―馬鹿は二種類。馬鹿する奴とさせる奴―
勢いを止めることを知らない日差しが荒野を照らし続けている。
何時の時代も、それだけは変わらなかったはずである。
太陽だけが、常に平等だったはずである。
荒野に二機のACが倒れ込んでいる。
二機の戦闘不能となったACの傍らに、
ジル・ドラクロワと
ジグザグの両者がいた。ジグザグは、荒野に座り込んでジル・ドラクロワを睨み付けているが、そのジル・ドラクロワは無残な姿となった愛機を前に膝をついて頭を抱え肩を振るわせている。38520Auもの金額をかけた装飾が全て台無しとなっているのだから当然と言えば当然であるが、そんなものにそれほどもの金額と時間をかけるのだから必然と言えば必然である。
「そんなに大事なら、美術館にでも飾っておきなさい。兵器は傷つくものよ。特に近接はね」
「……暫し、黙っていてくれない? エリー。私の芸術が……」
「……だから、戦闘兵器を意味なく飾ってどうするのよ」
エリザベートがラファールとは逆に非常にシンプルな塗装だけ施されたファントム・ウィンチから降りながらあきれたように言った。本当に大事なら、何故戦闘で使うのかという矛盾があるのだが、それもまた彼の美学であろうか。
「それで、いつまでそうしているの? 相打ちよ。さらに予定が狂ったけど、どうしてくれるの? 積荷は半分だけ置いていくって事で手は打とうと思うけど」
「……それもそうか。そうだな……まずは彼の健闘をたたえなくては」
両足を引きずるように、ジル・ドラクロワがジグザグのいる方向に向かっていくが、途中で立ち止まり。
「すまない。勝利を捧げられなかった」
エリザベートの顔も見ずに、落ち込んだ声での謝罪であった。しかし、彼女としては殊勝なところもあると認めるわけではなく、そう思うなら最初から予定を狂わせないで欲しいと切に願うわけである。
ジグザグの前にジル・ドラクロワが立った。ジグザグの周りには、ノーブル・スカッドの何人かが機体から降りて様子を見ていたようだが、これといって負傷はないようだ。ただ、何も言わず、非常に鋭い眼光でジル・ドラクロワを睨み付けている。
エリザベートは、ジグザグの素顔を初めて見たが、雰囲気からして当然のことながら素人ではない。
「良い試合だった。ブレードさばきはもとより、あれほど変化自在に動く相手は初めてだった。大きく重心をずらして、さらに緩急を大きくつけるとは興味深い移動技術だ」
そう言って、ジル・ドラクロワが手を差し出す。だが、ジグザグは、ジル・ドラクロワを睨み付けていた目を伏した。長髪が彼の表情を隠す。
「……互いに残念な結果だったが、良い手合わせだった。私は、まだ出場権をもっていないが、いずれアリーナで再び戦いたいと思う。互いにリベンジといこうじゃないか? その時には、美学王として、さらに機体の美しさに磨きをかけておこう」
エリザベート及びノーブル・スカッド一同としてはそこは腕を磨いて欲しいところであるが、綺麗にまとまりかけているようなので何も言わない。ノーブル・スカッドの中には、美しい戦いを見たといった様子で涙ぐんでいる者もいる。いや、その中にはジグザグの雇い主のミグラントまで混じっている。親方と呼ばれている男など、腕を組んでしきりに頷いている。
「……」
「どうか手を差し出して欲しい」
黙り込み、俯いているジグザグは腰に手を伸ばす。武器か何かでも取り出すのかと思ったが、短い棒状のものだ。ジグザグは片手を振ると棒は伸びていく。特殊警棒かと場の何人かが身構えるが、ジグザグはそれを地面に立てて、俯いたまま立ち上がった。ただの折りたたみ式の杖だった。ジル・ドラクロワはその様子にやや戸惑ったようだが、それでも互いの健闘を称える悪手を求め、右手を差し出す。が、ジグザグは杖でその右手をゆっくりと振り払った。
「幾ら何でも、あきらめが悪いわ。潔くないわよ」
思わず、エリザベートが口を挟む。その手を拒むということは、下手すると美学を第一の行動指針としているノーブル・スカッドを丸ごと敵にすることになる。一体、何故彼は機体を失ったというのに抵抗するのか。
「そうじゃねぇんだ。エリー」
俯いたままジグザグが、怒りが混じった声色で言う。
