音が機体の何処かから漏れたので、よく解る。

《悪いけど急用だ。地底人の侵略が終わってないらしいんでね。デートはまた今度、お互い生きてたら行こうか。メインストリートの場所は解るだろ? 轢き殺さないように頑張るから、無事に辿り着いて頂戴》

 男同士でデートをする趣味は無いが、こちらの緊張を和らげようという彼なりの気遣いなのだろう。尤も、戦場には慣れているが故に、青年はこの程度で動じる事など無い。

《敵AC解析完了、マッド・ショットです》

《って事は、ザイフリード? あいつ確かイル・シャロムが拠点じゃなかったっけ? どうしてこっちへ》

《解りかねます。が、消毒すべき汚物である事に違いはありませんよ》

《そうね。じゃ、片腕持ってかれたお返しでもしてやりますかねぇ! ヒーハァー!》

 ――そこから先は、特に思い返す程の事は無かったと思う。
 結局、ザイフリード機は死闘の末にデネブ――機体名なのかコールサインなのか、終ぞ判然としなかった――を屠り、追撃から戻ってきたアルタイルの出現によって撤退を余儀なくされた。ザイフリードが何を思って、イル・シャロムから遠く離れたこのカストリカへ現れたのか、それを知る由は無かった。
 ACさえあれば、あの装甲の塊さえあれば。戦場と化したカストリカを、逃げ惑う事も無かった。この場に於いてどちらの勢力に与するかは、この際どうでもいい。レジスタンスの境遇を思えば彼らも憐憫を抱くべき部分は多々あるし、カストリカ市民も大半は罪の無い民間人だ。
 否、どちらも罪は犯しているのか。片やレジスタンスは必要以上の殺戮を、片やカストリカ市民は日和見による消極的な虐殺を。そう考えると、一体何が守るべき存在なのか、いよいよ解らなくなってしまった。
 その日、青年が眠りに就く前にした、最後の逡巡だった。



「五年前、か。早いもんだ」

 街の明かりが明滅する、夜のカストリカは、あの頃の面影を殆ど残してなど居なかった。五年という歳月の間に、何度も破壊され、再建築されたのだろうか。それともこの街の最高権力者――ジャベス市長。彼の強欲ぶりを知らぬ者は居ない――が、イル・シャロムに憧れて増改築を繰り返したのか。また或いは、雪が積もっているからなのか。

「まぁいいさ。次の依頼を探すかね」

 つい先刻、依頼を“蹴った”ばかりだ。内容はいわゆる弱小ミグラントの護衛であったが、問題はカストリカへ攻め込む事だった。冗談ではない。何度か襲撃を受けたこの街とはいえ、カストリカ・ガードの練度はその分かなり高くなっている。防衛戦に於いて、最早他の都市の追従を許さないレベルに達しているのだ。特に傭兵との連携は非常に巧妙で、懇意の傭兵の戦法を記録している程だ。そんなカストリカを攻め落とそうとするなど、到底無理である。そして何よりも、そういった略奪行為によって、民間人に犠牲者が出るのは気分が悪い。

「……」

 何を守るべきなのか、かつては青二才だったこの男は未だに解りかねていた。人類の持つ、大脳新皮質の発達に由来する精神の汚さ故か、男はただ、ただ、ひたすらに弱小勢力や新人傭兵の護衛を選り好みしながら生計を立て、彼らを見定めるというある種の傲慢な行為に終始していた。男が用心棒を名乗っているのも、そういった経緯に起因する自身の境遇を自嘲してのものだ。それでいて、今はそれでも良いだろうと男は考えた。年端も行かぬ幼子が英雄や王子様を待ち侘びるのに同じく、この男も待つ事にしたのだ。守るべき存在の登場を。

「依頼、無し……と」

 端末からニュースを確認する。先程の依頼主は、壊滅したらしい。それも、格安で雇われた傭兵にやられたという。なるべくしてなってしまった事だ。彼らとの関係はここで終わりにするとしよう。次のニュースを見る。アリーナに関連する内容だ。ザイフリードがまたアリーナトップへと返り咲いたらしい。かつて辺境の守備部隊に苦戦していた彼は、今や立派なトップランカーだ。

「――ん」

 聞き覚えのある打撃音が、断続的に男の鼓膜をノックした。五年前のあの時と同じ、誰かが寄って集って誰かを殴る音だ。何故殴られているかはこの際、どうでも良かった。暴力的手段に訴え、一方的に攻撃し続ける行為が許せないだけだ。男は銃を右手に、缶詰を左手に持って立ち上がり、音のする方へと向かう。まずは餌で釣る。それが駄目なら射殺する。未だ見知らぬあの犠牲者を、誰かが助けねばならぬのだ。その誰かが自分であっても良いのではないだろうか。

「構わんさ。酔狂だからな」

 今ならそれだけの力を、男は持っている。








タグ:

怨是
最終更新:2012年05月06日 14:26