―馬鹿って言った方が馬鹿だ。大体は、言われた方も馬鹿だ―
「いいですか、皆さん。この一連の殺人事件の真相について、私からお話しさせていただきます。」
ドクター・スミルノフが関係者を眺めながら静かに言った。彼らからは、ドクターのメガネに夕日が照らされて、その瞳の様子をうかがうことは難しかった。
「さ、殺人? 事故じゃないのか? それに、一連というのは」
「院長、驚かれるのも無理はありませんが、一先ずは話を聞いてくださいませんか? 院長も奥様の死に疑問があったはずです……」
ドクターの言葉に、院長は納得のいかない様子ながら、しぶしぶと引き下がる。それを確認し、ドクターは小さく頷き再び口を開く。
「そもそも、僕が疑念をもった発端ですが。それは、中庭の端にあるペンキを塗ったばかりのベンチです」
『おい、始まるぞ。準備は良いのか? 』
ステレオで別音声が入るが特に返事をしない。ペットボトルに入った水を口に付ける。
「あのペンキは青でしたね。ですが、同じ青でも少しだけ違いました。これは塗装業者に確認を取りました。そして、ベンチに塗装した業者も1種類だけしか使っていないことも確認しました」
真相にダイブしていくシーンに食い入るように見ていると。
『聞こえているのか? 対象を確認した』
「んー、あー、へいへい」
ジグザグは気のない返事をしながら、コックピットディスプレイ一杯に広げていたウィンドウを小さくして片隅に寄せた。音声を切ることもしない。パイロットスーツに包まれた左足を乱暴目にさすりながら、ディスプレイを睨み付ける。
「ったく、どいつもこいつも良いところで邪魔しやがる。俺は結構真面目に見ているんだぞバカヤロウ」
『何か見ているのか? 小さな油断が命取りになる』
「命取りね。ふーん」
未だに気のない返事をするジグザグに対して
フェザーキッドの通信越しの声は、少しだけ苛立っているように聞こえる。どのような依頼も命がけなのだから、当然である。
リコンを射出し、荒野の彼方を望遠で確認すると5機の
ダッキーが確認される、後は古くさい戦車DMT4が十数機とピックアップトラックの荷台に機関銃や迫撃砲を取り付けた改造車が多数。砂埃に汚れた軍服を着崩した兵士達が、ロケットランチャーやアサルトライフル等を担いでいるようだ。情報によるとこの周囲で最近活動しているという賊であるらしい。ジグザグは、相手の装備からして政府軍の敗走兵あたりだろうと推測する。
あんなものか?
というのが、ジグザグの率直な感想だ。単独偵察中に、あれの十倍程度の戦力に偶然遭遇し交戦した程度の事は何度もしている。あとで、勝手に動くなと毎度のごとく上官からは叱られたが。
あの程度でいいのか?
あの程度でこっちに向かってくるのか?
ドラマの中の謎よりも、より一層謎に思える。
こちらは、ACが2機いる。それに対して、迷い無く向かってくるという事実。
「あいつら正気か? AC一機ならともかく、2機もいて向かってくるのか? そういうバカヤロウは久々に見た気がするぞ」
『あっちの狙いは、俺たちじゃない。俺たちの後ろの集落だ。一機でも抜かせば確実に集落には被害が出る。いいか、一機たりとも抜かせるな』
「あー、そういうことだよな。そうだよな。あの集落なら、あの程度でも怖いのか」
ディスプレイで背面を見ると、フェザーキッドの言うとおりに集落が見える。薄汚れたビルディングが並び、かつては繁栄していただろうと思われるような都市だ。そんな都市には、過去の遺物にすがるようにして僅かな人々が住んでいる。昔から住んでいるからただ住み続けている者、後ろ暗い過去があり逃げ延びて住んでいる者。そんな人々ばかりであり、頼りになるものもなく、今日一日を生きるのが精一杯である集落。
態々そんな集落を襲って何になるのかと疑問にも思うが、その集落にはまともな自衛能力もないらしい。地図によっては街があるという表記さえないようなところだ。
