投稿者:怨是
大型地下駐車場というものは、当然ながら外――ましてや上空からではその子細に至る迄を覗き見る事が出来ない。
“バイトの姉ちゃん”と呼ばれるこの女性は、ヘリのトリガーを操作し、比較的駐車場に近い場所へと探知機を投射した。それから、機体のカメラとリンクし、ショートテイルの機体――ドレイクの様子を見る。敵反応が次々と消失して行くのと同時に、柱の陰に隠れていた戦車部隊がみるみるうちに鉄屑へと姿を変えて行く。それは、ドレイクの両手に持ったマシンピストルが戦車の装甲を貫いているからだった。
《さぁて、今回も楽勝だっちゃ!》
通信機からは底抜けに明るい声が響く。
「今回“も”って……また無理しないでよ? 借金返済が目的なんだから」
《解ってるっちゃよ。ヒーローに二言は無い。それは、当然の摂理だっちゃ》
ショートテイルの豪語とは裏腹に、彼女の戦い方は随分と無駄が多い。まず、わざわざ戦車の密集している場所へと突っ込み、正面の戦車を破壊する。一度後退し、次に左右の戦車を破壊した。六両目、七両目が柱の陰から出て来ないのを見るや、ドレイクは片方の戦車に背を向けて六両目を蹴り潰し、それから転回して背後の七両目を撃ち抜く。そういった具合だ。
その間受けた砲弾は計十六発、自機損傷率にして早くもおよそ三割。幾らジャンクの寄せ集めで修理費が割安とはいえど、終始この体たらくでは小言の一つや二つは浴びせたくなるというものだ。バイト女はヘリ操縦士の中年――グッドマンの目が届かぬ所で眉間に皺を寄せた。それから、改めて、あの脳天気な野生児寸前の緑髪を担当させた上司を呪った。
《ご覧あれ、これがヒーローの華麗なる戦ぶり! 敵将の御首頂戴まであと僅か!》
「はいはい……そう云って次から次へと出撃する度に赤字の収支報告書を作らせたのは誰かしら? 今度こそフイにしたらブッ殺すわよ。Fランクの更に下のGランクという特別枠でも作るかしら? あんたゴキブリみたいにしぶといから丁度いいんじゃない?」
《ゴキブリってあなたってばもう……この、売れ残りの年増が……ウチは腐っても乙女だっちゃよ。それをゴキブリ呼ばわりとは何と失敬な。どうせ“イ”の母音で伸ばすアルファベットにするなら“Zランク”の方がまだ、何かワケありっぽくてカッコイイっちゃ》
こいつは本当に……。
危機感の欠如した、度し難き阿呆め。年増呼ばわりは百歩譲って伝家の宝刀“大人の対応”で許してやるとしても、冗談を抜かしている暇など何処にも無い事だけは解ってくれないものだろうか。こいつも、自分も、正真正銘の崖っぷちなのだ。
「……馬鹿。状況考えてよ状況を。明日からオペレータも保険も無しで放り出されてみなさい。マジで物理的に身体を売りながら生活するハメになるからね」
まだまだ云いたい言葉はあるが、女性は今この場で必要な事だけを云う事にした。これ以上の事を云えば、奴は確実に再起不能になるし、自分もきっと、口元の小皺が昨日よりも多くなるからだ。
《それは、ちょっと勘弁願いたいっちゃ》
「だったら精々無駄を減らす事ね。その地下駐車場は遮蔽物が多いんだから、もっと有効活用なさい」
《お言葉だっちゃが――》
「――云っておくけど“ヒーローは隠れて撃つなんて卑怯な真似はしない”とか、そういうアレなら受け付けないわよ。ここはミッション。アリーナとは違うんだからね」
まさかと思って先手を打ってみたが、どうやら真面目にそういった内容の反論をするつもりだったらしい。
《えっと、その……はい》
ショートテイルは言葉に詰まり、以降、戦闘領域内に蠢く有象無象の雑魚共を綺麗に片付けるまでは一言も喋らなかった。その間、幾度か無駄な行為はあったものの、指摘する前ほどには多くなかった。なるほど、利口にやってくれるじゃないか。
「そいつで最後ね。ご苦労様」
自分なりの労いの言葉を掛けてやる。が、ショートテイルは相当拗ねているのか、返答は何も無かった。以前から何処か可愛げの無い奴だとは思っていたが、まさかこれ程とは。この何か引っ掛かる感情の正体を探るが、今の所、答えは出て来なかった。
「グッドマン、回収地点にヘリを」
「勿論さ。お姫様を運ぶのが馬車の役目だからな」
ヘリの操縦士――グッドマンは軽口を叩き、ヘリを移動させる。
――あの子がお姫様なら私は何?
