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 荒れ果てた夜の下、二機のACが輝くイオンの軌跡を伴って踊る。《ゼノンオルガ》は対敵距離を一定に保つように、《ウォーハート》は撃ち込まれる砲弾をかわしながら肉迫するように。黒色の獣は荒地のわずかな起伏を確実に捉え、低く跳躍を繰り返す。よく訓練された猟犬を思わせる機動だ。

「いい腕だ。相も変わらず」

 ジュリアスはヘルメットの内側で呟いた。彼らの周囲を遠巻きにしつつ、《アヴェス》がミサイルを撃ち込んでいるが、この高機動戦闘にあっては命中どころか牽制の効果すら望めない。《フリーウェイ・エクスプレス》は彼の離脱と同時に戦場を離れ、作戦終了後の回収に備えているはずだ。
 彼は機体を左右に振って機関砲弾の雨を避けつつ、突進のタイミングに合わせてバトルライフルとガトリング砲を撃ち込む。だが、《ウォーハート》も馬鹿正直に突撃を繰り返しているわけはなく、有効打を与える事ができない。渋面を作ったまま、彼は右腕のガトリング砲を一旦ハンガーアームに預け、大型のレーザーライフルをマニピュレイタに握らせ──そしてそれを、迫る《ウォーハート》に向けて放り投げた。熱エネルギーに強い装甲特性を有する《ウォーハート》にレーザーライフルは大した効果が望めない。武器の喪失はそのまま戦闘コストに跳ね返ってくるが、デッドウェイトは捨てなければならない……さもなくば死だ。
 《ウォーハート》は慌てた風もなくレーザーライフルを踏みつけて跳躍し──もはや使い物にはなるまい、銃身がくの字に折れ曲がった──負荷が軽減された事で速力の不利を補った《ゼノンオルガ》に対し、なおも執拗に食い下がる。

「……」

 彼は決して安くはない損害に舌打ちし、それでも己の命を拾えるならば高くはないのだと自らを納得させた。あのクーデター以前から、鎮月は近接戦闘において並外れた戦果を挙げてきた。そして明らかに、三年の時は彼女の技量を更なる高みへ研ぎ上げていた……一方で、下野した彼は四十路に到る肉体の声なき訴えに悩まされ始めていた。不利は覚悟せねばならない。

「行くぞ」

 自らを叱咤し、彼は再び突撃の構えを見せる《ウォーハート》に備えた。





 鎮月は致命傷になりうるHEAT弾を小刻みにかわし、機関砲弾は重装甲が弾き返すに任せた。《ウォーハート》の武装は基本的に短射程であり、回避のために速度を落とせば標的を有効射程に捉える事はできない。トレードオフは甘んじて受け入れなければならないのだ。

「!」

 彼らの周囲を遠巻きにしていた《アヴェス》の一機が《ゼノンオルガ》の軌道に入り込み、接触寸前の位置ですれ違った。それを好機と思ったか、《アヴェス》は真っ直ぐに二発のミサイルを射出する。鎮月は左腕のショットガンでこれをまとめて吹き飛ばし、攻撃手段のないMTの眼前へ一息に飛び込んだ。一瞬、開放回線から何かの音声が聞こえたが、彼女は構う事なく鉄塊を前進させた。
 耳障りな音と共に脆弱な浮遊MTは蛙のように潰れ、飛散する破片の向こうに揺らめく砲口を認めた彼女は潰れかけの敵機を足掛かりに、強引に愛機を跳躍させた。アクチュエータが悲痛な叫びを上げたが、そのおかげで致命的なHEATロケットの一撃は残骸を吹き飛ばすだけで済んだ。

「……なんて事を」

 無論、《アヴェス》のパイロットがあの一撃を生き延びたとは考えにくい。しかし、生きている可能性を一切考慮せず、敵を仕留めるために列機を平然と射線に巻き込む行いが正しいかと言われれば、彼女は首を縦には振るまい。彼女は積極的に前進し、僚機のために被害を引き受ける。だが、目の前でこちらに武器を向ける《ゼノンオルガ》、ジュリアスにとっては──どれほど友軍を失おうとも、結局のところ他人事に過ぎないのだ。彼女は彼が政府軍に所属していた頃の事を思い出し、眉をひそめた。
 ツートンカラーのACが銃口を斜めに突き上げ、狙いを定め直す。彼女は視界の端にもう一機の《アヴェス》が入った事を確認し、愛機を空中から斜め下方へと弾き飛ばし──哀れなMTの直上へと足を踏み落とさせた。撃破確認の手間を省き、再跳躍する。