「……なんであんたにまでエリーって呼ばれるのよ」
「エリー、黙っていてくれ。彼の相手は私だ」
「ジル。あんたも、いい加減にエリーって呼ばないでくれる? それで呼ばれるの嫌だっていってるでしょ」
エリザベートの苦情を無視するように、ジル・ドラクロワは無残な愛機を見つめるよりも厳しくジグザグを睨む。
「……君とはわかり合えるのではないかと思っていた。刃で語り合えたと思っていたが、どういうことだ? 」
「どういうこともなにもあるかバカヤロウ! 五月蠅い! そっちから勝負しかけてきたんだろうが! 勝手に引き分けにするんじゃねーよ! 」
「あまりしつこいのは美しくないと思うのだが。すで、互いの機体は動かない。だから、勝負は次に」
「バカヤロウ。勝負はまだついてねぇだろうが! お互い、生身が残っているだろうが! 第二ラウンドだバカヤロウ! 一騎打ちだのバカヤロウな事言い出したんだ! 最後までバカやるぞバカヤロウ! 」
一同が黙り込んだ。発言が斜め上だった。
ただ、それだけで荒野にさらなる沈黙を作り出した。が、数秒後、予想外の展開に盛り上がったのか、各々から歓声があがった。もちろん、その各々にエリザベートは含まれていない。彼女は頭痛で気が遠くなりそうになっていたのだから。
☆
偶然にも、たぐいまれな偶然にも当時現場に居合わせたエルヴィーネ嬢(仮名 35歳)は当時の出来事について、遠い目をしながら次のように語る。
―あの場面での発言ですが、どう思われました? ―
「あそこで綺麗に終わればいいのに、なんでって思いました。あそこで終わるなら、まだわかると思います。でも、馬鹿って、想像以上に斜め上だから馬鹿なのでしょうか。あと、匿名希望なんだから年齢まで掲載しないでくれない? 」
APC所属ガブリエル・ピーターズ箸『ミグラント珍事件簿パート4』より一部抜粋
☆
「……生身とは言うが、見たところ脚が悪いのでは? それでは公平な勝負と言えるのか? 」
ジル・ドラクロワからつい美学を怪我されたと思えての怒りは消えたが、杖をつく男の左足を差しながら言う。ハンディを受けて、このまま勝ってしまえば自分の美学が許さない。彼は常に美学を貫く。なぜなら(自称)美学王だから。誰にも理解できなくても、それが美学だから。王は孤独である。
「一騎打ちだの言い出すあんたは頭が悪いだろうがバカヤロウ! それでイーブンだバカヤロウ。この美学バカ」
それはお互いだから、全くイーブンになっていないだろうと幾人かが思ったが、口にしない。
「ふむ、美学バカか。褒め言葉として受け取ろう」
受け取るなそんなもの。
「ならば、互いの魂をぶつけ合い、いざ、勝負といこう! 」
「おう。来いよ来いよバカヤロウ! 」
というわけで、第二ラウンドである。対戦者同士はヘルメットを脱ぎ捨てている。ジグザグは長い髪を紐で縛って、両手で構えており、見たところ軍隊格闘術と思われる。対するジルはボクシングスタイルだ。二人を取り囲むようにノーブル・スカッドとミグラント達が観客となっていて、荒野が即席のリングとなっていた。ラファールの残骸にチョークでなにやら書き出し、賭をしている者まで出始めている。
「……もう勝手にして」
今日はもう、何度口にしたか判らない言葉を口にし、エリザベートは力無くゴングを鳴らす。当然、本物のゴングなど無いので、適当に拾ってきた鉄切れでラファールの脚部シールドを叩いて鳴らしたのだが。
ジル・ドラクロワが一気に駆けてストレートを放つが、ジグザグはそれを手の平で交わして流れるような動作で肘撃ちを放つ。みぞおちに入るまでに、ジルが腕でガードし、小さくジャブを撃ち出す。が、再び手の平で拳を流してから、両手で地面を掴み、両足からの蹴りがジルに飛んでくる。打撃と言うよりは、鞭のようにしなるような蹴りであり、ジルの身体を掴もうとする動きだ。もし捕まれば、倒されて関節技が決ったが、辛うじて交わして体勢を立て直す。
ACでの近接戦を行う者達の中には、参考にするために格闘技を学ぶ者達がなかにはいるという。当然、ACでの戦闘に現実の人間が人間相手に使う格闘術がそのまま流用できるわけではないのだが。逆に、一種のトレーニングとして、ACの動きを格闘技の動きとするようなこともあるという。
