―作戦DEATH! ファーストステップは殺戮DEATH! ラストステップは殺戮DEATH! 以上DEATH!―
空調の効いている部屋は良いなと改めて感じられた。
つい先日、ミーティングルーム(小)という名の資料庫に押し込められた身分のデュバル大尉としては、それは良いことである。広々として真新しい椅子とテーブルが置かれ、空調も良く効いている。使わなくなった資料といった無駄なものなど置かれてはいない。煙草だけは隅にある喫煙室に行かなければならないとなっているが、そこも新しい空気清浄機とソファが備わってミーティングルーム同様に快適である。
良いことである。
そのはずである。
しかしながら、同室している人物については、バッドである。
「ふーむ。そう来ましたか。お強いのですね」
「……どうも」
駒がガラス製のチェスセット越しに向かい合う女性の言葉に気のない返事を返す。
目の前の女性は優雅であり洗練されている。一つ一つの行動に教育されていることを伺わせた。軍服も綺麗に着こなしており、遠くから何も知らずに見れば、とてもACパイロットとは思えないだろう。軍の司令部にいる才女、優雅なる女指揮官といったほうが当たっているように思える。しかしながら、その実体はというと。
「しかし、上層部も頭が固いと思いませんか? 超過兵装の集中運用をどうしてそこまでこばむのでしょうかね? 早期決着を計り領域の平定を目指すことに何の異があるというのでしょうか? 」
(そりゃ拒むつーの)
と内心で思う。強引すぎて、バンガードが瓦解しかねないような強攻策を誰が許容するというのかと。それに、そんな決着を迎えれば、軍人しかできない自分など存在意義を失ってしまう。誰にも口にしたことは無いが、エンドレス・ウォーを望むデュバルとしては、目の前の女性指揮官の存在というものを受け入れがたいものがある。
「あー、まぁ。上にも上の考えがあるんじゃねーですかね」
と、D・クロケット少佐の考えにそれとなく理解もあるように茶を濁す。理解できないとでも言おうものなら、永遠とエキセントリックにハイテンションになっていかに不要な人類を根絶やしにするかを説き伏せてくるに違いない。それは、デュバルとしては精神衛生上避けたい事態である。かといって、賛成と言えば言ったで週5にもわたる上層部への進言に付き合わされるだけだろう。
(つーか、暫く指揮下に入れってつーのはさぁ)
その週5の進言が鬱陶しいという理由から、デュバルに相手をさせようと命令が下ったのではないかと思えてくる。どうせ暇を与えても、煙草を吸うかセクハラをしているか下らないことを周囲にぼやいているかのどれかだろうと思われているようであるが、事実、大凡その通りである。
「ふーむ。もしや、私の熱意が足りないと思われているのではないでしょうか? 確かに思い返してみれば、渋い顔をしていらっしゃいました。それは、私に本気じゃないと思ってのことではないでしょうか? 確かに週5程度では少ないかも知れませんね。一先ずは週10を目指してみましょう」
「あー、はぁ」
(なんで、こう力業なのかね。この人はさ。一日に何回行く気ですかねー。まぁ、付き合わされる制服組には南無っと)
「もし、私が行けないときは、是非、代役をお願いしますね」
思わぬ攻撃である。メーデーメーデ、こっちは味方だ。誤爆である。
にっこりとどういう根拠があってか判らないが、信頼しきった曇り無い眼の笑顔である。狂った人間の笑顔がこれほど怖いものは無いと思えてくる。彼女に比べれば、神聖
ノマド戦線は穏健派と言えるかもしれない。
「え? あーいやー、その、私も普段は前線が多いんでなんとも」
(おいおい、勘弁してくれよ。一体、私が何を悪いことをしたつーの)
主にセクハラやセクハラ、さらにはセクハラをしている。
(……心当たりがあるちゃーあるんですがねぇ、それでも、こんな目に遭うほど悪いんですかねぇ)
「そうですか。無理は言えませんからね。私としたことが思慮が浅はかでしたね」
(普段、無理を言ってないと申されるんでしょうかね? 浅はかじゃないと思っているんでしょうかーね? )
いい加減に我慢とニコチンが切れてきた。
「ちょいと失礼しますんで」
テーブルに置いた煙草とライターを手にとって立ち上がる。