そんな質問を投げ掛けたくなったが、女性は口を噤み、そっと胸中へと疑問を仕舞い込んだ。どうせ、深い意味など無いのだ。下らない答えをわざわざ聞いて、それで「案の定下らない答えが返ってきた」などと落胆するくらいなら、酸素を少しでも節約して次の事へと思いを馳せた方が建設的だ。
例えば、女性はショートテイルの他にも三名ほどの傭兵を専属で受け持っていた。その内の一人、キリーという傭兵は中々の美男子と云っても過言ではない容姿の持ち主だ。突っ慳貪な態度が少しばかり鼻に付くが、時折見せる物憂げな表情、そういった時に話し掛けた時に必ず見せる、捨てられた子犬の様な目が、この女性の心を鷲掴みにした。もっと彼の事を知ってみたい。もっと彼と話してみたい。その為に、カストリカのとあるビルの屋上にあるレストランのクーポンまで貰ってきた。蜥蜴重工では専属オペレーターが傭兵と恋愛沙汰になる事は御法度となっているが、食事に誘うくらいなら恋愛でも何でもない。自然と笑みが零れ――
……突如、オペレーター画面からAC接近の警告音が鳴る。モニターを見やれば、赤い三角形のアイコンが二つ、それも出入り口という極めて厄介な場所にあった。
「駐車場出入り口から敵反応……ACだわ。二機来る」
《ちょっ、無理! 二機とか絶対無理! 有史以来の大ピンチだっちゃ!》
「落ち着きなさい。この程度、ごくありふれたピンチでしょ。敵側の通信が来てるわ。内容はどうせ大した事無いかもだけど、聞く?」
《一応……》
通信回線を開き、ドレイクにもリンクさせる。その間にも探知機の範囲内に居るこの二機の敵ACをスキャンし、情報を集めた。勝利は望み薄だとしても、せめて敗北を遠ざける術は見出さねば。
《おうおう。やっちまったねぇ。俺達の縄張り荒らしといて、只で済むと思うなよ》
若い男。だが、粗野な声だ。どう考えてもまともな育ちとは呼べない。パイロットネームは
カラブローネ。ACネームはヴェレーノ。スナイパーキャノンと迫撃砲を持つ、重量逆関節型だ。遠距離戦闘に適した構成という事か。が、ハンガーに積まれた小型HEAT榴弾砲とレーザーブレードが妙に気掛かりだった。
《まぁACから降りて土下座するなら許してやるぜ。その機体、多少は金になりそうだしなァ》
少し中年に差し掛かった男。気怠げな口調からは、やはりカタギとは程遠い険呑さが伝わってきた。パイロットネームは
スペクター。ACネームはグレイゴースト。ガトリングガンにバトルライフルを搭載した重量二脚型。ハンガーにはセントリーガンとリコンジャマー、ショルダーにはチャフと、相方の欠点を補う形の構成だ。
《いやそれは、ちょっと》
《降りるのが嫌ならそれでも構わないぜ。たっぷり可愛がってやるからよ!》
《ウチを捕らえてあんな事やそんな事をするつもりだっちゃね! エロ同人みたいに!》
彼らの声にまともに応対するショートテイルもショートテイルだ。何をやっているのか。
《望み通りそうしてやらぁ。ほらよ、逆関節なら逆関節らしく、飛んで逃げ回ってみやがれ! バッタみてぇにブッ潰してやる!》
地下駐車場でそれは、少し無理な相談だ。唯一、逆関節の得意分野である跳躍力を活かせない事が懸念事項であったが、こうも最悪のタイミングでACによる邪魔が入るとは。
データベースとの照合が完了し、更に詳細なデータを受信する。端末に表示されたデータから、彼女はある結論に辿り着いた。
端末を叩き、現状で最善のルートを割り出す。ガイドビーコンとして、それをドレイクに送信した。
「ショートテイル、聞こえる?」
《はいはい、なんとか……》
「駐車場の脱出ルートを送信したから、さっさと逃げなさい。あんたの腕じゃ無理よ、そいつ等は」
情報に依れば、彼らは
