オーダーミッションNo.037【特殊試験遂行】CASE1「
雨の日の日常」
難易度:F 依頼主:大佐 作戦領域:バンガード特設試験場 敵対勢力:-敵戦力:フルールドリス所属AC他 作戦目標:下記詳細の遂行 特殊事項:この依頼は『フルールドリス』のメンバーしか受けることが出来ない フルールドリスの諸君。日ごろの任務ご苦労。 君たちに予ねてより予定していた、戦闘試験を行う。 本試験は、ACの戦闘、生身での戦闘、工作行為、身体検査などを受けてもらい、各項目の上位者を択ぶことを目的としている。 試験の段階は複数の項目をしてもらう。 1・ACでの戦闘で相手を圧倒すること 2・生身での戦闘能力もしくは工作活動等の能力の再評価 3・身体検査を行う。敵組織に捕まったときに検査で自身が強化人間であること、身分等をばれない様に工夫をする、その模擬試験 この項目で上位になったものには最高位の寵愛を約束しよう。 なお、最下位の人物には相応の懲罰があるので気をつけるように。 |
これはある雨の日の出来事。
不幸な娘たちのささやかな日常。
その空間は、イル・シャロムの基地にある。厳重な警備がなされ、バンガードでも最高レベルのセキュリティとなっているエリアにある。部屋は広く、大きくゆったりとしたソファとガラスのテーブルが置かている他には、大きなディスプレイがあり、パソコンも置かれているし、観葉植物、ビリヤード台、様々な雑誌や書籍が置かれた本棚、他にも雑多に置かれている。ミーティングルームともリフレッシュルームとも、多目的室とも言えるような空間だった。人によって表現がまちまちであるが、利用者は極々限られるために、誇称の違いがトラブルとなったことはない。
その部屋にいるには一人だけだった。バンガード特殊部隊《フルールドリス》の一人、マーガレットだった。最も、彼女はこの名前で呼ばれることを嫌い、もっぱらコードナンバーの『12』で呼ぶことを要求する。同じ部隊員にも、研究員達にも、整備員にも、兵士にも、あの大佐にも、等しく要求する。
そんな彼女だが、二人がけのソファに仰向けに寝そべって、左手で分厚いファイルを開いてつまらなそうな表情で眺めている。同じファイルがテーブルの上にも何冊か、無造作に置かれている。右手には、ダンベルが握られており、その細い腕からは想像できないほど軽々と一定のペースを保ったままだ。トレーニングというよりは、手慰め程度の遊びのようだった。
「アホくさ」
一言、どうでも良さそうに呟く。ディスプレイにはワイドショーが映り、若い女優のドラマが決まっただの、中年の俳優が再婚しただの平和的かつどうでもいい内容が垂れ流されている。マーガレットは、全てを聞き流している。
何故そんなことを他者は知りたがるのかが理解できない。フルールドリスに所属されるまでは、研究機関でずっと育ってきた彼女にとって、世俗的な話題には随分と疎かった。恋愛といったものも理解できていない。誰が置いたのかは知らないが、本棚に置いてある歯の浮くような台詞三昧の恋愛小説を読んでみたことがあるが、全く理解できなかった。思いを告げる告げないで悩むシーンが理解できないし、ある登場人物が実は姉弟であったいう展開も、それの何が問題なのかわからない。否、生殖に関わる問題であることは判るが、子を作らなければいいだけではないかとしか思わない。結局、理解できないまま半分も読まずに本棚へと戻したのだった。
生まれながらの実験体である故にか、倫理観や常識といったものが欠如しており、もしも戦う日々から逃げだそうと、単独で日常生活を営むなど不可能に近いだろう。生物の限界の集約というコンセプトから作り出され、究極生物の一つの回答が彼女であるが、社会動物としては欠陥品である。そんな普通を知らない彼女にとっては、普通の知識を得るための貴重な手段の一つであるのがテレビショーなのだが、さほど役に立っているとは言い難い。