ちなみに、彼の出身地は領域の片隅にひっそりとあるのだが、人気がなさ過ぎて賊さえも出ないような程の田舎である。時折、血と道のどちらを迷ってきたのか賊が出たこともあるが、村の大人達はボーナスが出ると言わんばかりに普段は農業に使っている改造MTや朽ちかけたようなオンボロのACで追い払うどころか追撃までする始末だった。雇う兵すらまともにこないための自衛手段をもっていたという事実。彼にとっては当然のことであったが、どうも出身地の状況は田舎にしては恵まれていたらしい。そんなMTで豪快に農業していくのどかで事件らしい事件が滅多に起きない故郷に嫌気が差してイル・シャロムへと出てきたのが彼である。
『行くぞ』
「おう。任せろバカヤロウ」
『油断するな』
「油断もなにもあるかバカヤロウ」
フェザーキッドが搭乗するニムロッドが先に動く。暗めの赤色の中量二脚型ACであり、バトルライフルにライフル、レーザーライフルと攻撃の手段はバランスが良好だ。ジグザグから見れば、バンガード標準機のストライカーよりもやや中距離よりのバランスのとれた機体。裏を返せば、突出した強みのないということにもなるが、今の相手に何が問題になるだろうか。ある程度まっとうな性能のACならば性能の差が問題になるほどの相手ですらない。それこそ、全フレームがジャンク品のACでも持ってこない限りであるが。
ライフルとバトルライフルの弾丸が飛んでいき、戦車とダッキーへとけん制するように地面へと突き刺さる。
射撃が下手なわけではない、相手の動きを操るための弾丸だ。
事実、ダッキーと戦車は進路を同方向へと変え、変えて密集したところに短距離型ミサイルと二種の弾丸が突き刺さっていく。近距離での爆風に巻き込まれ、効率的に損傷を与えていく。
「本当に、油断も何も無いぞ」
聞いているかどうかも知らないが、ジグザグはようやく駆ける。
ニムロッドが先頭の集団を相手しているが、ブースターを起動し迂回していく集団へと向かっていく。
ジグザグの駆るオーガクローはニムロッドとは対照的に、突出した性能の軽量二脚型ACだ。物理ブレードを左右に装備している点が最も特徴的であろうか。
「ダッキーにやられたなんざあってみろよ」
ダッキーへと一直線に向かっていく。ダッキーの固定装備であるビームガンが放たれるが、ハイブーストを使うまでもなく水平に飛ぶようなステップを踏み避ける。オーガクローの左肩から肩武装の射出機構がせり上がり、上がりきったところで3発のヒートロケットが飛んでいきこれもニムロッドの初撃同様に地面へと突き刺さり、今度は大きな砂埃を巻き上げる。
視界不良となった瞬間に、オーガクローはハイブーストによって砂埃の中へと突撃していく。
『おい、突出しすぎるな』
フェザーキッドから窘める通信が入るが。
「この程度がどうだって言うんだよ。こんなもんでやられた日には、ハートマン鬼軍曹に殺されるつーの」
少し収まった砂埃の間から、オーガクローの姿が見える。オーガクローの左腕に装備されたMURAKUMOが抜刀状態にあり、その刃はダッキーの背面へと突き刺さっている。ダッキーの弱点である背面への一撃で、搭乗者自身を直接殺していた。
「ったく、デビューするにも、もう少し華があってもいいだろうがよ。俺がストライカーで出た初戦はもっと手応え合ったぞ。なんせ」
『いいから、口よりも機体を動かせ』
ジグザグはグチグチと文句を言いながらも、ダッキーをザクザク切り裂くようにブレードを引き抜き、右手に持ち替えていたパルスマシンガンを戦車へとばらまくように撃ち出す。戦車のDMT4の装甲は通常装甲であり、パルスマシンガンから撃ち出される電磁弾にはほとんど抵抗できることもなく、装甲は焼き溶け、搭乗者を巻き込んで剥がれていき、最後には誘爆していき、周囲の戦車を巻き込んで消えていく。オーガクローは左方向へ弧を描くように進みながら、対象の集団にヒートロケットを織り交ぜながら次々に戦車と装甲車を潰していく。あの程度の耐久性の兵器相手では、ブレードの出番はない。ブレードの出番と言えば、時折、まごつくように動き出していたダッキーを通りすがりとばかりに脚部を切断していく程度だ。そのダッキーも先頭集団を片付けたニムロッドが確実にとどめを刺していく。
「命知らずのバカヤロウばっかりか。邪魔くせぇな。いいか、俺の初戦じゃ」
『いいか、とにかく抜かせるな』
