―人間は二種類だ。馬鹿する奴としない奴―
荒野。
それは、第九領域によくある地形である。
かつての都市や文明の名残である廃墟が彼方此方に見え隠れし、荒涼とした決して優しくなることはない厳しい風が吹き続ける。太陽は丁度真南に登り、風と同じ厳しさをもって熱を荒野に与え続ける。ただし、このあたりは汚染が低いエリアであるために、ミグラント達の移動ルートとして頻繁に使われるエリアでもある。
場所はイル・シャロムから遠く離れ、カストリカ近辺である。反バンガード色の強いカストリカとビフレームは、傭兵の仕事量が多く格好の顧客であり、さらに言えば払いの良さからそれらを拠点として活動する者達も多い。拠点とせずとも、手頃な依頼がないかとアンテナを張っているミグラントも多く存在する。またこういった都市では、傭兵ではなくとも、その都市や傭兵相手に商売をするミグラント達も頻繁に見かける。
その日のその依頼は、とあるミグラントからのものだった。作戦内容は単純明快であり、とあるミグラントを強襲し、物資を強奪もしくは破壊する。ただそれだけのことだった。
『ただ奪うだけか。賊のまねごととはね。依頼なら何をしても良いというわけでもないだろう』
「そうは言ってもね、ミグラント同士、付き合いっていうのもあるから仕方ないでしょう」
サブモニターに映る
ジル・ドラクロワのやや憮然とした表情に
エリザベートはいつものように言葉を返す。
ノーブル・スカッドの二人のACと戦闘メカの一団は、荒野の朽ち果てたビルディングの影に潜んでいた。予定通りなら、もうすぐ対象のミグラントのトレーラーが通りかかる頃だ。
『だが、君が常々言う本質としては、ただのミグラント同士の小競り合いに巻き込まれているだけではないかな? 』
「それもそうだけどね」
ジル・ドラクロワの言い分ももっともである。もっともであり、自分自身でもそう思っているからこそ、今日は少しだけ気分が乗らない。
カストリカはミグラントにとって格好の顧客である。しかし、当然のことながら物資を無制限に買うわけではない。安く品質が良く信頼できるミグラントから物資を購入するのである。多数のミグラントがひしめき合えば、売値の競争が激化する。それはミグラント同士の競争となる。つまり、今日の依頼は、あるミグラントが商売敵のミグラントを妨害したいというだけで出された依頼でしかない。運び先であるカストリカ近辺で妨害に遭えば、より大きな損害を与えられる。それだけのことだ。反バンガードを進める組織等から見ればミグラント同士で小競り合いをしている場合ではないと判断するだろうか。
『好きなように生き、好きなように死ぬ。それがミグラントと呼ばれるのでは』
「そうかもしれないけどね」
確かに、誰が言い出したのかは知らないが、それが本質だとは思う。ミグラントがそうであるとすれば、政府軍が倒れ、バンガードが成立し、数々の争いが巻き起ころうと、関係は無いのだろう。第九領域が統一されようとされまいと、好きなように生きていくのがミグラントである。このノーブル・スカッドも独自の美学を持った人間が揃った集団であり、美学を貫くために自由に生きている。
とはいえ、生活や付き合いもある。こうして待機したまま居るわけにはいかない。彼女たちから離れて偵察をしている部隊からの連絡を受け、周辺マップを照らし合わせる。
「行くわ。作戦プランはB。ミラージュ隊は先攻、エタンダール隊は進行方向に先回り、エクレール隊は退路を閉ざす。私はポイントCの廃墟から援護。物資の破壊を優先。それが出来るなら、搭乗者まで狙う必要もないわ」
機体はスキャンモードのまま、彼女のACラファールが荒野を駆けていく。
『了解した。』
ジルが短く応えた。思うところはあるが、全ては動き出している。歯車は欠けることもなく回り出して、逆に戻ることはない。だが、小競り合いなら小競り合いらしく、相手を殲滅する事もない。可能な限り、被害は物資だけに抑える。ただミッションを散漫にこなすだけは彼女もチームも納得しない。せめてもの妥協点をそう決めた。
ファントムウィッチは廃墟の上に降り立つ。やや傾いているが、狙撃のためになら十分だと判断し、右腕に装備されたスナイパーキャノンを構える。
