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投稿者:怨是


 カストリカから南西に位置する都市、ゼラノ。
 かつて地表が今ほどには荒れ果てていなかった頃に行なわれた、無計画な増築やビルの濫造によって、日当たりも治安も悪い“魔窟”と呼ばれる都市である。不定期に訪れる地殻変動の影響で半分が海に沈みつつも、そこに住まう人々は未だ死滅せず、生き存えている。但し、生計を立てる手段は多くが決して褒められたものでは無かったが。

「畜生……てめぇら、また連中を仕留め損なったのか!」

 ゼラノ31番街の地下駐車場にて、若い男の怒鳴り声が鋭く響く。カラブローネはそれが紛れもなく自分の声である事を知りつつも尚、激烈な憤怒を禁じ得なかった。
 この組織を結成して以来、今日に至るまで対立を続けてきた武装集団が居る。利害の不一致から手を組むわけにも行かず、正直な所、目の上のたんこぶでしかない。今回も彼らがカストリカ襲撃作戦へと赴いている所を、行軍中に一網打尽にしてやろうと考えていたが、この役立たず共がもたもたしている間に、取り逃がしてしまったのだ。

「すみません、ボス。奴らは丁度、カストリカ・ガードと交戦中だったもので……」

「馬鹿たれ、そこを狙って横合いから掻っ攫えば良かっただろうが」

「それが、ショートテイルと名乗る傭兵と交戦してた模様で、とてもそんな隙は」

「ショートテイルねぇ。俺が知る限りじゃあ、そいつは雑魚傭兵だ」

 つくづく言い訳の多い部下だ。カラブローネはうんざりしながら、合成ウィスキーを呷る。希釈したアルコールに味付けしただけの安っぽい味は、やはり本物には及ばない。が、農場を作る事も出来ない荒廃した大地に於いて麦の栽培は限定された環境――例えば栽培工場などでしか成し得ず、結果的に純正のウィスキーはカラブローネの様な下層市民上がりには到底手の届く物では無かった。

「雑魚……ですか? とてもそうには見えませんでしたが」

「全く、解ってねぇなぁお前は。映像記録見たぜ。戦車相手にあんだけボロボロになってるのは、雑魚の証拠だろ」

 それも、粗末な金属で作られた普及型を相手取ったというのなら。ACの使用する銃器はその機体の大きさに比例して銃口も大きめに作られている。カラブローネ率いるこのスプーキーズと対立している大概の武装勢力は、その威力に耐えきれる程頑丈な装甲ではない。よしんば純正品を掘り出したとしても、結局は雨風に晒されて錆び付き、劣化している。
 そんな戦車に苦戦する程度の腕前なら、横合いを気にする余裕など万に一つも有り得ない。そんな事も解らないのか。この役立たず共は。

「まぁいいさ。俺が直々に出向いて叩き潰してやるまでだ。おい、スペクター! アジト潰しに行くぞ!」

「あぁ?」

 ソファに寝そべっていた大柄な男が、胡乱げな眼差しを肩越しに寄越してくる。彼がスペクターだ。元は野良の傭兵だったが、ある侵攻作戦で利害が一致して以来、こうして手を組んでいる。

「寝てんじゃねぇ、早くしろ!」

 ソファを蹴飛ばすと、スペクターはうんざりした表情で起き上がった。

「思ったんだがよ、連中もコテンパンにやられてるんだから、放っておけばすぐくたばるんじゃねぇか? なんだって、そんなに急がなきゃならねぇのかね」

「暢気にしてたら、また物資を蓄えてるかもしれん。そうなっちまったら、また手こずるだろうが。今のうちに叩き潰して、周りにも俺達が強いって所を見せ付けておけばよ、ビビって逃げ始めるぜ。という訳で、ほら。準備しろよ」

