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 荒涼たる平原は日没と共に熱気を失い、冷ややかな死の空気をまとい始めた。樹木はおろか草地の一つもない、岩石と土くれ、そして何かの残骸が点々と転がるだけの無味乾燥な場所。空は泥のように暗く、星が一切見えない事が死の印象を強めていた。

「こちら《トロースト3》、依然として敵影なし」
「《トロースト2》、こちらも敵影は確認できない」
「……こちら《鳳》、異常なし」

 コルヴスはいつになく緊張していた。この短時日に二度も鎮月の指揮下で出撃する事になるとはまったくの予想外だった。
 彼は自らの進退を心配し始めた。どこかのミグラントとの内通を疑われているのか? あるいは、《大佐》を暗殺して再度クーデターを起こそうとしているとでも思われているのか? いずれにせよ、事実無根もいいところだ。

「《ウォーハート》より各機、監視を続けてください。異常があれば直ちに報告を」
「諒解」

 彼は長い待機のために凝り固まった身体を少しでも伸ばそうと狭苦しいコクピットで何度目かの試みを行ったが、またしても関節の可動範囲の限界に屈した。コクピットから出たくてたまらなかったが、それは流石の鎮月も許可しないだろう。
 スキャナを通した青白い映像は凍りついたように動かず、彼らがこの衛星都市──《コテル・アダマー》、土壁の意である──の外れで布陣した時から何一つとして変化はない。彼はスイッチパネルを操作し、後方カメラの映像を小さく割り込ませた。少しでも刺激が必要だった。

「ああ……くそっ、まだなのか?」

 彼はヘッドセットの入力が確実に切れている事を確認し、それから苦々しげに愚痴った。背後に小さく見える《コテル・アダマー》はその名の通り、うず高く積み上げられた土塁に囲まれている。長い混乱の時代の名残だ。壁のあちら側ではもう少しましな時間の潰し方もあるだろう……彼らが、この都市を襲撃するという《ノマド》の部隊を待ち構える必要さえなければ。
 彼らの周囲には日干し煉瓦の廃墟が散在し、適度な遮蔽を提供している。これらもまた、後退し縮小する都市が残した歴史の一部だ。土塁など必要なかった時代には、ここにも人が暮らしていたのだ……緩やかな破滅の歴史の只中にいるという事実は、否が応にも彼の気力を削いでいった。
 不意にヘッドセットにノイズ交じりの音声が入り、彼は慌ててスイッチを入れ直した。

「こちら《ウォーハート》、IRに感あり。高速接近中です、各員戦闘準備を」
「《トロースト》、全機問題なし」
「《鳳》、いけます」

 彼は後方カメラの映像を閉じ、ズームされた遠景に目をすがめた。ちらつく燐光──スキャナが捉えた赤外線だ──がかすかに見える。

「解析結果は──ああ、《デルタランダー》ですね。積荷は今のところ不明……随伴機に《アヴェス》四機、ミサイル装備です」
「《ランダー》だあ? 《ノマド》の連中、そんなもんどこに隠してたんですかね?」
「ジョック・ミグラントと契約したんだろう。それより、来るぞ!構えろ!」

 《デルタランダー》──空は飛ばないが重武装・重装甲、さらに高速度を得た輸送車両だ。砂塵を巻き上げながらホヴァーで疾走する姿はACほどではないにしろ脅威として受け止められたし、《ランダー》を駆る彼らは誇り高く《ランダージョック》と自称した。

「──《ウォーハート》、奴を廃墟まで誘い込みますか?」

 支援型MTである《シュペーア》の一個小隊を率いる《トロースト1》が問うた。《デルタランダー》はその運動特性から大味な機動となりがちで、障害物の多い場所へ誘い込まれればその高速性能を生かす事は難しくなる。もっとも《ジョック》たちもそのような事は先刻承知で、中には巧みにドリフトを駆使して市街地を縦横無尽に駆ける猛者もあるという。

「いえ、それでは《アヴェス》までも接近させる事になります。射程内に入り次第攻撃を開始します」
「諒解。IRフィルタ確認、サイトオン」

 スキャナを通してしか見えない赤外線レーザーサイトが虚空を走り、三本の弦を描き出した。それを見たコルヴスは愛機を廃墟の裏へ隠し、廃墟の中に仕掛けられたリコン・ジャマーが遠隔指令で起動している事を確認した。

「《ランダー》が回避運動を始めたぞ! くそっ、見えているのか!」
「攻撃開始」

 《トロースト》隊は慌てたが、鎮月は平静に射撃を指示した。彼女の《ウォーハート》は既に射撃体勢にある──左腕部の装備はパルス砲から大型の狙撃砲に換装されていた。機体特性や地盤を考慮すると必中とは言えないが、一度に五発をバースト射撃するという特徴がそれを補っていた。彼女はこれを超長距離まで届くショットガンとして割り切っていた。

「《アヴェス》と機動戦をやらされるのはぞっとしないしな。早いとこ片付けるぞ」

 《ウォーハート》を含む四機の狙撃砲が火を吹き、《鳳》の頭上を越えて地平線へ向かう赤外線の軌跡が画面に映し出された。
 わずかに間をおいて甲高い咆哮が薄暮を切り裂き、死んだ大地に戦闘の始まりを知らしめた。