「──《ウォーハート》より《トロースト》へ、再配置は?」
「こちら《トロースト1》、あと40……いや、30秒で配置につきます」
「わかりました。保たせますが、早めにお願いします」
「諒解!」

 黒い獣は着地と同時にもう一度横っ飛びに地面を蹴り、HEAT弾を回避する。重量級の運動性能を限界まで使い切った機動だ。コンデンサに蓄積されたエネルギーはハイブーストの合間にゆっくりと回復してはいるものの、底を尽くまで長くはあるまい。だが、敵も条件は同じだ。互いに遮蔽物に身を隠し、エネルギーの回復を待つ事になる──そして、その時が《鳳》の出番だ。
 鎮月は地面を照らす噴進焔からミサイルの飛来を察知し、余勢のままに機を横滑りさせる。一発が黒鉄の装甲を掠め、花開く。

「《トロースト1》より《ウォーハート》、配置完了!」
「射撃開始」

 鎮月がそう言うが早いか、三本の赤外線レーザーが夜を貫き、《ウォーハート》の背後にいた最後の《アヴェス》を捉えた。即座に徹甲弾が撃ち込まれ、MTを荒っぽく解体する。《トロースト》隊から歓声が上がった。

「ザマ見ろ、パイ皿野郎!」
「やれやれ、片付いたか、一安心だぜ」

 だが、最大の障害である《ゼノンオルガ》は健在だ──素早い切り返しを挟みつつ、再開された狙撃を避けるべく廃墟へと移動している。都市方面から出てきた《ウォーハート》はUターンしてそれを追う形になる。

「《トロースト》、祝杯には少し早いですよ──標的をポイントR2へ誘導します。適宜、射撃を加えてください」
「諒解……ご心配なく、中佐」
「《鳳》、リコン・ジャマーの確認を。タイミングは任せます」
「──こちら《鳳》、万事問題なし、任されました!」

 威勢のよいコルヴスの返答に、鎮月は思わず口元を緩めた──が、それも一瞬の事だった。誘導の成否は作戦の成否に直結していると言ってもよく、そしてそれは彼女の仕事なのだ。彼女は廃墟群での戦闘に備え、リコン・ユニットを打ち上げた。





 コルヴスはコンソールを叩き、愛機の現状(ステイタス)を確認した。右腕にはショットガン、左腕にはレーザーブレード。整備状態は完璧だ。いつも通り。

「うんうん、グリエフのおっさん、整備に関しちゃ誰にも手を抜かせないからなあ。ただうるさいんだよな」
「中尉……攻撃に備えた方が身のためですよ」
「え!? あ、その、すみません」

 鎮月からくぐもった被弾音と警報交じりの通信が入り、彼は奥歯を噛み締めた。リコン・ユニットとスキャナを介した映像には近付きつつある《ゼノンオルガ》の姿が映っている。彼が潜むこの路地のすぐ隣、《トロースト》の狙撃を避けられる大通り──かつてはそうだった場所──へと退避しようとしているのだ。《鳳》の存在さえなければ、正しい判断だと言える。実際、リコン・ジャマーによって《鳳》の存在は隠蔽されている。そのおかげで完全な奇襲が成立しうるのだ。
 それでも彼は緊張を覚えていた。先程は威勢よく答えたが、いざその時が近付いてみると不安が高まってくる。

「殺気を感じ取ってカウンターとか、しないよな、マジで」
「察知した気配があったら知らせますが、そういう人は今まで見た事がありませんね。……もう少しですよ、集中してください」
「り、諒解!」

