世界が一度滅んだ日も、きっとこのように太陽が照りつけていたに違いない。何故なら、今まさに自分がその太陽に殺されかけているからだ。この広い大地にたった独りきりで朽ち果て、見取る者も墓標も無いまま風化していくのだ。かつてこの地で生を謳歌していた先人達のように――
天からのありがたい恵みを通り越し、既に迷惑の域に達している陽光を降り注がせる太陽をあまり光らない瞳で見上げながら《
クロード・デュバル》はそう思った。
「つーわけで、私としちゃあバンガード全天幕内に換気扇の設置を提唱してーんですが……」
げんなりとした表情でぼやくデュバルだが、その身体に生命に直結するような傷があるわけではない。また、何らかの重大な疾患を持っているわけでもない。削られているのは精神のほうだ。そして原因は自分の行動にあった。
――ようは、ただ単に炎天下の外へと煙草を吸いに出て陽光と熱気に炙られていたにすぎない。
「――大尉」
不意に響いた声に、彼女は銜えていた煙草を地面へ吐き捨て、靴底で火種を踏み消しながらヘッドセットを操作した。軽く咳払いをし、マイクを口元へと持ってくる。
「へいへい、こちらデュバル。感度は良好ノイズもなし、と。なんざんしょ」
「縁起でもない事言わないで下さい。この距離でノイズが混じっていたら、連中の存在を疑います。そうではなく、レーダーが反応を捉えました。2時の方向、距離3000……要請した増援かと」
「お、そいつぁラッキー。そんじゃ、通信入れて遠路はるばるゴクローさんと。ついでに遅延料金なんぞも請求しとってくださいや」
了解、という返事を受け、デュバルは腰にぶら提げていた双眼鏡を覗いた。だが、見えるのはかすかに黄色がかった空しかない。ぐるりと身体を旋回させても、何度瞬きをしても、結果は同じだ。
ふと、彼女の脳裏に嫌な考えが浮かぶ。
「……いーや、そんなまさか。いくらウチらが二級の役立たずだっつわれてましても、緊急の増援要請を受けて陸から来るなんてありえねぇっすよ。最近のトレンドは空路。ナウなヤングになんとやら――」
口だけで乾いた笑みを刻むと、地上へと視点を下げる。――実に嫌な事に、乾いた砂を濛々と巻き上げて接近してくる一団の姿が見えた。見えてしまった。見てしまった。
「――……なんとやら、そんなばかなと、つぶやいて。デュバル大尉、心の一句――」
一句嗜んで深く息を吸ったのは、双眼鏡を地面に叩き付けないためにだ。これは私物で、結構値が張った。くだらない怒りを静めるための犠牲には、したくない。
事の発端は数日前にさかのぼる。
砂漠に点在する《
ノマド》の拠点の一つを制圧する作戦があった。
そこは元政府軍将校率いる残党勢力一派の本部となる大規模な拠点で、多数の防衛用砲台及びMTに加え、10機以上のACが確認されていた攻略の難所だ。
そこで《バンガード》本部は《ジャガーノート》を筆頭に《ガルガンチュワ》や《四平》といった、臨時編成の重火力部隊――身も蓋も無い言い方をすれば火力馬鹿総棚ざらえ――の投入を決定し、実行に移した。
軽く地形が変わるほどの徹底的な破壊が振りまかれ、制圧と言うよりはもはやただの殲滅となったが、作戦自体は成功し投入戦力の《ターミネーター》及び《ヴィルベルヴィント》両機が小破した程度で、人員及び機体の損失もゼロという大金星だった。
――問題はその後だ。
あろう事か、司令官が搭乗していると思しきACを含む何機かを取り逃がしてしまったのだ。
最も、それ自体は予想されうる事だったので作戦メンバーの《
ユーリア・カエサリア》や《
公主嶺》からは、後詰めとして機動力の高い機体を待機させるよう要請があったようなのだが、本部に突っぱねられたらしい。
それを聞いたデュバルは、心の中で背広組に対して中指をおったてた。
現場からの報告を聞いて慌てた本部は急遽《独立機動部隊》から《
イョルン・アンダーセン》中尉のチームを追撃部隊として出動させた。
急行した彼らは逃亡した連中を捕捉し交戦状態に入ったのだが、突如として地面から出現した大量の未確認機に包囲され再び逃亡を許してしまったらしい。
――最も、報告によれば未確認機は手負いの《ノマド》相手ではなく《独立機動部隊》を率先して狙ってきたとの事なので、彼らを責める事はできない。包囲された状況下から生還し、なおかつ撤退時に五十以上もの未確認機を撃墜したその手腕をむしろ賞賛すべきだろう。
だが、残念な事に彼らの戦果は記憶の片隅に追いやられた。報告を聞いて本部がそれ所ではなくなったからだ。
不確定な予測に過ぎないが、未確認機を制御する術を《ノマド》が手中に収めている可能性があった。状況的には、未確認機が《ノマド》を守ったと考えても不思議ではない。
それが事実なら《バンガード》存亡の危機となる。無尽蔵とも言える数に、地形を選ばない移動能力。加えて補給も修理も必要ない。
戦力格差を翻した《ノマド》は、確実に《バンガード》へと牙を剥くだろう。今までのような補給線を狙った小規模な襲撃は鳴りを潜め大規模な攻勢に出るに違いない。《イル・シャロム》の危機である!
――というのが、極々一部の見解だった。
《独立機動部隊》の報告を、見間違いだ、或いはミスを隠すためだと端から否定している者は一人――以前アンダーセン中尉に言い寄ってお断りされた人物――しかおらず、本部の大半は最初こそ動揺したものの、手負いだから《ノマド》側のACは見逃されたのだろうと言う意見が主流を占めていた。
一応念のためと言う名目で調査部隊を派遣し《クロード・デュバル》がその指揮を執る事になったのも、極々一部の連中に対するお義理だ。
普段から特定の部隊を指揮しておらず、一線級の部隊が出るまでも無い任務の際に適当な二級部隊を割り当てられて指揮をする、派遣社員扱いされている宙ぶらりん将校には最適の任務だと判断されたのだろう。
かくして翌日、適当に編成された部隊を率いて調査に向かったデュバルであるが、彼女の前には問題しかなかった。
――当初の報告よりも、明らかに未確認機の数が多かったのである。
砂漠一面にびっしりと存在している未確認機の大群は、イナゴの群れを彷彿とさせた。
それでも、支援型及び《アンシャン・レジーム》による敵射程外からの長距離攻撃を敢行し相当数を減らしたが、弾薬切れによって後退。本部に増援及び弾薬を至急送るよう伝えた。
これが2日程前の事になる。
緊急だと言うのに、空路ではなく陸路を使うのは本部がこの任務に対して如何に期待していないかの表れだ。
だが、この程度は《クロード・デュバル》にとって日常茶飯事だ。
最終更新:2012年07月09日 14:21