春夏秋冬かのん

春夏秋冬 かのん(ひととせ かのん、1977年9月1日 - )は、名古屋Cキャッツに所属した元監督。
名古屋Cキャッツ杏花音は義妹。


概要

所属 名古屋Cキャッツ
背番号 77
国籍 日本
出身 愛知県名古屋市
生年月日 1977年9月1日
身長 175cm
体重 73kg
投打 左投左打
血液型 O型
プロ入り 2014年ドラフト7位
PL daiya◆K
球歴 名古屋東商高→米独立リーグ-サンフランシスコ・ブラックバッツ(米女子リーグ)→米独立リーグ→欧州・独リーグ
→キャンベラ・クルスフィクス(豪リーグ)→横浜アクアマリンズ(2014)→横浜アクアマリンズ打撃コーチ(2016)
名古屋Cキャッツ監督(2017-2021)

経歴

 中学・高校時代は名古屋で過ごし、4番エースだったが全国大会出場は無い程度。
 高校を出てからすぐにアメリカへと渡り、アメリカ独立リーグで少しずつ成長。
 23歳からアメリカ女子リーグ・サンフランシスコに所属。やや遅咲きな最盛期(25歳~26歳)には、俊足・好打のライトとして活躍。4番を打つほどのパワフルで正確な打撃を誇り、カノン砲と名前を掛けて、“super cannon”と呼ばれていた。
 しかし、26歳になった直後のシーズン中に左肩を大怪我。手術で半年棒に振った後も全盛期の打撃は取り返せず、2005~2007年はアメリカ独立リーグで過ごす。その後、同僚のツテもあって2008年にはヨーロッパ・ドイツリーグへ移籍。
プロ入り以降は外野手(ライト)だったが、この怪我で肩が一気に弱くなり、遠投距離が極端に落ちた。そのため、これ以降はファーストも守っている。ただしファーストの守備はあまり上手ではない。
 2008年はドイツで三冠王を取る活躍。その勢いで2009年にふたたびアメリカ女子リーグを目指すが、シーズン前のオープン戦で今度は左肘を負傷。結局、アメリカを離れる。
その後2009年途中からはドイツに戻って活躍していたが、2010年から2年間は左肩・左肘の故障に悩まされてなかなかフル出場はならず、2012年シーズン開幕直後に結局、右肘が悪化して手術する。
 2012-2013シーズンはオーストラリア女子リーグのキャンベラ・クルスフィクスで再起を図っていたが、シーズン終盤にふたたび左肩痛が再発。幸い軽症だったが、年齢もあり一度引退を決意し、世界旅行に出る。しかし夏に日本に帰国後、オーストラリアで昨年冬に出会い、練習を一緒にしていた姫ノ島美晴が日本のプロリーグで活躍していることを知る。
 ほかにも若い才能のあふれる選手が数多く生まれていることを知った彼女は、最後に日本でプレーして、若い子へ経験を伝えたい、と思い立ってPGBドラフト・トライアウトへの参加を決意。その結果、横浜アクアマリンズに最下位指名された超異色のルーキー。

 経歴上、肩の怪我の後遺症で遠投能力が著しく低い。打撃もかつてのパワフルな打法は見られないが、それでも長尺バットを使い続けている。また、もともと動体視力が高いのに加えて、長年の豊富な野球経験で磨かれた選球眼に関しては、屈指のものがある。
 年齢上さすがに落ち着いて見えるが、根はけっこうフリーダム。口調は割りとフランクで、割りと冗談を言うことも多い。自由気ままに生きている、明らかに変わり者の部類。
 ドイツや世界各地で噂を耳にした“世界の和泉”と同じ横浜で野球ができることを楽しみにしている。

詳細情報

年度別野手成績

年度 所属 規定 試合 打率 打席 打数 安打 塁打 単打 二塁 三塁 本塁 打点 凡打 四球 死球 敬遠 犠打 犠飛 三振 併殺 失策 盗塁 盗失 出率 長率 OPS
2014 横浜 × 27 .288 66 59 17 20 15 1 1 0 3 24 6 1 0 0 0 14 4 0 0 0 .364 .339 .703
通算:1年 27 .288 66 59 17 20 15 1 1 0 3 24 6 1 0 0 0 14 4 0 0 0 .364 .339 .703

表彰

記録

初記録

節目の記録

背番号

  • 57(2014-16)
  • 77(2017-2021)

能力推移

年度 パワ ミー 選球 走力 送球 守備 チャ 対左 バン 盗塁 捕手 一塁 二塁 三塁 遊撃 左翼 中堅 右翼 総合
2014 13/C 13/C 20/S 11/D 1/G 13/C 4 3 1 1 10 13 89/D+

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  • 1977年生まれ
  • 愛知県出身の人物
  • 横浜アクアマリンズの選手
  • 横浜アクアマリンズのスタッフ
  • 名古屋Cキャッツのスタッフ
  • 打撃コーチ
  • 監督
最終更新:2021年05月21日 16:42