 彼は操縦桿を握り直し、廃墟群へと入り込んで大通りを進む《ゼノンオルガ》との距離を測った。崩れた建物が足場と障害を同時に提供しており、《ゼノンオルガ》は《ウォーハート》と撃ち合いながら──つまり後退しながら障害物を避け、足掛かりを蹴って跳躍していた。本当に後ろに目があるのではないかと思わせるほどの卓越した操縦技術だ。

「……けどな、少佐……いや元少佐か、二人を一度に相手取るのはいくらS級傭兵でも無理な相談だぜ!」

 彼が潜む路地の前へ《ゼノンオルガ》が飛び出す瞬間、彼は愛機のブースタに喝を入れ、全速力で突進させた。





 追い込まれている。ジュリアスは首筋に刃物を当てられたかのような焦燥を覚えていた。《シュペーア》の狙撃を受けずに済む位置は多くはなく、最も手近な位置へと彼は機を進めた……そして、相対する《ウォーハート》もそれを積極的に妨げようとはしなかった。互いの装甲の損耗はほぼ同程度だが、《ゼノンオルガ》が狙撃部隊への牽制に弾薬を使ったのに対して《ウォーハート》は弾薬をまだ温存している……ほとんどガトリング砲しか使っていないのだ。彼は、威圧的に聳える両肩にHEATロケットが満載されている事を知っていた。直撃を受ければ生半可なACなど瞬く間にスクラップと化す代物だ。

「いかんな」

 彼は離脱するための方策を検討し始めた。そもそも、彼らに与えられた任務は敵部隊の撃滅ではない……あくまで「襲撃」であって、適当な頃合を見て撤退するはずだったのだ。だが、執拗な《ウォーハート》のために彼の撤退は困難になりつつあった──無論、《ジェイホーク》隊の撤退が不可能な事は言うまでもない。彼は廃墟群の間で追跡を撒くべく、機体を後退させ続けた。

「何──」

 一瞬の事だった。唐突に横からルビー色の塊が飛び出し、後退する《ゼノンオルガ》の左腕に握られたバトルライフルに激突したのだ。激しい衝撃でバトルライフルはマニピュレイタからもぎ取られ、回転しながら闇の中へと消えた。武器の喪失を感知した制御システムが自動的にハンガーアームを回転させ、ライフルをスタンバイしようとする。開放回線に断片的な叫びが紛れ込んだ。

「……くそっ! ズレた!」

 眼前の赤い機体──《バンガード》の前衛機のいずれかだが、暗い中で一瞬の内に判別できるようなものではない──は無防備に着地しかけたが、その前に左腕に握られたレーザーブレードが閃いた。白熱するプラズマが装甲を直撃し、制御システムがダメージを受けた事に対して何事か苦言を並べた。だが、熱エネルギーならば実際には大した痛手にはならない……それより、この突発的な事態に対して対応策を取る方が先決だ。

「ジャマーを置いてACを隠しておくとは、そこまでして私を仕留めたいか」

 苦々しげに呟いて彼は再び後退し、右手に現れた路地へと機体を滑り込ませた。二機を同時に相手取るのは最悪だ。だが、こちらがそれなり以上に損耗しているのに対して相手に完全な状態のACが一機追加されたというだけでも最悪と言うには充分だ。
 残弾を確認する。ガトリング砲は充分すぎるほどの携行弾数があり、またライフルは今まで使っていなかったため全弾が残っているが、HEATロケットは心もとない。HEATロケットが尽きれば、運動エネルギーに対して強い装甲特性を持つ相手に対する打撃力の不足は明らかだ。攻囲を突破する機会は恐らく一度。彼はパイロットスーツの中が急に冷え切ったように感じた。





「《鳳》、ポイントG3へ。その路地を塞いでください。こちらは反対へ回ります。《トロースト》各機、牽制を続けてください」
「《トロースト1》、諒解!」
「《鳳》、諒解! くそ、なんで外れて……」

 コルヴスがぶつぶつと呟く声を聞き流しつつ、鎮月は素早く《ウォーハート》を走らせ、廃墟を蹴り渡って路地の反対側へと移動した。スキャナ画面には障害物を挟んで牽制し合う《鳳》と《ゼノンオルガ》が映っている。このまま挟撃できれば最上だ。