そんなことを思い出しながら、エリザベートは両者の戦いを眺めていた。荒野の照り返しは激しく、砂まみれの風が全身を埃まみれにしていく。既に、否、相当前に状況のコントロールを諦めたエリザベートとして、早々に帰りたい気持ちしかない。
ジル・ドラクロワが軽やかなフットワークから鋭いパンチを繰り出しては、ジグザグは、ガードしつつカウンターとして拳や蹴りを自在に繰り出す。先ほどのAC戦とは攻めと守りが逆になっているような戦い方である。応酬が続く中、ジル・ドラクロワの拳がジグザグの顔面へと突き刺さる。ジグザグが、よろけたと思えた瞬間に、両手でジル・ドラクロワの頭を抑えて、ボディに膝蹴りがヒットした。両者よろめきながら距離を離していく。
「ったく、いってーなバカヤロウ! 」
「けほっ……けほっ、これでこそ全力で挑まなくては失礼というものだ」
頬をさすりながらジグザグが吠え、咳き込みながらジル・ドラクロワが再び構える。
それでも動きの鋭さは増しながら、応酬が再開される。
互いの打撃がより直線的になり、華麗さは失い、より直接的な暴力へ変質していく。そして、なにやら互いに怒号が飛び交い始めていく。
「ったく、カラーリングにそんな金使うバカヤロウなんざ初めて見たぞ! 」
と言いながらのシャイニング・ウィザードが放たれたと思えば。
「私の芸術品を馬鹿にすることだけは許さない! 」
とストレートナックルが返される。
「私の美学への愛は誰にも譲れない! そう、あの人に伝え、自分のものにしたい気持ちと同じく! 」
とローキックが炸裂し。
「何の話か知るかバカヤロウ! あとお袋が自分のものにしたいなら恋! LIKE! 自分の全てを捧げてもいい気持ちが愛! LOVE! って言われているんだよ! 親父も一緒に何か言っていたが、どうでもいいから覚えてない! 」
とブラジリアン・ハイキックが炸裂する。
「それはともかく! 」
「カラーリングにバカヤロウなことしているんじゃねーよ! そういうのをな、恋愛で例えるぞバカヤロウ! 3ヶ月間アプローチし続けて、ピザが有名なイタリアンに連れて行って、ファンキーな会話とファンタスティックな会計が終わった後に、じゃあ今日はこれでね。ごちそうさま、お休みなさいだったら納得できるわけねーだろ! ファンタジーな夜で終わりってどういうことだバカヤロウ! 」
例えが全く例えになっていないまま、キャラメル・クラッチをジル・ドラクロワに仕掛け。ジル・ドラクロワは強引にそれに耐える。タップは美学が許さない。
「なんだと? 」
「はぁ? 」
「なんだと! 」
「はぁ!? 」
「二人きりで食事できただけ十分幸せじゃないか! 決して有名な店でなくても構わない、料理が普通でも構わない、二人だけで過ごすことができるだけで幸せだ! 」
「どういうことだ、バカヤロウ! お前の頭の中はバラが咲き乱れているのか! 」
「バラならば、幾らでも咲き乱れている。なぜなら、私は美学王! 」
と強引にキャラメル・クラッチから逃れる。
「この天然記念物保護区脳内バカヤロウ! 」
とギャラリーの半数が同意、半数が異を唱えるような恋愛雑談が混じる。さらに応酬は続き。
「バカヤロウ! 」
と言いながらのシャイニングスープレックスを仕掛けようとし、
「美学! 」
と叫びながらのジャンピング・ツームストン・パイルドライバーを仕掛けようとする。
両者のパイロットスーツは砂埃と技の応酬でボロボロに汚れていく。
不毛な意地の張り合いは、日が暮れるまで続いてしまった。
そして、たぐいまれな偶然にも当時現場を目撃したエルヴィーネ嬢嬢(仮名 35歳)は次のように語っている。
―勝負はどうなったのですか?―
「勝負がどちらがどうなんてどうでもいいわ……クロスカウンターから引き分けになったみたい。漫画みたいな結末ね」
―では、結局どのような決着を?―
「襲撃を受けたミグラント側が、良いものを見せて貰ったからと物資の半分を置いていきましたね。どのみち、傭兵のACを回収していく必要があるから気にするなと。方や競争のためにせこい襲撃を依頼し、方や、試合見物料代わりに物資を置いていく様子を見て、器が違うように思えました―」