そんな彼女が、何故、この部屋で寛いでいるかと言えば、他のメンバーは戦闘試験を受けていて、彼女だけは外されたのが原因だ。元々、受ける予定だった。だが、何処の誰が気がついて言ったのかは知らないが、彼女が受けると雨が降るのではないかと指摘したらしい。端的に言えば、彼女は雨女だ。それに気がついたのは、フルールドリスに配属され、外の世界に出だした頃だ。天気予報が何を言おうと、彼女が出撃すると雨が降る。晴れた日に出撃したことは、記憶にない。これは、単に彼女の任務がたまたまそうなったというだけだと思われるのだが、この奇妙なジンクスは周知の事実となっている。身体能力が高い以外は特殊な能力がない実験体と思われていたのだが、この科学では説明の付かない特殊能力を彼女は備えていた。使い方次第では、気象兵器である。汚染度の高い地域では、歩兵にとって汚染度の高い雨は非情に有害であるし、機体を破壊され、脱出したとしても、生存率は格段に下がる。彼女の機体の特性は便宜上狙撃型であるが、精密な狙撃ではなく、ハウザーによる面制圧を行う機体だ。雨に紛れ込む方がりゅう弾も視認し辛くなるだろうということから、雨による視界不良はむしろメリットと考えられ、ジンクスついでに意図的に雨天時に出撃させられている。
この科学的な根拠のないジンクスであるが、どうやら念には念を入れて、外されたのだった。雨によりシスターズの観察が邪魔されることを懸念した訳だ。かといって、彼女だけ別に受けるかと言えばそうでもない。彼女自身のACどころかMTの操縦に関する記録、身体能力から戦闘技術に至までは、フルールドリスに配属前までではあるが、大量に存在している。毎日のように、ただ学習するだけの行為まで記録され続けた結果である。
というわけで、彼女は一人、暇をもてあましている。かといって、他のメンバーがいれば暇ではないというわけでもない。特別に親しいシスターはいない。14番目は何を言っているのか判らないので喋りようもなく、話が通じないと言えば、7番目は人格が突然変わるので話が途切れる、5番目はマーガレットにとっては細々とした事で突っかかってくる、これは別にマーガレットだけに限った話ではないが。他に、8番目は距離を取られて、話すこともない。4番目は正に人形と言った様子で、これまた話すことがない。ただし、アルコールを忍ばせた飲み物を飲ませると酔っぱらいのようになるので、見ていて暇はつぶせる。飲ませたら飲ませたで、主任研究員であるグレイスが五月蠅いのではあるが。6番目と3番目に関しては、まだ話が通じるのだろう。任務中となれば、6番目は泣きわめくし、3番目はオシャレをしてみないかだとか、苦手な菓子を勧めてくるので、これまた面倒に感じることも多いが。
そういった事を踏まえれば、一人が一番、悪くないのだろう。一人が好きではないが、集団で居ることに比べれば、嫌いではない。
(そもそも、話題がねーもんなー。仲良くする必要もねーし)
単純なダンベル運動に飽きたのか、ペンのようにクルクルと指先でダンベルを回し始める。
「ん? 」
ドアがスライドし、そこから3番目の彼女、
ニンバスの姿を確認したのだった。どこか疲れた様子でもあり、落ち込んでいるようにも見える。入り口で小さく会釈し、ゆっくりと車いすを動かして、マーガレットへと近づいてきた。
☆
「ここにいたか」
部屋に入って、ニンバスはそう声をかけた。推定年齢十代の少女が多いフルールドリスの中では、彼女とニンバスは比較的年齢が上になる。とは言っても、マーガレットは見た目が十代後半程度だろうという程度で実年齢は不明であるし、ニンバスも実年齢は高いとは行っても、その発育不良ぶりは十代にしか見えない。それでも、戦士としては十分すぎるほど幼い。そんな幼い少女達が、大佐の切り札と称されるフルールドリスの一員であり、並のACパイロット程度では歯牙にもかけぬほどの戦闘力を誇る。
大きな部屋の中には、12番目の娘、マーガレットがソファで仰向けになっていた。テレビは付けっぱなしで、見てはいない様子だ。やけに分厚いファイルをつまならそうに読んではいるが、機嫌は悪くは無さに見えた。機嫌が良い時というのもあまりないが、いつも、ムスッとどこか不機嫌そうな表情を見かけることが多いので、今日はまだ機嫌が良いほうなのだろう。