「エタンダール隊、リコンをもっと射出しておいて」
周辺マップにリコンの位置とその索敵範囲が示されている。まだ、その範囲には対象のトレーラーは反応していない。ACと違い、ミグラント御用達のトレーラーは荒野と言えど移動できるルートは限られる。その限られるルートを見いだせば、もはや袋のネズミである。そのはずである。そのはずだった。そうならなければならなかった。
それが、あのような結末になるなど露も知らなかった。
結論を一つだけ先に言えば、先攻していたミラージュ隊の半数が撃破された。しかしながら、周囲をノーブル・スカッドに囲まれたトレーラーの一団は荒野で立ち止まっている。そのトレーラーに背を向けて一機のACがいた。メインフレームどころか武装までもクリーム色と赤と黒の幾何学迷彩にカラーリングした派手な軽量二脚型に属するACだ。エリザベート自身も軽量二脚に属する脚部を使用しているが、その最大の特徴は機動性と脆さ。だから、攻撃は機動力を生かして回避するか、そもそも届かないところに居続けるを基本とする。エリザベートは後者、あの派手な迷彩色のACは前者である。そのACは、右手に物理ブレードを構え、左腕の射出機構もせり上がったままいつでも撃てる状態にしている。左手にはさび付いた色のライフルを持っているが、他の武装と違ってカラーリングもされていないことから間に合わせにジャンク品でも持っているのだろう。だが、そのACは、先攻した部隊に対して、パルスマシンガンを掃射するように放ち、閃光によって視界を遮りながらブレードによって斬りつけられたらしい。一機ずつを仕留めに行くわけではなく、主に脚部を駆け抜けるついでのように切り裂いていったと。
見る限りは、あの機体は一対一でのAC戦向きと言えるだろう。パルスマシンガンは弾数が多いが、あくまでも補助であり、メインの武装は二つの物理ブレードだろう。それでも、ここまで戦い抜いた点から言えば、パイロットは集団戦にも慣れている。派手な機体の割に見覚えはないが、一先ずは素人ではない。
『ったく、手頃かと思ったらバカバカ出てきやがってバカヤロウ。おい、ずるいぞバカヤロウ! 』
が、こちらに繋げられた通信を聞く限り、品性は感じられなかった。あちらは護衛としてACが一機。トレーラーも武装はしているが、せいぜい、MT相手にけん制できる程度であり、戦力としてはほとんどカウントする必要は無い。対してこちらは、全く消耗していないACが二機に、戦闘メカ部隊が周囲を取り囲んでいる。計算外はあったが、当初の目的通りに追い詰めていた。
「いくら悪態をついたって、こっちも仕事なの。悪く思わないことね」
『巫山戯るなバカヤロウ! こっちは、一人西部劇バカヤロウにノコノコ着いていってほっとんど稼げなかったばかりなんだよバカヤロウ! 』
バカバカと五月蠅い男であり、どんな理由があるかは知らないが、どちらにとっても仕事は仕事であり優位は変わらない。だが、無闇に被害を出す必要は無い。
「こちらの目的は積荷の破壊だけよ。積荷を置いていくなら、貴方もトレーラーにもこれ以上は危害を与えないわ。どうかしら? 」
エリザベートは、相手がただ黙ってそんな要求を受け入れるとは思っていない。せいぜい、積荷の半分を置いていくことで見逃すことを妥協点として設定している。こちらも依頼目標は半分しか達成しないが、今回の任務は完遂を目的としていない。完璧にこなすことをポリシーとしていることはしているが、今日のような任務でそこを貫く気はない。完遂による被害を考えれば、半分達成の方が利益が出る。
だが、交渉の基本として、まずは大きく出る。そこから、こちらが妥協すれば通りやすくなるだろう。あちらのACパイロットが、馬鹿そうなので状況を理解しているかはともかく、あちらのミグラントは圧倒的な不利を悟っているはずだ。依頼主の意向となれば、傭兵も引き下がるだろう。
と、エリザベートは考えていた。が、傭兵の機体構成の連絡を受けたときから一つの懸念事項がある。
『……ったく。賊よりは天秤の使い方は知っているってことかバカヤロウ。相談するから10分待ってろバカヤロウ』
「ええ」