「よう、お客さん、終点だぜ」
「わかっている、問題ない」
「そいつは結構」

 荒地を疾駆する《デルタランダー》──ミリタリー・グレイに塗装された装甲には《フリーウェイ・エクスプレス》の名が書き込まれている──の後部には重装のACが一機、搭載されている。ロックは解除済みだ。既に敵地に侵入しているため、《エクスプレス》に何かあった時は即座に離脱しろという──そして搭載された《ゼノンオルガ》に何かあった時は放り出して逃走するという、無言の意思表示である。

「《ジェイホーク》はついてきているか」
「もちろん。あいつらが落伍するほど飛ばしゃしないさ」
「そろそろ向こうもこちらを捕捉した頃だろう。始めるか」
「慌てなさんな。こういう時のセオリーは──そら来た──IRからだ」

 《フリーウェイ・エクスプレス》の前方走査スキャナに赤外線レーザーの軌跡が映った。狙撃砲に用いられるレーザーサイトだ。
 鉄灰色の特急を駆る《ジョック》、マックス・フリーマンはジェットノズルを偏向し、巨大な車体に回避運動を取らせた。

「さあて、もうちょい近付くか。ところでおっさん、おっ始める前に一つ言っとく事がある」
「何だ?」
「俺はあんたみたいな気障な野郎が大嫌いなんだ。五体満足で帰りたけりゃ、そこんとこ考えといてくれ」
「……いいだろう」
「けっ、またそれだよ、嫌んなるね……おおっと!」

 《エクスプレス》の車体を徹甲弾が掠め、装甲が抉り取られる金属音が車内に響き渡った。《ゼノンオルガ》を車体から乗り出させ、ジュリアスは言った。

「降ろしてくれ。これ以上は危険だろう……回収は手筈通りに頼む」
「テン・フォー。くたばるのは回収が終わるまで待ってくれよ、二枚目気取り」
「ふん」

 《エクスプレス》は巨体を素早く旋回させ、一瞬だけ横腹を曝した──そして、完璧にタイミングを合わせ、《ゼノンオルガ》がデッキを蹴って空中へ身を躍らせた。
 後方では《アヴェス》装備の小隊である《ジェイホーク》隊のMTたちが狙撃をかわしつつ追随している。

「《ジェイホーク》各機、無事か?」
「馬鹿野郎、胃が裏返しになりそうだ! とっとと突っ込んで、あのチキンどもをなん──」

 《アヴェス》の一機が立て続けに飛来した徹甲弾の直撃を受けて弾け飛んだ。

「──た、隊長が」
「くそったれ、俺は死にたくねえぞ。おい傭兵! 早いとこ仕事しろ!」
「わかっている」

 《ゼノンオルガ》はブースタ出力を全開にし、砂塵を激しく巻き上げて滑走する。スキャナ越しの青い画面に四機のターゲットが映った。

「《シュペーア》L型を三機確認……データ照合……ACは《ウォーハート》のようだ」
「《ウォーハート》だあ? 聞いた話じゃ接近戦しかやらねえって……全然違うじゃねえかよ!」
「落ち着け。牽制する──ミサイルの射程に入り次第、撃ち始めろ。熱源で撹乱するのが一番だ」
「てめえはとっとと突っ込みやがれ! まだなのかよこの鈍亀!」
「もう一度言うが、落ち着け」

 戦闘モードに切り替えた《ゼノンオルガ》の左肩ハッチが開き、彼方で瞬くマズルフラッシュへ向けて立て続けにHEATロケットを撃ち始めた。《シュペーア》は化学エネルギーに偏向した装甲特性を有するため大した効果は望めないが、少なくとも威嚇にはなる。さらに後続の《アヴェス》三機もミサイルの捕捉距離まで接近する事に成功し、暗い荒野を白煙と燐光が彩った。





「やはりと言うべきか、AC……それもS級の傭兵とは厄介だな」
「あの男は、一度俺たちの側についておきながら変節したとか聞きましたが」
「まあそんなところだ。詳しい事は──痛え! くそっ!」

 高速で突進する《ゼノンオルガ》が《アヴェス》三機を従えて廃墟群に接近する。既に《ノマド》の襲撃隊は《バンガード》部隊を射程に捉えており、ミサイルとHEATロケットが狙撃体勢の《シュペーア》たちに無視できない被害を与え始めていた。
 鎮月は最後の五連射を急接近中のACに撃ち込み、空になった狙撃砲を無造作に捨てた。ハンガーアームが回転し、上下二連のショットガンを左のマニピュレイタに握らせる。

「《ウォーハート》より、《トロースト》隊は後退してポイントB3へ。《鳳》は合図があるまで待機を続けてください」
「《トロースト1》、諒解。各機後退!」
「《鳳》、諒解」

 《シュペーア》が狙撃砲を折り畳み、小刻みにブースタを噴射しつつ後退していく。鎮月はそれを確認するとおもむろにグライドブーストを起動し、《ウォーハート》を突撃させた。瞬く間に廃墟が飛び去ってゆき、同じくグライドブーストで突き進む《ゼノンオルガ》との距離が縮まる。

「──シヅキ中佐!」
「中尉、もう一度言っておきますが、勝手に飛び出したりしないように。合図を待ってください」
「そりゃわかってますが、しかし」
「大丈夫……ですよ、彼の事は知らないわけでもありません」

 鎮月の吐息に緊張の色を聞き取り、コルヴスは眉間にしわを寄せて唸った。本当に大丈夫なのか?

「さて、久しぶりですね、少佐」

 《ウォーハート》と《ゼノンオルガ》は同時に腕を持ち上げ、鮮やかな火線が交錯した。








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神父 VD未対応
最終更新:2012年06月08日 01:06