「《鳳》、無理はせず、そのまま足止めを。背後から攻撃をかけます」
「諒解。……中佐、その、俺……」
「それは後で聞きますよ」
「……諒解」

 路地へ機体を進入させ、小刻みに障害物の間を移動して射撃を繰り返す《ゼノンオルガ》を射程に捉える。《ウォーハート》が両腕を持ち上げ、射撃を開始しようとした瞬間、彼女の耳にコルヴスの叫び声が飛び込んだ。

「中佐! 後ろ──」
「は──」

 問い返そうとした瞬間、激しい衝撃が《ウォーハート》を襲い、コクピットを激しくシェイクした。





「乗れ! おっさん!」

 第一声はそれだった──ジュリアスがそれに反応して機体の半身を向けた瞬間、その巨大な鉄塊は彼の背後に回りこんでいた《ウォーハート》を跳ね飛ばし、《ゼノンオルガ》へと真っ直ぐに突っ込んできた。この狭い路地の幅を一杯に使い、信じられないほどの速度で驀進している。
 状況を飲み込むより先に、ジュリアスは廃墟の壁を蹴って跳躍し、突き進む《フリーウェイ・エクスプレス》と速度を合わせた。跳ね飛ばされた《ウォーハート》は斜めに宙を飛び、武器や装甲の破片を撒き散らしながらバウンドした後、廃墟の上に落下して動かなくなった。ルビー色のAC──《鳳》が呆気に取られたように立ち尽くし、そして弾かれたように落下地点へと走る。

「フリーマン、助かる、だが──」

 彼が意味のある言葉をかける前に、マックスは《エクスプレス》の外部スピーカを起動していた。短くハウリングノイズが響く。

「ハ、ハ、ハァ! ダチの仇だ、腐れアマ! いい気味だぜ!」
「おい、フリーマン──」
「捕まってろ!」

 外部スピーカが切れると同時に荷揚げ用のクレーンが後部デッキに乗った《ゼノンオルガ》の頭上を掠めて回転し、すぐ横を飛び去ってゆく廃墟へとフックを投げた。並ぶ建物群を破壊しながら《エクスプレス》は強引に旋回し、横滑りしながら路地の突き当たりに出た瞬間、ジェットエンジンを全開にした。耐久限界を越えたクレーンがあっさりと根元からへし折れ、繰り出したワイアの弾性に翻弄されながら跳ね回って遠ざかる。車両上部に据えられた二門の迫撃砲が後ろを向き、ついでのように発煙弾を発射した。
 火花と瓦礫、白煙とイオンを撒き散らしながら《エクスプレス》は廃墟を抜け、猛然と砂塵を蹴立てながら《コテル・アダマー》を離れた。マックスはしばらくの間黙って運転していたが、ようやっと荒く息をついた。

「……ああ、ったく、久々にヤバい仕掛け(ラン)だったな。だが、意外となんとかなるもんだ」
「助かった、感謝する」
「もうちっとありがたそうに言いやがれ。まああんたを生きて回収すんのも仕事のうちだったが……ああ、そうだ」
「何だ?」
「おっさん、あんたを助けんのにクレーン壊したからな、修理代くれ」
「……」
「おいおい、S級傭兵だろ、あんた。太っ腹なとこ見せてみろよ」

 ジュリアスは嘆息した。ざっと見ても今回の損害は馬鹿にならない。そして追加の支出……収益は際どいところだ。

「ああ、いいだろう。だが余計な請求は認めんぞ」
「馬鹿言え、誰がそんな事するかよ。──さて、それじゃあ《ノマド》の偉いさんとこまで戻るかね、金をせびりにさ」

 マックスはひとしきり笑い、《イル・シャロム》の海賊放送にラジオのチャンネルを合わせた。誰も名を知らない、滅び去った時代の音楽が雑音と共に流れ出す。
 プラズマジェットの尾を引く《フリーウェイ・エクスプレス》は、ささやかな反抗の灯火のように夜の荒野を走り続けた。








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神父 VD未対応
最終更新:2012年07月03日 01:17