「ええどうぞ。こちらはもう少し考えさせてください」
立ち上がると、D・クロケットは口元に手をやり盤面に視線を落とす。ミーティング・ルームを半分だけ縦断していくが、途中には同じくミーティング・ルームにいた人間が見える。無表情のままほとんど動くこともなく、『ブービートラップ厳選100 これで明日からトラップマスター』と大きな文字で書かれた本を読み続けている。ページを捲るスピードも一定であれば、ページを追う目の瞬きも機械のように一定だ。デュバルとD・クロケットよりも先にミーティング・ルームに居たが、物音一つ立てずに居座っている。そういえば入ってから声を聞いてもいない。が、気にすることもなくデュバルは喫煙スペースに入った。人を感知して空気清浄機が出力をあげる。以前通されたミーティングルームに置かれた空気清浄機は『仕事をしていますが、何か?』と言わんばかりに人も煙も関知せずにうなり続けるだけだった。
「ありゃ、独立機動部隊のだったよな」
そう呟きながら、煙草をくわえる。なんでこんな場所であんな本を微動だにせずに読んでいるのかは知らない。そもそも、ここにいる理由はただの待機だ。カストリカとイル・シャロムの間となるエリアに、最近になってミグラントが物資を運び込んでいるという情報が入った。上層部は運び込まれる物資の量から、カストリカが侵攻拠点を構築しているのではないかと推測し、D・クロケットに目標地点の割り出しと拠点の破壊を命令した。先攻しての破壊ならうっけつけの人材であるが、問題は偵察という最もほど遠い任務をどうするか。
答えは簡単であり、独立機動部隊が偵察のために一チーム回してくれたということだ。ただ、何故、その偵察を担当しているはずの独立機動部隊がここで読書しているのか。
フィルターまで吸い終わった煙草を灰皿へと捨てながら次の煙草を口にくわえる。前線に出れば煙草をは吸い続けていられるが、かといって屋内にいれば分煙しながらキ印の少佐の相手である。作戦についても、もしも自分が担当であったら、ACチームを回してもらえるとは思えない。偵察車両とヘリと歩兵で地道に偵察を続けていただろうし、未だに場所の特定が出来ないことにやきもきして煙草を浪費していただろう。矢張り、どうも政府側についた軍人とバンガード主流派との間には待遇の差が明確に見えてくる。いっそのこと、ミグラントになるというのも……それは無いなと小さく首を振る。かつての部下をミグラントにし、それは問題ないのだが、出来れば記憶から消し去ってしまいたい馬鹿の二番煎じのようで馬鹿馬鹿しく感じる。
もしくはSTCCの方が待遇は良いのかも知れない。あそこのAC実働部隊の隊長は最後まで政府側に着き、バンガードに抵抗していたという。が、あそこはあそこで、肌に合わないように思えてくる。狂犬どもの巣窟であるらしいが、その方向性は可能な限りに紛争の火種を摘み取ることにある。その対象がオーバードウェポンであることは自分にとって望ましく万歳であるのだが、それ以外にまで対象が広がっていることは賛同できない。
(医者も病気が無くなったら首吊るわけで、ガードも犯罪が無くなったらお払い箱なってことですぜ。何かを無くす仕事して、完全になくなったら失業、自己存在価値の喪失じゃねーかね。そりゃつまらねーよ)
再びフィルターギリギリまで吸った煙草を捨て、いい加減に短い現実逃避を諦めて喫煙室から出る。D・クロケット少佐を見れば、未だに口元に指を当てながらチェス盤をにらめっこしている。駒の動きは変わらず、熟考している様子である。
「それおもしれーですかね? 」
興味の対象をそらして、読書を続ける独立機動部隊の隊員に向ける。名前は確か、
セピア・ラングレーとなっていた気がする。イカ墨を意味するセピアが名前とはどういう事かと思い、時折ある珍妙な名前かと思ったのだが、過去の経歴がスラム出身しか記載されておらず、偽名かもしれない。だが、どうやら偉大で懐の広いバンガードはスパイかも知れないが、末端兵士のために容疑すら向けていないようだ。
彼女は、姿勢を崩すこともなく首だけをデュバルへと向ける。数秒見つめ合ったかと思えば再び視線を本へと戻し、口を淡々とした様子で開く。