これといった詳しい打ち合わせをしたわけでもないが、自然とオーガクローが前衛、ニムロッドが後衛といった具合に役割が分担されていた。連携らしき連携もとれていると言えばとれている。だが、AC相手には些末とさえ談じても構わない集団相手に、それすらも本当に必要となるだろうか。なにせ、MT以外はACでは武器として扱われていない補助武装のターゲットガンでも蹂躙できるような相手である。
二人のミグラントは様々な武装により攻撃していっているが、あまりにも一方的であった。ダッキーの搭乗者は機体ごとブレードで貫かれ、戦車の搭乗者は装甲ごと蒸発し、装甲車の乗員などその余韻に巻き込まれて散っていく。AC相手に対戦車ミサイルを必死になって撃つ様などは見ようによっては哀れとも言える。
なんて安い命だろうか。
撃破され入院し挨拶をして除隊して、久しぶりのAC戦を経験しているジグザグは、多少の腕が鈍っていることと、動けば動くほど身体にかかるGが後遺症を持つ左足に悲鳴をあげさせようとしていることを実感しながら、ただ、そう思う。
胸元に下げている認識表の持ち主も、安い命を散らしただけのこと。自身は散らしかけただけ。
兵士の命は軽い。
人の命は軽い。
価値は軽い。
魂同様に、それらは軽い。
オーガクローが一機の戦車の上に降り立つと、戦車の砲身は曲がり装甲はひしゃげ、火を放つ。小さく後方にジャンプし、装甲車から炎に包まれた人影が見える。可能性すらも判らないまま、ただ必死にもがいて逃げ出そうとするが、1発だけ撃った電磁弾が戦車に直撃し炎もろともに人を蒸発させた。生き延びるかどうかも知らないが、生き延びたところで似たようなことを繰り返すだけだろう。だったら、依頼のために殺しておいた方がベターだ。どうせ安い命である。
「ま、こんなもんか」
この腐った世界における命の価値が、一山がワンコイン程度だろうという意味だった。
『慣れているな……。一応確認するが、軍あがりか? 』
「まぁな」
どうやらフェザーキッドはミッションに対する評価という意味に捕らえているようだが、特に訂正することもないと何も言わない。
『……大半は潰しただろう。一応周囲の偵察に行ってくる。お前はここで警戒しながら待機を』
「おう」
ニムロッドがリコンを射出し、機体をスキャンモードに切り替え、武装集団が向かってきた方角へと進んでいった。
ジグザグも機体をスキャンモードに切り替え、リコンを適当な方角へと射出する。MTが混ざっていると聞いては居たが、ダッキー程度のものだ。防御型の高性能タイプや航空機ユニットなどもない。
何ともつまらない仕事だろう。
かつて軍にいた頃の感覚から言えば、まだ敵が潜んでいてもおかしくないと判断するだろう。だが、その気配はない。軍では、居ても居なくても構わない人間達のために、このような防衛戦はしない。使い捨ての安い命すら使用することもしない。
このミッションは終わったのだ。賊の命が終わることで、ミッションは終わり、いつ消えるかも判らないような弱小の集落は今日も生きながらえる。
この程度で報酬が入るなら、ミグラントも割が良いように思える。ただし、左足の痛みはさすっても消えない。フットペダルは扱う度に、固定された地面でも押しているようなほど重く感じられていく。痛みはまだ、戦っていた方が幾分かは集中しているので気にならなかった。いや、気にしないように誤魔化していたと言うべきか。
『聞こえているか? こちらは異常なしだ』
「おう聞こえているぞ。こっちも何も無い。終わりで良いだろ? 帰っていいか? 」
『まだだ。偵察が終わっていない。……一応、聞くが軍上がりか? ミグラント初心者の割には、動きは初心者のものではない』
「推理って言うほどの推理でもねーぞバカヤロウ。スミルノフを見習えよ。ペンキ一つで事件見抜いたんだぞバカヤロウ。謎を解く間に、女を三人落としたぞバカヤロウ! 謎解きが片手間なんだぞバカヤロウ! 」
『……なんの話かは知らないが、とにかく、バンガードにいたのか? 』
「そうだが、それがどうした? 」
軍上がりのミグラントなどそう珍しくもないだろうから、ジグザグとしてはフェザーキッドが何を執拗に確認してくるのか、心当たりがない。