「何処にいようと、俺の勝手だろ」
マーガレットは、ニンバスを見ることもなく素っ気ない返事をする。整った顔立ちからは想像できないような粗っぽい男言葉だ。何度か注意しても、何一つ取り合うことはない。オマケに普段着も女性物を身につける事はない。今も、ワイシャツにスラックスという姿だった。胸元と手首のボタンは外して、シャツは一部だけがスラックスに入っており、徹夜明けのサラリーマンのような随分とだらしない様子だ。機体が大幅な調整中であるために最近は任務に出ていないらしいので、さらにだらけているのだろうか。
「そう……」
そのままマーガレットは何も言わない。ニンバスはと言えば、今日の結果について気にしていた。戦闘については、一応は問題なかっただろう。後方支援を主とする彼女でも、射撃に関する技術は十二分に高い。問題は次である。生身での戦闘能力という無茶な要求には堪えられず、とりあえずは、電子機器を扱うことによる支援行動といったものを見せた。そして、一番の問題は、強化人間や身分を秘匿することができるかというテスト。
まずは、下半身不随のため車いすに乗っている。これだけでも十分に目立つ。さらに言えば、左目には眼帯のように見えるデバイスが埋め込まれ、首にもデバイスが付いている。さらにさらに言えば、髪は銀色である。この改造仕様でどのように隠蔽するべきか。有事の際には木っ端微塵になるように自爆装置でも搭載するべきかどうかの検討をすべきほどであるが、そんなことを言えば、全身機械の4番目の娘である
ディナは一体どうなるのか……。いや、彼女は、命令次第で「自爆します」と言い残して証拠隠滅を計りかねないので困る。
ともかく、今日の結果がどうなるのかである。雨女という一切科学的根拠のない理由で免除されてしまった目の前の妹がなんとなく羨ましくもなる。どのみち、ACでも生身での戦闘能力も簡単にテストをクリアするレベルにある妹であるわけだが。その妹は、ファイルから視線をニンバスに移し、唐突に口を開く。
「合法ロリ? 」
「はい? 」
よくわからない言葉が聞こえた気がする。
「いや、童顔をそう呼ぶってテレビで言ってた」
どことなく投げやり気味でどうでも良さそうな口調である。
「言わない」
「え?」
「言わない」
「でも、テレビで」
「言わない。マーガレット、鵜呑みにしたら駄目だよ」
「名前で呼ぶな」
最後だけ強い調子での否定だった。
かと言って、任務中でもない日常でもナンバーで呼ぶことには抵抗があり、不機嫌になることは判っていても名前で呼んでいた。
そのどこか不可解な拘りというか、常識からズレにずれた基準があるようだが、理解するには至っていない。外見的な問題から強化人間と思われない妹であるが、ミスマッチ過ぎる男言葉と常識のズレから普通の人間ではないということは誰にでも推測されてしまうかも知れない。
「というより、どうしてそんなことを? 」
もっともな質問をニンバスがする。自分が言いたいことだけをとりあえず言う妹であり、当人に意識はなくとも、案外に会話が苦手かも知れない。
「これ」
と妹は言うだけだ。これと言っても、ファイルのことなのか、ペンのように回しているダンベルのどちらをさしているのか判りづらいが、おそらくはファイルだろう。そもそも、何のファイルなのかを聞いていない。
「あんたの情報が載っている。見た目よりも年増って書いてあるぜ。そういうの童顔っていうんだろ? 」
童顔という言葉からして確認するような調子だった。
「……年増じゃない。見た目よりも実年齢が高いだけで。……年増ではない」
改造されたりしているが、女性として、そこだけは丁寧に訂正しておく。どうやら、この妹には、女性の年齢に対するこだわりというものも理解していないらしい。
「そーなのか? ふーん」
そして、どうでもよさそうである。本当に、女性が年齢を気にするということがよくわかっていないようだ。
