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映画:「ザ・コーヴ」上映中止 大学にも波及、続く萎縮の連鎖

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映画:「ザ・コーヴ」上映中止 大学にも波及、続く萎縮の連鎖


イルカの追い込み漁が行われる和歌山県太地町の畠尻湾。海水浴シーズンに備え、砂利を敷き詰める作業が続いていた


 和歌山県太地町のイルカ漁を批判的に取り上げた、アカデミー賞受賞の米ドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」(ルイ・シホヨス監督)。抗議行動の予告から始まった上映中止の波紋が広がっている。学問の自由・自治が保障されているはずの大学でも、「授業への支障」が理由で中止になった。萎縮の連鎖は断ち切れるのだろうか。【メディア取材班】

●上映日程決まらず

 配給会社「アンプラグド」によると、同映画の劇場公開は今月26日以降、東京、大阪など全国26館が決まっていた。ところが、同映画を「反日的だ」と主張する民間団体が今月2日、ホームページで、「シアターN渋谷」(東京)や同館を運営する出版取り次ぎの日本出版販売(同)に街頭抗議活動を行うと予告すると、同社は3日、「観客や近隣への迷惑」を理由に上映中止を決めた。続いて4日には、「シネマート六本木」(同)、「シネマート心斎橋」(大阪)の運営会社「エスピーオー」が中止を発表した。抗議活動の予告があっただけで都内の上映館がなくなるという異常事態。両館は08年春、靖国神社を取り上げたドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」が問題になった際も上映を中止している。

 一方、この団体は上映を考えている他の館にも抗議活動を続けている。「横浜ニューテアトル」(横浜市)では12日、警察官が警備に当たる中で街宣活動があった。同館の担当者は「シャッターを下ろして営業は続けたが、拡声機からの音が場内に大きく響いた。観客にはご迷惑をおかけした」と話した。同館では「靖国」の際は30回以上の街宣があり上映を取りやめた経緯はあるが、「できれば上映したい」という。

 アンプラグドは中止を決めた3館を除く23館に対して、いったん上映日程を「白紙」とし、改めて各館と調整している。同社の加藤武史社長は今月9日に東京・中野で開かれたシンポジウムで、「勇気を持って、上映する場を支えてほしい」と呼びかけた。

●「最悪の事態想定」

 上映中止は大学にも広がっている。現代史の研究者らが明治大で今月17日に予定していた映画上映と出演したリック・オバリーさんの講演会は、会場の利用が最終的には認められず、中止に追い込まれた。

 同大資産管理課によると、今月10日に開いた学内の検討会議で、▽上映中止の映画館が出ている▽抗議は寄せられていないが不測の事態も考えられる▽授業や教授陣らの研究に支障をきたす恐れがある--と判断した。「最悪の事態を想定しての措置だ」(同課)という。企画した生方卓准教授(社会思想史)は「憲法で表現の自由は保障されている。しかし、大学は違った立場から判断したのだろう」と述べた。

 一方、今年3月には立教大でも上映を取りやめている。企画した立教大ESD研究センターによると、太地町漁業協同組合(水谷洋一組合長)と町(三軒一高(さんげんかずたか)町長)から「映画には組合員が映り、肖像権侵害の恐れがある」と連名の抗議文書が届き、検討した結果、上映中止を決めた。団体からの抗議はなかったという。

●「バッシングでない」

 「まさか日本で、上映中止になるとは思ってもみなかった」。今月8日に来日、「ザ・コーヴ」では主役級で出演したリック・オバリーさん(70)は毎日新聞の取材に対して、驚きを隠さなかった。

 オバリーさんは、60年代の米人気テレビドラマ「わんぱくフリッパー」でイルカの調教を担当。今はイルカ保護のために各国で講演活動などをしている。70年代に日本の漁業を学ぶために出向いたのが、太地町の漁師たちとの出会いだったという。ただ、イルカ漁を知ったのは03年になってから。その後は年に5~6回通い続けた。