10分という時間は特に意味はないだろうから受け入れた。増援でもない限りは何も状況は変わらないはずだ。
『暫し、待って貰いたい』
「……だから、あんたは黙って」
『エリー! すまないが、待って貰いたい! 』
「……」
交渉前に釘を刺しておいたが、ジル・ドラクロワは声を張り上げて水を差してきた。矢張りかとエリザベートは額を抑える。あとエリーと呼ばないで欲しい。
『なんだバカヤロウ! こっちは相談中だバカヤロウ! 10分待つって言っただろバカヤロウ。報酬を3割って言いやがるからせめて7割よこせって交渉してんだよ! なんでまた報酬が4桁になるんだよバカヤロウ。俺も霞喰って生きていけって天啓かバカヤロウ! 酒をやめて霞を飲めと言うか? バーの代わりに霞に赴いて、高級車の代わりに高級霞を見せつけて、色っぽいねーちゃんの代わりに色っぽい霞を口説けと言うのかバカヤロウ。どういうバカヤロウだ! 』
向こうの傭兵も条件を提示しておいて、要約すると何を待てと言うのかと茶々を入れてくる。当然である。何故待つのかという理由など、常識から考えて判るはずもない。
『貴殿に一騎打ちを申し込む! 』
ジル・ドラクロワの機体ラファールがレーザーブレードを敵ACに向けながら、そんな世迷い言としか思えない言葉が響き渡る。全方位への通信とスピーカーを使用して、その場にいる者全員に聞こえたはずである。
「……」
『……』
『『……』』
エリザベートも傭兵も、何も言わない。
『一騎打ちし、私が負ければ、その後は一切手を出さない! 貴殿が負ければ、積荷を全て置いていって貰おう! 如何か! 』
「あんたさ、だから、何を勝手に言ってるの? 」
ジル・ドラクロワが次から次へと勝手に進めていく。折角まとまりかけた交渉全てを無視しての一声である。
『エリー、判って欲しい。このまま事が進めば、私の美学に反するのだ』
「判らないわよ。あと、エリーってやめて」
『そっちで何を揉めているか知らんが、こんな有利な状況でそんなバカを信じられると思っているのかバカヤロウ。こっちが勝っても、騙して悪いがこっちも仕事でなバックスタッフかバカヤロウ! 』
確かにその通りである、損得を考えれば、何か裏があると疑うのが当然だ。その程度が判るなら、エリザベートとしては交渉で終わらせたいところだ。
『手は出させない! 私の美学と命に誓って正々堂々たる一騎打ちだ! 』
しかしながら、彼女の側近たる近接特攻君馬鹿一号はそんな気持ちを踏みにじる。ただ、ただ、己の美学を貫く腹づもりであるらしい。全くもって、度し難い美学であり、そんな一騎打ちの挑戦を受ける馬鹿など居るわけがない。
が、何を思ったのか、敵ACは左手に持っていたジャンクライフルを足下に落とし、同時にハンガーの物理ブレードを装備する。左の納刀されたブレードをラファールに突きつけるように構える。
『OK。気に入ったバカヤロウ。雇い主も半端するぐらいならデュエルだってよバカヤロウ。どうせなら一か八かで、俺に積荷全額ベットだ。ただ、俺様が勝ったらそのレーザーブレードを置いていけバカヤロウ! そのぐらい無ければ俺のメリットが薄い! 』
思いがけない場所でエリザベートは、馬鹿2号を発見したのだった。だが、そうである。ミグラントの仕事の本質は、一種の賭けである。安定よりは一か八かを選ぶのは、一種の本質だろう。かといって、あんな挑戦を受ける馬鹿は側近だけで十分だ。世界は馬鹿をそれほどまでに欲しているだろうか
『宜しい。我が美学と刃を賭けて、刃を交えよう! 邪魔立て一切無用! ここにいる全ての者よ、どうか、我らの戦いを見届けて欲しい! 』
ジル・ドラクロワが口上を述べると、ノーブルスカッドの面々から『おぉー!』などの歓声があがった。エリザベートとは対照的に、ジルの美学に理解を示す面々もちらほらいるらしい。
「……もう、勝手にして」
いつの間にか場の主導権を奪われ、何もかもの予定が粉砕され、エリザベートが両手で頭を抱え、全て諦めて、深く、深く、ため息をついた。
☆
その珍事件について、当時、偶然にも現場に居合わせたエルヴィーネ嬢(仮名、35歳)から貴重な証言を頂いており、以下にインタビュー時の内容を示します。