「女は男の身体のあちこちを指先でそっと触れるか触れないか程度になぞっていき、男はそのたびにくすぐったいのか身体をくねらせた。女は暗がりの中、男のそんな様子を見て可笑しそうにクスクスと笑っている。女の指先が徐々に下へ下へと向かっていき、男の最も弱く、最も熱く、最も堅い怒張をなぞり出すと、予見はしていたはずの男は驚いたような息を吐き出した。苦しくもだえるような吐息だが、心身の高揚を抑える深呼吸だ。男はなされるがままではおらず、その太い指を女の足の付け根へと伸ばした。太く不格好な指先は、軟体動物のように複雑で柔らかく動き出し、非常に薄い布越しに触れてい」
「はーい。ストップストップストップ! 上官命令。はい復唱! 」
手をパンパン叩きながら、デュバル大尉の命令が下る。
セピアは淡々とした口調で行っていた音読を命令通りに止め、
「サー、ストップストップストップ、サー」
一応本から手を離し、敬礼しながらの復唱だった。
「はーい、よくできているよ。……なんで私は、いきなり艶話をきかなきゃならんのかと?なに? 載ってるトラップか何かを実践してーんですかね? 女性隊員に官能的な話を読ませるなんて一種のセクハラじゃねーですか? 」
セクハラになるにしても、もう少し恥じらいでも持って読んでくれなければセクハラにならないではないか。否、特にセピア隊員にセクハラしたいわけではない。
「感想」
幾つかの疑問に対して、セピア隊員はぽつりとそれだけを言い、再び読書へとモードを変えた。それだけ言われても何のことかはわからないのだが、何か言葉が続くかと思って待つデュバル大尉であるが、再び口を開く気配はなく無造作に本を取り上げる。特に抵抗なく本はするりとセピアの両手から抜け出したが、矢張り表情を変えることもなくデュバルを見る。
「意味わからねーですぜ? なんのこっちゃ」
「面白いかそうでないかは判りませんので、判断をしてください」
「……いや、ああ聞いたのはどんな内容かってことに興味があったわけではなく、一種の挨拶みてーなもんなんですがね。わからねーですかね? 」
「はい」
あっさりとした肯定に肩を落とす。どうやら、ただ物静かな朴念仁ではなく、超のつく朴念仁であったようだ。これは確かに、協調性の無い厄介者が送り込まれているという独立機動部隊にいるわけである。デュバル自身も過去に馬鹿一匹を飛ばしたが、これはまた別方面に協調性がない。セピア隊員は他人に興味がないのか、それとも全てに興味がないのかは知らないが、何か一種の仙人の類ではと思わせる。
「にしても、何でこんな場所にいるんですかね? 偵察は? 」
「換装」
再び短い言葉が告げられるが意味はわからない。
「説明プリーズ」
「機体」
「……機体の換装作業中でやることもなく読書していたと? 」
「はい」
デュバル大尉は、何となく判ってきた。どういう訳だか知らないが、セピア隊員は会話する側が掘り下げないと会話にならないらしい。喋るのが苦なのか、自身が放つ言葉の意味を判っていないのか。この上官もよくこんな朴念仁を部下に出来る者だなと思え、教育を放棄しているとしか思えない。部下を甘やかしすぎである。部下というは、犬のしつけと同じで、始めと階級付けが肝心だというのに。
「ったく、言葉足らず過ぎますぜ」
「はい」
「……はいって、自覚してそれなら、タチわりーですぜ……ったくにしても、どういう内容なんだこの……あぁ?」
取り上げた本をよく見ると、本の厚みと表紙カバーの大きさが微妙に合ってない。少しだけカバーが大きいのか、隙間が空いている。カバーを取ってみるとそこには、『恋い焦がれる少尉は我慢できずに中尉の最前線にイケナイ☆ことしちゃう』と頭が痛くなるような題名が書かれた官能小説らしきものだった。
「なんでこんなもんをよんでいるんですかね? 詳しく説明してくれねー?」
「これを読んで色気を身につけろと」
「誰が? 」
「馬鹿」
「そりゃ馬鹿でしょうが、それだけじゃ誰だか」
「これを読んでスリリングショット水着を着てくれバカヤロウとも言われました。まだ着てません」
「OK。 特定した。あと、着なくていいですぜ」
セピア隊員と同じ部隊に居て、目の前のセピア隊員にそんな馬鹿を言うのはあの某馬鹿しか居ない。いなくなっても、あちこちに痕跡を残しているのが腹立たしくも思う。そういえば、つい先日に、制服組の何人かが不自然な処分を食らったという話を小耳に挟み、その裏にも件の馬鹿が噛んでいるらしいとも耳に挟んでいる。全く持って厄介きわまりない。