「そうかい。まぁ、上手く行きゃいいが」

「事を上手く運ぶのがお前の仕事だろ、スペクター」

 スペクターは煙草に火を付け、天井を眺めながら黙り込んだ。錆の浮いた鉄骨が剥き出しになっている薄汚い天井を、蛍光灯が照らしていた。
 暫く沈黙が続く。

「問題は、修理費との割に合うかどうかだ」

「んなもん撃たれる前に撃ちゃいいんだよ」



 ――同時刻。集合住宅の七階にある一室は、真夜中らしからぬ活気に満ち溢れていた。

「仕事の後の一杯、明日への活力! 最高の幸せってきっと、こういう事を云うんだっちゃ」

 ショートテイルは腰に手を当て、一気に缶の内容物を呷る。適度な苦みと酸味、そして口の中で溶ける泡が実に心地良い。微酔い気分でソファへとなだれ込み、伸びをする。この程良い酩酊は、仕事の後に呑んでこそ得られる快楽だ。
 が、同じ部屋で椅子に座り、端末のキーボードを断続的に打ち込んでいる女性は、その幸福を共有する気は無いらしい。眉間に皺を寄せ、溜め息混じりにこちらへと向き直る彼女は、全身から倦怠感を滲ませていた。

「安いわよね、あんたの最高の幸せってさ。ちなみに今回も赤字だからね。解ってる?」

「そうカリカリしなさんなって。生き延びただけでも御の字だっちゃ」

 ミグラント業界は基本、弱肉強食だ。力を持たない雑多な傭兵は一年と持たずに駆逐され、消えて行く。アリーナや情報誌で名を連ねているのは数多の傭兵らの中でもほんの一部分に過ぎない。そういった世界で生き抜くのは、本来であれば難しい。ショートテイルがデビュー以来一度も死の淵を彷徨わず、こうして今現在に至るまで五体満足で居られるのも、神の加護でもあるのではと云われた程の悪運強さのお陰だ。

「あんたって、ほんと馬鹿。戦車と輸送車両を壊すだけなのに、ただでさえボロい機体を、スクラップ寸前にする? どう考えても死闘を演じる程の相手じゃなかったでしょう」

「ヒーローとはいつもギリギリでなくちゃ格好良くないっちゃ。ウチは、そう思う」

「あのねぇ……」

 深刻そうな面持ちでオペレーターが額を押さえ、俯く。何もそこまで物憂げな表情をしなくても良いではなかろうか。

「いい? まずあんたが稼いで実績を上げてくれないと、私の給料もずっとそのまま、下手したら下がるわけ」

「嫌なら別の人を担当したらいいっちゃ。駄目?」

「無理。上が“こう”って決めたらバイトの私じゃ逆らえないし。あんたが頑張る以外、道は無いわよ」

「ふぅん」

 それは大変だ。この、名も知らぬ――というより、名を教えてもくれぬバイトのお姉さんは、担当する傭兵の実績まで気にせねばならないのか。だが如何なる経緯でその仕事に就こうとも、自分で選んだ道なのだ。己の選択の責任は己で取るべきではないか。今日だって「そこ、敵居るから」などといった不的確極まりない指示に思わず「そこ? “そこ”って何処だっちゃ?」と聞き返し、その場に立ち止まって周囲を確認してしまう事があった。
 ショートテイルはホットパンツのベルトを緩め、酔いが回って痒くなった尻を下着越しに掻く。男達がこの場に居たら、色気の欠片も無い下品な振る舞いだと幻滅の視線でも受けるかもしれないが、幸い、此処に男は居ない。兎に角、休息だ。それが必要だ。

「馬鹿、やる気出せこのやろう」

 ただ、目の前の女性はそうは思っていないらしく、机を爪で何度も叩いている。やめろ、机に傷が付く。

「っていうかあんたの呑んでるそのビール、私が休日のために取っておいた奴なんだけど」

「ん? あぁ、ツケで」

 この冷蔵庫はショートテイルがなけなしの私財を投げ打って購入した物だ。そこを勝手に間借りしてビールで敷き詰めてくれるなら、ついでに有り難く頂戴したって罰は当たらないのではなかろうか。「入れる物なんて無いでしょ。じゃあ貸してよ」などと云っていたが、此処には夢を詰め込んでいるのだ。いわば、ショートテイルが呑んでいるのは、隅に追い遣られた夢の対価だ。眼前の女性はそんなショートテイルの胸中を汲み取ってはくれないらしい。