「というより、私の情報を? どうして読んでいる? 」
「グレイスが読めって言ってきた」
「何故だ? 」
「身体情報を把握するために」
「だから……どうして、その必要がある? 」
矢張り、時々、会話のキャッチボールが上手くいかない。
「俺にフルールドリスの衛生兵やれって」
「……できるのか? 」
「医学も薬学も生物学も、偏っているって言われたけど、一応あるからやれって。俺自身がそういう学問の塊みたいなもんだから、そこそこはわかるぞ。現場で応急処置する程度ならできんじゃねーの」
「そうなの」
普段からあれほどぶっきらぼうでがさつな妹らしからぬ能力だった。研究所で生まれ育った事は知っていたが、そんな知識まであるとは思っても見なかった。が、改めてイメージしてみると心臓マッサージと称して渾身の右ストレートを心臓に叩き込むような姿しか浮かばないのは何故だろうか。薬も適量をしっかり使ってくれるだろうか。生き返らせようとしているのか、止めを刺しに行っているのかである。出来れば、世話にはなりたくない。
「ただ、あんたは処置出来そうだが、4はどうにもならねーよ。俺の専門じゃない」
「あの子はね、そうね、そうかもしれないわね」
全身が人工物に置き換えられたフルール・ドリスの中でもひときわ異彩を放つ妹だ。何を言っても最も素っ気ない妹である。そして、マーガレットが適当な飲み物にアルコールを混ぜて飲ませ、酔っぱらった姿を物珍しそうに見ている姿を幾度か目撃し、何度かはやめるように咎めている。効果は、……今のところない。
「そうだな。そういった強化となると、敵に捕まった際に機密が漏洩するわけでもあるが」
「はぁ? 」
眉をひそめるマーガレットに、ニンバスは試験内容に敵に捕まった際の隠蔽工作が入っていたことを説明する。
「アホくさ」
苦虫を噛みつぶしたような顔だった。バンガードでも最高機密扱いとなっているファイルを無造作にテーブルの上に放り投げ体を起こす。
「そういうふうに改造しておいて、ばれないようにしろなんてアホか」
「それは……まぁ……そうだな」
確かに、言われてみれば、只でさえ目立つ容姿をどう誤魔化せばいいのかということだ。そして、そういった事を想定しているならば、多少なりに目立たないように気を配るようにも思えてくる。
「第一、触れなくても、センサーによっては、まともな人間か化け者かの違いぐらい、幾らでもわかるぞ」
「……そういわれると、全くもって、何のための試験ということになるのか」
と呟いて見ても、目の前の妹に答えがあるとは思えないのだが。妹は口を開き賭けて、閉じた。その目線の先を追いかけると、入り口には二人の人物が立っていた。一人は、グレイス・ケイル。フルールドリスにおける主任研究員。そして、もう一人は見知らぬ少女だ。歳は十代といったところだろう。だとすれば、兵士や研究員ではなく、恐らく……。
「二人はここにいたのね。マギーちゃんは、宿題をちゃんとしてるかしら? 」
あっけらかんとして、楽観的な声が響く。この人物こそ、幾多もの少女を犠牲にフルールドリスの面々を作り上げた”母”。母と呼ぶような妹は皆無だ。呼ぶにしても、それは都合の良いように調整せれたシスターズばかり。
「マギーっていうな」
「いいじゃないの。で、宿題は? 」
「大体は頭に叩き込んだ」
マーガレットは、予想通りに自らの呼び名を否定する。その間にも、グレイスと見知らぬ少女は歩んでくる。少女の方はグレイスの少し後ろについてくるが、どことなく緊張が感じられ不安げな様子だ。
「ま、それはともかくとして、はい。新しい妹ヨ」
グレイスは見知らぬ少女の両肩を掴んで、立たせる。目線は落ち着かず、ややうつむている。
マーガレットの問いに、新たな妹は応えて、小さく会釈する。年齢ではなく、ナンバーだ。
「よろしく。わたしはスリーのニンバスだ」