―事件に遭遇して、どのように思われましたか?―
「ええ、世の中には馬鹿しか居ないのかと絶望しました」
―ですが、ミグラント同士が一騎打ちにより雌雄を決するという点に付いては専門家からも美しいという評価がありますが?―
「私には、理解できません。……誰で、何の専門家ですか? 」
―ミグラントのですが……―
「もし、伝えられるのなら、伝えてくれませんか? 」
―何でしょうか?―
「馬鹿に付き合う身にもなってって」
APC所属ガブリエル・ピーターズ箸『ミグラント珍事件簿パート4』より一部抜粋
☆
「ザクザクのにいちゃんよ! こうなったらとここん楽しむつもりだ! 派手にやっちまえ! 」
『
ジグザグだって言ってるだろうがバカヤロウ! 何回間違えるんだバカヤロウ! 記憶力ねぇのかコノヤロウ! 頭が良くなるDHCたっぷりの青魚でも摂取しながら黙って見てろ!』
対象となっているはずのミグラントの連中が通信で応援をし、搭乗者のジグザグがぶっきらぼうに返す様子がエリザベートに聞こえてくる。トレーラーの一団はトレーラーの屋根に登って野良試合見物といった様子だ。それを取り囲むノーブルスカッドの面々も、思い思いに機体の外に出ている者も居れば、廃墟に登って見やすい場所を確保するなど様々だ。エリザベートはACをスナイパーキャノンは折りたたんだままでしゃがませて、コックピットハッチは開放していた。
エリザベートとミグラントの一団から随分と離れた場所に二機のACが対峙している。一機はジル・ドラクロワが搭乗するラファール。黒を基調として、金色の模様が彼方此方に施されており、兵器と言うよりは一種の美術品といった具合である。事実、搭乗者は装備品そのものよりも装飾に並々ならぬ情熱を注いでいる。アリーナに出場しているわけでもなく機体の見栄えを気にする辺り、パーツの特製を事細かくチェックして装備するエリザベートは対照的である。というよりも、彼女のように機体構成に重点を置くのが当然であって、兵器に化粧をほどこすような真似をするというのは、彼女にとっては面妖なことである。
対して、ジグザグの乗る機体である。全身を派手な迷彩色にしているあたりは、派手好きなのかそれとも、目を引かせることによる陽動役を狙ってのことかは判らない。先ほどからの言動を顧みるに、前者と思えるし、狙わずとも陽動役をこなせそうな性格にも思える。
「いいか、あっちの機体はKEとCEに耐性が高いぞ! わかってるのか!? バキバキのにいちゃん」
『わかってるつーの。何年、ACに乗っていると思っているんだ。そんでもって、ジグザグだっつーの。あんた態とだろ。耳と頭のどっちが悪いんだバカヤロウ! 』
頭痛が引かないエリザベートとは対照的に、あちらのミグラントは随分と暢気にジグザグとやり取りをしている。
「いいか、俺は三十年もアリーナを見てきたんだ。機体構成ぐらいはわかるし、今のところ、スピード以外じゃ負けてるぞ! 」
「でも親方って全然勝ってないから、よくおかみさんに怒られてっ」
「やかましい。新入りは黙ってろ! 」
「新入りってもう、五年目ですよ」
「後が入ってないんだ。新入りは新入りだ」
ミグラント達のどうでも言い会話が聞こえてくるが、実際のところ、ジル・ドラクロワのほうが機体構成的には有利だろう。ジグザグのオーガクローの武装は、物理ブレードとヒートロケットとパルスマシンガンだけだ。有効的といえるのはパルスマシンガンだけだが、あのパルスマシンガンは軽量で消費エネルギーが少なく弾数に優れている反面、連射能力に乏しく威力も低い。決定打にはなりにくいだろう。そして、オーガクローはKE属性の攻撃には高い耐久性をもつが、CEとTE属性にはさほど強くはないはずである。ともすれば、ラファールのレーザーブレードとパルスガンとヒートロケットが有効だ。あの機動性相手にヒートロケットは当てづらいと思われるので、接近してのパルスガンとレーザーブレードによる攻撃がベストだろう。
「はぁ、うまくやってくれればいいけどね」