『情勢は変化してきたが、ミグラントには反バンガードが多いのは変わらない。その依頼主にもだ。バンガードだったことはあまり言いふらすな。せめて元政府軍程度の話にしておけ。トラブルに巻き込まれたくないならそうしろ』
「そういうことか。判ったよ。今のところ、あんたぐらいにしか言ってない」
『判った。こちらも忘れることにする』
ジグザグは左足をさすりながら、そういうことかと合点がいく。もうバンガードと関係はないと言っても……恐らくバンガードもそんなバカヤロウ知りません、関係ありませんと言い張るかも知れないが、現状バンガードは、OVAとは関係が改善してきたようだが、ミグラント及び周囲の組織に対しては強硬な立場を貫いている。そう良く思われる事もない。
「今夜は酒でも飲むか」
通信は入れない独り言だ。酒の代わりに、パイロットスーツのポケットからプラスチック製の容器を取り出し、錠剤を数個口に入れ、噛まずに飲み込む。鎮痛剤であるが、気休め程度のものなので、痛みは引いていかない。
ひとまずは傭兵としての初報酬も手に入る。この程度なら、大した額でもないだろうが飲むのに困るようなほど少なくもないだろう。
周囲には破壊され尽くした兵器の残骸が残り、黒煙を上げているだけだった。
風は無く、黒煙はまっすぐに立ち上っているだけだ。
☆
「どういうことだバカヤロウ」
「なにがだ?」
蜥蜴重工のガレージ内で、二人のパイロットスーツ姿の男が言い争っている。いや、争っていると言うよりは一人の男が因縁を付けているだけのようだ。
「額だ。額。なんだ、0が一つは足りないだろバカヤロウ」
ジグザグは右手にもった領収書をフェザーキッドに見せつける。そこには、報酬として4000Auと記載されている。
「とは言ってもだな。正当な報酬だが」
フェザーキッドは取り乱したような様子もなく、淡々と受け応える。
「まてまてまてまてまてバカヤロウ。こんなもんが正当だと? こんなもんが正当ならタイムカードを押さずの残業やしょうもない天引きだのわけのわからん増税が全て正当だぞバカヤロウ!
カルロウ・ノイマンのバカヤロウの指揮も正当なら、D・クロケットの超過兵装だって正当になるだろうがバカヤロウ。あんなもんの何処がジャスティスだバカヤロウ。これが正当なら、世の中腐ってやがる」
ジグザグは右手の領収書をさらにフェザーキッドの眼前へと叩き付けるように押しつけ、苛立ちが現れたのか杖を大きく降ってコンクリートの床を着く。乾いて甲高い男が響き、同じガレージ内にいるミグラントや整備員が何事かと見るが、そこには、ジグザグの押しつけてきた右手を押しのけながら、やはり淡々とした態度をとるフェザーキッドの姿があるだけだ。
「とは言ってもだが」
「黙れバカヤロウ。どんな屁理屈をこねるか知らんが、俺は退かんぞ。ここで退いたら世にスターの数ほど居る弱者の夢が消えるぞバカヤロウ。俺は弱者を代表し、世の不平をただすためにジャスティスを背負って貫くぞバカヤロウ! それともこれは天啓か? 俺に世を救えと促しているのか? ならば、俺様は立ち上がるぞ」
ややあきれた様子となってきたフェザーキッドの言葉を遮り、ジグザグが宣言をする。しかしながら、世の中の誰がこの男に正義を託したいと願うだろうか。
「1:9か2:8かは知らんが、新人傭兵を捕まえてえぐいんだよバカヤロウ。仕事量は同じだろうがよ。どっちかが一人ででも楽勝で終わるような仕事だバカヤロウ。もっと出すのが正当だ。ジャスティスだ。言い訳、誤魔化し、逃走でもしてみろバカヤロウ。クソしているときだろうが、巨乳ものでマスかいていようが、女としっぽりしているときだろうが、男といちゃいちゃしていようが、食器洗いしていようが、ブラックホールでも内蔵しているような吸引力の掃除機で掃除していようが、照明の蛍光灯をダイナミックに取り替えていようが、一人西部劇みたいな私服をチョイスしている時だろうが、帽子かぶるくせに入念にヘアスタイルを整えている時だろうが、ナースものとメイドもののどっちで行くか悩んでいるときだろうが、あの店で90分と120分のどっちのコースにするか財布見て悩んでいる時だろうが、……これはマッサージの話だ。彼女にもうしませんからって土下座していよと、彼女に仲直りのデートでバンジージャンプしている時だろうと、彼女と家族計画を使う使わないで揉めているときだろうと、彼女が知らない男とホテルに入っていく姿をみて打ちひしがれて酒に溺れている時だろうと、彼女に袖を捕まれて謝罪されながらも無情に振り払っていようと」