ニンバスは、体を剥き直して、警戒心を解かない新たな妹に微笑む。どのような経緯からフルールドリスに配属されたのかは知らないが、おそらくは到底真っ当ではないだろう。そうは思いながらも、ニンバス自身は強化を施される以前のことについては記憶が曖昧な点があり、どういった経緯で強化されたのかは知らないのだが。
「話は幾つか聞いています。電子戦型であると。私も、貴方ほどではありませんが、電子戦に対応しています」
「そうか。何かアドバイスできるかもしれない。遠慮無く聞いて欲しい」
ニンバスは、優しく微笑む。他の妹達からの反発が散散であるので、素直そうな新たな妹に興味は強いようだ。
「ほら、マギーちゃん」
「あぁ?」
グレイスから促されても、名前で呼んだせいか不機嫌そうにグレイスとシルバーウッドを睨み付ける。
「挨拶」
「12だ。それ以外に名前はない」
そう、ぶっきらぼうに答えて、ファイルへと目線を落とす。彼女にとっては、新しい妹というものに興味がない様子である。
「がさつなお姉ちゃんだけど、よろしくね」
グレイスの紹介に、シルバーウッドはなにか苦虫を噛みつぶしたような表情であるが、マーガレットは気にするようもない。
「貴方にもついても。外部出身ということでしたが」
「そうだな。で? 」
「雨天時の戦闘が得意であるとも」
「で? 」
グレイスとニンバスが、会話を続ける気さえないマーガレットを諦めたような表情で眺めている。シルバーウッドは戸惑った様子であるが。
「悪い子じゃないワ。ちょっと、常識とか気遣いとか知らないだけだかラ。口は悪いけど、ひねくれているわけでもないノ。素直でもないけどネ」
グレイスのフォローかどうかも判らない説明に、マーガレットは一瞥して視線をそらした。黙ったのは面倒だからもう関わらないという意思表示だろう。
幾つかの雑談をニンバスとグレイスの間で交わされた後に、調整があると言って、グレイスとシルバーウッドは部屋から去っていった。再び、3番目と12番目の二人が部屋に残される。
ニンバスはマーガレットを眺めながら少し考えて、口を開く。
「……もう少し、愛想よくできないものか? 」
「なにがだよ」
既に見飽きているであろうファイルから目線を挙げないまま、マーガレットはぶっきらぼうなままだ。
「似たような境遇とも言えるし、妹だ」
「だから? 」
「仲良くしても良いのではないか? 」
「ふん」
マーガレットは乱暴にファイルを閉じて、テーブルへと放り出す。
「化け物同士だからって、仲良くする必要がなんである? 俺は実験のために作られていて、そう言うために作られていない。家族ごっこなんて下らない」
「……それは」
明確なまでの拒否だった。シスターズ同士のつながり自体の拒否。同情し合う関係の拒否。傷をなめ合う関係の拒否。自身が人間であるということの拒否。
「あんたが、何を考えているのか、俺には全然判らない。妹、妹って接してくる理由なんて、判らない。俺には、まともな人間の常識だとか考えとか感情は理解できないように出来ている。何時か判る日が来るなんて信じて奇跡を起こそうなんて考えるなよ。無駄だ」
「……そうか」
それきり、言葉は途絶えた。決して、フルールドリスに忠実というわけでもなく、大佐に対してもさほど興味がない態度を見せる。が、実験体であることを受け入れ、従っている。故に、自分も妹たちも全てを化け物と称する。人であろうと思わず、人らしい名前すら自ら否定する。
ニンバス自身、もう、曖昧な記憶しか残っていない人間だった頃に戻ることも出来ない。幾人もいるシスターは全てが、戻れない。幸せだった人間に戻ることは出来ない。否、本当に幸せだったかどうかも判らない。
戻れない妹がまた一人増えた。幾多もの屍を作り出して、辿り着いた化け物でしかない。果たして、そんな化け物には未来はあると問えば無いに等しいであろう。まず、間違いなく、幸せな未来はない。幸せな現在ならば、あるかもしれない。だが、そういった幸せ自体を否定するのが、目の前の妹だ。理解させることができるだろうか。そして、新たな妹、シルバーウッドは、どう考えているのか。
「そういや、試験だが……」
思い出したように、マーガレットが口を開く。