人知れず、エリザベートは呟く。機体構成としては有利であり、勝てばミッションコンプリートだ。負けても、手に入るものは無いが失うものはない。ジルのレーザーブレードは、エリザベートにとってはどうでもいい。勝手にやっているのだから、それも勝手である。
「それじゃあ、始めるぞ! 用意はいいか?」
『OKだバカヤロウ』
『問題ない。始めてくれ』
「なら、レディーファイト! 」
何故かミグラントの合図で、遠方の二機が動きだす。オーガクローが前傾姿勢となって爆発的な加速力で距離を詰めていき、ラファールは脚部のシールドを展開しながらキャノンを構え出す。
それにしても、このミグラント達は自分達の立場を判っているのだろうか? いや、訳のわからない状況にしたのはこちらであるのだが。エリザベート当人も訳がわかってない。判りたくもない。
「って言ったら開始な」
ミグラントの一言に二機がずっこける様に立ち止まる。オーガクローの肩の射出機構がゆっくりと空しく下がっていき、ジルドラクロワのキャノンも折りたたまれていく。
『ま、紛らわしい真似をしないでもらいたい! 』
『ベッタベタなことしているんじゃねーよバカヤロウ! 』
対戦者同士からのもっともなクレームである。
「いや、ちょっと待ってくれ。一度、これってやってみたくてっ」
「いいわ。私がやる。レディー―――ファイト! 」
緊張感のなさにいい加減に煮えきらなくなったエリザベートが事務的に合図を行ったあ、ねぇちゃんひでぇとミグラントの親方と呼ばれた人物がエリザベートを見ながら叫ぶが、すでに勝負は始まった。あらゆる勝負は常に無慈悲である。
オーガクローは再び前傾姿勢をとって、駆け出す。そこにラファールはキャノンを構えて正面から迎え撃つ気である。相手の特性を考えてではなく、正々堂々とスタイルを貫くようだ。
豪快にキャノンが放たれる。高機動相手にセオリーとは言い難いと思えるが、当たれば軽量級の機体に対しては大きく安定性を失なわせる。
オーガクローは、さらなる前傾姿勢をとってハイブーストにより回避を行い、否、回避だけではなかった。ハイブーストからそのままブーストチャージを行う。ただし、相手はラファールではない。荒野に落ちているコンクリートの塊に対してだ。ブーストチャージの奇妙な使い方であるが、コンクリートの塊は砕かれて飛んでいき、瞬間的ではあるが、ラファールから視界を奪う。
シールドが展開されたままラファールが後方へと飛ぶが、その隙をついてオーガクローが突っ込んでくる。が、計ったようにラファールのレーザーブレードが振るわれ、青白い光の刃が形成され、斬り、さかなかった。
機体表層のカラーリングを焼くにとどまる。本来ならば切り裂いていたが、オーガクローは機体をのけぞらせるようなポーズのまま、振り払われたレーザーブレードを交わしてラファールへと突っ込み、左と右とブレードが振るわれる。
構え姿勢をくずしていたが、さらに後退していくラファールの引ききれなかったキヤノンの砲身を切り裂き、金色のデカールを切り裂いていく。ラファールもまた急激な後方へのハイブーストを起動しており、装甲まで刃は届かなかったのだ。
『私の機体に傷を! 』
『キャノンだろうが、バカヤロウ! 』
心配すべき優先順位が狂っているが、元からだ。そこからは、二機の近接タイプの斬り合いの始まりだった。スピードで勝るオーガクローが機体を大きく揺らしながら緩急自在に斬りかかっていき、ラファールはそれに合わせて絶妙なカウンターの一降りと回避を見せつける。不思議と二機は、射撃兵器を使わない。否、両機ともに接近しすぎている事と、エネルギーを少しでも移動に費やすべきと判断して、使えないと言ったところか。互いに斬りつけあい、オーガクローは装甲を焦がしていき、ラファールはひっかき傷をこしらえていく。機体構成そのものよりもさらにこだわった美しいアラベスク模様が切り刻まれていく。しかしながら、両機共に互いに決定打を与えきれないでいた。
「すげぇなおい」