「なにやってんだかね。あの馬鹿は」
白い天井を見上げながら、懐かしさよりも苛立ちを覚えながらの言葉に、セピア隊員は何も言わない。全くもって、あの部隊の隊員は最低でも一癖あるらしい。
セピア隊員の上官にあたる人物には覚えがある。覚えがあると言っても、略奪を指示した上官に対して抵抗したといったものや、捕虜の扱いが規約に反しているケースに対して堂々と上層部に報告をしたといったもの、またさらに言えば偽装降伏を信じて奇襲されたという噂、ただし、平然と乗り切って本当に降伏するまで熾烈な攻撃をくわえたということ。軍人にしても、あまりにも愚直過ぎて独立機動部隊行きになったらしい。政府軍時代も現バンガードでも、そこまで愚直な軍人は珍しい。彼の他にも上官に刃向かって除隊になりかけたという喧嘩っ早い人物や、十代という若さで中尉になったが、色々と不穏な噂を聞く人物等々。自身の元部下もまともなところすら一つも無いような犬しかいないが、果たして何時から軍は奇人変人変態をコレクションしていたのだろうか。
「大尉。どうかされましたか? 」
天井を眺めている内に、D・クロケット少佐までが立ち上がってこちらへとやってきた。
「いや、まーなんといーますかね」
そう言いながら、チェス盤を盗み見ると駒は動いていない。制限時間を特に定めても居ないのだが、少しばかり長考である。偵察の連絡が来るまでは、さほどすることもないので、気にすることでもないのだが。
「そういえば、ラングレー曹長」
「はい」
D・クロケットがにこやかに微笑みながらセピア隊員に向かう。
「機体の換装のために、待機していると少し聞こえたのですがオーバードウェポンに興味は? 」
「特に」
(うぉい。人にオーバードウェポン勧め出しちまった)
しかしながら、セピア隊員は表情一つ変えずにあっさりと断りを入れる。しかし、デュバルはD・クロケットがあっさりと引き下がることを知らないことを知っているし、これからどのような展開が待っているかが容易に想像できた。
「そうですか。ですが、恐れることはありません。オーパードウェポンに適切なパーツの選定から運用方法までを僭越ながら説明させていただきましょう」
矢張りかとデュバルはD・クロケットから見えないように小さくため息をつく。この少佐というのは、少しでもテンションが上がると上がりきることもなくさらに上がっていくのだ。
「ひとまずは、グラインドブレード! ヒュージキャノン! マスブレード! マルチプルパルス! ヒュージミサイル! ヒュージブレードとありますが、どれを選択にするにしてもまずはコアのエネルギー伝達効率と熱耐性およびジェネレーターの限界出力の見極めと組み合わせについてですが」
と何もかもが遅かった。全てが始まってしまった。瞳孔が開いたD・クロケット少佐の誰でも判るオーバードウェポン講座が始まってしまったのだった。セピア隊員は何を思ってか、それとも何とも思わないのか、D・クロケットに顔を向けている。聞いているのか聞いていないのかもよくわからない曖昧な表情であるが。
まだ、チェスの相手をしていた方が数倍はましである。
既にニコチンが切れてきたようにだが、切れてきたのは堪忍袋の緒である。そちらは決して切るわけにはいかないし、切れたとして、さらに数倍の異常精神論が突きつけられるだけである。
再び思う。
自身のこの待遇は、一体何なのだろうかと。
ミーティングルームは涼しく、ただ、ただ、一人だけ騒がしく。
チェスの駒は止まったまま。
次回予告
犯人の死亡という結末を迎え、自身の無力感に打ちのめされるドクター・スミルノフだったが、ミズ・グリーンが離婚調停中と聞き動揺を隠せなかった。だが、愛が途絶えたわけではなく、ただのすれ違いではないかと推測し、自身の感情を殺して離婚を止めようと行動する。だが、夫婦の関係修復に必要な思い出の品が強奪され、トラックで逃げる強奪犯をスミルノフ医師はオープンカーで追跡し、壮絶なカーチェイスが始まるのだった。
第十話 湯煙殺人事件(後編)
最終更新:2013年10月21日 01:00