増援の部隊が地上から来たと判明した時、確かに怒りは湧いた。
だがそれは本部にであって、増援として来た人員、ましてやそれを運んできた部隊に対してではない。
流石に、緊急と言ったのに普段と大して変わらない時間で増援を送られたのは久々だが、だからと言ってやはり彼らが悪いわけではないのだから、彼らに対し怒りを抱く筈もない。一句嗜んだ効果もあるかもしれない。
それを示すために輸送部隊の隊長には冷たいコーヒー――豆は自前だ。かなりの高級品である――を振舞い、他の面々には冷えた水を出した。
最高の笑顔で応対したわけではないが、それは無理な相談だ。無表情というわけではないが、デュバルは感情を判りやすく表に出すタイプではない。所謂ポーカーフェイスだ。だが、和やかな応対は心がけたつもりだ。
任務とはいえ遠路遥々ここまで来てくれた事への礼、労い、その他諸々。
しかし、何故か戦々恐々としている彼らの気を解す事は出来なかった。目を合わせてすらもくれなかったのだ。愛想の振り撒き損である。
折角のコーヒーを味わう事もせず大急ぎで流し込んだ隊長以下十数名の輸送部隊は、脱兎の如く帰還の徒についた。
その時聞こえた彼らの会話の内容が、やれ目が死んでるだの、あれは獲物を見定めている目だのと、散々な言われようだった。
さほど繊細ではないデュバルだが、やはり傷つく。この距離なら《アンシャン・レジーム》のスナイパーキャノンで狙えるし、撃っちまおうかなと思う程度には傷つくのだ。
「目が死んでるのは生まれつきであって、私にゃどうしようもねぇんですが……」
天幕を出て煙草に火をつけながら、デュバルは誰ともなしに呟いた。
紫煙を棚引かせ、増援として来た何人かの顔見知りに軽く手を挙げて挨拶を返しながら作業中の人員の間を歩いていく。
防衛型2小隊に支援型1小隊と追加の戦力自体はそう多くないが、ACが1機増援として派遣されていた。
タンクAC《ヴィルベルヴィント》がその増援なのだが、デュバルはその機体もパイロットもよく知らなかった。
せいぜいが先の作戦に投入されていたという事くらいだ。
「サカ……サカシタ? あ……サカモトってルビ振っとりますがな。つーか顔写真がねぇ」
パーソナルデータが記された書類を眺めるが、どうにもパッとしない。
年齢的に見て戦闘経験浅いペーペーかと思えば元レジスタンスだと注記があるし、新米の割には大規模な作戦への投入頻度が高く、まずまずの戦果もあげている――が、自機の損耗率も高い。大半の作戦で機体を中破、あるいは大破させている。
「鈍亀のタンクなんざ渡されても、ちと困るんですがね。来るのも遅い、来たものも遅い。……どうなってんだ」
への字に曲がった唇に合わせて煙草が揺れ、長くなっていた灰が足元に落ちる。短くなっていた煙草本体も後を追った。
この地に暮らす《
ノマド》が見たら憤慨しそうな光景だが、デュバルは街の外での喫煙マナーが悪かった。
「《独立機動部隊》なんて贅沢な事ぁ申しません。実際アンダーセン中尉はよーやりましたし、特別休暇をやってもバチは当たらんでしょうて。……だー、考えてみりゃあ任務自体は緊急でも何でもねぇぞ。下手すりゃ送り出した事すら忘れられてそうなんですが」
がりがりと頭を掻きながら、靴底で吸殻を大地に埋めていく。《ノマド》大激怒である。
「せめて《アズール・B》か《ドムキャット》あたりを……つーか砂漠なんですからノイマン大尉がやりゃあいいんじゃ……あ、ダメだ。あのオッサンじゃあ調査部隊も死んじまう。却下却下」
新たな一本を懐から取り出して口に銜えた。火をつけようとして、ふと何かを思いついた様な表情になる。
「《大佐》があの妙ちきりんなデカブツをブッ放しゃあ、まるくマルッと解決するんじゃあ……《ビッグ・ダディ》のビッグ・マグナムが火を噴いたってな具合に――」
もはや支離滅裂な事を呟きだしたデュバルだが、唐突に黙り込んだ。
顔から一切の表情が消え、噛み締められた奥歯が嫌な音を立てた。
《ビッグ・ダディ》の名は、彼女にとってある種のトラウマだ。
《大佐》によるクーデター時に、クーデター軍本隊と最初に交戦した幾つかの部隊の内一つを、当時政府軍少佐だったデュバルは率いていた。3年経った今でも鮮明に思い出せる、決して忘れる事はない日だ。
普通に戦闘を行って敗北したのならこうも記憶には残らない。苦い敗北の記憶として刻まれ、時折思い出すだけだろう。
だがあの場所は異常としか言いようが無かった。
ただの一撃で、本隊を迎え撃つために集結していた部隊が壊滅状態に陥ったのだから。
火をつけようとしていた動作のまま虚空を睨み付けていたデュバルだが、鼓膜を叩いたブチリという音に我へと帰った。
フィルターを噛み破ってしまったらしい。
乾燥した大地に飛び込んだ残骸は、数回跳ねて動きを止めた。
「あ、もったいね」
言葉とは裏腹にデュバルの表情は平坦だ。相変わらず光らない瞳を、本懐遂げれず旅立った煙草に向けた。《ノマド》大勝利だ。
しかし、再び靴底によって埋められた煙草により大地が侵食されてしまった。《ノマド》はもはや息をしていない。
「しっかしまぁ、あのウォーヘッドは未だに敵さん蹴っ飛ばしまくってんですから、筋金入りで脚癖悪ぃんでしょうなぁ……」
指揮官としてのデュバルは《大佐》によって粉砕されたが、個人としてのデュバルは最初の攻撃では生き延びた。
止めを刺したのは進撃してきた《ウォーハート》のブーストチャージだ。悲惨な事に、片手間に蹴り飛ばされて政府軍少佐としてのデュバルは死んだのだ。
「大尉、どうしたんです……?」
「……あ?」
気分良からぬ回想中に声をかけられ、剣呑な雰囲気のまま反射的に返事をしてしまった。あまつさえ殺気の篭った視線までぶつけてしまう。
無罪確実の隊員が、声も出せずに動きを止めていた。
「おっと! 失敬失敬。さっき、火ぃつけようとした煙草を落としちまいましてね。適当な神々を罵ってたんで、つい。何か用ですかい?」
「い、いえ……恐い顔をされてたので。……煙草、でしたか」
「煙草ですぜ」
安著した表情で離れていった隊員の背中を眺めながら、デュバルは小さなため息をついた。任務中に余計な事は考えるべきではないと。
「だー、くそ。余計な労力使っちまった……。さぁてさて、挨拶の一つもない新入りに縦社会のルールって奴を教えに行きましょうかね。サカモト伍長は何処にありや? 我は知らんとす」
軽く腕を回して、デュバルは未だに顔を見せない《
坂下・レーヴェ》を探す事にした。
最終更新:2012年05月09日 22:01