「お前は俺をなんだと思っている」
口から生まれたのかと、その半分の言葉の意味はよくわからないが冷静に返す。
「良いから聞けよ。どんなときだろうと、払えって催促に行くぞ俺は。ドアに金払えバカヤロウって張り紙するぞ。差し押さえって書くぞ。お願い認知して、貴方の子よって書くぞ! それが嫌なら払えバカヤロウ! 払っても、最低一回はするがな! 」
「……お前の正義は何か判らないが、実行方法は間違っているとしか」
「二回するぞ。リピート希望かバカヤロウ」
指を二本立てるジグザグに、はぁとフェザーキッドがため息を漏らし、予想以上に斜め上な新人を拾ってしまったという後悔であるが、懐から一枚の紙を取り出してジグザグにそっと見せる。
「……はぁ? 」
ジグザグは、サンドバックにストレートを叩き込もうとしたら空振りしたような様子でその紙を眺める。
「俺の報酬は、3980Auだ」
「……嘘だろ? 」
「ほぼ折半している。お前の分は、きりの良い数字にしただけだ」
「バカヤロウ。どういうことだ説明しろ。納得できないなら、蹴るぞ。俺に蹴らせるな。足が痛くなるだろうがバカヤロウ。まとめた報酬が8000Au? AC二機が出て8000Au? あれだけ快勝して8000Au? 俺様の初ミッションが8000Au? 切なさと愛しさと心強さがマイフレンドだったあの戦闘が8000Au? あのファーストキスを経験した一夏の甘酸っぱい思い出が8000Au? いや、あれはプライスレス! 」
「そもそも、報酬は正確に言えば7980Auだ」
「なんだその半端な数字は? 」
「多少、サービスをした」
「してんじゃねぇよバカヤロウ! なんだその気前の良さは! お前はあれか。どんな商品だろうが端数を98~にしておけば売れると思ってる電気屋の親父か。それとも、俺の田舎のスーパーの逆バーションか! 」
「なんだそれは? 」
「オーナーのベネットのジジイは、端数をオマケにしておける。もしくは飴をくれる」
「……その例えは、誰が判るんだ?」
「判るんじゃない感じろバカヤロウ。マンションの例え話は置いておいてだ」
ジグザグがこれは置いておいてとジェスチャーを交える。
一体いつ、マンションの例え話が出たのかについて、フェザーキッドは何も言わない。どうせ、さらなる不要な情報が出てくるだけにしか思えなかったからだ。
「そんな額のミッションで、寮機雇うなバカヤロウ! そもそもそんな額のミッションをAC乗りが受けるなバカヤロウ。適当にほっつき歩いている戦車部隊にでも頼めよ! 石投げれば当たって何するんだコノヤロウってトラブルになるが、案外気の良い奴で家族ぐるみの付き合いが始まり、色々と良くしてくれるが娘だけには手を出すなよって、手を出した後に釘を刺されるかもしれないだろうが! 」
「それでは流石に守りきれないだろう」
よくわからない例え話をスルーしながら、相変わらず冷静に返す。
「真面目に返しているんじゃねーよバカヤロウ。何が悲しくて、そんな額のミッションを受けた。思春期の女教師とやりたい盛りのガキのほうがまだクールだろが! 」
「とは言ってもな」
フェザーキッドは報酬の書かれた紙を仕舞いながらジグザグから視線を外す。
「酔狂のようなものでな。雇用主が大きな争いに巻き込まれないことを目的にしている」
「どういうバカヤロウだお前は? 」
「酔狂と言っただろう」
「バカヤロウ……バカヤロウ! ミグラントなんざ、博打みたいなもんだろうがよ。イチかバチか、半か丁か、イエスかノーか、ミリオンダラーかデッドの二択だろうがよ。儲からない仕事しているんじゃねーよ。そんな金で修理もどうにもならんだろうがよ。霞でも喰って生きているのか!? 装甲の修理は霞でも使うか!? 弾薬も霞か!? ACも霞か!? お前は仙人かバカヤロウ!?」
「……いや、仕事に困っていたようだからだが。お前の主義は判った。金にならない仕事に誘って悪かった。だから、この話はこれで終わりだ。報酬も折半しているだろ」