スプーキーズと呼ばれる武装勢力である。悪名轟かすならず者共ではあるものの、さほどの腕は無い為、多少の実力があればどうにかなる相手だ。が、生憎こちらはショートテイルという万年最下位の雑魚傭兵しか居ない。
《云われなくてもスタコラサッサだっちゃ》
《まぁ待ちなよ子猫ちゃん。もうちょっと遊んで行けって》
まずい。迫撃砲の爆風に巻き込まれている。スプーキーズのAC達による、己のアジトの損害すら顧みぬ猛攻に、ドレイクの損傷率はみるみるうちに拡大していった。
《嫌だぁあああ!》
《やらせろぉおおお!》
《無理ぃいいいい!》
重量二脚の反応が消えた。
《おっと。俺を忘れちゃ困るぜ》
と、思いきや、ドレイクの真後ろからブーストチャージを繰り出してきている。これは柱を足場にブーストドライブ機動で真横に跳び、回避。窮地に陥ったショートテイルはしばしば、こうして天才的な回避能力を発揮する。常にそれをやっていればこんな状況になる事も無かったが……
《忘れられるか! 既に軽くトラウマだっちゃ!》
《おう、そうかいそうかい。じゃあもっと怖がってくれなきゃな》
探知機の反応が一気に増える。セントリーガンの仕業だな。型番から察するに、バトルライフルタイプの子機だ。普段ならばあんなのろい弾など楽に避けられる。その為に第9領域でのミグラント間の評価は、然程高くなかった。が、どうやら閉所で大量に展開されると評判以上の脅威となるらしい。セントリーガンがパルスタイプでないのは、味方への誤射を防ぐ為か。なるほど、戦法らしい戦法をとらない在野連中にしては、よく考えている。
《スペクター、そっちは塞いだか?》
《きっちりばっちりだぜ》
がりがりと、嫌な音がドレイクの装甲を薙いだ。HEAT弾頭はドレイクの装甲と相性が悪い。装甲値の数字が見る見る内に目減りして行く。
《よう、子猫ちゃん、逃げないのか?》
《そろそろ降りて貰おうかねぇ、よっと!》
リンクした映像越しの衝撃音に、女性は顔を一度背けた。
――とうとう、やられてしまったか。
そう思っていた。が、遅れてやってきた声に安堵する。
《ふおぉッ?!》
男が驚愕する声だった。ドレイクのブーストチャージが見事、重量二脚のACに命中したのだ。
《追い詰められた爬虫類は……虫をも喰らうっちゃ》
別に追い詰められなくても、爬虫類は虫を食う生物だろうにと云いたかった。暢気に微笑みながらヘリを操縦する眼前の中年男性もきっと同じ事を考えているのではなかろうか。それはさておくとして、包囲網は崩れた。
《てめぇ! この機体幾らすると思ってやがる! あ、くそ、脚に穴空いてんじゃねぇか!》
《うひゃひゃ、ざまぁ!》
破損による動作不良で動きが止まった重量二脚型を振り切り、ドレイクは順調に出口へと向かっている。
――よしよし、その調子だ。うん、振り向いて指差しとか、そういう無駄に人間じみた機動をしなくてもいいから。そこ技術求める所じゃないから。
《おい、スペクター! しくじったなこの野郎!》
《あのクソアマのせいだ! Fランクだから油断した!》
連中が仲間割れをしている間にも、ドレイクは出口を目指して一直線に駆け抜けて行く。敵機は機動力が低く、追い付いていない。
《このまま逃げ切るっちゃ!》
「……是非ともそうして。諸経費を計算したら、まだ黒字だわ。このまま被弾を抑えれば多少は返済出来るわよ」
出口まであと僅か。女性の口元は、気付けばにやついていた。
ここ最近、失敗ばかりだった。それを、漸く抜け出せる。汚名を返上すれば、業績も回復する。蜥蜴重工上層部も、これで少しは自分の手腕を認めてくれる筈だ。
ドレイクのカメラ越しに見える駐車場出口の光は、まるで低迷した己の業績の出口でもある様に感じられた。
「これからなのよ、全ては」
最終更新:2012年07月12日 15:34