―そうですか。では、最後に珍事件の感想を頂いても宜しいですか?―
「好きなように生きて、好きなように死ぬって言ってもさ、限度ってもんがあるでしょ……」
―なるほど。インタビューを受けて下さり、ありがとうございました―
APC所属ガブリエル・ピーターズ箸『ミグラント珍事件簿パート4』より一部抜粋
☆
「というわけでだ。ビジョップをC-2」
顔に三枚ほど絆創膏を貼ったジグザグが、ノートPCを見ながら今回受けた依頼のあらすじを語った。PCには、放送中の昼ドラが映っている。場所は蜥蜴重工のガレージであり、彼はオーガクローの赤く塗られた肩関節に座っていた。
「全然、意味がわからないですねねー……ルークをB-3へ」
オープンになっているコックピットの中から女性の声が返ってくる。
「ふーむ。そう来たか……あ、やられた? おいおい、あんたチェスのチャンピオンか何かか? 軍に時場所選ばず老若男女構わずにセクハラする
クロード・デュバルつーおっさんが強かったが、それ以上だぞ」
そう言って誰も見ていないのに、本日何度目かのキングを倒す真似をする。そもそも、盤を使わないチェスだ。盤は二人の頭の中にある。
「さーて、どうだったでしょうかね? それにしても、クロード・デュバルって女性でもありそうな名前って感じですね? 」
コックピットから作業服をきた整備員、
キサラギが顔を出す。
「おう、そうもそうだな」
バンガードのクロード・デュバルはれっきとした女性であるが、れっきとしたおっさんであることも間違いないので、彼は何一つとして訂正する気がない。
「さーて、おにいさん、調整してみましたから、試してみてください」
「おう」
とジグザグがPCを持ったまま器用に脚だけで立ち上がって、コックピットへと入る。キサラギは早々にコックピットから出ており、コックピットをのぞき込むようにコアに座っている。
「ん? あんたのほうが年上じゃね? 」
「早く試してくださいねー」
流されて、色々と突っ込むところはあるのだが、母親が女性は自分が思った年齢のマイナス5程度で扱っておけば人生イージーモードよ。というありがたい教えを思い出し黙っておくことにする。母親の教えは、おっさんなら畑のこやしにでもしておきなさいと続き、その発言をしていた母親の背後には簀巻きにされ木に吊された父親の姿があった。彼の幼少期ではよくあることなので、何故そうなってそんな発言をしたのかまでは、逐一覚えていない。
思い出を胸に、ジグザグはコックピットに通常通りに座り込み、左足でフットペダルを踏み込む。足裏が抵抗なくフルスロットまで踏み抜いていた。駐車場に停車している自動車のアクセルなら間違いなく、なにか事故が起きているだろう。
「暖簾に釘、ぬかに腕押しなんとやらと」
「暖簾に穴があいて、手が汚れちゃいますよ」
「逆だって突っ込めバカヤロウ! 」
「はい? 」
「あー、知らんか。東洋の言葉で手応えのないことらしい。俺は田舎のいい年して若いねーちゃんをナンパしまくるファンキーじいさんに教えて貰った」
「やっぱり、軽すぎて、調整ききませんか? 」
と、フットペダルの重さを調整したキサラギが工具を手にもったまま言う。
「疲れてくると、これぐらいが丁度いいかもしれんが……。出撃し始めだといくらなんでも軽すぎるな」
「難儀ですねー」
「ひとまずは、重さは1割増しってところに頼む。そいつで一度出撃してみるからよ」
「わかりましよ。それはそうと、あのレーザーブレード積むんですか? 」
キサラギが、ACの正面にクレーンで吊られたままのレーザーブレード『ULB-13/L UTICA』を工具で差す。彼方此方が焦げ付いて変形しているが、金色の装飾の痕跡がある。
「機体バランスが崩れるから、暫く置いておいてくれ。使うかどうかは後で考える」
「それぐらいならサービスでしますけど、お互いの健闘を称えてムラクモと交換したんですよね? 」
「だが、バランスが崩れるからな」
「そのへんはバカしないんですね」
「バカがバカしかしないと思うなバカヤロウ」