 9日に東京・中野で行われたシンポジウムでは、表現の自由を保障する憲法21条の条文を書いたパネルを掲げ、「上映が妨げられたのは残念だ」と約550人の参加者に訴えた。さらに、10日の和歌山大での上映会では約250人を前に講演。イルカ漁について知らなかった地元の学生らは「大きな衝撃を受けていた」という。予定されていた明治大生との対話は実現しなかった。

 オバリーさんは「日本は民主主義国だ。それにもかかわらずこの作品を日本人が見ることができないでいるのは不思議だ。日本バッシングをテーマにした映画では決してない。特に太地町の人にはぜひ、見てほしい」と訴えた。


◇漁師らに怒りや戸惑いも--和歌山・太地町ルポ

 「ザ・コーヴ」(英語で「入り江」の意味)の舞台となった太地町は、400年続く日本の古式(網取り式)捕鯨発祥の地だ。人口約3500人の小さな漁村の人たちの口は一様に重かった。ただ、「映画を見て判断してもらってもいい」と話す町民もいた。

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 「どんな発言もすべて映画の宣伝になる。興行収入は、映画を製作した環境保護団体の金もうけにつながるだけ」。同町漁業協同組合の幹部はこう言い切った。組合員には取材に応じないようかん口令を敷いたという。三軒一高町長(62)も漁協と歩調を合わせる。「上映中止は知りませんし、確認もしていない。個人としても、町としても何もお話しすることはない」。「IWC(国際捕鯨委員会)捕鯨全面禁止絶対反対太地町連絡協議会」会長の三原勝利町議会議長(72)は「生活がかかっているんです。漁協関係者を『マフィア』呼ばわりするプロパガンダ映画を上映することも、表現の自由なのですか!」と声を震わせた。

 自分たちが生業としてきたことが、ある日突然残酷な行為と非難される--海に生きてきた人たちにとって戸惑いや怒りは当たり前かもしれない。「映画は見ていないが、中身もウソが多いらしい。上映はしない方がいい」。15歳で漁師になった土谷拳示(つちたにけんじ)さん(78)は、アジサイの咲く自宅の庭先で草むしりしながら重い口を開いた。いまなおイルカ漁に出る。映画では船上から棒でイルカを突き刺し、海が鮮血で染まるクライマックスシーンが印象的だった。「血が出るのは牛や豚も同じなのに、なぜイルカだけがだめなんだ。今は船上で処理するから血は海に流れない。生活のために昔からやってきたのに、本当に腹が立つ」

 同じ漁師の海野注連雄(うみのしめお)さん(83)も上映反対だ。「漁協に聞かないとよく分からないが、上映はしてほしくない」と話す。

 一方、隣町の那智勝浦町から太地町内に通う自営業の清水晴美さん(67)は「娘は海が血で染まった映画の場面を見て、『イルカなんか食べない』と言っている。町民にとっては上映されたくないでしょうが、私は見た上でここがおかしいと言いたい」と話す。

 町議の漁野尚登(りょうのひさと)さん(53)は英語版を見たという。自らも映画に登場する。漁野さんは「表現の自由が、抗議や脅しで制約されるのはいかがなものか。映画の中身には反対だが、見て判断した方が健全な社会だと思う」という。

 獣医師の阪本信二さん(47)はインターネットの動画サイトで一部を見たという。イルカ飼育の経験もある。「映画は一方的な『正義』の押しつけだ」とした上で、「若者はイルカ肉を食べなくなっており、文化・伝統という感覚はなくなりつつあるのではないか。大勢が見て議論し、判断してもらいたい。見る機会が奪われると若い人たちの意見も聞けない」と話した。

 「私たちにとっては生存権の問題」という言葉を町で何度も聞いた。生きる糧を海に頼る切実さだった。ただ映画は図らずも、作り手側の一種異様さも露呈していると感じる人も多い。映画をまず見て議論したいという思いは、多くの町民には届かないだろうか。

毎日新聞 2010年6月21日 東京朝刊

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