「聞こえないんだけど」

 女性の眼光が鋭さを増す。

「その、ツケで頼むっちゃ」

「このアマ……云うに事欠いてツケとか抜かしおってからに……!」

 おぉ……彼女が悪鬼の如き形相で立ち上がったぞ。命の危険を感じ取ったショートテイルは、すぐさまソファから転げ落ち、臨戦態勢を取った。女性の手つきが、何処かの暗殺拳でも使いそうな型を取る。

「お前も! サービス残業させる重工の連中も!! 私を苛立たせるものは皆死ねばいい!!」

「ご、後生だっちゃ! 命だけは!」

「黙れよレタス頭……茶番はもう終わりだ。その空っぽの脳味噌を売っ払って生体コンピュータにしてやる! ほぁたぁ!」

「ひぃい!」

「喰らえ必殺、頭蓋割りドリルチョップ!」

 チョップというより、爪をつむじに押し当てて、ねじっているだけだ。が、単純だからこそ、その物理的痛みはショートテイルにとっては脅威となった。とにかく痛い。長く伸ばした爪が、丁度つむじを刺激している。

「ひぎぃいいッ! 爪が! つむじに! つむじに!」

「ふはははは! 痛かろう!」

 ふと、端末がビープ音を鳴らす。それから程なくしてモニターが通信モードへと切り替わった。依頼を受け取る時にいつも聞く、男性の声だ。

《諸君。お楽しみ中の所悪いが、次の仕事を紹介しよう。まずは端末を確認して頂きたい》

 何処かにカメラでも仕掛けているのか。瞬時にこの惨状をして冷静に“お楽しみ中”と断ずる辺り、モニターの先に居る男はかなり性格が悪いに違いない。というか、こう見えてうら若き乙女だというのに、隠しカメラで監視するなど、プライバシー侵害も甚だしい。あと、つむじが痛い。いい加減、このバイト女も手を離して欲しい。

「――おっと、失礼。今回の報酬はお幾らあしら?」

 オペレーターの手が止まり、ショートテイルも一緒になってモニターへと視線を移す。

《これだ。前回同様、難易度は低い。実績をしっかりと積み、赤字の返済を行なうにはこういったものをコツコツとこなす必要がある》

■武装組織報復

難易度:E
依頼主:ミグラント
作戦領域:ゼラノ31番街大型地下駐車場
敵戦力:支援型、航空型
作戦目標:敵勢力の全滅
俺達のねぐらをブッ壊してくれたクソ野郎共に仕返しがしたい。
奴ら、俺達が留守の所を狙って、略奪しやがったんだ。このまま泳がせておく訳には行かねぇ。

とはいえ俺達も、OVAに身を寄せてはいるものの、単なる烏合の衆に過ぎない。
物資も無くなっちまった今、総力戦で勝ち目があるとも思えん。

そこで、傭兵さんに依頼をする事にしたんだ。
奴らの本拠地である地下駐車場へ飛び込んで、片っ端から潰して欲しい。
頼んだぜ、奴らの鼻を明かしてやれ。

「なんか、張り合いが無いっちゃ。もっとこう、パァーっとやって、ドォーンと派手に行く感じの……ねぇ?」

「パァーっと弾を消費して、ドォーンと派手に装甲剥がされてるお前が云うか。そういうのはまともに依頼をこなせるようになってからにしなさい」

「パードゥン?」

「じゃかぁしい」

 拳骨がこめかみを掠める。間一髪で避けた。先の一撃にて、このバイト女の攻撃パターンは把握した。さぁ掛かってくるが良い。如何なる軌道を取ろうと、逃げの一手に専念したこのショートテイルに致命傷を負わせる事など叶わぬ。が、身構えたショートテイルをよそに、バイト女は端末に表示された依頼を勝手に受諾していた。少しは選り好みさせて欲しいものだ。

《依頼の受諾を確認。では、頑張ってくれ給え》

「はいはーい。じゃ、ショートテイル。作戦開始時刻は明日の16時だからね。遅れないでよ」

「解ってるっちゃ。おやすみ」

 バイト女は踵を返し、手を振りながら出て行く。ショートテイルはドア越しに遠ざかる足音を聞きながら鍵を閉め、それから部屋の明かりを消した。雪がネオンを反射するせいか、外は明るかった。








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最終更新:2013年11月02日 19:43