ミグラントの方が生の野良試合に興奮していく。冷静なエリザベートは、そう長くこの状態が続くとは思っていない。どちらも機体表面の損傷は目立つが、内部機構にまではダメージが無い。それでも、近接型同士が戦って長くなることは珍しい。機体の相性の問題もあるが、それよりも当人同士達の技術のなせる技だろう。直接的な攻撃の技術よりも、間合いの取り方だ。傍目から見れば肉を切って骨を断つように見えるが、両者共にそこまで肉を切っているわけではないのだろう。互いの格闘武器の間合いを経験から熟知している。それゆえに、装甲の表面的な損傷にとどめながら、相手に決定打を浴びせようとしている。エリザベートとしては、近接戦における最も重要な要素は如何に間合いを見きってとるかではないかと思う。近接戦を不得意とする彼女であるが、その程度は判っている。最も見るべき点は攻撃の瞬間そのものではなく、攻撃する瞬間にどのような距離でどのような体勢をとっているかだろう。
そして、遠方の二機が数十回に及ぶ斬り結びをし、さらなる一回、その時は来た。
一瞬だけ、ラファールの回避が遅れた。ラファールの左腕に物理ブレードが切り込まれ、腕が切り落とされ……なかった。腕を大きくひねり、物理ブレードを腕に刺さったままで止める。ブレードはオーガクローが持っているのだから、必然的にオーガクローの動きがストップされる。物理ブレードの長所というと一番は、その堅牢なブレードはレーザーブレードに比べて攻撃時の消費エネルギーが無い点にある。逆に、焼き切るレーザーブレードとは違い、純粋に切断するために、より速度を持って斬りかからなければ攻撃性はさほど高くない。だから、物理ブレードを使う際はハイブースターを併用して使われることが多い。しかし、動きを止められたオーガクローでは残り左のブレードに十分な速度を持たせて斬りかかることが出来ない。否、それ以上に予備動作を含めればすでに斬り遅れている。
それ故に、動きを一瞬だけ止めることに成功したラファールのレーザーブレードが大きく袈裟斬りに振り払われた。遅れたのは意図的な誘いであり、二度は出来ない捨て身の攻撃。自身よりも機動力をもった相手に決定打を与える一度きりの覚悟。この瞬間を狙っていたに違いない。
エリザベートも小さく頷いたが、予想外のことが一つ起きた。
「っ! 」
レーザーブレードの刃が形成される瞬間に、オーガクローの自由のきく左手がまるでパイルバンカーでも撃ち出すように動いた。当然、装備しているのはパイルバンカーではなく物理ブレードだ。物理ブレードそのものは納刀されていたが、少しだけ飛び出した先端がレーザーブレードの側面へと突き出される。レーザーブレードの輝く刃がオーガクローの左半分を大きく焦がしたが、斬られては居ない。突き出された物理ブレードの先端が少しだけレーザーブレードに突き刺さりながら軌道をそらしたのだった。
「よくあんな使い方するわね……」
確かに、物理ブレードを正当に使用するよりは僅かに速い。攻撃ではなく、体勢を崩す程度しか使い道のなさそうな使い方ではあり決して優雅な使い方でもないが、それでも、守りの一手に使った。しかし、オーガクローの右のブレードはラファールの左腕に刺さったままであるし、ラファールもまたレーザーブレードを物理ブレードに阻まれて斬りかかれない。試合で初めて両機が動きを止めた瞬間だった。
……が、ほぼ同時に二機の肩の射出機構がオープンされ、両機は同時にヒートロケットを連続的に撃ち込んでいく。
真っ赤な閃光が二機の間で弾け飛びながら、二機は吹き飛んでいく。当初の派手な迷彩色の痕跡が半分以上なくなったオーガクローが仰向けの状態で荒野に打ち付けられ、ラファールは左腕をどこかに飛ばしたのか、同様に打ち付けられる。両機のヘッドがスライドし、コックピットがオープンになるとそれぞれに影が飛び出してくる。飛び出した影は、緊急脱出用ジェットパックを肩に背負っており、両者共にゆっくりと荒野に着地した。
「引き分け……だったら、どうしようかしら。……回収に行くわよ」
一騎打ちで引き分けになるとは、否、エリザベートなりにジル・ドラクロワを信用していた故の結果だ。彼の美学は理解しがたいが、それでも、半端な気持ちではないことは知っているし、無能というわけではない。それでも、その側近が引き分けにまで持ち込まれた。
どちらが馬鹿なのかはともかく、今日何度目かのため息をついた。
最終更新:2013年10月21日 00:12