「なんだ? 」
「フルールドリス以外のスポンサー向けのデモンストレーションみたいなもんだったんじゃねーの」
「? 」
「研究所にいた頃に、スポンサー向けにテストしたことが何度かあった。偉そうな奴が、判ったような顔して適当に頷くだけで資金が出るらしいから、よくわからねーイベントだった」
「……それが、今回の私たちの試験と同様だと? 」
「さぁ? 俺はバンガードだとかフルールドリスの組織ってどういう関係なのか、よくわからねーし。外部から注文でもはいったんじゃねーの? 」
ニンバスは、口元に手を当て考え直してみる。試験の設定を考えれば、単純な実力評価というわけでは無かったのだろう。自身も根深いところまでは知らないが、特別待遇を受けるフルールドリスを疎ましく思う者達も確実にバンガード内部に存在している。疎ましくという程でもないにしろ、組織としての有用性を疑問視する者達もいるだろう。ならば、バンガード上層部を納得させるための試験。それが、今回のことだろうか。かつて政府には『
埋葬者』と呼ばれる特殊部隊も存在している。『埋葬者』以上の活躍を期待しているのか、代わりとしてミッション遂行が可能かを想定してのことだろうか。
そう考えれば、納得はできる。
が、実際のことなど情報が入ってくることもない。
そのことも、判る。
だが、態々そんな茶番のようなものに付き合わされて、落ち込まされ……。
否、こういったことも、軍に所属している身としては良くあることだろう。
「どうしたんだよ? 」
「いや、何……。根本的に、全てが茶番劇かも知れないと思ってね」
「はぁ? 」
「こっちの話だよ」
そもそも、未来のないのだから、つまらない現在に引きずられることもない。だからこそ、自分と妹たちの幸せな現在を求めよう。
「それよりも、シルバーウッドの歓迎をしよう」
「なんで? 」
「新しい妹が来たのだから、喜ばしいことだ」
「もう一度言う。俺もあんたも17も化け物だ。ここにいる奴は全員が化け物だ」
どうでも良いという相変わらずの調子でマーガレットは立ち上がる。
「改めて言おうか、化け物だったら、仲を良くしてはいけないのか? 」
横を通り過ぎていく妹に、問いかける。
「……勝手にしろよ。俺は寝るから」
と言って振り返ったが、ニンバスはワイシャツの端を握った。マーガレットはチラッとニンバスを見るが、再び振り返って歩いてく。摂理として、マーガレットにニンバスは車いすごと引っ張られていく。足取りが普段と変わらないのはさすがは強化人間と言ったところか。
「何故、なんでそのまま行く? 」
「寝るから」
「いいから、手伝え。姉の言うことを少しは聞いてくれてもいいじゃないか」
「そう言う人間臭い家族ごっこは人間同士でやれよ」
「いや、姉が妹をかわいがるのは常識だ。甘いお菓子で歓迎をするのが常識だ。化け物であっても、それは常識だ」
甘いのところに、やけに力が入っているようにマーガレットには聞こえた。
「俺は、自分でも世間知らずだと思うけど、それはなんか違う気がするぞ」
「いいから、私は、マーガレットは意外と完全に無関心でもないことは知っているんだからな」
「名前で呼ぶな。ったく、あんたが一番、面倒臭いな」
□
ある部屋から二人の声が聞こえる。
『ちょっと、ちゃんと計量しろ!』
『ちょっとぐらい、かわらねーよ』
『順番通りにいれろ!』
『混ざれば一緒じゃねーか』
『それは、入れない!』
『あー? 隠し味?』
『そんなに入れたら隠れない!』
未来の見えない彼女たちが、ささやかな現在を過ごす。
過去にあるのは、不幸。
そこから、感謝、尊敬、運命、嫌悪、都合、自己犠牲、と様々な理由で現在に至る。
何時終わるかも判らないが、決して長くはないであろう、幸せではないであろう結末にへは、確実に近づいていく。
それでも、彼女たちは現在を生きている。
フルールドリスが解体され、彼女たちの一部が、別の日常を過ごし出すのは、もう少し先の話。
fin.
最終更新:2013年11月18日 22:05