ジグザグは、焦げ付いたレーザーブレードを一瞥してコックピットから出るとキサラギが猫のようにするりと頭からコックピットへと入っていく。座席の上で作業服に包まれた臀部が突き出すような格好になる。手元が動く度に、作業着がピッタリと張り付いて無防備な臀部が左右に振れていく。
「おにいさん。お尻ばっかりみないように」
「見てねぇよバカヤロウ」
事実、レーザーブレードを再び見ていたので濡れ衣である。しかしながら、修理の終わったオーガクローの右腕には物理ブレードが装備されている。機体のコンセプトは軍に居た頃とほぼ同じである。それでも、相違はあり、ようやく慣れてきた機体のバランスを崩す気はない。せいぜい、必要があれば、ショルダーウェポンの兵装を換装するか、今回のミッションのように、適当な射撃兵装でも追加で持って行くかどうかといったところである。とりあえず、今回の戦果は良い試合だったという感想付で、気前の良いミグラントは成功報酬をまるごとくれ、あとは物理ブレードと交換した半分壊れたレーザーブレードである。
「ったく、なかなか、世の中にはバカヤロウばっかりだな。面白くなってきた……いや、軍もバカヤロウばっかりか」
「だから、おにいさん。お尻ばっかりみないでください 」
「なんで今の言葉から尻見ていることになるんだバカヤロウ! 」
とジグザグがキサラギを軽く蹴る。尻を蹴った。彼の暴力の対象は、男女問わない。例え死にかけの老人だろうと、蹴らねばならないときは蹴る。その点は、見事なまでに母親譲りである。ちなみに父親は蹴らねばならないときに蹴られる側である。
「痛っ! ちょっと、セクハラです! 」
頭からコックピットに突っ込んだままのキサラギが若干態とらしく声を挙げる。
「うるせぇバカヤロウ。いい加減にしとかねーと、本当にえげつなくセクハラするぞバカヤロウ! 」
この蜥蜴重工のやたらとチェスの強い整備員しかり、一騎打ちから殴り合いにまで発展した件のミグラントしかり、気前の良い依頼主のミグラントしかり、ミグラントというのも変わった人間揃いのらしい。これもミグラントになったことで知ったこと。軍に居た頃は、政府軍時代もバンガードとなってからも、ミグラントにこれほど生身で接したことがあっただろうか。少なくとも、前線の使い捨てられる駒に過ぎない彼は、ミグラントとまともに会話した覚えはほとんど無い。
知ったミグラント達は、奇妙な人間揃いのようであり、それは彼にとっては興味の対象だ。そういった好奇心を最大の原動力として動く彼にとっては、天職かもしれない。全く持って、何故はじめからミグラントをしていないのかであるが、それは彼が軍のポスターを見て入ってしまった故である。その故の結果は、左足の後遺症だ。良いか悪いかで言えば、悪いのだが、奇妙な邂逅を繰り返す日々に飽きていないのも事実である。
「よし、こうしましょう。チェスに勝ったら触っても良いですが、負けたら触ります」
「あんたがセクハラし放題だバカヤロウ」
そうは言いながらも、ジグザグは頭の中にチェス盤を用意しはじめる。頭の中のテーブルにはカストリカの地図が広げられており、都市中心部に点在する銀行にマーキングされて、模型の車が幾つか転がっている。それらを豪快にはらいのける。テーブルの上にかつての上官にちょっとした悪戯をするために手放したチェスセットが置かれる。
「どうせやることもないからワンモアゲームといくか。まずは――」
過去の選択の違い、現在の選択の違い、結果は全てifでしかない。
ifだからこそ、後悔し、割り切れない。
それでも、彼は例え走れなくなったとしても、まだ歩けるのだから歩んでいく。
はじめの一手の駒を動かした。
次回予告
湯治中にマフィアとギャングのドラッグ抗争に巻き込まれたドクター・スミルノフだったが、事件の証人を守るために、一丁のハンドガンと患者から教わり習得したコマンドサンボを武器に戦うことを決意する。高級車を爆破し、コンビニエンスストアを爆破し、クレーンを爆破し、ガスタンクを爆破し、作業用MTを爆破しながら無効化していくも、狙撃によって身動きがとれなくなってしまう。しかし、狙撃を行ったスナイパーは、幼なじみのヴァネッサであり、両者はそうとは知らずに戦いを繰り広げていく。
第十一話 アンリミテッド・ブレイク
最終更新:2013年10月21日 20:16