そう言って加減にため息をつき、そばで膝立ちしているニムロッドへと身体を向ける。
が、その進行方向は木の杖で遮られる。
彼としては、なんとも大人な対応Wしたが、バカヤロウは引き下がることを知らないらしい。
「納得いくかバカヤロウ。」
「……これ以上は出す気はない」
フェザーキッドとしては、いつまでも付き合ってなどは居られない。ミグラントになってどこか調子に乗っているようにも見える。高い報酬に目がくらみ、命を落とすという愚行を犯しかねないタイプにしか見えない。
フェザーキッドは、そう言った手合いとは手を組みたがらない。今回は、新人ミグラントが仕事に困っているのも見かねただけであり、実際のところ、戦闘能力だけを見れば新人の範疇を超えていたわけである。あとは新人だからと言って、特に面倒を見る必要もない。これで縁を切って終わりにしてしまえばそれで良いはずだ。
が、納得はしないだろうと思う。これ以上なにかにつけて絡まれていては仕事にもならないしい、余計な危険に巻き込まれる可能性もある。
ならば、縁を切るためにもう一度、面倒を見るべきか。
ジグザグと名乗る傭兵の、長髪に半分程度隠れている目を見る。巫山戯た言動の多さの割に眼光は鋭い。腕の善し悪しに関係なく、修羅場に居続けた者に宿る眼光だ。その是非はともかくとして、この厄介者をどうにかしてしまおう。
「……わかった。また仕事を回す。今度は稼げるものを用意しよう。ただ、腕次第となるが、そういったのが好みということだな? 」
「おう、なんだ。堅物かと思ったが、そう来たか」
「これも酔狂だろうかな」
ジグザグはフェザーキッドの進路を塞いでいた杖を引き、自身の肩に乗せる。
「稼がせてくれよ。稼げなかったらカストリカの銀行を襲うぞ? しみったれた銀行には案外にジャベスの隠し財産でもあるかもな。俺が運転手、お前が実行犯だ」
「……勝手にしてくれ」
ニヤリと口元を歪ませるように笑い、不穏なことを言い出している男にようやく背を向けて機体に駆け寄っていく。視界の隅に、ジグザグが杖をついて休憩室に向かっていった後ろ姿を捕らえた。
ニムロッドには損傷らしき損傷も無く、いくらかの弾薬を消費しただけの機体だ。報酬の3980Auから、弾薬費といくらかの整備費用を差し引けば、僅かにしか残らない。
かつては望むしかできなかった力であり、今は持っている力。今後も持っているかどうかは判らない力。
だが、それでも、護衛は必要ないが、道しるべは必要そうな男と共に、街を守れた。
恐らく、彼が引き受けなければ遅かれ早かれ犠牲となった街と人を守れた。ミッション後にトラブルはあったが、それでも守ることは出来た。あの新人ミグラントにはその価値と意味が理解できているとは思えないが……。
否、自身もその価値と意味をわかっているだろうか。
受けた理由は酔狂ゆえのこと。直接は、手を下さずとも、生殺与奪を間接的に持っていたのは自身。そんなことを思うことまでも傲慢だろうか。
「酔狂か」
わからない男だが、あれも酔狂だろうか。ならば同じ酔狂で生きる者同士であり同類だろうか。
………。
………。
………。
否、冷静になって決して同類ではないと否定する。
決して同類ではない。
冷静ではなくても、同類とは思ってはいけない馬鹿である。
流石にそこまで酔っていない。
全く違う。
自身は、酔狂とはいえ大きな危険に自ら飛び込む真似はしない。出来るわけがない。
何かを小さく呟き、ニムロッドの脚部に右手でそっと触れ、その無機質な冷たさと小さな傷のざらつきをを手の平で感じ取る。皮肉的なほどに現実味がある感触だ。
酔狂は未だ醒めない。
次回予告
傷心のスミルノフは些細なミスを繰り返し、院長から長期休暇を命じられる。抵抗空しく、休暇明けまで病院にさえ立ち入ることを禁じられるも、院長からの紹介で湯治へと赴く。湯治先にて学生時代の憧れの先輩であるミズ・グリーンと偶然にも再会し、彼女の経営する旅館に滞在することを決める。しかし、思い出話に花を咲かす暇もなく悲鳴が聞こえ、駆けつけると足湯につかったまま事切れた滞在客の姿を発見したのだった。
第九話 湯煙殺人事件(前編)
最終更新:2013年10月21日 00:01